黄鱔田雞煲仔飯(ウナギとカエルの炊き込みご飯 1700円
「まさか、またお前と再会する事になるとはな……」
アミダハラを統治する組織の一つであり、関西の広域指定暴力団『神武組』 の若頭である高山 清司は椅子に座らされ、組員から拳銃を頭にSFP9を突き付けられてる時雨に呆れた様に言う。
「僕もお会いする事になると思ってませんでした。で、僕がオシオキされてない理由と関係あります?」
「大アリだバカ野郎。テメェの財布に俺の名刺が入ってたんだぞ? 賭場荒らしたのが俺の絵図だって思われるだろうが……」
そう、時雨がオシオキされなかったのは財布の中に昨晩の取り引きの時に貰った高山の名刺が入っていたからだ。
それ故、このカジノを任された下っ端の組の者達は神武組本家若頭であり、郷道会二代目会長と言う肩書きを持つ雲の上の存在にお伺いを立てざる得なく、無碍に扱う事も出来なかった。
「で、どうしてこうなった?」
「ここのカジノで遊んで50万勝って、祝杯を良いお酒で楽しもうとしてたら、拳銃を持った奴等に囲まれた。で、自衛の為にも仕方無く奴等を無力化しようとしたんですよ」
淡々としながらも困った様に答える時雨を見詰め、嘘を吐いていない。そう解ると、高山は溜息を漏らしてしまう。
「生き残ってた二人にウチの若い者が聞いたら、お前が奴等の仲間を4人撃ち殺したって言ってるが?」
「僕が殺したのは通りなのにタタキをカマしてきたアホですよ。確か、この街では表では路上強盗や人攫いは禁じられてる筈ですよね?」
「はぁぁ、そう言う事か。テメェ、此処がウチの盆だって解った上で逃げ込みやがったな?」
高山の見立て通りだ。
時雨はカジノの後ろ盾。もとい、仕切っているのが日系……即ち、神武組だと解ったからこそ、悠々とブラックジャックで時間を潰していた。
しかし、追い掛けて来た連中が組の看板を掲げるカジノの中にまで追い掛けて来る事は計算外であった。まぁ、保険として財布の中に本家の若頭の名刺と言う水戸黄門の印籠を仕込んではいたが……分の悪い賭けである。
何せ、若頭の名刺を見られてなければ、"床に転がる痣と血塗れのチンピラ二人と同じ目に合っていた"のだから……
「そんな訳無いじゃないですか。僕は買い物が一段落したから暇潰しにカジノで遊んでただけですよ?」
いけしゃあしゃあと宣う時雨に高山は僅かながら怒りを覚える。が、監視カメラの映像を確認し、ブラックジャックで50万稼いで高級なバーボンを飲んでただけの"なんの罪も無い客"をシメる理由も無い以上はシメられない。
しかし、小さいとは言え、商売を台無しにしたオトシマエは着けねばならない。
だが、監視カメラの映像で見た4人の拳銃を持った相手を秒殺出来るだけの腕前を持った荒事の専門家であろう存在を殺すより、利用する方が良い。そう、判断した高山は告げる。
「お前には店の損害分だけ働いて貰うぞ」
「具体的には?」
「俺の兄弟分が東京に居るんだが、兄弟が困ってる。兄弟の悩みは俺の悩みでもある……解るか?」
「つまり、その人の悩みのタネを摘めって事ですか?」
「話が速くて助かる。おい」
頭に向けられた拳銃が組員の懐に収められる。
死から逃れられた時雨がホッと一息吐いて胸を撫で下ろすと、高山は人払いさせて彼女と二人きりになる。
「兄弟の悩みを解消する前にやって貰いたい事がある。このアホ共だが……最近、東から流れて来たギャング共でな、街の掟に背いてタタキやら人攫いヤラかすわ、此方の協定ルートを無視してヤクを捌くわで迷惑してる。コイツ等を手始めに片付ろ」
「……解りました」
