2207年1月28日23時04分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・大会議室【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト」より《オープニングテーマ》】一隻の軍艦が、紺碧の宇宙を駆ける。地球防衛軍の標準的な戦艦とは一線を画した、水上戦闘艦を模したシルエット。正面から見ると、フェアリーダ―とロケットアンカーの存在が、その異質性を際立たせている。波動砲発射口と巨大なバルバス・バウを備えた艦首は、喫水線の上を灰色と青色を基調とした軍艦色、その下を真っ赤な艦底色で色分けされている。滑らかな曲線を重ね合わせて作られた艦体は、平面を多く取り入れている主力戦艦よりも繊細で、美しく見えた。例えるなら、工芸品。それが、宇宙戦闘空母『シナノ』を見た第一印象だった。一番・二番主砲塔を左上方に仰ぎながら、細長い艦体の表面を舐めるように、カメラは艦橋へと移動する。伝説の名艦、ヤマトを模した艦橋。細部に多少の違いはあれども、天守閣のような威風堂々とした艦橋とその頂部に設けられたコスモレーダーのデザインは、遠目からは全く同じにみえる。第二艦橋の手前、本来ならば一番副砲があるべきところには、第二世代型戦艦からの伝統的装備である八連装旋回式多目的ミサイル発射機。第二艦橋直下の搭状構造物の角には、2連装パルスレーザー砲が片舷1基ずつ。第二艦橋の後背部には、3連装パルスレーザーが片舷2基ずつ。そこから上は、ヤマトのそれと全く同じだ。カメラは艦長室と煙突型ミサイル発射機を一瞥してから右舷中央部の対空砲群へ向かう。4連装長砲身パルスレーザー砲は、煙突の真横と斜め前に一基ずつと、その下段にはヤマトと同様に片舷3基。つまり、片弦には5基20門。本来ならばさらにその下の段にも4基の長砲身連装パルスレーザー砲があるはずだが、代わりにあるのは大型ハッチが6門。これは波動爆雷、波動機雷、チャフ・フレアディスペンサーの共通射出口だ。さらにカメラは下がり、側面ミサイル発射口をパスして下部第三艦橋を見上げる形に。喫水線の下には新設された、無砲身型2連装パルスレーザーが片弦に5基10門。艦底部にはいわくつきの第三艦橋。結局のところ、設計にかける時間が不足しているから第三艦橋の外見は艦体との接続部を太くして周囲にブルワークを設けることで抗堪性を高めるに留めた。代わりに内装は大幅に変更して、艦橋の直前に新たに設けられた下部一番主砲――正式名称は三番主砲――と無砲身型パルスレーザーの管制ができるようになっている。と、視点が切り替わって今度は艦尾からまっすぐフライパスする形になる。既存の宇宙空母のそれを踏襲した二層式の飛行甲板に、幅広い矩型の波動エンジンノズル。その両脇のサブエンジンはアンドロメダ級のそれを模しており、艦体の曲線美を失わないように配慮されている。四枚のX型尾翼の配置も同様だ。上部の着艦用飛行甲板は、01甲板を艦尾まで延長して飛行甲板を為している。ヤマトならば二番副砲があるはずの個所には、代わりにレーダーマストと一体化した航空機管制塔。下部の発艦用飛行甲板は艦幅が一番大きい第二甲板にあり、機体整備のスペースを確保するために着艦用甲板より幅が大きい。艦尾部分には密閉型シャッターが設置されていて、閉扉すれば空気を充填して宇宙服無しでの作業が可能になる。カメラが艦の左舷前方からの視点に切り替わると、突如として『シナノ』が動き出す。主砲はそれぞれが異なった方向を向いて無造作に砲撃を始め、ミサイル発射機はしきりに左右に首を振り出す。パルスレーザー砲は一斉に四方八方へ火線をばらまいて弾幕を張り、下部発進用甲板からはコスモタイガー雷撃機がひっきりなしに発艦してはその場でインメルマンターンを打って着艦する。