※懲りずにオリ設定です。
※『これは本当に○×が言うセリフか……?』な表現多数です。ご了承ください。
※グロ表現有るやもです。注意。
※軍事とか地理とか時間間隔とかもうサッパリです。勘弁してください。
※本土の人間が対深海凄艦戦争を知ったのはつい最近です。色々とお察しください。
※いつもいつもの突貫作業。
※ギブミー休暇ください。
ブイン基地の第202艦隊に戻ってきた金剛は、改二になったらものすごく変わっていた。
「OH,My Darlin.OH,My Darlin.OH,My Darlin.Clementne.」
外ヅラではない。頭の中身の事である。
「OH,My Darlin.OH,My Darlin.OH,My Darlin,Clementne.」
艦娘式金剛型戦艦1番艦『金剛』の改造計画は、改型にせよ改二型にせよ、どちらも主に主機の新調やFCSを初めとした各種内装系や装甲素材のアップグレードを念頭に置かれている。故に、改二と無印では外装に大した変化は無いが、その中身はまるで違う。だって外付けオプションでスタンダード対空ミサイル搭載できるんだぜ。
「OH,My Darlin.OH,My Darlin.OH,My Darlin,Clementne.」
そして、そんな我がブイン基地第202艦隊の総旗艦を務める金剛(改二)はご機嫌で、ブイン基地の廊下でずいぶんと古めかしい洋楽を、無駄に流暢な滑舌とその容姿に見合った美声で歌っていた。少なくとも、以前はそこまでハイテンションではなかったし、そもそも勤務中に歌うのは良いとして、廊下で踊るな。
「何だ金剛、お前ェサン、またえらく古い歌知ってんじゃねぇか。ていうか何で同じとこしか歌わねえんだ」
「OH,My って、整備班長さんでしたカー。それはもちろん、ここしか知らないからデース」
いつも以上のハイテンションのまま金剛がその場で三回転半空中アップライトスピンを3回連続で決める。
だから踊るな。お前はいつから戦闘兵器やめてフィギュアスケートの選手に鞍替えしたのだ。
「……まぁ、この前の怪我引きずってるよりかはまだいいか。にしても、ずいぶんと調子良さそうじゃねぇか」
「それはモチロンOf cause、提督と、これのおかげデース」
「これだぁ?」
フッフッフーン、Just Communicationデース。と不敵に笑う金剛が、手顔を隠すように左手を上げた。その薬指。
窓から差し込む太陽光に輝く、プラチナシルバーの反射光。
「……指輪?」
「Yeeeees.水野提督からの手渡しじゃないとはいえ、法的書類付きの本物デース」
「書類? なにそれー」
「あー! 金剛さんが指輪してますー!!」
遠征帰還の報告のために203号室を目指していた那珂ちゃんと大潮の2人組が話に混ざる。さらにはその騒ぎを聞きつけた他の艦娘や201クルーの面々までもが集まってくる。当の金剛は指輪の存在を知られて最初は自慢げだったが、徐々に嬉しいやら恥ずかしいやらで何とも言えない表情になっていった。
やがて、さしもの金剛も気恥ずかしさに耐えきれなくなったのか『提督に報告があったんデース』と言ってそそくさと人の輪から抜け出してしまった。
その場に取り残された、スパナを握っていない整備班長殿が走り去る金剛の後ろ姿を見て呟く。
「……しっかし、いきなり結婚指輪たぁ、水野の坊主も大した甲斐性じゃねぇか」
うんうん。とその場にいた誰もが頷いた。
因みにどうでも良い事だが、その時、その廊下と扉一枚を隔てた203号室の中にいた井戸少佐は『結婚指輪! そういうのもあるのか!』と、心の中で呟きながら一人孤独に昼食を喰っていた。ようやく手元に届いた天龍の解体命令書と解体後の身分保障書に気を取られていて、天龍に指輪を渡すなど、全然頭になかったお前が悪い。
深海凄艦との戦争が帝国本土で公表されてから、一番変わった事と言えば、やはりアイドルグループ『Team艦娘TYPE』についてだろう。
彼女達は今まで通り歌って踊ってTVやラジオにしょっちゅうゲスト出演している事には変わりないのだが、何かにつけて『頑張れ』だとか『負けるな』だの『耐えましょう』だのといった、一見してはプロパガンダとは気付かないような謳い文句の比率が露骨に増えてきている。きっと軍上層部からの指示だろうと思いたい。
そして、飛鷹、隼鷹、龍驤の陰陽師スタイルの軽空母娘3人衆からなる傘下チーム『ドーマンセーマン』は、あの季節外れの雪の夜以来、ぱったりとその姿を消した。ネット上や口コミの噂によればどこかの最前線に飛ばされただの、秘密施設で『処理』されただの、X指定な意味での慰安任務にマワさているだのと色々と囁かれているが、真実は暗い闇の底だ。
そして、そのTeam艦娘TYPEの中で最も変わったのは誰かと言えば、横須賀鎮守府所属の『球磨』の扱いである。
「あ、球磨さんお疲れ様ッス!」
廊下を歩いていた球磨を見かけた重巡『摩耶』が壁際にどき、ほぼ直角に近いオジギをする。
「おー。摩耶さんも新譜の録音、お疲れ様ですクマー。確か、タイトルは『ミサイルカーニバル!』でしたっけかクマー」
「ありがとうございます。球磨さん、あたしの事は呼び捨てでいいッス……あ、いや、いいですよ」
ぎょっとしたように摩耶が顔を上げる。
