<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32266] 第26話「勇敢なる蜉蝣」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/05 21:06
 人気のない港をフレイ・アルスターは無言のまま進んでいく。そんな少女の姿を、アーノルド・ノイマンはやはり無言のまま追う他なかった。
 アーノルドはこの少女のことを何も知らないでいる。ヘリオポリスで両親を亡くし、アーク・エンジェルにて軍に志願した。パイロットとして戦場に出るようになったアーノルドに代わり現在ではアーク・エンジェルの操舵手を務めている。アーノルドにとっては弟子にあたる部下である。
 ただそれだけのことだ。この少女が亡くしたというご両親の名前さえ知らないのである。
 フレイの足取りは港の倉庫群へと入り込んだ。倉庫と倉庫の間の狭い路地で、暗さも手伝ってフレイの速度が落ちる。声をかけやすい距離にまで近づくことができた。

「フレイ、君は自分のしたことがわかっているのか?」

 責めたいわけではない。極力声を落とし、あくまでも話しかけるように声をかける。
 フレイは立ち止まった。しかし振り向いてはくれない。

「アーノルドさんはアイリスのこと、ご存知だったんですか?」
「いや、よく似ていると考えていたが、まさかクローンだとまでは……」

 はっきりとクローンだと言われたわけではないが、同じ顔の人物がそうそういるものではないだろう。それも、単なるクローンでないことは、ゼフィランサス・ズール技術主任のことを鑑みればおもんぱかることもできる。
 それが一体どのような問題になるというのだろうか。たとえ出自がどうであれ、アイリス・インディアがフレイの友人であることに代わりはないように思えるのだが。

「友達だって思ってたのに、アイリスにとって私たちのことなんて現実でも何でもなくて、ただのお遊びだったってことじゃないっですか!」

 時折声がかれて聞こえるのは、泣いているのか、それともまだ涙をのどにつまらせているのだろうか。
 今のフレイはよくない傾向のように思えた。無理に敵を作り出そうとしているように思えてならない。しかし無理に言い聞かせたところで逆効果だろう。

「アーノルドさんは、人殺したこと、あります?」
「入隊して3年を超えたばかりになる。私が入隊した頃にはすでに戦争は膠着状態に突入していた。実戦らしい実戦は、アーク・エンジェルに配属されたからだ。生身で人を撃ったことはないが、スカイグラスパーで戦艦を撃沈したことがある。その時に恐らく」
「人殺す時って、どんな気持ちですか? きっと痛いだろうな、苦しいだろうな、なんて考えて撃ちます? そんなことないですよね……」

 フレイは一体どんな顔をしているのだろうか。背中を向けられたままでは察しようがない。どのようなことを考えているのかはなおさらだ。

「特に何も考えない。殺したいとも、殺したとも」
「アイリスだって同じじゃないですか? 私たちが戦争で怖くて、逃げ出してく手も逃げ出せなくて、苦しいのに……、自分だけ上から見てたってことじゃないですか」
「君も、軍に志願なんてしなくても……」
「そうすればパパやママが帰ってきてくれるんですか!?」

 振り向いた時、やはりフレイは泣いていた。涙は流れることなく瞳に貯まっている。

「フレイ。だからと言って……」

 どう言ってあげてよいものかわからない。わからないことはない。ただ、ご両親の悲しみに押しつぶされてしまうあまり、今度は友人まで失う愚をおかそうとしている、そう、言ってあげることは簡単だ。
 しかしフレイは言っていた。正論ばかり聞かされても悲しみは癒えない。それとも、悲しくないから正論が言えるのだと言いたかったのだろうか。

「フレイ、私は君に死んでもらいたくない。あなたがもう一度、誰かのことを考えてあげられるようになるまで、せめて私に守らせてもらえないだろうか?」




 遠く、遠く、銃声が鳴り響く。オーブ軍が突入したのだろう。プレア・レヴェリーがゼフィランサス・ズールに話しかけたのは大胆でありすぎた。プレアの目的はわからない。ただ、オーブに気取られることに無頓着のように思えた。
 ゼフィランサスは静かに座っていた。先程までプレアに膝枕をしていたベッドに腰掛けて、遠くの銃声が徐々に近づいてくる様子を聞いている。何をする必要もない。しようとしたところでできることもないのだ。
 タンカーは防衛には適していない。銃声が一方的に近づいてくることがそれを証明している。
 寝室の小さな扉。浸水を防ぐためかドアの縁が高く、扉と密着する構造をしている。船に特有、何となくそう思える扉は、それでも気体の進入を妨げることはできないでいる。白い霧が扉の隙間から室内へと漏れていた。オーブ軍が催涙ガスを使ったのだろう。まだ部屋の入り口付近に停留しているのに、すでにゼフィランサスはのどに痛みを感じ始めていた。咳が出る。
 荒々しい足音が聞こえて、扉が力任せに開かれた。途端に入り込む白い霧。その霧を突き破ってサブ・マシンガン、防弾チョッキにマスクを身につけた特殊部隊員が反応も許さない速さで飛び出してきた部隊員はゼフィランサスを抱き抱えると、口元に防毒マスクを手際よく押しつけた。

