大勢の声が飛び交って雑音にしか聞こえないグループチャットをかき分けるようにして放たれたその言葉はまるで矢のようにアデリアとマークスの耳へと飛び込み、その数字の意味を知る二人は口々に驚きの声を上げた。
「01っ!? 」
「01ってなにっ!? 欠番じゃなかったのっ!? 」
直撃弾の衝撃とものすごい轟音で全身を揺らしながら電源の落ちた闇の中でセシルが凄味のある嗤いを浮かべた。「残念ね。もう遅いわ、ノロマさん達」
シートにめり込む感触も全身に伝わる激しいバイブレーションも何もかもがコウには懐かしかった。ありし日に得た記憶の再現に少しづつ高まる熱量、そしてその一方で冷めた自分が囁く小さな声。
“ ニナ、大丈夫かな? ”
出口までの距離はアルビオンの発進カタパルトの半分以下だ、時間にして一秒あるかないか ―― だが一瞬でその世界へと足を踏み入れた彼は支配権を要求する件の力を気力で退けて感覚遅延の恩恵だけを巧みにコントロールした。わずかな時間の中で起こる様々な出来事を次々に把握して解析、対策と実行手段の選択から行動に移すのは言うに易く行うには難い。
“ 天井で爆発 ―― 敵の重砲? ”
駆け抜けざまに酷くゆっくりと爆発する天井へと視線を走らせながらコウはこの後に発生する効果へと思考を巡らせ、その爆風が機体をさらに加速させると結論した。すでにタキシングの半分を過ぎて炎の壁の向こうにうっすらと黒い影が映り込む。
“ 行動予測、対応手段選択 …… 主兵装はもう間にあわない、他に使えそうなものは? ”
少しづつ鮮明になりつつあるハンガー出口の様子を視線で追いかけながら彼はいくつかの物をピックアップする、ぶちまけられた空薬莢の海と崩れ落ちたバリケード、仰向けに転がったゲルググの亡骸。まるで生体FCSのように目まぐるしく動く漆黒の瞳は瞬時に彼の脳へと情報を送り、この一幕だけのシナリオを即座に作り上げた。その口火を切るために最もふさわしい物は入口に立ちふさがったままの敵の足元に転がっている。
“ あれは ―― ”
ハンガーの屋根を直撃したHESHは再び暴力的な破壊力でタキシング内部に目がけて盛大に破片を吐き出し、そしてその衝撃は高熱のおかげで脆くなっていた構造材に軒並み亀裂を走らせて一気に崩壊へと導いた。押し潰される空気の勢いでハンガーの出口から吐き出される炎を横目で見ながらマルコは、果たしてその攻撃が無為に終わるであろう確信を持っている。
もし今までこれだけの策を練って戦線を維持してきたのが『バンディッド』一人の力だというのならこうなる事はお見通しだ、それをわかっている彼女がここで彼にまともな出撃手順を示唆するはずが、
―― ない。
ハンガー崩落と共に噴き上がる炎と土煙が横目で見るタリホー2へと襲いかかり、焦った彼が不自由な足を動かして少しでも距離を取ろうとしたその瞬間が運命を決めた。ゴウッという異様な音と甲高い叫び声が絡まる炎の奥から吐き出された黒い影が赤い光を道連れに彼の懐へと飛び込んだ。半壊した顔面を右往左往したカメラが最後に捉えた赤い色に彼の目は瞳孔ごと大きく見開く。
“ 重量差、敵の損傷 ―― 体当たりで敵を飛ばして ”
コウは左半身の体勢を取るとそのまま腰を落として右手を差し出した。彼の視線の先にあるのはブラッシュ社製380ミリハイパーバズーカ、マルコがトーヴ2をしとめた時のものだ。撃ち切った事を示す赤いピンが飛び出していない ―― まだ使える。握った瞬間に伝わる強烈なバックラッシュを鍛え上げた筋力で押し返してトリガーガードに人差し指を差し込む。
