「すごい人ね……」
文化祭真っ只中。特にすることもないリーリンは、一人でぶらぶらと文化祭の見物をしていた。
グレンダンでもこのような祭りはあった。けど、汚染獣との遭遇も多く、その保障や戦闘の報酬、その他さまざまな理由で金銭を消費するグレンダンは正直言って貧乏だった。孤児も多く、そこまで大きな祭りをやるなんて余裕があるはずがない。
だからリーリンは、ツェルニで行われている祭りを見て新鮮な気持ちでいられた。ツェルニのこの祭りも、まだ武芸大会が控えていたり、警戒を解くべきではないということから、規模を凝縮して、簡易的に行われているらしいが、それでもグレンダンとは比べるまでもなかった。
周囲を見渡しても人、人、人。通りは人があふれており、まっすぐ進むことすら困難だった。
「やあ、リーリンさん」
「え……サヴァリスさん?」
リーリンが通りの端を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。その声につられて見てみると、そこにいたのはグレンダンが誇る最強の武芸者、サヴァリスだった。
彼は簡易的なリングを用意し、『殴られ屋』という看板を設置し、さわやかな笑顔でリーリンに呼びかけていた。
「あの、いったい……なにをしているんですか?」
「見てのとおりバイトだよ。一分以内に僕に一撃を当てられれば、見事豪華商品をゲット。どうだい、リーリンさんもやっていかないかい? 一回、たったの五百だよ」
「そういうことではないんですが……」
サヴァリスがなにやら、出し物をしているのは理解できる。けどリーリンが知りたかったのは、彼がそんなことをやっている理由だった。
それを察したのか、サヴァリスは笑顔のまま答える。
「まぁ、ちょっとしたお遊びですよ。これでもグレンダンから軍資金と仕送りをいただいているので、別にお金に困っているわけじゃないんですが。ただ、こうしていれば面白い人材がみつかるかなと思いまして」
サヴァリスの言う面白い人材。それは彼の戦闘欲を満たしてくれる人物のことだろう。
レイフォンは存分にサヴァリスを刺激し、彼の欲望を満たしてくれた。最近では教導にも興味が出たのか、マイアスではその真似事をしていた。現在、ツェルニでも同じようなことをやっているらしい。
相手がかわいそうだと思いながら、リーリンはふと、あることに気づいた。
「あの、サヴァリスさん……あの人は?」
「ん、ああ、ゴルのことですか」
サヴァリスの後ろ。正確には、サヴァリスの背後のリングの後ろ。そこには一人の大男が倒れていた。
サヴァリスを超える巨躯。軽く二メルは超えているかもしれない。服の上からでもわかるほど鍛え上げられており、腕や手足もサヴァリスよりも太いかもしれない。簡潔に言うとごつい。見た目の肉体なら、サヴァリスよりも上かもしれない。
だが、そんな大男は顔面に青あざを作り、そこに氷袋を押し当てていた。制服の上着を枕にし、苦しそうにうめいている。大男の横では、対照的に小さな赤毛の少女が、心配そうに様子を見ている。
「リーリンさんには言ってましたよね。ここ(ツェルニ)には、僕の弟がいるって」
「それじゃあ……」
「そう、彼がゴルネオ・ルッケンス、僕の弟です」
大男の名は、ゴルネオというらしい。
「それで、何で弟さんが倒れているんですか?」
「実は先ほど、レイフォンが来ましてね」
レイフォンという名を聞き、リーリンの表情が引きつる。
「で、一回やっていったんですよ。僕が相手するのも面白そうだったんですが、ここはあえて、弟のゴルに任せてみようと思いましてね。なにせゴルは、グレンダンに戻ればルッケンスの武門を継ぐ身です。元とはいえ、僕以外の天剣授受者の攻撃を受ける機会なんてそうはありませんから。だから嫌がるゴルを無理やりリングに立たせて、レイフォンとやらせたわけなんですが……」
サヴァリスはため息を吐く。どこか失望したように、ゴルネオを、実の弟を見ていた。
「見事、一撃でKOです。そりゃ、相手はレイフォンだから仕方がないですけどね。ああも惨めにやられちゃ、ですね」
「弟さんですよ……」
「そうですね。それがなにか?」
実の弟に向けるさめた視線に、リーリンはこれ以上、なんとも言えなかった。
マイアスでも似たようなやり取りをした覚えがある。サヴァリスは肉親だからといって、特別な感情は抱けないようだ。
天剣授受者は強さを求める存在だから、それ以外のことに興味はないとサヴァリスが言っていた。レイフォンが例外的な存在なのだと。
レイフォンがそんな同類と見られなかったのは嬉しいが、それでもサヴァリスのこの言葉には違和感を覚える。だって、家族なのだ。血のつながった弟なのだ。
孤児院の出身であるリーリンからすれば、家族という存在をそんな言葉で済ませてほしくはない。
「あの、リーリン・マーフェスさんですね」
「はい?」
リーリンがサヴァリスになんとも言えない想いを抱いていると、唐突に声をかけられた。振り返ってみると、そこにいたのはツェルニの一般教養科の制服を着た少年の学生だった。
腕には実行委員と書かれた腕章が巻かれている。おそらくは、この文化祭を取り仕切っている役員の一人なのだろう。
「少々、お時間のほうをよろしいでしょうか?」
そんな人物がいったい、リーリンに何の用なのだろうか?
