※雪風改二確定おめでとうss※とか書いてたら時既に実装済みどころか次のイベすら終わって竹ちゃん来てたss※特に深い事考えんで、暖めてたけど出せそうにないネタいくつか混ぜ合わせて書きました。※ですので、いつも以上のオリ設定要注意です。特に丹陽&雪風改二関連。※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!※雪風改二は設計図1枚+2枚って何だよ……合計2枚じゃないのかよ……※以外にどころかものっそい優秀な球磨ちゃんさん改二用の設計図×2どこ……? 無い……※能代は改装以前の問題として練度ォォォ! 今回の談合まとめ あとで燃やす・い号計画について 候補地は最終選考までに2~3件に絞る。 正式な発令の可否は沖縄の残留PRBR値次第。 海生研(現TKT)の田中所長からの報告によると、機材のトラブルにより正確な数値が出なかったとの事。再調査中。・い号計画 チケット抽選会について 事前の通達通りの日時で。 再抽選は無し。優遇も八百長も無し。違反者は無条件落選。 当選者には手紙を送る事。防諜のため手書きに限定し、エージェントが当選者宅の郵便受けに直接投函する事。 ※TKTの井戸水技術中尉は本名か、偽名の井戸枯輝のどちらかのみで応募する事。 → 今度の定期報告の時に本人に通達。ブイン基地。 ↑そいえば死んでたから連絡不要。 ――――――――処分し忘れた走り書きより一部抜粋 :訓練生は離れたか? :はい。有明警備府からお預かりしている訓練生が乗っている練習巡洋艦娘『大井』さんは、私、初霜との安全距離を維持しています。 :通信状況。 :私達とのビデオ通話もオンライン、感度良好です。横鎮第一支部との通信状況も感度良好です。 :良し。ではいくぞ初霜! さっさと終わらせて今夜こそお泊りコースのシンデレラだ!! :はい! ……って提督! 何を言ってるんですか!? 戦闘中は全て記録されてるんですよ!? :知った事か! 俺とお前の仲を見せつけるいいチャンスだ! :えっ……て、提督ったら、んもう! :ハハハ。スマンスマン。 ……それにしても。 :ええ。それにしても、一体、何があったんでしょう? 提督は何か? :皆目見当が付かないな。南方の連中はともかく、那覇鎮や太平洋戦線の連中が抜かれるとかどういう事だ。 :一隻だけで南方から本土までの防衛網を突破してくるなんて……よほどの手練れでしょうか。 :かもしれん。だが、俺達のやることに変わりはない。いくぞ初霜。まずはいつも通り、超展開の完了と同時に友鶴システムで面制圧しながら距離を詰めるぞ。 :はい! 了解しまし……え? :初霜? どうした? :……嘘。何で。 :初霜? :て、提督! 駄目です!! :初霜、さっきからどうした? :撃てません! 撃っちゃ駄目です!! :初霜、どうした。何を、言ってる? :撃てません! :初霜、あれは敵だ。深海棲艦だ。お前にも見えてるだろう? :撃てません! 駄目です! あれとは戦っちゃダメなんです! 見えてないんですか!?(状況補足①) 獅子屋藻中佐は上位コマンドの入力を準備。 :提督!(状況補足②) 駆逐娘『初霜』は自身の立体映像を使い、艦長席の裏にあるサバイバルキットを奪取・開封。 :初霜、何を!? :て、提督……初霜たち、艦娘には、戦闘中、じ、じ乗艦している提督が心神喪失、ああるいは錯乱したと時には、己の自己判断が優先されるようにな、なっているんです…… :初霜、落ち着け。それをしまえ。 :も、もももしも撃つというのなら……提督、初霜が! あなたを、あなたを……!! :初霜、落ち着け。何かが噛みあってない。情報が、前提がすり合ってない。話をしよう。だから、まず、それをしまえ。(状況補足③) 獅子屋藻中佐はきわめてゆっくりと片手をキーボードの上に置き、上位コマンドの入力を開始。 :提督! やめて!! :(発砲音) ――――――――横須賀鎮守府第一支部 獅子屋藻 小餅中佐殺害事件 最終調査報告書添付用資料(初霜のブラックボックスより起こし) 奇跡の幸運艦にも幸不幸の波はあるようで、新生ブイン基地に所属する駆逐娘『雪風』にとって、その日は、朝から不幸の連続だった。