“ コックピット ”
重モビルスーツのショルダーアタックで吹き飛んだクゥエルがわき腹で折れ曲がり、HANSが外れるほどの激しい衝撃はパイロットの生存確率を上げるために備えられたエアバッグの火薬に火をつけて一瞬でタリホー2の視界を奪い取った。展開した白い幕に全身を拘束された彼が必死で事態の打開を図ろうとすぐさま操縦桿を動かすが機能に障害を帯びた機体が応えられる事は少なく。
それでも死中に活路を求めてもがき苦しむ彼の耳にゴンと言う金属がぶつかる音が鳴り響き、それが晩鐘の鐘の音だと気づいた時にはすでに白い光の中へと魂が引きずりこまれた後だった。
宙でくの字に折れ曲がったクゥエルに向かって差し出されたバズの砲口がコックピット前面へと添えられた途端に火を噴き、パイロットごと爆砕した炸裂弾頭の残火が機体を真っ二つに引き裂いて夜空へと走り抜ける。物理を蔑ろにした一連の攻撃に混乱したタリホー4は反射的に立ち上がってマルコに向けていた銃の引き金へと手をかける、だが威嚇のために発砲準備を整えていなかったその行為が彼にとっての命取りとなった。ロックオンマーカーの赤い点滅の中でくるりと回った黒い影がまるで幽霊のようにカメラの視界から掻き消え、次の瞬間には景色が突然断絶してNO SIGNALの文字が点滅した。被弾衝撃も何もないままでの突然の異変に彼はすぐさま機体の不具合を悟ってパネルのインフォへと視線を走らせると、ダメージをリアルタイムで表示するそこには信じられないレポートが赤い文字で書きこまれる。
「! 頸部損傷、離断だとぉっ!? 」
“ 盾を使って ”
コウは空いた手で地面に落ちているゲルググの盾を掴むと振り向きざまにクゥエル目がけて投げつけ、くるくると勢いのついたその縁はモビルスーツで最も弱いとされる頸部構造を一気に刎ねた。特徴的なピンヘッドがバリケードの縁に当たって転がり落ちるその一瞬でコウは相手との間合いを一気に詰める。生き残っている相手の火器管制がパイロットの意思を反映して背中のバックパックへと手を伸ばし、ビームサーベルの柄を掴んだその手を左手で抑え込んだフュンフは右手の得物をコックピットの装甲へと押しあてた。
“ 終わりだ ”
アンドレアの命を奪って勝者の余裕を漂わせていた敵のあっけない最期、零距離射撃で弾ける閃光を欠けたモニターで見つめながらマルコは驚きを隠せない。
コウ・ウラキ予備役伍長 ―― 彼はいったい何者なんだ?
一時は本社勤めだったとはいえレジスタンスとして活躍していた頃は事あるごとにモビルスーツ掃討の任に就き、その中で何度もモビルスーツ同士の戦いは行われて自分はその光景を見ながらゴーレムハンターとの連携を取っていた。人型を模した巨人族同士の争いは決して素早いものではなく鈍重で、自分はその中で何度も勝機を見出して何体もの敵を行動不能へと導いたものだ。いくら高性能の機体と言ってもそれが人の予想を超える事はないはずだ。
…… いや、伝え聞いた話ではそれを実践できる者が連邦にもジオンにも何人かは存在したという。だったとしても一瞬で二機の最新鋭を葬り去って空のバズを投げ捨てている ―― 彼は。
いったい何者なんだ?
