「遅い。もっとスピードでないんですか?」
「無茶言うなよ。こっちだってさっきからアクセル全開で走ってんだよ!」
都市の緊急事態を知らされ、レイフォン達はオリバーの運転する放浪バスで帰路に付いていた。
ランドローラーよりも搭乗者の疲労が少なく済み、多数のタイヤで安定した走りを可能とし、改造、改修などでランドローラーよりも数段速い速度で走る放浪バスだが、レイフォンからすればそれでもまだ遅すぎる。
ツェルニに汚染獣が迫っているのだ。つまりはフェリの危機。ツェルニにはクラリーベルと、気に食わないが実力だけは確かなハイアがいる。これで幼生体によって滅ぼされることなどまずないはずだが、だからといって安心できるレイフォンではない。
一刻も早くフェリの元へ辿り着き、安全を確保するまで安心できるわけがない。
「都市に着くまで暇だねぇ。どうだい、レイフォン。ちょっと僕と殺し合おう」
「一方的な虐殺になりますよ」
「おぃおぃおぃおぃ! バスん中で戦うのはやめてくれよ!!」
運転はオリバーがしているため、その他の者は暇をもてあましている。
レイフォンは貧乏ゆすりをして、落ち着きがなさそうで、少しイラついていた。
サヴァリスは老生体を瞬殺したレイフォンに魅せられ、先ほどから体が疼いているらしい。
そんな二人をレオははらはらと見つめ、オリバーは悲鳴染みた抑止の声を投げかける。
いくらある程度の居住ができるほど広い放浪バスでも、こんな場所で元天剣授受者と、現役バリバリの天剣授受者が戦えばただじゃすまない。放浪バスが壊れるのは目に見えており、そうなれば自分達は汚染物質の舞う外に放り出されることとなる。そんなのは冗談ではない。
「出入り口を開けてください」
「はぁ!?」
「聞こえませんでしたか? 放浪バスの出入り口を開けてください。じゃないと、窓をぶち破りますよ」
サヴァリスのじゃれつきを無視するレイフォンだったが、彼の続けた言葉にオリバーは耳を疑う。
まだ都市までだいぶある。放浪バスで走って、あと数時間といったところか。出入り口を開けろとは、つまり外に出るということ。こんなところで外に出て、いったい何をするつもりなのだろうか?
「ツェルニまで走ります。放浪バスよりもそっちの方が速いですから」
先ほどの戦闘で使用していた都市外装備をそのまま着ていたレイフォンは、ヘルメットをかぶってオリバーに言う。
確かに優れた武芸者なら、放浪バスやランドローラーよりも速い速度で移動ができる。けど、そんな方法で長距離を移動する武芸者などまずいない。
当然だ。そんな速度で走り続ければ、無駄に体力を消耗してしまうからだ。如何に活剄を使えば疲れ知らずの武芸者でも、その直後に汚染獣と戦闘を行うなど無謀でしかない。汚染獣戦は長引く可能性があるため、無駄な疲労は溜めないに越したことはない。
「レストレーション」
「だぁ、やめろ! わーった、わーったよ。出入り口を開けるから錬金鋼を復元すんな!」
けど、レイフォンはそんなにやわではなかった。その上思い切りもいい。錬金鋼を復元し、本当に窓をぶち破ろうとするレイフォンに観念し、オリバーは自棄になりながら出入り口を開ける。
外の汚染物質が中に入ってきた。けれど、それは一瞬。レイフォンはすぐさま外に飛び出し、オリバーもすぐに出入り口を閉めた。
「おぃおぃ、マジかよ……」
外に飛び出したレイフォンは、そのまま一直線でツェルニに向かっていく。
その速度は凄まじく、全開で走っている放浪バスを置いて、レイフォンの姿はすぐに見えなくなった。後には移動の時に巻き上げられた砂煙が尾を引いている。
いったい、どれだけの速度を出していたんだろうとオリバーが思っていると、サヴァリスが嬉々しながらつぶやいた。
「元気だねぇ、レイフォン。よし、こうなったら僕も幼少に帰った気持ちで、レイフォンと追いかけっこでもするかな。君、出入り口を空けてくれ。じゃないと窓をぶち破るよ」
「ちょ、待っ、ええ!?」
答えは聞いていなかった。サヴァリスは放浪バスのフロントガラスを割って、勢いよく外に飛び出した。
汚染物質が容赦なく放浪バス内に入ってくる。
「痛い痛い! あんにゃろぉ……」
オリバーは一旦放浪バスを止め、大急ぎで都市外装備を着用する。
僅かな時間とはいえ、素肌を汚染物質に焼かれてかなり痛かった。都市外装備や放浪バス、エア・フィルターの有難さを再認識しつつ、恨めしそうにサヴァリスの背中を見つめる。
だが、サヴァリスの姿もすぐに見えなくなってしまった。本当に彼らはどれだけの速度で走っているのだろう?
