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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第48話「魔王の世界」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/08 22:08
 ヤキン・ドゥーエの事実上の陥落。それが意味することなどすでに何もなかった。クライン派は軍事拠点としての機能をジェネシスとその周辺の艦船に移していた。地球軍としたところでこの岩石の塊とも言える要塞を砕く余力など残されていない。
 ザフト軍最後の宇宙要塞。プラント守りの要。そんな肩書き空しく、ヤキン・ドゥーエは残骸の海に漂っていた。その内部では照明さえ半分が死に絶えた暗い通路をまばらな人影があるばかりであった。誰しも気力をなくしたようにすれ違い、これが最前線の要塞とは思えないほどである。
 通路を1人の女性が進む。国防委員の証である紫の制服を羽織り、その短く切り揃えられた前髪から覗く眼差しはかつてパトリック・ザラの右腕と恐れられた。しかしそれも昔の話である。パトリック・ザラが謀殺されたことに加え、溺愛していた息子が戦闘によって行方不明となったことが女性の顔から、エザリア・ジュールから覇気を奪い去っていた。
 そこには急進派筆頭を影から支えた女傑の面影はない。気落ちした様子で、かつて急進派が合議に使用していた部屋の扉を開いた。これまでは左右に近衛兵とも言うべき憲兵が立っていたが今はいない。ザラ派の凋落ぶりを象徴しているかのようであった。
 円卓の置かれた、誰もいないはずの部屋。しかしそこに人影を見た時、エザリアは素直に声をうわずらせた。相手はエザリアと同じプラント最高評議会議員、ユーリ・アマルフィであった。

「アマルフィ議員、こちらにいらっしゃったのですか?」
「どうぞこちらへ、ジュール議員。今日はよき日だ」
「何を言っておられるのですか……?」

 アマルフィ議員は椅子についていた。その手には小さなボトルが握られ、酔った様子である。子息を亡くされて以来、酒浸りの生活を送られていたと聞かされていた。事実、エザリアの目にはプレア・ニコルの開発者はずいぶんとやせ衰えているように思われた。
 エザリアが歩み寄ると酒の臭いは鼻についた。

「あなたにとってもこの事態、喜ぶべきことではないはず」

 途端に鋭さを増したアマルフィ議員に睨みつけられ、エザリア議員はつい身じろぎさえしてしまう。

「だから私は再三忠告しました。核の封印、解くことまかりならぬと。わかっていて突き進んだ道ではありませんか。それを今更わからぬと逃げ、知らぬと嘯いたところで結末は変わりますまい。妻、いえ、妻だった女性には手ひどくなじられました。なぜ核の封印を解かなかったのですか。解いたならナチュラルを根絶やしにして、ニコルは死ぬことがなかった。そう、私を責めた」

 ではこれは祝杯か。ユーリ議員はボトルからアルコール臭のきつい液体を喉に流し込む。

「私は今の状況が喜ばしくさえある。私は常々考えていました。核の封印を解けば際限なく戦火は拡大するであろうと。この現状は私が正しかったことを証明してくれている。この事実に、私は慰められる」

 地球軍が核ミサイルを飛ばし、ザフトのジェネシスは地球を滅ぼさんと狙っている。まさにアマルフィ議員の危惧した通りの結果となった。しかしそれが子息を亡くしてまで望んだ成果ではないだろう。議員は、乾いた笑いを漏らした。自棄か狂気か、その態度は常軌を逸していた。
 エザリア議員はすべてをなくした男の悲哀をただ眺めていることしかできなかった。
 扉が開く音。これはエザリア議員にとって助け船であったのかもしれない。視線を逃がすように扉を見た時、エザリア議員はわかりやすく瞳を大きくした。ザフト軍の赤いノーマル・スーツを身につけた少年兵がそこには立っていた。

「お久しぶりです、母上」
「イザーク! どうしてここに?」

 この世界においてエザリアを唯一母と呼ぶ一人息子がそこにはいた。ボアズにおける戦闘にて行方知れずとなった息子、イザーク・ジュールはその後ろにドレスの淑女を連れていた。以前、評議会に顔を見せたことがある少女だ。ゼフィランサス・ズールである。
 思わぬ再会に浮き足立つ母に対して息子の反応は冷淡なものであった。

「イザーク……」
「ここにはあなたと旧交を温めるために参ったのではありません。ユーリ・アマルフィ議員はおられますか?」
「私だ」

 立ち上がるアマルフィ議員の足は目に見えてふらついていた。ゼフィランサス・ズールはアマルフィ議員の前にまで歩み出ると、しおらしく頭を下げた。

「お久しぶりです、アマルフィ議員……」
「君は大西洋連邦軍のスパイだったようだが、はじめからプレア・ニコルを?」
「はい……。私が学会で核動力搭載型のモビル・スーツのプランを発表したのはそのためでした……。パトリック・ザラ議長はフラグ・シップ機を欲しがっている……。だから核動力搭載機のことを知れば必ず食いついてくるだろうからとお兄さまたちが……。私の手元には、プレア・ニコルのデータが届きました……」

 そのデータを届けたのは他ならぬアマルフィ議員であった。怒りのほどを察するは容易であった。アルコールの入ったボトルが投げ捨てられ甲高い音とともに砕け散る。アマルフィ議員の見せた瞳の色は尋常ではなく見えていた。怒りに我を忘れ拡散しきった瞳孔が異常なほど光を照り返し、議員の腕は高く振り上げられた。人形のような少女を叩くにはあまりの力の込めように、エザリア自身つい身を引いたほどだ。しかしその手はゼフィランサス主任を叩くことなく、他ならぬエザリアの息子によってとめられていた。

「議員。こんな小娘1人殴って朝食がうまくなる訳でもありますまい」
「君に何がわかる!?」
「子を失った悲しみは無理な話でしょう。では、仲間を失った悲しみであれば如何か?」
「ではなぜ君が私を止める? 彼女は敵の人間だろう」

 イザークはすぐには返事をしようとはしなかった。しかしその目はしっかりとアマルフィ議員を見据えている。

「嫌になったからです。敵とひとくくりにとらえ、ただ打ち倒すべき存在としてしか捉えないことが。恥を忍んでお話する。我が隊から裏切り者が出ました。なぜか? 私が無能な将であったからです。杓子定規に部下たちのことを捉え、彼らがプラントから離れた時でさえその理由がわからず苦悩させられた! それはすべて、私がジュール家の子息であり、プラントの体制側にありすぎたからの他ならない! 外のことも、足下のことさえも見えていなかった。見えていないことにさえ、気づいてはいなかった! 議員、私にあなたの悲しみがわかるとするのは傲慢でしょう。しかし、あなただけが苦しんでいるわけではない!」

