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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] fallin' down
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:6649b3b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2022/10/25 23:39
「◎*X ―― #」  なんて言っているのか、わからない。
 目の前で突っ伏した大きな黒い影に向かって呟いた、なにか。

 まもれなかった、なにも。
 なくなっちゃった、なにも。

 もしかしたら思い出も未来もあたしにとってはもったいなくて、ほんとうはこうやっていつまでも誰かと殺し合っているのがおにあいなのかも。お姉ちゃんが死んだ時にないたこともニナさんを助けてあげられないとないたことも、嘘。
 だって、ほら。

 涙が、でない。

                    *                     *                    *

 うつ伏せになったザクを弔うかのように傍らに立つ明るい機体、だがガザエフはその全身を覆い始めた異形を確かに感じた。足元から湧きあがって体へと巻き付くどす黒い触手はあっという間に彼女であった者のことごとくを犯し尽して嬲りつくす。果たしてそれがすべて終わった瞬間に夜空へと解き放たれた咆哮はもう、人ではない。

「やっと ―― やっとか、アデリア・フォス」
 心地よいその音色を聞きながら。
 世界を凍らせる死の気配に体中を浸しながらガザエフは嗤う。

 これで、やっと ―― 死ねる。

                     *                    *                    *

状況の変化を察知した時に取る二択 ―― 前に進むか後ろへ下がるか。全滅した前衛が前者を選択したのに対してブージャム1を含めた側近たちは後者を選択し、それは違った結果を産んだ。次々にドミノ倒しで倒壊するワインラックと続けざまに砕けるワインの瓶に追いかけながらも彼らは誰一人欠けることなく入り口側の壁へ取りつくことに成功した。轟音を上げて脇を掠めるきらびやかな雪崩に視線をくれながら一人の兵士が思わず感想を口にする。
「ヤロ、ばけモンかぁ? どうやってこんなモン一人で倒せるって? 」
「そう思わせとくのがこのトラップの肝だったのかもな。実際ほんの少しでも反応が遅れればあっという間に棚の下敷きになってガラスの破片とサンドイッチだ、そうなりゃあとは跡形もなく吹き飛ばされるまでここでじっと待ってるしかねえ ―― 隊長」
 次の指示を仰ごうと男が顔を向けるとブージャム1は明らかに殺意に目を血走らせている、脇の鞘から自慢のククリを抜き出しながら吐き捨てるように言った。「どうせ奴らもここでネタ切れだ、急いでここから出て奴らの後を追う。たどり着いたところを奴ら全員の墓場にしてやる! 」
 刃をきらめかせておもむろに立ち上がった1が壁際に残った通路を真っ先に駆けだす、いつもは一番後ろから前を煽る指揮官とは思えないほど突飛な行動に残った連中は装備の確認もそこそこに慌てて立ち上がった。全員がその場を離れるわずかの間に先頭を走る指揮官は部屋の角にまで到達している。
「おらっ、グズども何をしてやがる屠殺だ屠殺ゥッ! さっさと来ねえとおめえらの分まで俺が豚どもを皆殺しにしちまうぞっ!? 」
 たまりにたまった自分のうっ憤を晴らす方向が定まって、醜さの欠片もない晴れ晴れとした表情で駆けるその視界をエアコンから吹き出した粉末が少しづつ覆い隠す。
「悪あがきを、どうせさっきと同じ目くらましで時間を稼ごうなんて二番煎じがこの俺様に通用するとでも思って」

 それは快感に溺れた心が生み出した油断。
 いつもならば部下を先に進ませて自分が後から押し出す ―― それで全てがうまくいっていた。だが彼の露払いを担う兵士たちは残忍な一面を持つ彼を刺激しないために絶えず周囲に気を配り、特に前方に仕掛けられたトラップに対して十二分な注意を払っていたのだ。今もしも後ろからついてきている部下の誰か一人でも彼の前にいたのならそれは必ず避けられた。
 だがブージャム1が踏み出したその足に引っかかったワイヤーは彼の欲望の赴くままに引き延ばされ、端に繋がっていたピンが勢いよく弾け飛んで仕掛けられた雷管に火がついた。