「ちょ、オリバーさん! どうするんですか!?」
「どうするもなにも、どーにもなんねーだろ」
レオもヘルメットをかぶりなおし、あわあわと取り乱していた。
すっかり荒事に慣れてしまったオリバーは、都市外装備を完全に着用して再び放浪バスの運転を再開する。
レオは取り乱したままで、オリバーに疑問を投げかけた。
「でも、都市には汚染獣がいるんですよ! 確かに僕達は武芸者ですが、あの人達がいないで汚染獣に遭遇でもしたら……」
現在、この放浪バスはツェルニへ向かっている。ツェルニには幼生体がずらり。そんな場所にレイフォンとサヴァリス、性格に難はあるが、実力は確かの武芸者がいない状況で向かうのは不安だった。
お世辞にもオリバーとレオの戦闘能力は高くない。なので、不安に押しつぶされそうになるレオだったが、オリバーは笑っていた。
「ははは、何の心配してんだよお前。汚染獣? そんなもん、俺達がツェルニに付いたころには殲滅されてるよ」
何せレイフォンとサヴァリスは、レオが思っている以上にとんでもないのだから。
†††
「おい、どこに行く!!」
「はーなーしーてーよー」
ツェルニの市街地。そこではある揉め事が起こっていた。
「一般生徒は早くシェルターに避難しろと言ってるだろう!!」
「だから! 友達が外縁部の方に行ってるから迎えに行かないといけないんだってば!!」
「それは都市警の我々がやると言っているだろう!!」
「ウソ! 人手足りてないんでしょ!!」
武芸科所属の生徒や、小隊所属の者は汚染獣迎撃に出ているため、生徒の避難誘導を任されたのは都市警だ。
だが、時刻は夜中。しかも文化祭の準備期間中と言うこともあって、こんな時間帯でも出歩いている生徒が多数。圧倒的に人手が足りていない。その上この騒ぎだ。これでは避難誘導などできたものではない。
「どうした?」
「あっ、隊長さん」
第一小隊との合流を命じられたニーナだが、この騒ぎに思わず足を止めてしまう。この騒ぎが気になったからでもあるが、その中心が知り合いであれば無理もない。
ミィフィは先ほどから一歩も引かずに、都市警の者に突っかかっていた。
「汚染獣が攻めてきたから避難しろってケーサツの人が。でも、メイシェン文化祭の準備で外縁部近くに行ったまま帰ってきてないの」
「お、落ち着いて……」
「あっちまで情報届いてるかわかんないし、迎えに行きたいけど避難しろって!」
ミィフィはちょっとしたパニックに陥っていた。無理もないだろう。よりにもよってこんな時に汚染獣の襲来なのだ。
いや、彼女だけではない。この場にいる生徒の大半が、パニックに陥っている。
「俺の友達もどこ行ったかわかんねぇんだよ」
「私のクラスメイトも!」
「生徒会からの放送はないのか?」
「文化祭できんのか?」
「誰か確認に行ってくれるヤツいないのかよ」
その大半が一気にニーナに詰め寄る。その一つ一つを捌くことはニーナにはできなかった。これでは、都市警の避難誘導がうまくいかないのも仕方がない。
