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No.29540の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完【完結済】[dragonfly](2023/06/22 23:47)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話[dragonfly](2012/01/17 23:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話[dragonfly](2012/01/17 23:31)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話[dragonfly](2012/01/17 23:32)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話[dragonfly](2012/01/17 23:33)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話[dragonfly](2021/12/03 15:41)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話[dragonfly](2012/01/17 23:35)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話[dragonfly](2012/01/17 23:36)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話[dragonfly](2012/01/17 23:37)
[9] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1[dragonfly](2012/01/17 23:38)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話[dragonfly](2012/01/17 23:40)
[12] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX2[dragonfly](2012/01/17 23:41)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[14] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX1[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[15] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX9[dragonfly](2011/10/12 09:51)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾壱話[dragonfly](2021/10/16 19:42)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話[dragonfly](2012/01/17 23:44)
[18] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #2[dragonfly](2021/08/02 22:03)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話[dragonfly](2021/08/03 12:39)
[20] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[22] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5[dragonfly](2012/01/17 23:49)
[23] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX4[dragonfly](2012/01/17 23:50)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[25] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[26] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[27] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[28] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX3[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[30] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[32] シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール[dragonfly](2021/04/30 01:28)
[33] シンジのシンジによるシンジのための 保管 ライナーノーツ [dragonfly](2021/12/21 20:24)
[34] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX7[dragonfly](2012/01/18 00:00)
[35] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX8[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 オルタナティブ[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[37] ミサトのミサトによるミサトのための 補間 #EX10[dragonfly](2012/01/18 00:09)
[40] シンジ×3 テキストコメンタリー1[dragonfly](2020/11/15 22:01)
[41] シンジ×3 テキストコメンタリー2[dragonfly](2021/12/03 15:42)
[42] シンジ×3 テキストコメンタリー3[dragonfly](2021/04/16 23:40)
[43] シンジ×3 テキストコメンタリー4[dragonfly](2022/06/05 05:21)
[44] シンジ×3 テキストコメンタリー5[dragonfly](2021/09/16 17:33)
[45] シンジ×3 テキストコメンタリー6[dragonfly](2022/11/09 14:23)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 幕間[dragonfly](2022/07/10 00:12)
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[29540] シンジ×3 テキストコメンタリー6
Name: dragonfly◆23bee39b ID:838af4c9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2022/11/09 14:23
シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話 ( No.21 )
日時: 2007/02/18 12:22 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


『 今回の事件の、唯一の当事者である葛城三佐だな 』

   正面から聞こえてきたのは、年月の積み重ねを感じさせる低い声。
 
「はい」
 
 
『 では訊こう。被験者、葛城三佐 』
 
   右手から、張りのあるテノール。
 
 
『 先の事件、使徒が我々人類にコンタクトを試みたのではないのかね? 』
 
   カン高い神経質そうな声は、左手奥から。
 
「コンタクトなどというソフトな印象は受けませんでした」
 
 
『 君の記憶が正しいとすればな 』
 
   暗闇の中で査問とは、威圧のつもりなのだろうか?
 
「記憶の外的操作は認めらないそうですが」
 
『 発令所の記録は存在するが、確認できることではない 』
 
 
『 使徒は人間の精神、心に興味を持ったのかね? 』
 
   左手手前から新たな声の主。比較的若そうな、雑味のあるリリコテノール。
 
「その返答は出来かねます。はたして使徒に心の概念があるのか、人間の思考が理解できるのか、まったく不明ですから。
 単に、第3新東京市を防衛する物の中枢とみなして解析を試みただけかも知れません」
 
   使徒に狙われたのは、自分の特殊性ゆえかもしれないと考えないでもないが。
 
 
『 今回の事件には、使徒がエヴァを無視したという新たな要素がある。
  これが予測されうる第16使徒以降とリンクする可能性は? 』
 
   再び正面から。この声の主がこの場の主導権を握っているようだ。
 
「これまでのパターンから、使徒同士の組織的なつながりは否定されます」
 
   もし、そんなものがあるのなら、どうしてあの落下使徒が何度も試射を行うものか。
 
   光鞭使徒や要塞使徒のように重力を遮断して、ATフィールドをスピードブレーキに使えば、大気圏突入なぞ朝飯前だったというのに。
 (一般的にはエアブレーキか。この応用法はユイ篇・初号機篇・キール篇で出てくる)
 
『 さよう、単独行動であることは明らかだ。これまではな 』
 
   きんきんと右の奥歯に響く声だ。
 
「それは、どう云うことなのでしょうか?」
 
 
『 君の質問は許されない 』
 
   正面から。
 
「はい」
 
 
『 以上だ。下がりたまえ 』
 
「はい」
 
 
接続が切れた瞬間。気が抜けてくずおれた。
 
 
人類補完委員会による査問。
 
一介の作戦課長を救うために使われたロンギヌスの槍。
 (これはもちろん口実だが、これを真に受けた子供たちが微妙にゲンドウを見直してたりする。もっとも、後の拘禁処分ですぐに下落するが)
 
精神汚染使徒を貫いたロンギヌスの槍は、軌道を修正、再加速して第10使徒たる落下使徒をも殲滅。結果、第三宇宙速度をはるかに超えて太陽系から離脱するコースを取っているという。
 
いまの人類の技術では、とても回収できないだろう。
 
 
その責任の追及先として、もっと具体的に根掘り葉掘り訊かれると思って身構えていた分、別の意味で気が抜けたといってもいい。
 
憶測や印象を聞いて、どうすると云うのだ。
 
世界7箇所でエヴァ拾参号機まで建造中と聞いていたから、危機感に溢れているとばかり思っていたのだが、どうにも緊張感に欠ける。
 
9体ものエヴァの建造と、この連中の雰囲気が余りにもそぐわない。
 
使徒の脅威におびえてエヴァを造らせているようには思えないのだ。
 
非公式だということも考え併せて、やはり、真の狙いは人類補完計画とやらなのだろう。
 

シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX6


自分の執務室で、昨日の査問に関しての報告書を作成している最中だった。
 
「ちょっと、いいかい?」
 
「加持…君。珍しいわね、どうしたの?」
 
あけすけな彼女の性格をなぞるべく、ドアの設定はフリーになっている。前に立っただけで開く仕様だ。
 
もっとも、この人にかかってはロックをかけていても無意味だろうけど。
 
「今晩差し入れに行くって、アスカに約束してたんだが…」
 
差し出しされたのはメモパット。すでに何か書き込んである。
 
【 ゼーレが冬月副司令の拉致を画策している 】
 
「…仕事が入りそうなんだ」
 
身内であるはずのネルフに対して、ゼーレがこんな乱暴な手段を講じてくるとは。
 
これが脅迫だとすれば、その対象はもちろん父さんだ。
 
それはつまり、父さんを御しきれる手札がゼーレに乏しいことの証左でもある。
 
「アスカ…ちゃん、楽しみにしていたわよ。そのことを聞いたら、仕事なんか【止めさせようとするでしょうね】」
 
含みのある言葉を話す間だけ、人差し指を立ててみた。
 
「だからこうして、葛城に相談しに来たんじゃないか」
 
ぱらぱら。と2枚ほど捲られるメモ用紙。
 
【 正確な日時、実行犯の規模は不明 事前の阻止は難しい 】
 
「そう言われたって… 【あとで埋め合わせする】くらいしかないんじゃない?来週、2回来るとか」
 
「確かに、そうなんだがな…」
 
ぱらぱらぱら。今度は3枚ほど纏めて捲っている。
 
【 副司令を監視して、実行後に救出する 】
 
回答を予め用意してあるらしい。
 
「アスカのご機嫌取りねぇ… 私【1人でできる】かしら?」
 
「葛城なら【なんとかなる】と踏んでるんだがな」
 
真似をするのはいいんだけど、ウインクってのはどうかなぁ。
 
それはそれとして…
 
その口ぶりから察するに、もとから加持さん自身も副司令を救出する気でいるようだ。
 
どんな腹積もりかは判らないが、任せておくしかないだろう。
 
頷いてみせる。
 
「買い被りすぎよ、あの年頃って難しいんだから…
 明日のホーム【パーティ】で機嫌直してくれるといいんだけど…」
 
「パーティ、明日かい?」
 
パーティとは、ターミナルドグマへ潜入することを示す符牒だ。それとは別に、明日ホームパーティを開くことも事実だが。上手くいけば、ちょっとした記念日になるだろうし。
 
「ええ、加持…君も来てくれるでしょ?」
 
「仕事終わるかなぁ… 野暮用もありそうだし…」
 
天井を見上げて、加持さんが顎をしごく。
 
「野暮用?」
 
「ああ、特殊監察部は委員会の直轄だからな。【今回の仕事がらみ】で無理難題を押し付けられそうなんだ」
 
口元で立てられる人差し指。口外無用… いや、詮索不要…かな?
 
「準備ばっかりで、本番に参加しないなんて詰まんないでしょ。それに…加持…君が来てくれないと、寂しいわ」
 
「寂しい…ねぇ。俺にまだ気があるのかい?」
 
「あるわ」
 
加持さんが目を見開いた。遊んでいるように見えて、その実、この人はこう云ったストレートな物言いをされるのが苦手なのだ。
 
いつもの調子で茶化したつもりだろうが、加持さんを死なせたくないという一点で自分は常に真剣だった。そう何度もはぐらかされたりはしない。
 
「そうは見えなかったがね…」
 
「一度敗戦してるもの。負ける戦は仕掛けない主義なの」
 
「そいつぁ同意見だが…」
 
「…わだかまりは、あるわよ?でも、あの時の思いは嘘じゃないわ」
 
加持さんが胸ポケットに手をやった。まさか、あのカードキー、肌身離さずに持ち歩いているんじゃあ…
 

 
そうだったな。と顔を上げた加持さんは、にやけ面を取り戻している。
 
「真摯に聴いとくよ。明日のパーティは開始時間を見合わせといてくれると嬉しい」
 
「ええ、待ってるわ」
 
踵を返した加持さんが、右手を差し上げるだけで応じた。
 
ヒト1人送り出して、ドアが閉まる。
 
 
 
嘆息して、執務室を見渡した。
 
恋愛にうつつを抜かしてるほうが人間としてリアルだろうから、少しは欺けるだろう。
 
誰が聞いているのかは、知らないけれど。
 
 
                                         終劇
(以上は、連載時に特別な読者の為に書き下ろした話。今回のおまけとして収録した)

****
#8 (ここに、補間#8が入る)
****
 
 
ターミナルドグマ。
 
【人工進化研究所 第三分室】と掲げられたプレートを見上げ、待つことしばし。
 
そろそろのはず。懐からIDカードを取り出し、リーダーに通した振りをする。
 

 
「なにしてるの、葛城三佐!」
 
保安部も連れずに一人で来た。その優しさと甘さに、安堵と後ろめたさを覚えて嘆息。
 
「ちょっと社会見学にね。ちょうど良かったわ、ここ開けてよリツコ…」
 
そんな必要はない。それどころか、リツコさんに気取られることなく侵入することも出来るのだが。
 
「貴女に、この施設へ立ち入る権限はなくてよ」 
 
もたもたと、慣れぬ手つきで拳銃を取り出している。
 
「今なら見なかったことにしてあげられるから、早く立ち去りなさい」
 
ろくに照準も合わせず、ただ銃口を向けているだけの構え。セィフティも外してない。
 
「ありがとう…と言いたいところだけど」
 
リツコさんの背後に、浮かび上がる人影。
 
「美人には似合わないから、その無粋なものをくれないか?りっちゃん」
 
「その声は…加持君?」
 
振り返らないのは、背中に銃身でも突きつけられているからだろう。
 
「貴方、生きていたの?」
 
ゆっくりと差し上げられた拳銃を、加持さんが無造作に受け取った。
 
「真摯に聴いとく。そう言ったろ?」
 
副司令の救出ごくろうさま。という自分の加持さんへの労いも、答えの一部になるだろう。
 
将を欲すれば、まず馬を。父さんを陥とすのための外堀に、冬月副司令には恩を売っておきたかったのだ。
 
 
うながされて、リツコさんが渋々カードリーダーに歩み寄る。
 
「一体、何を企んでるの?」
 
「言ったじゃない。社会見学だって」
 
スリットにカードを通した後のことだろう。光の加減で見えない位置に立っていた者の存在に気付いたのは。
 
「レイ…、それにシンジ君!」
 (アスカは、待ちに待った神道夢想流杖術の師範と初稽古の最中)
 
****
 
 
綾波が前に住んでた部屋みたいだ。 …そう、私の生まれ育った場所。
 
エヴァの…墓場? …ただのゴミ棄て場。
 
通り過ぎる様々な施設。ついてくる子供たちの会話。
 
 
考え直しなさい。 …ごめん。そうもいかないの。
 
私を巻き込む必要、あったの? …それも、ごめん。
 
先行する大人たちの会話。
 
 
リニアエレベーターを降りた時点で、見張りを口実に加持さんは置いてきた。下手に口出しされたくなかったので。
 
おとなしく留守番してくれてるとは思えないが、しゃしゃり出てくるほど野暮でもあるまい。
 
 
ほどなく目的地に到着。かつてのリツコさんが、綾波たちを壊したところ。
 
入り口で立ち止まってしまった綾波を、彼が不思議そうに振り返った。
 
あらかじめ綾波にはこのことを話してあるが、今はそっとしてやりたい。
 
問い質すような表情で向き直った彼を、手招き。
 
 
視線でうながすと、リツコさんが携帯端末を取り出した。
 

 
ためらい。見せつけるために自分を呼び出した前回とは違う。
 
今のリツコさんに、これを彼に見せる理由はないのだろう。
 
よかった。かつてのリツコさんの行為にも、それなりの意義があった証拠に思えた。
 
しかし、おそらく八つ当たりに過ぎなかったであろう行動は、どのような意味であれ彼女のためにはならなかったのだろう。気が晴れるどころか却って落ち込んで死すら望み、さらには消息不明になったのだから。
 
 
リツコさんが綾波たちを壊す気になったきっかけが判らない以上、その根本的な防止は難しい。
 
だが、無益な行為を思い止まらせることは出来るはずだ。あるいは、たとえトリガーが引かれても、銃弾が飛び出さない程度にまで火薬の量を減らすことも可能なはず。
 
 
どうやら、その撃鉄が起こされる前にお膳立てを整えることができたのだろう。こちらの顔色をうかがって、諦めとともにスイッチが押された。
 
照明が灯され、照らし出される水槽の中身。
 
綾波レイ。綾波レイ。綾波レイ。綾波レイ。綾波レイ。綾波レイ。綾波レイ。綾波レイ。綾波レイ…
 
「綾波…、レイ」
 
呟いた彼に反応して、視線を向ける綾波たち。
 

 
「シンジ君。彼女たちが…怖い?」
 
驚いて言葉が続かない様子。少なくとも3人は居ることを知っていた自分より、はるかに衝撃があることだろう。
 
この間隙に、毒を練る。彼の心に流し込む、劇薬を紡ぐ。
 
虚実を取り混ぜて醸した、禍々しく優しい麻薬を。
 
「彼女は…、彼女たちは被害者なの」
 
「…被害者…、ですか?」
 
ええ。と頷いて。
 
「シンジ君。碇司令が、あなたのお父さんが、あなたをエヴァに乗せたがっていない。と言ったら、信じる?」
 
「…父さんが?」
 
信じられません。と、かぶりを振る彼。
 
「あなたをぎりぎりになって第3新東京市に呼んだのは、そもそもエヴァに乗せるつもりがなかったから」
 
彼の前を横切る。
 
「もし最初から乗せる気だったのなら、アスカ…ちゃんのように幼い頃から訓練させたはず」
 
できるだけゆっくりと、靴音高く。
 
「司令は、あなたを予備、と呼んだ。零号機の暴走事故がなければ、予定通り…レイちゃんが出撃したでしょうね」
 
カツ、カツとヒールを鳴らして、その視界から外れる。
 
「エヴァ参号機を乗っ取った第13使徒戦のあと、司令はあなたを解任しようとした」
 
足音を消す。
 
「それはダミーシステムが完成して、実用性が証明された直後のこと。もう貴方を乗せずに済むと、思ったから」
 
遠回りして、背後から近づく。
 
「あなたの友達をわざと傷つけたのも、あなたの方からエヴァを降りたいと言わせるためだったのかも」
 
臆病者は帰れ。彼が聞くことのなかったこの言葉には、父さんの裏腹な想いが込められていたのではなかったか?
 
