汎用性が高すぎる。
それこそが、静が【斬光スキル】に対して最初に抱いた、その全貌を推察しての率直な感想だった。
最初に見た時は刀身を軸に光の刃を展開し、リーチと切れ味を飛躍的に高める強化技なのだろうと予想していた静だったが、そのすぐ後にはそんなレベルの技でないことは嫌というほど思い知らされることとなった。
直前までまっすぐに伸びていた刀身が、次の瞬間には鞭のようなしなりを帯びて縦横無尽に襲ってくる。
そうかと思えば、長く伸びていた刀身が一瞬のうちに縮んで理香の手元へと戻って、続く刺突の動きに合わせて再び一瞬のうちにそのリーチを伸ばし、射程の外にいたはずの静の胸元を遠慮容赦なく突きに来る。
「シールド……!!」
即座に左手の籠手を使って障壁を展開する静だったが、本来刃物による斬撃など平気で弾き返せるはずのその壁は、今は一瞬の時間を稼ぐ程度にしか役に立たなかった。
案の定、光の刃は展開した障壁を一瞬の抵抗の後にあっさりと貫いて、身をかわした静の真横を通り過ぎてシールドの反対側をも通過して球体状の障壁を串刺しにする。
否、理香の狙いがあくまでも静自身である以上、これだけの切れ味を持つ攻撃がそれだけで終わるはずもない。
「――ッ!!」
一瞬早く静がそれに気づいて体を大きく後ろにのけぞらせたその瞬間、防御のための障壁をまるでバターのように切り裂いて、光の刃が横一文字に振りぬかれて球体状のシールドが両断される。
(なんとも……えげつない切れ味ですね……!!)
間一髪、その刃をどうにか躱して、床を転がった静が見たものは、ロビーの中に並んでいた観葉植物やロープを張るためのポールなど、静の胴体くらいの高さにあるものが軒並みその高さで両断されて、さらには今しがた振りぬかれたらしい光の刃が太い石造りの柱の半ばあたりにまで食い込んでいるところだった。
否、恐らくは理香が本気であれば柱すら両断できたことだろう。
柱の半ばで刃が止まったのは、あくまでも理香がその段階で斬撃を止めたからであり、それが無ければあの柱は理香の斬光によって削り取られるようにしてそのまま両断されていたところだった。
(光る粒子のようなものを高速で振動、あるいは流動させて、触れた物体を猛烈な速度で削り断っている、と見るべきでしょうか……。これでは武器で受け止めようとしても、武器ごと両断されてしまうのがオチということになってしまいそうですね……)
あるいは、もしもこの場に竜昇がいたならば、理香の使う【斬光スキル】の性質をビームソードか何かに例えたかもしれない。
ただしSFなどに登場するそれと違って、理香の使うこのスキルはその形態が剣の形だけにはとどまらない。
「【月光斬】――!!」
光の魔力を纏ったレイピアが素早く、幾重にも空中に弧を描き、直後にその軌跡上に展開された光の魔力が大元の剣から切り離されて、三日月形の刃となって回転しながらこちらへ飛んでくる。
それも一つや二つなどという生易しい数ではない。
次から次へと繰り出される斬撃は既に数えただけでも十以上。
理香が右手の剣を振るうそのたびに、大小さまざまな大きさの月光が静の五体を切り刻もうと襲い掛かる。
「――ッ」
飛び退いた直後に床が裂ける。
身を伏せたその上を月光の斬撃が通り過ぎ、背後にあった観葉植物が三日月形の刃を浴びてバラバラに分かれてまき散らされる。
石造りの柱の、その陰に飛び込んだその直後、柱の向こう側で石材が連続で砕ける音がする。
流石に今度の技は太い柱を一刀のもとに輪切りにするような馬鹿げた真似はできなかったようだが、飛び散る石材の欠片の様子から見てもその威力は甚大だ。
軽く周囲を見渡しても、ロビーにあったイスやテーブル、飾りの壷や床、壁、天井などに、まるで爪痕のようにくっきりとした斬撃痕が一切の容赦なく刻まれている。
(まったく、半端な物品では盾にすらなりませんか……。これではこの場で一番頑丈そうな、こういった柱を盾にしたとしても――、ッ――!!)