†††
「死ね、ハイア!」
「ぐ、ぎがっ……」
物騒な言葉が吐かれたが、これはあくまでスポーツだった。
武芸者でも耐えられるよう、錬金鋼製のラケットを用い、拳大ほどのボールを打ち合うスポーツ、『テニヌ』。コートと呼ばれる白線で仕切られた四角の中、中央にネットを挟んで、レイフォンとハイアは激しくボールを打ち合っていた。
「いいかげんくたばれ!」
暴言とともに凄まじいボールがハイアを襲う。完全にハイアに一直線、直撃コースの打球。本来なら相手が打ち返せないよう、コースの端などを狙って翻弄するのだが、レイフォンにそんな気は一切なかった。完全にハイアを狙っている。
「このっ……」
寸分違わず頭部目掛けて飛んできた打球。それをハイアはなんとかラケットに当てる。だが、それだけでラケットが悲鳴を上げる。ガットが千切れそうになる。錬金鋼製だというのに根元からギシギシと金属のきしむ音が聞こえた。
少しでも踏ん張るのを怠れば、ラケットどころかハイアごと吹き飛ばされてしまいそうな打球だ。ハイアは歯を食いしばり、何とか耐え抜いてボールを打ち返す。
「もらった」
だが、ハイアの打ち返したボールは高く、高く上がってしまった。レイフォンのチャンスボール。
レイフォンはボールと同じ高さまで飛び上がり、腕力と高所からの落下という二つの力を合わせ、ハイアに強烈なスマッシュを放った。
「いいかげんにしろよ!」
確かに強力な球だった。打球は速く、とてつもなく重い。けれど、狙いははっきりしていた。またも完璧にハイア狙いなのだ。先ほどからハイアに直接打球を当て、仕留めようとしている。
来る場所がわかっていれば、たとえどんなに強力な打球だろうと打ち返せる。ハイアは思いっ切りラケットを振り切り、ボールを打ち返した。
だが、それで役目を終えたとばかりにラケットが折れる。錬金鋼製のラケットが限界を迎えた。
それでも、レイフォンは高く上がったボールを打ったため、まだ上空にいた。あれでは間に合わない。もうボールに追いつくことはできない。
このままハイアに得点が入り、試合を優勢に進められるはずだった。だが、そうはならなかった。
「へ……」
レイフォンの下を抜け、コート内でワンバウンドするボール。それをもう一人のレイフォンが待ち構えていたかのように打ち返した。
「ちょ、そんな馬鹿な……」
コート上には二人のレイフォン。そのありえない光景に驚愕する暇もなく、鋭い打球が再びハイアを襲う。
ハイアはそれをラケットで打ち返そうとしたのだが……ラケットは完璧に折れてしまっていたため、それは不可能だ。
「しまっ……」
ボールはそのままハイアの顔、顎の辺りに激突する。ハイアは吹き飛ばされ、コート後方にあるフェンスにめり込むように磔にされた。それはまるで裁きを受けた罪人のような姿だった。
そんなハイアの姿を見て、ハイタッチを交わす二人のレイフォン。これはルッケンスの秘奥千人衝をレイフォンが見て盗み、自らの技とした千斬閃を応用したものだ。この剄技を使い、まさに一人でダブルスをしていたのだ。
「さあ、ハイア」
「続きを始めようか」
二人のレイフォンが悪魔のような笑みを浮かべ、フェンスに磔にされているハイアに向けてそう言い放った。
†††
「フォンフォン、やりすぎです」
「え、でも、僕は何もルール違反はしていませんよ」
テニヌの試合が終わり、レイフォンはフェリによって注意を受けていた。あの後、ハイアはなぜか病院に運ばれていった。
テニヌの試合をしていただけなのに、ところどころ衣服が破け、多少焦げたり、火傷のような怪我を負っていた。ミュンファは涙目でそんなハイアに付いていった。
「というか、あれは本当にスポーツなんですか?」
「そのまま戦闘に使えそうでしたけど、ギリギリスポーツだと思います」