満身創痍の綾波を見せつけたのは、逃げ帰らせるためだったのではないか?
 
「碇司令は、あなたのお父さんは、あなたをエヴァに乗せたがってないわ」
 (これらは、私自身の考察の結果でもある。初号機より後に作られたであろう零号機・レイとそのクローン・ダミーシステム、ゲンドウはシンジを乗せないための努力をしてたのではないか?)
父さんが、僕を…。承服し難いのか、何度も呟く彼の左肩に、手を置いた。
 (もちろん、初号機に受け入れられているシンジを見たくない嫉妬の面もあるだろう)
自分自身、信じてるとはいえない戯言だ。彼が受け入れられるかどうかは、まさしく彼次第だろう。
 
ただ、その答えがいずれであろうと、じっくり考える時間を与えるつもりは毛頭ない。
 
それらは、これから与える大嘘の前提。下準備に過ぎないのだから。
 
「そのために、あなたをエヴァに乗せないために造られたのがダミープラグ。そして、その材料として造られた彼女たち」
 
彼の肩越しに指差す水槽。綾波たち。
 
「…僕の…ために?」
 
「そう。彼女たちは、あなたのために造られた身代わり。もちろん、彼女も…」
 
視線を誘導すべく、タメをもって指先を右へ。
 
指し示す先に、綾波。顔をそむけている。
 

 
「…その割には…大切にされていたように…」
 
見えましたが。という語尾は濁して。
 
 
「 それは、彼女が代用品でもあるから 」
 
ささやく。
 
彼とリツコさんにしか聞こえない程度に。綾波には、届かぬように。
 
何の?と問いかける視線は落ち着かない。
 
「…あなたの」
 
「…僕の?どうして?」
 
驚いたのは彼だけではなかった。違う答えを聞かされると思っていただろうリツコさんも、また。
 
「生きるのが不器用な人だと、リツコ…が言っていたでしょう。
 ヒトが生きることに不器用というのは、人づきあいが不得手だということなの。
 碇司令は他人が怖い。サングラスも髭もあのポーズも全て他人から己を守る鎧。
 そして、一番怖いのはあなた、シンジ君よ」
 
「…どういうことです?」
 
父さんの言動を推し量れるようになって気付いたのは、自分との類似だった。父子なのだから当然なのかも知れないが、自分がその立場だったらと考えると驚くほどその心の裡が解かるのだ。
 
立ち位置を変えて、彼の視界から綾波を隠した。
 
「あなたを…愛しているから」
 
「…嘘だ!」
 
嘘じゃないわ。とかぶりを振る。
 
「ヤマアラシのジレンマって言葉があるの。
 ぬくもりを分かち合いたいのに、身を寄せるとお互いを傷つけてしまう。だからヤマアラシは微妙な距離を保とうとする。
 愛してるから傍に置きたい。でも愛し方を知らない自分の傍らでは、傷つけるばかり。
 愛してるから、傷つけることが怖い。だから遠ざける。
 あの怖がりの司令があなたに嫌われることを厭わないのは、自分が傷つくことより貴方が傷つく方を厭うから」
 
それもまた、相手を傷つけるのにね。と、これは自嘲。
 
他人を傷つけるくらいなら自分が傷ついた方がマシだ。かつてそう考えた自分の、それは相似形だった。
 
なんのために人の心に壁があるのか、2人してそこに思い至らないのは親子ゆえだろうか。
 
心の壁がいかに自在なものか、使徒が指し示してくれているというのに。
 
ATフィールドの有り様が、心の壁の真実を体現して見せているというのに。
 
 
なぜATフィールドは不意を討たれると間に合わないのか。
 
なぜATフィールドは展開解消が容易なのか。
 
なぜATフィールドは眼に見えないのか。
 
なぜATフィールドは中和できるのか。
 
 
すべては心の問題なのだ。
 
 
心は心で理解できる。心は心で破壊できる。心は心で象ることができる。だから中和できる。侵蝕できる。相殺できる。
 
心は目に見えない。厭うのは傷つけられることだけ、相手の姿を見たくないほどにまで拒んでいるわけではない。なにより拒絶していることを知られたくない。
 
心に形はない。自在に変わることができる。状況に応じて合わせることができる。壁の高さも堅さも扉の有無すら自在なのだ。
 
心の壁は、殻ではない。いかに頑なな人の心も、常に鎧われているわけではない。
 (「ATフィールド=心の壁」という言葉を受けての、あくまでこの時点までのミサトの解釈なので、若干の誤解を含む)
 
それに気付けば、人はもっと、人の傍に歩み寄れる。優しくなれる。相手の棘などいくらでも防げる。自分の棘などいくらでもとどめられるのだから。
 
 
「自分よりも相手を思う。それは愛なの。間違っていようと、どんなに捻くれていようと」
 
いや、つまるところ愛なんてものは一方的なものでしかありえないのかもしれないが。
 
「私の父親の話をしたでしょう。愛し方を知らない人たちなのよ」
 
「…そうだとしても、受け入れられません」
 
当然だろう。たとえそれが事実だったとしても、自分だって受け入れ難い。
 
「受け入れなくてもいいの。赦す必要もない。そういうことだと知っていてくれれば充分」
 
そう。それが目的ではないのだから。
 
「 ただ、…レイちゃんは赦してあげて欲しいの 」
 
「綾波…を?」
 
よく判らない、という顔。自身の裡に眠るわだかまりに、彼はまだ気付いてないのだろう。
 
「 ええ…
  だって、彼女が大切にされてるように見えたことは、彼女の責任ではないから 」
 
ことさらに小さな声で。
 
「 碇司令のことが理解できたのは、彼女が造られた存在だと知ったときだったわ 」
 
もちろん大嘘だ。自分が父さんの心を理解できることの対外的な理由に過ぎない。
 
彼が心持ち身を乗り出してくる。気のない振りをしてリツコさんも耳をそばだてているようだ。
 
「 碇司令がもっとも屈託なく接してる相手が…レイちゃんだわ。
  それは彼女が造られた存在だから。司令が造った存在だから。逆らうことのない存在だから。
  碇司令が他人を恐れているのが解かったのは、造った存在である…レイちゃんにだけ打ち解けていたからなの 」
 
一息。視線を落とす。
 
「 …もっと打ち解けて然るべきヒトが、すぐ傍に居るというのにね 」
 
それが誰か、などと明言はしない。受け取った者が、受け取りたいように解釈するだろう。
 
「 ことさら…レイちゃんを大切にしているように見えるのは、司令もやはり愛に飢えているから。自分なんかを愛してくれる人間は居ないと思っているから。
  紛い物でも無いよりはまし。人形でも居ないよりはましだと。
 
  …でも、それしかないと思っているから大切にするの 」
 
嘘、ほのめかしと続けて、次は隠し事だ。わざわざ母さんの事なんか口にしない。綾波と母さんの関係を教えるにしても、まだ先のこと。
 
「それは代用品に注ぐ愛。紛い物への愛。本当はあなたに与えたい愛が捩じれた結果なのよ」
 
そして、すり替え。零号機の暴走の顛末を聞けば、父さんが綾波を道具として扱いきれなかったことがわかる。おそらくは綾波に母さんの面影を見ているのだろう。不器用な人なのだ。
 (因みにこの作品では、シンジをシャムシェル解体現場に連れて行ってないので、火傷の説明イベントが起こってない)
 
もちろん、そんなことがらはおくびにも出さずに続ける、心の狩り。
 
まがりなりにも愛されていると、彼に錯覚させるために用意した詰め将棋。
 
「 想像してみて。あの結晶のような形の第5使徒戦前に…レイちゃんに話しかけてたように、あなたに話しかけていたらどうだろうか、と 」
 
問いかける言葉とは裏腹に、自由な想像など許さない。
 
「 あんな酷い代物に乗り込まねばならない息子に、とても喜ばしそうな顔で語りかける父親 」
 
落とすように視線を逸らして、さも独り言かのように呟く。届いたかどうか、確かめるまでもない。その目を見なくとも、その顔を見なくとも、これだけ近しければ。
 

 
……
 
「…ありえないわね」
 
リツコさんの感想に後押しされたような、彼の頷きが見て取れた。
 
「 あなたに対する愛がなければ、そうなっていたわ。
  …レイちゃんへの愛が紛い物だから、そうなった 」
 
もし、寸毫でも父さんを赦せたら、それは容易に綾波への同情に変わる。これはそのための罠だ。
 
 
一歩、二歩。綾波のほうへ。
 
顔をそむけているのは、結果が怖いからだろうか。
 
拒絶されることへの恐怖。それは社会性が芽生えたことの裏返しでもある。成長…、したんだね。綾波。
 

 
体をずらすようにして振り返った。再び現れた綾波の姿は、彼の目に小さく見えるだろう。
 
 
「シンジ君、もう一度訊くわ…」
 
声のトーンを戻した。彼のためだけの嘘は終わり、続くのは…
 
「彼女たちが…怖い?」
 
彼のための嘘。綾波のための嘘。二人のための嘘。
 
結局、この口からは嘘しか紡がれない。
 
そうして作られるのは、虚偽の布地にわずかな事実で刺繍を施し、憶測の糸で縫い合わせた、裸の王様の服。
 
見たい者だけに見える服。真実とはそういうものだ。事実と違って肌触りすら、ない。
 

 
「…怖いというより、…驚きました。いきなりだったんで」
 
前もって言ってくれればよかったのに。との抗議に、ごめんね。とだけ返す。
 
衝撃を受けている間に刷り込みを行う。洗脳の常套手段だから、などと言えるはずもない。
 
「…レイちゃんのこと、好き?」
 
「ミ、ミサトさん!?」
 
「嫌いになってないか?って意味だったんだけど、答え聞かなくても判ったわ」
 
からかわないでよ、もう。と拗ねる彼の呟きはやさしく無視して。
 
「よかったわね、…レイちゃん。あなたを、あなたのままで、受け入れてくれる人が居るわ」
 
「…はい」
 
ゆっくりと近寄ってきた綾波が、上目遣いに見上げてくる。
 

 
「…葛城三佐は?」
 

 
「訊かないと判らない?」
 

 
「…聴きたいから」
 
そうね、きちんと伝えないとね…。と微笑。
 

 
「レイちゃん。あなたのことが好きよ」
 
嘘だらけの言葉の中で、初めて自分が心から想っていることを口にできたのだろう。
 
だからか、そのひとことは思ったより素直に口をついた。
 
ドモらなかった。 
 (以降、レイに対するドモりがなくなる)
「…葛城三…」
 
呼びかけようとした綾波が、かぶりを振る。
 
いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや…
 
「ミサトさん。って呼べばいいと思うよ」
 
与えられた好意に返す、ぎこちない微笑み。かつて自分に与えられた笑顔が、今、自発的に彼に向けられている。
 
照れる顔を観察する余裕はなかった。
 
…ミサトさん。との呟きとともに飛び込んできた綾波に驚かされたから。
 
 
 
綾波をなだめるのに、少し時間がかかった。
 
胸元が濡れて、ちょっと冷たい。
 
頭をなでてやっていた手をとめ、抱きしめなおす。
 
「彼女たちを、どうしてあげたい?レイちゃん」
 
息を呑む気配。おそらく、考えたこともない命題。
 
「…わからない」
 
「彼女たちを外に出してやって、あなたと同じように生活を与えてあげられるとしたら?」
 

 
「…彼女たちは、私と同じ株の、私とは違う花。同じように咲く権利がある?」
 
頷いてやる。
 
「…私に決める権利が…?」
 
「それは判らないわ。
 でもお腹の中の胎児に、生まれて来たいか?と親は訊くことはできないものよ。
 あの子たちも同じだと思うの」
 
…なら。と腕の中で頷く気配。
 
「…出てきてから、自分で決めればいい」
 
そうね。と頷いてやる。
 
「勝手にそんなこと決めないで!出来るわけないでしょう」
 
ちょっと待ってね、怖いお姉さんと話しをつけてくるから。と抱擁を解く。
 
つかつかと詰め寄ってくるリツコさんに向き直って。
 
「どうして?」
 
「魂がないもの!」
 
「なぜ?」
 
「ガフの部屋は空っぽだった!魂が宿ったのは一人だけよ」
 
「本当に?」
 
「嘘ついてどうするのよ!」
 
はあはあと、リツコさんの息が荒い。
 

 
「…じゃあ、1人目は?魂なかったの?」
 
これは賭け。「葛城ミサト」の知らない事実だから。加持さんですら掴んでいなかった情報だから。
 
ダミープラグの正体より、はるかに知り難い秘密のはずだ。
 
でも、そのために加持さんの姿を見せておいた。なによりここに綾波が居る。
 
リツコさんはそのことを、勝手に結び付けてくれるだろう。
 

 
「…魂を移した。と聞いてるわ」
 
よかった。「秘密は漏れるものだ」なんて陳腐な言葉で誤魔化さずにすんで。
 
「死体から移せるものなの?」
 
「いいえ。その装置で取っていたバックアップを与えたそうよ」
 
指差す先に、人間の脳幹のごとき器械。
 (このシリーズではこの装置を、ヒトの脳組織やシナプスを機械的に再現し、記憶や意志・思考などを投射できるプロジェクターのようなものと設定している。つまりユイ篇のようにヒトとエヴァのスケール比を埋めるためのアンプとしてシンクロの補助を行なったり、これ自体がMAGIの試作品であり、これをインタフェースに用いて人の記憶を電子媒体に記録させることができる(一昔前にはシステムの違うコンピュータ同士でデータの遣り取りをするのに、一旦ディスプレイに表示させて読み取らせたりした。そのイメージ)。とした。記憶の遣り取り(と云うか上書き)は可能だが、脳構造やシナプス構成が個人個人で違うため他人間では文字化けみたいになって廃人になる可能性が高い。つまり記憶の遣り取りは脳構造が同じ本人同士でのみ成り立つが、これも記録した時点と書き込んだ時点が長いと成長の分誤差が出て上手く行かない。さらには、外に出て生活するのとLCLにぷかぷか浮いているのとでは受ける刺激が段違いで、シナプスの成長度合が異なる。原作で3人目の綾波の記憶が曖昧なのは、これらの誤差による。とこのシリーズでは定義している)

「バックアップが取れるなら、書き込めば魂が生じるんじゃないの?」
 
「…無駄だと聞いていたから」
 
試したことないのね。と水槽に手が届く位置まで。
 
「子供ってね。胎児のうちから色々な経験をするの。
 母親に話しかけられたり、外の物音を聞いたり、ホルモン量の変化から母親の情動を慮ることすらできるらしいわ…
 だから生まれた時にはすでに、それなりの経験を蓄積しているのよ」
 
ガラスに手を置くと、近くの綾波が視線を寄せる。
 
「それに、脳のシナプス形成に乳幼児期の接触刺激は必要不可欠だわ。人工子宮の中で促成培養では、そんなもの望めない」
 
見分けはつかないが、この中に3人目の綾波も居るのだろう。
 
「この子たちは、そんな経験すら与えられぬまま大きくなった胎児なの。だから魂がないように見える」
 
振り返り、見つめるのは無機物の脳髄。
 
「この世に魂があるかどうかは判らないわ。
 でも、ガフの部屋とやらが空っぽだったなら、レイちゃんよりあとに生まれた子供たちにも魂がないの?」
 
 
かつて、綾波たちの破壊を見せつけられた時から、魂というものについて考えてきた。綾波だけに生じ、綾波たちには生じなかったと言うモノ。
 
1人だけにしか生じなかったというのなら、自分の知っている2人のうち、どちらが魂を持つ綾波だったのだろう。
 
それとも、存在したはずの1人目だけが持っていたのだろうか?
 