「くぅ……すぅ……ぴ痛ッ!?」 朝から順番に数えていくと、まず目覚めの直前。いつも通りに叩き付ける様にして目覚まし時計のアラームを止めたら、何処から飛んで来たのやら。南国特有の巨大な、名前も知らないやたらとトゲトゲした甲虫がスイッチの上に居座っていて、それに気付かず叩き付けた手の平に勢い良く食い込んで、その痛みで目が覚めた。 駄目押しとばかりに、隣で寝ていた寝ぼけ眼の輝が雪風自身の手の上から目覚ましのスイッチを勢い良く押したので、痛みはさらに倍になり、思わず尻尾を踏んづけられた野良ネコの様な叫び声を上げて飛び起きた。「……」 直後の着替えでは、制服のボタンが上から全部ほつれて外れかけていた。替えの制服も全滅していた。元々がマイクロミニのワンピースで露出が高いとはいえ、姉妹艦の天津風でもないのにノーブラで前全開は流石に年頃の乙女としては避けたいところだった。 なので、朝食をとりに食堂へと出向く時には、タンスの中のハンガーに吊り下げてあった私服に手を伸ばす事になった。 幸いにも防虫剤の効果は生きていたので、こっちも虫に食われて穴だらけ。という事は無かった。「あれ? 雪風、そのサマードレスどうしたの? 今日全休だったっけ?」「制服のボタンが全滅してたんです」 新生ブイン基地の食堂で、何故か我が家のようにくつろいでいる新生ショートランド泊地所属の駆逐娘『陽炎』が、食堂に入ってきた雪風の格好に疑問を持った。「ふーん。管理不行き届き?」「違います、今朝着替えようとしたら突然ですよ。昨日の抜き打ち点検(※軍隊版のお部屋チェック)だって、一発OK貰ってたじゃないですか」 トレーに朝食を大盛りでよそり、陽炎の隣に歩いてきた雪風が頬を膨らませて反論した。「あはは。ごめんごめん。そいやそうだったわね。でも、雪風にしちゃ珍し――――」 陽炎の隣に座ろうとして椅子を引いた拍子に、雪風の重心が微妙に変化。それによって気付かぬ内に踏んでいた小さなゴミが靴の裏で滑って盛大に転倒。雪風の頭上にトレーの中身がベしゃりと降ってきて、雪風と、雪風のお気に入りのサマードレスをケチャップ色に盛大に染め上げた。 本日の朝食のメニューは、ソースたっぷりのスパゲッティ・ナポリタンだった。 駄目押しとばかりに天井のタイルが一枚剥がれて落ち、雪風の頭の上の皿に面で直撃。コントのような音を立ててお皿もろとも粉になり、雪風と雪風のお気に入りのサマードレスをケチャップの赤と粉砕タイルの白でまだら色に染め上げた。「……」「……」「……」 質量を持っていると錯覚しそうなほど重苦しい沈黙が食堂を満たす。「……空はあんなにも青いのに(CV:ここも藤田咲)」 パスタまみれのままうつむいた雪風が力無くそう呟いた瞬間、季節外れならぬ時間外れのスコールが降り注いだ。 駄目押しとばかりに落雷で停電まで起きて、開けっ放しだった窓から野良の黒猫が数匹、食堂に飛び込んできて、戦争・平和・革命の三拍子でワルツを踊り出した。どうやら奇跡の幸運艦にも幸不幸の波はあるようだった。 薄暗い食堂の中で、呆気にとられた面々を代表して、陽炎が呟いた。「――――雪風にしちゃ、ホントに珍しい事もあるのね」 そんな、早朝からして波乱に満ちた朝食の後にも続いた雪風の一日についてだが、これ以上は、止めておこう。 それは、私の語るべき物語ではない。 禍福は糾える縄の如し。 次の日に雪風の下にやって来た吉報は、前日の不幸を相殺してなお、お釣りの来るものだった。「雪風が……改二ですか!?」 昨日のように無様にトレーをひっくり返さず朝食(※本日のメニューは天然牛のローストビーフ&白米納豆銀ジャケ定食)を終えた輝と雪風は、その場で行われた朝礼の中で比奈鳥ひよ子基地司令から一枚の辞令書を手渡された。「ええ。つい先日改装が決定されたそうよ。改装パターンは2種類あって、そのどちらかを選んで改装する事になるけど、基本的な内容は他の陽炎型と同じく、第三世代型への大型改装ね。火砲や缶まわりや装甲のアップグレードに制服デザインの更新、FCSやそれ以外の電装系の大幅強化に両足の交換、それと対人索敵系の強化と対人せんそ……対核爆撃モードの搭載、ってとこかしら」「やったぁ!」 