スポーツかどうかも疑わしい競技、テニヌ。あれはある都市で大人気のスポーツであり、さまざまな人や情報の集まる学園都市で広めるために、その都市の出身である学生がサークル活動を利用して大会を開いた。
文化祭中の大会は人目を引く絶好のチャンスであり、武芸者同士の試合となれば注目度もあがる。武芸者同士の戦闘は都市で数少ない娯楽であるように、戦闘ではないが武芸者同士の競い合いとなれば見てて楽しいはずだ。
上位入賞者には豪華商品を出し、トーナメント形式で多くの者が参加していた。で、レイフォンは見事に優勝を掻っ攫ったわけである。
「とても活き活きしてましたね」
「はい、とても楽しかったです」
それはテニヌというスポーツを楽しんだ感想ではなく、合法的にハイアをボコれたからではないかとフェリは思ってしまう。
本当にレイフォンは、ハイアのことが嫌いなのだろう。
「それはそうと、せっかくもらったんですからこれを使いましょうよ。何か欲しいものはありますか?」
「そうですねぇ……」
テニヌ大会の商品、文化祭に参加している店舗全てで使える商品券。せっかくもらったのだし、文化祭の期間中しか使えないのだから、使ってしまわなければもったいない。
とはいえ、何に使えばいいのかと迷ってしまう。昼は先ほど食べたばかりでお腹は減っていないし、周囲にはそれほど目を引く露天もない。ユーリは現在、レイフォンが殴られ屋の景品としてゲットしたぬいぐるみを抱きしめ、至極ご満悦の表情。他のものには目が行っていなかった。
フェリは顎に手を当てて、考えるしぐさを取るが、特に良い案は思いつかない。
「フォンフォンは何か欲しいものはありますか?」
「え、僕ですか……フェリと二人だけの時間ですね」
「はいはい、そういうのはいいですから」
レイフォンは惚気た。フェリと一緒なら、ほかに欲しいものはないとばかりに。
今はそんなことを聞いていないし、あまりにも臭い台詞を吐くレイフォンにフェリはそっけなく答える。念威繰者特有の無表情な彼女だったが、耳がわずかに赤くなっていることを指摘するのは酷なことだろう。
『あの……私って、お邪魔ですか?』
ふと、ユーリの声が聞こえた。いつの間にか彼女の念威端子が浮いており、不安そうな表情で問いかけてくる。
「あ、いや、別にそういうわけじゃないんだけど、ね……」
「そうですよ。フォンフォンが馬鹿なことを言っているだけですから。ユーリは気にしないでください」
別にユーリを邪魔者扱いするつもりはなかったレイフォンは、慌てながら取り繕う。
フェリはあくまで冷静に、そんなことはないと言い聞かせるように言った。
『そう、ですか……』
「そうなんですよ」
いまさら、ユーリを邪険に扱うはずがない。なぜなら、もうユーリは本当の家族のような存在なのだから。
彼女がツェルニに来たのは不幸な偶然だったかもしれない。それでも、この出会いは幸運だったと言えるような出会いにしたい。
いつかは元の都市に、藍曲都市コーヴァスに帰ることになろうと、一生忘れることのない思い出を作りたいというのがフェリの気持ちだった。
「失礼します。フェリ・ロスさんですね。それとユーリさん」
「はい?」
『?』
そんな中、実行委員と書かれた腕章をした、一般教養科の制服を着た少女が話しかけてくる。彼女の目的は、フェリとユーリのようだった。
そして、忘れることのない、思い出の一ページが新たに刻まれようとしていた。
†††
「今年もいよいよ大詰め、ミス・ツェルニを決めるコンテスト! ここまで予選を圧倒的な支持で勝ち抜いてきたのは、魅惑のワガママボディの持ち主、メイシェンちゃんだぁ!」
「あうぅ……」
今にも逃げ出したい。顔を真っ赤にしながら、メイシェンは小動物のように震えながらステージの中央に立っていた。
どうしてこうなってしまったのだろう?