ほぼ同じ記憶を有しながら、温度差を感じさせた2人の綾波。その温度差が魂だろうかと、そう考えたこともあった。
 
 
自分なりの結論に至る。その糸口を与えられたのは、他ならぬリツコさんから聞いたMAGIの話。微細群使徒戦の時だ。
 
人格が揮発する。という言葉が、なぜか3人目の綾波のことを思い出させた。
 
一応の記憶はあるが、それに伴う実感や情動が見られなかったように思う。無機質とでも言えばいいのだろうか?その3人目に対する自分の印象は、自らが経験せずに記憶だけを与えられたからこそ抱かせたのではないか。
 
貰い物の記憶しかなかったから、「私は3人目」などと、突き放したように告白できてしまうのではないか?
 
それはおそらく、人格を揮発させてしまった場合のMAGIの姿でもあっただろう。
 
2人の温度差について考えていて気付いたのは、2人目もまた、ここから出たばかりの頃は同じような状態だったのではないか?ということだ。最期には自爆までして自分を救けてくれた2人目の綾波にも、3人目のような時期があったと思う。
 
・ イレーザーで消し残された点。過去ログだけを与えられた器。それが3人目の綾波ではなかったのか。水槽から出されたばかりの2人目の綾波ではないだろうか。
 
だとすれば2人の綾波の決定的な違いは、肉体を得て体験した時間の差しかない。
 
/ リツコさんがホワイトボードに書いてくれた斜めの線。線そのものは実在しても、それが示すベクトルはそうではなかろう。
 
もし、そうならば。魂とはそれ自体のみで存在し得る代物ではなくて、体験の過程と人格形成の軌跡を表す語彙に過ぎないのかもしれない。その抄録が記憶、ということになるのではないか。
 

 
そして、なにより。なによりも、…だ。
 
魂なんてモノがあるなら、この体でも動いてくれたかもしれない初号機。応えてくれたかもしれない、母さん。
 
【エヴァパイロットとしての適格性なし】との通知を前に、おそらく自分は一度、絶望しているのだろう。こんな姿でも、母さんなら自分を見分けてくれるかもしれないと、心の片隅に希望を抱いていたのだ。
 

 
この世に魂なんてない。
 (レイ&MAGIとユイ&初号機から導かれた、この時点でのミサトの結論であって、このシリーズのスタンスと云うワケではない)
その結論は、つまるところ自分の願望の産物なのだ。
 
それに、そもそも魂の本質を知らないかぎり答えの出ない命題でもある。 
 
だが、解からないなりに自分で考えて出した答えだった。
 

 
ゆっくりと歩いていく。
 
「…この世に魂がないのなら、そもそもこの子たちが外に出ることに何の問題もない」
 
装置の下、巨大なガラスのシリンダー。
 
「…この世に魂があるなら、この子たちだけに魂がない理由がないわ。
 今この瞬間にも子供たちは生まれ、育っている。私が看取った子供たちにも魂はあった。
 この子たちにも魂は、きっとある」
 
おそらく、この装置は人の記憶を保存し、与える事ができるだけの物に過ぎまい。
 
「外に出して経験を積ませるのは一人で充分。ダメになれば交換すればいい」
 
そういうことじゃないかしら。と透明な筒に触れる。
 
「この前の結婚式の時、レイちゃんは精密検査だと聞いていたわ。健康面の管理者たるリツコ…が居ないのに」
 
筒越しに視線をやると、リツコさんと目が合った。
 
「リツコ…が必要ないほど簡単な検査?それにしては時間をかけすぎてる。リツコ…も知らないような秘密があるかも。と思ったのはそのときだったわ」
 
 
例えばリツコさんはさっき、魂を移した。と言った。
 
だが、死んだ綾波から魂を移せるのなら、停止したMAGIから人格を移すことなど造作もないだろう。揮発したベクトルごとき、どうにでもできて然り。
 
そこから導き出せるのは、本当は魂なんか移せないか、父さんがリツコさんを信用してないか、騙してるか、のどれかだ。
 
そのことの屈辱は、科学者としてのリツコさんを動かす原動力になりえるだろう。
 
 
「レイちゃんのこと、前向きに考えるって言ってくれたわよね?
 それは、この子たち抜きでは成しえないことよ」
 
筒を迂回して、リツコさんの方へ歩く。
 
「初号機がダミープラグを拒絶した今、この子たちの重要性は下落している。下手をすれば、このまま破棄されかねないわ」
 
リツコさんが目をそらした。
 
「せめてもの罪滅ぼしに、この子たちに未来をあげて欲しいの」
 
すれ違う寸前で、立ち止まる。
 
「今すぐってわけじゃないわ。全てが終わってからでいい。だから、考えておいてね」
 
力なく頷いたリツコさんの肩に手を置いて、子供たちに笑顔。
 
「レイちゃん。シンジ君を連れて先に帰っててくれる?大人はこれから悪巧みの相談があるのよ」
 
「…はい」
 
「まだなにかあるの!?」 
 
「だって、これだけだとリツコ…にメリットないでしょう?そういうお話もしたほうがいいと思って」
 
余計なお世話よ。とのお言葉は丁重に無視した。 
 
 
****
 
 
「よくもまあ、あんな大嘘を、べらべらと」
 
子供たちを帰したあと、せめて椅子が欲しい。ということで3号分室まで戻る道すがら。
 
リツコさんの機嫌はあまりよくないようだ。
 
「えぇと、…どれ?」
 
心当たりが多すぎて…
 
「ダミープラグの製作意図よ」
 
エヴァの墓場に向かう階段を無視して、先導していたリツコさんが通路を折れた。こちらを気遣う様子がないのも、不機嫌さの現われだろう。
 
「事実の表層を撫でれば、そう見える。その見方を教えただけよ」
 
「たいしたペテン師だこと」
 
行く手に現れた、ゴンドラ丸出しのリフトに乗り込んでいる。近道だろうか?
 
いや、リツコさんがそんな不合理な行動を取るとは思えない。たぶん往きの道筋の方が遠回りなのだろう。おそらくは、自分の気が変わることを期待して…。
 
「でも、丸っきりの嘘。というわけでもないでしょ?」
 
続いて自分が乗り込むと、一つしかない赤いボタンをリツコさんが押した。途中下車はなさそうだ。
 
「だからリツコ…も口出ししなかった。レイちゃんのときと違って」
 

 
「…そうね。司令にそのつもりが微塵もないとは言えないわね。あの呪文、効いたもの」
 
呪文。エヴァ憑依使徒戦後の助言メールのことだろう。
 
そうか、効いたのか。あんな父さんにも可愛いところがあったんだ。案外、頭ナデナデしたら喜ぶかもよ、リツコさん。
 
少し、リツコさんの雰囲気が柔らかくなった。反面、表情は複雑になる。怒りと哀しみに悔しさを併せて押し隠そうとすれば、あんな顔になるだろうか。
 

 
ヒトの顔色をうかがう癖、直さないとな…。
 
視界からリツコさんを外せば、眼下に広がるエヴァの墓場。
 
「それで、いつ…気付いたの?」
 
「なにに?」
 
「私と、あの人の関係に」
 
見やれば、上目遣いに睨みつけられていた。柔らかくなっていた雰囲気は微塵もなくて、値踏みするような容赦のない視線。
  
「ミサトにばれるような、そんな素振りを見せた憶えはないわ」
 
しまった。あのメールは勇み足だったか。リツコさん相手に、あまりにも迂闊だった。
 
下手な言い逃れは通用しないだろう。第一、これからやろうとしていることに、リツコさんの協力は不可欠だ。不信を抱かれては元も子もない。
 

 
説得力のある理由。説得力のある理由。説得力のある理由。
 

 
目的地に着いたらしくリフトは止まるが、とてもゴンドラから降りられる雰囲気ではない。
 

 
 
「…ゲヒルンの人間関係について、知る機会があったの」
 
嘘…ではない。加持さんから貰った情報の中に、それを匂わせる内偵報告があった。
 
「…それに、カスパーの中で聞いた話を重ね合わせてみたのよ。それ以来、なんとはなしに…ね?」
 
「メールは鎌かけも兼ねて?油断も隙もないわね」
 
「そういうつもりはなかったけれど… その、気に障ったなら…、ごめん」
 
喋りすぎたみたいね…迂闊だったわ。これ見よがしに嘆息したリツコさんが、ゴンドラを降りる。
 
あとに続こうとしたら、遮るように立ち止まったリツコさんが振り向いた。
 
「加持君にフラレたって、本当?」
 
自分はよほど変な顔をしたのだろう。リツコさんの表情が緩んだ。
 
今ので帳消しってことにしてあげるわ。とのお言葉を、ありがたく頂戴するしかなかった。
 
 
**** 
 
 
ようやく3号分室に到着。…なんだか遠い道のりだったような気がする。
 
よぅ、遅かったじゃないか。という加持さんに、リツコさんの一瞥。
 
「加持君の仕業ね。ミサトに要らないことを吹き込んだのは」
 
「こんちまたご機嫌斜めだねぇ」
 
攻撃の矛先がそれた。と歓んでは居られない。これからが本題なのだ。
 

 
「近いうちに、使徒戦にかこつけて初号機を壊すわ」
 
「なっ!なに考えてるのミサト!」
 
落ち着いて。と身振りで押しとどめ、傍らの医療用ベッドに腰をおろす。綾波のかな?
 
「私は、人類補完計画を潰す」
 
 
自分の目の前で息をひきとった難民の幼子。
 
そういった子供たちを少しでも減らすべく努力してきた。少しでも小さな被害で使徒戦を勝ち抜くことで、多くの地域の負担を減らせると思ったのだ。
 
しかし、サードインパクトを防ぐだけなら必要ないはずの多額の費用は計上され続け、使徒戦を錦の御旗に、国連予算は難民救援には出し惜しみされた。
 
表向きは判らぬよう、極秘裏に。
 
例えば、存在しないマルドゥック機関。108ものペーパーカンパニーが請求してきた莫大なチルドレン選抜費用は、そのまま委員会の裏金になっただろう。
 (具体的に演出されてはなかったが、ペーパーカンパニーを作っておいてチルドレン選出の目くらましだけに使って終わりのはずはなかろう。ということで)
大義名分を隠れ蓑に自分勝手に進められようとする補完計画を、見過ごすわけにはいかない。
  
早めにその目論みを挫かねば。
 
 
そして、なによりも。本当に仕組まれた子供だったチルドレン。
 
あんな酷い物に乗るために生まれてくるなどと、そんな理不尽な人生があるなどとは思っていなかった。
 
だが、綾波は文字通りそのために造り出され、アスカも幼ないうちから辛い訓練に明け暮れたのだ。
 
二人に較べればマシかもしれないが、自分だって酷い目に遭わされた。
 
なにが哀しくて、あんな物のために。
 
 
人類補完委員会。いや、ゼーレと呼ぶべきか。
 
その悲願とやらを潰してやることが、仕組まれた子供たちにできる唯一の反抗なのだ。
 
 
見やると、見つけておいたらしい椅子を加持さんがリツコさんに勧めている。自身は立ったままらしい。
 
「司令がこだわる初号機。それこそが補完計画の要でしょう?初号機を壊して計画を潰すわ」
 
あの時、白いエヴァたちは弐号機には眼もくれず、いや、それどころか単なる慰み物としてうち捨てた。
 
あの狂乱の宴の中心は、初号機に違いない。
 
「…それで、初号機を失い、計画を絶たれて途方にくれる司令に取り入れ。と、それが私へのメリットというわけ?」
 
そのつもりだけど、不満?と小首をかしげる。
 
いいえ。と応え。
 
「…でも、計画に初号機は関係ないわよ」
 
懐からシガレットケースを取り出して、一振り。吸っていいか?のジェスチュア。
 
頷く。
 
「委員会が計画している儀式は、リリス、ロンギヌスの槍、12体のエヴァで行われる予定だったのよ。
 槍がないからすでに破綻しているけど、初号機は関係ないわ」
 
吐き出される紫煙。
 
「それでも?」
 
気のない振りをしながら、上目遣いの視線は何かを探るように。
 
その心を占めるのは、初号機を葬るという甘美な誘惑に違いない。唐突にもたらされた啓示をいかに現実となさしめるか、その頭脳を総動員しているのだろう。
 
作戦課長がどれだけ利用できるか測るための揺さぶり。だからこそ、この情報なのではないか。
 
態度とは裏腹に、リツコさんこそ初号機を葬りたいのだ。想い人の心を独占しているモノを。
 
 
 
!?
 
ちょっと待て。槍が儀式に必要だった?確かに儀式の最中に帰ってきたが、そうなることを父さんは、ゼーレは知っていたのだろうか?
 
槍が自力で戻ってくることまでシナリオの内だとは、とても思えないのだが。
 

 
「もしかして司令は、補完計画を阻止した上で乗っ取ろうとしているの?」
 
さあね?とリツコさん。
 
どういうことだ?と加持さん。
 
「使徒に侵入された時、司令は誤報だと言って隠蔽したわ。
 その時は、単なる保身かとも思ったけれど…」
 
あまりにも不自然だったから、気になっていた事実。
 
「ゼーレとそのシナリオとやらの存在を知った時に、おかしいと感じたのよ。
 補完計画がシナリオとやらに沿って進んでいるなら、隠蔽する必要はないもの。
 逆にイレギュラーな事態なら、むしろ報告は必須でしょう?」
 
さらには、加持さんによるアダムのサンプルの横流しも、明らかにゼーレに対する背信行為だ。
 
「だから、司令に二心があるんじゃないか、とは思っていたわ。
 補完計画に便乗して何かを企んでいるんじゃないか?くらいにはね」
 
そのこと自体は、ゼーレもまた気付いてはいるのだろう。
 
さもなくば、身内のはずのネルフに対して、副司令の拉致などといった非常識な手段を採ったりはしない。あれは、ほとんど脅迫だ。自分が加持さんに頼まなければ、冬月副司令は帰らぬ人になっていた公算が高かった。
 (これは、もちろん誤解)
「ところが、儀式に必要なロンギヌスの槍を、あっさり使った。
 しかも司令が自ら指示して、委員会の許可も取らずにって話じゃない」
 
自分が行おうとしていたように、衛星軌道へのエヴァ展開は可能だ。当然、司令部にも立案・提出してあった。
 
エヴァを失う可能性はあるが、儀式を優先するなら槍の使用はありえない。
 
量産が進んでいる今、エヴァの保全は口実にすらならないだろう。父さんの腹積もりはともかく。
 
とすれば、積極的にロンギヌスの槍を破棄すべき理由があるのではないだろうか?
 
「司令にとって、槍は邪魔だったんじゃないかしら?
 たかが作戦課長を救うために、計画を放棄してまで使うとは思えないもの。
 態よく厄介払いをしたようにしか見えないわ」
 
槍が邪魔だから計画を阻止することになったのか、計画を阻止したいから槍を破棄したのか、そこまでは判らないが。
 
「そうならば、もとより司令にゼーレのシナリオを遂行するつもりはない」
 
もちろん、それだけが目的ではないだろう。でなければ、儀式には関係のない初号機に、あそこまでこだわるとは思えなかった。
 
 
結局のところ、父さんの目的は想像するしかない。だが、便乗するにせよ乗っ取るにせよ、補完計画そのものを潰してしまえば遂行できないはずだ。
 
 
 
なにやら懐手にして、加持さんが歩いてくる。
 
先んじて訪れた焦げ臭い空気は… 硝煙の匂いか。
 
思わず鼻をひくつかせた自分に、加持さんのウインク。
 
委員会絡みの野暮用があると言っていたが、随分と荒事だったらしい。もしかして、手を切る決意をしたのだろうか。それが加持さんの身の安全に結びついてくれるなら、嬉しいのだけど。
 
 
委員会と云えば…
 
「委員会に査問された時の印象では、計画が潰えた悲惨さは微塵もなかったけど…」
 
飲むかい?と差し出された缶コーヒー。加持さん、こんな物どこに隠してたのだろう?
 