 イザークの言葉にはエザリアとて息を詰まらせた。昔からイザークは母が止めるも聞かず家を飛び出すほど勝ち気な子どもであったが、これほど力強い言葉を投げかけたことなどなかった。アマルフィ議員とて、すでに腕から力は抜けているようだった。
 議員の顔から怒りが消え失せた時、そこには家族を失い憔悴しきった男の顔しか残されてはいなかった。アマルフィ議員は力なく椅子へと座り込んだ。
 エザリアがゼフィランサス主任に抱いていた印象は人形である。その姿もさることながら、無表情な子だと考えていた。そんな子どもが涙を流していた。涙ながらに頭を下げていた。

「ごめんなさい……」
「プレア・ニコル……」

 アマルフィ議員がつぶやいた装置の名。ニュートロン・ジャマーを無効化する装置の名称は、2人の人名を繋げたものだと聞いたことがあった。1人はユーリ・アマルフィ議員の息子であるニコル・アマルフィ。プレアの名前は、知らない。

「この名前は、私とあなたの悲しみを繋げた名前でしたね……」

 エザリアの預かり知らぬところのお話なのだろう。語るアマルフィ議員の顔は、不思議と微笑んでおられるように思えた。国防委員の中で唯一穏健派として非戦を訴え続けていたかつての面影が思い起こされた。

「ゼフィランサス主任。用件をうかがいましょう」
「ジェネシスを破壊します……。そのための方法を、教えてください……」
「馬鹿な! あれはザフト軍最後の切り札……」

 たとえ地球を滅ぼすことになったとしても。こんな意見はとうに場違いらしい。イザークはその手でエザリアを力強く制止する。

「ご不満なら地上に残されたザフト兵を救うためでは如何か?」

 話はすでに2人の技術者の間で進められていた。円卓に備え付けのモニターにはジェネシスらしき画像。しかしデータは揃っていないのだろう。断面図の示す内容はひどく単純なものしかなかった。これではまるでわからないはずなのだが、アマルフィ議員はモニターに次々と何かを書き込んでいく。その議員の後ろから、エザリアを含めた3人はモニターをのぞき込んでいた。

「これほどの規模だ。制御にはニュートロン・ジャマーも使用されているはずだ。元々あれは核分裂制御のために開発されたものだからね。仮に分裂が臨界を突破した際、分裂を抑制するよう機能するように設定されている。この大きさなら原子炉を爆発させた方が手っ取り早いが……」
「ニュートロン・ジャマーを破壊すればよいということですか、議員?」
「いや、ニュートロン・ジャマーを破壊しても制御棒がある。装置の緊急停止装置が働く可能性も否定しきれない。だから反対の手でいこう」

 モニターにはいつの間にやらジェネシス内部の構造が描き出されている。想像ではあるのだろうが、デッサンは詳細でそれが正確な見取り図であると思わせる説得力があった。アマルフィ議員が示す炉につながる構造物。いくつもの棒を束ねたような形をしている。

「まず制御棒を破壊する。その後で炉心を暴走させるよう操作する。後は、ニュートロン・ジャマーを破壊するのではなくてプレア・ニコルを炉心近くに置けばいい。これならニュートロン・ジャマーが破壊された場合の緊急装置をだましたままニュートロン・ジャマーを無効にできる! あれほど大規模な装置だ。おそらく制御棒の管理機構は一つではないだろう。私の予想では三つ。このすべてを破壊した上でプレア・ニコルをジェネシス中心に置く。それしかない。問題は、どうやってプレア・ニコルを運び込むかだが……」

 なぜかイザークは苦笑したような顔を見せながらゼフィランサスのことを見た。

「それについては問題ないでしょう。私のジャスティスガンダムにはプレア・ニコルが搭載されています」
「それは知っているが、ジャスティスはボアズで……。なるほど、君が私に求めたのは確認でしたか」

 やはり微笑むアマルフィ議員。見ているのはゼフィランサスの顔である。ゼフィランサスもまた何もかもわかっているといった顔をして頭を下げた。状況を飲み込めないエザリアを残して。

「アマルフィ議員……、ありがとうございます……」
「お礼は私が言うべきでしょう。あなたはかつての願いを思い起こさせてくれました。願わくは、ニコルとプレア君がお守りくださることを」

 モニターから外される記憶媒体。差し出すアマルフィ議員の手をとるゼフィランサスの姿は握手を交わしているかのように、2人を繋いでいた。




 C.E.61.2.14、ユニウス・セブン。
 とある研究施設は崩壊を始めていた。人々が憩いの場として使っていた吹き抜けの広間は瓦礫に覆われ、巨大な人型兵器が半壊した状態で放置されていた。床は瓦礫に満たされすでにかつての面影は残されていない。
 この破壊された空間に、その2人はぶら下がっていた。
 剥離した壁から投げ出されたヒメノカリス・ホテルを、エインセル・ハンターがつり下げていた。エインセル自身、むき出しの鉄筋に手を血みどろにしながらぶら下がっている状況であった。
 ヒメノカリスは楽しげに微笑みながら記憶媒体を掴む手から力を緩めた。吹き抜けの空間をコロニーの擬似重力に引かれて記憶媒体が落された。固い瓦礫に落下し砕け散る音がする。

「残念。あなたたちの欲しかったもの、粉々になっちゃった」

 次はヒメノカリスの番。取り戻したかったはずの記憶媒体がない以上、エインセルがこの小さな少女を支えている理由はどこにもなかった。片腕で自分とヒメノカリス2人分の体重を支え続ける必要がないどころか危険でさえある。
 さて、いつ落とされるのか。エインセルの顔を見ようと見上げたヒメノカリスの目には、微笑む男の姿が映った。

「ええ。ですが私は誓いとあなたを守ることができました」




 ブルー・コスモスがテロに使用した艦船に連れて行かれたヒメノカリスを出迎えたのは1人の女だった。眼鏡をかけて落ち着かない様子でエインセルに抱きついた。メリオル・ピスティス--名前は後で聞いた--はエインセルにさんざん抱きついて、ヒメノカリスに気づいたのはずいぶん後のことだ。
 よく状況がわからないという風にヒメノカリスのことを眺めていた。頼るようにエインセルの方を向いたことで、当時のヒメノカリスはメリオルがそれだけエインセルに依存していることがわかった。エインセルはメリオルを抱き留めていた。

「メリオル、この子を私たちの子どもにしませんか?」
「でもエインセル、この子……」

 メリオルの手がヒメノカリスへと伸びる。頬に触れようとした手を、ヒメノカリスははたいた。

「触らないで、おばさん」
「今の聞いた?」

 メリオルは戸惑ったように怒ったように目を見開いて、やはりエインセルの顔色をうかがっている。

「今のはいけません。この人はお母さんです、ヒメノカリス」

 子ども心に、どこかツッコミどころが違うと考えた。




 エインセル・ハンターを父と認める理由なんてなかった。
 アズラエルの屋敷は豪華で、長いテーブルのすぐ横で使用人が肉を切り分けてくれた。そんな時、ヒメノカリスは発作的に行動を起こした。使用人からナイフを取り上げテーブルへと飛び乗った。使用人やメリオルたちが驚いて何もできない中、エインセルだけが平然と向かってくるヒメノカリスを眺めていた。