「ああ、くそ、そうか。文化祭の準備があるせいで、こんなおせぇ時間帯でなのに生徒があっちこっちウロついてんのか」
「避難勧告も遅れているようだな……」
「まあ、この場は都市警に任せて、俺らは早く第一小隊と合流しよーぜ」
「あ、ああ」
ニーナ達の使命は、汚染獣の殲滅。これは会長命令でもあり、間違ってもこんなところで無駄に時間を浪費していい訳がない。
(しかし……)
シャーニッドに言われて行こうとするニーナだが、それでも後ろ髪を惹かれるような思いで足が止まってしまう。
(いや……シャーニッドの言うとおり、今は汚染獣を倒すことだけを考えなくては……今、私が彼らに何かしたところで、汚染獣の脅威がなくなるわけでも、彼らが助かるわけでもない)
『隊長?』
頭ではわかっているつもりだった。けど、足が動かない。こうして思い悩んでいる間にも、汚染獣は都市へと侵入してきているだろうに、ニーナの足は動かなかった。
(それこそ会長の言ったとおり、自尊心のため……自己満足でしかないじゃないか。私はただ、任務をこなせばいいだけだ。ただ、何も考えずに汚染獣を……)
剣帯に納まっている錬金鋼を握り締める。戦うことこそ武芸者のなすべきこと。それが都市を守ること。
理解はしているが、頭では理解しているつもりなのだが……
(ああ、私は結局、あの時から成長していなかったのか?)
それでもニーナは、前に進むことができなかった。周りの者は自分の道を見つけ、前に進んでいるというのに、ニーナはいったい何をしているのだろう?
(私がこの都市で得たものは何だ?)
『隊長、いい加減にしてください』
足を進める気配のないニーナに、フェリは苛立ちを隠そうとせずに言った。ニーナの周囲を舞う念威端子。その存在にようやく気づき、ニーナが足を進めようとしたところで……
「うるせー、コノヤロウ!」
背後でひときわ大きな喧騒と、鈍い打撃音が響いた。
「何で友達助けに行っちゃいけねえんだよ! 汚染獣に喰われるの黙って見てろってのか!?」
都市警の避難誘導に従わず、熱くなった一般生徒が都市警の署員を殴り飛ばしたのだ。
都市警に所属することもあって、殴られた彼は武芸者だった。だが、武芸者が一般人に手を上げるのはご法度。彼は都市警に所属しているからなおさらだ。
そんなことは知らぬとばかりに、殴った一般生徒は怒鳴り散らしていた。
「隊長さん! 一般生徒と都市警の人が喧嘩を……」
「ばっ、何をやって……」
ミィフィはニーナに助けを求める。それに、この状況を放っておけないのもニーナだった。
「止めないと……」
「ニーナ! そんなもんケーサツに任せとけって言っただろ。俺らには俺らの仕事があるだろ」
『本当にいい加減にしてくださいよ、隊長』
(それはそうだが……)
シャーニッドとフェリに急かされるが、それでもニーナは踏ん切りがつかない。
行くのか、それとも騒動を止めるのか、どちらをするにしても悩むだけで踏ん切りのつかないニーナは、自分が取るべき行動を選べないでいた。
その間にも、一般生徒と都市警の騒動は大きくなっていく。ニーナはいったい、どうすればいいのだろう?