危険を感じて静が頭を下げたその瞬間、静が隠れていた石造りの柱の、その中央部に爆散するように勢いよく穴が開いて、直前まで静の頭があったその位置をまるでドリルのように渦巻く光の刃が貫いた。
否、それだけではない。
次の瞬間、頭を出したドリルの側面が勢い良く周囲目がけて刃を伸ばし、まるで棘の塊のようになって周囲にあるものを刺し貫きに来る。
(変化させられる形のバリエーションも多い……。つくづく厄介なスキルですね……)
再びシールドを展開し、その表面に食い込む光の棘に押し出されるようにして柱の影から飛び出しながら、静は内心で嘆息したい気分でそう独り言ちる。
見れば、今のドリルも光の刀身を伸ばすことによってかなり距離を空けた状態から撃ち込んできていたらしい。
(徹底してこちらから一定の距離を保っている……。自身の元まで近づかせることなく、有利な距離で勝負を決めるつもりでしょうか……)
伸縮自在、斬突両立、形態変化も自由自在。そして切れ味も貫通性能も抜群という、【斬光スキル】の圧倒的な汎用性の高さに、いよいよ流石の静も己の計算違いを深刻に捉えざるを得なくなって来る。
そもそもの話、静が詩織から事前に聞いていた理香のスキルのラインナップの中に、この【斬光スキル】は名を連ねてはいなかった。
一応静自身、第三層をクリアしている誠司たちの誰かが、詩織の知らない新たな武器やスキルを手にしている可能性は考えていたものの、しかし手の内がわからない以上具体的な備えなどできようはずもなく、先口理香の戦力計算はあくまでも詩織が知る理香の戦闘能力を基準に行われていた。
静が聞いていた理香の戦闘スタイルは、中衛に控えての前衛の支援と後衛の護衛、そのどちらでも行うことができるというオールラウンダー。
詩織曰く、誠司から【剣術師(フェンサー)】と名付けられた戦闘スタイルを持つ彼女は、当初から保有する剣術系スキルによって接近戦を行い、途中からは誠司が造ったアイテムを使うことによって短剣や盾を同時使用しての壁役や、【朱雀の両翼】を使用しての支援射撃など、状況に応じて全体を支援する幅広い役割をこなすようになっていったという話だった。
ただしその反面、保有するスキルや武器の関係上攻撃力自体はさほど高くなく、決定力という意味ではスキルを三つしか習得していない詩織にすら劣っていたため、瞳や誠司に比べれば彼女の脅威度は他のメンバーに一歩譲るという話だったのだ。
――だが、今実際に戦って。明らかに理香の戦闘力は話に聞いていたそれを大きく凌駕している。
恐らくは最大の弱点と考えられていた理香自身の攻撃力の低さ、決定打に欠ける点が【斬光スキル】の習得によって解消されたというのがその理由なのだろう。
最初から使ってこなかったのは習得したばかりでまだ使い慣れていなかったというのがその理由かもしれないが、しかしこの【不問ビル】内においてはそんな問題、スキル自体のレベルが上がれば簡単に解消されてしまう。
(このままでは、流石にこちらがじり貧ですね……)
思いつつ、とりあえずとばかりに静はロビーの端までを一気に駆け抜けて、ひとまず身を隠すべくそこにあった受け付けのカウンターを勢いよく飛び越える。
見たところかなり頑丈なカウンターテーブルのようだが、しかしあの【斬光スキル】の前では遮蔽物としてはほとんど役に立たないだろう。
そう思いながらも、それでも身を隠すことができれば少なくとも狙い撃ちされる危険は減らせるとそう考えて、飛び越えたカウンターの影に素早く飛び込むべく空中でその裏側に視線を走らせて――。
「――おや」
そうして初めて、自分が飛び込もうとした物陰に、自分以外の先客が潜んでいたことに気が付いた。
「【螺旋(スパイラル)】――!!」
即座に静は右手の小太刀を苦無の形態へと変化させ、物陰に隠れていた”それ“を分裂した苦無の投擲によってあっさりと貫き、無力化する。
直後にカウンターの裏側へと着地し、むこう側の理香にばれぬように位置を移動しながら静が拾い上げるのは、刃の部分が半ばで折れた、ナイフの形をした先ほど見た召喚獣の残骸だ。
(なるほど。どこかにいるだろうとは思っていましたが、こんな場所に潜んでいた訳ですか)
静が直前に破壊したのは、金属でできたネズミの形をした、恐らくは誠司のモノだろう召喚獣の一体だ。
すでに制御を手放していたのか、うずくまったままピクリとも動かなくなっていたその個体は、事前の話し合いの中でその存在が予期されていた、静達の話し合いを盗み見るための監視用の個体に違いない。
