カガリ・ユラ・アスハは友人とも姉妹とも言える相手とお茶会に興じていた。低いテーブル越しに向かいあうソファーにそれぞれついている。カガリはティー・カップを置いた。
「なるほど、話はわかった。プラントは、いや、ジョージ・グレンは想像以上にしたたかなようだな」
相手はエピメディウム・エコー。オッド・アイが特徴的なヴァーリで、いつもは半ズボンのようなラフな格好を好むが、今はスカート姿をはいていた。どちらかと言えばラクス・クラインが好むような格好のように思えたが、そもそも顔は同じである。
「うん。僕も驚いたよ。でも、ツィオルコフスキーが木星圏に大量の物資を運び込んでることにもう疑いはないよ。もう何年も前からね。プラントはもちろん、このオーブやスカンジナビア王国からも出資されているね。問題は、それだけの物資で何をしているか、だね」
エピメディウムの方はお茶を脇に置き、テーブルの上にいくつもの資料を置いていた。そこには棒のように長い船体にいくつもの大型シリンダーを抱えた宇宙船の写真がある。ファースト・コーディネーターであるジョージ・グレンが木星探索にも用いた輸送船である。もっとも、復路では大量の希少元素で満たされているシリンダーは、しかし往路では膨大な量のキャパシティを有することになる。
カガリは写真に目を落としながらその事実を苦々しく思ったのだろ。不快感が顔に表れていた。
「だが、これでフィンブルの落着はプラントによるものだと考えていいな」
「そうなるね。まあ、エイプリルフール・クライシスなんて引き起こした国だから今更どこの国も驚きはしないだろうけどね。僕の立場なら残念ながら、と言うべきかな?」
「状況証拠はあったんだがな。プラントは落着に合わせて潜水艦を含めた大量の物資を投下したが、あらかじめ準備をしておかなければ不可能なことだ。そもそもプラントは何なんだ? 休戦中とは言え、ヒルドルブのような大気圏内での使用を前提としたモビル・スーツを開発するとはな。地球再侵攻する気満々だと主張しているようなものだぞ」
「ユニウス・セブン休戦条約が固まる前は水陸両用機や旧型機のグーンやバクゥの発展系の開発も計画されてたみたいだよ。ゼーゴックも当初のプランでは大気圏内でのみ使用可能にしてコストを抑えるつもりだったみたいだしね」
どれも宇宙にしか国土を持たないプラントの防衛に用いることのできない機体群である。しかしプラント政府はこのような兵器でさえ防衛のために必要と主張し続けたことだろう。
戦争と防衛とを区別すべきと考えるカガリにとって、このような防衛を騙ることは決して愉快なことではないのだろう。先ほどから目元を引きつらせている。
「プラントは戦争を終わらせるつもりなどなかったんだろうな」
「実際、木星圏にあるのも軍事施設だと思うよ。プラントはもう限界なんだ。無理もないよ。戦争が始まって8年目。不足する戦力を補うために徴兵制まがいなことまでしてるから市民における軍関係者の割合が世界一高いくらいだし、戦費調達のための増税も続いてる」
「それでも厭戦機運が蔓延しないのはデュランダル議長のカリスマ性ゆえか?」
「それもあるけど、やっぱりしたたかなんじゃないかな? 議長のしていることは突き詰めて言うと二つしかないんだ。プラントが危機にさらされてる、戦争に反対する人は反プラント的で国を危機にさらしてる、って言ってるだけなんだから。でも、それだけでプラントの人たちは自分たちの正義を信じるてるんだと思う」
「どこででも聞きそうな話だな」
カガリは鼻で息をはいた。
「コーディネーターとナチュラル、いったい何が違うのだろうな? そんなことを言い続けたところで戦力が湧いてくる訳ではないだろうにな? 負けるまで嘘をつき続けるつもりか?」
「木星の戦力を切り札に考えてるのかも。DSSDが研究目的で購入した濃縮ウランの行方がわからなくなってるって話もあるんだ」
つまり核ミサイルを保有している可能性があるということだ。このことにはさすがにカガリも真剣にとらえざるを得なかった。プラントならどこに核を落としても不思議ではない。ユニウス・セブンの悲劇を体験した国がそのように捉えられていることは歴史の皮肉だろう。
「厄介だな。だが、木星までは往復4年もの長旅だ。なぜそんな空の彼方に置く必要があった? それに管理は誰が行っている?」
「おそらくA.I.だろうね。ただ木星である意味はわからない。今から部隊を送っても到着は2年後。地球からは手出しできないっていう意味じゃ、難攻不落の拠点なんだけどね」
「だがそれはプラントにとっても同じだろう? その戦力を今使いたいのであれば2年前から準備している必要がある」
「この戦争はフィンブル落着が原因だよ。そして、それを落としたのはプラントだとしたら、別に難しいことじゃないよ」
そう、エピメディウムは1枚の資料をカガリに差し出す。受け取ったカガリは、それがツィオルコフスキーのタイム・スケジュールだと理解したようだ。