――その様は、まさに壊れたマリオネット。エラーを起こした機械が、延々と同じ作業を繰り返すよう。バグを起こした無機質な、無表情なそれには、命の輝きが感じられない。やがて全ての火器がパタリと止むと、艦首周辺を光の粒子が纏い始める。発射口に吸い込まれていく青い燐光。一つの巨大な砲身となった『シナノ』はカメラへと照準を定め―――――「―――――とまぁ、完成すればこんな感じになります」パソコンの前で、基本計画班班長の宗形さんが得意げな声で映像の終了を告げる。ディスプレイ上に表示された『シナノ』の完成予想CGが、波動砲を発射する。アクエリアスの透過光を思わせる美しい光を帯びたタキオン粒子の奔流が、仮想敵―――馬場さん謹製のガトランティス帝国巨大戦艦の再現CGだ―――に吸い込まれ、一瞬の後に画面が真っ白に染まった。「見れば見るほど、ヤマトと宇宙空母のニコイチだな。『信濃』の面影が全くねぇ」寝不足で目が余り開いていない飯沼局長の感想は、簡潔にして辛辣だった。「こればっかりはしょうがないですよ、設計にかける時間が無かったんですから。案だけなら沢山出たんですが、やはり実証試験ができなかったのが痛いですね。『シナノ』の場合、ベースはヤマト、飛行甲板部分はアメリカの宇宙空母『エンタープライズ』、サブエンジンは初代アンドロメダ級だから、正確にはサンコイチです。似ているのは見た目だけですが」木村課長が「これ以上は勘弁してくれ」と言わんばかりの表情で答えた。その眼の下にも隈がくっきりと顕れている。「以前、篠田が防衛軍資料室からもらってきた設計図が役に立ったな。賄賂に贈った牡蠣が俺達を救ったというわけだ。全く以て牡蠣さまさまだなぁ」豪快に笑う局長は、オッサンそのものだ。もちろん、いくら高級食品だからといって牡蠣くらいで機密を漏らす防衛軍資料室とは思えない。実際のところはあの人達の裏工作のおかげなんだろうなと、禿頭と角刈りの後ろ姿が脳裏に浮かんだ。「砲熕課としては、三番主砲の設計ができたのが良い経験でしたね。艦底部に主砲を搭載するのは、巡洋艦はやったことありますが、戦艦では初めてでしたからね、刺激的な毎日でしたよ」話題をすりかえるように、岡山さんがこの半年を振り返った。「艦尾に魚雷発射管を置けない分、側面ミサイル発射口を増設できたのは有り難いです」「ヤマトで実現できなかった、亜空間ソナーとタイムレーダーの同時装備が出来たので、電気課は満足です。まぁその分、艦内工場が無くなってしまったのは申し訳ない気もしますが」「波動砲のモードチェンジが出来なかったのは、残念だったな。アレが開発できていれば、対艦隊戦と対要塞戦の両方に対応できたんですが」「航海課は……すみません、何もありませんでした」「亜空間に空母を沈めてみたかったな……。異次元潜航能力の研究が進んでない私達が悪いんですが」各課の課長が、それぞれの立場から感想をいう。それにしても久保さん、あいかわらず自信が無いというか根暗というか奥手というか。第一艦橋内装のデザインを一新したのは自慢できる事だと思うのだが。ちなみに、二階堂さんの戯言はとりあえずスル―しておく。「防御力も、市松装甲のおかげでそこそこ上昇しましたからね。戦艦程度の衝撃砲なら、跳ね返してやりますよ」「……なぁ木村、その『市松装甲』ってネーム、やめねぇか? なんだか、聞いてて物凄く悲しくなってくるんだが」「だって、市松模様なんだから仕方ないじゃないですか。じゃあ、『チェック柄装甲』とか『碁盤の目装甲』にしますか? 『網の目装甲』とか『チェス盤装甲』でもいいですよ? 名付け親は篠田ですから、コイツに変えさせてもいいですが」「もう何でもいいわい……」局長は、俺のネーミングセンスが気に入らない様子だ。俺が発明したんだから、俺が名前をつけたっていいじゃないかと思う。