ひよ子から告げられた内容に、雪風が無邪気にはしゃぐ。 中学生、下手すりゃ小学校上学年の女の子にしか見えない少女が、自身に兵器としてさらなる改造を施されると聞いて全身で喜び、しかも周囲にいた同年代から少し上の少女や女性たちがおめでとうおめでとうと拍手をしているという大層危険な光景であるが、雪風は艦娘なので何も問題なかった。 雪風は、艦娘である。 艦娘とは、見てくれと原材料と動作心理が少女であるだけで、その実は戦闘兵器である。コンタミ艦などのイレギュラーを除いて己がより高性能になると聞いて、喜ばない方がどうかしている。「改装後の正式名称はそれぞれ『丹陽』『雪風改二』で、雪風を保有している全ての艦隊にこの召集令状が届いてるわ。九十九里地下のTKT本部まで改修受けに来いって」「全ての、ですか」「ええ。それと、建造数に上限のある雪風だからか、改装時には各提督と雪風ごとにそれぞれリクエストを聞いて、よほどのものでもない限り反映してくれるみたいよ。何か考えておいたら?」 それから数日後。 帝国本土にある千葉県九十九里浜に、輝&雪風のコンビはいた。輝&雪風コンビ以外の雪風もいた。 というか、九十九里浜の一部が『超展開』した雪風と、駆逐艦本来の姿形とサイズで自分の『超展開』の順番待ちをする雪風で埋め尽くされていた。 中には超展開してから大分待たされているのか、陸から伸びたケーブルをオヘソ・コネクタに接続してエネルギー供給と冷却を外部委託し、超展開の時間切れが来ないようにしている雪風も何人かいた。すごいのになると甲板上から釣り糸垂らして七輪に火を入れてる提督までいたし、もっとすごいのになると雪風の甲板上に屋台を開いてタグボートで出前をやっている提督もいた。 輝&雪風コンビは幸運にも、出前で買ったラーメンのどんぶりを洗って返してからそうも経たない内に地下格納港へと進む許可が下りた。『九十九里浜第99要塞より大湊警備府、タウイタウイ泊地、および新生ブイン基地。3隻全ての雪風の超展開を確認した。これよりドライドックへの誘導を開始する。要塞前の海底は掘り下げてある。そのまま前進せよ』『大湊了解』『タウイタウイ了解』「新生ブイン基地、了解しました」 改二型への改装での必需品となる紙おむつ1パックと紙袋一杯に詰め込まれた漫画や雑誌や携帯ゲームを受け取った提督&雪風達が、九十九里浜第99要塞の正面に開いた開口部から内部に侵入すると、まず最初に出迎えたのは、超展開中の艦娘に特化したタイプの、大形ソファに酷似した固定アンカーだった。 それに3人並んで深く腰掛け、オヘソ・コネクタにケーブルを挿入して冷却とエネルギーの供給を外部に切り替え、強化繊維製のシートベルトで全身を固定すると、それを待っていたかのように隔壁が閉じて外部と隔離され、内部が排水され、ソファのある床ごと斜めに沈み始めた。 四隅で回る赤い警告灯に照らされ、大掛かりな斜坑エレベーターに揺られ、連日の酷使でぎしぎしと軋み始めたソファ型ハンガーに腰掛け雑談しながら地下深くへと進むことしばし。 3隻の雪風の通信系に接続リクエストが入る。接続元はTKT。それぞれの提督が雪風に命じて接続を許可すると、機械ノイズの混じった男性の声が入ってきた。『合成音声のみで失礼します。7番ハンガーの皆さん初めまして。私が艦娘改二化改造計画責任者の、ユッケビビンバ技術中佐です』 もっと捻れよ、偽名。 雪風らも提督らも皆一様にそう思ったが、口には出さなかった。『これから、あなた方の雪風の改二化改修を始めさせていただきますが、その前に、事前にお渡しした専用装備は装備なされているでしょうか?』 専用装備――――先程受け取った紙おむつの事だ。 3人の提督がそれぞれ無線で肯定の返事をし、ユッケビビンバが説明を再開した。『既にご存知の事かと思われますが、もう一度ご説明いたしますと、改二化改装計画は従来の改装計画と違い、装甲や火力の向上だけではなく、陸上戦闘へ適応出来るようにするための改造です。