「あんたは、お父様なんかじゃない!」

 首を狙ったつもりだった。力任せにナイフを振り落とした手は掴み取られた。そうわかったのは少ししてからのこと。テーブルの上に横たわる自分の体。ナイフはすでに手にはなかった。技を返されたのだろう。
 エインセルはナイフを何事もなかったようにテーブルの隅に置いた。

「テーブルに上がってはいけません、ヒメノカリス」
「そ、それ以前の問題よ!」

 メリオル--思えば昔のメリオルはもっとうるさかった--が上擦った声で叫んでいるのを聞いた。やはりヒメノカリスはエインセルの感性はずれていると感じていた。




 鏡の前の自分の姿はこれまでに見たこともない格好をしていた。フリルやレースをふんだんに用いた白いドレスがヒメノカリスを包んでいた。

「ゼフィランサスと同じ格好……」

 同じように屋敷に連れてこられていたゼフィランサスも同じデザインのドレスを着ていた。ただし、あちらは黒。ゼフィランサスの白い肌と赤い瞳のコントラストが鮮やかでよく似合っていた。

「ええ、私の趣味です。あと少し髪を伸ばしてウェーブをかけませんか?」
「変態……」

 連れてきた少女に好きな服を着せる男はこれ以外の何者でもない。エインセルは特に気にした様子もなくて、手櫛でヒメノカリスの髪を整えていた。こんなに綺麗な格好、これまでにしたことがなかった。

「よくお似合いです、ヒメノカリス。今日はあなたの誕生日です。何かお祝いをしなければなりません」
「誕生日……」

 これまでの5回の誕生日は、ロール・アウトされた日付以外の意味なんてなかった。




 発作的にエインセルを襲うことはやめなかった、やめられなかった。
 赤い絨毯の上に血が滴る。ヒメノカリスの手に握られたナイフから滴となったこぼれ落ちたものだ。ただ立ち尽くしたまま、ヒメノカリスの目に映るものは血を流して倒れる男とその男を涙ながらに抱きしめる女。

「エインセル……、エインセルぅ……!」

 男は胸から血を流していた。女は服が血で汚れることもかまわず意識のない男を抱きしめていた。
 倒れているのはエインセル。刺したのはヒメノカリス。
 何でもない、まるで日課のような出来事のはずだった。ヒメノカリスがエインセルを襲い、エインセルはそれを軽くかわす。そんな幾度となく繰り返してきた当たり前の光景。いつしか、かわされることに慣れてしまったのだろうか。ヒメノカリス自身、当たるなんて考えてもいなかった。
 きっとだからだろう。どうしていいのかわからない。かわされると思っていた攻撃は、しかし何の偶然かエインセルの手をすり抜けたナイフは肉の感触と血の温もりをヒメノカリスに届けた。
 エインセル・ハンターが倒れている。そのことに、ヒメノカリスはどうしていいかわからず呆然と立ち尽くすばかりであった。勝利の喜びはなぜかわいてこない。意味の分からない焦りが、ヒメノカリスの手からナイフを取り落とさせた。
 この金属音に気づいたようにメリオルが顔を上げた。これまでに見たこともないような怒りの形相にもヒメノカリスは動じることができなかった。ただ血の海に横たわるエインセルのことを眺め続けていた。

「あなたなんて! あなたなんてぇ!」

 わずかに手が動いた。ヒメノカリスは目を離さない視線で見逃さず、メリオルは体を揺らす振動で感じたのだろう。エインセルが動いて、メリオルはすぐに視線を愛しい夫に戻した。

「エインセル!」

 涼しい顔をしていた。おびただしい発汗は激痛に襲われていることを表しているくせに。それなのに涼しい顔をしていた。

「心臓は外れています」

 それでも胸からはおびただしい血が流れ、左腕は白いシャツが真っ赤に染まっていた。だから当然のように、エインセルは右手を差し出した。この人が血塗れの手を女性に差し出すはずなんてないから。

「ヒメノカリス、こちらへ」

 逃げ出したくなるような気持ち。涙を抑えられない心地。罰せられるのが怖い。それなら逃げ出してしまえばいい。相手は血を流して倒れている。でも、それはできなかった。ヒメノカリスの幼い心は恐怖に素直な反応を見せた。
 エインセルの差し出した手を飛びつくように掴んだ。涙さえ見せて。殺傷者にまるで似つかわしくない。まるで父にすがる子のように。刺したいから刺した。そのことに何も間違いなんてない。それにも関わらず押し寄せる焦燥は、恐怖にも近かった。ヒメノカリスは怯えたように、エインセルの手を離すことができなかった。
 この不可思議な恐れの感情に、エインセルはそっと触れてきた。

「あなたは怖いのですね、突然現れ父に名乗りを上げた男のことが。父に愛されず愛に飢えていた。愛され方を知らず、この小さな手のひらに転がり込んだ愛情を受け止める方法を知らないのです。怖いのでしょう。いつ捨てられてしまうかわからない恐怖に耐え続けるより、いっそのこと捨てられてしまいたい。そう、あなたの心は怯えているのです」

 そうして父を名乗る男はヒメノカリスに微笑みを与え続けた。

「根比べと参りましょう。存分に私を試しなさい。それでも私はあなたを愛し続けるでしょう。あなたの疑惑と憎しみが尽きるまで。そして、尽きてからも」
「お父……、様」

 この時初めて、あの男以外の人を父と呼んだ。




「お父様は私を愛してくれた。だから、私はお父様のために戦うの!」

 GAT-X105Eストライクノワールガンダムが振り下ろしたビーム・サーベルの一撃はジェネシスの外壁に爆発を生じさせた。言葉の勢いが乗り移ったような攻撃から逃げ出すようにZZ-X000Aガンダムオーベルテューレが爆煙を振り払い遠ざかる。その足はジェネシスを踏みつけることで勢いを殺し、再び前へと跳び出す活力へと変えた。
 オーベルテューレの純白の機体が漆黒のノワールへと激突する。