「目を閉じて息はここから吸え、ゼフィランサス」




 タンカーの格納庫に目標の物は寝かせられていた。18m。人から見れば大きいが、タンカーに比べたならば小さな巨人は、それでもその全身を眺めることは容易でない。カガリ・ユラ・アスハは格納庫の床で銃撃戦を行っていた。モビル・スーツはトレーラーの荷台の上に寝かせられている。ここからではせいぜい半身をうかがうことしかできないのだ。
 白い手足。それはカガリの知るガンダムとは一風変わっている。ガンダムはどちらかといえば四角い。ザフト軍の意匠は直線を好む。この機体はそのどちらでもない。曲線と直線を混ぜ合わせたような構造をしている。

(ザフトの特徴を持つガンダムということか……)

 YMF-X000Aドレッドノートガンダム。こいつにはニュートロン・ジャマーを無効化する装置が搭載されている。それがザフト以外の軍にわたった場合、勢力図を地形ごと書き換える必要に迫られる。
 思ったよりも敵の抵抗が激しい。銃撃から身を隠しながらタイミングをうかがい反撃する。その時に、バリケードから身を乗り出した時に見えた。プレア・レヴェリー--面識はないがこんなところにいる子どもは彼くらいなものだろう--がドレッドノートにかけられた梯子を昇っている。
 ドレッドノートを動かそうとしているのだろうか。
 そばの隊員が放った銃弾が金属製の梯子に火花を散らした。危うくプレアに当たるところだった。

「殺すなと言っただろう!」
「しかしこのままでは……」

 どちらにしろ外れた。プレアの姿はすでにここからでは見えない。
 聞けばプレアはドレッドノートの起動実験を行ったこともあると聞く。フット・ペダルに足が届かないなどという間抜けを期待することもできないことだろう。

「総員退避! 急げ!」

 作戦は事実上失敗である。カガリは檄を飛ばす。オーブ軍の精鋭たちはすぐさま動きを変えた。
 レドニル・キサマ。カガリはすぐそばの側近へと指示を出す。

「レドニル。軍にスクランブル要請だ! 最悪破壊してもかまわんと伝えておけ」

 この港から山一つ越えた先にはオロファト市がある。ここでなんとしてでも抑えなければならないのだから。




 オーブ軍の特殊部隊に連れ出された。形式的にはそういうことになる。しかしオーブ軍の隊員はゼフィランサスをカガリに引き渡すことなく、ある施設の屋上に降ろすにとどめた。

「もう外していいぞ、ゼフィー」

 言われた通り、ゼフィランサスは防毒マスクを両手で外す。あまりマスクをつけることに慣れていないため、息苦しさから解放された気分であった。口元を覆っていたぬめった空気が離れていった。

「ムウお兄さま……」

 隊員もまたマスクを外していた。背の高い金髪の男性。オーブ軍の特殊部隊員の格好をしているが、彼は間違いなくムウ・ラ・フラガであった。アフリカで撃墜されたふり--実際、乗機を墜落させられているそうだが--をしてラウ・ル・クルーゼに合流したと聞かされている。
 この人がいるということは、ラウお兄さまもいる。そして、あの人も来ているのだろう。ここオーブには、あまりに多くの人が集まり過ぎた。

「久しぶりだな、元気してたか?」
「はい……」

 ゼフィランサスは港を遠くに見渡す施設の屋上にいた。決して高い建造物ではない。3階立て程度のもので、ここからならタンカーの様子をはっきりと見ることができる。港の照明は大半が落とされ、タンカーの様子ははっきりとしない。
 ただ、月明かりを反射してわずかにタンカーのシルエットが浮き上がっていた。その中に、タンカーから突き出た不自然な人の影が浮かんでいる。

「あれが例の機体か?」
「はい……。ドレッドノートガンダム、核動力を搭載したザフトのガンダムです……」
「見事なもんだな。いくら素体を借りられたとは言え、よくもまあこんな短時間で開発できたもんだ。ユーリ・アマルフィ議員の決断は早かったようだな」
「急進派に転向されたそうです……。プラント最高評議会のパワー・バランスも変わってきています……」