ミィフィにより勝手にエントリーされ、あれよあれよと勝ち抜いてきたミスコン。メイシェンは二位以下に圧倒的な差をつけ、現在トップを突っ走っていた。
「しかししかし、これはあくまで予選! 本番はこれから、本戦はこれからです! 予選を勝ち抜いてきた八名の美女達ですが、さらにこれに四名、事前投票の美女を加えて、合計十二名でミス・ツェルニの座を争っていただきます!」
ツェルニのミスコンは、まずは誰でも参加できる予選で八人にまで絞られ、それに加えて事前投票の上位四名を加えた、計十二名で争われる。ちなみにフェリは昨年、予選に参加してはいなかったのだが、この制度で無理やり本線に参加させられ、見事優勝を掻っ攫ってしまったのだ。
それから、もしも予選の八名と、事前投票の上位四名がかぶってしまった場合は、そのまま繰り上げが行われ、最終的に十二人が出揃うこととなる。この十二という数字には何か理由があるというのが、ツェルニのどうでもいい噂話だった。特にたいした理由はないのかもしれない。
「申し送れましたが、司会はこのわたくし、武芸科二年のオリバー・サンテスが勤めさせていただきます! そして特別ゲスト、昨年の覇者、今はミセス、みんなのアイドルフェリ・ロス嬢です!」
「勝手にアイドルにしないでください」
マイクを手に審査員席で司会を務めるオリバーと、あからさまに不機嫌そうな表情のフェリ。
先ほどの実行委員の少女は、このためにフェリを呼びにきたのだった。
「相変わらずのフェリちゃんですね。そして今回、ゲストはもう一人。ミス・ツェルニを射止めた男の敵、その上結婚までしやがったレイフォン・ロス!」
「あ、どうも。初めまして」
「いやぁ、フェリちゃんの登場にはすごい歓声が上がったけど、お前の登場には大ブーイングだな」
そして、フェリのおまけでゲストとして呼ばれたレイフォン。
フェリの登場には観客席から大声援が送られたのだが、レイフォンの登場には正反対の大ブーイングが送られた。
「文句があるならいつでもかかってきてください。フェリは僕のです」
そんな中、レイフォンは会場をさらに敵に回す発言を平然と言ってみせる。さらにブーイングが大きくなるが、当のレイフォンは涼しい表情をしていた。
「さすがツェルニ最強の武芸者。言うことが違うねぇ。さてさて、お前らも黙れ! いまさらどうこう言っても仕方がないし、今日は新たな女神が誕生するかもしれないんだ! 無駄に時間を浪費しないで、まずは事前投票の四名を紹介しよう」
オリバーがマイクを手に、会場をなだめる。ここはレイフォンに文句を言う場ではないのだ。神聖なるミス・ツェルニを決める場所だ。
醜い嫉妬で時間を浪費している場合ではない。
「まずは事前投票四位、女性から圧倒的な支持を得てのランクイン。私のお姉様になってください。第十七小隊所属の、ダルシェナ・シェ・マテルナだぁ!!」
「なぜ私がこんなものに……」
オリバーの紹介の跡に、ダルシェナがぶつぶつ文句を言いながら出てきた。明らかに不機嫌そうな表情だ。
とはいえ、このような場に呼ばれるだけの美貌があるのも事実。ボリュームのある金糸のような髪は、人を魅了するほどに美しい。
そんな彼女の衣装は、対抗試合で使う騎士のような特注の戦闘衣だった。
「さてさて、お次は三位、グレンダンからやってきた、持ち前の明るさで男子に大人気! それでいて武芸も強い、クラリーベル・ロンスマイア!」
「あはは、投票、ありがとうございます」
笑顔で手を振りながら、次はクラリーベルが出てくる。いまさらだが、彼女もこの場に呼ばれてもおかしくない美女だ。