「それじゃ何の答えにもなってない。ならどうしてゼフィランサスに兵器なんて作らせた! どうして君を戦わせる!」

 いなされたサーベルが、かわされた攻撃が、大振りに振られたビーム・サーベルがわずかにかすめただけで2機が床とする外壁は炎を噴き出して破壊される。

「許せない? ゼフィランサスを10年もあなたから遠ざけたことが?」
「僕とゼフィランサスの出会いを、君は知ってるかい、ヒメノカリス?」

 限界を迎えた外壁が一際大きな爆発を噴き上げると、2機は炎の中に消えた。ジェネシスの外壁は鉄板を敷き詰めただけのひどく単純な構造をしていた。重要なものは動力炉であり、外装は装甲以外の用途を必要とされていない。表面で爆発が起こるとその周囲の鉄板がその衝撃と熱とでめくれあがりささくれ立った。その歪んだ地面へと、ガンダムは着地する。
 オーベルテューレ、ストライクノワールの2機は先程の爆発を挟んで対峙していた。

「ゼフィランサスは体が弱かった。だからヴァーリの中でも会ったのは本当に最後だった。それでも名前くらいは知ってたよ。モビル・スーツのプロト・ライプ、そのうちの何機かはゼフィランサスの設計だって聞かされてたからね」

 当時テット・ナインと呼ばれていたキラはゼフィランサスの機体がお気に入りで、よくローズマリー・ロメオ--今はサイサリス・パパと名乗っているようだが--に噛みつかれた。

「すごい兵器だと思ったよ。どんな子が造ったんだろうっていつも考えてた。サイサリスみたいな物静かな子かもしれない、ローズマリーみたいにうるさい奴かもしれない。顔は同じでもきっと違うんだろうって考えてた」

 それでも特に積極的に会いたいなんてことは考えなかった。モビル・スーツに乗る度、ゼフィランサスのユニークな設計思想を目にする度、会ったこともない少女と話でもした気になっていた。

「でも、初めて出会った時のゼフィランサスは拍子抜けするくらい弱々しかったんだ」

 もう10年以上も前のこと。外出を許されたゼフィランサスと偶然出くわしたのは室内庭園の一角だった。キラに花を愛でる趣味なんてなかった。近道にちょうどいいと草木をかき分けて開けた場所に出た時のことだ。誰もいない。そう考えて跳びだしたところ、車椅子に座る少女と鉢合わせになった。赤い瞳をした少女で人目でゼフィランサスだとわかった。
 キラは車椅子に手をおくことで勢いを殺そうとした。少女の乗るような小さな車椅子はキラの体を受け止めてくれた。それでも体は前のめりになって車椅子に乗る上がるような姿勢になった。それはちょうど、ゼフィランサスに顔を目一杯近づけるような体勢だった。
 ゼフィランサスは何もしなかった。何もできないまま、突然目の前に現れた男に怯えたように体を小さくして、瞳に涙さえ浮かべていた。

「守って上げたいだとかそんなことを考えた訳じゃない。ただ、ゼフィランサスの弱々しさが見ていられなかった。見ていられなくて助けているうちにもっといろいろなゼフィランサスを見たくなったんだ」

 部屋におしかけて姉のユッカ・ヤンキーに疎まれたこともあった。それも今ではよい思い出のように思える。ゼフィランサスの顔が少しずつでも明るくなったように実感できたからだ。
 それもすべて失われてしまった。ユッカが解体され、血のバレンタインが起きたその日から。

「ゼフィランサスと再会した時、ゼフィランサスはやっぱり弱々しく見えた。この10年、君のお父さんたちがゼフィランサスを苦しめた。僕は……、それが許せない!」

 鉄板を歪ませオーベルテューレが飛び出した。全身をミノフスキー・クラフトの淡い輝きに包まれたその純白の機体は近づいただけで黒煙を吹き飛ばしその推進力を見せつけた。
 ノワールは、ヒメノカリスは動じない。ウイングから起きあがらせたレールガンが肩越しに2門発射される。1発はかわし、2発目は左腕に未練がましく握っていたシールドで防いだ。砕かれたシールドを投げ捨てる。代わりにサーベルを抜く動作がヒメノカリスには隙に見えたのだろう。
 再び、レールガンが視認さえ許さない速度でオーベルテューレを目指した。そして、ストライクノワールは右腕を失った。
 ヒメノカリスは驚いていることだろう。確実に命中すると確信していた攻撃がオーベルテューレをすり抜け、切り抜かれたのだから。

「この10年、惰眠をむさぼってたわけじゃない」

 ハウンズ・オブ・ティンダロス。攻撃の命中率を高めるためには敵に近づけばいい。近づくためには全速力で一直線に接近することが手っ取り早い。敵の攻撃は必要最小限の動きでかわせばいい。こんなあまりに安直な机上の空論を実現する絶技。

「オーブじゃ手を抜いてた?」
「いいや、ミノフスキー・クラフトの性能を確かめる必要があった。それに、君の動きも見ておきたかった」
「それを手加減してたって言う!」

 背中合わせに対峙していた2機。この均衡をまずヒメノカリスが崩した。ばく転の要領で一気に機体を背中側へと加速させるとともに推進力の方向を調整。重力でもあるかのように、オーベルテューレへとめがけて降下する。右腕に残されたサーベル。再びジェネシスの表皮が爆発する。
 黒煙から抜け出す光の塊、オーベルテューレ。追いすがるは漆黒。
 ストライクノワールは腕を振るう。光の剣が振るわれオーベルテューレのさばく太刀筋はそれを拒んだ。ガンダムは滑空するようにジェネシスの上で激突と散開を繰り返す。
 モニル・スーツを操る腕はユニウス・セブンで身につけた。
 苛烈な攻撃を繰り返すヒメノカリスの猛攻を、キラは防いでいた。ノワールの斬撃を受け止める。それはフェイント。ノワールは身をひるがえすと器用な体勢でレールガンをオーベルテューレへと向けた。間近から放たれた高速の弾丸は、しかしオーベルテューレを捉えることなくジェネシスに弾けた。

「ちょこまかとぉ!」

 レールガン発射の反動さえ利用したストライクノワールの蹴りはオーベルテューレの上体を揺らした。思わず体勢を崩された、そんなふりをした。隙を逃すまいと剣を振り下ろすノワールの攻撃に、足を軸に体をそらしながら回転させる。攻撃をかわす。その回転の勢いさえ利用して突き出した肘うちは肘からビーム・サーベルを発出させながらノワールの右大腿部を強打する。
 こんな小ずるい手はアフリカの大地で学んだ。
 ストライクノワールはちぎれ太股に引きずられるように体勢を崩す。こんなことで引くヒメノカリスではない。振り抜かれたノワールのサーベル。
 すべて、一瞬で十分だった。ノワールは右腕を失い、背中からジェネシスへと叩きつけられていた。
 ハウンズ・オブ・ティンダロスの極意は敵の行動の先読みにある。敵の攻撃を回避し再接近してから反撃する。こんなまどろっこしいことは必要としない。ただ接近し、攻撃する。この単純な動作の中に必要最小限の動きで敵の攻撃をかわす動作が組み込まれている。接近するオーベルテューレのすぐ先をサーベルが通り抜け、攻撃のために振るわれた腕をかすめ、それでもオーベルテューレの動作を一切阻害する事はない。
 攻撃は右腕を切り裂き、振り下ろした拳はノワールの顔面を捉えるとそのままジェネシスへと叩きつけた。
 この異形の猟犬の猟は、砂漠の虎に学んだ。
 左足だけを残して倒れ伏すノワールへと、キラは語りかけるように決意を口にする。