「クマー。そういう訳にもいかないクマ。こっち(アイドル活動)だと、球磨が一番の新参者クマ。だからそっちこそ呼び捨てで構わないですクマー」
「いえいえ! あたしなんて、あれから二か月も経ってるのに、まだ一度も実戦経験してない半端ヤローですって! そんなのが球磨さんを呼び捨てになんて出来ないッスよ!」
あの日、駆逐イ級2隻を護衛に付けた軽母ヌ級による本土奇襲部隊を(隼鷹らによる見えぬ位置でのフォローもあったが)単独で撃沈せしめた球磨は、一躍して横須賀鎮守府内での立場と発言力が大きく高まった。
プロデューサーもとい提督をはじめとした、横須賀鎮守府所属の誰も彼もが――――“怪我”でリタイアしたのと入れ替わった球磨を除いて――――ただの一度も実戦を経験していなかったからである。
無論、出戻り組である球磨が唯一の実戦経験者である事は知られていたのだが、戦争なんてテレビの向こう側くらいにしか考えていなかった球磨以外の横鎮所属の艦娘達があの夜に鳴り響いたサイレンから受けた衝撃は、大きい。
そして、その戦闘から帰還した球磨に対する風潮は二つに割れた。1つは畏敬の念を示し、もう一つは畏怖の念を懐くグループである。発音は似ているがその実は全然違う。
特に前者のグループに分類される、摩耶や長門、天龍などと言った、本土から離れた基地や泊地ではガチガチの武闘派として各提督らに重宝されている艦娘達から向けられる念は特に強く、最近では貞操の危機すら感じ始めたと球磨は言う。
一方、後者のグループについてだが――――
「! あ! あ、あああ、あの……!」
「お、お疲れ様……な、なのです……」
背後の低い位置から掛けられたそのどもり声に球磨が振り返ると、そこには同じ柄のセーラー服を着た、2人の少女達がいた。
Team艦娘TYPEの71番と74番、傘下チーム『Nanodeath』の『暁』と『電』
それが彼女らの所属グループと、その芸名である。
「おーぅ。暁ちゃんと電ちゃんもお疲れ様だクマー。2人はもうあがりクマ? だったら一緒にお昼でもどうクマ?」
「ご、ごごめんなさい……! も、もももももう響ちゃん達を待たせてしまっているので!」
「ご、ごめんなさいなのです!」
そのまま大急ぎで別れのお辞儀を乱雑に済ませた二人は廊下をぴゅー、とでも擬音が付きそうな勢いで走って消えていった。
「何だあいつら。球磨さんに失礼な」
「まぁまぁ、クマ」
球磨に対する普通の人の受け答えなんて、普通あんなもんだクマ。と球磨は憤る摩耶をたしなめた。
直後、彼女達のいるTV局の中に設置されたスピーカーからサイレンが鳴り響き、自動的に通信インフラの電源がONにされ、チャンネルが切り替わった。
あの雪の夜に帝都湾岸部の全域に鳴り響いた、緊急報道サイレンだった。
同時に、2人が持っていた仕事用のスマートフォンにもCallが入る。
『緊急放送。緊急放送。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。気象衛星『あっつざくら』より緊急入電。帝都湾内に深海凄艦出現。帝都湾内に深海凄艦出現。構成、駆逐イ級2、駆逐ロ級2。帝国陸軍および湾岸防衛システム群が対応中。繰り返す。横須賀鎮守府、出撃せよ――――』
「あー。またか」
「またクマねー」
だが、ここ最近は数日に一度の間隔で鳴り響くものだから、もう誰も驚きもしていない。
「しかし、深海凄艦の方々もずいぶんと律儀なのですわね。ほぼ数日おきに、決まった時間帯にだけ出現するなんて」
「そー言われてみればそーだよねー。あ、熊野。今日私ら出撃シフト入ってないし、どこかで昼食べてかない?」
「よろしくてよ。あ、でも昨日行った、深海凄艦のお刺身のような、あまり下品なお店は嫌ですのよ?」
まぁ、イ級の白子(生)はとても美味しかったのですけれど……と小声で呟き、球磨達の背後を通り過ぎていった鈴谷と熊野の声を聴きながら、球磨はふと疑問に思った。
今、帝都湾内に出現した深海凄艦達は、どうやってここまでやってきたのだ?
(変温層が存在できないくらいに浅い帝都湾内は無理だとして、そこまでの間にあるはずの監視衛星や哨戒艇の索敵網をどうやって潜り抜けてきたクマ……?)
「まさか……」
「? 球磨さん? どうかしたッスか、あ、いえ、どうかしましたか?」
「いや、何でも無いクマ。さ、球磨はこれから出撃だクマ」
「ッス! 球磨さん、お気をつけて!」
球磨の独り言を耳聡く聞きつけた摩耶に対し、そっけなく返した球磨は、己の脳裏によぎった最悪のケースという名の妄想に蓋をした。ほぼ直角に近いオジギをする摩耶をその場に残し、球磨はプロデューサーもとい横須賀鎮守府所属の提督の元へと歩を進めた。
それでも一度浮かんだ嫌な妄想は、頭の中にこびりついて離れなかった。
(まさか、いくらなんでも偵察衛星や哨戒網の情報が洩れてたりはしないクマよね)
『つまり、だ。偵察衛星の定時撮影の時刻が、ひいては哨戒網のルートやパターンすらも知られているという事だ』
モニタの向こうにいる、年嵩の高級将校の1人が口を開いた。
以前にもご説明申し上げたと思うが、ブイン島仮設要塞港こと二階建てのプレハブ小屋の1階には、基地の運営に関して最も重要とされる3つの部屋がある。
1つ、食堂。
1つ、基地司令の執務室。
そして最後の1つ、通信室。