「帰還予定をすぎているが、まだ戻っていないのか……? 馬鹿げた話だな。船と違って予定が狂えば最悪、帰還そのものが不可能になる。つまり、そういうことか?」
「うん。実はもう地球圏に戻ってるけど、それを隠蔽してるんじゃないかって僕は考えてる。もちろん、そのタンクの中身は木星の希少元素じゃないと思うけどね」
モビル・スーツか、核ミサイルか、あるいはそれ以外の兵器か。カガリがどれほどツィオルコフスキーの写真を凝視したところで透視などできるはずもない。諦めたように資料をテーブルへと放つ。
「ところでエピメディウム?」
「何?」
「死んだと思われてた人間が帰ってきたんだ、少しはそれらしく振る舞おうという気にはならなかったのか?」
少なくとも昨晩お休みと言って別れたかのように井戸端会議にせいを出す前にすることがあったはずだろう。
カガリはあきれているが、とうのエピメディウムはいたずらっぽく笑うだけである。
「けっこう面白かったよ。キサカが腰抜かした姿なんて一生見ることないと思ってたし。人が幽霊を見たらどんな顔するかわかったしね」
「わかったのはお前が悪趣味だってことだ。生きてたならどうしてもっと早く出てこなかった? まさか記憶を失ってたなんて言わないだろうな?」
「ミルラ姉さんに襲われて実際、死にかけたんだよ。歩けるようになったのはつい最近なんだ」
そう、エピメディウムはスカートをたくし上げてみせた。右足があるはずのところには金属製のフレームが鈍く光り、義足であることを示している。半ズボンをはくことのできなかった理由がこれなのだろう。
「それに調査の時間も必要だったし、何より監視が緩んだのがエインセルさんの死の直後なんだ。それでようやく接触できるようになったってこと」
「ラクスがお前が生きてるかもしれないと警戒していたということか? それならなぜ今になって動けるようになった?」
「エインセルさんを倒して油断したとか? まさかね。正直、僕にもわからないんだ。ミルラ姉さんが僕を仕留め損ねた理由も、あのラクス・クラインが僕がまだ生きていることに気づかなかった訳もね」
事故で亡くなったはずの姉妹が何事もなかったかのように帰ってきた。本来なら涙の一つでも流したくなるような感動的な場面なのかもしれない。しかし、エピメディウムのあまりに唐突でひょうひょうとした態度に、カガリは喜びを通り越して呆れているようだった。あるいはどこか疲れているのかもしれない。
エピメディウムはそんなカガリをよそに生前と変わらない微笑みを浮かべている。
「でもね、わかったこともあるんだ。やっぱり、僕はラクスの創ろうとしている世界が、お父様の望まれるものには思えない」
今日はプラント全土でお祭り騒ぎとなっていた。エインセル・ハンターを倒しプラントを救った戦士たちをたたえる日だ。朝のニュースはすべての祝賀会について取り上げ、街では多くの人がプラントの国旗を手に練り歩いているほどだ。
そんな街の様子は、ザフトの軍学校の屋上のような少々寂れた場所からでも確認することができた。ここには何ともアンバランスな若者がいた。軍人を思わせる厳しい表情をしているが、その屋上の手すりに寄りかかる手には人形が置かれている。人形は赤い瞳に白い髪、青いドレス調のズボンをはいていることから中性的な印象を与えるが、それは紛れもなく少女の人形だった。ゲルテンリッターの心、アリスだからだ。
若者はイザーク・ジュール。このヤキン・ドゥーエ攻防戦の英雄に人形を愛でる趣味はないという点で不釣り合いと言えた。しかし、ここにそのことをいぶかしむ者はいなかった。
屋上にコートニー・ヒエロニムスが現れる。国を挙げての喜びの日にもかかわらず渋い顔をして、特に声をかけることもなくイザークの横へと並んだ。二人は互いに顔を見合わせることもなく話を始めた。
「復隊、おめでとうございます」
「皮肉を言うな。教え子を人質に取られただけだ。まさか期間短縮の上、俺があいつらの隊長に指名されるとはな。断るに断れん」
かつてコートニーは復隊を願うためにイザークを訪ねたことがあった。その際は断られたが、今になってイザークが承諾したのはコートニーの願いに応えるためではない。ザフト軍の上層部の画策だった。そのことを、イザークは言葉に含まれるトゲと受け取ったらしかった。もっとも、互いにそんな些事を気にかけることはなかったが。
コートニーはこともなげに話を変えた。
「短期速成訓練生は現在のプラントでは珍しい存在ではありません。それどころか訓練さえ不必要と主張する技術者もいるほどです」
「馬鹿を言え。歩き方も知らないガキどもをどう走らせる?」
「アリスなら可能です」
意味をはかりかねたのだろう。イザークは一瞬、コートニーの横顔を伺った。しかし、すぐに視線を前に戻したのは、コートニーに続きを話す意志があると確信したからだろうか。事実、コートニーはアリスという言葉の意味を語り始めた。