断れない。断れば、目の前の連中の二の舞になるのは自明の理。
ならば、やるしかない。そんな覚悟をキメた時雨は立ち上がると、ボロ雑巾の如く転がるチンピラの前に立ち、膝を曲げてうんこ座りして問う。
「君達の頭数、教えてくれるかな?」
「……くたばれ」
「ふーん……そう言う事を言うんだ」
その答えに時雨は左膝を打ちっぱなしのコンクリートの床に着けて片膝立ちになり、姿勢を安定させると、相手の頭。否、髪を左手で掴んで持ち上げ、右手で耳を摘んだ。
「もう1回聞くよ? お前等の頭数は?」
「誰が言う……ギャアアァァァァ!!?」
求めぬ答えに対し、時雨は顔色一つ変えずに耳をブチブチっと引き千切り、ポイッと棄てる。
「僕の言葉が理解出来ないなら、反対の耳も要らないよね」
反対の耳を左手で掴み、力を込めれば相手は直ぐに音を上げる。
「30!! 30だ!!」
「30……殺した数とお前等を差し引いて22か。お前等の中に軍隊経験者、元自衛官は?」
「い、居ねぇ! 居ねぇよ!!」
「軍隊経験者無し。なら、お前等の持ってる武器は?」
「拳銃とかAKとかいうライフルにショットガンだ! 嘘じゃねぇ!!」
武装はそれなりにある。そう聞けば、次の問いに移る。
「アジトは何処?」
「アジトは……」
アジトの場所を聞き出し、アジトの大まかな間取りを吐かせれば、時雨は立ち上がって用が済んだと言わんばかりに頭を踏み潰して殺す。
「あ、殺しちゃ不味かったですか?」
靴を血で濡らし、脳漿や脳みそ溢れる死体を背に高山に問えば、高山は平然と「いや、気にするな。死体はこっちで始末する」 と、返してから目の無いチンピラの頭にGLOCK26を向け、引き金を二度引いた。
乾いた銃声が止み、硝煙の臭いが血と混じり合った悪臭が部屋を包み込めば、二人は薄暗い部屋を後にする。
「おい、部屋を片付けろ」
「へい」
若頭が命じれば、組員達はビニールシートやデッキブラシにモップ、洗剤に水の入ったバケツを持って地下のOHANASHIルームへ入って行く。
そんな組員達の後ろ姿を眺めながら時雨は、没収された荷物を返せと告げる。
「僕の持ち物返してくれる?」
「……武器の類は出るまでは我慢しろ。おい、コイツの荷物を全て返してやれ」
「こちらです」
若頭の言葉に組員は時雨の財布やジッポライター。それにアパートの鍵にスマートフォンと言った荷物を返してくれた。
だが、40万の入った封筒は無い。
「カネの入った封筒は? 中に40万あるんだけど」
「バカ野郎。それはウチの損害の補填として没収じゃ。無論、テメェが勝った分もな」
「デスヨネー。でも。財布のカネは手を着けてないんだ」
財布の中を確認すれば、中の10万と6千円。それに幾らかの小銭やポイントカード等は手を付けられていなかった。
それに感心してると、高山はムッとした表情で返す。
「新しい"客分"にそんな事はしない」
「新しい客分て……僕は貴方の所で草履脱ぎませんよ?」
「なら、死ぬか?」
そう言われたら、ヤクザの客分……つまりはヤクザに雇われる傭兵にならざる得ない。
時雨は「何で、こうなった?」 と、心の中で大きな溜息を漏らすと、思い出した様に尋ねた。
「あ、ココで銃を買える所ってあります?」
倉庫一つ分、歩兵一個中隊を賄えるだけの銃と弾薬の山を持ってると言うのに、時雨はガンショップ……銃を買える店が無いか? 尋ねられてしまえば、高山は思わず首を傾げてしまう。
「ん? オメェ、久隆のブツを丸々持ってるじゃねぇか? それでも、欲しいんか?」
「銃と弾は腐るほど有ったですけど、ガンオイルやブラシとかの整備道具が全く無かったんですよ。先ずはそれが欲しいんですよ」
