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No.29540の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完【完結済】[dragonfly](2023/06/22 23:47)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話[dragonfly](2012/01/17 23:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話[dragonfly](2012/01/17 23:31)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話[dragonfly](2012/01/17 23:32)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話[dragonfly](2012/01/17 23:33)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話[dragonfly](2021/12/03 15:41)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話[dragonfly](2012/01/17 23:35)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話[dragonfly](2012/01/17 23:36)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話[dragonfly](2012/01/17 23:37)
[9] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1[dragonfly](2012/01/17 23:38)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話[dragonfly](2012/01/17 23:40)
[12] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX2[dragonfly](2012/01/17 23:41)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[14] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX1[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[15] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX9[dragonfly](2011/10/12 09:51)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾壱話[dragonfly](2021/10/16 19:42)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話[dragonfly](2012/01/17 23:44)
[18] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #2[dragonfly](2021/08/02 22:03)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話[dragonfly](2021/08/03 12:39)
[20] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[22] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5[dragonfly](2012/01/17 23:49)
[23] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX4[dragonfly](2012/01/17 23:50)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[25] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[26] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[27] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[28] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX3[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[30] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[32] シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール[dragonfly](2021/04/30 01:28)
[33] シンジのシンジによるシンジのための 保管 ライナーノーツ [dragonfly](2021/12/21 20:24)
[34] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX7[dragonfly](2012/01/18 00:00)
[35] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX8[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 オルタナティブ[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[37] ミサトのミサトによるミサトのための 補間 #EX10[dragonfly](2012/01/18 00:09)
[40] シンジ×3 テキストコメンタリー1[dragonfly](2020/11/15 22:01)
[41] シンジ×3 テキストコメンタリー2[dragonfly](2021/12/03 15:42)
[42] シンジ×3 テキストコメンタリー3[dragonfly](2021/04/16 23:40)
[43] シンジ×3 テキストコメンタリー4[dragonfly](2022/06/05 05:21)
[44] シンジ×3 テキストコメンタリー5[dragonfly](2021/09/16 17:33)
[45] シンジ×3 テキストコメンタリー6[dragonfly](2022/11/09 14:23)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 幕間[dragonfly](2022/07/10 00:12)
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[29540] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/17 23:44