「アリスはガンダムに搭載された学習型A.I.のことですが、それは発展の過程で二つに派生しました。乱暴に分けるなら地球とプラントで別の道を歩むことになったと言えます。地球の現在の完成形は彼女です」
そう、コートニーはイザークの腕に座る青い少女を目で示す。ゲルテンリッター4号機の心である蒼星石は視線に気づいた風はあったが、特に気にした様子を見せていない。
「初期のアリスはパイロットを暴走させる危険性をもつものでした。アリスが勝利に必要と判断した情報を投影しパイロットがそれを自分の考えと誤認した結果、勝利のみを追求する戦いをしたためと考えられています。現在、その点は改善されていますが、インパルスガンダムには初期型をそのまま発展させたというべきものが搭載されています。サイサリス・パパ、ご存じですか?」
「3年前にジブラルタル基地で顔をあわせた。ジャスティス、フリーダムガンダムの開発者であり、ヴァーリだな?」
「はい。開発主任であるサイサリス・パパは意図的にパイロットを暴走させることを目的としてアリスを調整しています。設定された作戦目標をパイロットに自らの意志と誤認させる他、どう操縦すべきかさえアリスに指示されるようになっています。つまりパイロットを単にモビル・スーツを動かすための一つの部品とするのです」
「なるほど、人が機械の指示通りにモビル・スーツを動かせるなら練度など関係ないな。操り人形ということか」
「はい。脳と手足さえあれば誰であってもよいのです。もっとも、サイサリス・パパ主任は無人機の過渡期に当たる技術と捉えているようですが」
C.E.75年の技術をもってしてもまだ人間の脳は安価で優秀な点において機械に勝っているらしかった。技術も経験も必要がない。ただ座ってさえいれば判断も戦い方もすべてアリスが決定しパイロットはそれこそコクピットに座ってさえいればいいことになる。
コーディネーターであろうとナチュラルだろうと、訓練を受けている必要もない。教官を務めるイザークにとっては決して愉快な話ではないのだろう。口元を歪め皮肉っぽい笑みを見せることは珍しいことのように思われる。
「戦争をなくす確実な方法は人類を滅ぼすことだと言っていた奴がいたが、戦争に人が不要となれば人類滅亡後も戦争は安泰だな。人類の進化を謳うプラントの行き着いた先が人類不要論とはな。蒼星石、お前たちアリスも単独でモビル・スーツを動かすことができるんだろう?」
「はい、マスター。でも、僕たちにできるのは動かせるくらいで、戦闘みたいに複雑な動きはできません。それに、僕はあくまでもマスターのお人形です」
「ああ。頼りにしている」
コートニーは蒼星石を再び見やると、どこか不思議そうに瞬きを何度か繰り返した。
「なぜ、ゼフィランサス・ズールは兵器に心を与えたのでしょう?」
「兵士から心を奪うことの方が自然か?」
「……ダーダネルス海峡でアリスを発動した機体がありました。しかしアリスは誤作動を起こし、インパルスは敵を前に停止したそうです」
「当然、撃墜されたんだろうな?」
コートニーは無言で頷く。
「解析によるとことは驚くほど単純でした。当時、ザフトはエインセル・ハンターの追跡中でした。インパルスはフォイエリヒガンダムの撃破を目標としてアリスを発動したのです」
「アリスも無理難題突きつけられて嫌になったんだろ。数打ちでフォイエリヒを落とせるものか」
「まさにその通りです。アリスが予測した結果、インパルスの確実な敗北を確信しすべての戦闘行動を停止したと考えられるのです」
イザークはコートニーから得られた情報を反芻しながらより不快を募らせているのだろう。ただでさえ難しい顔はついに軟化することはなかった。
「俺が教えていたのは操縦方法だけじゃない。戦士としての矜持というものを伝えたつもりだ。だが、どうやらプラントにとって誇りやプライドは不要なものらしいな。それとも何を誇りとすべきかは国が決めるべきことなのか?」
どう戦うべきか、誰と戦うべきか殺すべきか、そのすべてを国が決めることになる。
コートニーは何も答えようとせず、またイザークも求めはしなかった。そうしているうちに、校舎のそばをデモ隊が通りかかった。ナチュラル排斥を訴えるプラカードを掲げた反ナチュラルを訴える団体だと遠目にもわかる。ナチュラルを追い出せ、そう、大声で繰り返しているからだ。
「反ナチュラルのデモか。最近、目につくな」
「彼らは悪人でもなければ愚鈍でもありません。しかしレイシストであり危険です。自分たちを選ばれた民と信じ、ゆえに多くのことが許されていると考えるからです」
「コーディネーターはそもそも選民思想の産物と聞いたことがあるが……」
イザークが若干の戸惑いを見せたのは、思いの外、コートニーが饒舌に思えたからかもしれない。無駄な話を好むようには見えなかったからだ。しかし、今日のコートニーは話を積み重ねる。