「パイロット、怪我は? 」ケブラーシートをはためかせながら振り返るその姿はまるで黒騎士。「ああ、いえ。おかげ様で …… 助けていただいてありがとうございます。自分はマルコ・ダヴー曹長」
「曹長、でしたか ―― 失礼しました。差し出がましいようですがその機体はもう動けません、すぐに脱出してハンガーの奥にいる整備班と合流してください」
階級を聞いた途端、相手の歳に関係なく敬語になるのは倫理観がしっかりしている証拠でもある。マルコは悪魔のような戦闘能力と機体の中の人物像とのギャップにクスリと笑った。「お言葉に甘えてそうさせていただきます ―― ですが伍長はこれから? 」
「受領した命令は当基地に侵攻した敵戦力の無力化です、難しいですが」そう言うとフュンフは背中からスラリと大太刀を抜き放った。ブン、という唸りを上げるIフィールドがたなびく煙を斬り裂いて煌々と赤く輝く。
「 ―― あと七機」
「 “ …… は、ハンプティからトーヴ1。2と4をロスト ―― な、なんだあれは ” 」「 “ …… 中佐、あの、機体は ” 」
驚きのあまり途切れ途切れになる二人の声を聞きながら、ラース2から送られてくる望遠カメラの映像を声もなく見つめるダンプティ。戦場の風にあおられてするするとほどけていくケブラーシートの下から現れたのは紛れもなく過去に自分が乗っていた物と同系機 ―― しかし。
「なぜ、奴らが …… あれを持っている? 」シルエットはⅡとほとんど変わらず、むしろ自分が乗っていた物は実戦経験を経て改良が施された最終型で頭部の形状がほんの少し丸みを帯びている。だが肩のショルダーアーマーが赤く塗られたドムは自分が知る中ではただ一機。
「おのれ、連邦の外道どもめっ! よくも墓を暴くような非道な真似をっ!? 」あの機体は最後までグワデンに残されていたはずだ、それをっ!
閣下の機体を、よくもっ!!
「ダンプティからトーヴ1に発令っ! どんな手段を用いてでもあの機体をぶち壊せっ! これ以上閣下の無念を連邦のいいようにさせるんじゃないっ! 」
「 “ おっしゃられなくてもそのつもりです、冗談にも限度があるっ ―― ハンプティっ、残弾を教えろっ! 命令変更だ、あの機体の撃破を最優先っ! ” 」
* * *
「だからぁ。01はお前がつけなきゃだめなんだって」
唇を尖らせて抗議するキースの手にはできたばかりの部隊章 ―― 空を思わせるセルリアンブルーの下地に白い鳥がジオンの紋章を加えて羽を広げ、泥を跳ね上げて沼から飛び立つその意匠は四人で一生懸命考えたものだ。「またその話か? いい加減に諦めろよ。01って戦隊長だぞ、伍長が戦隊長って部隊がどこにあるんだ? 」
「だってガチのバニング大尉に勝ったのってお前だけじゃん? それに階級だって元中尉だし。俺なんかいいとこモンシア中尉にボコられて最後の最後までひよっこ扱いだぜ? 絶対お前が01つけなきゃ」
「でも立派なエース様だろ? キースだって名乗る資格はあるんじゃ ―― 」「あのさぁ」
なおも言い逃れようとするコウに向かってキースは不満顔を近づけた。「本当は俺が隊の名前をつけたかったんだぞ? せっかくいいの考えてたのに。その権利をお前に譲ってやったってのに俺の頼みは聞けないってか? 」
「あ、いや。それは ―― 」
「ほーら、なーんも言い返せないだろう? そりゃそうだよな、正義はわれにありィ」勝ち誇ったように笑うキースを見ながらコウは半ばあきらめたように小さなため息をつく、それは士官学校時代に初めて出会った頃からいまだに変わらない二人の儀式だった。
「 …… 全く。能天気だな? 」
「ポジティブだって言えよ。模擬戦じゃコウには敵わないんだ、だったらせめてこういう所で帳尻くらい合わせとかないと不公平だろ? …… じゃあ01の件、よろしくな」
* * *
“ 01、発進! ”
「! コウっ、だから戦隊長はお前が ―― ! 」怒鳴りながら目覚めたキースは持ち上げようとした上半身を両肩のベルトでシートへと叩きつけられた。忍び込んでくる夜風に混じる焦げた匂いと息の根の止まったジムのコックピットを照らし出す星明かりがまだ意識がぼんやりしているキースの周りを取り囲む。