その背中に銃口を突きつけた。

ちらり、と向けられる視線。

「やあ、男にフラレたヤケ酒の味はどうだった? 葛城」

ゆっくりと差し上げられる両腕。右手には赤いカード。

「飲むわけないでしょ、お酒嫌いなのに。
 昨日は夜通しアスカ…ちゃんに慰めてもらったんだから」

ぐりぐりと銃口を押し付けて、苛立ちを演じる。

加持さんを陥とせなかった自分が次に打った手は、それをアスカに対して利用することだった。

それがなんだか後ろめたくて、ついつい手に力がこもる。

「そうか、それじゃあ貸しは返してもらったことになるかな?」

嘆息。しようとして、うかぶ疑問。

「貸しってなに?」

「あっ、いや…」

なんだか話しにくそうだったので、銃口を後頭部に突きつけなおしてお手伝い。

「……いや、なに。
 アスカに頼まれて葛城の執務室のロック、外したことがあってな」

そうか。
どうやって開けたのか謎だったのだが、加持さんの仕業だったか。言われてみれば確かに、この人以外にはありえないと解かるのだが。


余計なこと、と言い切れないのがまた腹立たしい。あの件は、ドイツ時代の失点を補うに充分であったろうと思えるから。

ぐりぐりと照星部分で念入りに。今度は演技ではない。

あいたた、と声をあげる加持さんのわざとらしいこと……

……

嘆息。

「まったく、一世一代の覚悟だったのに」

銃口をそらす。セィフティは外していない。もとより撃つつもりなんかないのだ。

「3人の子持ちのマリア様じゃ、俺の手に余るんでね」

ホント信じられない。と拳銃をしまう。

「こいつは勲章代わりに貰っとくがね」と、赤いカードの後ろから扇状にスライドして見せるホテルのカードキー。
プラスチック繊維製のカードは、一晩限りの使い捨て。

昨夜の決意が、殺意に変わりそうだ……


……




地下2008メートル

ターミナルドグマ

「これがあなたの本当の仕事? それともアルバイトかしら」

こめかみを押さえて、冷静さを取り戻そうと必死に努力する。

「どっちかな」

LCL生産プラント、第3循環ラインの表示が赤い。

「特務機関ネルフ特殊監査部所属、加持リョウジ。
 同時に、日本政府内務省調査部所属、加持リョウジでもあるわけね」

バレバレか。と加持さんが顎をしごく。

「ネルフを甘く見ないで」

「碇司令の命令か?」

持て余した赤いカードを手の上で躍らせている。

「私の独断よ。これ以上バイトを続けると、死ぬわ」

「碇司令は俺を利用してる。まだいけるさ」

なるほど。単なる内調のスパイではなくて、ネルフ側からのスパイでもあったわけか。
ダブルスパイともなれば死ぬ理由には事欠くまい。

「だけど、葛城に隠し事をしていたのは謝る」

「昨日のお礼に……、」

つい本音を言いそうになった。
覚悟はしたものの、完全に女になりきることに不安がなかったわけではない。

しかも、相手は加持さんなのだ。いろんな意味で抵抗が多かった。

おそらくは、そう云った自分の不安を嗅ぎ取ってくれたのだろうが。

いや、二人の出会いを考えれば、加持さんが未だに自分のことを女と見做してない可能性もおおいにあるか。



――出会って暫くしたころ、母親に会いにゲヒルンに行く。というリツコさんにかなりしつこくおねだりした。

ジオフロントがどうなっているのか、この目で確かめたかったのだ。会えるものなら綾波にも会いたかったし。

傍目には、嫌がる女に執拗につきまとうナンパ男に見えただろう。
事実、そう見えたという加持さんの手によって殴り飛ばされたのだが。

いきなり顔を殴られたことに驚く暇もなく、殴りつけてきた相手が加持さんだということに驚かされた。

次いで、彼女と加持さんが付き合っていたことを思い出して、愕然とする。
二人のなれそめは想像するしかないが、少なくともこんな最低の出会いではなかっただろう。

加持さんとの関係は修復不能だと思い込んだ自分は、もう世界を護ることができないと早合点して、泣きながら逃げ出した。

我ながら短絡にもほどがある。


それはともかく。

やり直せることの嬉しさに舞い上がっていた自分は、このときに冷水を浴びせかけられたのだ。

使徒襲来までの13年間。自分が確かな指針は何も持ってなかったことに気付かされたといってよい。

それ以上のイレギュラーの発生を恐れて、なるべく彼女らしく振舞おうとした。酒は好きになれず、車にも興味が持てず、かなり無理をしていたような気がする。

彼女が通ったであろう見えない道筋を探して、歴史を変えてしまうことに怯えて過ごした10年だった。

無事にネルフの作戦部長に納まった今なら、使徒襲来という大事件の前に、一個人の交友関係などにどれほどの意味があるだろう?と開き直れるのだが――



「……無礼を詫びさせるまでは生かしといてあげようかしら」

左手の中に消した赤いカードを、右手から取り出している。

先刻にからかわれた時も思ったが、相変わらず器用なヒトだ。

「……そりゃどうも。
 だが、司令やりっちゃんも君に隠し事をしている。それがこれさ」

加持さんがスリットにカードを通すと、ロックが解かれて隔壁が開き始めた。

……

十字架にかけられた白い巨体。

「これはエヴァ? ……まさか!」

「そう。セカンドインパクトから全ての要であり始まりでもある。アダムだ」

「アダム。あの第1使徒が、ここに……」

こいつの姿は一度だけ見たことがある。カヲル君を殺した時だ。

拳を握り締めて、痛みに耐える。今は記憶に囚われて泣くべきところじゃない。

ぎりぎりと、右奥の義歯が悲鳴をあげた。

だが、白い巨体の前に彼の幻影が見えてしょうがないのだ。

友達を殺した記憶を封じようとして、白い巨体から目を逸らそうとした時だった。脳裏に浮かぶ友の姿に違和感を覚えたのは。

あの時、カヲル君は驚いていなかったか? 打ち倒した弐号機の向こうで、彼は立ちすくんでいたのではないか?