「ヒメノカリス。僕は、君の父さんに会いに行く」




 ジェネシスの杯の姿がすでに近くにまで見えていた。あれほど巨大な建造物でありながらその周囲には輝きが瞬き、激戦が行われていることが見て取れる。主戦場はジェネシス周辺宙域。それは裏を返せばほかの場所でが戦闘がまばらであることを意味する。
 GAT-X207SRネロブリッツガンダムがGAT-X303AAロッソイージスガンダムと並ぶ場所は、まだ静かなものだった。

「アイリス、ここでお別れだな」

 これ以上近づけば途端に激戦に巻き込まれることになる。2機のガンダムが並んでいられるのはここまでとなる。すでに、所属は違っているのだから。
 アーク・エンジェルは地球軍への投降を決めていた。
 ディアッカはザフトに残り、アイリス・インディアをはじめとするアーク・エンジェルのクルーたちは地球へと戻る。

「ディアッカさんはどうするんですか?」
「俺は議員殿の息子だからな。それに、プラント市民としての責任もある。ここで寝返るはないだろ」

 アーク・エンジェルで操舵を担当しているはずのフレイ・アルスターにも聞こえていたらしい。

「格好つけちゃってさ」

 ディアッカはこれには苦笑する他なかった。フレイとは初対面以来、何かと問題を抱えてしまった気でいる。別にかけられた言葉に悪意を覚えたわけではないが、少なくとも棘はあった。これまでともに戦ってきた仲間から離反することを責めているのだろう。

「フレイ、お前には悪いこと言ったよな。改めて言っとくわ、悪かったよ。それにアイリス……。またな」
「ディアッカさん……」

 バック・パックのみに装備されたミノフスキー・クラフトを輝かせ、ネロブリッツはジェネシスへと飛び立つ、そのつもりでいた。ロッソイージスが、ネロブリッツの腕を掴むまでは。




「降伏を受け入れます、バジルール中尉」

 アガメムノン級のブリッジという以前とは違う環境のなかで、通信越しとは言えマリュー・ラミアスはかつての部下と顔をつきあわせていた。ナタル・バジルール中尉--ザフトに階級は設定されていないと聞いてはいるのだが--はこれまで通り、生真面目な表情をしていた。ノーマル・スーツを挟んでさえ、ナタルが帽子をしっかりとかぶっている姿が想像できる。

「感謝します、ラミアス少佐。では我々も戦列に加えてはもらえないでしょうか? 我々が恥を忍んでお頼み申し上げたのは命惜しんでのことではありません」
「許可します」

 命が惜しければそれこそザフトに居座るべきだろう。ジェネシスが発射されてしまえば、地球軍はその土台を根底から突き崩されてしまうのだから。何より、ナタル中尉は腹芸の類ができる人ではない。

「よろしいのですか?」
「私の責任で認めます」

 クルーの不安はもっともだと言えた。上官の許可なく投降を受け入れたばかりか戦力に加えることは少なからず危険を伴うことである。

(もっとも、クルーゼ大佐なら笑って許すでしょう)

 悪い上官に毒されていると言えなくもない。

「では本艦隊はこれよりジャスティスの支援を行いつつジェネシスへと向かいます」
「ジャスティスガンダムを、ですか……?」

 目を大きくして瞬きを何度か。アーク・エンジェル時代、ナタル中尉のこんな表情は目にすることができなかった。

「敵と味方はそう簡単には分けられない。そういうものでしょう」




「どうにも慣れん光景だ」

 イザークはゼフィランサスの手を引きながら愛機へと漂っていた。エスコートなど柄ではないが、こうでもしないとすぐにでも砕けてしまいそうな危うさがこの小娘にはあった。何より、話をするには都合のいい距離である。

「なぜ敵対勢力に同じ名前の機体がある? おまけに同じユニットを装備可能ときてる」

 愛機--ZGMF-X10Aジャスティスガンダム--の背には失われた専用ユニットの代わりにエール・ストライカーが装備されていた。GAT-X105ストライクガンダムをはじめ、地球軍で広く使用されているユニットである。しかしジャスティスはザフトの機体なのだ。

「サイサリスお姉さまはGATシリーズを参考にガンダムを開発したみたいだから……。実際、ジャスティスはストライクの後継機に当たる機体……。アダプターの形状は、変更されてなかった……」
「規格までそのままにしたのか。ずいぶんとオリジナリティのない姉だな」

 加えてエール・ストライカーがそのまま認識されているところを見るとOSそのものの大きな変更は行われていないらしい。両軍に存在する同名の高性能特殊機。ガンダムとはつくづく子どもの玩具だ。
 ジャスティスの胸部に無事着地する。イザークはともかくゼフィランサスも無事だ。ゼフィランサスをパイロット・シートの後ろに座らせ、イザークはジャスティスのシステムを起動する。ハッチが閉じられ、映し出されたモニターには広い格納庫の中、浮遊する両軍の残骸が見えた。ここも激戦地であったのだ。

「ヤキン・ドゥーエを抜けてジェネシスを目指す。掴まっていろ。少々手荒い操縦になる」

 今のジャスティスはスクラップ行きになっても不思議でないほど損傷している。本体のスラスターは5割がいかれ、借り物のエール・ストライカーで辛うじて機動力を保っているような有様だ。イザークは慎重にジャスティスを動かし、カタパルトのある小部屋を目指す。

「ねえ、イザーク・ジュール……」
「イザークでいい。照れくさいならジュールと呼んでかまわない」

 白状するなら、まさか話しかけられるとは考えていなかった。
 ジャスティスは壁際まで移動すると、ハッチが自動で展開する。どうやらここのカタパルトは生きているらしい。

「イザーク……、ありがとう。ここまでしてくれるなんて考えてなかった……」
「確かにおかしな話だ。なぜ俺を選んだ?」

 ただジャスティスを使用したいだけなら地球軍にもパイロットはいるだろう。エザリア・ジュール議員の子息としての立場を利用したいなら、モビル・スーツを与える意味はない。
 カタパルトに足を乗せた。すでに管制は沈黙している。仕方なくジャスティスからカタパルトへとアクセスする必要があった。