 最愛の子息であったニコル・アマルフィを戦死という形で失い、やつれた様子であった。その行動は暴走と言っても差し支えなく、ゼフィランサスとプレアにニュートロン・ジャマーを無効化する装置を手渡し、そのデータを基にゼフィランサスはドレッドノートを形作る最後のピースをはめることができた。
 プレアがドレッドノートとともに消えたのはその直後のことである。
 ドレッドノートに動き出す様子はない。タンカーから立ち上がったまま、その姿を黒く塗りつぶされている。
 ムウはタンカーの方を見たまま笑っている。軽薄でも嘲笑でもない。どこか誕生日のプレゼントを開ける子どものように期待に満ちたまなざしで。

「上出来だ。まだ戦争はしてもらわないとな。俺たち風に言うなら、青き清浄なる世界のために」

 ブルー・コスモス。3輪の青薔薇をその紋章に掲げる人々はこの言葉を好んで使用する。
 ムウは屋上の床に座り込み、夜風が騒がしさを増した。サーチ・ライトを灯したヘリコプターが次々と港の上空に現れていた。タンカーを囲む一帯からは次々とライトが灯され、光は我先にと影の巨人へと殺到する。
 闇を丸くくり抜いた光の中に巨人の顔が浮かび上がる。
 顔を持つ機体である。デュアル・センサーに口を思わせる構造。額にはV字のブレード・アンテナを持つ。キラがまだテット・ナインと呼ばれていた時代に描いた巨人の顔。その特徴を、すべてのガンダムは併せ持っている。
 ガンダムの顔である。

「さて、核動力搭載機の性能とやらの高見の見物といくか」

 3人のお兄さまの中で、ムウは一番無邪気な笑い方を見せて、それでもその魂の色は変わらない。ドレッドノート、この程度の力ではまだ満足なんてしてくれないのは、3人とも変わらないのだから。




 花火がうちあがるまでまもなく。そんな時間帯になると喫茶店の客足はまばらになってしまうらしい。みんなそろって外に出てしまい、客席には空席が目立つようになっていた。
 アスラン・ザラが仲間たちと座っているのはそんな寂しい喫茶店の中であった。外が見えないわけではないのだが、窓は見上げることができるような作りにはなっておらずやはり花火を見るには適さない。アスランたちもまた花火が打ち上げられ始めたら外に出よう、そんなことを決めていた。
 少なくとも、今はまだ紅茶を堪能できる。ゼフィランサスが飲んでいたようなガム・シロップ漬けではなくストレート・ティーである。

「じゃあ、オーブはそんなに影響されなかったのか?」

 答えてくれるのはキラ・ヤマト--当人は公園での一件を終えるとすぐに戦艦に引き返してしまったが--を通じて知り合ったオーブの少年少女である。
 トール・ケーニヒが答えると、ミリアリア・ハウも続けてくれる。

「まあそう言うことかな。地熱発電とか波力発電とかそこらへんの発電がオーブじゃ活発だったからさ」
「でも、脱原発が進んだのって、ここ10年くらいの話だって聞いてるから、ぎりぎりだったのかも」

 エピメディウム・エコーがオーブ内部で親プラントよりの政権工作を始めた時期とほぼ一致するというわけだ。ただ、少なくともそれで救われた人がいた事実を、素直に喜んでおくことにする。

「地球じゃ、エイプリルフール・クライシスで大きな被害が出たって聞いてたけど、全部が全部そんなわけじゃないんだな」
「いや、オーブは平気だったけど、ユーラシア連邦とか赤道同盟はひどかったらしいよ。アスランたちの前でこんなこと言うのなんだけどさ、プラントってやっぱり、地球のことなんてこれっぽっちも考えてないんだなって思ったよ」
「核兵器を使わせないためだって言われても、血のバレンタイン事件はあったけど、実戦で使われたの、もう200年も前のことみたいだし」
「戦争でザフトが勝ってるなんて聞くと、やっぱり建前だったんだなって思うんだよな~」

 トールとミリアリアの話に入っていくことはなかなか難しい。ジャスミン・ジュリエッタは元々話の得意な方ではないし、アスラン自身、自分でふった話題とは言え心穏やかに聞いていていられるものでもなかった。
 モーガン・シュバリエ中佐。アスランが砂漠で出会った男性も、エイプリルフール・クライシスで家族を亡くした人であったから。
 外で音がした。トールが窓の方を向く。

「花火が始まったのかな?」

 だがまだ時間には早い。そして音の響き方に違和感があった。破裂音にはかわりないのだが、どこか遠く聞こえていた。花火はたしか見かけほど高くはあがらないはずなのだが。

「いや、何か様子がおかしい」

 窓の外に見える人の波も、何やら動揺しているように見えていた。
 無理にのぞき込んだ窓から見えた空には、燃える火の玉が降り注ぐ光景が映し出されていた。

「避けろ!」

 アスランと動揺に窓を覗いていたトールの肩を掴み、強引に後ろへと投げ飛ばす。同時にアスランもまたその場から飛び退いた。トールが床に背中から転がり、窓ガラスが砕け散る。落ちてきた火の塊がすぐそばの地面に落ちてその衝撃に窓が割れたのだ。
 窓の外からは悲鳴と、燃える火の影がくゆらせていた。
 倒れたトールに駆け寄ったミリアリアが不安げに声を上げた。

「何なのよ……、これ……」
「わからない。トールたちはここにいろ。俺は外の様子を確かめてくる!」

 落ちてきたのは何らかの機体の破片であるように見えた。事故だとすれば空中で爆発したということだろうが、撃墜されたと考えた方が火だるまであったことに合点が行く。

(こんな中立地帯で戦闘が行われているのか……?)