彼は何に驚いたんだ? おそらくは求めていたであろう物にたどり着いて、なぜ立ちすくんだのだ?

何かが違っていたのだろうか?

手懸りを求めるも、白い巨人からは何も読み取れない。あの時と違うのは、槍が刺さっていて下半身がないことくらい。

槍がないことに驚いた? 下半身があることに驚いた?

違うような気がする。

槍があることに驚くなら、下半身がないことに驚くなら、理解できる。

思っていたような姿じゃなかった?

目前まできていて、それは間抜けすぎる。


……アダムが流す血。なぜか赤いその体液はとめどなく滴り落ちて、赤い湖に注ぎ込む。


そもそも彼は何のためにここまで来たんだろう?

アダムに会いに?

アダムにまみえたあと、彼はろくな抵抗もせず、いやむしろ進んで、自分に殺された。

アダムに会って、それで満足だった?

思い残すことがなくなったから、死んで構わなかった?

いや、あの時点で彼は積極的に死を選んだように思える。

生と死が等価値なら、なぜ彼は死を望んだのか?

 死を選ぶためにここまで来たのか?

  わざわざ死に場所を探していたのか?

   生を選ぶためにここに来たのではないのか?

生を望むために来ていたのなら、その目的はアダムだっただろう。

死を選ぶための目的がアダムなら、自分の手にかかる必要はなかったと思えるから。

つまり、彼は生を掴めなかった。
ゆえに死を望まざるを得なかったが、それをアダムは与えてくれなかった。ということではないだろうか?

それは、アダムが彼に生を与えてくれなかったということだ。

では、何故アダムは彼に生を許さなかったのだろう?


いや……、これは、いくら考えても答えの出る問題ではない。情報が少なすぎる。

ただ、アダムと使徒の接触がサードインパクトを生じなかったことについて、類似の事例があった。

かつて、この槍を精神汚染使徒に対して使った時だ。

『アダムとエヴァの接触は、サードインパクトを引き起こす可能性が!』

彼女の懸念は黙殺され、槍が使われた。

これから考えられる推論は二つ。

一つは、アダムと使徒の接触がサードインパクトを起こすというのが、嘘の場合。

だが、これはカヲル君が驚いたことに合致しがたい。

一つは、これがアダムだということが、嘘の場合。

嘘の理由はわからないが、彼が驚くに値すると思う。驚愕ってことだ。

どちらも嘘。という可能性すら存在するが……、そこまで疑っていては推測すら始められない。


だが、おそらく、これはアダムではないのだろう。

アダムに似て非なる者。使徒を誘引する物。つまり、第一使徒と同格のモノ。

だとすれば、これこそが彼女の言っていたヤツなのかも……

「確かにネルフは、私が考えてるほど甘くないわね」

正直な感想だった。



さて、当面の問題は加持さんの処遇だ。

彼がこれを本当にアダムと思っているのか、それとも承知の上で嘘をついているのかは判らない。

嘘をついているなら、こちらがその嘘に気付いたことを悟らせるべきではない。

本気で思っているなら、不用意な情報を与えるべきではない。

……

いや、そういえばスイカ畑で教えられたことがあったか。

『使徒がここの地下に眠るアダムと接触すれば、ヒトは全て滅びると言われている。サードインパクトでね』と。

……

だが、いずれにしろ情報が少なすぎて、加持さんがどう動くか予測するのは難しい。

色仕掛けも通用しなかったし、どうすれば彼を救えるだろう。

それとも加持さんの命は諦めて、情報を引き出すことだけに専念すべきだろうか?