そのため、第三世代型艦娘や一部の艦娘などの例外を除き、通常展開時や圧縮保存状態では手出しできない脚部をフレームごと入れ替えるか新調する必要がありまして、そのため超展開状態でこちらまでお越し願った訳です』『つまり、作業が終わるまでは艦長席から立つ事は出来ない……と?』『はい。そうなります。そのための紙おむつと、娯楽アイテムです』『ダミーハートは? こういう時にこそ使うもんなのでは?』『申し訳有りません。生産数に余裕がないものでして。持参していただく分には問題ないのですが』(比奈鳥准将から聞いてはいたけど、本当だったんだ。紙おむつ)『7番ハンガーの作業完了は明後日の午後11時、二三〇〇を予定しております。以降の作業はきしめん技術中尉に引き継ぎますので、何かありましたら、そちらにお願いします。それでは私はこれで』 それだけ言うとユッケビビンバがその場を後にする。 直後『よしゃー! 終わりー!! 寝るぞー!!! 今週の合計睡眠時間を二ケタにすんぞオラー!!!!』という魂の叫びが切り忘れたスピーカーから流れてきたが、皆、何も聞こえなかった事にした。因みに今日は日曜日だ。(それにしても) 輝は雪風にコマンドを送ってチラリと右横を見やる。 まじかよ。と、大湊の提督が小声で毒づき、大湊の雪風がまぁまぁ、たまには夫婦二人でのんびりしましょうよ。となだめているのが見えた。ロリコンはここにいた。タウイタウイの雪風は目を閉じて静かに座っていた。どうやら艦内にいる提督と簡易のシュミレーションでもしているらしく、よく見ると時折、手指がぴくぴくと痙攣しているかのように微かに動いていた。 輝は雪風にコマンドを送ってチラリと左横を見やる。 別のソファに座ってベルトで固定されている、どこかの所属の雪風たちが見えた。切り取られた足を見て、顔を青くして目を回している当人もいれば、切断面を覗きこんで顔を赤らめハァハァと息を荒げて『次は私がああなっちゃうんだ』と期待の眼差しで興奮している雪風もいた。 輝は雪風にコマンドを送って視線を正面に戻す。 目を閉じて寝ているのもいれば雑談しているのもいた。(それにしても、同じ雪風でも、よく見るとやっぱりだいぶ違うもんなんだなぁ)『ご休憩中失礼します。そちら7番ハンガー、それぞれ大湊警備府、タウイタウイ泊地、新生ブイン基地の雪風でよろしかったでしょうか』「『『はい。そうであります」』』」『こちら、Team艦娘TYPE、陽炎型の開発・改装担当のきしめん技術中尉です。本日は皆様の改二化改装の担当をさせていただきます』「『『よろしくお願いします』』」 やっぱりひどい偽名だったがその事は口にも顔にも出さず、輝達3人の提督と3隻の雪風が返答した。『つきましては、あらかじめご連絡差し上げました通り、本改装において何か追加改装などのリクエストなどがあれば、ご意見の提示をお願いします。可能な限り実行いたします』『はい! 大湊の雪風は超展開実行後にも、指輪もそれに対応したサイズになるように改造を希望します!』『タウイタウイからはリアクティブ型の増設バルジと、沖縄で使われたっていう武功抜群を。どっちもありったけ』 新ブインの雪風と輝は、ここに来るまでの間に相談して、その内容を既に決めていた。 輝が無線に口を寄せる。「新生ブイン基地の雪風は、追加改造として――――」 二日後の午後11時。3人というか3隻の大改装が無事終わり、来た時と同じく超展開状態のままソファに座り、来た時とは逆に斜坑路を昇っている最中の事だった。「新種の深海棲艦、ですか」『はい。先週、泊地近海で確認された新種の重巡です。PRBR値の同定結果はまだ公表されてないので、しばらくは不明ネ級と呼ばれるんでしょうけど』『んふふふふ……』 来た時と同じく、連日の酷使でぎしぎしと軋んでいるソファ型ハンガーに腰掛けた新ブインの雪風改め丹陽と、ダウンジャケット型のリアクティブアーマーを着込んで短ドス型のCIWSを何本か腰に差したタウイタウイの丹陽は、新種の深海棲艦について話をしていた。2人の真ん中に挟まれた大湊の雪風改二は、巨大化している己の左手薬指で眩く輝く、プラチナシルバーの輝きを飽きることなく眺めてはニヨニヨとしていた。