髪の一部分が白髪という彼女の珍しい髪は、意図せずとも人目を引く。加えてこの明るさだ。人当たりも良く、元気で、破天荒で、良くも悪くも人気が高い。武芸者としての実力も確かで、文化祭前の汚染獣戦でも大活躍だった。
そんな彼女の衣装は、メイド喫茶の助っ人のために着用していたメイド服だった。
「続いて第二位、お弁当屋で働くあの娘は誰? もはや隠れてないが、隠れファンが多くここにランクイン。彼女もグレンダンからやってきました、リーリン・マーフェス!」
「どうしてこうなったんだろう……」
リーリンはなぜ、自分がここにいるのかと戸惑いながら出てきた。
彼女はツェルニに留学するにあたって、弁当屋での就労を始めていた。その弁当屋の店員がかわいいと評判となり、今回のミスコン事前投票にランクインしたわけだ。
確かにリーリンはどこに出しても恥ずかしくない美少女だ。その上スタイルもいい。胸の大きさは小柄な割に脅威の胸囲を持つメイシェンといい勝負だ。これは男目を引いてもおかしくない。
そんな彼女の衣装はいつもどおり、要するに普段着だった。
「そしてそして、事前投票題一位、男子、女子、両方から高い支持を得たかわいい娘、というか天使! わたくしもこの娘に投票しました。結婚してくれ、ユーリたん!」
『よ、よろしくお願いします……』
今までで一番高いテンションで、オリバーはユーリの紹介をする。
当のユーリは恥ずかしそうに、照れながらお辞儀をした。フェリとともに呼ばれたのは、これに参加するためだったのだ。
ユーリももちろん美少女だ。だが、幼い。幼くもかわいらしい姿から、女性には大人気。男性にも一部のもの、オリバーのような存在から熱烈な支持を受けており、並み居る美女達を押しのけての一位にランクイン。
アーチングの作成した映画、『念威少女・魔磁狩ユーリ』が彼女の名を上げるのにも一役買っていた。
そんな彼女の衣装は、子供らしいフリフリしたかわいらしい服。フェリがコーディネートしたものであり、歳相応にとてもよく似合っていた。
「ああ、本当にかわいいなぁ。かわいいなぁ。もう優勝、ユーリちゃんでよくね?」
「きもいです……ユーリを変な目で見ないでください」
「ちょ、いくらホントのことでも傷つくだろ、フェリちゃん」
「自覚はあるんですか?」
あまりにも危なく、堂々とした発言をするオリバーに対し、フェリはとても冷え切った視線を向けていた。
オリバー・サンテス。彼はユーリの安全のために、ここで殺っておいた方がいいのかもしれない。
「このままユーリちゃんを愛でたいところですが、時間も押してますので次に参りましょう。予選を勝ち抜いてきた八名に彼女らを加え、本戦の開始です」
「フォンフォン、このロリコンがユーリに危害を加えそうになったら、遠慮容赦なく殺っちゃってください。私が許可します」
「わかりました、フェリ」
オリバーの後ろではレイフォンとフェリによって物騒な会話が交わされていた。もっとも、これはオリバーが変な気を起こさなければいい話なのだが……
「まずは野郎どもお待ちかねの水着審査だァァ!! お前ら(男)これが楽しみで来たんだろ! そうだろ、そうだよな!? 俺も楽しみだ! ミスコンのメインイベントをいきなりやるぜ!! 美女たちにはこれから水着に着替えてもらいます! あ。ユーリちゃんの着替えは俺が手伝おう! 君にはこのスク水が……ガフッ!?」
どこから取り出したのか、子供サイズのスクール水着を手にユーリへと突撃するオリバー。レイフォンはフェリのいうとおりに遠慮容赦なく、オリバーの顔面にハイキックを放った。真っ赤な血を噴出しながら倒れていくオリバー。そんなオリバーに、レイフォンは更なる追撃をと踏み続ける。