「そうか。おい、コイツに銃の手入れ用具をくれてやれ」
その言葉を聞くと、組員が「今持ってきます」 と、威勢の良い返事と共に何処かへと消えれば時雨は高山を見る。
「自分で買いますから、ガンショップの場所を教えてくれるだけで良いですって……位置解らないですし」
「そう言う事ならウチの者に案内させてやる。ついでにソイツを俺とお前の連絡役として使ってやってくれ」
連絡役と言ってる。が、実際の所はお目付け役……つまり、僕が|トぶ《逃げる》事を想定した見張り。
そんな所だろう。
「では、お願いします」
断る理由は無い。正直、日本最大とも言える山菱組みたいなヤクザを敵に回したら、マジで命が無い。
だから、僕は最初から逃げる気は毛頭無いからこそ、お目付け役の同行を是とした。
まぁ、逃げる時に居たら、殺せば良いだけの話なんだけどね。
「手入れ用具持ってきました!」
「おう、御苦労。ほれ、持ってけ」
「ありがとう御座います」
礼を告げ、組員からジッポオイルにも似たガンオイルの詰まった缶や複数のブラシ等が入った銃の手入れ用具を受け取った時雨はポケットに入れると、その組員を見る。
「連絡役は彼にしてくれますか?」
「ん? 良いだろ。おい、名前は?」
「酒田です!」
「おし、サカタ。お前は連絡役としてソイツと一緒に居ろ。1時間毎に俺に定時報告、番号はいいか? 080……」
自分の携帯番号を必死にメモする連絡役を仰せつかった酒田が番号をメモし終えれば、高山はオーダーメイドであろう仕立ての良いスーツの内ポケットから財布を取り出し、中から5枚の1万円札を出して酒田へと渡す。
「小遣いだ。とっておけ」
ヤクザの若衆は基本的にカネ持ってない。特に部屋住みの若衆なら尚更。
奴等は基本的に綺麗、汚い問わず、自分の力でシノギを見付けてカネを稼ぎ出さないとならない。が、新人で雑用を担う部屋住みの若衆にシノギなんて無い。
だから、カネも無い。
それを知るからだろう。高山は僕と行動する間、カネが無いと言う恥をかかせぬ為にも小遣いとして5万円をやったのは……
そんな小遣いを受け取った酒田は大喜びで感謝。
まぁ、雲の上の存在から小遣い銭を渡されれば誰だって感謝するだろうけど。
「ありがとう御座います!!」
「それと、念の為にハジキも呑んどけ」
「解りました!」
その言葉を聞けば、僕はケースバイケースだが、酒田を殺さなければならない。そう、感じてしまう。
いや、実際問題……仕事終わった後に後ろから役目を果たした殺し屋を口封じにズドン! って、言うクソな依頼人は珍しくない。
まぁ、そんな事をしたら傭兵や殺し屋は寄り付かなくなって兵隊集めに苦労するから普通はしないんだけどね……それでも、端金惜しんでバカするのが人間。
因みに僕もヤられた事があったから、僕が死んだら殺人教唆の証拠を警察にぶちまけられる。って、脅したし、中にはそれでも殺そうとして来たから……ソイツの家族拉致って交渉。
大概は切り落とした指を送れば成功。流石に自分の息子や娘、愛した女房を見捨てられる程のクズじゃないらしい。
だが、時には平然と見捨てるクズも少なくない。
そう言う時は賠償金請求も"家族を帰してあげる事も諦めて始末"したら、クソ野郎の脳天に338ラプアマグナムを喰らわして強制終了。
残酷?
冷酷?
非情?
血も涙もない?
嘗めた真似をされない為にも時には惨たらしい事をしなくちゃならない。それが、裏社会で生きるって言う事なんだ。と、言うか報復は義務だよ?
ヤられたら、トコトンやり返す。
それが出来ないとイジメられっぱなしなのは世の常だよね?