「人種主義と言えばナチス・ドイツが有名ですが、その根拠はひどく薄弱で非科学的なものでした。無理もありません。何が優れていて何が劣っているのか、その基準を科学は提供してくれないのです。しかし、コーディネーターが異なるのはその点です。コーディネーターは優れた人類として科学的に生み出された存在です。故にさも科学的に優れていると証明された存在であるかのように振る舞うことができてしまう。自分たちは優れた人種であると考えられてしまう根拠が、このプラントにはナチス・ドイツよりも遙かにそろっていると言えます。プラントは選民思想、人種差別、排他主義というイデオロギーに対してあまりに無防備だ」
そもそもコーディネーター自体、選民思想に由来する存在である。コーディネーターは優れている。ではナチュラルは劣っている。優れた存在は優遇されるべきであり、劣った存在は冷遇されるのが当然だろう。
デモ隊の主張はわかりやすいほど、この国の宿痾を体現しているのかもしれない。
「加えてデュランダル政権はその点に無頓着にすぎます。いえ、助長させてきたと言ってもいい。君たちは優れている、しかし敵は劣っている。そう言い続けることで支持率を維持してきました。それどころか、移民、在プラント・ナチュラル、障がい者に対する差別的な扱いはご存じの通りですが、エイプリルフール・クライシスの甚大な被害、ジェネシスによる地球滅亡、フィンブル落着による犠牲さえある種、利用している。優れた存在が劣った存在を抑圧することが許されるとは限りませんが、抑圧することが許されているとすれば自分たちは優れているに違いないと論理のすり替えを行っているのです」
ジェネシスは仕方のないことだった。エイプリルフール・クライシスで地球が一度焼かれている以上、戦場にしても問題ない。フィンブルの落着はそもそもの原因は地球にある。そんなことがプラントの共通認識であることはイザークも理解していることだろう。教え子たちの多くがそんな価値観を有しているからだ。
「お前がプラントの政治体制に否定的だとは知らなかったが、社会科の教師にでも転職を考えているのか?」
「いいえ。プラントがファシズムに対してきわめて脆弱であることは単なる事実です。これからお話することの伏線にすぎません。お耳を拝借しても?」
「死角を取られるのは好まないが」
しかしイザークは否定しなかった。コートニーは顔をイザークの耳元へと近づけると、短くつぶやいた。その瞬間、イザークは思わず目を見開いていた。
「なっ!? 正気か!?」
つい声を大にしてしまったイザークだが、口から出かけた言葉を飲み込むように苦々しくも息を吸い込む。誰かに聞かれてはならないことだとイザーク自身、理解していたからだろう。
もっとも、コートニーにしてもこれ以上のことを話すつもりはないらしかった。
「教え子にはナチュラルもいると聞いています。私は戦士としてのあなたに敬意を払いたい。それだけのことです」
そうとだけ言い残しコートニーは歩き去ろうとする。そこにはまだナチュラル排斥を主張する声が響いていた。
シン・アスカはどこか緊張した面持ちで廊下を歩いていた。すれ違う人はみな軍服姿でシンの方を見て驚いたような顔で歩き去る少年を見送っていた。正確には、シンのつれている少女を見ているのだ。
すぐ後ろには白いワンピース姿のヒメノカリスがいた。乏しい表情で、それでいてラクス・クラインと同じ顔をしている。人々はどうしてここにラクス・クラインがいるのか、なぜあのように不機嫌な顔をしているのか、そもそもどうして赤服とは言え一兵卒につれられているのか、そんな疑問に混乱させられているのだろう。
シンはそんな奇妙な空気にどこか居心地の悪さを感じているのだろう。足が早足となっていた。そのためか、目的地には思いの外、早くついたようだ。観音開きの扉を前に、シンは呼吸を整えノックしようとした。ところが、先にヒメノカリスが扉を開いてしまう。仕方なく、シンは慌ててヒメノカリスの後に続いて室内へと足を踏み入れた。
そこは広い部屋だった。家具が長椅子くらいしか置かれていないからだろう。だからこそ、すぐに気づくことができた。出迎えた少女は他ならぬラクス・クラインだということに。
派手すぎず、それでいてドレス調の衣装で、ラクス・クラインはテレビでそうであるように柔らかな微笑みでシンとヒメノカリスを迎えていた。
ヒメノカリスとラクス、向かい合うとそれは不思議な光景だった。鏡が仕事をさぼったせいで部分部分が違っている。そうとしか思えないほど、やはり二人はよく似ていた。
「ラクス姉さん」
「ヒメノカリス。本当に久しぶりです。ユニウス・セブン以来でしょうか?」
そう、ラクスは優しくヒメノカリスを抱きしめた。もっとも、ヒメノカリスは何事もないように表情を変えていない。
「姉さん、何のためにシンを呼んだの?」
そのことはラクスも同じかもしれない。再会の喜びを分かち合った後であるかのように笑顔のまま、ヒメノカリスから離れたのだから。