「あれ、ここは …… なんで俺コックピットに ―― ? 」ぼんやりと呟きながら腑に落ちない表情であたりをきょろきょろと見回してから使い古したヘルメットをむしり取るとその勢いでかけていたサングラスがぽとりと膝の上へと落ち、仄暗さに透かしてしげしげと眺める彼の目はライフルの直撃にも耐えると評判のレイバンのひび割れたレンズを見つけた。
「ちょっ、まじかよ? これ以外と高いんだぜ、またモウラに怒られる ―― 」
情けない声をこぼしながら自身のトレードマークを拾い上げ、しかし頬を撫でる不自然な風を感じた彼の顔がゆっくりと頭上へと向けられて言葉を失う。満天の星星とかすかに夜空を染める朱色でコックピットの天井がなくなっている事に気づいたキースはあっという間に直近の記憶を取り戻した。
「直撃、弾だった …… まだ生きてるのか、俺? 」脳裏へと次々に浮かび上がるスライドショー。この世にまだいる事を確かめるように自分の両腕を抱いて、怖気づいた心がもたらす震えをなんとか止めようと試みるのだが歯の根が壊れたおもちゃのように鳴り続ける。粉々になった勇気の欠片を拾い集めて自我を取り戻す為に必要な事 ―― 先任としての役割と心得を何度も何度も心の中で唱えながら彼は自分を目覚めさせた要因がなんであったのかという分析だけに専念する。
落ち着けキース。考えろ、何か大事な事があったはずだ。なんであんな夢を見てた? さっき聞こえた言葉って何だった? 単語、慣用句 …… いや、数字 ―― 。
「 …… そうだ、01. ―― コウっ!? 」言葉が口をついて出たとたんに彼の目が光を取り戻してすぐに体が動き出す。反射的にベルトを外してシートの下からレスキューキットを引っ張り出したキースは慌てて屋根の抜けた天井から外へと踊り出た。
巨大な腕を伝って地面へと降り立った彼が見た現実は想像を遥かに超えていた。ジムの下半身は熱核炉付きで山の斜面の下まで吹き飛ばされ左腕はどこにも見当たらない、コックピットのある胸部と繋がった右手 ―― 握りしめたままの対物ライフルだけが無傷でそこにある全てだ。
「 ―― す、げえ。まったくもってバラバラじゃないか、これでよく」
積み重ねた経験値でとった防御姿勢のせいで盾の裏に装備してあったルーファスの予備が誘爆した結果がこのありさまだ、だがその一方で彼はこれが不幸中の幸いだという事にも気づいていた。もし敵の重砲が普通に直撃したのならこんなものでは済まない。
「 …… 予備が爆発反応装甲みたいに敵の弾を弾いてくれたのか」
敵の狙いは正確に頭を狙っていた、直撃すれば120ミリの徹甲弾はペラペラの盾など即座に抜いてコックピットまで届いていただろう。だがモビルスーツを一発で破壊できるだけの炸薬が反作用でその砲弾を吹き飛ばし、大きな代償を支払う代わりに自分の命を守ってくれたのだ。すぐそばに腰かけていた死に思わず身震いしながら、しかし彼はすぐそばに見える稜線の境い目目がけて駆けあがるとレスキューキットから双眼鏡を取り出してハンガーへとレンズを向けた。
「! ハンガークイーン? どうやってあれを …… ニナさんもお手上げだって言ってた ―― 」
言い終わる前に闇に轟く記憶に生々しい砲声がキースの本能を支配する。反射的に目を向けた対岸の麓に見える爆炎と特徴的な黒いシルエットは紛れもなく自分を屠った怨敵、慌ててフュンフの安否を求めて視線を戻すと回避機動の慣性でよろめく機体の影が飛び込んできた。コウの実力をかつての紛争で知るキースにとってはそれは当り前な事なのだがそれでもやはり大きな安堵のため息が漏れてしまう。
「さっすがコウ。この距離からじゃあどうあがいても仕留められっこない …… でも」
その懸念は隊を指揮する者としては当然の帰結だ。圧倒的な戦力差があるのならそれを生かすのが当然の事、敵はコウを包囲して火線の中央へと追い込めばあとはどうにでもなるだろう。至極当たり前な戦術展開を予測して事態を見守るキースの眼下ですでにその気配は広まりつつある。
「 ―― ちくしょうっ! 」
自分には親友の危機を助ける手立てもない、地面を拳で叩いてこみ上げてくる怒りを吐き出しながらそれでも彼は必死に今自分に何ができるかを考えた。今から反対側の山まで駆け上ってあのタンクに肉薄して ―― そのためには破壊力のある武器が必要だ。レスキューキットの中にある物で何かないか? 混ぜれば発火する類のものでもいい、それとどこかに転がってるライフル弾の火薬を使って ―― ?