酒田がハジキ……拳銃を取りに行ってる間、時雨は高山の方を見て問う。
「用が済んだら、僕を後ろから撃たせるんですか?」
「バカ。単に若い者の護身用だ」
「この街、治安が最悪ですからねぇ」
実際、路上でタタキ《強盗》を喰らったり、クルマで走ってたら銃撃を受けた身からすれば、この街の治安は最悪の一言に尽きる。そう言う、意味では拳銃を持ち歩かせるのは仕方ない。
いや、実際問題。法も警察も機能してない所だと、自分の身は自分で守るしか無い。
だから、拳銃やナイフとかの武器が必要になる。
「たまに平和は武器を棄てる事だって言うけど、実際の所はお互いの頭に銃を突き付け合いながらにこやかに話す事を平和って言うよね……内心で引き金を引かせるな。相手に頼むから撃つなよ? って、祈りながらさ」
「それは違うぞ。利益と損失を天秤に掛けて、殺した方が良いならさっさと殺す方が良いに決まってる。たまにテレビとかで主人公がクズを殺さずに生かしてたりするが、ウチみてぇにどっかの飯場に突っ込んで働かせる訳でもないなら、さっさと殺してゴミ処理場で焼いちまうのが一番だ」
流石、武闘派極道の若頭。恐い。
でもって、僕が殺されない理由の一つが解った気がした。
「僕も飯場に突っ込まれるクズですか?」
僕の言葉に「何を今更……」 と、言わんばかりの呆れ顔。まぁ、そんな事だとは思ってた。
と、言うか本人もそう言ってたし……しかし、東京の組の人間と兄弟分って言うのも地味に凄い。
何処で五分の兄弟盃を交わしたんだろ……僕の知る限り、基本的に関西の組織と関東の組織は滅茶苦茶仲が悪いのに。
考えてみたら、ここは僕の居た日本じゃないし、関東と関西の暴力団同士で抗争なんてしようもんなら即座に組は全部お取り潰し。逆に、共存共栄を図って相互利益を得る方が良いのは当たり前か……って、そう考えてると、酒田が戻って来た。
「すいません! お待たせしました!」
「じゃ、行ってきます。あ、帰りは三日後くらいを予定してます」
「ま、そんぐらいは掛かるわな」
いや、チンピラだけのギャングであっても1日で全員皆殺しなんて無理無理。
1日か2日使って、奴等の行動て言うかアジト周辺の動きを確認して、真夜中を待って夜襲しなきゃならない。
何せ、僕はひ弱な女の子だから、22人を相手に正面から立ち向かうなんて真似、ムーリムリカタツムリー。
物語の主人公でもなければ、ジョン・ウィックやゼロじゃあるまいし……僕は一般ピーポーなひ弱な女の子だから、正面から挑んで殺し合いなんて真似はしないし、出来ない。
"殺るなら一方的な殺し"だ。
反撃の暇なんて与えない。何が起きたのか? 理解させる間も無く只々、淡々と殺す。
それが一番安全な戦い方だ。
拳銃《GLOCK19X》と2本の弾倉《マガジン》。それにカランビットナイフを返して貰った時雨はそれ等を収めると、スマートフォンで時間を見る。
味気ないデジタルの数字は12時半を過ぎている事を示していた。
時雨は酒田の方を見る。
「昼飯食べた?」
「バタバタして食べる暇なんか無いですよ」
時雨が4人の内、2人を半殺し。2人を撃ち殺した事で客が逃げ出し、賭場はメチャクチャ。
その後始末に今まで奔走させられてたのだ。
昼飯を食べる暇など有る訳が無い。
「じゃ、取り敢えずお昼食べない? お腹空いちゃってんだよね」
「でしたら、この近くに上手い屋台が有りますから其処で食べましょう」
酒田の案内の元、僕は街中を歩く。
相も変わらず風体の悪い奴等ばっか。時たま、金持ってそうな優男や、その優男にはイロ《情婦》や娼婦。それにキャバ嬢とかも一緒に歩いてるのが見える。
人間、スリルや強烈なスリルと共に得た勝利と言うセックスよりも刺激的な感覚に弱い。だから、ギャンブルを辞める事は無いし、こうした危ない所に来たりする。
そんな街に住もうと思った僕も似たようなもんだ。
僕は5億稼いだ。5億円だ。
平均的な生涯年収の3億円より、2億円多い金額を一晩で稼いだ。つまり、普通に暮らすなら、僕は働かなくても良いだけのカネを持ってると言う事だ。
でも、僕は戸籍が無いとは言え、ホテルに泊まろうとはせずにアパートやマンションを借りてこの街に根を下ろそうとしてる。
ホームレス生活が嫌だから?
ホテルの高い宿泊費にウンザリしたから?
単に下宿として使う分には安かったから?
残りのカネを使って、表の世界で過ごせるから?