 それとも今更のことだろうか。アスランはラウ・ル・クルーゼ指揮の下、ヘリオポリスに侵攻しているのだから。
 喫茶店の扉に向かおうとした時、後ろからジャスミンの足音がした。

「私も行きます」

 特に返事はしなかった。ジャスミンもザフトだ。身の守り方を知っている。引き留める理由が見あたらなかった。
 扉を開けると、まず熱気が体を撫でた。店のすぐ先に落ちた破片はまだ火を放ち赤く燃えていた。エンジン、あるいはその周辺部分なのだろう。1人ではとても抱えきれない大きな塊が石造りの道路を砕いて燃え続けている。
 人々は騒然としていて悲鳴や慟哭は絶えることがない。どうやら破片は他の場所にも落ちたらしい。見渡す街並みには煙が立ち上り、明らかに周囲よりも明るい場所--何かが燃えている--があった。
 逃げまどう人々には、それでも一定の規則性があった。別に気取るほどの慧眼でもない。単に多くの人が見上げている方向が同じであるというだけのことだ。
 人々が見ている先、山を越えた向こう側が赤く空を染めていた。ちょうとヤラファス港があるあたりではないだろうか。

「アスランさん……、一体何が起きてるんでしょう……?」

 聞きたいのはアスランも同じだ。プラントから持ち出された機体が関係している可能性は蓋然性となるほど高い。だが、クルーゼ隊長からは何の指示もなければ、縄張り意識の強いカガリが情報をくれるとも考えにくい。
 山の向こうで何かが光った。それは光の矢となってヤラファス市を目指す。可視の光線。ビームであると判断したその時、アスランはジャスミンを覆い被さるようにしてかばう。
 町外れの公園に着弾したと推測されるビームは轟音を響かせ、その衝撃は街の窓を砕いた。




 アーク・エンジェル級強襲特装艦アーク・エンジェルの格納庫は、戦闘に巻き込まれる恐れが少ない中立国に停泊中ということもあり、静かなものであった。
 これまで2度撃墜され、現在はアーク・エンジェルの主力の一翼を担うという数奇な運命をたどるGAT-X102デュエルガンダムのすぐ脇で、整備士であるコジロー・マードックは簡単な書類整理を行っていた。つなぎ姿に、書類は壁に押しつけて書いているという豪快さは往年の整備士を思わせる。
 すぐ隣りでは18mものモビル・スーツが立っている。ハンガーに固定されているとは言え、一般人なら何らかの不安を感じても不思議ではない。しかし、今のコジローにとっての悩みは、現場肌の者らしく、形式だった書類の書き方に不慣れなことである。壁に書類を押しつけたまま、ペンを持つ右手は顎を撫でた。無精髭が刺々しい。こんなことをしてもいい書き方が浮かんでくるわけではない。
 これは苦戦しそうだ。そう考えていた時、横からコジローの名前を呼ぶ声がした。

「マードック主任」

 首を回すと、マリュー・ラミアス艦長がこちらへと歩いていた。艦の顔らしく、長い髪は手入れを怠った様子なく、化粧もしっかり決めている。どんなことにも厳しい艦長殿だと認識するコジローにとって、少々見られたくない場面である。慌てて書類を背中に隠した。

「お、おや、艦長、珍しいですね」

 失態を隠すことに手一杯で、敬礼を怠ってしまったことに、コジローは気づいていない。マリュー艦長はそのことを指摘しようとはしない。どこか疲れたように笑うだけである。

「ナタル小尉やゼフィランサス主任に任せきりだったから」

 格納庫に顔を見せたことがない艦長だと皮肉ったように受け止められたらしい。

「いや、そんなつもりで言ったんじゃないんですがね」

 つい手をかざして、否定の意志を伝えるために横に振る。すると、慌てて隠したため皺が寄った書類を見せつける格好になってしまった。やはり、慌てて後ろへ隠す。
 艦長殿は特に関心を示した様子はない。コジローの横、近すぎず、遠すぎない位置に立つと、デュエルを見上げた。