悩んでいる暇はない。
いつまでもここでこうしているわけには行かないのだ。握りしめたロザリオは、往くべき道を指し示してはくれない。

どうすべきか決めかねたまま仕方なく、用意していた最後のシナリオを開く。

拳銃を抜き、セィフティを外して、狙いをつける。ここまでを一動作で済ます。いや、その間に視界がにじんで、狙いはあいまいだ。

「特殊監査部所属、加持リョウジ。
 あなたを旧伊東沖決戦時の敵前逃亡・立入禁止区域への無断侵入・作戦部長執務室への不法侵入幇助・なにより絶世の美女を袖にした罪で銃殺刑に処します」

銃口を突きつけられているのに、加持さんのにやけ顔はこゆるぎもしない。まあ、この状態では当たるものも当たるまいから当然か。

「そいつぁ困った。情状酌量の余地は?」

「絶世の美女に恥をかかせた時点で、微塵も」

言葉尻に被せるように、即答。

自分で言っていて恥ずかしい。頬が熱くなってきているのがわかる。彼女なら心の底から臆面もなく言い放つのだろうが。

これは、必要なゆとりなのだ。
真剣でなければ、相手の心を揺るがせない。しかし、譲歩の余地もないと思わせてしまっては、却って頑なにさせてしまう。

そのために用意した、隙だった。


「司法取引ってのはどうだ?」

つまり、知ってることは話すという意味だ。ちょっと考えるふり。

「情報によるわね」

「こいつに見合うだけのネタは約束するよ」

いつの間にやら指先に挟んで、ホテルのカードキー。



思わず引き鉄を絞りそうになって銃口をそらす。
念のため初弾は空包にしてきたが、この距離では木製弾頭でも安全とは言いがたい。

「からかわな¨い…で .... 」

恥ずかしさに染めた頬を、怒りのせいだと強弁するために怒鳴りつけた言葉尻が、勢いを失った。
てっきり、にやけ面をほころばせていると思ったのに。


見たこともない、真剣な眼差し。恐いくらいに。

こんなにまっすぐに見つめられたことは、ついぞなかったように思う。

あのカードキーは、自分にとっては覚悟の象徴だった。

自分の覚悟を、加持さんはどう受け止めてくれたのだろうか。


銃口など眼中にない。という風情で間を詰めた加持さんが、目尻を拭ってくれる。
人差し指の背ですくい上げる仕種が、なぜかちっともキザったらしくなかった。

思わず下がった銃口を、肘を曲げてひきつける。結果が出るまでは、芝居の幕を引くわけには行かない。

「思い詰めるとそいつを握りしめる癖は、変わらないな……」

加持さんの手は、意外にも熱かった。
視線を外してくれないから確かめられないけれど、いま左手を包み込んでくれているのが加持さんの手であるならば。

そのまま一本一本と指を解かれて、ささえを失ったロザリオが胸元に、ことん。

肝に銘じとくよ。と加持さんが一歩下がった。

……

なにを。と問い質そうとする気配を察してか、くしゃりと戻るにやけ面。

「それに、葛城には貸しがひとつ、あっただろう?」

ぱちん。と音が聞こえてきそうなウインク。

ものの見事にはぐらかされてしまった。この雰囲気から話題を戻す技術も神経も自分にはない。

貸し。
……周辺地域に甚大な被害を及ぼした落下使徒戦。その後始末についてだろう。


――当然のように寄せられた関係各省からの抗議文と被害報告書。周辺自治体からの請求書。広報部からの苦情。それらを片付けるアイデアを与えてくれたのだ。

一言で云えば「MAGIにやらせろ」でしかないその提案は、口で言うほど容易くはない。

MAGIの使用権限は厳密に割り当てられていて、事務作業のような優先順位の低い案件を割り込ませる余裕はないのだ。

だが、受け取ったメモリデバイスには、監査部が確保していて使用していない権限枠の一時譲渡、作戦部長が事務作業に忙殺されることによって使徒戦に及ぼす悪影響の考察が正式な書類として作成されていた上に、承認済を示す副司令の電子サインまで取得済だった。