と、そこまで考えて、静かには遅ればせながら、ようやくと言ったタイミングで一つ気付いたことがあった。
「――ああ、なるほど。先ほど話の途中で攻撃されてしまったのは、ひょっとしてこの監視の目を気にしてのことだったのでしょうか……?」
カウンター越しにそう呼びかけて、直後に静はわずかに横にそれることで、直前までいたその位置を貫く、斬光の刺突をあっさりとした様子で回避する。
同時に響くのは、先ほどまで手元にあった折れたナイフが、カウンターの向こう側にいる理香のすぐ足元へと落ちる音だ。
「今しがたこのカウンターの影で見つけました。考えてみれば、あの方が聞いている目の前で、貴方が彼を裏から操作しているなどと口にしてしまったのは、少々無神経だったかもしれませんね」
もしも理香が、本人にそうと意識させないように誠司をコントロールしていたのだとしたら、わざわざそれを本人にも聞こえる形で指摘してしまったのは確かに失敗だったかもしれない。
そう考えて、流石に今回ばかりは無神経が過ぎたかと、そう反省していた静だったが、しかしそんな考えは直後に、当の理香の言葉によってあっさりと否定されることとなった。
「――少し、勘違いしているようですね。
誠司さんは何も、私に影からいいように操られたりなどしていませんよ」
「おや、そうなのですか……?」
「ええ。――だってあの人は、最初から私の企てなんてとっくに見通して、それでも私をそばに置いて、そのたくらみに乗ってくれているのですから」
(……!?)
語られたその内容に、流石の静もカウンターの影に隠れたままで、驚きの感情に目を見張る。
実際それは、静にとってもかなり意外な情報だった。
静の予想では、てっきり先口理香こそがあちらのパーティーの実質的な意思決定を行う立場にいるのだろうとそう思い込んでいた。
だからこそ、どうあっても彼女とだけは話を付けなければならないと、静はそう考えて今日この場を訪れていた。
けれど、もしも理香と誠司の関係が単に操り操られるだけのものではなかったのだとしたら。
もしも、彼女と彼の関係性が、単に必要に迫られて結んだだけではない、確かな絆のようなものを持ち合わせた、信頼に基づくものだったのだとしたら――。
「……なんだ、それなら私が考えていたより、ずっとまともな関係だったのではありませんか」
呟いて、思わず静の唇が微かな笑みを形作る。
そんな静の様子など知る由もなく、感情を殺した淡々とした声で理香が語るのは、先ほど彼女を戦いへと踏み切らせてしまった、その真の理由。
「私が今こうしてあなたを排除することにしたのはもっと別の理由ですよ、小原さん……。
単に貴方に私のことを、【黒幕】だなどと言って触れ回られてはたまらないと、そう思っただけの話です。
困るんですよ。ただでさえ私は微妙な立場にいるというのに、そんな憶測を勝手に広められてしまっては。
私たちのパーティー内にまで疑心暗鬼の種をばら撒かれては、それこそたまったものではありません」
直後、魔力の気配が急激に高まって、静がその場を飛びのいたその直後に隠れていたカウンターが斬光に断たれて両断される。
身を低くして、長いカウンターの裏を駆け抜ける静の背を追うように、細い刺突として放たれた針のような斬光が次々にカウンターを貫いて背後の壁までを穴だらけにしていく。
距離を詰めてきたとはいえ、それなりの硬度と厚みがあるはずのカウンターをあっさりと貫通するその威力。
「……それにしても黒幕。黒幕、ですか……」
差もたいしたことが無いように語ってはいたが、実際のところ彼女にとって、それは何があっても回避したい、自分の立場を決定的に脅かす重大な事態だったのだろう。
だからあの時理香は静の言葉に、ああも敏感に反応し、攻撃に踏み切った。
そしてもしそうだというのなら、今この時、静かにはまず真っ先にやっておかなければならないことがある。
「そういうことでしたら私の方も一つ、貴方の誤解を訂正しておきましょう。
私は別にあなたのことを、全てを陰で操る黒幕だなどとは思っていませんよ」
「――!?」
カウンターの影から勢いよく飛び出した静に対して、理香が即座に斬光を纏ったレイピアの切っ先を向けて、そうして二人は再び互いを見据えて正面から向かい合う。
突如として足を止めた静の様子に理香が一瞬攻撃をためらった、その隙を狙うようにして突きつけるのは、決定的なその根拠。
「――だって先口さん。あなたは他の方々のことを、実のところまるで操れてなどいないのですから」