多分……どれも正解。で、どれも間違い。
人間だもの。矛盾した事をしたって、おかしくない。
そんな、非常にどーでも良い事を考えながら歩いてれば、炊けたご飯や肉に野菜等の良い香りが鼻腔を擽って来た。
「ここです。ここの炊き込みご飯は絶品で腹にも溜まります」
「なら、ここにしよう」
ここ最近はパン《バイン・ミー》や麺《フォー》ばかり食べてたから、ご飯、お米が食べたかった。
時雨は丁度良いと言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、人集りのある席から空いてる場所を探す。
「あ、あそこ空きました」
「じゃ、そこにしよ」
時雨が座ると、酒田は立ったまま粗悪なボロいテーブルからぶら下がるメニューを取り、時雨へと差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう。貴方も座ったら?」
「その前に飲み物を持ってきます」
「じゃ、お茶をお願い。種類は問わない」
「直ぐに持ってきます!」
哀しいかな、部屋住み若衆の習性。
組の、しかも、本家の若頭の客人である以上は粗相は出来ない。それ故、組事務所やカジノに居る時みたいに雑用を自分から進んでやってしまう。
そんな彼の後ろ姿を眺めると、腰に差した黒一色の拳銃もといGLOCK 19Xを手に取り、弾倉を抜いてスライドを引く。それから、抜いたばかりの弾倉を手に取って弾倉の後ろを見る。
弾は……17発と1発。ヨシ、全部ある。
弾倉と1発の9ミリパラベラムをテーブルに置けば、今度はGLOCK 19Xそのものを掴み、スライドリリースレバーを親指で押して後退したままのスライド戻して両手で地面に向けて構えた。
取り敢えず、照門《リアサイト》や照星《フロントサイト》に細工された痕跡は無し。
さて、撃針の方は……
スライドをグリップと一体化してるフレームから外し、テーブルにフレームを置き、手にしたスライドからリコイルスプリングが周りに巻き付くリコイルスプリングガイドを取り外す。それから、|銃身《バレル》を外せば、スライド後端のスライドカバープレートをスライドから外す。
スライドカバープレートを銃身《バレル》の脇に置き、スライドの後端をトントンとテーブルで叩けば、中からスプリングに覆われた撃針《ファイアリングピン》とエキストラクターがポロポロと出て来た。
そうした、部品を分解。そうして、細々とした部品をテーブルに並べて行けば、一つずつ手に取ってジッと真剣に見詰める。
一先ず、細工はされてない。と、判断して良さそうだけど……正直、不安。
さて、この怪しいGLOCKをどうするべきか?
一度、自分の手から離れ、他人の手に渡ったGLOCK 19Xに対して時雨は不安を感じていた。
感じていたからこそ、どうするべきか? 組み立てながら考える。
「お茶をお持ちしました」
細かく分解したGLOCK19Xを組み立て終えた頃、お茶の入った500ミリリットルのペットボトルと透明なプラスチックのコップを手にした酒田が戻って来た。
時雨はコップにお茶を注いでくれる酒田を見ると、GLOCK19Xを差し出し、告げる。
「君にあげるよ」
「はい?」
「その拳銃あげるから好きに使えば良い」
「はぁ……」
何か納得の行かない顔だ。
まぁ、前《犯罪に使われた前歴》が無いとは言え、4人をハジいた《撃ち殺した》拳銃。そんな曰く付きの代物、貰っても困るだけだ。
だけど、僕的には一度、他人の手に渡った拳銃を使い続ける真似は恐くて出来ない。正直言って、棄てたいくらい。
でも、そんな事をしてアホに拾われて余計な被害が出るくらいなら、ヤクザにタダでくれてやる方がマシ。と、言いたいけどやっぱり棄てよ……
「ゴメン、やっぱりあげるの無しで」
「良かったぁ……あげるって言われても困りますよ」
「そうだよね……後で海まで案内してくれる? コレ《GLOCK 19X》処分するからさ」
「解りました。あ、ガンショップの案内より先にします? それとも、ガンショップが先で?」
「ガンショップと家具屋を先にお願い」
「家具屋ですか?」
「此処に来たばっかで家具すら無いんだ」
「解りました」
「悪いね。じゃ、何か頼もう。僕が奢るよ」
メニューを手に取り、どんな料理を出してくれるのか? 眺めながら言う時雨に酒田は慌てる。
「客分の方から奢られるなんてそんな……」
断ろうとする酒田に時雨はメニューから顔を上げ、男勝りに告げる。
「気にすんな。基本、部屋住みの修行中の身の奴なんてスカンピンでしょ? なら、素直に奢られろ」
単なる親切心からか?
ヤクザになるアホさ加減への哀れみか?