「ロンギヌスの槍がなくても儀式を遂行できる手段があるのかしら?」
 
受け取った缶は冷たい。UCCオリジナルは熱燗が最高なのに。
 
常夏の日本で無茶言うな。って顔した加持さんが、もう1本取り出してリツコさんの方へ。
 
「それは…判らないわね」
 
胡散臭げに受け取っている。缶コーヒーは嫌いだそうだ。
 
「…となると、ゼーレも司令も、まだ手の内に切り札を隠しているのかもね」
 
補完計画は、リリス、ロンギヌスの槍、12体のエヴァで行われる予定だったという。
 
あの時は、初号機、ロンギヌスの槍、9体のエヴァで行われた。槍の帰還は、父さんにとって予想外だったのではないだろうか?
 
儀式が始まれば、槍が帰ってくる可能性がある。ならば儀式の発動そのものを阻止しなければならない。 
 
そのために破壊せねばならないのは、リリスと初号機、そして9体のエヴァだ。
 
アダムのサンプルの存在が気になるが、それ単体で何事かなせるような代物なら、加持さんとて容易に持ち出せはすまい。所在もわからないし、後回しにするしかなかった。
 
 
「司令のこだわりようが気になるから、やはり初号機は潰すわ。あれを儀式の切り札として使う可能性を否定できないもの」
 
ちらりとくれたリツコさんの視線を、知らん振り。
 
「そのためにいくつか、お願いがあるのよ…」
 
 
****
 
 
エヴァ侵蝕使徒は、融合された初号機を自爆させることで殲滅に成功した。
 
弐号機が展開したATフィールドのお陰で、第3新東京市に被害はない。
 
 
                                        つづく
2006.10.23 PUBLISHED
.2006.10.30 REVISED



シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7 ( No.22 )
日時: 2007/02/18 12:38 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


どうしても聞きたいことがあったので、この機会にリツコさんに訊いてみることにした。
 
「ところで、水槽の中のレイちゃん達って、誰が髪を切っているの?」
 (原作は演出の都合上、綾波と同じ容姿で表現したのだろうが、2005年からずっと切っていなかったとしたら相当な長さになる筈。ここではそのことを、世話をしていた人間がいるはずということで解釈した)
ぴたり。リツコさんの動きが止まった。
 
「わっ私じゃないわよ…」
 
「ああ、リツコ…なのね」
 
案外、解かりやすい人である。
 
飲み干したUCCオリジナルの空き缶を、とりあえず床に。
 
「ということは、レイちゃんもリツコ…が切ってあげてたの?」
 
「自分の話はしない主義なの。面白くないもの」
 
苛立たしげに揉み消される煙草。
 
「リツコ…があんなに器用だとは知らなかったわ。シャギーなんて難しいでしょうに」
 
流し髪を掴んで目の前に。おや、枝毛だ。
 
「今度、私も頼もうかしら」
 
あれだけの大人数を、あんなに難しいヘアスタイルで維持できるなんて、よほど面倒見が良くないと勤まらない。
 
何の経験も積んでいないはずの綾波たちの微笑。その理由を見出したような気がする。
 
あなた、いい保母さんになれるわよ。と上げた視線が、振りかぶるリツコさんを捉えた。
 
手にしてるのはUCCオリジナル。
 
まさか本気で投げる気… だぁあ!
 
慌てて頭を下げる。背後で壮絶な衝突音がした。
 
鍛えてない女性の腕でさほど速度がでるわけはないが、280cc入りコーヒー缶の質量は侮れない。
 (近年ではmlやg表示になっているが、エヴァの作品感から旧来のcc表記にした)
振り返ると、医療機器とおぼしき装置がひとつ、完全に沈黙していた。位置的に、避けなくても当たらなかっただろうが…
 
「…UCCオリジナルの、新しい使い方ね」
 
否定はしないわ。と煙草を取り出したリツコさんが、ちょっと怖かった。
 
なにやら逆鱗に触れたらしい。とすると、この件にも父さんが絡んでるのかもしれないな。
 
 
 
                                        つづく


シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話 ( No.23 )
日時: 2007/02/18 12:35 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2



暗いところは、まだちょっと苦手らしい。
 
自分ではなく、この体が。この体の本来の持ち主が。
 
 
第16使徒たるエヴァ侵蝕使徒戦で、むざむざと初号機を失った責任を問われて作戦課長職から解任。
 
こうして、隔離施設に拘束されていた。
 
エヴァ憑依使徒戦後の顛末から類推して、こうまで重い処罰がくだるとは思っていなかったが、さすがにそれは甘かったようだ。
 
案外、父さんはすでに委員会と袂を分かったのかもしれない。
 
もしくは、委員会も先を見越して作戦課長の排除を考えたのか。
 
理由はどうあれ、リツコさんが健在で、その協力が仰げるのならその地位に拘泥する必要はなかったが。
 
 
…………
 
 
「危険です!初号機の生体部品が侵されて行きますっ」
 
スクリーンの中で、光の紐のようなエヴァ侵蝕使徒が、初号機の腹部にがっちりと喰い込んでいた。びしびしと浮き上がっていく葉脈のごとき錯綜を、どうにも止められない。
 
引き抜こうと掴んだ両手にまで葉脈が遡上する。
 
使徒の動きを見切った弐号機が、ソニックグレイブで叩きつけるようにその反対側の先端を地面に押さえつけた。すかさず連射される零号機のポジトロンライフル。
 
当然ATフィールドは中和しているだろうに、効果があるようには見受けられなかった。
 
 
「いったん初号機を放棄するわ。シンジ君、射出準備よ」
 
『…はい』
 
 
 
ATフィールド展開に長けた彼を、前面に押し出しての威力偵察。格闘戦など通用しそうにない相手だけに、その策はすんなり受け入れられた。
 
もちろん、単なる口実にすぎない。
 
結果、エヴァ侵蝕使徒はこちらの思惑通り初号機を強襲。ATフィールドをほぼ無視して侵蝕を始めたのだ。
 
 
 
「レイちゃん、アスカ…ちゃん。プラグの射出ルートを確保して」
 
『わかったわ』
 
『…了解』
 
「直接、使徒に触れちゃダメよ」
 
『…アスカ、…そこは私が』
 
ポジトロンライフルを放り投げた零号機が、プログナイフを抜きながら弐号機に駆け寄った。その足元に跪くと、ソニックグレイブにナイフを並べるようにして使徒を押さえつける。
 
入れ替わるように駆け出す弐号機。熟練のリレー走者を思わせるようなスイッチぶりだ。
 
『そこっ!』
 
初号機の周囲をのたうつ使徒をたちまち捉えて、ソニックグレイブが振り下ろされた。
 
「射出ルート、クリア!」
 
すかさず射出されるエントリープラグ。
 
「目標、さらに侵蝕!」
 
「危険ね、すでに5%以上が生体融合されているわ」
 
パイロットがいなくなって抵抗力が下がったのか、侵蝕が速くなったようだ。
 
 
「レイちゃん、アスカ…ちゃん。使徒の攻撃圏から離脱して」
 
『わかったわ』
 
『…了解』
 
 

 
バランスを失ってぐらりと揺れた初号機が、なぜか右足を踏み出して転倒を免れた。
 
突如、顎部装甲を引き千切って咆哮。
 
「エ、エヴァ、再起動…」
 
深淵使徒戦を思い出したのか、マヤさんが怯えている。
 
「やはり目覚めたの…、彼女が」
 
リツコさんの呟きは、このあとの自分の目論見を知っているからか、嬉しげだ。その左手が白衣のポケットに差し入れられたのを、見ない振り。
 
 
初号機の右手が翻った。と見るや、その掌中に掴み取られる使徒の反対側の先端。
 
ほぼ正面に位置する零号機視点の映像の中で、初号機が目を細めたように見えた。
 

 
「使徒を…喰ってる…」
 
ポジトロンライフルの直撃に傷一つ負わなかった使徒が、易々と初号機に貪られていく。
 
「S2機関を自ら取り込んでいるというの?エヴァ初号機が…」
 (当シリーズのS2機関は細胞内のミトコンドリアみたいな、極小で大量にある器官としています。
エヴァにも少量ですが存在はしていて、暴走時などのエネルギー源になったと考えています)
しぶいた赤い体液は初号機の顔面を染めて、返り血そのもの。
 
口元を押さえ、マヤさんがうずくまる。懸命に吐き気をこらえているのか、くぐもったうめき声。
  
初号機各部の装甲が弾けとび、姿を見せた素体が一回り大きく膨れ上がった。
 
胸元に見えるのは赤い光球。使徒と寸分違わぬ、コア。
 
「拘束具が!」
 
「拘束具?」
 
「そうよ。あれは装甲板ではないの。エヴァ本来の力を私たちが押え込むための、拘束具なのよ」
 
その呪縛が今、自らの力で解かれていく…私たちには、もうエヴァを止めることはできないわ…。独り言めいた呟きは、しかしはっきりと耳に届く。リツコさんは意外と役者だ。
 
スクリーンの中で展開される相剋の図式。使徒を喰らう初号機と、初号機を侵蝕する使徒が、お互いの尾に喰らいついた蛇のように、その環を縮めていっている。
 
使徒が勝つか、初号機が凌ぐか。もしこのまま引き分けたとしたら、融合したそれらは、別の何かに生まれ変わるのではないだろうか。
 

全身に葉脈を蔓延らせた初号機が、雄叫びをあげた。
 

「危険ね。
 エヴァンゲリオン初号機は現時刻をもって破棄し、目標を第16使徒と識別。
 初号機の自爆を提訴します!」
 
ポケットに左手を入れたまま待ち構えていたリツコさんが身じろぎするや、前面ホリゾントスクリーンの一角にMAGI模式図が表示された。
 
  ≪ ・人工知能 カスパーより エヴァンゲリオン初号機の 自爆が 提訴されました ≫
 
「なんだとっ!」
 
トップ・ダイアスで椅子を蹴立てる音。
 
父さんが慌てるのも当然だった。一作戦課長が口頭で提言しただけで破棄できるほど、エヴァは軽々しい存在ではない。本来なら、MAGIが取り上げることすらありえないのだ。
 
「待てっ!」
 
この時のためにリツコさんにお願いしておいた、自爆シークェンスへの仕掛け。
 
一見、カスパーが自発的に意見を取り上げたように見えるだろう。それを父さんがどう解釈するかは想像するしかないが。
 
  ≪ ・特例616発令下のため 人工知能以外によるキャンセルはできません ≫
 (616は「本当の獣の数字」と言われているもの)
MAGIに大きな権限を与えて、おんぶに抱っこで頼りきってるネルフは、こうなってしまうともう、手も足も出せない。
 
微細群使徒戦時に気付いた、ネルフの弱点だ。
 
 
  ≪ ・可決 ≫
 
提訴したカスパーは当然、即答。
 
 
  ≪ ・可決 ≫
 
やや遅れてメルキオールも賛同。
 

 
  ≪ ・可決 ≫
 
最後にバルタザールが赤く染まった。
 
 
「やめろーっ!!」
 
血を吐くような叫びとは、このことだろうか。思わず耳を塞ぎそうになった両手を、押しとどめる。そんな権利は、自分にはない。
 
 
  ≪ ・人工知能により 初号機 自爆が執行されました ≫
 
母さん。ありがとう…。リツコさんの呟きは、聞こえなかった振り。
 
 
「アスカ…ちゃん。ATフィールドを円筒状に展開、爆圧は上空に逃がして」
 (アスカは円筒の底面部にも可能な限りATフィールドを展開した。結果、爆心地には初号機の足跡が残って観光名所化するのだが、拘禁されたミサトはそのコトを知らない)
『わかった…』
 
「レイちゃんは、使徒のフィールドを中和して」
 
『…了解』
 
 
「初号機コア、自壊を開始。臨界まで、あと10!」
 
齧り取られるように初号機のコアが縮退していく。その頭上、天使の輪のように光り輝くのはATフィールドの末路だろうか?
 
「コアが潰れます、臨界突破!」
 
素体の顔が変化して女性の顔を象った。と見えた瞬間、初号機は十字の爆炎を上げた。
 
 
あれは、母さんの顔だったのだろうか? 
 
 

 
「目標、消失…」
 
「現時刻をもって作戦を終了します。第一種警戒態勢へ移行」
 
「了解。状況イエローへ、速やかに移行」
 
 
使徒殲滅を確認し、アスカと綾波に帰還命令を出す。彼も無事に保護されたようだ。
 
 
見上げたトップ・ダイアスの上では、未だに父さんがスクリーンを凝視していた。
 
声にならない呟きを繰り返し、サングラスを落としていることにも気付いてない。
 

 
次第に焦点を失っていった瞳が、力を取り戻した途端に射るような視線を向けてきた。
 
反射で体はこわばったが、心までは縛られない。怒りを焚きつけることで己を保とうとしている父さんの努力を、その体の震えに読めたから。
 
「葛城三佐っ!」
 
自分を叱責する怒号も、今なら聞き流せる。
 
「貴様を…っ」
 
恫喝が通用しないと見て、父さんが声を詰まらせた。
 

 
 
 
「…なぜ初号機の自爆を提言した」
 
噛みしめた歯の間から搾り出すように、押し殺した声。
 
「物理的手段、ATフィールドとも通用しなかったため、初号機の能力では対処不可能と判断。
 第13使徒戦時の前例に倣った上で、最も効果的な方法を採りました」
 
ぎりぎりと、音が聞こえてきそうなほどに喰いしばられた口元。
 
胸元でしきりに握り直される右手は、何を意味するのか。ただ、もし傍らに居たら、殴り飛ばされていたであろうことは想像に難くない。
 
 

 
「…初…、エヴァを無為に失った責任は重いぞ」
 
「あのまま手をこまねいていては、零号機、弐号機まで危険が及びました。
 あれは、最小限の損失です」
 
【作戦課長・葛城ミサト】にとって初号機は、3体あるエヴァの一つに過ぎないのだ。
 
父さんの顔から、表情が消えた。その右手がゆっくりと下がる。
 
 
逆鱗に触れたかもしれない。
 
父さんにとって初号機は何物にも替え難かったのだろうから、当然か。
 
だが、真意を隠したままで思い通りにできるほど、ヒトは単純な存在ではない。
 
見えない糸で操ろうとすれば、それが自らの足元を掬うことだってある。
 
 
エヴァ憑依使徒戦が悪しき前例と化してしまったのは己の秘匿主義ゆえだと、父さんは理解しただろうか。
 
 
こうして、その重要性を知らされてない者の手で初号機が葬られてしまったことの意味を、考えて欲しい。
 
他人を信用せず、MAGIを過信したツケを払わされたのだと、知って欲しかった。
 
 
父さんには、他者を駒扱いしたことの過ちに、気付いて欲しいのだ。
 
 
かたん。と聞こえてくる音は、抽斗でも開けたのか。
 
なにやら冬月副司令に小声で諭されて、父さんが動きを止める。
 (ゲンドウはミサトを射殺する気だった。冬月はもちろん止めただろうが、自分を救出してくれた加持からミサトの指示でそうしたと聞かされているので、なおさら)

 
苛立たしげな身じろぎと、叩きつけるような音。その怒りは、ひとまず抽斗にぶつけられたようだ。
 
「冬月。作戦課長を拘束させろ。私は委員会に報告する」
 
捨てゼリフを残して退出する父さんを、敬礼で見送った。
 
 
…………
 (この作品では基本的に使徒戦そのものを淡白に描写しているが、第1槁の段階で5行しかなかったこのアルミサエル戦はその白眉。原作でのゼルエル戦暴走とイロウルMAGI自爆シークェンスを加えるコトを思い立って上記のように膨らんだ)
 
父さんにとって初号機がどれほど大事だったか。それを見せ付けられた思いがした。哀しいだけだったけれど。
 
いや、初号機ではなくて、中に居るであろう母さんが大切だったのだろう。
 
やはり、何らかの手段で母さんを掬い上げるつもりだったのだろうか?
 