 白リン手榴弾。ウィリーピート
 殺傷能力の低い、現代では発煙筒として利用される携行兵器で容器の大半に充てんされた白リンが燃焼を始めると炎と煙を同時に発生させる。トラップとして仕掛けるならばもっと破壊力のある物を仕掛けるべきとの部下の進言を押し切ってグレゴリーがこれを最後の仕掛けに選んだのにはきちんとした理由があった。
 まず白リンの出す煙が『赤外線を阻害しない』事。
 暗視ゴーグルのセンサーが不具合を確認したらそれだけで敵は周囲の異変に注意を払う。いかなる状況でもなにかが起これば即座に対応できるのがプロというものでグレゴリーは決して彼らの実力を見くびってなどはいなかった。彼らの能力をきっちり分析しきったうえでなおかつ心理の虚と実を突くために選択した携行武器、緊張の後に来る安堵は多くの兵の判断を狂わせた。
 次に白リンの燃焼時間。
 雷管点火約五秒後に発火、以降一分間化学反応によって燃焼し続ける間は一切の消火行為を受け付けない。たとえ酸素がなくても、燃える。
 その一分という時間が、とくに重要。

 トラップが作動した事を認知した全員が各々ガラスまみれの床へと突っ伏してその瞬間を待った。破片手榴弾なら爆発物に対して足を向けた伏臥の状態で頭を抱えればある程度の損害 ―― 致命傷以下という程度だが、それでも行動不能は避けられる。それぞれが心に抱く神と神ではない者に祈りながら息を殺して待つ五秒という時間、だが缶を潰すような破裂音も爆風も起こらない事を不思議に思った誰かが勇気を出して面を上げるとそこにはただもうもうとした白い煙が立ち込めているだけだった。
「不発か? ―― いや」目をしばたかせながら煙の根元へと視線を送ると、そこにはラックに縛り付けられたプラスティックの円筒がある。武器に精通している彼らにはそれが一目で何であるかが分かった。「 …… なんだ? 発煙手榴弾なんか仕掛けてどうしようって」
「ただの足止めだろ」 続けて起き上がって事態を知ったもう一人が忌々しそうに吐き捨てた。「そんな子供だましでも十秒くらいは稼げンだろ ―― だがバカな連中だ」
 ゴーグルを額にあげてつかつかと歩み寄った兵士が目を細めてしゃがみこむ。「これじゃあ手持ちがなくなってますって俺たちに教えてるようなモンだ、これで奴らもMPIの連中見たくなぶり殺しが確定したってわけだ …… と、それより急ぐぞ」立ちあがった男がほんの少し先で起き上がろうとしているブージャム1の影に目を向けた。
「これ以上あンな状態の隊長に先走られたんじゃあどんな厄介事を背負いこむかわかンねえ、そうなる前に俺たちで露払いだ」
 周囲を覆う白い霧は次第に濃くなっている、今まで見えていた1の影ですらこの短時間で薄らいでしまうほど、早く。
 仕掛けられた筒が放つ強い光で網膜がやられないように目を背けながら装備を確認した彼らがもう一度追撃にかかろうとその一歩を踏み出した時、突然背後で輝いた閃光が自身の影をくっきりとセラーの壁に焼きつけた。

 その白い霧が消火剤などではない事を仕掛けたグレゴリーたちは知っている。「うちの艦長が直々に育てた製パン用の強力粉だ、お前らのために捏ねてる暇はねえが」
 グレゴリーが外通路の窪みの陰で耳を覆って頭を押さえる。計算上の理論値では十分、だがそんな事をいまだかつて誰も試した事はない。ぶっつけ本番の大仕掛けに一体どれだけの威力があるのか?
「とくと味わえ、バカ野郎」