「お話がしたいからです」
「答えになってない」
この部屋の扉はノックされない宿命なのかもしれない。外から誰かを制止する声がかすかに聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開かれた。
現れたのは黒髪のラクスだった。この剛胆な少女はシンを見つけるなり、遊び相手を見つけた子どものように笑って見せた。
「お前がシン・アスカか。なかなかいい面構えをしている。不死身の男の名は伊達ではないようだな」
シンとしてもヴァーリについて知った以上、何人同じ顔が現われても驚かない気でいたのだろう。しかし、見ると黒髪のヴァーリのすぐ後ろには緑の髪のヴァーリがしがみついている。さらに不死身の男という聞き覚えのない言葉まで出てきた。さすがに瞬きを繰り返す以上の反応を見せられていない。
「知らないのか? 二桁を超える被撃墜を誇りながらも必ず生還する男と言えば一部では有名だぞ。私はミルラ・マイク。Mのヴァーリだ。こっちはデンドロビウム・デルタ。Dだ」
「そうやってヴァーリのこと言いふらして回るの、本当やめろよな!」
椅子に座るタイミングをことごとく逃してしまったのだろう。誰も長椅子に腰掛けようとしないまま、シンは忙しく同じ顔の間で視線を動かす必要に駆られていた。次にラクスに声をかけられたからだ。
「シン・アスカさん。私もミルラほどではありませんが、あなたに興味があります。たとえば、あなたはどうしてザフトなのですか? 戦争に母を奪われ、戦争を憎むはずのあなたがどうして軍人を選んだのですか?」
どんなことを聞かれるのか、そう身構えていたらしかったシンだったが、かえって拍子抜けしてしまったらしい。
「それほど戦争ってものに興味が持てなかっただけです。どうでもよかったんです。それに、俺みたいな在外コーディネーターが市民権を得る手っ取り早い方法が軍人になることだってことくらい、議員が知らないはずありませんよね?」
「あなたがプラントに来たのは人類の未来をともに担うためではないのですか?」
「やめてくださいよ、そういうの。俺はただオーブを離れたかっただけです。でも地球の国じゃどこも手一杯で移民の受け入れをしてたのがプラントだったってだけです。外人部隊の仲間たちもそういうの多かったですよ。いろんな理由で故郷にいられなくなって仕方なくプラントに来たってだけの人たちは」
そしてその大勢が命を落としている。かつての外人部隊のことを思い出したのだろう、シンは久しぶりに暗い目をしていた。
「人類の未来だとか可能性だとか、そんなプラントの宣伝文句真に受けてる奴なら、前の戦争の時にとっくにプラントに来てますよ。地球ごと焼き殺されかける前にね」
笑い出したのはミルラだった。
「なるほど、典型的な移民ということらしいな。それに度胸もある。聞いたぞ、ザフトの騎士にかみついたそうだな」
「ただ言ってやっただけです。あんたは間違ってるって」
やはりミルラは笑っている。デンドロビウムは厄介ごとに巻き込まれたかのように苦い顔をしているが、ラクスとヒメノカリスは一切表情を変えようとはしていない。ラクスに関しては、微笑んだままという意味で。
「ですがわかりません。エインセル・ハンターはなぜゲルテンリッターをあなたに譲り、あなたに倒されることを選んだのでしょう? エインセル・ハンターはあなたに何を託したのですか?」
「いや、特に、何も……」
シンとて思い出そうとしてみたのだろう。ただ、それほどの何かを話したかのようには思えなかったはずだ。ただ互いの身の上を語り、人を救うことが正しいと確かめただけのことだった。何か大それたことを語らったことはなかった。
戸惑っているのはシンだけではなかった。デンドロビウムもまた同様である。
「じゃあなんでお前がゲルテンリッターをもらったんだ……? お前じゃなきゃいけない理由があったってことだろ……?」
「さあ……?」
「何かあるだろ!?」
そうは言われたところで、初対面で、しかも敵軍に属する少年に最新鋭の機体を与える理由が思いつくはずもない。
さしものミルラも口元に手を当て、珍しく考え込んでいるようだった。
「シン・アスカ。エインセル・ハンターとどんな話をした?」
「母さんのことや、人を殺しちゃいけないこととか……」
「世間話だな……」
「でも本当にそんなことだけなんです。世界はこうあるべきだとか、そんなことは……。ただ、人が人を犠牲にしちゃいけないって、そんなことを確認したくらいで。でも、そんなことなのかもしれません。そんな当たり前のことなのかもしれません」
シンは自分でも考えをまとめながら話しているのだろう。決してよどみなく語られている訳ではないが、行くべき道は見えているのだろう。何を話すべきかは悩んだ様子を見せつつも、何を語るべきかに迷っている様子はない。