最終的に副司令自らが調停役として矢面に立つことを確約する覚書まで添付されているのを見た時は、そのあまりの手回しのよさにめまいを覚えたほどだ。

いたれりつくせりである。

あそこまでされてしまうと、他の手段は採りようがない――



セィフティをかけて、拳銃をしまう。

「……押し売りっぽい貸しだったけど、まあいいわ。
 アスカ…ちゃんがおやつ当番なの、最低でも週に1回の差し入れ。
 それが遂行されているあいだ執行猶予」

「了解だ。刑に服そう」

これは儀式だった。素直でない大人が、本音を隠して物事を進めるための。

「執行猶予中に許可なく死なないでね」

「真摯に聴いとくよ」


****
#2
****


『レイ、シンジ。用意はいい?』

第3新東京市の外れ。偵察機から送られてくる映像の中、長方形の穴を取り巻くように立つ3体の巨人の姿がある。
それぞれに構えているのは、ノズル付きのホース。

『うん、いいよ。アスカ』

『…ええ、いいわ。弐号機パイロット』

『ちっが~う! ワタシのことはアスカと呼びなさいと言ったでしょ、レイ』

被さるようにアスカの大声。

『…わかったわ。…アスカ』

『それでいいのよ』

アスカは昨晩の約束をもう実行してくれたようだ。即断実行で実にアスカらしい。

声音に多少の照れが窺えなくもないが、やるとなったら割り切って行えてしまえる。それが惣流・アスカ・ラングレィという存在だった。

『ミサト。こっちはいつでもOKよ』

そして、そうゆう時のアスカは実に頼もしい。

「よろしい。
 作戦開始の合図があってランチャーからミサイルが発射されたら、あとの細かい判断は各自にまかせるわ」

『わかってるわ』

『はい』

『…了解』

やっぱり好きなんだ。何の話よ?…葛城三佐は待ち伏せが好き。との無駄話はつとめて無視だ。


天井を除去した第07吸熱槽をドレーンして確保した空間に、厚めに硬化ベークライトを敷いてある。こういうこともあろうかと、最上層の吸熱槽のいくつかは上面装甲板を取り外せるように手配してあった。


「それでは、コンバットオープン。アタックナウ!」

エヴァたちが遠巻きに見守るなか、中央に設置されたランチャーが対空ミサイルを吐き出す。
MAGIに誘導され、市街地上空へ。

第3新東京市ゼロエリアにて悠然と浮遊していたゼブラパターンの球体は、ミサイルが接触したと思われた瞬間に忽然と姿を消した。

「パターン青。第07吸熱槽中央部です」

直径六百八十メートルの真円の闇が吸熱槽の真ん中に現れるや、たちまちのうちにランチャーが呑み込まれていく。

『『『 フィールド全開! 』』』

3人が協力して織り上げたATフィールドは肉眼で確認できるほど視界をゆがませて、黒円を覆い尽くしたことを誇示した。

『ゲーヘン!』

アスカの合図とともに、3機のエヴァがそれぞれ保持するホースから赤い液体がほとばしる。硬化ベークライトだ。
吸熱槽内壁のバルブからもベークライトが噴射された。

囮を襲って落とし穴に入り込んだところを押さえつけて蓋をする。

殲滅方法の見当もつかないこの使徒の封印をもくろむ。それがこの作戦、バードライムだった。

吸熱槽の半ばまでを覆い尽くして、用意していたベークライトが尽きる。完全に硬化するまで、今しばらくの時間が必要だ。



直径680メートル、厚さ約3ナノメートル。
その極薄の空間を内向きのATフィールドで支えたディラックの海。虚数空間が使徒の正体だとリツコさんが推測した。

ATフィールドで支えているなら、中和すれば斃せるのではないか? と考えないでもないが、ではフィールドを中和された今までの使徒がそれだけで斃せたかといえば、否と答えるしかない。

第一、かつてこの使徒を足止めしようとしたとき、そして呑み込まれたときに、フィールドの中和はさんざん試したのだ。
フィールドを中和して攻撃を行い、それで使徒を斃せれば呑みこまれずに済むだろうと死に物狂いで。