「 …… ライフル、弾 ―― ? 」
被弾する瞬間までの記憶をキースははっきりと思い出した。外したと同時にボルトを引いて空薬莢を飛ばして盾の裏から次のルーファスを抜き出して装填する、ボルトを押し込んで ―― 。
弾けるような勢いで残骸へと駆け寄ったキースは敵の視界に入らないように注意深く携帯のライトを操作してチャンバー内を覗きこむ、そして彼の記憶とスナイパーとしての習性は正しかった。真っ暗な薬室内でまっさらな薬莢の底部が鮮やかな輝きを放ちながらそこにいる、息を潜めたまま役目を失った最後の一矢を凝視しながらキースは携帯のホログラムを展開した。
至近距離での爆発でそのほとんどの機能を失われているのは予想通り、だが緊急事態に使う通話機能だけは電磁波から保護されて生き残っている。赤く表示されたキーパッドを見てほっと溜息を吐いた彼は体が覚え込んでしまったその番号を一息で打ち込むと祈るように呟いた。
「頼む …… 出てくれっ! 」
* * *
着信音が鳴った瞬間にモウラは石像のように固まって閉じようとした退避壕の鍵を取り落とした。足元で鳴るカチャンと言う音で異変を察した最後尾の整備兵が振り返って何事かと何度も尋ねるのだが彼女は真っ白な顔でなにも答えず、ただゆっくりと右手を動かしてそっと携帯のホログラムを展開した。緊急通話を知らせる赤い表示とそこに刻まれた番号を瞬きをしながら幾度か確認して震える指が通話ボタンへと添えられる。
「キースっ!? あんた今まで何やってたの、生きてンならちゃんと連絡ぐらい寄こしなさいよ、このバカっ!! 」
点火と同時に口から飛び出す、嬉しさを一周した怒声と内容に今まさにハンガーを後にしようとしていた避難の列はガラガラと崩れてモウラの周りにそそくさと集まった。
「悪りィ、こっちはこっちで何かと立てこんでてさ ―― ところで状況は? 」苦笑いを浮かべて鼓膜の痛みに耐え忍ぶキースに向かって追撃の矢が突き刺さる。「 “ 悪りィってあんたたったそンだけっ!? あたしが一体どれだけ心配してたかわかってたってのかい!? コウもあんたもパイロットって人種はどれだけ人の気持ちに鈍感にできてンだ、少しはしおしおと形だけでも反省して見せなさいって! ” 」
「わ、わかったから落ち着いてくれ。今山の上からハンガーを見てるんだが …… あれにコウが? 」
「 “ そうだよっ! ―― まったく明日になったら覚えてなよ、あんたが心の底から謝るまでいやって言うほど説教してやるからねっ! ” 」わだかまりを全て吐き出した事で何となく溜飲が下がった彼女の声はすでにいつもの調子を取り戻していた。「 “ 何のはずみか例の封印が解けてコウとニナが一緒に乗ってる、ハンガーはそこから見てもわかるだろうけど完全に破壊されて放棄したわ。アデリアとマークスには全部事情を伝えてあたしたちはこれからバンディッドの誘導で避難場所に向かうとこ、あんたも無事なら早くこっちに戻って ―― ” 」
「コウとニナさんが一緒に乗ってるって? 邀撃に出たって事か? 」ハンガーを放棄したという事は基地の防衛機能は完全に失われたに等しい。「コウの動きに何か変わった事は? 」
「 “ マルコからの報告だと手持ちも使わずにあっという間に二機潰したって。久しぶりの実戦でそんなことできるなんてあたしにゃ想像もつかないね、変わった事って言やそれくらい ” 」
その戦果に大概の者は希望を抱き、賞賛を持って褒め称えるのかもしれないがキースは違った。多分コウは最初の一手で自分の力を誇示して残りの戦力を自分へと引き付けるつもりだ、単機で多数を撹乱しながら配置の乱れを突いて一機づつ仕留めていく ―― モビルアーマーに乗ったガトーが連邦軍の艦隊相手に使った手によく似ている。