「俺、プラント政府のやり方が嫌いです。世界はこうじゃなきゃいけない、人はこうあるべきだって言って、それを口実に人を犠牲にすることは仕方がないんだって自己弁護してるようにしか見えないからです。でも、それっておかしなことって気がしませんか? 国の偉い人が勝手に国民はこうならなければならないって決めつけるのもそうですし、それが犠牲の理由になることだって」
ミルラのジョークにも、ここで笑う者はいなかった。
「親を殺した男が孤児であることを理由に減刑を嘆願するなんて笑い話もあったな」
「でも、プラントがやってることってそういうことですよね? コーディネーターは優れてなきゃいけないからナチュラルを差別して。国民は人類の未来のために戦うのが当たり前で、だからその戦いに加わらなかったコーディネーターを在外だってやっぱり差別して」
反論したのは、意外にもデンドロビウムの方だった。しかし、シンは動じた様子を見せない。
「じゃあ、お前は評議会議員がプラント国民を不幸にしたがってるって考えてるのか? 別に誰かを犠牲にしたいからしてるんじゃなくて、どうしようもないこともあるってことじゃないのか?」
「でも、何が幸せかなんて人それぞれじゃないですか? なのに国がああしろ、こうしろって押しつけて、そうできない人はどうするんですか? 異常だ、普通じゃない、そう言って排除するんですか? 誰が犠牲になるべきかって決めるんですか?」
ミルラは愉快犯の立場に終始していた。特にどちらに味方することもなく、ただ面白そうと考えたことをそのまま口にしているかのようだった。
「そういえば、シンには勲章が贈られないそうだが、どうしてだ? あのルナマリア・ホークは二つ目の鉄十字勲章を受勲すると聞いたが? ああ、勲章がもらえなくてすねてるのか?」
しかしシンの胸にはカーペンタリア基地で受勲したはずの勲章はなかった。どうやら、今、シンが取り出した長方形のケースの中にしまわれたままであるようだ。
「いや、別に返してもいいんで」
そう、シンは本気で勲章を返還しようとする。ラクスに手渡したのは、単に差し出しやすい角度、距離にいたのがラクスだっただけだろう。ラクス自身は黙ってケースを受け取ったが、デンドロビウムは頬を引きつらせていた。Dのヴァーリの様子はおびえた猫を彷彿とさせる。やはりミルラは楽しげだったが。
「本当にいいのか? デュランダル議長のお気に入りになれれば栄達は思いのままなんだぞ。お前にとって悪い話じゃないだろ?」
「それが駄目なんだと思いますよ。役に立つか立たないか、それを権力者が勝手に決めるってことじゃないですか? だからこの国は障がい者に冷たいんだと思います。生産性のない人間に価値はないって決めつけて、だから排除してもいいんだって決めつけてるってことですよね? でもそれって、政権が変わって他のこと言い出したらどうするんですか? 誰だっていつ障がい者になるかわからないじゃないですか? 結局、政治家個人の価値観でしかなくて、そんな個人の都合で政策が歪められるのがこのプラントって国なんだと思います」
ヒメノカリスは話に加わろうとせず、ラクスはただ微笑みを浮かべたままシンの言葉に耳を傾けていた。4人の同じ顔をした少女たちが思い思いの顔で少年を見つめている中、それでもシンは落ち着いていた。言葉に迷いは見られても発言そのものにためらいはない何を言うべきかを選びつつも、ここで語らなければならないことは理解しているように。
「エインセルさんが言わなかったことって、そういうことじゃないでしょうか?」
プラントから魔王と呼ばれた男は世界のあるべき姿を語ることはなかった。シンに望みを託すこともなかった。
「世界はこうあるべきだ、こんな人間には価値がないなんていくら言ったって、それはエインセルさん個人の価値観でしかないんです。だからあの人は俺に何も語らなかった。だとしたら、世界にあるべき姿なんてものないんです。そんなの、ただの好き嫌いでしかないから」
それでも世界の向かうべき方向性があるとすれば、それは道しるべとしてはあまりに単純なものなのかもしれない。
「俺、エインセルさんのしようとしたことは間違ったことだと思ってます。でもそれは、議長が言ってるみたいに人類の理想郷を滅ぼそうとしたからじゃなくて、ただ人が人を焼こうとしたからです。そんなこと、許されちゃいけないんです」
人が人を焼いてはいけない。ただそんなことだけが、世界の方向性を決めるために用いる基準であるのだとすれば、エインセル・ハンターがシン・アスカに託した思いは、託したということさえおこがましいほどにありふれたことになる。
しかし、デュランダル政権が、ラクス・クラインが決して口にしなかった言葉でもあった。
「あの人は否定されたかったんです。それに、何も託したくなかったんです。それは、ただの個人の価値観を押しつけだから。あの人は俺だから、いいや、俺でもよかったんです。間違ってることをおかしいって言えるなら誰でも。何も託すものなんてないからです」