結局、有効な対策が思いつかないがための苦肉の策だった。




……

「ベークライト、完全硬化を確認しました」

「フィールド、解消して」

『…葛城三佐!』

「パターン青。零号機の直下です!」

『レイ!』『綾波っ!』

前面ホリゾントスクリーンが零号機を映し出す。黒々とした底なし沼に、すでに太腿近くまで呑みこまれていた。

吸熱槽は直方体だから、周辺に三機配置すると一機が突出する形になる。
洞察力があるからと、そこに綾波を配置した自分のミスだ。

『…呑みこまれた部位の感覚喪失。
 こちらの行動に対し高い粘性抵抗が見受けられますが、感触がありません』

「シンジ君! ATフィールドを足場に零号機の救出。放り投げて構わないわ。
 アスカ…ちゃんは受け止めて」

『はいっ!』

吸熱槽の上を初号機が駆け出す。目に見えぬ橋を自ら架けて。

零号機も、無抵抗に呑みこまれているわけではないようだ。
黒い水面に両手をついているところを見ると、ATフィールドを張って懸命に踏みとどまっているのだろう。

『ミサト。逆の方が良くない?』

そう言いながら弐号機は、零号機へ直進しない。

「上手く受け止める方が難しいのよ」

『わかったわ』

初号機が闇の上を疾走する。たちまち零号機に取り付き、脇の下に両手を差し入れた。

『シンジ! 左へ』

『わかった』

『…いけない』

綾波が言い終わる前に、零号機を引っこ抜くように放り投げた初号機が沈みこんだ。

『……なっ!? フィールドが』

待ち構えていた弐号機が、危なげなく零号機をキャッチ。

『…葛城三佐。使徒がフィールドを中和しはじめました』

「なんですって! シンジ君、重力遮断ATフィールドは?」

『やってます! でも手応えが! どうしたらいいんですかミサトさん!』

初号機は、早くも腰近くまで呑みこまれてしまっている。

「現状の零号機、弐号機のフィールドは?」

「弐号機は健在。
 零号機、復元しました。
 初号機フィールドは完全に消失しています」

「シンジ君、空中にフィールド展開、掴まれる?」

見えない何かに掴まって体を引き上げた途端、支えを失って落下する。
初号機はそれを何度も繰り返した。

『ダメです!』

仮に呑みこまれても初号機なら大丈夫なのは判っていたが、ためらわない。

「初号機を放棄。プラグを射出します。アスカ…ちゃん!」

発令所トップ・ダイアスから椅子を蹴立てる音が聞こえてきたが、無視。

『判ってるわ。今、向かう』

「使徒の上にフィールド張っちゃダメ!」

近道しようと跳び上がりかけた弐号機がたたらを踏む。
アスカも思い出したのだろう。先だって行われた威力偵察時の、航空隊の末路を。



――攻撃者を足元から呑み込んでいる様に見える使徒に対して、航空機による攻撃を試みることになった。
空中には反撃できないかもと、期待されたのだ。

しかし、姿を消してミサイルを躱した使徒は、丸い影となって、戦闘機の離脱機動を先回りした。
その上空を通過しようとした戦闘機が、壁にぶつかるようにして四散する。

一撃離脱を支援するために牽制射撃をしてしまったVTOL機は、足元に現れた影から逃げるように上昇した。
逃げ場を探すために全弾を撃ちつくして判ったことは、周囲をぐるりとATフィールドに囲まれていたこと。燃料切れで墜落するそのさまが、籠の中で餓死した小鳥のようだった。

おそらくこの使徒は、自身の直上に円筒形のATフィールドを展開できるのだろう――



ATフィールドが届くということは、ATフィールドを中和できるということだ。
あのまま弐号機がショートカットしていたら、初号機と同じように呑み込まれていただろう。

「シンジ君。
 プラグを射出させるわ、対衝撃姿勢。初号機の頭を下げて」

『はい』

位置関係を示した俯瞰図。赤い巨人を示す輝点が、円周に沿って走っている。

「…レイちゃん、使徒のフィールド中和!」

『…了解』

「シンクロカット。プラグ射出!」

中和状況をモニタで確認して、こちらはスタッフへの指示。

「了解。シンクロカット。プラグ射出します」

初号機から射出されたプラグは300メートルほど飛翔し、パラシュートを開くまでもなく弐号機によって回収された。

「シンジ君、大丈夫?」

『はい』

「捕獲用ワイヤ射出。初号機を絡め獲って」

「無理です。間に合いません」

スクリーンに大写しにされる黒円。初号機は呑みこまれきって、影も形もない。

「やってみてから言いなさい!」

「はっ、はい!」

周囲の兵装ビルから鉤つきのワイヤーが複数射出される。
本来は使徒の捕獲、拘束用の装備だが、物は使いようだ。MAGIによって計算され、ガス圧とテンションで操作されたワイヤーが、放物線を描いて影に殺到した。