誰の話も聞いちゃいねぇ。『そいつの特性が、どれひとつ取っても厄介で……片腕だけは射突魚雷と主砲で何とかちぎり飛ばしてやったんですけど、結局逃走を許してしまって今も行方不明ですし……この短ドス――――武功抜群があの時あればな、って思いますよ』「正式採用版の武功抜群――――長刀の方は、高電圧スタンブレードになっちゃったんでしたっけ」『しかも皐月さんと一部の改二型にのみの実装になっちゃいましたしね……長刀じゃなくて、こっちの短ドスの方を量産出来てたら、今頃戦局もっと楽になってたはずなんですけど」『うふ、うふ、うふふふふふ』 まぁでも、今は普通にお肉や海の魚が食べられるくらいに楽になってますけどね。とぼやいた新ブインの雪風が、凝り固まった体をほぐそうとして座ったまま無意識に背伸びをした。 その際生じた重心の変化により、ソファ型ハンガーの足に掛かる応力が増加する。 増加した応力自体はさしたる数字ではなかったのだが、連日の酷使で床とソファとの接合部やエレベーター床の可動部には金属疲労が蓄積しており、今の背伸びでとうとう越えてはいけない一線を越えた。 ばきん。という音が新ブインの雪風の足元からしたかと思うと、次に、ごきん。という音がエレベーター床の隅っこ2ヶ所から鳴り、3人の背中にかかっていた圧迫感が不意に緩やかになった。 ソファどころかエレベーター床そのものが斜めに傾いていた。「へ?」『へ?』『にゅふふ……ふへぇ?』 Gの掛かる方向が尻の下から背中、背中から後頭部へと移動していく。 幸運な事に、ソファ型ハンガーの金属疲労はタウイと大湊の雪風が座っている所までは及んではいなかったらしく、新ブインの丹陽が座っていた部分だけが焼きたてのパンを引き裂くようにして脱落。「――――っ」 落下が始まる。 受け身どころかまともな防御姿勢もとれないまま自由落下を開始する。 禍福は糾える縄の如し。 新ブインを出てくる直前からつい今しがたまで感じていた幸福感の対価を利子付きで無理矢理支払わされたかのように、新ブインの丹陽と、そこに乗艦っている輝だけが、悲鳴を上げながら何度も斜坑路の壁にぶつかり、闇の中に転がり落ちていく。 輝と雪風が、悲鳴だけを残して闇の中に消える。『く、九十九里要塞! こちら7番ハンガー、事故発生、事故発生!!』『止めて止めて止めて! 雪風が、新ブインの雪風が下に落ちてった!! 誰か、誰か来てください!!』 悲鳴が消える。 階下に確実に落着しているはずの秒数が過ぎても、それらしい激突音は、暗闇の中からは聞こえてこなかった。 雪風改二実装確定記念の突発艦これSSと言う名目で十一月頭から書き始めたはいいものの、時既に三月かつ話の内容的にもう本編でいいよねという事でお送りするので、海外艦娘が登場&活躍する予定だった本来の第五話『SSSS.GOTLAND』は、投稿予定を繰り下げて次回第六話にお送りする予定です。因みにSSSSとはスーパー・催眠・さらに・洗脳の意です。 な艦これSS とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!! 第五話『真(チェンジ!!)アドミラル ~ 有明警備府最後の日 ~』「ねぇ、ちょっとー。艦娘っぽい雰囲気のお嬢さーん。大丈夫ですかー?」 誰かに軽く肩を叩かれる感触で、新ブインの雪風改め丹陽は意識を取り戻した。「おーい。こんなところで寝てると、風邪ひいちゃうぞー?」 目を閉じた暗闇の中、すぐ傍で誰かが呑気そうに自分に声をかけているのが聞こえた。閉じた瞼ごしにも光を感じられるのは、きっとかなり強力な照明灯が灯っているからだろう。 三半規管と背中の感覚からして、どうやら自分は固い地面で仰向けに倒れているようだった。「うぅ……」 直前の事を思い出す。 そうだ、落下を始めたのは地上の出口付近だったはず。なら相当な距離を落っこちたはずだが、五体満足なのは幸運、いや、自分だけ落っこちた事を考えるとやっぱ不幸だ。 痛んで揺らめく脳と意識に鞭打って何とか上半身を起こそうとして失敗。地面に手をつくもまるで力が入らない。 そこで気付く。