「艦長席に座って威張り散らしているだけでは、駄目だとわかってはいるつもり」

 そろそろ、コジローにも事が読めてきた。艦内の統制がきかず、締め付けようとすると反発ばかりが大きくなってしまう現状を悩んでいるのだろう。
 取りあえず書類を艦長から見えないと思われる位置へ放り投げておいてから、話に応じることにした。

「親しみある艦長になりたいってことですか?」

 押さえつけるのではなく皆が納得できる形でこの艦を動かしたい。その方がよいことはわかっていても、肝心の部下の姿をこれまでほとんど見てこなかったことを、マリュー艦長は悔いているらしい。
 デュエルから目を外して、マリュー艦長は眺めるように格納庫を見回した。艦長なりの努力が見て取れる。コジローも釣られて格納庫を眺めると、何やら似つかわしくない存在を見つけた。
 ノーマル・スーツ姿のキラ・ヤマト軍曹。こちらはまだいい。しかし、捕虜であるはずのコーディネーターの少年が走っていた。ディアッカ・エルスマンと聞いただろうか。何故か艦長殿が懲罰房からの外出を許可したようだが、この決定に関してはラミアス艦長の暴走のように思える。堅物が羽目を外そうとするとやりすぎる、このパターンだ。
 2人の少年はそれぞれガンダムに歩み寄ると、コクピット昇降用のロープのあぶみに足をかけ、モビル・スーツのコクピットへと消えていった。
 何事かと、コジローもラミアス艦長も呆然と眺めることしかできない。
 そうしているうちにヤマト軍曹の声で格納庫にガンダムの拡声器の音が響きわたる。

「これから出撃します。整備のみなさんは即座に道を開けてください」

 GAT-X105ストライクガンダムが片足を前に出した。GAT-X102デュエルガンダムもそれに続こうとする。たが、デュエルには捕虜が乗っていなかっただろうか。そんなことをコジローが呆然と考えているうちに、隣から穴から息が漏れでたようなおかしな呼吸音がコジローの耳には届いた。
 どうやら、マリュー艦長が目一杯息を吸い込んだことが原因らしい。
 マリュー艦長は歩きだしたストライクを追いかけながら大声で怒鳴る。
 モビル・スーツには人間の声の波長があらかじめ記憶されており、よほどのことがなければ拾い上げ、コクピット内に合成音声で出力される。そのため、怒鳴らなくても聞こえるはずだが、今のマリュー艦長にそんな説明を聞く余裕があるようには思えない。

「キラ・ヤマト軍曹! 中立国でモビル・スーツを動かして許されるわけがないしょう!!」

 コクピットを見上げることに意味があるとは思えないが、マリュー艦長の必死さは伝わってくる。

「艦長、男には多少のことに目を瞑ってでも戦わなければならない時があります。今がそうです」

 マリュー艦長の孤独な戦いは続く。

「何を訳のわからないことを!」

 走りながらまるで歩幅の違うストライクに追いつけるはずがない。それどころか、デュエルの引き起こす振動に足を取られて転んでしまったほどである。象に挑む蟻。何故だが、こんな言葉が、コジローには思い浮かんだ。
 ラミアス艦長は床に倒れたままの姿勢で、それでも声を張り上げ続けている。

「いいですか!? 私たち軍人は暴力装置にすぎません。しかし戦争とは理不尽であっても無秩序であってはならず、元来厳格な法規の下になければならないものです!」

 思えば、モビル・スーツが歩き回る音で相当うるさいはずのここでさえ、マリュー艦長の声は聞くことができるのは少々異常である。

「そこには確かなルールと規律があり、素人が考えているように無制限の暴力をふるうことができる場ではありません!!」

 よほど腹に据えかねているらしい。無理もないことである。中立国で武装したモビル・スーツを動かそうものなら、国際問題に発展する恐れがある。

「そもそもあなたはぁっ!!」

 おかしな音がした。声が突然途切れた。
 マリュー艦長は口を押さえ、その場で動かなくなってしまった。症状からして、原因はだいたい見当がつく。艦長は極度の興奮状態にあった上、あんなに大声で怒鳴っていれば呼吸も乱れる。酸素の吸いすぎで、血中の二酸化炭素が不足した状態。

「過呼吸だ。おい、誰か袋持ってこい! できれば穴の開いてる奴だ!」

 ただ何にしろ、何にしても全力を傾けるという艦長の姿勢は、良くも悪くもそう簡単には変わりそうにない。そんな時のことだ。ラミアス艦長を呼ぶ艦内放送がナタル・バジルール少尉の声でけたたましく鳴り響いた。