……

「ワイヤ端センサーに感なし」

モニターに回した、初号機視点の映像。
真っ白だった画面を走査線が乱す。たちまち表示される【信号なし】のインジケーター。

ワイヤーのモニタリングも全て途絶したようだ。

「パターン青、消失。
 目標の波長パターン、オレンジに移行しました」

スクリーンの中、ゼブラパターンの球体が何事もなかったかのように浮いていた。

下から見上げるアングルは、使徒を大写しにしている。今にも落ちてきそうで、なんだか息苦しい。

思わず、喉周りを緩める。

かつて、こいつに呑み込まれたとき、見上げた空すべてを覆う縞模様に圧倒された。押しつぶされそうな存在感に抱いた絶望を、思い出してしまいそうだ。

「アスカ…ちゃん、初号機のケーブル引っ張ってみて」

『わかったわ』

弐号機視点の映像の中、アンビリカルケーブルは黒円に飲み込まれた地点ですっぱりと断ち切れていた。

ワイヤーの巻き戻しは、指示するだけ無駄か。

「アスカ…ちゃん、…レイちゃん。
 いったん仕切りなおすわ、至近の回収ルートから撤退して」


「葛城三佐」

トップ・ダイアスから声をかけられる。碇司令。父さんだ。

「はい」

「なぜ、初号機を放棄した」

「初号機の能力では脱出不可能と判断し、パイロットの生命を優先しました。
 初号機も回収できるよう手を尽くしましたが、力がおよびませんでした」

威圧的なあの赤いサングラスが、父さんの視線を遮ってくれていた。そうでなければ自分が毅然と対応できたかどうか。

それでも辛くて視線をそらすと、ふるふると震える父さんの握りこぶしが目についた。

「葛城三佐、君を……」

父さんの言葉は、盛大な破砕音にかき消される。


『何が始まったの?』

振り返る先、スクリーンの中で影が割れていた。

使徒は3ナノメートルしか厚みがないはずなのに、盛大に地面ごとめくれあがっている。

映像アーカイブで見た流氷や、諏訪湖の御神渡りを思わせる光景。
生々しい赤と毒々しい黒の取り合わせでなければ、荘厳ですらあったろうに。

「状況は?」

「わかりません」

「すべてのメーターが振り切られています」

ゼブラパターンを失って真っ黒になった球体。

……まるで、黒い太陽。
いや、熱気があるようには見えないから、黒き月。と言ったところか。

「まさか、初号機が」

「ありえないわ。
 エントリープラグは射出済みなのよ。動くはずないわ!」

突き破って現れたのは、人のカタチの右手。
特徴的なナックルガードのシルエットが、エヴァの手だと教えてくれた。

吹き出す赤い液体。

使徒なのに、なぜか赤い体液。それがパターンオレンジの原因なのだろうか?

こじ開けるように肉を引き裂いて、赤く染まった鬼面が姿をさらす。

顎部装甲を引き千切って、咆哮。


『ワタシ、こんな物に乗っているの…』

ついに耐え切れなくなって、球体がはじけとんだ。

地面に突き立った初号機が、天に向かって雄叫びをあげる。

使徒の腹に独り呑みこまれて、慌てて目を覚ましたのだろうか? 母さんは。

所どころ装甲が溶けているところを見ると、パイロットが居なかったが故に使徒に直接、侵蝕でもされたのかもしれない。


「なんて物を、なんて者をコピーしたの私たちは」

その答えがあるのなら、自分も是非訊きたいものだ。


血と肉が降りそそぐ中、初号機はいつまでも吼えつづけていた。


                                                         つづく

2006.09.25 PUBLISHED
.2006.10.20 REVISED


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