オリバーが変な気を起こさないというのは、土台無理な話だった。
「え~……ここからはこの僕、レイフォン・ロスが司会を勤めさせていただきます。文句のある人は……いませんよね?」
オリバーだったものをステージの隅に捨てたレイフォンは、マイクを手に観客席を見渡した。観客席からは誰も反対の声を上げない。
あの騒ぎを前にし、オリバーに司会を続けさせる者は皆無だろう。
「さて、水着審査とのことなんですが、これってフェリも去年やったんですか?」
「ええ、やりましたよ。とはいえ、やる気も興味もありませんでしたから、水着は普通に学校指定のものを着たんですけどね」
「へぇ、そうなんですか。それは見たかったなぁ。何で僕は一年生なんでしょう?」
「学年をどうこう言っても仕方がないじゃないですか。それに、フォンフォンが見たいというのなら、私はいつでも見せてあげますよ」
「え、そうですか? あ、それならせっかくですし、ユーリと一緒に泳ぎに行くのもいいですね」
「泳ぎ……ですか?」
「あれ? フェリはひょっとして、泳げないんですか?」
「泳げます! 泳げるに決まってるじゃないですか。ただ……ほんのちょっとだけ、得意じゃないだけです」
「ああ。そうなんですか……」
「なんなんですかフォンフォン!? その、妙に生暖かい視線は!」
「大丈夫ですよフェリ。泳ぎなら僕が教えますから」
「だから泳げると言っているじゃないですか!」
オリバーの降板に文句はなかったが、このレイフォンとフェリのやり取りに観客のほとんどが舌打ちを打った。
いわく、見せつけんじゃねぇよバカップルどもである。
司会の仕事を放棄してナニをしていると言いたいところだったが、誰も馬に蹴られて死にたくはないのだろう。観客達にできるのは、嫉妬と妬みを、ただレイフォン達に向けることだけだった。
さて、そうこうしているうちに美女達の着替えが終了したようだ。
「え、あ、着替えが終わったんですか? いつのまに……えっと、水着など、衣装を提供してくれたのは喫茶ミラの店長、ジェイミスさん。女の子の着替えを手伝ってくれたのは、そのお店のバイトの子達です」
舞台裏スタッフにカンペを出されて急かされ、レイフォンは慌てて進行させる。
こうも人が集まる場所なら宣伝効果も抜群だ。提供先を述べ、そのあとに着替えを終えた美女達が出てくる。
「はうぅ……あぅぅ……」
まずは顔を真っ赤にし、恥ずかしそうなメイシェンが出てきた。顔どころか、体も赤く見えるほどに恥ずかしがっている。
手や腕で必死に体を隠そうとしているが、メイシェンの体はそれで隠しきれるものではない。露出は少な目のワンピースタイプの水着だが、メイシェンは小柄な体型に似合わず胸が凄いのだ。
「あ、まずはメイシェンですね。うん、とっても似合ってて、かわいいと思いますよ」
「フォンフォン、それじゃ司会としてはあまりにも物足りないと思いますよ」
「え?」
感想としては間違いないかもしれないが、ミスコンの司会をやるにはあまりにも簡素すぎる。もっと掘り下げるというか、話題を広げる必要があった。
「それにしても大きいですね。何を食べたらああも大きくなるんでしょう?」
「メイシェンは小さい方ですよ。同年代の女性と比べても、そんなに背は高くないですし」
「そうじゃありません。フォンフォン、あなたわざと言ってますか?」
「はい?」
メイシェンの胸を見て、自虐的に言うフェリ。レイフォンはそれをスルーするように、的外れなことを言うレイフォン。ひょっとして、わざとやっているのだろうか?