ちなみに『市松装甲』とは、ヤマトの重装甲と主力戦艦の軽装甲を文字通り市松模様のように細かく組み合わせて作ったものだ。『大和』の蜂の巣甲板をヒントにしたもので、耐久度こそヤマトのそれに劣るがアンドロメダⅢ級と同等の抗堪性を持つ。資材を節約して使う事ができるのが特徴で、限りある修理用資材の浪費抑制にも繋がる優れ物だ。勿論、弱点はある。軽装甲の部分にピンポイントで被弾するようなことがあったらおしまいだし、戦闘で破損した部分の応急修理に使うには勿体無いシロモノであるが故に、艦内の修理資材としては使えない。従って、戦闘後の応急修理には地球防衛軍標準仕様の軽装甲を充てるしかなく、修理をすればするほど艦としては弱くなっていくという時限爆弾つきの装甲なのだ。この市松装甲は機関部と被弾確率の高い艦体前部及び左右、さらに重装甲が求められる主砲塔と上下艦橋に集中的に張り巡らし、下面と後部は従来の装甲を使用している。隔壁を細分化し、ダメコン用資材を多く搭載することで誤魔化しているが、戦艦クラスの衝撃砲を多数被弾した場合、大損害は免れないのは従来の主力戦艦と一緒だ。ちなみに飛行甲板は、『信濃』のものをほぼそのまま転用している。【推奨BGM:「SPACE BATTLESHIPヤマト」より《新たな歴史を》】「水野、設計図は南部重工に送ったか?」「既に」「渡辺、起工式の手配は?」「先週のうちに防衛省に依頼しておきました。建造の正当性を誇示する為に、それなりの人物を参列させるそうです」「鈴木、今朝渡した式次第は?」「先程全員に配りました。でも仕事があるのは局長だけで、俺達は突っ立っているだけですよ?」「やることはあるわい。紙をよく見ろド阿呆」「局長、地球防衛軍本部への申告は済んでいますか?」「昼過ぎに真田に連絡しておいた。後で確認するが、そろそろメールで必要書類のファイルが届く頃だろう」「……じゃあ、あとは起工式を待つだけですね」スケジュール管理を一手に引き受けていた奥田さんが、ホワイトボードに記された工程表を眺めながら安心した声で告げる。チェック項目はすべて二重線で消されており、準備がすべて完了していることが分かる。「ああ、そうだ。あとはもう、現場の仕事だ。……僅か二週間という地獄のようなスケジュールだったが、皆、不眠不休でよく頑張ってくれた。無茶を押し付けた責任者として、礼を言う」局長がゆっくりと頭を下げる。「振りかえればこの仕事は、ヤマトの後継を造るという目的のほかにも、お前らが十年後失業しないように、大きな仕事を受注するという打算があった」そういえば9カ月前のあの日。この仕事に最初に触れた時、俺が興味を持ったのはその一点だった。「しかし、計画が進んでいくうちに、そんなことはどうでも良くなっていた。俺は、なんとしてもヤマトを、アクエリアスの海に眠るあの船が残したものを絶やしてはいけない、地球が描く新たな歴史に、絶対にヤマトの魂を刻み込まなければいけないと思うようになっていたんだ」いつか見た、『冬月』の映像を思い出す。人柱のようにアクエリアスの海に沈んだかの船は、今も母なる地球を見守るように宙空を漂っている。「その後の紆余曲折は皆も知っての通りだ。だが幸いにして、俺達は当初の理念をある意味最も完璧な形で実現する事ができた。『信濃』が解体されずに残っていた事、ヤマトのスペアパーツが残っていた事、研究所が東京や横浜でなく名古屋にあった事、ヤマトの設計図が度重なる戦災でも失われなかった事。これらは全て必然の事であったと、俺は確信している」もしも『信濃』がサルベージされていなかったら。解体されて地下都市建築用資材へと変わっていたら。あの日、俺がフラフラと第四特殊資材置き場に辿り着いていなかったら。どれひとつ無くても、この計画は成立し得なかった。ならば、それはもはや偶然ではなく必然だろう。