 可燃性粒子・酸素・着火点・浮遊拡散・空間的制約。五つの要件を全て満たした時に起こる爆発的な燃焼効果 ―― 粉塵爆発。ウィリーピートによって点火された強力粉はそのグルテン含有量の低さから小麦粉の中で一番長く空中に浮遊する、加えて作動するエアコンがワインセラー内の空気を対流させて粒子密度の高い空間を作り上げる。一瞬で炎と化したその雲はセラー内の空気の体積を膨張させて外壁にひびが入るほどの圧をかけた。逃げ場を求める空気が炎とともにセラーの扉を両側とも粉々に吹き飛ばす。
 さらに部屋全体に一瞬蔓延した火球は揮発していたワインに火をつけて延焼を促す。暴走する上昇気流は火炎竜巻となって部屋中を席巻してありとあらゆるものを渦へと巻き込み取り込まれたワインボトルの破片という不可視の凶器が、爆発で吹き飛ばされて身動きのとれなくなった兵士の全身をこれでもかと言わんばかりにズタズタに斬り裂いた。

                    *                    *                    *

 それは今までに向き合ったどのモビルスーツとも違っていた。
 両手をぶらりと投げ出してふらふらと歩む無形の型、一見隙だらけでどこからでもいけそうに見える。だが。
「 …… すごいな。至る所のジョイントがルーズだ、しかも動き回っている」思わず感嘆のつぶやきを漏らすガザエフ、それほど彼女の動きには無駄がない。可動部の関節は油圧が解かれてぶらぶらしているがモーターだけは乗り手の意志を反映して絶えず動き、それが彼に対するフェイントの役目を果たしている。
 格闘技で言うところの『脱力』 ―― 近接に長けた彼女ならではのセットアップ。しかし攻撃の際にはそれが大きな効果を発揮する。
“ ―― 来るっ ”
 念じた瞬間に間合いの外にいたはずのザクが一気に懐まで飛び込んでくる、無拍子で繰り出される剣閃は見た事もない速さで彼のマチェットと火花を散らす。機体の持つポテンシャルではなく下半身と腰を連動して動かす上半身のねじれによって振られる右手は、早い。
「うおっ! 」そのサーベルに乗せられた全体重が彼の体をのけぞらせ、今度は腰のひねりを逃すために回った上半身が下肢を捩って加速をかける。振り上げた左足がまるで鞭のようにしなってクゥエルの側頭部へと直撃した。衝撃で砕け散るバイザー、むき出しになったカメラがフォーカスモータを駆使して敵の姿を追いかける。
「ちっ、こんな動きが骨董品にできるとはなっ! 」パワーをミリタリーにまで上げたガザエフが残心途中のアデリアに向かって剣を振る、しかしそんな腰の引けた剣撃でこの鬼を仕留める事などできない。遅れてきた左手でマチェットの平を叩かれたガザエフが上半身をぐらつかせると、一回りしてさらに加速した右手のサーベルが横薙ぎに襲いかかる。
 クゥエルの足裏のサスが跳ねて間一髪のところでそれを躱したガザエフだが、劣勢であることを自覚したうえでもその表情には絶えず嗤いが張り付いている。
「やるな鬼姫っ! それでこそだっ! 」大きく吠えたガザエフがマチェットを逆手に握り直して腰だめに構えた。一見逆手持ちは自分と相手との間合いを縮めるために危険と思われがちだが近接戦闘が得意な相手には特に有効な戦術だ、敵の攻撃を受けるのは刃の側であり、受けイコール攻撃へと直結する。
 
 なにそれ。
 能面のアデリアがモニターに映ったクゥエルを見て唇だけで呟いた。コックピットの中はすでに各関節のストレスが限界を示すアラートで姦しく、しかもニナの作ったOSまでもが常識外れの機動に警告を示している。だが何も響かない。
 油圧を落としたのはそうした方がいいと思ったから・関節を動かしたのはそうした方がいいと思ったから・腰のひねりも後ろ回し蹴りも相手の武器を叩いたのも。
 全部そうしたほうがいいと思ったから。
 時折こみ上げてくるどうしようもないなにかが口をついて飛び出してくる・はきださないとどうにかなっておかしくなりそう・くるしいのかきもちいいのかもわからない・どうしていいのかも何もかも。
 ただ。
 あいつは。
 あいつだけはこわしてしまいたい。