「まぁ、いいです。次に行きましょう、次に」
「え、もういいんですか?」
「いいんですよ。よくよく考えてみれば、なぜ私達が真面目に司会をしないといけないんですか? 適当にいきましょう」
「それもそうですね」
ならば帰れよと思う観客達だったが、誰も何も言わずに、次の美女が出てきた。
「だから、なぜ私がこんな真似を……」
「ちっ、こいつも……」
「ふぇ、フェリ?」
次に出てきたのはダルシェナだった。彼女の胸もかなりのものであるため、フェリの機嫌が悪い。
ダルシェナの着ている水着は、色気が少なく、露出も少ない競泳用の水着だった。観客を楽しませようという気持ちは皆無らしい。もっともそれでこそ、彼女らしいといえば彼女らしいのだが。
「次です次。とっとと次に行きますよ」
「ずいぶんとぞんざいですね」
「特に特筆するべきところもないじゃないですか」
暴君のフェリ。ダルシェナの番は早々に終わり、次の美女の番となった。
「あはは……さすがに、水着はちょっと恥ずかしいですね」
次はクラリーベルだった。白い、パレオの付いたビキニタイプの水着。健康的な肌がまぶしく、ダルシェナやメイシェンとは、その、正直比べ物にはならない胸なのだが、胸の大きさとは違った別の色気を遺憾なく発揮していた。
「まぁ、そこそこですね」
「うわぁ……なんかフェリが、凄く勝ち誇った笑みを浮かべてるぅ」
安堵感のためか、とても良い笑顔を浮かべるフェリ。そんなフェリの様子に、さすがのレイフォンも少々顔を引きつらせていた。
どうしてフェリは、こうも荒らんでしまったのだろうか?
「さて、フォンフォン。あの娘をどう思いますか?」
「え、そうですね……かわいいと思いますよ。水着も似合ってますし。あと、髪がきれいですね」
「まぁ、確かに珍しい髪ではありますよね」
クラリーベルの髪は大半が黒髪で、一部分が白くなっている。これは染めたものではなく、生まれつきなのだそうだ。
そんな髪形だからこそ目立つ。クラリーベルを初見の者は、たいていはまず髪に視線を向けるだろう。それほどまでに特徴的だった。
「それに、長いのもいいですね。どちらかというと、僕は髪は長い方が好きですから」
「そうなんですか」
さりげなく言われたレイフォンの好み。フェリは自分の髪をいじりながら、レイフォンの言葉に耳を傾けていた。
「もちろん、フェリの髪も好きですよ。というか、フェリの髪が長かったから、長い髪が好きになったんです。髪も、今まで見てきた女性で一番きれいですし」
「褒めてもなにもでませんよ」
レイフォンのお世辞に、フェリはそっけなく答えた。大多数の者にはそうみえるだろう。だが、レイフォンにはわかる。フェリは照れて、内心で嬉しがっていると。だから、レイフォンも思わず苦笑をもらした。
そして観客達は思う。お前ら、本当に帰ってくれと。
「次はリーリンさんですね」
「あ、リーリンの番なんですか。どんな水着にしたのかな?」
次はリーリンの登場だ。リーリンの水着も、クラリーベル同様パレオの付いたものだった。そしてすごい。何がとは具体的には言わないが、再びフェリの機嫌が悪くなったとだけ言っておこう。
「似合ってますね。身内の贔屓目を抜いてもかわいいと思いますよ」
「胸ですか? やっぱりフォンフォンも大きい方が好きなんですか!?」
「ふぇ、フェリ……いったい何を言っているんですか?」
「しらばっくれますか。そういうのは感心しませんね。正直に吐いちゃったらどうなんですか?」
「だから何を言ってるんですか? ん、あ、ひょっとしてフェリは胸が小さいことを気にしてるんですか?」
「誰が小さいんですか!」
「いたっ!?」
審査員席に座っていたレイフォンの脛を、フェリが座ったまま蹴飛ばした。
あまりにも理不尽だと思うレイフォンだったが、それは観客たちも同様だった。というか、それ以上だ。
お前らもう、司会する気ないだろうと言ってやりたい。
「い、いや、別に僕はフェリの胸が大きくなくても、フェリのことは大好きですよ」
「小さくありません。私のは小さくありません!」
「現実を見ましょうよ」
「黙りなさい」
「はうっ!」
レイフォンはまたも脛をけられていた。レイフォンのフェリに対する気持ちは本物なのだが、どうも嘘を吐けない体質らしい。