『いい加減にしなさい』
静かな声が響いた。その静かな声は喧騒を切り裂き、直後には更なる轟音が響く。
念威爆雷。一般人には被害の及ばない場所で念威端子の爆発が起こり、それでも音と閃光によって喧騒は一時の静寂を取り戻した。
その静寂の中、念威端子の持ち主は静かな声で苛立ちをぶちまける。
『何なんですかあなた方は、この忙しい時に好きなように騒いで。友達を助けに行く? 行って、あなた方に何ができるんですか? 汚染獣にでも遭遇すれば喰われるだけ、まったくの犬死です』
容赦のない言葉。都市警に暴行を働いていた一般生徒に、容赦のない言葉を向ける。
『隊長も隊長です。あなたの仕事は何ですか?』
「フェリ、しかしな……」
『しかしもかかしもありません。あなたは猪のように敵に向かうことしかできないんですから、それをすればいいんです』
ニーナも叱咤し、フェリは念威端子越しでもわかる大きなため息を吐いた。
『はぁ……なんで私がこんなことをしなければならないんですか? これは私の仕事ではないというのに』
ぶつぶつと文句を言いながらも、既にこの都市中に張り巡らせた念威端子から、ある情報を繋ぐ。
『み、ミィちゃん?』
「メイっち!」
『このとおり、あなたのお友達は無事です。他にも数名、取り残された生徒がいるようですから、そちらは私が誘導します』
それは、都市中に散らばった生徒達の情報だった。フェリが回線を繋いだことにより、メイシェンの無事を知ったミィフィは胸を撫で下ろす。
フェリほどの念威の才能があれば、この程度のことなどわけがない。
『ですので、あなた方は都市警の指示に従ってさっさと避難しなさい。いられても邪魔ですし、これ以上こちらの手を煩わせないでください』
フェリの容赦がなく、苛立ちを隠そうともしない言葉。けれどこの言葉はしっかりと届き、生徒達の混乱を治めた。
「フェリ、助かった」
『そんなことはいいですから、さっさと第一小隊と合流してください』
「あ、ああ……」
ニーナの礼にもそっけなく返し、フェリは急がせる。
如何に相手は幼生隊とはいえ、今はレイフォンがいないのだ。クラリーベルやハイアもいるが、もしものことが起こるかもしれない。
今は一刻も早く、汚染獣を駆逐する必要があった。
†††
「ったく、本当に幼生体は数だけは多いさ!」
もしもの心配をしたが、その心配は無用の長物だったかもしれない。
なぜなら、レイフォンがいなくとも彼らは圧倒的だった。元サリンバン教導傭兵団団長、その肩書きは伊達ではない。
刀の一振りは、容易く幼生体の甲殻を切り裂く。体が割れ、体液が飛び散り、臓物が溢れる。
幼生体は数こそ多いが、ハイアが普段から相手にしているような雄性体の汚染獣と比べれば、防御は薄く、生命力も脆弱、動きも鈍重とまさに敵ではなかった。
「ハイアさん、下がってください」
そして、グレンダン三王家、クラリーベル・ロンスマイアも伊達ではない。
周囲にいる数多の幼生体を、大技によって一掃しようとする。
外力系剄衝剄化錬変化、紅蓮波檮(ぐれんはとう)
周囲が紅の光に満ちた。クラリーベルの錬金鋼、胡蝶炎翅剣を中心に、爆発的に紅の領域が広がっていく。
形を持たぬ紅の炎は、捕食行動のごとく幼生体を飲み込んでいった。
「ちょ、まっ……俺っちを巻き込むな!」
クラリーベルの剄技はハイアを巻き込みそうなほどに強大だった。慌てて後退し、離れた場所でクラリーベルの剄技を見つめるハイア。
それを見て、ハイアは冷やかすように口笛を吹いた。
「やってくれるさ……さすがは、化錬剄の使い手」
「どうですか! これを使えば、一度や二度なら天剣級の、いえ、それ以上の破壊を成すことが可能なはずです」
クラリーベルが放った剄技は、一瞬の剄力で成されたものではない。これまでの戦闘中に、いたるところに剄を潜伏させていた。これを化錬剄の奥義、伏剄と言う。