「地球ではそこまで人手不足なのか?」
「カナードとシホが言ってたから……。悪い人じゃないって……」

 思わず手が止まった。さて、ここは何を考えるべきか。国を、友を裏切った唾棄すべき名だと憤るべきか。それとも、カタパルトへのアクセスに成功したことを喜ぶべきか。
 イザークは答えを示す前に、思わず頬を緩めた。
 70tを超える機体が急速に加速する。狭い通路を高速で滑り宇宙空間へと突き抜けた。
 傷ついた正義は決戦の地へ。




 ジャスティスガンダムを先頭として地球軍の艦隊がジェネシスを目指す。この奇妙な光景は瞬く間に激戦地へと放り込まれた。交わるビームの線条。その先で爆発の火花が次々と咲き乱れる。
 機動兵器が艦砲を撃ち合うような狂った戦場は命の価値を希薄にする。
 分厚い装甲に守られ戦術論において堅牢であったはずの戦艦はモビル・スーツに取り囲まれた途端、テキストはその威厳を失う。次々と突き刺さるビームに内側から火が噴きだしたかと思うと動力部から発生した巨大な爆発が艦を引き裂いた。
 かつてメビウスを初めとする重戦闘機を相手に圧倒的優位を誇ったモビル・スーツであったが、その機動力は同じモビル・スーツを相手に発揮されることはない。逃げ損ねたZGMF-600ゲイツが被弾する。辛うじてシールドで防いだものの、一撃でシールドは破壊された。飛来するビームは胸部装甲、ジェネレーター、背部装甲、バック・パックをたやすく貫通する。




 やがて戦艦なんてモビル・スーツの足くらいにしか思われない時代がくるのかもしれない。操舵手として若輩者もいいところのフレイでさえ、モビル・スーツの度重なる攻撃にさらされるアーク・エンジェルの姿にそんなことを考えずにはいられなかった。

「左翼被弾。第2貨物室にて火災発生!」
「隔壁閉鎖急げ。付近の乗員はただちに離脱」

 もう誰の声かもすぐにはわからないほど混乱したブリッジが、時折大きく揺れた。風防の外には宇宙がまぶしく感じられるほどにビームが飛び交い、モビル・スーツたちがせせこましく動き回っていた。アーク・エンジェルを見つけたゲイツがライフルを構えながら接近してくる。
 今度はどこに当てられるのだろう。とにかくブリッジに直撃弾さえ浴びなければなんとでもなる。フレイは舵を思い切り振り回す。傾くアーク・エンジェル。重力のない中で感覚としてはわからず、ただゲイツの姿が傾いたことだけで艦の傾きを判断する。
 ゲイツの向ける銃身は、しかしアーク・エンジェルを害することはなかった。大物だと気をとられすぎたゲイツは突如飛来したミサイルを背中からまともに浴びた。決して大きなミサイルではなかったが、推進剤に引火したのだろう。ゲイツは爆発に後ろから抱きつかれるように飲み込まれていった。
 アーク・エンジェルの正面を戦闘機が横切った。アーノルド・ノイマンのコスモグラスパーである。

「フレイ。戦艦には装甲の厚みに偏りがある。どうしてもかわせない時は」
「分厚いところで受け止める」

 教えはしっかりと身に染み込んでいる。
 あのゲイツのパイロットは本当にアーク・エンジェルのみでこの激戦を生き抜いていると考えていたのだろうか。それならフレイの腕前を買いかぶりすぎである。戦艦にとって最も怖いことは敵に取り囲まれること。機動兵器のサポートもなしに戦える戦艦なんてあるものか。
 アーク・エンジェルは、フレイはこうして戦い抜いてきた。しかし何かが足りていない。そのことに気づいたはの、ナタル艦長であった。

「アイリスは、アイリスはどうした!?」




 戦場のただ中、二つの光が追いかけっこしていた。稚拙な表現ながらこれ以上評しようがない。ミノフスキー・クラフトの輝きがふらりふらりと不規則に動いて逃げる光を追う光が追いかけている。
 それは、戦場の狭間で揺れる若い2人の迷いをそのまま表している。

「やめろアイリス。こんなことしてたら両軍から狙われる! 俺は敵だぞ」

 ビームを放つこともなく、ネオブリッツは機動を繰り返していた。どうしても離れようとしないアイリスのロッソイージス。味方と合流することも敵陣へと攻め上がることもできず、砲火の間をさまよう。

「でも、ディアッカさん……。私……」
「もういい。俺はザフトで、お前は地球を救わなくちゃならないだろ!」
「でも……、でも!」

 ゲイツたちは当然のようにアイリスのロッソイージスを狙う。問題は、地球軍の中にもアイリスの動きに明らかな警戒感を示し始めた機体があることだ。迷ったようにライフルを向け、辛うじてまだ引き金は引かない。敵であると確信をもたれた瞬間、アイリスはこの混戦の中、両軍から敵とみなされる。

「アイリス!」

 どうしてアイリスはここまでディアッカにこだわろうとする。地球軍には仲間だっているだろう。しかし、アイリスはディアッカにつきまとうことをやめようとしない。
 ビーム--一際大きなものに見えた--がネロブリッツとロッソイージスとの間を貫いた。間に割って入ったというよりどちらも狙える位置関係。よくない傾向だ。おまけとして、ビームはガンダム・タイプから放たれたものだった。
 GAT-X102デュエルガンダムに追加装甲を張り付けたような機体だ。その後ろにはGAT-X103バスターガンダムの強化型と思しき機体が続いている。アーク・エンジェルが合流したアガメムノン級の艦載機なのだろう。ガンダムである以上、楽な戦いは期待できない。
 突進してくるブリッツを迎え撃つため、ブリッツの複合兵装からビーム・サーベルを発生させておく。デュエルもサーベルを抜いた。切り結ぶ時は、とにかく力負けしないことが肝要だ。スラスターの出力を上げ、迎撃に出ようとした時だ。

「待ってください、ディアッカさんは敵じゃありません!」

 ロッソイージスが軌道上に強引に割り込んできた。ブリッツとデュエルは軌道を無理矢理曲げイージスを回避させられた。

「アイリス、もうやめろ!」

 どうしてここまでただの隊長のことを気にかけようとする。アイリスの行動を掴めないことは、地球軍にとっても同じことだろう。

「ザフトだよね。なら敵だよ。君は敵の味方なの?」

 おそらくデュエルのパイロットの声だ。どこか子どものような妙な抑揚を持っている。無邪気だがそれだけ残酷でもある。そんな印象を受けた。
 ビームをアイリスのイージスへと--無論、当てないように--めがけて放つ。

「かかって来い。3人まとめて相手してやる!」

 こんな猿芝居が通用してくれるだろうか。少なくとも、周囲のGAT-01A1ストライクダガーの攻撃は消極的になっただろうか。単にガンダムの相手はガンダムに任せると決めているだけかもしれないが。
 ガンダムは特別な機体であることは間違いない。ガンダム同士を繋ぐ通信は、今度はバスターのパイロットの声を拾う。