「え、えっと、そろそろ次に行きましょうか……次は、ユーリですね」
「そうですね。これ以上の言い争いは不毛です」
本当に不毛だった言い争いが終わり、ついにユーリの番が来た。レイフォンとフェリがここにいるのは、彼女の応援のためでもある。もっとも司会が、出場者の一人に肩入れするのはいただけないことなのだが。もっともそんなこと、レイフォンとフェリが気にするわけがない。
『お兄ちゃん、お姉ちゃん、どうですか? 似合ってます?』
元気いっぱいでレイフォン達に問いかけるユーリ。彼女の水着はサイズぴったりのスクール水着。それだけではなく、大き目の浮き輪を超し回りに着用していた。
そして、頭の上にはブリリアント・エクスカリバーが乗っている。もうすっかり、ユーリの頭がフェレットの指定席と化していた。
これは純粋にかわいらしく、そして愛らしい。
「ええ、似合ってますよ、ユーリ」
「うん、かわいいよ」
そんなユーリをほめるフェリとレイフォン。観客達も幼いユーリの姿に、癒しと微笑ましさを感じていた。
「いい、本当にいい! 最高だ!!」
ただ一人だけ、醜く欲情する者が現れた。
「ああ、かわいいよ。かわいいよぅユーリちゃん! はぁはぁ、お持ち帰りして寮で飼いたい」
レイフォンにボコられたというのに、驚異的な回復力で復活したオリバーだった。彼の性癖はロリコン。しかもかなり危ない部類に入るやつだった。
「フォンフォン」
「わかっています、フェリ。ちょっと外縁部に捨ててきますね」
ボキボキと指を鳴らし、レイフォンはオリバーの元に歩み寄った。何かとお世話に鳴ったオリバーだが、今日という今日は限界だった。ユーリの安全のためにも、ここで殺っておいた方がいいのかもしれない。
「ふっ、俺の恋路を邪魔する気かレイフォン! だがな、今日の俺は……ふべっ!?」
「今日の……なんですって?」
なにやらハイテンションになっていたオリバーだが、だからといってレイフォンに勝てるわけがなかった。再び顔面を殴られる。無様にステージを転がり落ち、ぴくぴくと痙攣していた。
「それじゃあ、外縁部に捨ててきますので先に進めちゃってください」
「ご苦労様です、フォンフォン」
レイフォンは気絶しているオリバーを担ぎ、そのまま外縁部の方へと向かっていった。
フェリはそれを手を振って見送り、マイクに向けてしゃべった。
「それでは、続きを始めましょうか」
ミス・ツェルニを決めるコンテスト。観客たちが微妙な雰囲気に包まれる中、それは再開した。
あとがき
文化祭編の内容に苦労しました。
前回は感想でいろいろ案を出していただいたのですが、そのどれもがしっくりこなくて今回のこのような話に。ミスター・ツェルニは本当にやろうかなと思ったんですが、レイフォンが大暴れしてカオスになる光景しか思いつきませんでした。
(例 なぜかミスター・ツェルニの優勝商品が、前ミス・つぇるに(フェリ)の帰すとかで、レイフォンぶち切れ大暴れ。参加者、重傷者多数)
原作でもう少し、文化祭っぽいイベントやってくれればそれをアレンジできて、楽だったんですけどねぇ。
男気薬だったかな? あれをやると正直、血の雨が降りそうなのでカットしました。
そんなわけで投げやりではありますが、これで文化祭編は終了したいと思います。結局、ミス・つぇるにで優勝したのは誰か、皆さんのご想像にお任せします。というか、皆さんなら誰に投票しますか?
あ、ちなみに予選突破組みがメイシェン以外出てないのは、彼女らがモブキャラだからです。名もないので今後の登場があるわけありません。そのあたりをご了承ください。
さてさて、次回のフォンフォンの予定は、学生の本分といえば勉強。そんなわけでテスト編。
フォンフォンの学力は……いまさらいうまでもありませんね。
まぁ、この話自体は短く、すぐ終わる予定ですので、次回はおまけを付けます。ネタバレありの、十年後のサントブルグです。
そういえばいまさらなんですけど、レギオス完結しましたね。9月20日には真の完結、25巻も出るとか。それも楽しみなんですが、ラストの敵、イグナシスの正体?
あの炎の獣なんですが、正直あまり強く感じなかったんですよね。冒頭で女王がびびってる描写ありましたが、そこまでのものかなと。
あの程度ならここのレイフォンでも、十分に無双できそうです。