朝方食堂で念入りに準備をして出発したばかりだった竜昇たちだが、しかし思いのほかあっさりと次の補給地点である購買に到着してしまったため、この購買でもう一度準備を整え直すこととなった。
とは言え、ここでの準備は食堂でのそれとも若干意味合いが異なる。
食料が豊富だった替わりに、食料以外のものがほとんどなかった食堂に対して、この購買は購買自体の学校に似合わぬ品揃えも相まって、竜昇たちが必要としていた物資の残りが丸ごと手に入ったのだ。
まず衣服。これについては先にここを訪れていた先客が大幅に持って行ってしまったため(加えて言うなら元々そう大量には置いていなかったらしい)、静などはサイズが合うものが制服しかなく、仕方なく若干古風なセーラー服を選んでそれを着用し、ついでに靴をこれまでの革靴から体育館用のシューズへと履き替える形で落ち着いた。
おかげで今の静の格好は、古風なセーラー服の上に【染滴マント】を羽織り、両足に体育館シューズ、左腕に【武者の結界後手】を装着。腰に竜昇のウェストポーチを付けてそこにナイフや呪符を収納。さらにポーチのベルトに【磁引の十手】を“二本”差しているという、いろいろとちぐはぐな格好になっている。
ちなみに、この二本目の【磁引の十手】は当然と言うべきか、静の持つ【始祖の石刃】を変化させた代物だ。
一応、刃渡りなどは石刃状態の方が短いくらいなのだが、しかし生憎と石刃状態では腰に差すようなことは不可能で、かといってウェストポーチの中に入れてしまうととっさの時に取り出しづらくなってしまう。そんな状態を解消するため、装備しにくい石刃を装備しやすい十手に変化させ、それをそのまま腰のウェストポーチに差すという、今の状態が考案された形となったのだ。
対して、竜昇の方は服装の問題はあっさりと肩が付いた。
幸いなことに、体操着やジャージが根こそぎなくなっていた静と違い、竜昇の方はちゃんと自分のサイズに合う体操服が残っていたのである。
恐らく、ここを訪れた中に竜昇と同じ体格のものがいなかったのか、あるいはいたとしても店の在庫がなくなるほどの人数ではなかったということなのだろう。
実際、手紙によって判明している、ここを訪れた五人の内、四人は間違いなく女子の名前なのだ。残る男子が一人だとすれば、彼の体格が竜昇と同程度のものだったとしても持って行く体操着は一着か、せいぜい二・三着と言ったところである。残る女子四人と体操服の争奪戦になっていた静の状態を思えば、竜昇の方にサイズの合う着替えが残っていたことは不思議でもなんでもない。
着替えが終わると、続けて竜昇たちが調達したのが荷物を入れるためのカバンだ。
これまで、二人はこのビルに入った際に持ち込んだウェストポーチと、霧岸女学園指定の通学カバンをそれぞれ交換する形で使っていた訳だが、容量こそ小さいながらも有用性のあるウェイストポーチはともかく、通学カバンについてはこの場で交換していくこととなった。
幸いなことに、前にここに来たパーティーは調達していかなかったのか、はたまたそれなりに数が多く、十分な余りが出ているのかは定かではないが、体操着の時とは違い通学カバンについてはこの学校のものと思われるものがいくつも残されていた。
二人でしばし並ぶ鞄を検分し、最終的に二人はベルトを付け替えることでリュックサックのように背負うことも、肩から掛けることもできるそれなりに大きなカバンを選択する。
同じ鞄を、竜昇は保持した状態でも両手が使えるようにとリュックサックとして背中に背負い、静の方はベルトを付け替えて肩から下げる形を選択した。
荷物を持ったまま戦うことを選択した竜昇に対して、どうやら静はいざとなったら荷物を素早く放り出せるようにとその形を選択したらしい。
そうして、鞄が決まれば次はそこに入れる荷物である。まず第一に、昨日保健室から持ち出してきた治療器具一式。包帯や薬などを、最低限静の方にも渡しておく。
静が前に出て戦い、状況によっては荷物を放り出す事態が想定されている以上、あまり静の方に多くの荷物を割り振る訳にはいかなかったが、しかし万が一にも二人がはぐれてしまった場合に備えて、最低限必要なものはそれぞれで持っておこうというのが二人で話し合って決めた方針だった。
そんな考えの元、医療器具に続いて食料についても食堂と購買で確保したうちの何割かを静のカバンに詰め込み、さらに先ほど見つけた携帯充電器と、それに使う電池のパックをそれぞれの荷物に加えておくことにする。
余談だが、この購買部にたどり着いた時点で、二人の持つスマートフォンはすでにだいぶ電池切れに近づいていた。
一応、場所が圏外であるため、外部とのデータのやり取りが無い分バッテリーを使わずには済んでいたようだが、それでも三日も充電無しで使っているとそれなりに電池を消耗するものらしい。
調達した充電器でさっそくバッテリーを充電しながら、静と竜昇は鞄の中にできうる限りの食糧を詰めていく。
「あと、一応ペットボトルのスポーツドリンクなんかも持って行こう。ここまでは【集水の竹水筒】のおかげで飲み水には困らずにこれたけど、こういうペットボトル飲料は一本でもあった方がいい」