だがそれはあくまでコウ『だけ』が操縦している場合だ、軍属とはいえ民間人でしかも戦闘未経験の素人を乗せてそれがどこまで続けられるのか? 「 “ こっちはもう避難を始めてる、あんたも早くあたしたちと ―― ” 」
「そうしたいのは山々だがモウラ、実はお前に ―― いや整備班に頼みがある」
―― 急がないと。
「はあ? あんた何言ってンの? 」期待値込みで色のいい返事を確信していたモウラが思わず宙を見上げて携帯から流れてきた言葉を反芻して ―― それでも混乱だけが彼女の頭に残る。
「 “ 直撃弾を受けたルーファスのおかげで俺は無傷だけど機体は完全にバラバラだ、下半身は熱核炉込みで山のふもとのどこかに消えて左手と頭は切り取られたみたいにスッパリとなくなってる。でも右手とコックピットの操作パネル、対物ライフルは無傷で銃身は対岸のタンクの方を向いている ” 」
「だからあんたはなに言ってんのよっ! できるわけないじゃない、そんな状態でどうやってライフルを撃つって!? 電源がないモビルスーツなんてただの鉄クズだ、そんなの使ってまだなんかしようなんてあんた絶対どうかしてるっ! 」
「 “ どうかしてるさ、だって俺は『不死身の第四小隊』のたった一人の生徒だぜ? こんなことで挫けてたらあっちでバニング大尉に怒られちまう ” 」
「だめなモンはだめだってっ! モビルスーツがダメになったパイロットは戦線離脱が鉄則だ、そんな事はあんたが一番よく知ってる事じゃないかっ! 頼むからあたしの言う事を聞いてっ! 」
「 “ なあモウラ …… 俺はどうしてもコウを助けたいんだ ” 」
絶対に言う事がわかっていながら絶対に聞きたくなかったその言葉にモウラは絶句するしかない。様々な複雑な感情が一通り彼女の表情を通り過ぎ、今にも噴火しそうな息遣いを口角から何度も吐き出しては吸い込んで。無言の抗議を幾度か繰り返した後に黙って返事を待つキースに向かってモウラは言った。
「 ―― 約束、しなよ」
その言葉を捻りだすのにどれだけの葛藤と決意を必要とするのか。「絶対に、いきて …… あたしの所に帰ってくること。もうあんな、思いは …… したくない」
* * *
「ジェスと先任以外でまだあたしとこの場に残ろうって物好きな奴っ! 通路の倉庫からジムと隊長の持ってった対物ライフルの青写真を持ってきてっ! 」キースとの通話を切った途端に上がるモウラの命令に彼女の周囲へと群がっていた整備兵たちはざわざわと騒ぎ出した。「は、班長? どうしたんですかいきなり、設計図って ―― 」
「隊長から連絡が入った。彼はまだ生きて反撃の手段を探してる」知らせを聞いた彼らが今夜何度目かの喜びに打ち震えた刹那、果たしてモウラの厳しい声が飛んだ。「騒ぐんじゃない、事態は深刻だ。隊長のジムは敵の砲撃を受けて戦闘不能だ、現在全ての電源を失ってる。それでもライフルの中にはまだルーファスが一発だけ残ってる」
「 ―― 班長まさか」尋ねたのは火器整備を担当しているラドウィックだ、あの夜にキースの下へとベイトの伝言を携えてきた兵士でもある。恐る恐るモウラへと視線を向けた彼を鋭い眼光が睨みつける。
「そのまさかさ。肘関節と人差し指のアクチュエーターを動かして照準器を作動させるだけの電力を鉄クズ同然のジムから探し出す、それにはプロフェッショナルとしてのみんなの知恵が必要だ ―― いいかい、こっからはオークリーモビルスーツ隊全員の戦いだ。なんとしてでもそれを探し出してあたしたちの力であのタンクをぶっ潰すっ! さあみんな、あたしとキースに力を貸しとくれっ! 」