この3つの中で最も重要なのはどこかと言えば、通信室である。日々の定時報告やTKTへ向けての日誌のアップロードはもちろん、武器弾薬や資材人材の陳情も、ここの通信設備が無ければ本土まで届かないからである。
その他にも、武器代わりに振り回したタンカーをヘシ折った井戸少佐の軍事裁判を開いたり、メナイ少佐が帝国とオーストラリアの2つの海軍上層部を相手に物資の補給の確約を取り付けたり、基地司令の秘書艦『漣』が本土企業との黒い繋がりを暴露されかかったり、書類の提出期限が近い事から奇行に走り始めた古鷹がここでカンヅメになっていたり、慰問通信の際に那珂ちゃんが慰問そっちのけで新譜をダウンロードしてたりと、ブイン基地所属の面々は何かとこの通信室のお世話になる事が多い。
そして、今日は水野中佐が通信室に呼び出されていた。
『水野中佐。これを見たまえ』
全ての照明を落とされた上でブ厚い布地のカーテンを引かれ、本土にいると思われる将校達の顔が映っているモニタ以外には光が存在しない通信室の中に、光がひとつ追加された。
『てーとく、静かに!』
どこかの艦娘が遺したと思わしき、音声付きの記録映像だった。
映像には、人類製と思わしき港湾施設にたむろす無数の深海凄艦が映っていた。
駆逐種、軽巡種に始まり、重巡リ級に空母ヲ級、さらには最近西方で猛威を振っているという戦艦タ級の姿まであった。そして、つい最近、金剛を撃沈しかけたあの戦艦ル級の突然変異種『ダークスティール』の姿も2隻確認できた。
そして、海中より音も無く浮上した軽母ヌ級の姿が映った。
記録映像の右下隅に表示されていたIFFは、エレクトログリーンの文字で『IFF:BULE_FRIENDLY 照会中...』と点滅していた。
『て、てーとく、おかしいでち。あのヌ級からFRIENDLYが出てるでち』
『機材の故障!? こんな時に!? 記録は!?』
『そ、そっちは大丈夫でち。全部DISKに記録してるでち』
映像の中の軽母ヌ級が口を開く。反対側まで倒しきった口の中にあったのは艦載機などではなかった。
人型の上半身だった。
死人色の肌、肩口まで伸ばした茶のツインテール、艦首を模した特徴的な形の帽子、そして、右手に握った巻物状の飛行甲板。
見間違える筈など無かった。
「!?」
水野の目が驚愕に開かれる。
記録映像の右下隅で更新されたIFFには、スカイブルーに塗り替わった文字で『IN:Buin Base-Fleet202“龍驤”』と確かに表示されていた。そこで画面が一時停止する。
「な……!? ぁ、……!?」
驚愕する水野を余所に、別ウィンドウで新たな映像が次々と表示される。そのどれもが、水野の知らない、今の龍驤を映していた。
そして、龍驤が何をしていたのかも。
『祝福されし五航戦をとくと見よ!』
最新鋭・最高性能であり、再完成されたはずの瑞鶴・翔鶴の鶴姉妹が龍驤のカラテキックで二人まとめて吹き飛ばされる。
直援に回っていた艦載機も、数の上では圧倒的に2人の方が上だったが、超音速領域での戦闘にはまるでついていけず、まさしく七面鳥ならぬカモ撃ち同然の様相となっていた。
『相手は強力だって話だが、最新鋭軽巡の阿賀野型が負けるわけ無ぇだろ! 行くぞおおぁぁお!!』
別の映像では両腕に大振りの肉切り包丁に近い形状のCIWSを増設した軽巡洋艦『阿賀野』が超展開状態のまま海水を掻き分けて突撃していた。
が、腰の近くまで海水に囚われている状態ではかなり動きを制限されているようで、同じく超展開中の軽空母娘のように海面を飛んだり跳ねたり走ったりする龍驤の動きにまるで対応できていなかった。龍驤がすれ違いざまに放った蹴りの一撃で、あっさりと首が刈り取られる。
別ウィンドウでさらに映像が映し出される。戦闘中の艦娘の記録映像だった。
『こンの軽母のツラ汚しがァ!』
『水野少佐の邪魔すんなや!』
声から察するに軽空母『隼鷹』であるらしかった。映像の中の龍驤よりもやや高い視点で撮影されている事と、龍驤の動きにも対応できている事から、超展開中であると思われた。
たとえ深海凄艦化していても、頭に『軽』の一文字が付いていても、龍驤は紛れも無いクウボである。そんじょそこらの艦娘程度なら束で仕留められるのが平均値である。クウボと戦えるのはクウボのみ。それがこの時代の常識だ。
『死にさらせやダボハゼェ!!』
『往生せぇや!!』
一度距離を取って仕切り直した隼鷹は右手の一升瓶を傾けて液体状の、同じく龍驤は腰のベルトに増設された赤いドロップ缶の中に指を突っ込んで、キューブ状に圧縮成形されたエネルギー触媒を口の中に放り込む。白いペンキで缶の表面に『マクサ式』と書かれていたのはより完璧を期するためか。
直後、両者の足の裏に刻印されていた『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字――――これこそが、軽空母娘が一部の艦娘のように陸上を闊歩し、正規クウボや島風のように海面を疾走できる秘密だ――――が激しく輝き、両者の足の裏から照射された不可視の斥力場が海面を大きく押しのける。
『イヤーッ!』
『イヤーッ!』
隼鷹と龍驤が同時に海面を蹴って突撃。