 再びゆらゆらと肩を揺らしながら動き出したザクを見ながらガザエフは徐々にセッティングを変えている、いくつもの摘みを動かしてモーターの負荷を高速側にシフトして再び真見えるための準備。パワーは落ちるが全ての機動力を限界以上に高めて相手の攻撃を速度で上回る、受けに弱いそのセットは全部この日のために彼が用意してあった奥の手だ。
 モーターコンプレッサーのマグネットクラッチがカチカチと作動してセットが変わり各関節のバランスが不安定になる、揺れてどうしようもなくなる機体。だがこの不安定さがすなわちこの戦いの鍵となる。不安定であるが故に生まれる反作用は返しの速度を各段にあげる、それはカウンターを取った時に自分の攻撃が相手の攻撃を上乗せして放たれるという事だ、パワーはそれで補える。
 
 ゴウ、という音が夜闇に響いてザクの体が跳ねるように飛んでくる。今度は歩法ではなく推進剤を使っての間合い潰しにガザエフはぶれたように一歩下がって着地を狙うが、それを読んでいたかのように降下途中のザクはバーニアの二度噴きで距離を伸ばした。袈裟がけに振り下ろされる彼女のサーベルを逆手の刃で受け止め、その勢いを上乗せして反発した右腕ごと刃を滑らせてザクの顔面を狙う。
 さすがのアデリアも首の関節までルーズにはできない、無意識に首を振ったその脇を掠めたマチェットが動力パイプに食い込んでオイルを噴き出させる。だが狙い通りとほくそ笑んだガザエフの心の隙を突くようにアデリアの左掌底がクゥエルの操縦席を直撃した。装甲板を叩く轟音とともに芯に入った衝撃波が機能のいくつかの息の根を止める。
「! 器用な奴だ、そんな事をする奴は初めて見たっ! 」
 一筋縄ではいかぬ返礼にガザエフは再び距離を取った。恐らくショートレンジでの攻防は自分にとって分が悪く、アウトレンジで攻めるには手持ちがない。そうなるとミドルレンジでの攻防という事になるのだが果たして主導権が握れるや否や?

 ダメージレポートが大騒ぎをしながら自機の損傷が深刻なものであることをパイロットへと伝えるが彼女の反応はひどく無機質なものだ。モニターを一瞥した途端に起こしたアクションは流体チューブの損傷に繋がるバルブを遮断して油圧の低下を防ぎ、他の個所に影響が及ばないようにする ―― ただ、それだけ。
 対応自体には何の問題もなく教科書通りで士官学校や訓練で教わるものではあるがここでの処置は間違っている。実戦経験のない彼女と何度も死地を乗り越えたマークスとの差がここで如実に出た。
 ザクの両頬に取り付けられた動力パイプは誰の目にも明らかな機体の弱点だ、そこを破壊されればこの巨大な機動兵器は徐々に駆動力を失っていく。士官学校で教わるその際の措置はあくまで後退するために必要最低限のもので決して継戦のために取られるものではない、動脈を傷つけられた剣士が傷口ごと手足を縛って戦っているようなものなのだ。
 もしアデリアが冷静な判断 ―― 演習においてはそれは彼女の役目だった ―― ができていればもっと他の事を考えていただろう。例えばバルブを完全に遮断せずに流量を調整してそれ以上の機動力の低下を防ぐとか、もっと有効な対策を思いついて実践したに違いない。しかし。
 今のアデリアに、理性はない。
 本能のままに動き、操る ―― 稀有な才能を磨きあげられ、それをサポートする随一のOSを搭載した二つ名持ちは過去に同じ事態に陥った幾人かの先人と同じ道を歩み始めようとしていた。

                    *                    *                    *

 目の前で起こった爆発の凄さに砲雷長として幾度もジオンと砲火を交えたグレゴリーも驚きを隠せない、もうもうと黒煙を吐き出し続けるセラーの出入り口をあっけに取られて眺めながら声もない。そしてそれはヤードで立てこもっていた基地の生き残りの者達も同様だった。あまりの衝撃に何が起こったのかと次々にグレゴリーの後ろへと集まっては感嘆のため息を漏らす。
「しかしなんというか …… 俺たち以上に危険な仕事はないと思っていたが主計業務も侮れんな」我を取り戻したグレゴリーが思わず感想を呟きながら辺りを見渡すとそこには砲雷科の面々が集まっている、殲滅戦の最後の締めくくりに満足そうな笑顔を浮かべた彼らの後ろから果たして諭すように冷静な男の声が投げかけられた。
「まだまだ油断はするなよ? 今の奴らの姿は侮ったが故の必然だ、いつそれが俺たちの身に降りかからんとも限らん」
「機関長は慎重ですね、だーいじょうぶ。これだけの爆発の中で生き残ってる奴なんて ―― 」脇に立っていた男が軽口を叩きながら背後で銃を構えるキャンベルの方を振り向くと突然グレゴリーがその男の前に腕を差し出した。勢いよく飛んできた小さなナイフが彼の無骨な掌を貫通して切っ先が手の甲から生え出る。