すでにミルラでさえ口をはさまなくなっていた。まるで不思議なものでも見ているかのように、それぞれの少女がそれぞれに神妙な面持ちを形作っていた。まだ15歳でしかない、軍属であることを除けばただの少年でしかないはずだった。呼びつけたラクス・クラインとてシンの口からエインセル・ハンターの真意を聞き出すことを期待してはいなかったことだろう。
エインセル・ハンターから何も聞かされなかったはずの少年が、どうしてこうまでエインセル・ハンターについて語るのだろう。そんな戸惑いが同じ顔をした少女たちに伝播していた。
その中でもヒメノカリスの驚きようは目立っていた。瞬きさえ忘れシンが語る様をただ見つめていることしかできなかったからだ。
「でも、もしも言うなら、あの人は未来を託したのかもしれません。でもそれは俺にだけじゃなくて、間違ってることは間違ってるって言える人たち全員にです。世界にあるべき姿なんてないなら、間違った道にさえ進まなければ、あとはなるようになればいいってことですから……」
すでにシンの中でも迷いながら紡いできた言葉が間違っていないと確信に近づいていったのだろう。徐々に言葉ははっきりとしたものへと変わり、至高の娘を前にしても物怖じしない態度でついに結論へと至る。
「俺はあの人から世界の何も託されてません」
その時、部屋中に甲高い音が響いた。その音の正体は簡単に明らかになった。だが、それでも人々はそろって混乱している様子だった。
音は勲章のケースが床に叩きつけられたもの。割れたケースから飛び出した鉄十字勲章が跳ねて転がった。問題はそれを実行した人物だ。他ならぬラクス・クラインが、まるで激情に任せて衝動に突き動かされたように髪を振り乱し、ケースを叩きつけた姿勢のままだった。そんな至高の娘の姿に、誰もが自分の目を疑っているようだった。
ヒメノカリスに至っては瞳を振るわせ、動揺をまるで隠せていない。
「ラクス姉さん……」
Gのヴァーリでありダムゼル、そして26人の姉妹の中から選出された至高の娘はいついかなる時も冷静であり完璧だった、そうでなければならなかった。そんなラクスが怒りを露わにすることがあるなど、同じヴァーリである姉妹たちは信じられなかったのだろう。
しかし、ラクスは自分を取り繕うことができないまま声を静かに荒らげた。
「シン・アスカ。あなたは危険です……!」
この言葉の意味をシンは理解しなかった。だが、ヒメノカリスの反応は早かった。
「シン!」
少女の瞳に鋭さが戻り、シンの手を掴むと同時に走り出していた。
ミルラもまた早かった。懐から手帳でも取り出すかのように気軽で慣れた手つきで拳銃を取り出し、手を取り逃げる男女へと発砲していた。
弾丸が、しかしヒメノカリスたちを捉えることはなかった。二人はドアを使うような上品なまねはせず、ガラスを突き破って外に出たからだ。素早く、しかも予想外の動きであったためだ。
「意外と当たらないものだな」
割れた窓ガラスを前にミルラはカートリッジを取り替えていた。ラクス自身、すでに平静を取り戻しているように、デンドロビウムもまた普段の様子を取り戻していた。
「何余裕こいてんだよ! 早く追え!」
部屋には散らばるガラス片に混じり捨てられた勲章が鈍い輝きを放っていた。
突如として増した慌ただしさは、だが外にまで伝わってはいなかった。駐車場ではヴィーノ・デュプレがただうなだれていた。
「鉄十字勲章に、専用のガンダムにラクス議員と会えるとか……、俺とシン、どこで差がついたんですかねぇ……?」
答えたのはレイ・ザ・バレルだったが、停車中の車に寄りかかるという態度同様、決して真面目に答えるつもりはなかったのだろう。
「ああ、あれだ。生まれ持った資質だな」
「遺伝子調整できるようになっても人生の不平等ってなくならないんですね……」
そんな二人にも何か異常事態が起きていることが把握できるようになる。警報が遠くに聞こえ、警備員たちが小走りに駆けだしていく様子が見られたからだ。そして、全速力で走ってくるシンとヒメノカリスの姿もあった。道を無視して芝生を突っ切りレイたちの方へと駆け寄っているのだ。ただ事でないことは明らかだった。
レイがすぐに車に乗り込むと、ヴィーノもまた事態の急変を察したか助手席へと滑り込んだ。シンたちが後部座席に飛び込んだのは直後のことだった。
「レイ、車を出しなさい!」
訳を聞くこともなくレイは車を出発させる。急発進させたためヴィーノが座席の背もたれに体を打ち付けたが、弾丸を撃ち込まれるよりはましだろう。銃を構えた警備員たちが悔しげに遠ざかる車を見送っていた。
それからしばらく車を走らせていると、追っ手がないことをようやく確認できたのだろう。レイはようやく後部座席へと疑問を飛ばした。
「シン、今度は何をした?」
「それが、なんだかクライン議員を怒らせたみたいで……」
シンどころか、ヒメノカリスでさえ何が起きているのか把握していない。この少女にしては珍しく考え込んだ様子で話に割って入ることはなく、どちらかと言えばヴィーノの方がある意味で状況を把握しているようだ。