(この滑らかに凸凹した感触……コンクリートじゃなくて、アスファルト?) 何で基地の中に? そんな丹陽の疑問は、すぐ隣から聞こえてきたもう一つの声で掻き消された。「そっちの軍人のお兄さ……准将閣下も大丈夫ですか?」「うぅ……ん」「は?」 丹陽の脳と意識が疑問で埋まる。 そんな馬鹿な。今のしれぇこと輝君は、目隠輝インスタント准将は、私の艦内で、私と『超展開』していたはずだ。 いや待て。そもそも『超展開』しているはずならば、今、自分の横からした聞き覚えのあるうめき声は誰のだ。「あ。2人とも起きた」 痛む脳も揺らめく意識も横にやり、思わず上半身を起こした丹陽が真横を見た。そこには、天高く上った太陽に照らされ、陽炎(not艦娘)が出ない程度に軽く熱せられたアスファルトの上で、丹陽自身の提督の青年――――目隠輝――――が彼女と同じタイミングで上半身を起こし、やはりこちらを見て目を丸くしていた。すこし遠くにはコンクリート製の護岸に包まれた青い海と、上下逆さまになった四角錐を生やした柱を四つ、四角形になるように配置したような独特な外観をした建物が見えた。 丹陽には、本土にやって来てからはよく見慣れた建物だった。「……有明警備府?」「あ。やっぱ有名なんだ。ここって」「何で? 九十九里要塞にいたはずなのに……」「九十九里要塞? 工期進捗の視察ですか?」 そこでようやく、自分は今、誰と会話しているのか、という疑問が丹陽の中に湧いてきた。 声の主の方に振り返る。「お二人とも、ご気分は大丈夫ですか?」 そこには、正規空母娘の『蒼龍(ごく普通の緑色の着物と暗い緑色をした袴を着用)』と、同じく正規空母娘の『飛龍(ごく普通の橙色の着物と緑色の袴を着用)』が2人の枕元に跪いて顔色を窺っていた。 輝が呟く。「蒼龍=サンと、飛龍=サン?」「えへへ。空母娘如きの名前が准将閣下のお耳にも届いてるなんて……蒼龍、嬉しいな」 そう言って蒼龍は、媚びるような上目遣いでしなを作りながら輝に寄りかかり、腕を絡めて胸を押し付けた。意図的に緩くされた襟元から覗く蒼龍のバストは輝の視覚にも触覚にも、実際豊満であった。 輝は何が何だか分からなかったが、輝の♂としての本能は蒼龍に拘束されていない右腕で、ヤーナムの狩人めいて確かな意志をジェスチャーした。奥ゆかしくもしめやかなガッツポーズである。 丹陽はそれを見て、やっぱ輝君も男の子だねぇ。と生暖かい目を向けた。 ここで君達に最新の情報を提供するが、旧ラバウル基地は壊滅したとはいえ、今でもラバウル聖獣騎士団筆頭騎士を務めるこの丹陽、ロマンスグレーの一本も生えていない男は二十歳だろうと三十路だろうと精通前の坊や判定という、何とも頼もしい性癖の持ち主である。 なので、己の提督が顔を真っ赤にして余所様の艦娘の胸の谷間にちらちらと何度も何度も目線を向けているのを見ても『やっぱ男の子だもんねぇ』と生暖かい目を向けるだけで済ませていた。 そんな丹陽には、飛龍が対応した。「とりあえず、警備府までご案内いたしますね」 飛龍は小さな子供の手を引く要領で丹陽をエスコートし、蒼龍は輝の腕に抱き付いたまま、甘ったるい声で「二名様ご案内~い」と輝を警備府の敷地内へと誘導していった。何処の怪しいお店だ。 因みに。 有明警備府に着くまでのごく短い道中では、南方海域の新生ブイン基地で整備兵やってる塩太郎こと塩柱夏太郎整備兵とよく似た背丈と顔つきをした黒いスーツに蝶ネクタイのホストスタイルのお兄さんが、右からは駆逐娘の『陽炎』に、左からは駆逐娘の『不知火』に抱き付かれながらイケメンスマイルを崩す事無く談笑しつつ、路肩に止めてあった黒塗りの高級車に2人を連れ込んでどこかに走り去るという事案が発生していたのだが、輝と丹陽がそれに気づくことは無かった。「第一艦隊総旗艦の古鷹ちゃんは現在改装準備のため、ドライドックに入渠中ですので、准将閣下とお嬢様の警備府案内役には別の者をお付けします。その者を呼んでまいりますので、応接室で少々お待ちください」 そして警備府に到着し、応接室に2人を案内した飛龍と蒼龍がもう一度、輝の名前と階級と所属、丹陽の艦名と型名を確認すると、二人を残して応接室を後にした。 