局長は一度俯き、言葉を選ぶ。「恐らく、日本の他にも宇宙空母を新造する国は現れるだろう。いや、『信濃』のように、戦没艦をサルベージして空母に仕立て上げる国も間違いなく出てくる。しかし、何の心配もいらない」局長の口調が、段々熱を帯びていく。「武勲艦ヤマトの魂を受け継いだこの艦は、必ずやくだらない国際対立を跳ね返し、来寇してくる宇宙人共を撃滅してくれるだろう。……そうしたら、俺達の苦労は報われる。星の海に眠る研究所の先達にも、将来この研究所を担っていくであろう子供者達にも、胸を張ることができる。その時には、皆で英雄の丘へ行こう。俺達は貴方達の遺志を未来に残す事ができましたと、報告しに行こう。それが、『ビッグY計画』完遂のときだ」どこからともなく静かな拍手が起こり、深夜の小会議室は暖かな達成感に包まれた。「お前ら……」と呟きながら顔を上げた局長の目には、光るものがあった。鼻の奥がツンとしてくる。目頭が熱くなる。体が熱くなり、歓喜に震える。つられて涙ぐんでいる同僚が何人もいた。目を手で覆い隠して天井を仰ぐ者もいる。我慢しきれずに、声を押し殺して泣いている人もいる。かつて、研究所がここまで一体となって設計した船があっただろうか。最初は、その理念に感動した。段々、その理念の重さに押しつぶされそうになった。技術的障壁、各課の理想を全部盛り込んだが故の無謀な要求。そしてヨコハマ条約の挫折。その苦労が、たった今報われたのだ。こんなに、嬉しい事は無い。「俺は最高の部下を持って幸せだ……! ありがとう、ありがとうよ……!」「きっと、先達も今日のこの日を喜んでくれていると思います。局長、今夜は前祝いです。今から飲みに行きましょう!」そうだそうだ、と同意する声が重なる。「ああ、そうだな、そのとおりだ。おめぇら、今日の勘定は全部俺が持つ、今夜はぶっ倒れるまで飲みまくるぞ!!」『うおおおおおおおおおおおお――――――――――!!!!』一気に湧きあがる大会議室。寝不足と深夜ということもあって、妙なテンションになった120人の野郎どもの勢いは止まらない。予約なしに120人も入る飲み屋があるのかとか、全部所長が負担したら今月のお給料スッカラカンになっちゃうんじゃないかなんて知ったこっちゃない。あまりのハイテンションぶりに唖然とする警備員さんを尻目に、120人の漢達は夜の名古屋市街へ繰り出した。2207年 1月30日 10時04分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック時は過ぎて、いよいよ起工式。骨組みだけを残してバラバラにされた『信濃』は、一見人骨を想起させてゾッとする。ドックの傍ら、風呂に例えるならば浴槽の縁の場所には、立派な祭壇が設えられている。艦首の目前に置かれた案の上には種々の供物―――まだまだ食糧事情が改善されないので、合成酒と養殖ものの魚と促成工場で栽培された配給ものの穀物、野菜類である―――が皿に盛られている。祭壇の右脇には工事の安全祈願祭を執り行う神職が5人。近くの神社ではなく、わざわざ熱田神宮から呼んだという。未だ復興の途中だというのに、御苦労なことだ。祭壇と向かい合って整列するは、工事を行う南部重工業の職員が5~60人、地球防衛軍からは酒井忠雄現地球防衛軍司令長官と秘書の鞘師多枝。防衛軍日本支部からは、防衛省の大臣と副大臣。そして設計を担当した国立宇宙技術研究所の職員。その数、3人。……………………………………飯沼所長と航海課副課長の遊佐と俺、合わせて3人。三人の間を、冷たい風が吹いたような錯覚に陥る。三人の額を流れる冷や汗。口元は気まずさをごまかすように歪み、眼はせわしなく動く。明らかなる挙動不審。交わす言葉も無く、三人して立ち尽くす。はて、120人いるはずの研究所職員はどこに行ってしまったのでしょうか?