 GAT-X102デュエルガンダムもGAT-X207ブリッツガンダムも操縦方法に違いらしい違いは見受けられない。地球製のモビル・スーツはザフトとは基本設計が似ているようで異なる。少なくともディアッカにはZGMF-1017ジンをモデルに開発したものとは何故か思えずにいた。
 しかし何故だろうか。ブリッツに乗っていた時に比べ、拭いきれない違和感があった。コクピットの雰囲気が違うように思えるのだ。まるで何かが頭に語りかけてくるような。

(そんな訳ないか……)

 久しぶりのモビル・スーツに戸惑っているだけだろう。
 ディアッカは改めて操縦に集中する。視線入力--操縦といえるほどのものではないが--で壁にかけられていたライフルに手を伸ばすよう指示する。デュエルがライフルを掴みとり右腕に握る。ライフルのグリップと手のひらのアダプターが接続され、ライフルへのエネルギー接続と認識が終えたことがモニターに表示される。ビーム・ライフルはモビル・スーツ本体からのエネルギー供給を受けてビームを放つ仕組みであるため、接続が必要なのだ。
 デュエルはシールドも装備できるようだが、こんな重苦しいものを持ち運ぶことは躊躇われた。任務--こう呼ぶこともおこがましいが--によっては装備しないことっも視野に入れるべきだろう。
 ディアッカはモニターに移るストライクに目を向けてから問いかける。

「いいのか、捕虜にモビル・スーツの操縦なんてさせて?」
「今ここで操縦ができるのは君だけだからね。それに、逃げるようなら叩き斬る。それだけのことだから」

 ストライクは背中にバック・パックを装備していた。薄い水色の追加装甲に、巨大な剣。刃はないが、ビームの発振装置を持つビーム・サーベルだ。確かにこれほど巨大なビーム・サーベルならモビル・スーツなど簡単に両断してしまえることだろう。
 こいつは本当に10代なのだろうか。脅し文句などどこか熟練しているような気がしてならない。はったりにしては簡単に言ってのけた分だけ、ディアッカの裏切り--そもそも味方ではないためおかしな表現だが--を受け入れるだけの度量と自信が感じられた。
 ストライクと直接戦闘したことはないが、それはラッキーであったのかもしれない。

「地球のガキってのはお前みたいな奴ばかりなのか?」

 それならザフトの負けだ。70億と2500万。ただでさえザフトは300人分戦わなければならないというのに。

「いいや、僕は特殊な部類だと思うよ。実際、異常な生まれだからね。でもディアッカ、今回ばかりは君の力を借りたい」

 ストライクが歩き出す。宇宙でなら閉じていたはずの加圧室のハッチはすでに開いている。カタパルトを備える床がすでに見えていた。ストライクはそこから外に出ようとしている。ブリッツがそのすぐ後ろに続く。

「状況がまるでわからん。アイリスはどうしていない? 捕虜の俺に何をさせたい?」

 わざわざカタパルトで出撃するほどのことでもないらしい。ストライクが加圧室の先、直角にカタパルトと平行になるよう曲がると、そのまま歩いていく。デュエルも同じように突き当たりを直角に曲がらせると、すでに開いていたカタパルト・ハッチから外が見える。外は完全に夜だ。だが、デュエルの音声センサーは奇妙なほどの騒動を捉えていた。ただ事ではない。それこそ、戦闘が行われているほどの騒ぎが起きているようだ。
 キラは平然とした様子を崩さない。

「プラントから核の封印を解く装置が持ち出された。僕は核動力が搭載されたモビル・スーツと戦わなくちゃならない。君には、まだはっきりとはわからないけど、何が起こるかわからないから保険をかけておきたいんだ」

 危うく聞き流すところだったが、キラは今、核動力だとか言っていなかっただろうか。それが本当なら地球軍がいつでも核の封印を解くことができる状況にあるということになる。戦況は一気に動き出すことだろう。
 しかし、キラはあくまでも平然としている。ディアッカとしても状況を捉えかねていた。

「……助太刀でもさせるつもりか?」
「面白い冗談だね。でも残念ながら違うよ。だから何が起こるかわからないんだ。君には、状況によってはゼフィランサスを助けてもらいたいと考えてる」
「ゼフィランサス?」

 またこの名前だ。何度か聞いたが、一度も誰のことかのか教えてもらったことがないようにも思える。
 キラの言葉だ。

「アイリスの顔を思い浮かべて」

 青い瞳に桃色の髪を三つ編みにしていただろうか。ラクス・クラインによく似ていて、本人には言ってやれなかったが、プラントの歌姫と比べると確かに気品だとか気高さはないが、野に咲く花のような素朴な少女であったと思う。もっとも、これが誉め言葉になるのかわからないため面と向かって言うのだけはやめておこう。もう辛いものは食べたくない。
 キラが続ける言葉に合わせてイメージを修正していく。