 顔中が壊れそうな狂った笑いを張り付けたブージャム1が自分の投じた暗器の顛末に額を押さえて高笑った。「あひゃひゃひゃっ、残念。せめてもう一人くらいは道連れにと思ったんだがなぁっ! 」セラーの出口から黒煙を纏ってふらふらと出てきた彼は全身血まみれでくまなくズタボロだ、だが。
「 ―― 貴様、部下を盾に使いやがったな? 」
 大きく深呼吸したグレゴリーが怒りの趣くままに掌からナイフを引き抜いて地面へと放り投げる。死ぬ最後の瞬間まで生存の可能性を探し求めるという事はすなわち助けようとする側も同じこと、ヘンケンの部下として長く勤めてきた彼にとって仲間や部下を蔑にするなど禁忌中の禁忌だ。その決断が下せるのは自分にとって二人しかいない。
「俺はついてたぜぇ、もうだめだーって思った瞬間にどっかのバカがボロボロになって走ってきやがってな。俺の体を掴んで外に出やがろうとしやがるから俺は奴の首に手を回して、こう」背後から裸締めの要領で手を組みながら嬉しそうに状況を再現する様を軽蔑して睨みつける一同。
「と、いうわけで部隊は俺一人になっちまって助けも呼べねえ。どちらにせよ死ぬことに変わりないんならせめて一人でも旅の道連れにしようと思ってよ」そう言うと彼は血まみれの手に握られたククリを目の前へと翳しながら凄惨な笑みを浮かべた。
「いいぜえ、旅。誰か俺と一緒にお花畑見ながら川下りを楽しんでくれる奴はいねえかぁ? なんならそこでおとなしくしてくれンなら一人づつ楽ーに逝かせてやるぜぇ? ここの基地司令みたくひどくはしねえから ―― 」

「ウェブナーを殺ったのはそいつか、砲雷長? 」

 彼らの背後にいつの間にかヘンケンとセシルが立っていた。

 部下を率いる立場として同じ立ち位置にいるブージャム1はその声と自分と対峙する敵との反応で、その持ち主が彼らの最上位にいる者だと分かった。「おお、奴のほかにまだお偉いさんがいるとはなぁ。こんなだらしない恰好で申し訳ねえ、WWW中隊特殊作戦群中佐、ロド ―― 」
「特殊部隊が名など名乗るな、俺も仇に教える名などない」一喝したヘンケンがセシルを前にキャンベル達が開いた道から前へと歩み出る。すぐさま両脇に展開した小銃の銃口を一瞥しながらブージャム1はにやけ面を持ち上げた。「ははあ、『仇』 …… あんたと奴はとっても大事な仲間同士だったってわけだ。くっだらねえなぁ」
 心の底から軽蔑するようにケタケタと笑う彼を前に殺意の壁が取り囲み、静かに上げられたセシルの手がそれを済んでのところで押しとどめる。「仲間ァ? 部下ぁ? そんな物ァ自分のための道具だ、役に立たなきゃ捨てっちまえばいくらでも代わりなんかあるじゃねえか。そんなおままごとみたいなぬるま湯にどっぷりと肩までつかっちまってるからあんな裏切り者が出ちまうってわっかんンねえか? 」
「だがお前はその『おままごと』の連中に、負けた。そしてお前も今ここで死ぬ」銃を構えたキャンベルがヘンケンを代弁するかのように宣告しながらセシルの合図を待つ、横目で見た彼女の表情はひどく落ち着いているように見えるがあげた右手だけがもう待ちきれないとばかりにぶるぶると震えている。