レジ脇の冷蔵庫からスポーツドリンクのボトルを取り出しながら、竜昇は静に対してそう提案する。
これまで博物館でドロップした【集水の竹水筒】のおかげで飲み水にそれほど困らずに来られた竜昇たちだったが、しかしこのアイテムとて常に十分な量の水を確保できるというわけではない。
いかに中の水量を回復できるマジックアイテムであるとは言っても、その水量の回復速度には限度があるし、ましてや飲む以外の用途でも水が必要になった場合にこの水筒だけではとても二人分は賄えない。
その点、ペットボトルを一本確保しておけば、その分水の量に余裕ができるし、中身がスポーツドリンクならばただの水よりも戦闘という激しい運動の後の補給には適している。
加えて、仮に中のドリンクを飲み終えたとしても。ペットボトルは保存容器としてもそれなりに優秀だ。ことと次第によっては竹水筒の中の水をボトルの中に移し替えたり、どこかの水道から水を調達して足りない水量を補うこともできるかもしれない。
その他にも、いろいろと考えて持って行く荷物を二人で精査する。
着替えについては、荷物になるなどの理由から結局持って行かないことにした。
これまで来ていた服もボロボロであったことも相まってもちろん放棄して、その分のカバンの中のスペースを食料などに割り当てる。
後々なんらかのドロップアイテムがあった時のために多少空きスペースに余裕を持たせ、それでも竜昇は静のカバンに入れる分と合わせて三日分の食料を確保した。
残る補給は、後は武器だけなのだが、しかしやはりと言うべきなのか、学校の購買の中に武器として使えそうなものはそうはない。
否、それでも静の方は、自分が使う武器をちゃっかり調達していたらしい。
「互情さん、こちらのペンに【静雷撃】をお願いします」
店で販売していたボールペンの内、頭にクリップの付いたものを二十本ほど掴んで、静が竜昇に対してそんな要請をしてくる。
どうやら【鋼纏】による硬質化や、投擲技である【螺旋】と合わせペンをダーツのように投げる戦法は静の中で実戦に耐えうるものと評価されたらしい。
もっとも、竜昇の【静雷撃】は媒体にするものは何でもいいため、最悪ペンが無ければ消しゴムでも代用品にしていたかもしれない。そう言う意味では、まだ【静電撃】抜きでも武器としての使用が期待できるボールペンがあったことは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
二十本という数はそれなりに多い数だったが、しかしボールペンは本来投擲用ではなく、その本体はプラスチック製でそれほど丈夫なものではないためこれについては仕方がないとも言えた。
いかに【鋼纏】による補強を入れるとは言っても、戦闘に使うとなれば破損は普通にあり得る事態だ。実際、先ほどの使い魔の群れに対して使った時も、投擲したボールペンはそのほとんどが破損していて(というか電気の熱で溶けていて)、回収についてはあきらめざるを得なかった。以前の永楽通宝はそれなりに丈夫で重宝したのだが、投げつけるという使い方を考えると投擲物の回収は基本的に諦めた方がいいのかもしれない。
ちなみに、
「ああ、なんでしたらそこのレジを叩き壊して中の小銭を拝借しましょうか。五百円玉の棒金一本でもいただいていけば、投げる分は十分に確保できるでしょうし」
と、途中で静がそんな略奪が板についたことを言いだした時には流石に竜昇も頬がひきつったが、しかし調べたところレジの中身は空っぽで、静の企ては結局不発に終わった。
開いたままの中身をすべて回収されたレジを眺め、心なしか残念そうな雰囲気を醸し出して戻ってきた静が『仕方ありません、あるものでどうにかしましょう』と、そんなことを言いつつ、竜昇が【静雷撃】をかけたボールペンをウェストポーチのベルトや制服の胸ポケット、鞄の肩掛けベルトなど、一か所にまとめずにあちこちに取り付けていく。
どうやら体のあちこちに投擲物を仕込んで、どんな状況でも対応できるようにする腹積もりらしい。恐らくはトイレで出合い頭に拘束されたあの時を思い出しての対応なのだろう。なるほどこれなら、全身のどこに触れられてもとりあえず相手を感電させることはできるだろう。
「いっそ服にも【静電撃】をかけておくか? もしくは肉体そのものを対象に電撃を仕込むって手もあるけど」
「それは……、いえ、やめておきましょう。このビルに私達以外の人間がいるとわかった以上、その方たちとこの先どこかで遭遇する可能性があります。そうなったときに、何かのきっかけで接触して相手を感電させてしまっては目も当てられません」
竜昇の提案に、静はわずかに迷うようなそぶりを見せた後、そんな言葉と共に首を横に振る。
確かに、この先誰かと接触する可能性があるとした場合、今竜昇たちが接触不能な体になってしまうのは少々いただけない。
一応、この【静電撃】という魔法にも効果時間の様なものはあるようで、一定の時間が経過すると効果が切れてしまう性質があるようなのだが、しかし【静電撃】の効果時間は長期間潜ませる用途故なのか、効果時間は最低でも約半日と非常に長く、また単純な効果であるがゆえに、術者である竜昇自身でも解呪することができない。