ややあって。「……新手のドッキリ?」「丹陽にも、そうとしか思えないです……」 2年前の、しかもそう長くない期間とはいえ、2人がここで世話になっていた時の事くらいは覚えている。 2人が知っている有明警備府の飛龍蒼龍といったら、もっとサトゥバトゥとした目付きで、暇さえあれば道場や警備府内の埠頭で全裸になって一対一のカラテ・プラクティスに明け暮れてたり、ゼン・メディメーションの一環としてあぐらをかいた状態で空中浮遊してたり、正拳突き一発でH柱鋼を『く』の字にへし曲げるような、そんな、ごく典型的な清く正しいクウボ娘だったはずだ。 間違っても、先ほどの2人のように、蕩けて媚びた目つきで男や権力者に抱き付くような娘達ではない。「僕達がいない2年間に、一体何が起こったんだろう……この部屋も、なんか違和感あるし」「実はまだ、丹陽たちは気絶していて、夢を見ているとか。でしょうか」 それ笑えないんだけど。輝がそう言った直後、部屋のドアが開かれた。 入ってきたのは一人の女性だった。外側に向かって跳ねる茶のショートヘア、巫女さん服のような白い上と金の飾り紐にタータンチェック模様のミニスカート、背中から伸びるⅩ状の艤装とその先端に取り付けられた主砲。 金剛型戦艦娘の2番艦『比叡』だった。「面鳥提督ー、尾谷鳥少佐ー、ここですかー? 第三次プレイグロード作戦の確定報告書に使う資料出来ましたよー。やっぱりあのTKTの人が予想してた通り、免疫獲得とコロニー内への伝播完了までの時間が第二次の時の半分くらいまで……って、あれ?」 輝達と比叡の目が合う。 誰だろう、警備府の提督達の誰かの御家族かな? そう思った比叡が輝に視線をフォーカスし、肩と胸の階級章を見てぎょっとし、即座に姿勢と口調を正した。「ひ、ひえっ!? 失礼しました准将閣下! 自分は有明警備府第三艦隊所属の『比叡』であります! 御来訪なされるとは伺っておりませんでしたが、もしかして抜き打ち視察ですか!? ひえっ、ひえぇぇぇ!? お茶もお茶請けも出してないなんて!? ひえっ、と、とりあえず昨日焼いた【ジンジャーブルート/Gingerbrute】でも食べてお待ちください! 瓶の中身の成分が調べても分からなかったので見た目と味だけしか再現できませんでしたけど!!」 比叡が部分的に『展開』し、内部に格納してあった人型の巨大な焼き菓子(のような何か)を虚空から取り出して2人に押し付ける。「あ、ありがとうございます。お気遣いなく。ていうかそんなに畏まらなくても」「そうですよ」「ひえっ!? そそんな滅相も無い! 将官クラスの方がここまで直接足を運ぶだなんて、電話回線やネット越しじゃ話せないくらい機密度の高い依頼に来たとしか……いえっ! ななんでもないです!!」「(依頼?)ところであの。比叡さん、蒼龍さんと飛龍さんの事なんですけれど……」 あの二人に一体何があったんですか。そう言おうとしていた輝だったが、比叡の影を落としたような表情を見て止めた。「……あの子達の事、どうか悪く思わないでください。彼女達は、前にいた鎮守府の中で建造されて、外の世界を知らないまま育った娘達なんです。それに、そこを潰s……そこから保護されてまだ日も浅くて……あの娘達が何か粗相をしたのなら私達が謝罪します。ですから、彼女達の事、どうか悪く思わないでください」「比叡さん……」 比叡の話しぶりから、輝と丹陽は、どうやら先の飛龍蒼龍は自分達の知る2人ではないらしいし、これ以上その話題に触れるのもアレだしと判断し、頭を下げ続ける比叡に了解の意を返すと比叡が頭を上げた。「ありがとうございます准将閣下! お礼と言っては何ですけど、今日の夕食ご一緒しませんか? 何日か前に作ったカレーを寝かせた物で、希少品のレイウジヤタガラスの赤い瞳を入れてあるんですよ」「「大変申し訳ありませんが所用が入っており夕食前には帰投しなければならないのです」」「そうですかぁ……ひぇぇ。あ、何か御用がありましたらお呼びください。それでは」 輝と丹陽が即答する。比叡が肩を落としてしょんぼりしながら退室する。 比叡が背を向けたのを見て、輝と丹陽がひそひそと囁き合う。