斥力場の反発による加速度を得た隼鷹は第一歩目で音速を突破して手に隠し持っていたカンサイキによるプロペラ・ミンチ=ジツを龍驤は右腕一本を犠牲にして握り潰して迎撃されるも隼鷹は間髪入れずに左のプロペラ・ミンチ=ジツに見せかけた機銃掃射を龍驤は気合で耐えてを左腕で隼鷹の左腕を押さえつけると同時に隼鷹が右の膝を龍驤の腹に叩き込むよりも先にもう一つの右腕によるカラテチョップで隼鷹の右肘を完全に砕いて体勢を崩された隼鷹は膝蹴りを強引にわき腹狙いのハイキックに切り替えるもそれを予知していたかのような正確さで出足に蹴りを突っ込まれ、最後に残った龍驤のもう一つの左腕でカメラ――――恐らくは、隼鷹の頭部だ――――に向かってツヨイ・ツラヌク・チョップ。
『て、提督! 逃げ』
映像はそこで終わっていた。
IFFは、最後まで変わる事は無かった。
『水野中佐。君は、確か黄金剣翼突撃徽章を持っていたね』
「……はい」
『我々はその勲章がいかなるものであるか知っているし、君がその勲章を得るにふさわしい傑物であるとも知っている』
『君は英雄だ。紛れも無く』
『故に、君の部下が寝返ったという事はあり得ないし、そもそもあってはならない』
「は?」
水野は、目の前のヒゲジジイ共が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。
「……英雄に、英雄に失敗などありえない。あってはならない。龍驤なんて存在しなかった。そうおっしゃっているんですか!?」
『そうだ。君が持つ黄金剣翼とは、英雄とは、つまりはそういうものなのだ』
『こんな南の僻地の勤務とは言え、君は紛れも無く、本土では英雄なのだ』
『水野蘇子臨時中佐。命令だ。君は君の麾下艦隊を持って、この龍驤だったものを抹殺せよ。後始末はこちらで受け持つ』
水野は、黙したまま答えない。
ぱきり。
『?』
『まぁ、いい。君が拒否するならば我々子飼いの部隊を派遣しよう』
『確か、ブインに最も近かったのはムラマツ提督の――――』
「…………………………………………了解しました」
この薄暗い部屋の中で、今、水野がどのような表情をしているのか。それを知る者はモニタの向こう側の老人達だけだった。
そして、先ほど小さく響いた音が、噛みしめられた奥歯が砕けた音であった事を知る者は、水野中佐ただ一人だけであった。
大破した龍驤改二をコンクリ鉄格子部屋に入れてみたら犯罪的に可愛かった。壁から下げられた手枷足枷(装飾)とお馬さん(椅子+机)の家具実装はまだですか。記念の艦これSS
『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 龍驤抹殺作戦(前篇)』
その日、龍驤は夢を見た。
何の変哲も無い夢だった。初めて水野と出会った時の事だった。
当時の水野はまだ訓練生で、当の龍驤も出荷前の最終検品を2日後に控えていた時だった。名前と漢字は聞いていたが、顔は知らなかった。
正規量産型の龍驤に支給される制服は工場出荷の際に渡されるので、まだ貰っていなかった。代わりに工場長を口説き落として借りおおせた白のサマーワンピースを着て、麦わら帽子をかぶっていた。
場所は九十九里浜要塞線第12要塞、その最寄りのバス停。すぐ後ろの背の低いコンクリート壁の向こう側は、もう砂浜が広がっていた。
ジャージ姿でアゴを上げて延々と砂浜を走り続けさせられる訓練生達の姿。
その中の一人、
「ん……うぅ?」
夢から覚めた龍驤が寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、そこは大海原の上だった。海面に突き出た小さな岩礁の上に片膝を抱えて座り込み、そのまま眠りこけてしまったらしかった。
「んん……あー、また寝てもうたん? 参ったなー。この間の毒ガス攻撃からずっと、眠くてたまらんわー」
龍驤のその呟きに答える者はいない。龍驤の周りにあるものは、穏やかな海と、燃え落ち沈み始めた鋼鉄の艦船だったものの破片と、深海凄艦の肉片。
ただそれらだけがあった。
そんな龍驤の背中をしゃかしゃかと小さな影が這い登り、肩で止まった。
現在の龍驤が運用する超音速機こと、例の飛行小型種だ。
「お、君かー。どう? 何人残ったん?」
現在、この海域に散らばっている深海凄艦の肉片は龍驤達のものではない。人類側の輸送艦隊と哨戒部隊がやり合っていたところに偶然、龍驤達が鉢合わせたので、行きがけの駄賃として背後から奇襲を仕掛けたのである。無論、人類側に向かって。
「……おぉ! ウチらもお客さんもみんな健在って、すごいやないかー!」
龍驤の裏表のない喜色を浮かべた笑みに、肩口に乗った飛行小型種が昂揚とした概念を返す。
それを受けた龍驤がさらに満面の笑みを浮かべる。
「よっしゃ! それじゃあ急ごか。お客さーん、もう大丈夫やでー!」
龍驤の掛け声と共に、海中から大きな影が無数に浮上してくる。駆逐イ級の上顎のような被り物をした完全な人型の上半身、死人色の肌、ミツアリのように膨らむ金属製の腹部。実際バストはそれなりだった。
輸送ワ級。
見ての通り、蜜を溜め込んだミツアリの様に膨らんだ球体状の部分に物資を封入し、海中移動能力を有する――――もっとも、海中を移動できない深海凄艦など存在しないのだが、それでも封入した物資の種類と量によっては海水との比重の差で勝手に浮くこともあるし、沈んだまま二度と浮き上がって来れない場合もある――――深海凄艦側勢力の輸送艦に相当する種である。