「マジかよ……?」
青ざめた顔をしたヴィーノの横ではレイが運転しながら笑っている。
「ザラ家にクライン家か。後はデュランダル議長を殴りでもすればお前はめでたくプラントを敵に回す。だが、問題はこれからどうするかだな」
何が起きているのかもまだ明確でない。そんな状況で正しい選択ができるはずもなく、誰もが言いよどんでしまう。車の駆動音しか聞こえない、そんな重苦しい沈黙の中を電子音が響き渡った。シンが懐から円盤状のディスプレイを取り出した。
「水銀燈……、なのか……?」
ディスプレイから光の柱が立ち上がるとともにその中に黒いドレスの少女が姿を見せた。
「ミネルヴァに来なさい」
そうとだけ言い残し、水銀燈は姿を消した。
アリスの意図もわからないまま、呆然とするシンだった。しかし、状況を把握してから動こうということ事態、すでに甘えと言えるのかもしれない。事態は車中の彼らが考えている以上に逼迫していた。
マーケットは盛況だった。月面での戦勝を記念しての祝賀会が個人宅でも開かれるのだろう。多くの人々がパーティの買い出しに繰り出しているらしかった。決して狭くはないマーケットの通路は、カートを押す家族連れで手狭な印象を与えていた。
ディアッカたちもまた一組の男女と子どもという組み合わせではあるが、少々アンバランスな買い物客と言えた。子どもの年齢の割には、両親は若すぎ、夫妻はどちらかと言えば友人関係に見えるからだろう。少なくとも、今のディアッカの連れているのはフレイであり、家族水入らずにしては大きなため息をついていた。
「あ~あ、アイリスに先越されちゃったな。ねえ、別にディアッカだって今結婚する気じゃなかったんでしょ? アイリスが二十歳になるまで待ってたってやつ? ねえ?」
カートを押しながら、ディアッカもややうんざりした様子だった。どうやら買い物の間、ずっとこの話題を振られ続けているようだ。
「またその話かよ。まあ、少しは時間がほしかったことも事実だけどな……。なんでわかったんだ?」
「アーノルドさんがそんな感じなのよ」
「アーノルドさんだって悩んでんだよ。自分がふさわしい男かどうか自信が持てなくても、だからってお前を諦めることもできないんだ。だから時間稼いでんのさ」
「そんなもんかな?」
「大切にされてんだ。少しは信頼してやれよ」
フレイはまだ納得していない様子だったが、ディアッカが妙他人事にしては妙に照れくさそうにしていることから察したらしい。表情が見る間に邪悪な微笑みに変わっていく。
「なあに? もしかしてディアッカもそうだったのぉ?」
「どうでもいいだろ」
ぶっきらぼうに返事するのは照れ隠しのためだろう。そんなディアッカの思い人は現在、自宅で調理をしているはずだ。料理ができず、たまたま手が空いていたフレイが荷物持ちにかり出されたのである。
そんな人物はもう一人いる。ごった返す買い物客の隙間を縫うように、リリーが小走りに駆け寄ってきた。手には指定された調味料の小瓶を握りしめている。
「はい、ディアッカ。持ってきたよ」
「おう、ありがとな。ん? 今日はお菓子ねだらないんだな?」
リリーは商品をカートに放り込むだけでディアッカの疑問に答えようとしなかった。ただ、ディアッカがそのことを不審がるよりもさきにフレイの手首をきかせたスナップが後頭部を捉えた。
「いつまで子ども扱いしてんのよ?」
そうして三人は一通りの買い物を済ませた後、まもなく駐車場に出ていた。買い物袋を車に積み込む時にはすでに周囲が薄暗くなり始めていた。プラントはコロニーであり、昼夜は外部ミラーが取り込む太陽光を調整することで再現される。そのため、日が沈むということはなく、太陽が徐々に楕円になっていく最後には消えていくことで夜になる。今の太陽は眠たげな瞳ほどにもやせていた。
ディアッカがふと空を見上げたのはほんの気まぐれだろう。
「地球に行くまで日が沈むんだって知らなかったんだよな……」
どれほど地球の環境に似せていようとここはプラントである。ファースト・コーディネーター、ジョージ・グレンが宇宙空間に求めたまったく新しい国なのだ。コーディネーターという新たな人類が住まい、人種、国境、宗教、あらゆるしがらみから逃れた理想郷として建国された。
優れた人は優れた社会を営み、優れた社会で構成されるのは優れた国家であり、優れた国家には当然、優れた人が暮らしている。
太陽が瞳を閉じるとくしゃみをした。
体を内側から震わせる衝撃は、それが爆音であることに気づくには時間を必要とした。あまりに大きな音であったため、聴覚が一時的に麻痺していたのかもしれない。お祭り気分で賑わう人々は意外なほどに落ち着いている。状況をまるで把握できていないため、驚きようもないのだろう。しかし、彼らは知ることになる。呆然と見つめる先、大きな火煙が上がっていたのだから。