そのためのアダムのサンプルなのだろうか?
 
だが、この世に魂がないのなら、初号機の中にあるのは母さんの記憶、いや記録に過ぎない。
 
もし、この世に魂があるのなら、怪物の檻に囚われた母さんは10年もの時の間、正気を保てただろうか?
 
 
弐号機から救出された惣流・キョウコ・ツェッペリンの調書を見たことがある。そこには心を削り取られ、手元に残った少ないモノに異様な執着を見せる偏執症患者の姿があった。
 
アスカの不幸は、母親の記憶と認識までもが甚だしく失調したため、娘として認知されなかったことにあったのだろう。
 
 
では、初号機は?母さんはどうなのだろう?
 
かつて、暴走した初号機の中で感じたのは、愛情が変質した独占欲ではなかったか?
 
当時、愛に餓えていた自分はあの偏執的な情愛すら心地よいと感じたが、本来それは、思春期を迎えた青少年にとっては疎ましいものだ。
 
自分を生んでくれた母親。しかし、今更その胎の中に還りたいとは望まないものだから。
 
そういう意味で、母さんが正しく自分を認識してくれていたとは考え難い。
 
少なくとも、軽い認知障害。それも我が子を対象としてみたときだけで、それ以外のものには見向きもしない可能性があった。
 
 
いや、実はそれすらも怪しい。
 
かつて初号機が暴走したとき、それらは全て初号機そのもの、すなわち母さん自身の危機でもあった。
 
反面、トウジのときなど自分だけが苦しんでるときは見向きもしてもらえなかったのだ。
 
さらには、ダミーシステムにはまんまと騙され、父子のいさかいは傍観して息子が強制排除されるに任せていた。
 
あてつけるように綾波とダミープラグを拒絶して見せたかと思えば、息子を取り込む。
 
そこに母親の愛情があったのか、自分には断言できない。
 
 
ただ、いずれにせよ、父さんの幸せはそこにはないと思う。勝手に決められては不本意だろうが。
 
人は生きていく中で幸せを見出すべきなのだ。死者は心に留め置けばいい。
 
きっと今頃はリツコさんが慰めてくれているだろう。
 
人に想われる。そのことの幸せに、父さんが気付いてくれればいいのだが。
 
 
 
空気の抜けるような音がして、独房のドアが開いた。
 
「よぉ、葛城。差し入れ、飲むかい?」
 
差し出された缶コーヒーはUCCオリジナル。
 
「加持…君。大丈夫なの?」
 
ぁつっ!
 
受け取って。熱さに驚いて取り落とす。いったい、どこで湯煎してきたのやら。
 
「りっちゃんが味方についてるからな。ジオフロントの中ならなんとでもなるさ」
 
そう。と気のない返事をして缶を拾った。熱いのでジャケットの袖越しに掴む。
 
「様子はどう?」
 
プルタブを引いて、ひとすすり。行儀悪く音をたてるのが醍醐味なのだ。
 (今風の本体から外れない方式のタブはステイオンタブと言うのが正しいらしいが、とても人口に膾炙しているように思えなかったのでプルタブとした。また、出来れば本当にプルタブということにして、取ったプルタブのやり場に困って弄ぶ描写なども入れたかったが話の流れ的に断念。若い読者はついてこれないだろうし)
「司令は篭りっぱなし。りっちゃんが入り浸ってる」
 
舌を火傷しそうな熱さ。
 
熱で、糖分と乳成分が活性化している。UCCオリジナルはこうでなくては。
 
セカンドインパクト以前ならではの味わいは、彼女の記憶に教わった。
 
「子供たちは騒いでる」
 

 
缶に口をつけたまま、目線だけを上げて。
 
「葛城以外の指揮は受けないって、ハンスト突入寸前だ」
 
「気持ちは嬉しいけど、益がないわ。なだめといてくれる?」
 
おおせのままに。と腰を折る加持さん。さまになってないと思う。
 
「あと、初号機の穴埋めに伍号機が来ることになったらしい。それに先駆けてフィフス・チルドレンが着任してる」
 
「昨日?誰かに接触した?」
 
カヲル君は実質、一昼夜しかここに居なかった。時間的に今日のこととは思えない。
 
「ああ。シンジ君に接触しようとしたらしいんだが、レイちゃんに嫌われたようでアスカに追い払われたそうだ」
 
下手をすると、もう彼は…。
 
   ≪≪ 総員、第一種戦闘配置。繰り返す、第一種戦闘配置… ≫≫
 
要求するまでもなく、加持さんがノートパソコンを渡してくれた。
 
 
MAGI直結のダム端モードなら、あっという間に立ち上がる。
 (演出上ノートを立ち上げている時間が取れないということもあるが、MAGIをホストと見做せばあって当然だろう)
 
   ≪ ATフィールド、依然健在。目標は第4層を通過、なおも降下中 ≫
 
続いて手渡されたヘッドセットインカムを握りしめた。
 
  『 だめです!リニアの電源は切れません 』
 
弐号機がメインシャフトを降下中のようだ。
 
   ≪ 第5層を通過 ≫
 
いささか速いように思えるのは、彼に待つべき相手が居ないからか。
 (具体的に比較できる根拠をミサトが持っているわけではないので、勘違い。というか願望に近い)
  『 セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖。少しでもいい、時間を稼げ 』
 
いま一度、会いたかった。
 
   ≪ マルボルジェ全層緊急閉鎖。総員待避、総員待避! ≫
 
あのハミングを再び聴きたかった。
 
  『 装甲隔壁は弐号機によって突破されています 』
 
一晩だけでも一緒に過ごしたかった。
 
  『 目標は第2コキュートスを通過 』
 
できれば説得してみたかった。
 
… 
 
だが、いくら考えてもカヲル君と共存しうる選択肢を見出せなかったのだ。
 
 
裏死海文書が手に入り、同時にそれがゼーレのシナリオの基になったものだと知ったときには、何か手懸りにならないかと期待もした。
 
しかし、裏死海文書というのは一種の報告書のようなもので、インパクトとは何か、インパクトが起きるまでに何が起こるか、が散文的に綴ってあるのみだった。使徒とは何か、と云うことが記されてないわけではないが、間違っても使徒との共存の仕方は書いてない。
 (この作品では裏死海文書とロンギヌスの槍を、アダムやリリスより後に別途もたらされたモノとしている。ミサトが読んだのはゼーレの中堅メンバー向けに翻訳された、補完計画ありきの偏向が入った物で、インパクトを防ぎようのないものとしてある)
そこから、そのほかの有意な情報を引き出すには、入念な研究が長時間に渡って必要だろう。或いは、類い稀なる頭脳が。それらの成果と目されるゼーレのシナリオが、単なるサードインパクト手順書だと推測される以上、欲しいのは裏死海文書の基礎研究資料そのものだった。
 
加持さんに頼むことも考えたが、今となっての下手な行動は、この人であっても命取りになるだろう。
 
それもまた、不本意で…
 

 
だから、自分は選んでしまったのだ。君に会わない道を。このココロを晒さずにすむ手段を。
 
最も会いたかったヒトだというのに。
 
― 地獄の業火に灼かれながらも、それでも天国に憧れる ―
 (「オペラ座の怪人」より)
とても見せられぬ、繊細さの欠片もない今の姿。それでも会いたいと願うこの想いを、誰が予め言葉にしていたのだろう。
 
銀のロザリオを、そっと握りしめる。
 

…カヲル君。
 
会ってしまえば、何もかもなげうって君の手を掴んでしまうだろう。そのくせ自分のココロに絶望して、たちまち逃げ出すに違いない。
 
それは、全てを裏切る選択肢だ。
 
 
カヲル君…
 
会いたいけど、会えないよ。
 
 
   ≪ エヴァ零号機、ルート2を降下。目標を追撃中 ≫
 
予想通り零号機が追撃に出たようだ。
 
  『 零号機、第4層に到達。目標と接触します 』
 
別ウインドウにエントリープラグ内の映像を呼び出す。
 
パイロットはもちろん綾波だった。機体相互互換試験はあれ一回きりだから、他に選択肢はない。
 
『…アスカ、ごめんなさい』
 
零号機のインジケーターに追加表示。プログナイフを装備したようだ。
 
  『 エヴァ両機、最下層に到達 』
 
気付くと、寄り添うようにして加持さんがモニターを覗き込んでいた。
 
「ちょっと、さわらないでよ」
 
思わず押しのけようとした左手が、ロザリオを取り落とす。
 
「仕方ないだろ」
 
画面、小っちゃいんだからさ。とウインク。
 
腰に手をまわすのは、やめて欲しいんだけど…。
 
   ≪ 目標、ターミナルドグマまで、あと20 ≫
 
発令所の音声に、ときおりアスカの怒号が混じっている。
 
どこかのコンソールのマイクが拾ったんだろうけど、相変わらず声がでかい。
 
   ≪ エヴァ両機、降下中 ≫
 
第4隔離施設を襲う揺れ。地震?
 
  『 これまでにない強力なATフィールドです! 』
 
…じゃないのか。
 
  『 光波、電磁波、粒子も、遮断しています。何もモニターできません 』
 
  『 目標、およびエヴァ零号機、弐号機、ともにロスト。パイロットとも連絡とれません 』
 
画面いっぱいに、ところせましと表示される【信号なし】のインジケーター。
 
「まさに結界。ってやつだな」
 
これがカヲル君の心の壁なのか。
 
どれほどの孤独があれば、これほどの拒絶を示せるというのだろう。
 
生き続ければ孤独。死してなお孤独。そして、おそらくは共存できてすら孤独なのだ。彼は。
 
せめて好意を持った者の手で。彼がそう願ったのが今なら解かる。当時、自分が背負いきれなかっただけで。
 
 
  ― 生き残るのは、生きる意志を持った者だけよ ―
 
 
彼女の言葉が脳裏に浮かんだ。
 
それは間違いではないだろう。
 
だが、かつてのあの時、あの瞬間に限っていえば正しくない。
 
あれは、自分に死ぬ勇気がなかったのだ。人を殺すくらいなら、自分が死んだ方がいいなどと繊細なふりをしておきながら、いざとなったら好きなヒトでも殺す。それが、自分だった。
 
それに、彼は生きる意志を放棄したんじゃない。生きていて欲しい者のために道を譲ったのだ。
 
死すべき存在ではない。と言ってくれたのだ。
 
 
だから、今このとき。彼女の言葉は正しいと改めて肯定しよう。
 
カヲル君。今回は、生きる意志を持った者として君を殺そう。
 
人類には、未来が必要なんだよ。かつて君が、言ってくれたとおりに。
 

 
  『 最終安全装置、解除! 』
 
たどりついたようだ。
 
  『 ヘヴンズドアが開いていきます… 』
 
天国の扉を開ける鍵を持つ者、聖ペトロ。イエスの12使徒の筆頭。
 
聖者は最後に現れる。そう云うことなんだね、カヲル君。
(これの出典がなんだったか、思い出せなかった)


 
喉が渇いていることに気付いて、コーヒーの残りを飲み下す。
 
 …ぬるいな。
 
 

 
 
空き缶を、とりあえず床に置いた。
 
かこん、と鳴るスチールとコンクリートの不協和音。
 
 
… 
 
 
綾波はためらうだろうか。…ためらえるようになっただろうか。
 
嫌な役回りを押しつけて、ごめん。
 
 
  『 モニター回復しました。パターン青、消滅。使徒殲滅を確認しました 』
 
 
いま落とした涙を。はなむけに、
 
カヲル君。今回は会えなかったけど、君に逢えて嬉しかったよ。
 
君なくして、今の自分はきっと、ありえない。
 
…ありがとう。
 
 
 
 『 零号機、健在。弐号機は小破 』 
 
再表示された零号機視点の映像。白い巨人の姿をウィンドウの中で確かめる。
 

 「葛城ミサト」が、「公式」に、地下の白い巨人を初めて見た瞬間だ。
 

インカムのマイクを掴み、零号機への回線を開く。
 
そのためのインカム、そのための直通ライン。
 
「レイちゃん。その白い巨人を殲滅して」
 
視線を泳がせている。通信ウインドウを探しているのだろうが、この端末では映像までは送れない。
 
『…ミサ…、葛城三佐、それは命令?』
 
「いいえ、レイちゃん。『お願い』よ」
 

 
『…お願い。他人に対し、こうしてほしいと頼む。
      自分の気持ちとして、こうなってほしいと強く思う。
    
     …望む』
 
零号機が踵をかえしたらしい。ウィンドウから白い巨人の姿が消えた。
 
『…そう。ミサトさんは私に望むのね』
 
ゲートごと蹴倒されていた弐号機に、歩み寄っていく。
 
『…望み。叶えられるとは限らない思い』
 
弐号機を見下ろす構図。
 
『…叶えるかどうかは私次第』
 
跪いたらしく視点が下がった。
 
『…そう。私が選ぶ』
 
弐号機の右手から、柄だけになったプログナイフを取り上げている。
 
刃は?… 零号機の胸部装甲にダメージ表示があった。刺さったままで折れたらしい。
 
 『 レイちゃん。どうしたの… 』
 
この声はマヤさんか。
 
発令所では、プラグ越しでしかこちらの音声を確認できない。綾波が独り言を呟いているとしか見えなかっただろう。
 
マヤさんが必死に呼びかけているが、無駄だった。
 
そのためのインカム、そのための直通ライン。
 
 『 零号機への通信がロストしてます! 』
 
 『 なんだと、どういうことだ 』
 
 
『…ミサトさん』
 
目の前に掲げられる柄だけの改良型プログナイフ。
 
ジャカッ、と音が聞こえてきそうな勢いで替刃が装備された。
 
「なぁに?レイちゃん」
 

 『 零号機への通信回線が専有されている模様! 』
 
 『 どこからだ 』
 
 『 確認中です! 』
 
端末のスピーカーが、騒然とする発令所の様子を伝えてくる。
 

『…人は…受け入れてくれるでしょうか?』
 

「…ヒトは、18番目のシト。その在り様は群れること。他者の存在を他者のままで受け入れることを選び取った使徒。
 寂しさを知り、それを癒す術をも知ったモノ。とても儚いがゆえに使徒よりよほど毅くなれるココロ。
 大丈夫、ヒトは受け入れるわ。あなたを、レイちゃん」
 
いいえ、違うわね。と言葉をつなぐ。
 
「あなたを受け入れたヒトのこころ。それが私とシンジ君なの。アスカ…ちゃんもきっと受け入れてくれる。
 そこから始めましょう、レイちゃん」
 
『…はい』
 
 
 『 端末を特定!場所は …第4隔離施設? 』
 
ぽーん。とメールの着信音。
 
自動開封された文面は簡潔に【貴女ですか?】とだけ。送信元は日向さんのようだ。
 
一瞬迷ったが、メールであることの真意を汲んで【YES】と返信する。途端に元メールごと表示が消えた。
 
 『 回線を切断しろ 』
 
再び届くメール。【こちらは適当にあしらいます】
 
 『 ダメです。こちらの権限では介入できません 』
 
 『 …こちらからも回線を確保しろ 』
 
打ち返す返信は一言だけ。【ありがとう】
 
 『 プライオリティが最優先で固定?この回線はまさか… 』
 
日向さんがそしらぬ顔で妨害しているさまが、目に見えるようだ。
 
リツコさんが敵に回らない限り大丈夫だろう。そして、そうすべき理由はリツコさんにはない。
 
 
 『 回路をバイパス。音声副回線をかろうじて確保しました! 』
 (この作品ではミサトという立ち位置の関係上オペレーターの中では日向がクローズアップされているが、他が無能としているわけではない。このとおり青葉も活躍(?)している)
零号機が、さらに弐号機の首元に突き立ったプログナイフに手をかけた。
 