僕は、何故か奢る気になった。
封筒の40万と種銭と勝った分合わせた50万が損害賠償金として没収されたとは言え、財布に10万と7千円は有るから屋台の飯の代金程度賄える。
僕はメニューにある黄鱔《ウォンスィン》田雞《ティアンズィ》煲仔飯《ボウイファン》……日本語に直すと、鰻と"蛙"載せ土鍋飯にする事にした。
進んで食べる気にはなれないけど、蛙って意外と美味いんだよね……食感が鶏肉に似ててさ。
「僕は決まった。この黄って文字が頭文字、途中に田んぼの田が入ってる奴ね」
「解りました。俺はいつものにします」
いつものが何か知らないけど、ガッツリ喰える系のヤツだろうなぁ……どうでも良いけど。
「じゃあ、注文して来ます」
「お願いね」
注文の為に酒田が席から居なくなり、再び一人になった時雨はコップに注がれたままのお茶を一口飲むと、空を見上げる。
こんな掃き溜めみたいな所でも、空は青いんだね……
呑気に空を眺めれば、ふと、口寂しく感じた。
お茶を飲んでも、口寂しさは消えない。
故に……
「注文して来ました。出来上がったら、屋台のオヤジが持って来てくれるみたいです」
「ねぇ、煙草持ってる?」
「どうぞ」
酒田からセブンスターを1本貰って咥え、彼に火を点して貰う。
「ふぅぅ……うーん、半年ぶりの煙草だからヤニクラ来るわぁ」
一口目を吸うと、甘ったるい煙の塊を口や鼻から吐き捨てた時雨は二口目を吸い、肺に毒の煙を満たし、ボヤく。
「煙草吸ってたんですか?」
「ストレスとさ、イキりで煙草吸ってたんよね……で、ダサく感じて禁煙してたんだけど、ここ最近のストレスがヤバ過ぎるから吸いたくなった」
最近のストレス……最後の仕事を果たそうとしたら、ネット小説よろしく異世界転移してしまった事に始まり、仕方無くカネを稼ぐ為に取り引きしたら舐め腐ったアホに裏切られ。
ちょっとしたビジネスを成功させて、大金を手に入れて順風満帆に行けるかと思ったら、路上強盗。で、その路上強盗を殺したら、報復されて最終的にヤクザの賭場を滅茶苦茶にしてしまい怒らせてしまった。
そして、路上強盗をキメるクソ共を殺したら、面倒事が待っているとなれば誰だってストレスフルに感じて煙草を吸いたくなる。
「スパァ……全く、世の中ままならないもんだよ」
「あの、時雨さんて殺し屋なんですよね?」
「殺し屋ァ? 冗談……あんな鉄砲玉と変わんない最底辺の仕事に付かされるシノギ出来ない役立たずと一緒にしないでくれるかな?」
不愉快そうに返す時雨に酒田は直ぐに謝ると、お願いを口にする。
「時雨さん、俺に銃の撃ち方を教えてくれませんか?」
「何でさ?」
「実は、俺……銃とか今日、人生で初めて触ったんですよ」
酒田の意外な一言に時雨は「あぁ、そう言う事ね」 って、納得すると手を出して「銃を見せて」 と、告げた。
「コレです」
「GLOCK 17を部屋住み若衆に渡すなんてカネ持ってるなぁ……」
基本、部屋住みの若衆に持たせる拳銃なんて無くなっても良い様に何処製かも解らない安物の東南アジア製の密造銃かトカレフやマカロフ。それにノーリンコって相場が決まってるもんだけど、此処の組はいつ逃げ出すか解らない部屋住みの若衆にアメリカならガンショップで500ドル。
日本の裏社会じゃ、数十万から百万は持ってかれる様な拳銃を平気で渡すなんて太っ腹。
でも、素人にGLOCKは戴けないなぁ……
「コレなら、スライド引いて引き金を引けば弾が出る」
基本、GLOCKにセイフティは無い。
引き金にここ押さないと引き金が引けないトリガーセイフティは有るけど、それだけ。
ちゃんとした、セイフティは無い。
まぁ、キチンと訓練を受けたプロにすれば安全装置が無くて暴発させたなんておマヌケ事案、早々あり得ないからセイフティなんて要らない。
でも、個人的に有る方が良いけどね。
「じゃ、スライド引いておきますよ……」