「瞳を赤くして髪は白。腰を過ぎるくらい長くしてウェーブをかける。着ているものはフリルをふんだんに用いたドレスで、色は黒。アイリスをより可憐にして背中に花が見えてきそうな少女がゼフィランサスだよ」
「その言葉、アイリスには言うなよ。目潰しかけられるぞ」

 だが、与えられたイメージにピンとくるものがある。あれはディアッカがまだブリッツに搭乗していた時の話だ。アルテミスを襲撃した際のターゲットが、まさにそれであった。少なくともあれほど目立つ容姿の少女はほかにはいない。

「ゼフィランサスはアルテミスで一度見たな。お前の女か?」
「だといいんだけど、今少し距離を置かれてるんだ。それで、協力してくれるかい?」
「どうせ暇だしな。ただし、ザフトとはやらねえぞ。それだけは覚えておけ」
「それでも十分だ」

 さすがに裏切り者にまでなってやる義理はない。
 ストライクは開かれたままのハッチから飛び出した。デュエルもまたすぐ後に続く。
 夜の光景のはずだった。ところが、開けた視界は明るい。眩しいほどだ。場所は港。この戦艦は船と同じように接岸している。眼下には海が広がり、そこにさえ輝きが照り返している。
 港が燃えているのだ。炎が光を放ち、海にさえ照り返していた。まさに戦場そのものだ。燃えさかる炎、これだけ明るいというのに炎に妨害されてかえって視界が悪い。
 そのせいだ。炎の中、浮かび上がるモビル・スーツのシルエットが不鮮明ではっきりと見通すことができないでいた。




「アイリス、ここは危険です」

 姉の声も、ラクス・クラインの超えもアイリス・インディアには届いてはいなかった。少なくとも、言葉の意味を反芻するほどの余裕は、今のアイリスには存在していない。
 火が照らし、煙が立ち上る。砕かれた地面は不格好な隆起を見せてアイリスをまっすぐに立たせてはくれなかった。そして、見上げた空では戦闘が行われている。いつ流れ弾が落ちてもおかしくない。実際、オロファト市の方へ落ちていった弾を見た。
 危険。危ない。死ぬかもしれない。言葉をただの文字の羅列として受け止め、それでも実感も感慨も何もわいてこない。

「アイリス」

 同じような戦場の片隅に立っていながら、それでも微笑みを絶やさないラクスは再度声をかけてくれる。

「こうしていれば、少しはフレイさんの気持ちがわかるかもしれないじゃないですか。私、怖くないんです。戦うことも、人を殺すことも。だから、フレイさんのこと、わかってあげられない!」

 ヘリオポリスで戦闘に巻き込まれた時もそうだった。周りのみんなが慌てて、怖がっていても、アイリスはどこか平静で冷静に事態を把握しようとしてしまった。フレイが両親を亡くした時も、トールやミリアリアがアーク・エンジェルを離れたいという心境もわかってはいても理解なんてしてなかった。
 怖くなんてないから、悲しくなんてなかったから。
 爆発音が聞こえる。上空で撃墜された機体が破片をまき散らしながら墜落していった。
 ラクスがそっと差し出した両手は、アイリスの頬を支えて顔が向き合う形になる。同じ髪の色をして同じ瞳の色をして同じ顔をしている。鏡を見ているかのような錯覚は、体を必要以上に強ばらせた。

「それでこそヴァーリなのです、アイリス。私たちはお父様の先兵。世界はすべて夢現。お父様のお言葉、お望みのみが現であって、それ以外は胡蝶の夢。現実である必要もなく、夢でさえかまわない」

 ラクスの言葉は何一つ間違っていない。カルミア・キロに言われた通り、ヴァーリの中には、お父様のお言葉が根付いている。心の奥底に無条件でお父様のお考え、お言葉を肯定しようとする意識が働いている。
 アイリスのようなフリークでさえ、お父様への忠誠は機能している。砂漠で命を落としたカルミア、Kのヴァーリの言葉は嘘偽りのない真実。

「でも……、私そんな生き方なんてできません……」

 同じ第3研の姉は優しく、微笑んでくれる。そうだ。昔からそうだった。ラクス・クラインは、かつてガーベラ・ゴルフと呼ばれていた頃から優しくてアイリスに微笑みかけてくれた。

「花に生まれた者はどれほど空に憧れようと飛ぶこと叶いません。鳥と並ぶことも許されません。ヴァーリとはそんなもの。ヴァーリであるということはそう言うこと。それがヴァーリなのです、アイリス」

 ただその優しさは、どんな時でも変わらない。異常な日常の中でも、破壊の音轟く戦場でも。ラクス・クラインは、いつでもラクス・クラインであった。

「スカンジナビア王国の神話に語られる2柱の神。復讐のためだけに生み出され、復讐のために血を分けた兄弟の腹を裂く。復讐のために生み出された従者。それが、ヴァーリなのですから」