血に塗れたその右手で、逆手に握る。
 
 『 まさか!そんなことは許さん、レイ!! 』
 
父さんの怒号。
 
『…私は、あなたの人形じゃない』
 
綾波に動揺はなさそうだ。
 
 『 なぜだ? 』
 
『…私はあなたじゃ、ないもの』
 
自分は、綾波との絆を結べたのだろうか。
 
 『 やめろ!命令だ、レイ!! 』
 
『…ダメ。ミサトさんが望んでる』
 
零号機が立ち上がったらしい。再び、弐号機を見下ろす構図。
 
『…そう。これはミサトさんの望み』
 
 『 …全神経接続をカットだ、急げ! 』
 
発令所の中で父さんだけが、零号機が何をしようとしているか気付いたのだろう。だが、何も知らされていないスタッフたちの反応は鈍そうだ。
 
『…思いを託しあう相手』
 
ウインドウの中を流れる景色。目が追いつかない。
 
白い巨人の胸に、ナイフが滑り込んだ。
 
 『 ぜっ零号機が… 』
 
あまりの成り行きにか、発令所が静まり返った。黙り込んだスピーカーが、固唾を飲んで見守るさまを教えてくれる。驚愕ではなくて、疑問がもたらした沈黙だろう。
 
『…応えたいと願う。私の望み』
 
追い討ちをかけるようにもう一振り。弐号機から奪い取ったナイフが巨人の仮面に突き立った。
 
ヤハウェの目の、描かれていないその8番目の眼に。
 (オカルト的に「描かれてない眼」というものはない(…筈)。欠けたる物を追加することで相手を変質させる黒魔術的要素は意識しているが、ここでは単にナイフを刺した場所をほのめかしたに過ぎない)

 
零号機視点の映像を、覆い尽くす爆炎。ここまで振動が伝わってくる。
 
空き缶がカラコロと哀しげに転がっていった。
 

 
壁にあたって、止まる。
 
 
 
ウインドウの映像の中、巨大な十字架に巨人の姿はなかった。
 
 『 あれは何だったんだ? 』
 
 『 使徒か?だから殲滅したのか? 』
 
ようやく事態を認識したらしい発令所が、蜂の巣をつついたような騒ぎに。湧き上がる疑念の声を、父さんですら押さえつけられないようだ。
 
 
『…殲滅』
 
「ありがとう、レイちゃん」
 
『…どういたしまして』
 
零号機の視線が下がる。刃を失ったプログナイフがうち棄てられた。
 
『…ミサトさん』
 
「なぁに?レイちゃん」
 
あまりの出来事に、発令されたはずのシンクロカットは忘れ去られたようだ。いや、日向さんの仕業かも。
 
『…ほうれん草のゴマ汚し。…ピンク色のポテトサラダ』
 (「ピンク色のポテトサラダ」は「トラブルカフェ」の珈琲倶楽部のマカロニサラダのレシピをアレンジした)
「リクエストね。いいわ、作らせてもらえるように頼…、いいえ、また一緒に作りましょう。レイちゃん」
 (アラエル戦後に、一緒にケーキを作ろうと話すエピソードがある。補間#EX4)
『…はい』
 
インカムを置く。
 
白い巨人の存在を目視した元作戦課長が、復讐心に駆られて殲滅を命じた。
 
事情を知らされてないパイロットがそれに従ってしまった。
 
周囲はそう判断してくれるだろう。アダムだという嘘を信じて勘違いしたと、皆そう思ってくれるだろう。
 
 
理由は存在すればよい。
 
 
まさか狙ってリリスを殲滅したとは思うまい。いま隣りに居る加持さんですら。
 
残るは白いエヴァだけだ。
 
「…あれっ」
 
ぐらり、と体が揺れた。
 
「おい、どうした!」
 
落とした端末を、加持さんが辛うじて掴みとっている。
 

 
いま、視界が赤く!
 
体が思うように動かない。
 
もしかして… このまま自分は…
 
ダメだ!
 
まだ、やり残したことがあるのに…
 
視界の隅に、体を支えてくれているらしい加持さんの、緩んだネクタイ。
 
せめて、保険をかけておかねば…
 
「…ネクタイ、まがってるわよ…」
 
しがみつくように、ぶら下がるように、ネクタイを引っ張る。
 
結び目を持ち上げる動作で上体を起こした。
 
首が締まる。と文句をつける口を、唇でふさいだ。
 

 
……
 
かつて、彼女から受けたレッスン。こんな形で実践するとは。
 

 
「おっおい!変な物、入れるなよ」
 
両手で押しのけるようにして体を引き離された。
 
「…プレゼントよ、8年ぶりの。最後かも知れないけど…」
 
口元に手をあてて、ぷっと吹き出している。
 
「…あなたの欲しがっていた真実の、一側面」
 
右奥の親知らず跡に仕込んでいた義歯。他ならぬ加持さんに殴られてぐらついた奥歯の、なれのはてだった。
 (殴られてぐらつきだした奥歯を出向時代に抜いた。としている。細工はそのとき知り合った軍医に)
いざというときのためのバックアップデータと、これからの計画案がいくつか。
 
それに、彼女の記憶と自分の記憶をかけあわせて、導き出した考察。
 
それらをまとめてマイクロチップに隠しておいたのだ。
 
加持さんじゃ危なっかしくて託す気にはなれないけど、背に腹は換えられなかった。
 
「…それが私のすべて」
 
それは嘘だ。自分の正体までは記していない。
 
「 …お願い。子供たちを導いてあげてね 」
 
口を開くことすら、かなりつらくなってきた。肩で息をして、なんとか肺に空気を入れる。
 
「 …パスコードは、私たちの最初の思い出よ 」
 
右ストレート。…嫌な思い出だなぁ。
 (原作では具体的に判らなかったので、この作品用に捏造させていただいた)

 
「 …プランA-R-12は、必ず行ってね… 」
 
心残りだったのが、アスカに地下の綾波たちを受け入れてもらうことだった。
 
そのために用意した嘘のひとつ。それがA-R-12だ。
 
いざというときのバックアップ、ダミープラグの材料としてクローニングされた存在として綾波たちを紹介するつもりだったのだが…
 
最初に選ばれた子供ゆえの、この仕打ちだと偽って。
 
 
加持さんのその頬に、左手を沿わす。もう掌には感覚がなかった。
 
「 …無精ヒゲ、剃りなさいよ… 」
 
さっき、くすぐったかったことを思い出して、苦笑。
 
 
視界がぶれて、狭くなっていく。
 
 
加持さんの声が、聞こえなくなった。
 
 
 
意識が…遠くなる。
 
 
 
 
最後まで 見届けたかったのに    …    これは…罰?





最期に 子供たちの顔が見たかったな…




 
 
……










  
****



 







……



 
 
 
波の音にまぶたを開くと、海は、…赤かった。 
 
 
                                        つづく
2006.10.30 PUBLISHED
.2006.11.10 REVISED



シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8 ( No.24 )
日時: 2006/11/02 17:21 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2



自分は、夢を見ているのだろうか。それまでの記憶が走馬灯のように巡っていくのだ。
 
 
…………
 
 
『ミサト?入るわよ』
 
「アスカ…ちゃん?いいわよ」
 
シャンプーの最中で目が開けられないが、ばくんと音がしてバスルームのドアが開いたのがわかる。
 
「グーテンモーゲン、ミサト」
 
「おはよう。アスカ…ちゃん」
 
手探りでシャワーヘッドを探す。
 
「シャンプー、終わったトコ?流したげよっか?」
 
「ホント?ありがとう」
 
髪が長いとシャンプーも一苦労だが、何よりアスカの心遣いが嬉しい。
 
「…どういたしまして」
 
 
朝のバスルーム。アスカが同居するようになってから、シャワーの時間がかち合うことが多くなった。
 
嫁入り前の女の子が3人も居るのだから、当然といえば当然だが。
 
待たせるとアスカは機嫌が悪くなるし、綾波は裸でぼーっと待っている。
 
苦肉の策で、シャワーヘッドをひとつ増設したのだ。
 
それぞれでの湯温調節はできないが、待たせるよりはましだろう。
 
 
リンス、コンディショナーとヘアケアを終わらせた隣りで、アスカがシャンプーの容器を手にする。
 
「シャンプー、流してあげようか?」 
 
「んー?いいわ。気持ちだけ貰っとく。朝ご飯の仕度、早くして欲しいし」
 
「判ったわ。じゃ、お先に」
 
バスルームから出ると、ちょうどパジャマを脱ぎ終えた綾波と鉢合わせた。
 
「…おはようございます。葛城三佐」
 
「おはよう。…レイちゃん」
 
他の衣服は脱ぎ散らかす綾波が、なぜかパジャマだけはきちんと折りたたんでから洗濯機に入れるのだ。
 
無意味な行為ではあるが、頭ごなしに否定してはいけないだろう。
 
「…レイちゃん、今からシャワー?」
 
「…はい」
 
「ちょうどアスカ…ちゃんが入ってるわ。シャンプーの泡、流してあげたらきっと喜ぶわよ」
 
「…そのつもり」
 
こくんと頷く綾波は、いつも通りの無表情。だけど愉しんでいることが判る。
 
「…アスカ。…入るわ」
 
二つ折りのドアをばくんと開けて、バスルームに入っていった。
 
「…おはよう。アスカ」
 
『レイ?いいトコにきたわ。泡、流してくれる?』
 
…どうしてアスカはおはようって言わないの?との綾波の呟きは、なんだか疲れた様子の挨拶で返されたようだ。
 
『あイタタ…ほらぁ、泡が目に入っちゃったじゃない。レイ、早く!』
 
『…ええ、喜んで』
 
きゅっとレバーを押す音。続いて水しぶきの音。
 
 
『ダンケっ、レイ』
 
『…どういたしまして』
 
 
髪を拭いていたバスタオルで、顔を覆う。
 
 
パジャマの一件以来、2人の距離は急速に近づいていった。
 
正確には、アスカが大幅に歩み寄ったのだ。
 
気丈な娘だから、綾波の存在を認めざるを得なかっただろう。大きな苦痛を伴ったに違いないのに。
 
だが、自らの雛型も同然の綾波を受け入れたことで、却って己を省みる心のゆとりが生まれたのではないか?そうして生じた過去の自身への素直な憐憫は、容易に綾波への同情にすりかわったことだろう。
 
 
戸惑いつつも綾波はそれを受け入れた。
 
与えられることの歓びに目覚めつつある綾波は、自らの先に居て、自分の求めるものを知っていて与えてくれる存在に心惹かれたのではないか?
 
 
何も知らない綾波を、アスカは妹のように扱った。
 (このシリーズでアスカは、必ず弟妹に相当する存在と巡り会う)
何も知らない綾波は、アスカを姉のように慕った。
 
アスカと綾波が、今では仲の良い姉妹のようだ。
 
 
お互いが、お互いの足りないものを補い合おうとしていた。
 
ヒトの補完とは、こうした姿を言うのだろう。
 
確信した。やはり人類に補完計画など不要なのだと。
 
補完計画を潰す。その決意が今、固まった。
 
 
…………
 
 
それはターミナルドグマに彼を連れて行く、その前日の出来事だったはずだ。
 
 
                                         つづく


シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話 ( No.25 )
日時: 2006/11/10 18:38 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2



 
真っ赤な海。真っ白な砂浜。真っ黒な空。
 
こうして見ると、やはり赤一色ってわけではないんだね。この世界も。
 
だからって、この強烈なコントラストは好きになれないけど。
 
 
目の前に広がるのは、はるか昔の記憶と寸分違わぬ風景。
 
よもや、一炊の夢だったのだろうか?
 
【葛城ミサト】として生きた13年間は嘘だったのだろうか?
 
 
胸元で握りしめた左手がむなしく空を掴んで、思わず視線をやる。
 
そこに、銀色のロザリオはない。
 
だが、昔はなかったその癖が、この心に刻まれた軌跡を教えてくれた。
 
それはまた、あの十字架が枷であること以上に、心の支えでもあったことを痛感させてくれたが。
 
そう。いつだって自分は、あの人に護られていたんだ。幻の日々のさなかだったとしても。
 
 
とても哀しいのに、なぜか涙は流れない。
 
ミサトさんの体で居た時は、本当にちょっとしたことで泣いてしまったのに。
 
感情を素直に表すという基本的なことですら、彼女の助けがないと出来ないのだろうか…?自分は…
 
 
 
ようやく…、ようやく。搾り出すようにしてひとすじ、涙が流れた。
 (記憶や人格を全て移植すると被憑依者の記憶や人格を圧殺することになるため、憑依者の精神活動のうち被憑依者の肉体に依存しているのは、思考と感情のみ。記憶と人格はこの世界に残したままで、リリスによって仮想的に構築・接続されている。SETIなどで個人のパソコンなどの不使用時間を借りて計算したりするが、あのイメージに近い。ミサトがやたらと泣き虫だったのは、女性の脳構造とシンジの内罰的な精神の組み合わせによる相乗効果。としている)

 
 
「…おかえりなさい」
 
顔を上げると、第壱中学の制服姿。遠くに見える海の色を透かしてか、薊色に見える髪。
 
「あっ綾波?」
 
見下ろし確認する自分の姿も、第壱中学の制服。どうやら、本当の…僕の体。
 
 
「…おかえりなさい」
 
あれ?今、綾波の機嫌が悪くなったような。
 
 
「…おかえりなさい」
 
このパーソナリティは最初に会った綾波じゃない気がする。
 
もしかして、リリスを殲滅したことで、あのままサードインパクトが起こってしまったのだろうか?
 