「あ、僕が良いって言うまでしまっといて。後、銃口を僕に向けたら警告無しで即効殺すから……そのつもりで」
淡々とした口調だ。が、あの時、2人を躊躇いもなく殺した様子を監視カメラ越しとは言え、間近で見ていた酒田は時雨の言葉に嘘が無い。
それ故、時雨の「殺す」 と、言う言葉の重みを嫌でも理解してしまう。
「わ、解りました」
「理解が速くて助かるよ」
ニッコリと笑うと、湯気の立つ熱々の土鍋を2つ、お盆に載せて持って来た屋台のオヤジがやって来た。
「オマタセシマシター、タマゴとヒキニクのゴハンのオキャクサマー?」
「此方だ」
「アツいからキョツケテネ。で、そっちのオジョーチャンがウナギとカエルネー」
オヤジの口からカエルと聞けば、自分の分に備え付けのタレを掛けていた酒田は思わず顔を上げ、時雨を見てしまう。
「か、蛙食うんすか?」
「意外と美味しいんだよ? あ、オジサン……会計、今済ませちゃって良い?」
驚く酒田を他所に咥え煙草の時雨は財布をポケットから取り出し、中から3枚の千円札……3000円を抜き取ってオヤジへと差し出す。
「マイドアリー、オツリモッテクルネー」
オヤジが去ると、時雨は空き缶の灰皿に吸いかけのセブンスターを突っ込み、土鍋の蓋を開ける。
「うーん、いい匂い」
「あ、食べる前にタレ掛けて蓋して蒸らすと美味しく食べれますよ」
その言葉を聞けば、時雨は酒田からタレの容器を受け取って、蛙の肉とぶつ切りの鰻にタレを掛けて蓋をする。
「どんぐらい待てば良いの?」
「1分くらいで味が染み込みますよ。お先に失礼します」
「うん、ゆっくり食べなよ。今、君を急かす奴は居ないからさ」
「いただきます」
酒田が箸を手にし、真ん中に載ってる卵の黄身を崩して挽き肉とご飯を混ぜ合わせると、時雨は「そろそろかな」 と呟いて箸を手に取る。
蓋を開けると、フワッと醤油や魚醤の混じったタレやご飯のいい香りが漂い、時雨の鼻腔を擽って来る。
「いただきます」
早速、箸で蛙の肉を頬張る。
蛙の淡白な味わいと炊きたてのご飯の仄かな甘さにタレがアクセントとなれば、時雨は「美味い」 と、唸って更にぶつ切りの鰻の部分を一口。
モグモグと咀嚼し、歯応えのあるカエルと柔らかな鰻のハーモーニーを楽しみ、更に食べて行く。そうして、時間が過ぎて土鍋を空になって行けば、満腹感と共に満足感に包まれる。
「あぁ、美味しかった」
「こんなゆっくり食べたの久し振りですよ」
「部屋住みなんて時間無いもんね。あ、煙草吸っても良いよ……食後の一服したいでしょ?」
「では、お言葉に甘えて……あ、吸います?」
「ありがとう」
咥え煙草の酒田から煙草を1本貰い、火を点して貰った時雨は堂に入った仕草で紫煙を燻らせると、ギャング共をどうやって皆殺しにするか? 考える。
アジトは掴んだ。
ボスは其処で寝泊まりしてる。付きの者は8人。アジトの見張りとしてパトロールしてるのは4人で、残りは夜は部屋で寝てる。
電源は持ち込んだ発々《発動発電機》……エンジン付きの発電機で確保してる。
先ずは、仕掛ける時間は真夜中。時間は……午前2時から3時の最も眠くなって、集中力が散漫する時。
武装はナイフとスタームルガー。つか、九鬼に殴り込み掛けようとした時の装備で良いか。
パトロールを始末した後、見張りを一人ずつ始末。その後、アジトに侵入したらザントマンかフレディ・クルーガーよろしく寝てる所を一人ずつ殺す。
この時、拳銃で撃ち殺す。
ナイフで刺し殺す? それじゃ、直ぐに死なない。
ナイフで首をザックリ殺っても人間て最短で45秒。最長で1分は生きてたりする。
その間、下手すると藻掻いて暴れられて大きな物音を立てられる可能性も否定出来ない。
だから、拳銃で頭を撃ち抜いて即死させる。
ほんの、コンマ零点何秒かで其処までプランを立てると、時雨は紫煙を吹かして食後の一服を味わうのであった。
後書き
いや、マジで感想下さい。何でもしますから(切実