「なあ、セシル」
 後ろからかけられた静かな声に彼女の震えが止まった。あまりにも不吉な予感に思わず後ろを振り返った彼女の視界に腕組みをしたまま目を閉じていた彼がゆっくりと瞼を開く光景が映る、冥府の底からこみ上げてくるような憤怒を声に滾らせながらその猛獣は彼女に問いかけた。
「もう ―― 我慢しなくっても、いいよなぁっッ!! 」

 隣で掌の治療を受けているグレゴリーですらたじろぐほどの殺意の熱はそこに居合わせたブージャム1をセシルを除くすべての人間の心を震え上がらせる。唇をギュッと噛みしめたセシルが周囲へと視線を送ると処刑のために構えられていた銃が戸惑いの声とともに一斉に下を向き、彼女の脇から両腕を解いたヘンケンがずい、と前へ進み出た。
「だめだっ! 艦ちょ ―― 」思わず制止の声を上げたグレゴリーを蒼ざめたセシルの手が押しとどめ、爪が掌に食い込むほどきつく握りしめられた拳に変わる。万が一の時のために下す決断に躊躇をしない、それが彼女の覚悟の表れ。
「ほっ、あんた物好きだナァ? こんな死に損ないの趣味につき合ったっていい事ァねえってのに、わざわざ道連れを選ぶたぁ …… ま、せっかく名乗り出たんだ、じっくりと楽しませてもらうぜぇ」
 死を覚悟した今のブージャム1にはどんな威嚇も恫喝も通用しない、享楽の笑顔で最後の舞台へと降り立った彼は怪我の痛みも感じさせない動きで一本のククリを左右の手でもてあそんだ。「さあ殺ろうぜ、あんたの武器はなんだ? ナイフか銃か、どっちを選んだ所であんたが俺と一緒に死ぬ事には変わりねえ」
「どっちもいらん、お前を殺すのに ―― 」そう言うとヘンケンは左腕を軽く前に出して右半身の構えを取った。徒手近接格闘術でもっとも一般的に使われる基本形。
「 ―― 武器など必要ない、この体だけで …… 十分だ」

 氷のような緊張の中で対照的な表情の二人が一足長の距離で対峙したまま動かない、固唾をのんで見守る彼らの誰かがこらえきれずに瞬きをしたその時、光が動いた。短い吐息と共に繰り出される刃物の切っ先が相手との距離を測るために差し出された左手首に向かって奔る ―― 避けようと手を引けばさらに間合いを詰めて体の各部にある急所を狙う算段。
 だが彼の予想に反してヘンケンは間合いを詰めて刃の軌道の内側へと左手を差し込んだ。くの字に曲がった刃が届く前に彼の手の甲がブージャム1の手に触れ、返す手首が魔法のように切っ先の向きを遠ざける。勢い余ったブージャム1の左手が牽制のための中段突きを狙うがそれを右手のひらで抑え込んだヘンケンは大きく右足を踏み込んで肩口から1の胸へと当て身をくれた。
 震脚からの靠撃コウゲキ ―― 遥か大昔の中国、呉鐘が起こした『槍神』八極拳の一。跳ね返されたブージャム1の体が毬のように後ろへと吹き飛ぶ。
 背中から床に叩きつけられたブージャム1は胸に手を当てて苦しそうな息を吐きながら呟いた。「な、なるほど。中国拳法の使い手かよぉ、それじゃあ武器はいらんわな」それでもすぐに上体を起こしてニヤリと笑う男にヘンケンが言った。「肺を片方潰してまだ喋れるのか、あきれた耐久力だな」
「残念だがこれを着込んでるんでな」ボロボロの上着を引き千切って中身をさらけ出すとアラミド繊維で織られた防弾チョッキが顔を出す。「これのおかげで打撃も銃も俺には効かねぇ、確実に殺すにゃここ」そう言うとククリの先端でコツコツとこめかみを指示した。「 ―― やられるまでにあんたを含めて何人友達できるかナ? 」
「そうか」無表情に答えたヘンケンが再び構えをとって男が立ちあがるのを待つ。「せっかくのチャンス、追い撃ちもかけないとは随分と自信ありげな大将だ ―― その余裕がいつまでもつかな? 」背後に隠してあった小型のナイフを左手で抜いて二刀の構えをとるブージャム1、どちらの手でも致命を狙える備えに慌てて銃を構える幾人か。
「やめなさい」
 セシルは厳しい声で彼らを制するとその眼を彼の背中へと戻した。「まだ艦長が戦っています、指示があるまで手出しは許しません」