この、海中移動能力というのが曲者で、輸送艦モドキのくせに合衆国の最新鋭原潜に匹敵するような静粛性と航続距離を有しているのだ。何で今まで攻撃型潜水艦に相当する種がいなかったのか不思議なくらいである。
そのため、このワ級狩りを行う場合、移動中ではなく休憩中や物資の搬入出中を狙って短時間の間に集中して行われることが多い。
速度と火力と隠密性を求められるこの手の任務には潜水艦娘が最も優れた適性を持っており、伊58を筆頭とした潜水艦娘達は、人類側勢力と深海凄艦側勢力がオセロめいて取った取られたを繰り返すフィリピン海周辺(帝国海軍作戦呼称:南西諸島海域)での通商破壊作戦に駆り出されることが多い。実戦闘時間よりも移動時間の方が圧倒的に長く、その周辺の風光明美さと掛けて『オリョールクルージング』と名付けられたその反復奇襲作戦に対し、ブルネイ泊地を中心とした南西諸島各地の伊58が労働ストを起こしたという噂は本当だろうか。
閑話休題。
「ほな、そろそろ出発……え? 何? 南の海は熱い? 何当たり前の事言うとんのや。……え? だから積み荷の吸気も兼ねてもう少し休ませろ? は?『だから』の前と後ろが繋がっとらんで!?」
折角周辺クリアになったのにー。あー、もー。とがなる龍驤を余所に、ワ級の群れは次々と格納嚢胞の封を開いていく。
その暗がりの中から覗いたのは、小さな緑色の光点だった。それも一つ二つではない。数十、やもすれば3ケタを超えていそうな数だ。
結局足を止めて中身を覗いていた龍驤がその中の1つをつまみ出す。
「へー。この子らが北の大将が言うとった新型なん?」
その正体は飛行小型種だった。それも、北のアッツ島と帝都の湾岸部を地獄に変えた例の超小型種だった。ワシャワシャと動く着艦節足も、何すんだこのヤロウとっとと離せと言わんばかりの拒否的な概念接続も何処吹く風で、龍驤がしげしげと眺める。
「ふーん。何や、えらい小っこいなぁ。こんなんでホントに飛べるん? あ、でも形は皆と同じ――――ッ!?」
龍驤の脳裏にフラッシュバックする光景。
艦載機。飛行小型種。対空戦闘。撃墜される敵機。撃墜される味方機。まるで違うシルエット。自分が運用していたのは――――
一つの光景が脳裏に浮かぶたび、龍驤を激しい偏頭痛が襲う。
「お、同じ! 同じ……、! 同じ、形……の! し、深海、 凄艦!?」
肩口に留まっていた超音速機が龍驤の異変を察知した。
そいつは即座に龍驤の無防備な首筋に向かって、腹部先端にある注入管を挿入する。
龍驤の頸動脈に向かって深海凄艦の瞳と同じ緑色をした液体が注ぎ込まれる。
「痛!? な、なにすん の……や……ぁ」
数秒後、龍驤の瞳の焦点がブレる。彼女本来の黒い瞳の中に緑が混じってまだらとなる。両手のひらで頭を強く抱えていた龍驤の腕から力が抜ける。さらに追加で液体を注ぎ込むと、苦しそうにしていた龍驤から全ての表情が抜け落ち、その場に棒立ちとなった。
「あー……」
虚ろな表情で意味の無い呻き声を上げ、口の端から涎を垂らして呆然と立ち尽くす龍驤。輸送ワ級の群れも何があったのかと遠巻きに見守っている。さらに追加で液体を注ぎ込み、首筋から注入管が抜かれる。
ややあって。
「あー……………………あ? あ、あれ? ウチ、また眠ってもうたん?」
ハッと意識を取り戻した龍驤が辺りを見回す。うわー、立ったまま寝落ちとかありえへん。とぼやく龍驤に、肩口に留まっていた超音速機が急かすような概念を送る。
「え、あ……そ、そやね。急ごうか。よっしゃ! お客さーん、そろそろ行きまっせー! この調子やと、明後日くらいには姫さんとこに辿り着けるかなー。あー、水野少佐にも会いたいなー。この任務が終わったら、姫さんに頼んでみよかなー」
パンパンと両手を叩いて、複数のワ級による輸送艦隊と護衛部隊である龍驤艦隊がその場を後にする。
以上が、第6物資集積島からブイン基地に向かって出発した補給部隊が遺した最後の記録映像である。
映像が終わる。井戸少佐によってパチリと壁のスイッチが押され、基地司令室に明かりが灯される。
基地司令代理の漣。井戸少佐。メナイ少佐。そして水野中佐。誰も何も言えなかった。
「……」
「……」
「……」
「嘘……龍驤ちゃんが、そんな……」
重苦しい沈黙を破ったのは、基地司令代理の漣だった。
「こんなのって、酷過ぎるよ……!」
漣の涙は、演技ではなかった。
この漣は、このブイン基地の中ではメナイ少佐や基地司令と同じく最古参――――ブイン基地建設当初からの配属である。
当然、数年前にここの配属となった水野中佐がまだ礼服に着られているような新品ホヤホヤの(インスタント)少佐だった頃も知っているし、水野の秘書艦として支給された龍驤が、金剛が配属されるまでの間ずっと202艦隊の総旗艦を務めていた事だって知っている。
そして、龍驤が水野に対して恋慕の情を抱いていた事も知っていたし、何度か相談を受けた事もあった。そして龍驤がその気持ちを伝える事無く、一年前の作戦中にMIAとして認定され、現在に至った事も知っていた。
だが、深海凄艦と化して人類に牙を剥いているなどとは、全く予想だに出来なかった。
事前にヒゲジジイ共から聞かされていた水野中佐はまだいい。羽黒、武蔵(那珂)と、ここ最近連続して目撃していた井戸少佐も動揺は少なかった。ダ号目標破壊作戦の後にKerberos-13から報告を受けていたメナイ少佐も今日この時の覚悟を決めていた。だが、今この場で聞かされた漣の受けた衝撃は計り知れなかった。