「カズイ、アイリス姉さんは敵じゃないよ」

 アイリスを姉と呼ぶということはヴァーリ。それに、この少女はデュエルのパイロットのことをカズイと呼んだか。アルテミスでディアッカが殺したフレイたちの友達の名前だ。単なる同姓同名だろう。そうと理解しながら、言葉はつい口をついた。

「カズイ・バスカークなのか!?」
「僕はカズイだよ」

 デュエルから振り下ろされるサーベルは躊躇がない。キラのように戦い慣れた動きとも違う。罪悪感を覚えていないような攻撃に、つい防戦を強いられた。サーベルで受け止め弾き返す。
 コクピットに流れるロックオン警報。遠くからバスター改がディアッカを狙っている。

「ロベリア、待って!」

 またロッソイージスが割って入り、バスターは構えを解いて移動する。

「アイリス姉さんは何したいの? 武装解除もしてない敵なんて危なっかしくて放っておけないよ」
「アイリス、俺を狙え! このままだと両軍の敵にされるぞ!」

 目の前の敵はガンダムだけ。しかし周囲にはすでに両軍のモビル・スーツが多数展開している。

「ディアッカさん、お願いです。お願いですから……」

 今のディアッカに何がしてやれるだろう。父のため、プラントを裏切ることはできない。仮に寝返ったところでアイリスのためにしてやれることなんて何一つない。なのになぜアイリスはここまでディアッカにこだわろうする。
 考えてわかることでもないだろう。狙われている時ならなおさらだ。バスターは肩のレールガン、両腕に構えたライフルの全火力を集中してくる。本家バスターが面の狙撃を得意としたのに対してこちらは面による制圧を狙ってくる。ブリッツをランダムに軌道させ、ディアッカ自身でさえ次はどこにいるかわからない小刻みな動きで辛うじて回避する。

「君は、倒す」

 お仲間が大火力で狙っているというのにデュエル改は強引にサーベルを叩きつけてくる。格闘はいわゆるところの追尾システム搭載型のミサイルにも等しい。でたらめに逃げたところでその方向にしつこく追いかけてくる。逃げることもできず、サーベルがスパークを散らして攻撃を受け止める。
 バスターの攻撃がブリッツの左足を直撃した。デュエルの蹴りがディアッカを強く後ろへと押し出す。接近戦に特化した機体が動きを封じ、火力に優れた機体が狙い撃つ。悪くない連携だ。
 体勢を崩したネロブリッツを見逃す理由はないだろう。デュエルが両手にビーム・サーベルを構えながら突進してくる姿に、嫌な汗が額を伝う。

「ディアッカさん!」

 割り込んだロッソイージスがデュエル改のサーベルを受け止めてくれる。だが、体の芯を冷やすような悪寒はかえって増したように思える。これ以上の利敵行為はあまりに危険すぎる。

「やっぱり、君は敵なんだね」

 悪意を伴わない声は、ひどく事務的で、死刑宣告--聞いたことなんてないが--を思わせた。
 イージスの腕が切断された。飛び散る細かな破片の向こうにデュエルの輝く双眸が不気味に見えた。ディアッカは飛び出す他の術を知らなかった。

「アイリス!」

 体当たりほどの勢いでイージスをどかし、サーベルをデュエル改の方へと叩き刺す。フェイズシフト・アーマーの鮮烈な輝きの中、デュエルの左腕を肩から切り離す。
 そして、デュエルのサーベルはネロブリッツの左胸に突き刺さっていた。




 カズイのブルデュエルの攻撃は確実にネロブリッツの胸部ジェネレーターを捉えた。爆発が左腕を引きちぎったように吹き飛ばす。それでも爆発はやまず、ブリッツは左半身から呑み込まれるように炎と衝撃に包まれていく。
 ガンダム・タイプを1機撃墜。ロベリア・リマはその労を労おうとしていた。

「カズイ……?」

 何か様子がおかしい。見ると、ブルデュエルの背中に剣が生えていた。ビーム・サーベルがデュエルの体を貫通している。

「カズイ! ねえ!」

 モニターにはデュエルのコクピットの様子が映し出されていた。アラームで真っ赤で、高熱が入り込んでいるのかおかしな湯気がところどころに見えていた。その中で、カズイの包帯の巻かれた顔は、普段と何も変わったところなんてなかった。まるで、何も知らない子どもみたいに。

「カズイ……、カズイ!」

 サーベルの突き刺さったところから輪が広がるように爆発が膨れ上がる。その衝撃に耐えられなかったブルデュエルの体が上下に引き裂かれたことで、そいつは姿を現した。血塗れみたいな姿をしてカズイを殺したサーベルを見せつけるように突き出していた。

「姉さんはー! どっちの味方なの!」

 レールガン、ビーム・ライフル。ヴェルデバスターに搭載されたすべての火力でロッソイージスの存在そのものを消し去ってしまおう。ロベリアの頭の中にはそれしかなかった。それ自体が光を放つビームと、申し訳程度の曳光弾が指し示す無数の弾道がイージスへとめがけて殺到する。
 かわさせるつもりなんてなかった。このまま一気に破壊してしまうつもりだった。それは、姉であるアイリスも同じことだった。
 イージスは構わず突進してきた。フェイズシフト・アーマーの防御力を頼りにレールガンは装甲に弾かせて、フェイズシフト・アーマーが狂ったみたいに輝いてイージスの体が大きく揺れる。ビームがかすめるとさらに大きく輝いて装甲が剥がれ落ちていく。
 それでもイージスは止まらない。かすめたビームに顔面の装甲がはげ落ちてなお突進してくる姿は、とても普通には見えない。人の姿をしていた何かが正体を現したか、でなかったら人であることを忘れてしまったか。イージスは人ではあり得ないくらいに手足を引き延ばし、後ろから指のような部品が左右から伸びてきた。手足が指になって後ろから来たパーツと並ぶと、それは5本指の巨大な手がヴェルデバスターを鷲掴みにしようと迫っているようにしか見えない。
 それとも口を目一杯に開いた悪魔の口だろうか。その喉元にはビーム砲の銃口が覗いていた。
 怖かった。単純な気持ちが、ほんの一瞬ロベリアの意識を軽くする。極度の興奮状態に現れる意識障害。それはいつだってここ一番の時に当然のように現れる。そんな時にこそ、ロベリアの心臓はダンスを始めるのだから。
 ロベリアが意識を取り戻すきっかけを作ったのは、機体を揺らす強烈な衝撃であった。悪魔の手がバスターの胴を鷲掴みにしていた。そのまま、ミノフスキー・クラフト--バスターには搭載されていない--の推進力に任せてヴェルデバスターを振り回す。