それにしては、おかえりなさいと言われるのは場違いのような気がするけど…
 
 
「…おかえりなさい」
 
あっ、これ以上怒らせるのはマズいんじゃないかな。
 (この世界に戻ってきたシンジは、憑依者の記憶や脳構造の影響から開放されるので、元々の性格や思考を幾分か取り戻す。ただし、相応の人生経験を積んだことに変わりはないので、綾波の機嫌を読み取れる程度には成長している)
「たっ、ただいま」
 
「…おかえりなさい。碇君」
 
よかった。機嫌が直ったみたいだ。
 
 
第壱中学の制服。浅縹の淡い青色は、この世界で唯一の優しい色だから。嬉しい。
 
「その制服。よく似合ってるね」
 
「…何を言うのよ」
 
ぽっ、と綾波が頬を染める。両手で頬を押さえ、恥らうように視線をそらした。
 
やはり、このパーソナリティは最初に会った綾波じゃない気がするんだけど…
 
「綾波。ここは?」
 
「…サードインパクトの後」
 
「僕は時間を遡ったんじゃないの?それともまたサードインパクトを起こしてしまったの?」
 
「…時間を遡ることは不可能だわ」
 
「…じゃあ、あれは夢?」
 
ふるふると綾波がかぶりを振る。
 
「…世界は一株の紫陽花」
 
その紫陽花。どこから出したの?綾波。
 (ちなみに私はこのシリーズのことを【紫陽花ユニバース】と呼んでいます)

「…この宇宙は、その株の中でもっとも早く咲き、あっという間に枯れた一つの花弁」
 
見れば、つぼみばかりで咲ききってない株の中、花弁が一つだけ枯れている。
 
「僕が枯らしたんだね」
 
ふるふると再び。
 
「…碇君に会いたい一心で、自らの姿も省みずに貴方の元に向かった私がいけなかったの」
 
…あの時の碇君の叫び…、…私のココロまで揺るがした。と綾波がその赤い瞳を伏せる。
 
「…ごめんなさい」
 
ぶんぶんとかぶりを振った。
 
「僕の方こそ受け入れてあげられなくて、ごめん」
 
ふるふると三たび。
 
「…いいえ、碇君は受け入れてくれた。あの宇宙で、迎え入れてくれた。…たくさん与えてくれたわ」
 
…あの子は私じゃないけど、あの子の喜びは私の歓び。呟く綾波の、頬がほころんだ。ぎこちなさなど微塵もない、ごく自然な微笑み。
 
心の底から喜んでくれていることが解かったから、少し涙ぐんでしまった。
 

 
「あれは、夢じゃなかったの?」
 
「…説明の途中だったわ」
 
そういえば話の腰を折ったんだったか。
  
「ごめん」
 
「…いい」
 
気を取り直した綾波が、再び紫陽花を差し上げる。
 
「…花が枯れれば、種が生ずるわ」
 
枯れた花弁の中に、かすかなふくらみがあった。
 
「…この宇宙が育んだ種。それは礎となった碇君の心」
 
微妙にずらされる株。一つだけ鮮やかに咲いた花弁に気付く。
 
「…宇宙は別個の存在。でも、同じ世界の存在として繋がっている」
 (パラレルワールドでなかった世界が、途中からパラレルワールドになった。ということ。尤も可能性とか歴史のIFなどとは無関係なのでパラレルワールドとは言いがたく、どちらかというと宇宙多重発生理論(マルチプロダクション)のほうが近い。また、数も有限で決まっていてリリスの千切れた心の数=セカンドインパクト終焉時に生き残っていた人類の数(30~60億?)としている)
綾波はその細い指先で、枯れた花弁と咲いてる花弁をつなぐ茎をたどってみせた。
 
「…碇君の心は、咲く直前のこの花弁に伝わった」
 
「それが、あの世界?」
 
…ええ。と頷く綾波。
 
綺麗に咲いた蒼い花弁。
 
「あのあと、どうなったんだろう?」
 
「…見たい?」
 
「見られるの?」
 
…ええ。と再び頷く綾波。
 
「どうなったか気になるんだ。見せてよ綾波」
 
…そう。じゃあ。と綾波が瞼を伏せる。心持ち顎を上げて。
 
「ゑ?」
 
これは、この態勢はもしや…  ∵
 
「あっ綾波?」
 

 
片目だけ開けて。
 
「…見たくないの?」
 
「じょ、冗談だよね?」
 
両目を開けて、上目遣い。
 
「…どうしてそう云うこと言うの?」
 
「ふっ不自然だよ!」
 
「…なぜ?これは最低限の形」
 (実際には、この方法でないとダメと云うワケではない。ただ、向こうの宇宙のリリスが失われているし、ミサト⇔シンジと本人同士でないのでかなりの労力を必要とする。シンジへの伝達の労力を省くために密着する必要はあった。としている。口実だが)
「だからって…そんな」
 
「…そう、ダメなのね」
 
なんだか寂しそうだ。僕が悪いの?これ。
 
右手で左腕を抱え、切なげな視線は地面をさまよっている。
 
シアワセって何。とか呟いちゃって。
 
逃げちゃ…ダメなんだろうな…
 
そう。僕には、あの世界の行く末を見届ける義務があるんだ。
 
ええい、逃げちゃダメだ。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 

 
逃げたい。
 
「…そうやって嫌なことから逃げているのね」
 
そういう言い方はやめてよ。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
初めて初号機に乗ったときよりも時間をかけて、ようやく綾波の肩に手を伸ばした。
 
「…続きは私が…」
 
綾波。君が何を言っているのか解からないよ。
 
「…なぜ解かろうとしないの?碇君は解かろうとしたの?」
 
綾波。僕の独白に突っ込むのはやめてよ。
 (本当に心を読んでいるわけではなく、13年間シンジの心を維持・仮想展開していたリリスには筒抜け同然だということ。尤も、この世界でのシンジはリリスによって構築されているので、読もうとすれば読めないことはない。ただアラエルに心を覗かれたことのあるシンジには、綾波が心を覗いているわけではないと感じられるのでさほど気にしなかった)
「…絆だから」
 
ヤだよ。そんな絆。
 
やっぱりこのパーソナリティは最初に会った綾波じゃない気がする。
 (ユイ篇ラストと違って綾波がやたらと絆を強調するのは、シンジはまだまだ支えてやる必要があると考えているから。ミサトがして見せたような押し付けがましさでないとシンジには伝わらないと考えているから)
 
**** 
 
 
病室のベッドの上で【 葛城ミサト 】は膝を抱えて座っていた。

何も映すことのない、虚ろな瞳。
 
『…アダムが殲滅されて、張り詰めていたものが緩んだのね。精神的にセカンドインパクトの頃まで戻っているかもしれないわ』
 
リツコさんが解説している。
 
『…私の…せい?』
 
『違うと思うよ。ミサトさんはこの時のために頑張ってきたんだ。だから、ちょっと気が抜けたんだよ』
 
『ほんとバカなんだから。アンタが居なくて誰がワタシたちの指揮をとるって言うのよ』
 
 
その可能性を考えなかったわけではないのに、こうしてみんなを置き去りにしてしまったことが、つらい。
 
一生を【葛城ミサト】として生きることを決意したから、みんなに余計な苦悩を与えたくなかったから選んだ、全てを隠しとおす覚悟。
 (このシリーズでは逆行者は己の正体を明かさない。多くの逆行モノでそうであるように、この赤い世界に言及することにより、その人が犯してない罪を被せることになりかねないから。ミサトは少なくともリツコに会った前後にはそのことへの決意を終えていたであろう)
今となっては、その選択が、みんなを見捨ててしまったことになる。無責任にも。
 

 
誰が活けてくれたのか、たくさんの紫陽花。…それが少し哀しかった。
 
 
****
 
 
還ってきた視界にちょっと安堵してしまった、この心根が疎ましい。
 
「…これだけ?」
 
「…ふれあいが足りないから」
 
あっ、地雷踏んだ気分。見届ける義務はあるけれど、正直この方法はちょっと…
 
「あ~…えっと、なんで僕あの時点で帰ってきたんだろう?」
 
「…リリスを殲滅したから」
 
即答だ。この調子で答えてくれれば、もう…しなくても済むかな?
 
次の質問、次の質問。
 
「向こうのミサトさん大丈夫かな?」
 
「…あの宇宙の葛城三佐は最後まで心を開かない」

「じゃあ…」
 
ふるふると四たび。

「…碇君の心に触れて、貴方の行動を知って、壁は溶け始めている」
 (ミサトに、シンジの記憶が移植されるわけではない。ただし、シンジがミサトであった期間中の行動・思考・憑依中にシンジが思い出した過去の記憶などは覚えている。としている)
「ということは…?」

…ええ。と三たび頷く綾波。
 
「…心を開くわ。少し、時間はかかるけど」
 
「よかった」
 
そう、よかったわね。と、そっけない。
 

 
背丈は同じくらいのはずなのに、何故か見上げるように覗き込んでくる、赤い瞳。
 
「…白いエヴァがどうなったか、知りたい?」
 
「そうだ。綾波、教えてくれる?」
 
ふるふると五たび。
 
「…いや」
 
瞼を伏せた綾波が、心持ち顎を上げる。微妙に小首までかしげて。
 
しまった。誘導訊問だったのか。 
 
「いや…その… 教えてくれるだけで充分だから…」
 
「…百聞は一見にしかず…だもの」
 
やっぱり、見透かされているか…
 
「…これは私の心、碇君と一つになりたい…」
 
綾波。君が何を言っているのか解からないよ。
 (EOE巨大リリス時に枝分かれするようにカヲルが現れるが、このシリーズではあれを依り代(シンジ)の願望を叶えようとした結果としている。本当にカヲルが現れたわけではなく、リリスが再現して見せたに過ぎない。ただ、影響は受けていて、綾波のスキンシップが過剰なのはそのため)
**** 
 
 
第3新東京市を取り囲むように、6体の白いエヴァが輪を描いて飛んでいる。
 
3体はウイングキャリアーからのドッキングアウト前に、起動すらさせてもらえずに狙撃されたようだ。
 (伍号機が配備される話はカヲルを送り込むための方便で、実施されてない。故に量産機の数は原作のまま)
また1体、陽電子の一撃に叩き落されたところだった。
 
 
…………
 
 
突如発令されたA-801。
 
MAGIオリジナルに対するハッキングに対し、リツコさんはおとなしく降伏するように見せかけて、土壇場で回線を微細群使徒の眠る模擬体につないだ。
 
MAGIとの休戦状態にあった第11の使徒は、これを自身に対する攻撃と判断、自衛のために猛然と反撃を開始する。
 
MAGIオリジナルの支援を受けた微細群使徒は、MAGIコピーの天敵だった。
 
ロジックモードを変更することすら思いつかず、5台のMAGIコピーはあっという間に支配下に組み敷かれる。敢えて自爆させなかったのは使徒なりの進化の証なのだろうか?
 
父さんの手によって、使徒侵入の事実は無かったことにされていたはずだ。緘口令が敷かれた憶えがある。何も知らないMAGIコピーの運用担当者たちの対策が間に合わないのもむべなるかな。
 
 
思い起こしてみればこの使徒は、模擬体からMAGIにハッキング・リプログラムしていただけで、自らMAGIに侵入していたわけではなかった。
 (原作でもハッキングと明言され、その対策も「MAGIとの共生の選択」を期待したものだった。つまり、殲滅されてない
このことは必ずしも使徒を斃す必要はないということの傍証で、サハクィエルの殲滅後回しや、ユイ篇のカヲルの処遇&カヲルの使徒対策、リナレイ篇での使徒の処遇に結びついていく)
MAGIのデータ・思考ルーチンを手にした使徒は、送り込まれた進化促進プログラムの意図に気付き、自滅を嫌って引き篭もったのだ。そうやってMAGIの思考ルーチンを手放せば、それを利用した進化促進プログラムも無効化できる。
 (原作ではイロウルが自滅したと見てとれる描写もあるため、このシリーズ用にこう言い訳しておいた)
つまり無害化されただけで、殲滅されたわけではない。リツコさんが言いかけてたのは、そのことだったのだろう。
 
案外、群れという形態をとったこの使徒にとって、MAGI的多数決・民主主義制度が肌に合ったのかもしれない。最終的にはヒトとも共存できうると考えた微細群使徒は、共栄のために一旦その身を引いてみせたのではないだろうか?
 
科学者の合理性と母親の愛情を知って、使徒も変わったのかもしれない。
 
 
 
驚いたことに、父さんが陣頭に立って指揮していた。
 
今は日本政府へのホットラインを開き、脅し、透かし、宥め、誑かし、煽り、惑わして、総理大臣の動揺を誘っている。
 
なぜか、その右手がないのが気にかかった。
 
父さんの背後、冬月副司令と対になるような位置に加持さんが立っている。こちらもどこかへ電話中で、なにやら裏工作に余念がないようだ。
 
 
結果、出撃する時期を逸した戦略自衛隊は、2体のエヴァが展開した広域ATフィールドの前に進軍すら出来ないでいた。
 
苦し紛れに使ったであろうN2爆雷も大陸間弾道弾も、エヴァの前では癇癪玉ほどにも役に立たない。どうせ使うなら、綺麗なぶんだけ花火の方がましだっただろう。
 
 
…………
 
 
そして今、荒れ狂う鮮紅の颶風と化した弐号機と、無慈悲な女王の如く君臨する零号機の連携の前に、白いエヴァたちが殲滅されようとしている。
 
『…それ、ロンギヌスの槍と同じ感じがする』
 
あの妙な武器も、ロンギヌスの槍なのだろうか?だとすれば1本やそこら失っても問題なかったのかも。
 (オリジナルという言及があったので量産機が持っていたのはコピーだろうが、シンジはそのコトを知らないはず)
≪ それがロンギヌスの槍だとすれば、第15使徒戦時の記録分析から、ATフィールドに誘引される性質が確認されているわ。気をつけなさい ≫
 
『いざという時は囮のATフィールドで誘導するよ』
 
小規模遠隔展開。もうモノにしたのかな。
 
『任せたわ…ワタシは… これで!ラストォ!!』
 
リツコさんにお願いしておいた白いエヴァ戦への布石。
 
それは弐号機のタンデムエントリープラグだった。
 
流石にインテリアを新調するのは間に合わなかったらしく、括りつけられたシートに納まった彼が追加されたスティックを握り締めていたが。
 
ほとんど並列にならんでいて、タンデムというよりサイド・バイ・サイドだったけど。
 
『…見ている?』
 
『僕も、見守られているような感じがする』
 
『アンタ達も?でも、まっ、戦いだしたらミサトは口出ししないから。そんな気がするだけかもよ?』
 
『…そう?』
 
『そうかなぁ…』
 
大丈夫だ。この3人が揃っている限り、白いエヴァなんかに負けたりしない。
 
そいつらは再生するみたいだったから気をつけてね、3人とも…
 
 
****
 
 
…!
 
「ちょっと待って、綾波。まだ知りたいことがあるんだ」
 
突然戻ってきた視界に慌てて、思わず強引に綾波の唇を奪ってしまった。
 
これがシアワセ?と、口移しに呟かれる。
 
綾波。君が何を言っているのか解からないよ。
 
 
****
 
 
「レイ…」
 
声に遅れること数拍。見えてきたのはターミナルドグマの一画。
 
「やはり、ここに居たか」
 
ぐるり。周囲を水槽に取り囲まれたオレンジ色の闇の中に、新たな影が加わる。
 
あの日から綾波は、時間を見つけてはここに来て、水槽の中の姉妹たちに話しかけていた。
 
その習慣は続いているらしい。
 
「話は聞いた」
 
入ってきた父さんの後ろに、リツコさんと加持さんの姿。
 
「約束の時だ。
 
 …
 
 …と言いたいところだが、初号機もリリスも槍もない以上、補完計画は断念せざるを得ん。
 レイ。お前の役目も、もはやない」
 
こくん。と頷く綾波。無表情に見えるが、嬉しそうなのが判る。
 
父さんの傍らに寄り添うように、リツコさんが進み出た。
 
二人の間で交わされる視線。アイコンタクト。
 
父さんもリツコさんも、目元が優しい。
 
「この娘たちの処遇もきちんと対応するわ。もちろん、今ダミープラグに入っている娘もね」
 
ついでにマヤさんへのフォローも行ってくれると、嬉しいんだけど。
 
「その代わり、最後の頼みがあるの」
 
その赤い瞳が、ひたとリツコさんを見据えた。
 
「お願い。と言い換えた方がいいか?」
 
にやり。と口の端をゆがめる父さん。
 
右手の手袋を外し、掌を綾波に向ける。
 
胎児のようなその姿は、加持さんに貰った情報の中に画像データとして存在していた。
 
アダム。そのサンプルだということだが、そんなところにあったとは。
 
「これを零号機で殲滅して欲しい。
 レイにしか頼めん作業だ。お願いする」
 
 
アダムを殲滅するということは、父さんは完全に委員会と袂を分かったのだろう。
 
委員会に対する対策、プランSeは託すまでもなく父さんが遂行してくれそうだ。
 
あまりに最適な人選は、加持さんの差し金なんだろうか?
 