そして、この映像と共に大本営から直接名指しで送られてきた任務にはこうあった。
『ブイン仮設要塞港、第202艦隊所属の軽空母『龍驤』の正体を明かす事無く、秘密裏に葬り去れ。海の底から来た、一つの、凶悪な深海凄艦として葬り去れ』
「なんという……なんという事だ」
メナイ少佐の呟きを最後に、再び基地司令室に沈黙が立ち込める。
「隣、失礼するぞ」
「メナイ少佐……」
ブイン基地の一階にある、食堂前の扉の横――――入り口前の庇から歩いて10歩で運動用グラウンドだ。このプレハブ小屋(基地)はデカいが、基地そのものの敷地面積はかなり狭い――――には2台の自動販売機がある。左の青い方が普通の飲み物を売っている方で、右の赤い方がパウダー・フレーバーを置いてある艦娘専用の台だ。
そしてその横にある安っぽいベンチには、水野中佐と金剛、そして202の電が並んで座っていた。
3人の表情は暗い。
特に、数時間前にはハイテンションが有頂天だった金剛など見る影もない。ホントに同一人物かどうか疑ってかかった方が良いかもしれない。
因みにどうでも良い事だが、井戸は現在、通信室にこもって何処かとやり取りをしている。人払いまで済ませているあたり、相当機密度の高い部署との通信なのだろうか。無線傍受が心配だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙。
近くの木に止まってミンミン鳴いているセミですら胃に穴が開きそうなほどの沈黙と、時折飲み物の缶を傾ける音だけがあった。
「……もう、五年も前になるのか。水野中佐がブインにやって来たのは」
メナイはそう切り出した。
「あの頃の君は、まだどうみても新任佐官で、秘書艦のリュージョーも、第六駆逐隊もどいつもこいつも子供ばかりじゃないか。ってそう思っていたな。基地司令のサザナミを見ていたとはいえ、それよりも幼い外見だったしな。第六駆逐隊の面々は」
「少佐」
「タイプ・カンムスといい、佐官のインスタント造成と言い、帝国は大丈夫なのかと思っていたな。割と本気で」
「メナイ少佐」
水野が遮った。
「メナイ少佐、俺は……俺がやはり、やらなくてはならないんでしょうか……?」
何を当たり前の事を。
そう言おうとしたメナイは一瞬戸惑い、改めて実感した。嗚呼、そういえばそうだった。と。
黄金剣翼突撃徽章持ちであろうとも、たった一人で数百単位の敵主力部隊の大半を撃破できるだけの才能と実力と幸運があろうともこの男、水野蘇子は、正規の軍人ではないのだ。その煌びやかな戦果に隠れがちになっているが、水野も、井戸と同じインスタント提督だ。
それもまだ若い。
そんなのに艦隊の指揮を取らせ、部下の命の責任を背負いこませるなどどうかしているのだ。井戸少佐は何がしかの目的があり、そのために行動しているフシがあるからよほどの事が無い限りは大丈夫だろうが、コイツは――――水野はどうなのだろう。
コイツは、自分の部下を、撃てるのだろうか。
確か、自分の時は――――
「……それが軍人の、提督の責任というものだ」
メナイも、それしか言えなかった。
大きな満月と、その光に掻き消されなかった幾ばくかの星明りが波穏やかな夜の海を銀色に照らしていた。
「お~、月明かりが眩しいな~。こらええな~、夜道で迷子にならんで済むわ~」
そんな静かな暗闇の中を、縦一列になった深海凄艦の群れが静かに進んでいた。数は4。種類は軽母ヌ級と、駆逐イロハの三種類。
その最先鋒、
上顎を反対側まで倒した軽母ヌ級の口の中から少女の上半身を生やした深海凄艦――――かつては龍驤と呼ばれていた――――が、胡散臭い関西弁で己の背後に付き従う駆逐種3隻に向かって語りかけた。
「んあ? 護衛なのに単縦陣でええのかって? うん。大丈夫やって。そら、普通の輸送艦なら方陣なり輪形陣なりで守らなあかんけど、あのお客さん達、海の中行けるやんか? せやから、こっちも何もないように振るまっておけば、そもそも目にも止まらんっちゅう寸法や。ただ、そんなことより……」
そこで一度言葉を区切った龍驤が、月明かりの向こう側に広がる水平線に顔を向けた。ブイン基地がある方角だった。
「……おっかしいなぁ。水野少佐、もう敵の本隊と交戦してるはずなんやけどなぁ。いくらなんでも静かすぎや……ん?」
何かが光った。左手を目の上に当て、龍驤が目を凝らす。
深海凄艦化しかかっているとは言え、頭に『軽』の一文字が付くとは言え、龍驤のクウボ視覚野はこの暗闇の中でも良好な解像度を提供した。
「ぜ、全員散開!!」
龍驤の叫びは間に合った。だが、当の駆逐種達の回避行動が致命的に遅かった。
マッハの速度で飛来した都合4発の非ポップアップ式ハープーン対艦ミサイルが、最後尾にいた駆逐ハ級に直撃する。
最初の2発で外皮装甲を突き破り、次の1発が内骨格に大穴を開け、最後の一発が狙い違わずその穴に入り込む。内部で炸裂した多目的榴弾弾頭の熱と破片と衝撃波で柔らかい内組織がズタズタに粉砕され、爆発によって急激に膨張した内圧に耐えかねて、その駆逐ハ級は内側から弾け飛んだ。
「ひ、響ちゃん!? うっ! あ、頭が……!?」
叫んだ龍驤が再び偏頭痛に襲われる。
――――まただ。また響ちゃんだった。
(……また?)