 血煙香る戦場の中、ラクスはアイリスの頬を掴んで離さない。青い瞳は、いつまでも向き合っていた。

「ラクスお姉ちゃん、教えて……。私たちのお父様は、何をしたいの?」
「変えたいのです。この世界を、本来あるべき姿に。誰もが平等に生まれ、評価され、平和な時を過ごす。そのような世界を希求されているのです」




「パンドラの箱。このお話をご存じでしょうか?」

 彼は語る。
 ここはどこだろうか。炎が燃えさかり、人々の悲愴が連なり綾なし被せられていた。人の姿をした、しかし巨大で、角を持つ怪物が我が者顔で暴れ回り人々を蹂躙していく。
 意地の悪い手がかりを差し上げよう。地獄ではない。これで、人は最も明瞭な解答を失ってしまう。そう、地獄ではないのだ。地獄のようでありながら、しかし地獄ではない、地獄のようなどこか。
 ダンテ・アルギエーリが語った地獄のように攻め立てる悪鬼が煮えたぎる沼地に亡者を追い込むものではない。あくまでも現実の、現世の光景に他ならない。
 ここはヤラファス港。地獄ならぬ地獄の現場である。

「あるところに女がいました」

 彼が物語を語り出すと、途端に風が強くなる。単なる偶然である。しかし、この男からはそれにどこか必然性を感じさせる超越的な威厳をまとう。

「神によって、類まれな美貌と、着飾る衣装と、優れた英知と、あらゆるものを授けられた女は、その通り、すべてを与えられた女、パンドラと名付けられました」

 夜闇に隠れて彼の姿は見えない。しかしそれでよい。かの全知全能なる神はその姿のあまりのまばゆさに人の身で見ること叶わず、その輝く姿を隠して現れると伝えられる。

「そして、神々は最後に決して開けてはならない箱をパンドラに手渡しました。この箱さえ開けなければ、皆が幸せでいられると言いおいて。それは神々からの悪意ある贈り物。誘惑に負けたパンドラがつい箱を開くと、箱に封じられていた災いが世界へと飛び散りました」

 子どもでも知っている神語りのお話である。パンドラが開いた箱の中にはありとあらゆる災厄が封じ込められてた。諍い、争い、疫病、疾病、飢餓、邪知、憤り。それこそありとあらゆる災いが世界へと解き放たれた。
 この物語、特に最後のくだりはことに有名である。

「それでも、悔いたパンドラが急いで箱を閉めたことで、箱の中には希望が残されました、お父様」

 彼に代わり、彼の愛娘が物語を締めくくる。
 彼は静かに笑い、娘を髪を撫でた。

「災いで充ちたその箱に、何故、希望など場違いな存在が入れられていたでしょう?」

 それは災いが封じられた箱ではなかったのか。何故災いの箱の中に希望など入れられていたのだろうか。人に災いをもたらした神の悔恨か悪戯か。
 何のことはない。彼は軽やかで流麗な言葉で物語の真実を語り出す。

「残されたのは希望ではありません。我先に箱から飛び出した災いは所詮小物でしかなかったのです。身が軽く、パンドラが箱を開けたとたんに飛び出しました。ところが、パンドラは慌てて箱を締めてしまいました。するとどうでしょう。最も大きく、最も重い体を持つ災いが逃げ遅れてしまったのです」

 それは最も恐ろしく、解き放たれれば世界を滅亡させてしまいかねない。そんな巨大な災いは、しかしその大きさ故、逃げ遅れ箱の中に閉じこめられてしまった。どれほどの災いが解き放たれようと、最大の災いだけは封じ込めることができた。
 それが、せめてもの希望である。そう、箱の中には希望が残された。災いにさらされた人類の、せめてもの慰めとして、人々はか細い希望を得たのである。
 パンドラの箱。それはすべての災いを封じ込めた箱。

「人は箱を開けてしまう。解き放たれた災いを再び箱に封じ込めることなど不可能なことなのです」

 産業革命以後、発展した科学技術は多数の公害、大量生産された兵器が過酷な戦争を生みだした。それでもなお、人は科学技術を捨て去ることはできない。技術は眠らせることはできても殺すことはできない。
 第2のプロメテウスの火と呼ばれた原子力の灯火は3つの都市を焼き、4つの発電施設を巨大な環境兵器と化してさえなお、人は捨て去ることができない。
 一度開かれた箱に災いを戻すことはできないのである。できることは、せいぜい最悪の事態を防ぐ程度のこと。かつてパンドラが失意と悔恨の中、それでも最悪の災いを箱のうちに封じたように。

「私は私と戦わなければなりません。それが、私がエインセル・ハンターと名乗る理由なのですから」


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.033431053161621