 ブージャム1の両手にある得物を見たヘンケンの構えが変わった。今度は右手を逆手に前へと突きだして左手は添えるように肘の傍へ、右脚を引いてはいるが上半身は男に正対する。
「さあ懺悔の時間だ、準備はいいか? 」
「 ―― なんの準備ッ」吐き捨てながら一足飛びに近付いた男の両手が宙を舞う、旋風のように閃く両手の刃は不規則なようでいて隙間がない。体幹移動と筋肉のしなりを組み合わせて敵を切り刻む決死の技だ、歩法と防御技術を駆使して躱すヘンケンだがその嵐を前に無傷とはいかない。まるで削られるように少しづつ切創が上半身に刻まれ、よけきれなかった頬に開いた傷から一筋の血が流れ落ちる。
「あひゃひゃひゃっッッ!! どうしたどうした『艦長』殿ッ!? 手も足もでねえようだなぁ、そんなんじゃあ懺悔じゃなくってあんたが後悔する時間になっちまうぜぇっ! さっさと部下を盾にしてこのクソ殺しちまえばよかったってなぁっ! だいたい拳法ごときで俺のヤッパに立ち向かおうってのがそもそもの ―― 」
「 ―― 見切った」

 敵の刃の嵐に両腕を差し込むヘンケンを見て周りを取り囲む全員が悲鳴を上げた。一瞬であれだけの手傷を負わせる敵の技のただ中に踏み込むなど正気の沙汰とも思えない、誰もが心の中の信用を失い悲劇の結末を予感させる彼の行動。だが次の瞬間ブージャム1も含めた彼らは信じられないものを目にした。
“ な、なんだこいつっ! どうして ―― ”
 その光景を間近で見たブージャム1が心の中で最も驚きの声を上げた。構えられていた右手が間合いに入った途端に生き物のように自在に動いて左右の手の動きを巧みに封じ、それに連動した左手が刃の方向をあさっての方へと向け続ける。それは回数を重ねるごとに乱れて自身ですら制御できない。
 琉球空手。首里手しゅりてと呼ばれる系統に伝承される内歩進ナイファンチからの『夫婦手めおとて』はとくに攻防一体の技とされ、そこを起点として世界中の徒手格闘技に様々な形で伝播を果たした独特の技。
「くそおッ! このいかさま野郎がぁっ! 」業を煮やしたブージャム1がわずかに間合いを外してヘンケンの手癖から逃れる。このまま続ければ制御不能になった自分のククリがいつ自分に刃を向けるかもわからない、手数がダメなら威力で敵を制圧するのが最も有効な戦術だ。そして彼のこの選択は正しい。
 ただそれに頼るにはあまりにも心が乱れていた。冷静さを失った刃は柔軟性を欠き、余分な力が速度を殺す。そしてそれはヘンケン自身が彼に仕掛けた罠でもあった。苦し紛れに差し出した右手のククリを上体の振りだけで躱したヘンケンが彼の腕を掴んで上半身を捻ると腰に乗ったブージャム1の体がふわりと宙へと浮き上がる。
 それはオベリスクの根元で彼がマークスにかけた柔道の技であった。
 
 突然に起きた視界の変化にブージャム1の思考がついていかない、情報量の変化はそれを解析するためにいくらかの時間を必要とする。それはいくら訓練を受けているとしても人間という生き物を名乗るならば誰でも同じだ。左手のナイフを密着した相手に刺す事も忘れて、彼はその景色がどうして起こったのかについての理由を頭の中で解き明かそうと躍起になる。
“ どういう事だ、なんで、おれ ―― ” 逆さになってる?
「 ―― 向こうで 」耳元で響いた敵の声でやっと自分の体が投げられている事に気づき、左手のナイフを使おうと頭の中で命令を発した途端にがくんと目の前が大きく揺れた。
「 ―― あいつに土下座して、あやまれ」


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