龍驤の異変を察知した飛行小型種――――龍驤が何かと気に掛けているあの一機だ――――が龍驤の首筋に液体を注射しようとし、そのまま動きを止めた。
注射の代わりに龍驤に対して出撃をリクエスト。
頭痛をこらえながらも龍驤が答えを返す。
「あ、あかん……て。今は夜や し、それに、夜間、飛行はリスクが……~~~~ッ!?」
今にも倒れ、意識を手放してしまいそうなほどに頭痛が酷く、激しくなる。
龍驤の記憶の中で、誰かが叫ぶ。
――――なんでや! 何が『無人空母の運用上における安全性の確保』や! ウチは機械やないし、ウチの敵は――――
こめかみ付近、皮膚のすぐ下を這い回る血管の中でごうごうと血流が流れているのが自覚する。
他の超音速機らからも次々と急かすような、恐慌に駆られたかのような衝動的な概念が次々と発信される。出撃要請、出撃要請、敵艦発砲。
「!? イヤーッ!」
龍驤がクウボ大ジャンプで緊急回避。艦娘用の水上機の平均的な偵察高度まで瞬間的に跳躍する。回避し損ねた駆逐ロ級に直撃。綺麗な砲弾痕が貫通した二匹は、数秒間ほど海の上を滑るようにして慣性で進み、爆発すら起こさずに静かに沈んで逝った。
その数秒間の高度。月明かりに照らされた銀の水平線の向こう側。
いた。
長い茶のストレートヘア。暗闇でもなお映える白い上と金の飾り紐。電探を模した金のカチューシャ。そして腰部マウントに接続された箱型の主砲塔群ユニット。腰から下は海中に沈んでいたため見えなかったが、恐らくは普段と同じ黒いミニスカート状の袴だろう。
艦娘式金剛型大戦艦1番艦『金剛』
「金剛……はん?」
一瞬の困惑。その隙を縫って、金剛から龍驤の肌に不可視の波が叩き付けられる。
照準電波。
痙攣と同じメカニズムで龍驤が腰のベルトに増設された赤いドロップ缶の中に指を突っ込んで、キューブ状に圧縮成形されたエネルギー触媒を口の中に放り込む。同時に、生存本能が脚部の靴状フロート艤装に最大出力でコマンドをキック。空気以外の何も無い虚空を蹴り飛ばして緊急回避。ヴェイパーコーンを置き去りにして龍驤が数馬身ほどの距離を消え飛ぶ。今の今まで龍驤がいたはずの空間を、41cm連装砲から吐き出された無数の徹甲弾が貫いていく。
「何でや……!?」
海上に着水した龍驤が全力で之字運動で照準を外しながら自我コマンドを入力。金剛との通信チャンネルに接続。数秒間ほどのCallが続いたのち、回線が繋がった。
「提督、金剛はん! こらいったいどういう事や!? 何でウチに向かって撃ってるんや!?」
【……】
【……】
水野と金剛からの返答は無かった。代わりに、再び砲弾が飛来する。一撃ごとに照準がより鋭く、より正確になってきている。
(こないだの砲撃演習ん時とは全然ちゃうやんか! 手ェ抜いとったんか!? 金剛はん、あんた根性ババ色や!!)
金剛の根性がババ(うんこ)色でない事の証左のため書き加えておくが、それが高度に電子化され、アップグレードされた改二型艦娘のFCSの平均値である。一年前とは違うのだ。
突発的な怒りに任せた龍驤が全艦載機に出撃命令。龍驤の身体のそこかしこに着艦節足でしがみ付いていた飛行小型種達が龍驤の持つ巻物状カタパルトに集合。青白く放電するカタパルトによって十分な加速度を得て空中に次々と撃ち出される。尻先端部のジェット推進にイグニション。瞬く間に音の壁を突破する。
直後、その半数が空中で爆発、撃墜された。長距離空対空ミサイル。
【ArrowHead-09, Engage offensive. FOX3】
【Kerberos-13, Engage offensive. FOX3】
【B-1D, Engage offensive. FOX2,FOX2!!】
「!!」
メナイ艦隊麾下の航空隊だ。機種がてんでバラバラなのは、それがブインのコンビニこと第201艦隊だからだろう。
生き残りとメナイ航空隊がドッグファイトに入る。ミサイルという長槍の存在が大きい。徐々に徐々にこちらの数が減っていく。
「何でや……何でや!?」
全速力で海面を蹴って回避運動を続ける龍驤の足が輝きを失い海面に沈み始める――――エネルギー切れ。
抵抗を増した足の裏の感触からそれを察知した龍驤は、咄嗟に腰のベルトに増設された赤いドロップ缶の中に指を突っ込んで、キューブ状に圧縮成形されたエネルギー触媒を口の中に放り込む。白いペンキで缶の表面に『マクサ式』と書かれていたのはより完璧を期するためか。
直後、龍驤の――――ほとんど変質し、軽母ヌ級のそれと化した――――足の裏に刻印されていた『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字が再び激しく輝きはじめ、そこから照射された不可視の斥力場が海面を大きく押しのける。
艦娘式軽空母。
量産可能な一騎当千でありながらも、運用する提督側にもそれ相応の実力と適性を要求する艦娘式正規空母は扱いづらい。
もっと手軽にクウボを扱えないのか、俺だってクウボと超展開してみたい、などという現場からの声に答えるべく、超展開可能な空母としての機能と性能を持ちながらも、正規空母よりもずっと低い基準での適性値と、高い運用能力を実現した艦娘。
それが、艦娘式の軽空母である。
ただ、そんな無茶振りが通るはずが無く、結局、超展開にはそれなり以上の適性値(※翻訳鎮守府注釈:空母娘が要求する『それなり』の時点ですでに金鉱脈レベルの希少さです。彼女らが『理想する』になると油田レベルです)が必要な事と、超展開の持続時間もごく平均的な軽巡洋艦とほぼ同じ15分前後に縮小された事と、超展開中は常に専用に用意されたエネルギー触媒を投与していないとクウボとしての運用が不可能という、途方もないハンディキャップを背負ってしまったのだ。
時間限定の正規クウボ。
それが、龍驤をはじめとした艦娘式軽空母達なのである。
(アカン……さっきエネルギー補給したばっかやのに、もう切れかかっとる……連続で吹かし過ぎや、ちょっち休ませんと……!)