「こ、この……!」

 レールガンもライフルも銃身が長すぎてここまで極端に接近された状況では相手を狙うことができない。ライフル先端の銃剣をどうにかして突き立てようとするが、アームで機体本体と連結しているライフルでは自由に動かせるとはいかない。操縦桿をどれほど動かそうともバスターは反応を見せてくれない。
 その加速度だけで意識が飛ばされてしまいそうになる。イージスに振り回されるバスターは突然、堅い何かに背中から叩きつけられた。歯茎が痛くなるほどの衝撃は、ロベリアの口の中に血の味を広げた。

「ここ……?」

 バスターが鷲掴みにされたまま叩きつけられた場所。そこはアガメムノン級の甲板であった。ブリッジ以外起伏に乏しい母艦のほぼ中央部分に叩きつけられていた。甲板は歪み、その衝撃の大きさを物語るとともにバスターを深く捉えて離さない。コクピットのアラームが前方に熱源反応を伝えていた。
 イージスのビーム砲がその銃口をコクピット・ハッチに押しつける形で発射されようとしていた。
 自分でも何を叫んでいるかわからない。ただがむしゃらに脱出しようと操縦桿を動かす。戦艦とモビル・スーツに挟まれたバスターの体は、それでもせめて銃身を動かすことができた。激突の衝撃でロッソイージスの掴みが若干緩くなっていたのだ。
 ライフルがその銃口を辛うじて滑り込ませたところで引き金を引く。放たれたビームはコクピットに強烈な光を忍び込ませたが、イージスの指--人型なら左腕にあたる--を吹き飛ばす。まだ指は4本残っていてもイージスが両腕を失っている分、腕は比較的自由に動かすことができた。もうライフルで狙える位置はなくとも腕を振り回すことはできる。拳でフェイズシフト・アーマーを叩き破れないとは知りながら、それでもロベリアはだだをこねる子どものようにイージスを叩き続けた。
 そうしている内にも熱源反応は急速に危機を増し、けたたましい音をコクピットに吹き鳴らしていた。

「ひぅ!」

 無駄な努力がやがて心を挫いた時、ロベリアにできることは何もなかった。

「姉さん……、アイリス姉さん……」

 ヘルメットを被ったままでは涙を拭うことさえできない。手はとっくに操縦桿から離れていた。クルーゼ隊長は、今頃ジェネシスで戦っているはずだった。

「誰かぁ……」

 助けて欲しい。でも、誰も助けてくれる人に心当たりなんてない。大切な人たちのことが次々思い浮かんで、それがすべて消えていく。助けてくれる可能性のない人たちとして。
 モニターに映る発射口はすでに肉眼で見えるほど輝きを放っている。この光がすべてを逆光の中に突き落として、だからロベリアには見ることができなかった。何かがイージスに体当たりした、その何かが。
 ロッソイージスがヴェルデバスターから引き剥がされる。その瞬間、放たれたビームが倒れるバスターの上を通り抜けてアガメムノン級の甲板の縁をかすめた。分厚い装甲が溶解し、直撃をくらっていた場合の末路を想像させる光景は、ロベリアを再び震え上がらせた。
 思わず目を閉じてしまっていた。しばらく--それでもきっと数秒のことだろう--してからロベリアはゆっくりと目を開けた。
 人の形を取り戻さないまま甲板の上に横たわっていた。ヴェルデバスターの攻撃にさらされ続けた装甲は損傷がひどい。ビーム砲が最後の力であったように打ち上げられた獣のように横たわっているだけだ。
 そのイージスに寄りかかるように支えるようにしていたのは、半壊したネロブリッツであった。左足は完全にもげている。左肩から生じた爆発は左腕を完全に吹き飛ばし、左半身を焼き焦がしていた。
 傷ついた2機が横たわる姿は打ち捨てられた獣の死骸のようで、それでもどこか、傷つき疲れ果てた2人が寄り添って眠っているようでもあった。

「よせ……よ、アイリ……」

 バスターの拾った通信はひどく聞き取りにくい。しかし通信が悪い訳ではない。パイロットの声がそもそもかすれているのだ。ブリッツの損傷はコクピット付近にまで及んでいる。パイロットが無事であるはずなんてない。
 イージスのコクピットからパイロットが這いだす様子が見えた。ブリッツのコクピットへと向かっている。
 心臓の鼓動はようやく落ち着きつつあった。呼吸もまだまだ荒くても少しはましになった。それでも安堵で気が抜けたのか、全身を襲う倦怠感にロベリアは襲われていた。バスターはアガメムノン級の甲板に横たわったまま、戦いの空を見上げている。
 空には、上半身と下半身とが引きちぎられたブルデュエルが、カズイの機体が浮かんでいた。思わず涙がまた、目にたまる。自分を奮い立たせながら伸ばす手は、操縦桿を通り抜けて、コンソールのスイッチを押した。

「負傷者がいます。受け入れ体制、お願いします……、ラミアス艦長」

 きっと、ここではこうすべきだと思ったから。




 ここは今、世界の中心としても過言ではない。あらゆる意志と命が死によって束ねられている場所。人々はここを創世記、ジェネシスと呼んでいた。

「かつて私は父と呼んだ男を手に掛けました。彼が友をたった4文字のアルファベットで判断し、失敗作と処分しようとしたからです。父を殺し火事を偽装し、誰も疑うことはありませんでした」

 漂うは無数の残骸。ジェネシス中心部に位置する広大な空間の中、絵画に刻まれたひっかき傷のように細かな残骸が無数に漂っている。モビル・スーツの原形を辛うじて残すものと残さないもの。等しく残骸である。

「残されたのは膨大な遺産と、最高のコーディネーターとしての地位、何より2人の友の存在でした。私たちにとって生きるとはそれ自体戯れであったのかもしれません。有り余るほどの資産、約束されたアズラエル財団当主の座。生きる。ただそれだけのことであるのならば、何ら不都合はありません」

 それは黄金をしている。神と見紛うほどに目映く、悪魔が騙るほどに神々しい。

「有り余る資産はすべて世界を変えるために投じました。この命は人を殺す術を得るために費やしました。かつてあなたがゼフィランサスのためにそうしたように」
「あなたは一体……?」

 対するは純白の獣。体中を切り裂かれたかのように装甲の継ぎ目から赤い光が覗き、その額には角を持つ。

「私は、ゼフィランサスの兄であり、ヒメノカリスの父です。そして初めてドミナントと呼ばれた者でもあります。そしてブルー・コスモスの代表であり、故に私はここにいる」
「だから、僕はあなたを倒さなければならない。すべての僕が僕として」
「それはかないません。私を倒すことができるのは復讐者にして復讐者でない者、敵にして敵ではない者、何より愛を知る者でなければならないのですから」

 ZZ-X300AAフィオエリヒガンダム。
 ZZ-X000Aガンダムオーベルテューレ。
 ここには、すべての始まりと終わるとが集う。


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