クラリーベルはこの剄を一気に発動させ、これほどの破壊力を生み出した。そう、辺り一帯にいた幼生体を一瞬で消し炭に変えるほどの破壊を生み出したのだ。
「けど、レイフォンと比べると、あんたはまだまださ~」
「なんですとー!?」
ハイアの皮肉を込めた軽口に、クラリーベルは過剰に反応して見せた。だが、これは事実だった。
今のレイフォンは、手加減をしなければ都市そのものを破壊してしまいかねないほどの力を持っている。それと比べると、クラリーベルのこの剄技でも見劣りしてしまうわけだ。
「それはそうと、ここらの敵は一掃したさ。他の区画はどうなってんだ?」
「そういえばそうですね。援護に行った方がいいのでしょうか?」
ハイアとクラリーベルが交戦していた場所は、第七脚部に近い外縁部。つまりは一番激しい戦場。そこの敵はほぼ一掃されたわけだが、まだ他の場所から進入したり、防衛線を抜けたりした汚染獣がいるはずだ。
ハイアもクラリーベルも並外れた実力を持つ武芸者だが、彼らは多数の敵を屠る広範囲の剄技を得意とはしていない。クラリーベルが先ほど使ったあれも、連続で出すことはできない。
レイフォンのように鋼糸でも使えればいいのだが、ないものねだりはできないし、しても意味がない。
「そうだな。とはいえ、数は少ないだろうから、後は楽な仕事さ~」
「それに、思ったより学生の方々も奮闘してますよね」
「まぁ、少しの間とはいえ俺っちが教導したし、これくらいできてもらわないと困るさ」
残りの汚染獣は僅か。念威繰者に残りはどの辺りにいるのか、また付近に母体の反応はないのか確かめようとしたところで、荒れ果てた大地から、都市の外から、エア・フィルターの外から勢いよく人影が飛び込んできた。
「は、はあああああっ!?」
「ハイアさん!」
その人影は、勢いそのままにハイアに飛び蹴りを放つ。
「汚染獣はどこかな?」
そして何事もなかったかのように、クラリーベルに戦況を尋ねた。
「れ、レイフォンさん……」
「聞こえなかったの? 汚染獣は? 残りは? 母体は?」
都市内部に飛び込み、ハイアに飛び蹴りを放ったのはやはりというか、レイフォンだった。
「れ、レイフォン……このやろう」
「やあ、ハイア。死んでなかったんだね。まぁ、お前が幼生体程度に後れを取ることはないか。不本意だけど、お前の実力だけは認めているから。もっとも、この前は僕に歯が立たないで殺されかけてたけどね」
「今も殺されかけたんだが。お前、そんなに俺っちのことが嫌いか?」
「うん」
「俺っちだって大っ嫌いだバーカ!」
「バカって言う方がバカなんだよ、このバカ!」
「え、えっと……」
あまりにもレベルの低い言い争いに、グレンダンでのレイフォンを知るクラリーベルはきょとんとした表情を浮かべる。
レイフォンとの付き合いはそこまで深くはないが、こんなレイフォンを見るのは初めてのことだった。
「バカは放っておいて、状況はどうなっているんですか?」
「おい、誰がバカだ誰が。このバーカ、バーカさ!」
「え、えーっとですね、ここにいた汚染獣はあらかた、私とハイアさんで倒しました。残りの汚染獣と母体についてですが、まだ念威繰者の報告待ちです」
「そうですか。じゃあ、残りの汚染獣はハイアを餌に誘き寄せて、ハイアごと片付けるということで手を打ちましょう。いいですね?」
「いいわけないさ!」
「じゃあハイア、母体がいたらお前が倒して来い。もちろん都市外装備なしで」
「さっきからふざけんなよ、レイフォン」
この不毛な争いはまだ続くのだろうか?
(この二人って、本当に仲が悪いんですねぇ)
見る人によっては仲良いと思うかもしれないが、これは決してそんな甘っちょろいものではない。
殺したいほどに憎み合っている。いったいこの二人には、どんな確執があるのだろうか?