さらに砲弾が飛来。今のを避けられたのは単に偶然に過ぎない。龍驤の首筋に冷たい物が走る。
それでも龍驤は金剛と、そこに乗っているはずの水野に向かって打電し続ける。
「提督、金剛はん! 何しとるん、作戦はどないしたん!? 敵は、基地に向かって侵攻してとるっちゅう深海凄艦の大群団はどないしたんや!?」
【……っ!】
【……龍驤、作戦は、終わったんだ。とっくに、終わっているんだ】
無線の向こう側から、何かに堪え切れなくなったかのような金剛の小さなうめき声と、水野の声が聞こえてきた。龍驤には、それが何か辛い事を押し隠している時の声と同じだとすぐに理解できた。
だが、水野が何を言っているのかが理解できなかった。
作戦終了。
そんな馬鹿な。ブイン基地を出撃したのは今日の夕方だったはずだ。前衛だけで師団規模を誇る大群団を相手に、昼間からの正面決戦は自殺行為だからと、夜間乱戦に持ち込むつもりではなかったのか。
「……何言うとんのや、水野少佐。まだ終わってへん、ちゅうかまだ接敵すらしてへんや、ろ!?」
足元を狙った砲撃。龍驤が空中に飛び上って回避。
再び片頭痛。フラッシュバックする過去の光景。燃える水平線、燃え上がる夜の海、戦艦ル級撃沈の報、
誰かの声。
――――これで水野少佐も帝国海軍史上3人目の黄金剣翼突撃徽章持ち……昇進はもう確定やな。
金剛の砲撃でで最後まで残った駆逐イ級が爆発、炎上。死なば諸共とばかりに魚雷を吐き出す。数十秒間の直進。直撃。効果無し。
その光景を見た龍驤を、今までで最も強烈な頭痛が襲う。
フラッシュバックする誰かの声。
フラッシュバックする、いつか、何処かで見た光景。
――――何でや!? 何で傷一つついてないんや!?
――――こちら龍驤! 別働隊の戦艦ル級に捕捉されてもた! 作戦放棄! 交戦開始!!
――――みんな! 手持ちの火力を全部かましたれ!! 相手は戦艦級! 出し惜しみしてたら死ぬで!?
「だ、誰や……? 誰の 声や!?」
痛みで龍驤の足が止まり、頭を抱えて海の上で蹲る。脂汗を流しながら、固く目を瞑って苦しげにうめき声を上げる。
自分は、何か、とても大事な事を、致命的な何かを忘れているのではないのか? それを思い出そうとする度に、龍驤の脳に激しい頭痛が走る。鎮静剤を兼ねた同化薬を持っている飛行小型種は、はるか上空でドッグファイトに拘束されている。
【龍驤!】
【龍驤サン!】
腰まで浸かった海水を掻き分け、超展開中の金剛と水野が龍驤の元に駆け寄る。本能的に龍驤が左手を伸ばす。龍驤本来の左手と、軽母ヌ級の左手を。
驚愕する。
龍驤は、咄嗟に海面を見た。生身の人間はおろか、視覚野が増感されているはずの艦娘達ですら『ただのまっ黒』としか表現できない海上でも、龍驤のクウボ視覚野は良好な解像度を提供した。
水野が叫ぶ。遅すぎた。
【!? いかん、龍驤、見るな!!】
全てを思い出した。
「あ? あ、……ぁぁぁぁぁあああああ―――――――――――――――――――!!?」
人は、これほどまでに顔が歪むのかと、逆に感心したくなるほど龍驤の顔は、恐怖に怯えていた。
自分が今まで何をやっていたのか。その全てをはっきりと思い出してしまったのだ。
翔鶴から動力炉をえぐり出し、天高く掲げてから握り潰して殺した。それを見て逆上した瑞鶴は、全ての艦載機を撃墜した後、四肢をもぎ、こちらの艦載機で四方八方から攻撃を浴びせかけてゆっくりと沈めた。
阿賀野は何をさせるまでも無く、キックで首を刈り取って殺した。
最も強敵だった隼鷹は、ツヨイ・ツラヌク・チョップで首から上を吹き飛ばした後、念のためにバラバラに解体し、中から提督を引きずり出して殺した。
そして、ダークスティールとの決戦に勝利し、誰もが疲労困憊で浮かれきっている隙を狙って、超高々度からのウミドリ・ダイブで金剛を殺そうとした。
「ウ、ウチ……ウチは、な何という事を……!!」
それらの記憶に翻弄され、罪悪感と言うのもおこがましい精神的重圧で龍驤の精神が死に始める。
金剛に搭載されている最新型の電子式PRBRデバイスとIFF識別装置に表示される数値は、ちょうどコインの裏表の様な激しい上下の変動を繰り返し、徐々に徐々に深海凄艦側に傾いて行っていたが、2人がそれを気にしている暇は無かった。
まだだ。まだ龍驤は、龍驤の心は死に切っていない。これだけ罪の意識に怯えているのが、その証拠だ。
――――帰れる。まだ龍驤は帰って来れる!!
水平線に、暁の光が差し始める。
開けない夜は無い。新たなる朝がやって来た。
【龍驤、大丈夫だ】
【そうデース。帰りましょう。私達のHOMEに】
「あ……水野少佐、金剛さん……助け 、て――――」
水野と金剛が、龍驤に優しく語りかける。
宙に伸ばされたままだった龍驤の左手を取ろうと、金剛も左手を伸ばした。
【任せろ! 誰に何言っても俺が何とかしてやる! 勲章持ちの発言力舐めるなよ!!】
【そうデース! 私達だけじゃないデース。そういうのに強い井戸水技術中尉……Oops! 井戸少佐もいるデース! だから、絶対、大丈夫デース】
救われたような表情で、龍驤は金剛を見た。
伸ばされた手と手が触れ合おうとした丁度その時、
暁の光を受けて、金剛の左の薬指にはめられた指輪が光った。
「え?」
ぱきり。
龍驤は、心のどこかが折れるその音を、確かに聞いた。
指輪。指輪? 何で? どうして? 朝はしてなかったのに? いつ? 何で? 左の薬指? ウチは?
ウチでは、駄目なの?
今度こそ、本当に、龍驤の精神が死ぬ。
「……ぁ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――!!!!!!!!!!!!!」
絶叫の片隅でフラッシュバックする誰かの声。
――――う、うん……あんな、ウチな……ウチな、今日の作戦が終わったら、水野少佐に告白するねん――――
金剛に搭載されている最新型の電子式PRBRデバイスは、この時確かに新手の深海凄艦が誕生したと、波形と数値で表示していた。
(後半へ続く)