* * *
副官モードでの彼女はめったな事で表情を変えない ―― これでも今夜は感情の大盤振る舞いをしてしまっているが、モウラからの連絡を受けたセシルは今夜初めて見せるであろう驚いた顔で後ろに立つヘンケンへと振り返った。
「整備班から連絡 …… どうやら怪我人と搬送する整備兵を除いてまだハンガーに残るそうです」
「? 放棄したんじゃなかったのか? もう宣言もしちまったし、まだ何か ―― 」
「02がまだ生きているそうです」 彼女の言葉に今度はヘンケンが驚く番だった。「彼は破壊されたジムを使って敵タンクの破壊を試みると。連絡を受けた整備班がただいま手段を検討中との事です」
「怪我人以外誰一人逃げることなく、か? 」尋ねられて小さく頷くセシルの目の前でヘンケンの表情が変化した。呆けた表情が次第に喜びと悲しみの入り混じった顔へと変わる。「ウェブナー、お前は一体どうやってこれだけの人材を集めたんだ? まったく」そう言うと後ろからセシルの両肩を軽く掴んだ。籠められた熱と溢れる喜びが彼女の肩に届く。
「許可する。これだけの逆境を跳ね返すオークリーの底力、この目でしっかりと見せてもらおう。だが絶対に死ぬなと伝えろ、事が済んだら退避通路から食堂方向へ向かうように」
予備の電源を使ってサーバーの機能封鎖を続けているチェンを見ながら命を受けたセシルが小さく笑って呟いた。「こんな人たちがまだ残っていたなんて。連邦軍になんか絶対にあげられませんね」
「あたりまえだ、もう絶対に渡さん」そう言うと彼女の肩から手を離して腕組みをしながらニヤリと彼は笑った。「今晩生き延びた奴全員、俺が必ずグラナダまで連れてってやる」
* * *
照明を落として真っ暗になった厨房は不気味な静けさを漂わせている、複雑に導線の入り組んだ機器の奥 ―― 次の特別な部屋へと繋がるドアの陰でひと際大きな巨体が辺りから身を隠すように座り込んでチャット先の相手と話をしていた。「は、 …… 敵はこちらの陽動に引っかかってもうすぐキルゾーンに着くところです、ですからこっちにはまだ来ない方がいいでしょう。そのまま怪我人と一緒に通路にいてください、多分そこが一番安全です」
野太い声を潜めてひそひそと呟くグレゴリーの耳に遠くで連続する射撃音が聞こえてきた。何かに突き刺さる鈍い音と叫び声が闇の中で彼の顔を曇らせる。「 …… 陸戦隊はよくやってくれました、今ので八人目 …… そうですね、彼らの犠牲を無駄にしない為にも ―― ええ。ではこれより掃討を開始します、通話終了」
通話を切ってホログラムをしまった所に彼の部下が駆け寄った。「チーフ、敵がラウンジに侵入しました。残りは14人、全員夜間装備ですが最後尾の一人は対戦車ミサイルを持ってます」
「陸戦の報告の通りか ―― 生き残りに伝えろ、これ以上の陽動は必要ない。速やかにこちらへ退避しろ ―― ご苦労さん、とな」グレゴリーの言葉に小さく頷いた部下がすぐに持ち場へと取って返す、闇へと消える後ろ姿を見ながらグレゴリーはチャットを展開した。「グエン、準備は? 」
「 “ 仕込みは万全、いつでもどうぞ ―― あいつらほんとに特殊部隊ですか? よくあんなに騒々しく動けるモンだ ” 」
「戦争が終わったころにできた寄せ集めだろうからな、勝ちに目のくらんだ兵士なんてそんなもんだ ―― 手筈通りに動いて奴らをここに誘い込め、そこで一気に殲滅するぞ」
背にしたガラス張りのドアに目くばせしながらグレゴリーが凄味のある声で言った。「俺たちのお客様を奪ったツケ、今ここで存分に払ってもらおうじゃないか」