事情を知らないクラリーベルは、それが少しだけ気になった。
「ぜぇ、ぜぇ……やれやれ、僕もまだ若いつもりでしたが、レイフォンに置いて行かれるとは……」
レイフォンより遅れて、再び人影がツェルニに飛び込んできた。
サヴァリスだ。彼はレイフォンと同じように都市に飛び込み、着くなりヘルメットをはずしてへたり込む。荒い息を吐いて、天を見上げていた。
如何に天剣授受者のサヴァリスとはいえ、廃貴族が取り憑いておかしいほどに強化されたレイフォンを追うのは大変な作業だったらしい。
「それで、汚染獣はどうなったんですか? 幼生体じゃ楽しめそうにありませんが、汚染獣を放っておくこともできませんしね。あ、母体がいるのならわざと救援を呼ばせたりしませんか? その方が、より楽しめそうですよ」
サヴァリスはいつものサヴァリスのような調子で、そんなことを言い放った。
なんにせよ、クラリーベルにハイア、そしてレイフォンにサヴァリス。この面子ならば、残りの汚染獣が駆逐されるのはもはや時間の問題だった。
逆に、汚染獣の方が哀れに思えてくるほどの戦力である。
†††
「終わったぁ」
脅威は去った。と言うか、駆逐された。
幼生体は全滅。母体は既に幼生体の餌と成り果てていたようで、ツェルニの周囲に母体の反応はなかった。フェリが確認したのだ。間違いのはずがない。
レイフォンはコキコキと首を鳴らし、伸びをして大きな欠伸を上げる。眠い。汚染獣戦が終わった後はいつもこうだ。
「お疲れ様です、フォンフォン」
「あ、ありがとうございます、フェリ」
脅威が去れば、武芸者であるレイフォンに他にやることはない。むしろ、休むことが仕事なのだ。汚染獣の被害にあった場所の後片付けは、明るくなってから、有志を募って行われるらしい。
そして、文化祭も予定通り開催されるようだ。
「すいません、フェリ……今日はシャワーを浴びずに寝ます」
「わかりました」
レイフォンは寝室で、ばたりとベットに倒れこむ。この広いダブルベットでは、時刻が夜明け前ということもあって先にユーリが寝ていた。
ユーリを踏まないように、起こさないように気をつけながら仰向けになり、レイフォンは天井を見上げた。
「ふぅ……」
そして大きく、息を吐く。今日は良く眠れそうだ。
「本当にお疲れ様です、フォンフォン」
フェリがベットに座り、レイフォンの額に手を置く。目元をなでるように触れ、レイフォンの目はそのまま瞑られた。
そして程なくして、レイフォンの吐息が響く。規則正しい寝息を聞きながら、フェリは小さく笑った。
あとがき
と言うわけで、文化祭の準備編の後編とでも言いましょうか。次回からは文化祭編が始まるわけです。
それにしても、この話は深遊先生の漫画版レギオスが元になってるんですが、主人公はレイフォンで、しかもフェリがいたからニーナの扱いが不遇になってしまう(汗
ちなみにアンナ先輩、もとい先生が出て来なかったのは、察してください。ブリリアント・エクスカリバーやツェルニのように、彼女をネタにしたSSが書けなかったので、ここでいきなり出すのもなと思いました。
そんなわけで、ニーナの扱いが……でも、この漫画版でも思ったんですけど、ニーナが優柔不断で結構いらいらしました。やるならやるで、行動するならするで、さっさと決めてほしいなと。
いいところはフェリが取っちゃいましたが、概ね漫画版どおりの展開です。
さてさて、これで終わるのも味気ないのでおまけいきます。もう少しだけお付き合いください。
おまけ
「私の伝説が聞きたいのか?」
「はあ?」
「武勇伝が聞きたいのか?」
文化祭の日時まであと僅か。アーチングプロデュースの念威少女魔磁狩ユーリの撮影も佳境を迎えていた。