 

 
「…お願い。他人に対し、こうしてほしいと頼む。
      自分の気持ちとして、こうなってほしいと強く思う。望む。

  …そう。碇司令が私に望む。
 
  …望み。叶えられるとは限らない思い。
      叶えるかどうかは私次第。
 
  …そう。私が選ぶ」
 
呟いていた綾波が、視線をめぐらせる。水槽の中の姉妹たち。
 
その視線が一瞬、僕を捕らえたような気がした。
 
…あなたたちのために…、…私にできること。綾波の呟きはひどく小さい。
 
「…いつ?」
 
「我々に与えられた時間はもう残り少ない。今すぐにでも」
 
綾波が頷いた。
 
 
…………
 
 
視界が暗転したのでてっきり終わりかと思っていたら、まだ続きがあるようだ。
 
風景は変わらず、ターミナルドグマ。
 
周囲を水槽に取り囲まれたオレンジ色の闇の中に、人影が二つ。
 
「この娘たちを外に出す…んですか?」
 
怯えを隠そうともせずにマヤさんが、告げられた内容を繰り返した。
 
「そうよ、マヤ」
 
ひっ。とあげた悲鳴は、水槽を見渡そうとして中の綾波たちと眼でもあったのだろう。
 
かたかたと、歯の根が合わない様子だ。
 
「でっでも、この娘たちには魂がないって、人工子宮から出せば朽ちてしまう存在だって、ただの素体だって、先輩が仰ったじゃないですか!」
 
手にしたクリップボードごと己の体を抱きしめて、マヤさんの悲鳴はもはや慟哭だった。
 
「だから、だから私、気が進まないけど、先輩の仰ったことを信じて、この娘を、この娘たちを!」
 
崩れるように座り込んだマヤさんが、口元を手で押さえる。懸命に吐き気をこらえているようだ。
 
歩み寄ったリツコさんが、マヤさんの背中に手をかけてやった。
 
「吐いてしまいなさい。楽になるわ」
 
リツコさんの言葉がなにを突き崩したのか、背中を丸めたマヤさんが胃の内容物をぶちまける。
 
その背中を撫でさするリツコさんの眼差しも優しい。
 

 
吐くものがなくなったのを見て取って、リツコさんがハンカチを取り出した。
 
マヤさんの顔を上げさせ、まず両頬を伝う涙を、次いで口元を拭ってあげている。
 
「落ち着いた?マヤ」
 
「…はい。でも…」
 
マヤさんは、リツコさんと眼をあわそうとしない。
 
「勘違いしないで。この娘たちに魂がないことに変わりはないわ」
 
え?…と、ようやく向けられた視線。
 
「人格移植OSの応用で、綾波レイから記憶と人格を移せば、それが呼び水となって魂が生じる可能性があることをMAGIが指摘したのよ」
 
「ホント…ですか?」
 
もちろん嘘だ。マヤさんに対して用意していたフォロー案、プランMy-d5らしい。多少、アレンジが効かせてあるようだが。
 (この手のプランのIDはもちろんデッチ上げ。プランMy-d5は、伊吹マヤに対するダミープラグ関連対策案の5番目という程度の意味)
「ええ、なんならバルタザールのログ、確認して御覧なさいな」
 
いいえ。とマヤさんがかぶりを振っている。
 
「…先輩の言葉を信じます」
 
「ありがとう…
 それで本題だけど、そのための作業を手伝って欲しいのよ。手始めにダミープラグに入ってる娘を此処に戻して欲しいの。頼める?」
 
「はい」
 
それでは早速取り掛かりますね。と言ったマヤさんが、膝元に視線を移した。吐瀉物の存在を思い出したらしい。
 
「…その前に、こちらを片付けます」
 
消え入りそうな声で。
 
「いいわ。それは私がやっておくから」
 
「えぇっ!そんなこと先輩にさせられません!」
 
ぶんぶんと、窓でも拭いてるかのように振られる両手。
 
「いいのよ…」
 
珍しいことに、リツコさんが語尾を濁した。何が気に入らなかったのか一瞬、眉をひそめて。
 
「…いいえ、やらせて頂戴。それくらいしか貴女にしてあげられることがないわ」
 
「そんな!とんでもありません。先輩は…先輩は、たくさんの事を教えて下さいました」
 
そう?と傾げられるリツコさんの小首。
 
「でも、私がそうしたいの。それとも、私なんかには任せたくない?」
 
顎をひいて心持ち上目遣いに。狙ってやってるんだろうなぁ、リツコさん。
 
「そそそそそんなことはありませんっ!そのっ嬉しいです。不束者ですが末永くお願いします。それでは、ケィジへ作業に行ってまいります。寄り道しないで帰ってきますから」
 
一気にまくしたてたマヤさんは、立ち上がるや空でも飛びかねない勢いで退出していった。地に足が着かないとは、ああいうのを云うのだろう。
 

 
嘆息。独り残されたリツコさんが、周囲を取り巻く水槽に目をやる。
 
「これで良いのよね、ミサト…」
 
…リツコさん。
 
 
「買い被りすぎよ… 貴女」
 
何のことだろう?
 
 
ほくろに誘われたように、流れる…リツコさんの涙。
 

 
ダミープラグ製作に関わった人たちの中で、そのことへのフォローが必要だと考えたのはマヤさんだけだった。
 
事実、リツコさんへのフォロー案、プランRi-d1には一言しか記していない。【 リツコさんなら大丈夫 】と。
 
リツコさんは毅い人だからと、深く考えもせずにそう判断してしまっていた。プライドの高い人だから、理性で何もかもねじ伏せてしまうだろうと。
 
あの、泣き伏す姿を忘れたわけではなかったのに…
 
やはり、僕は薄情なんだ。
 

 
「でも…」
 
見上げたのは脳幹のごとき器械。
 
「約束は守るわ」
 
 
 
…うん。知ってるよ、リツコさん。
 
 
****
 
 
「…初めての行為。あの人ともしたことないのに…」
 
ぽっ、と綾波が頬を染める。
 
綾波。君が何を言っているのか解からないよ。
 
 
「その、綺麗に咲いてる花。それが、あの世界?」
 
「…そう。あの宇宙の具象化」
 (シンジと綾波では視点が違うため、「宇宙」と「世界」の用法が異なる。全体を俯瞰している綾波は、全てを世界、個々を宇宙と呼ぶ。内側から見上げるシンジは個々を世界、全体を宇宙と呼ぶ)
小さく可憐な花が、みずみずしい花弁を誇らしげに広げている。
 
もう僕みたいな異分子がなくとも、やっていけるのだろう。これからは自力で咲き誇れるのだろう。
 
寂しさは隠しようもないけれど、この心の裡に、その花と同じ大きさの誇らしさが咲いた。
 
「そうか、あの世界はもう大丈夫なんだね」
 
 
でも…
 
「この世界が滅びたことに変わりはない」
 
ふるふると六たび。
 
「…いいえ。碇君は葛城三佐の痛みを感じて、葛城三佐の心を知った。だから…」
 
ちょっと嫌そうな表情の綾波。
 
「 は~い、シ~ンちゃ~ん。ひっさっしぶり~♪ 」
 
驚いて、背後を振り返る。海岸線沿いに歩いてきたらしい、その姿は…
 
「ミっ、ミサトさん!?」
 
エレベーターで別れた時と寸分違わぬ出で立ち。胸元にロザリオはない。
 
脇腹の銃創は治ったのだろうか?
 
「そっ、葛城ミサト。永遠の29歳。たっだいまシンちゃ~ん♪」
 
元気に歩いてくる姿に、涙腺が弛む。
 
そのまま抱きしめられた。
 
 
その乱雑な優しさを素直に受け入れられる程度には、僕も成長したのだろう。
 
いろんな意味で恥ずかしかったけど、今はただ甘えることにした。
 
 

 
 
「…ありがとう、ミサトさん。もう…大丈夫だから」
 
 
…何も言わず、泣き止むまで待ってくれていたミサトさんは、しかし身じろぎ一つしない。
 
 

 
……
 
………?
 
 
いつまで経っても放してくれる気配がないのは、この人のことだから…
 
「…おかえりなさい。ミサトさん」
 
「ただいま。シンちゃん♪」
 
還ってこなくていいのに。との綾波の呟きは聞こえなかったことにしよう。
 

 
やっと気が済んだらしく、ようやく開放された。それでも両肩には手をかけられたままだったけど。
 
「そいえばシ~ンちゃ~ん。アタシの体で好き放題やってくれたんだって?」
 (人伝てに聞いたような言い方をしているが、ユイ篇でも描写しているとおり憑依者の記憶は全て受け継ぐので、ミサトはシンジの憑依中の全てを我が事の様に知っている)
「いや、その…ごめんなさい」
 
「いいのよ~、アタシとシンちゃんの仲じゃな~い♪」
 
んふっ♪と微笑んでいる。
 
「体の隅々はおろか、心の隅々まで見られちゃって、もうこれって恋人以上の仲よねぇ♪」
 
かけてた手を放してくれたかと思えば…
 
ミサトさん。自分自身を抱きしめてモジモジするのはやめてください。
 
13年も使えば、自らの体も同然だ。
 
まるで僕自身がそうしているような気がして、恥ずかしいことこのうえない。
 
「それじゃあシンちゃん。心置きなくあの時の続きを…」
 
ミサトさん。あなたが何を言っているのか解かりたくないよ。
 
13年も女をやってみて、なおかつ目の前の相手の体だったというのに、この人の言動は未だによく解からない。
 
いや、言ってることは判るのだが、何故そう言いたくなったのか、その動機が解からないのだ。
 
 
― 彼女というのは遥か彼方の女と書く。女性は向こう岸の存在だよ、われわれにとってはね ―
 
 
なぜだか、この言葉を思い出してしまった。その意味が実感できるようになってしまいましたよ。加持さん。
 
 
「…どいてくれる」
 
ミサトさんとの間に強引に割り込んできた綾波が、紫陽花を突きつけてきた。眉間に皺が2本も寄っている。なんだか随分と機嫌が悪そうだ。
 
「…ヒトの数は20億。碇君がその心を知れば、この花弁は甦る」
  
なによぉレイのいけずぅ。と不満げなミサトさんは完全に無視のご様子。
 
「ホントに?」
 
…ええ。と四たび頷く綾波。
 
「…でも、ほとんどの花弁が枯れる。ここと同様に」
 
「それは、エヴァに関わりのない人の心を知るためだけにその世界に赴けば、結果としてそこのサードインパクトを防げないからってことかしら?」
 
「…ええ、そうよ」
 
ミサトさんのほうを一瞥もせずに…。綾波、話すときは人の顔を見ようよ。
 
 
この世界を甦らせるために、ほかの世界を犠牲にする。それは、できない選択だ。とはいえ、この世界を見捨てることも、つらい。
 
「じゃあ、この世界はこのまま…?」
 
ふるふると七た…、あれ?八たびだったかな。
 
「…いつか種が熟して、新たな世界の一株となるべく芽を出すわ」
 
綾波が手をかざす中、次々と花弁が花開き、この世界だという枯れた花弁が膨らんでいく。
 
「…他の宇宙が花開けば、そのエナジーは世界を潤す。そうすればこの種も大きく豊かになる」
 
膨らんだ花弁から、こぼれるように種が落ちた。 
 
手に受けたそれをまじまじと見ながら、紫陽花は株分けの方が一般的だよね。と思ったことは内緒だ。
 

 
「なら、迷うことはないね。一つでも多く、綺麗に花を咲かそう」
 
「大丈夫よ、シンちゃん。アタシも手伝ったげるから~♪」
 
バアさんは用済み。との綾波の呟きは聞かなかったことにしよう。
 
 
 
紫陽花の種を握りしめ、赤い海を見やる。
 
この世界を直接救えないのは哀しいけれど、ほかの世界を護れるなら、それすら心のささえになるだろう。すべてを心の裡に埋めて、礎にできる。弱さを毅さに変える術を、僕は学んだんだ。
 
ミサトさんが肩に手をかけてくれた。綾波が寄り添って掌を重ねてくれた。
 
 
差し出された紫陽花は弱々しく…
 
手の中の種はまだ硬くて…
 
だけど、
 
この紫陽花の咲き誇る姿を見たい。
 
この種が芽吹くまで見守ろう。 
 
 
 
願いは遥か、果てしないけれど、
 
 
 
 この世界のために、ほかの世界のために、何より僕自身のために。
 
  できることを、やりたいことを、なすべきことを。 
 
 
   やりなおす機会をくれた、この世界への感謝の気持ちを持って。
 
    もう一度出会ってくれた、みんなへのまごころを携えて。
 
     まだ見ぬ未来への、希望を胸に。
 
 
 
       花を咲かそう
 
 
 
                                         おわり
2006.11.06 PUBLISHED
2006.11.10 REVISED







シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール ( No.26 )
日時: 2006/11/17 17:18 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2  
                                     

「…知らない天井だ」
 
気付けば、ベッドに寝かされていた。
 
消毒液のにおい。どこかの病院かな。
 
点滴やらカテーテルやら色々つながれていて、いわゆるスパゲッティ状態にされているようだ。
 

 
体が本調子ではないらしく、まぶたを開いていることすら億劫だった。
 

 
……
 
夢とうつつをさまよい、どれだけのあいだ、ぼぅっとしていただろうか?
 
なにやら地響きがすると気付いた途端。病室のドアが乱暴に引き開けられた。 
 
「おお!ユイ。ユイ。目を覚ましてくれたか!」
 
あれ?
 
…この人。
 
サングラスじゃないし、生え揃ってないところを見ると単なる無精ヒゲみたいだけれど…
 
父さん!?
 
しかも、若い!?
 
「お前がエヴァに取り込まれてしまったとき、俺は一体どうしたらいいか、どうすればいいか…」
 
うわっ、父さんが泣いてるよ。初めて見た。
 

 
えっあれっ?
 
父さんがユイって呼ぶこの体は、まさか…
 
傍らに置かれた医療機器のCRT、火の入ってない灰色の画面に映る面影は綾波に似て…
 

 
もしかして、今度は母さんの体~!!!
 
あっ綾波!よりによって、これはないと思うな。
 
なにか綾波の気に障るようなこと、したかなぁ?
 
だったら謝るから、こればかりは勘弁して欲しい。
 
 
 ― …楽な方がありがたい。碇君はそう言ったわ ―
 
えっ綾波?どこに居るの?
 
 ― …私はどこにでも居る。誰の前にも居る。遍し身だもの。けれど、心を開かなければ見えないわ ―
 
助けてよ
 
 ― …ダメ。この宇宙を枯らしたいの? ―
 
でっでも…
 
綾波を探して見渡した病室の片隅に、これ見よがしに活けられた紫陽花。
 
こころなしか花弁がひとつだけ枯れているように見える。
 
さっきまでは無かったような気がするんだけど…
 
 ― …自我境界線を乗り越えて還ってきた今のその体なら、エヴァを直接制御できる ―
 
えっ?
 
 ― …碇君がその体で初号機に乗って戦う気になれば、アスカは乗らなくて済む。私も生み出されずに済む ―
 
だけど…
 
じとりと傍らの父さんの顔を見る。
 
父さんと夫婦になるっていうのは、いくらなんでも…
 
 ― …そう、よかったわね ―
 
そういう言い方はやめてよ
 
せめて父さんと結婚する前とか、なんとかならなかったの?
 
 ― …そこまでは関知しないわ。最適の人物を最良の状態で選んだだけだもの ―
 
綾波ぃ…
 
 ― …干渉のしすぎはその宇宙に良くないから。じゃ、さよなら ―
 
あっ綾波。待って、置いてかないで~!
 
 ― …ダメ。碇君が呼んでも ―
 
 

 
うわっ、父さんが抱きついてくる。冗談きついよ。 
 
これも逃げちゃダメなの?
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
 
…逃げたい。
 
 
そう云えば、あの世界で母さんがどうなっていたのか綾波に訊くの忘れていたなぁ。
 
やっぱり自分は薄情なんだ。だから、あの世界はあんなことに…
 

 
だから、もう逃げちゃダメなんだ。


 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。


 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。


 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。


 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。



逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。



逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。


 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。


 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。


 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。


 
逃げちゃダメだ。
 



… 


間近に迫る、父さんの顔。

 
ダメだ。
 
やっぱり逃げよう。
 
 


 
「…あなた、だれ?」
 

父さん、ごめん。
 
僕に母さんの役回りは荷が重いよ。
 
号泣しながら抱きつこうとする父さんを必死に押しとどめ、今後の算段を考える。
 
記憶喪失のふり。上手くできるといいけど…
 

                               ユイ篇につづく


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