どうも解放されてきている記憶を参照すると絶対にできないというわけではないようなのだが、その解除方法については【魔法スキル・雷】に収録されているの技術体系とは別物なのか、どれだけ思い出そうとしてもそれらしい記憶を引っ張り出すことはできなかった。
「ところで互情さん、それは何をしているのですか?」
「ん? ああ、魔本に付箋を貼っているんだよ。一応、ページの呼び出しは【術式目録(インデックス)】でもできるんだけど、【術式目録(インデックス)】を使うと、そのページの呼び出しにも若干の処理能力を圧迫することになるからさ。まあ、とは言っても微妙な量だから、無視してもいいんだけど、目的のページを直接開いてそのページに魔力を注いだ方が効率はいいから」
必要に応じて取った手段というよりは、たまたま付箋を見つけたため、思い付きでやってみたという程度の準備だったが、とりあえず魔本に搭載されたすべての機能の、その術式が記述されたページ全てに付箋を貼って、余った付箋を迷った末にカバンの中へと入れておく。
ついでに何かに使えるかもしれないと、ガムテープやルーズリーフなどのいくつかの物品も荷物の中に追加して、そこまでしてようやく、思いつく限りの全ての準備は整った。
「互情さん、少し、正直な話をしましょうか」
パック詰めの弁当を口に運んでいた竜昇に対して、先に食べ終わったらしい静がどこか改まった様子でそんな風に話し出す。
全ての準備を終えた段階で、時間も昼を回っていたため二人で出発前に食事をとることにして、それぞれ食事をとっていたときのことだった。
「実のところですね、私は二人しかいない私たちと五人も人数がいるらしい件の手紙のパーティを比べても、向こうのことを少しも羨ましくは思えないのです」
「まあ、向こうもいろいろあるみたいだからな……」
残されていた手紙の文面、特に最後の一文を思い出しながら、竜昇は静のその言葉に同意する。
ただ、そんな竜昇の同意に対して静が返したのは、予想外にも無言で首を横に振るという、そんな動作だった。
「いえ、恐らくあの手紙のことが無くても、私は他のパーティをうらやむことはなかったでしょう」
穏やかに、しかししっかりとした口調で、静は竜昇と視線を合わせてそう断言する。
同時にその表情に浮かべるのは、どこか満足気で、なにかを誇るようなささやかな微笑。
「要するに、私は割と満足しているのですよ。今のこの、私と互情さんだけのパーティに。
……もちろん、戦力という意味ではだいぶ不足気味なのでしょう。私自身、もっと人数がいればいいのにと、そう思ったこともないわけではありません」
他のパーティがどうかは知らないが、竜昇たちの二人だけのパーティというのは明らかに人数不足だ。これまでの戦いの中でも、明らかに人手不足と言える事態にも竜昇たちは何度も直面して来た。
「けれど、そう言った実状とはまた別に、私は今の互情さんとの関係に満足しているのです。正直に申し上げれば、一時は頼りなく思っていたこともありました。いっそ私一人で、先に進んで脱出しようと思ったことも」
「……小原さん」
シビアで非情な言葉を、どこか寂し気に口にする静の様子に、竜昇は何と返していいか迷い言葉を失う。
感じる思いは、憤りよりも不甲斐なさの方が先に立つ。実際当初の竜昇は、静にそう思われ、そして言われても仕方のない人間だった。
「けど、それでも互情さんは私の隣に、ちゃんと立ってくれました。後ろをついてくるでもなければ、利用しようとするでもない。ちゃんと隣を歩く、――パートナーに、なってくれました」
「パートナー……」
言われたその言葉に、竜昇は気恥ずかしさと同時に、言いようのない熱く染み渡る感覚が胸に沸くのを感じていた。
彼女の隣を歩きたいと、あのマンモスとの戦いを経てからずっとそう思っていた。
そのために自分を見つめ直し、できないことを認めて、できることを探して、そうして足手まといにならないというだけではない、彼女の助けになれる存在になろうと心がけて来た。
その意思を、今この時、認められたような気がした。
他ならぬ、静自身の意思によって、隣を歩くそのことを、認めてもらえたようなそんな気がした。
「これからも、よろしくお願いします、互情さん。この先、他のプレイヤーと接触して人数が増えることもあるでしょう。私自身、いつまでもこの二人だけでこの先を切り抜けていけるとは思っていません。
ですが、この先どんなパーティになろうとも、互情さんは私の隣にいてください。私の、パートナーでいてください」
「……ああ。約束する。肝に銘じる。君がどんなに圧倒的でも、それでも俺は後ろじゃなくて、ちゃんと隣を歩いて見せる」
誓いを捧げ、竜昇たちは食事を終えて、いよいよ立ち上がって、調達した荷物と共に購買の店舗を後にする。
目指すは、竜昇たちがいる小校舎から、さらに渡り廊下を渡った先にある体育館。
竜昇が校舎の並びを確認した際、そここそがボス部屋なのではないかと推測した、その場所だった。