一種の使い魔役として、フェレットのブリリアント・エクスカリバーを採用。けれど、当然ながらフェレットがしゃべれるわけがないので、声は別の者が担当している。
つまり、CVカリアン。都市の長がいったい何をしているのだろうと、思わずにはいられなかった。
「私が一曲歌ってやることにしよう。え、歌ァ!?」
「なんでここで歌さ? というか会長さん、何で自分で言って驚いてるさ? そんな台詞は台本にないだろ」
敵役で舞台に立っていたハイアがカリアンの台詞に突っ込みを入れる。突っ込まれたカリアン自身も大慌てで、ひそひそと監督のアーチングと話し合っていた。
「ヴァカめ。歌を否定などしていいわけがなかろう。ましてや私が歌を歌うことについて君が否定する権利など、どこにもないということは決して忘れるべきではない重要なファクターである。そう台本に書いてあるだろ?」
「いやいや、だからと言ってだね、私が歌を歌うのはちょっと……」
「いまさら何を言ってるんだ、会長。この時期に台本の変更などできないよ。たかが歌じゃないか、観念して歌いたまえ」
「し、しかしだね……」
渋るカリアンと、カリアンを口で押すアーチング。どうやら、カリアンは歌を歌いたくないらしい。
いや、カリアンだけではない。カリアンが歌を歌うことをよく思わない人物が、もう一人いた。
「兄に歌を歌わせる……正気ですか!?」
カリアンの妹、フェリだった。彼女は引きつった表情で、アーチングの暴挙を咎める。
「やめてください、死人が出ますよ」
「死人が出るとは大げさだな。しかし、そうも渋るとなると、ひょっとして会長は音痴なのかい?」
「ええ、壊滅的な音痴です。大抵のことは腹が立つほどに難なくこなす兄ですが、歌だけはだめなんです。本当にだめなんです」
「それはそれでネタになりそうだな。会長、ためしに一曲歌ってもらえないか?」
「だから正気ですか!?」
フェリは必死だった。身内だからこそ知っている。兄の歌の恐ろしさを。
だが、口では説明してもアーチングにはいまいち伝わってこないらしい。逆に面白そうだと、カリアンに歌うことを強要していた。
「ふぇ、フェリ……」
「わかりました、なら止めません」
困ったようにフェリを見るカリアンだったが、こうなってはもう知ったことではない。
アーチングがどうなろうと、カリアンがどうなろうと知ったことではない。
「フォンフォン、私とユーリを連れて一刻も早くここから離れてください」
「え、フェリ。でも……」
「いいから早く!」
けど、フェリは逃げることにした。レイフォンとユーリを連れ、一刻も早くここから離れる。
「……本当にいいんだね?」
去っていったフェリの背中を見送り、カリアンは観念したようにつぶやく。
アーチングはスタッフに音響やマイクなどを準備させている。もう逃げられない。
「よし、準備ができたぞ会長。さ、歌ってくれ」
「ああ、いくよ……」
アーチングとスタッフは、もう逃げられない。
カリアンが息を吸い込む。そして、歌声とともに吐き出した。
この日、アーチングは原因不明の病で倒れ、入院した。他にも軽症だったが、スタッフが数名入院したようだ。
そしてこの日のことは決して語られることはなく、緘口令が布かれて闇へと葬られた。
台本が早急に変更されたのは言うまでもない。
あとがき2
原作じゃカリアンって、すごい音痴なんですよね。電子精霊ツェルニが気絶するほどとか。
あれ、そういやこういう話ってじゅっさんもやってたような。もうだいぶ前なので、ちょっと見直してこようかな?
さてさて、そんなわけでネタで歌おうとしたカリアンですが、音痴の宿命とでもいいますか、お蔵入りしてしまいました。
アーチングは災難ですね。まぁ、自業自得な気もしますが。