(ねぇ、雪風。希少品のレイウジヤタガラスの赤い瞳入りカレーって……)(丹陽ですってば。はい。前に有明警備府の人達から聞いた事のある、寸同鍋1つ処分するのにガラス固化処理用のキャニスター6本使って分割封印して、下地島鎮守府のランチャー台借りて、何処かの鎮守府の夕張さんの自作ロケットで太陽に向けて発射して焼却処分したっていう、あの伝説のカレーかと)(個人製作のロケットでよく第二宇宙速度出せたよね。万が一再突入してたら核攻撃じゃん)(何処の夕張さんかは知りませんけど、ナイスワークですね!) 2人のヒソヒソ話が耳に入ったらしく、扉を閉める直前に比叡が一瞬、身をこわばらせたのだが、2人はそれに気づかなかった。 そして、そこから待たされること小一時間後、別の女性が入ってきた。 こいつはホントに軍人かというスゴい格好をしていた。「失礼します准将閣下」 黒を基調とした、フリルがたっぷりの、カラスの翼をモチーフにしたゴシックロリータドレスに身を包み、銀のロングヘアのウィッグと黒いフリルが沢山ついた黒いカチューシャを被り、何故か右目に薔薇を模したアイパッチを付け、右腕全体を病的なまでに包帯(『邪王炎殺ブラックドラゴンウェーブ』なる詳細不明な呪文を記入済み)を巻きつけ、黒い編み上げブーツを履いていた。バストは実際豊満であった。 こいつはホントに軍人かというスゴい格好をしていたが、ドレスの肩には帝国海軍の少佐の階級章が、胸には階級章の他にもいくつかのリボン・バー(略式勲章)がピンで縫い止められており、このとんでもない格好の女性が紛れも無い帝国海軍の少佐であるという事を無言で証明していた。 その女性の入室に合わせて、すかさず輝と丹陽が扉に向かって立ち直り敬礼。女性も敬礼を返す。「本日はご足労いただき、ありがとうございます。自分はこの有明警備府の総司令を務めます、尾谷鳥つばさ少佐と申します。第二艦隊の音鳥少佐、第三艦隊の面鳥少佐は現在、任務中につき不在です」「南方海域、新生ブイン基地第204艦隊総司令、目隠輝インスタント准将です」「同、総旗艦の陽炎型8番艦娘の雪風改二もとい『丹陽』です」「はい閣下。本日は抜き打ちの視察に参られたと聞いておりますが――――」 尾谷鳥つばさと名乗るゴスロリ女が、何の脈絡も無く話の途中でフィンガースナップ。 指パッチンの音色が鳴り終わるよりも早く、丹陽のメインシステム戦闘系が防衛反応。丹陽自身の身体の支配権を奪って、背後の窓ガラスの方に瞬間的に向き直り、ラぺリングロープを使って屋上から降りて来て振り子のように勢いをつけて窓ガラスを破って突入してきた戦艦娘の『長門』と駆逐娘の『叢雲』に対処するべくソファに座らせていたジンジャーブルートを掴み上げてブロックに参加させるも、真横の壁をタックルひとつでぶち抜いて突入してきた重巡娘の『プロトタイプ足柄』への反応が致命的に遅れてそのまま床に這いつくばされ、それでも何とか抵抗しようにも力尽くで関節を極められ手錠で拘束された。 輝は尾谷鳥に腕関節を極められ、やはりこちらも床に押し倒されて無力化された。尾谷鳥は最初から警戒していたらしく、輝は、尾谷鳥の服の下に硬い金属の感触を感じた。「――――大本営に確認したところ、お前らのような名前の提督も、艦娘も、存在していないそうだ。詳しい話は取調室で聞いてやる。連れて行くぞ」「ゆ゙、じゃなくて丹陽!?」 輝と丹陽が連行される。 腕をねじ上げられたまま後ろ手に手錠を掛けられ立ち上がらされた輝は、場違いにも今、この部屋の中にあった違和感の正体に気が付いた。 カレンダーの年号が、何故、何年も前のままになっているのだろうと。「んじゃ何か。そのスパイどもの尋問が急に入ったから、古鷹の改装は延期って事か?」「はい。そうです」 有明警備府の地下一階にある取調室に通じる廊下を、2人が歩いていた。 先導するように歩く一人はこの警備府所属の艦娘の戦艦娘『比叡』で、その若干背後を歩いているのは、20代後半と言ったところの、メガネをかけた黒目黒髪の帝国人男性だった。 ただのメガネではなかった。「ならしょうがないな。とりあえず、古鷹は展開したままドライドックに停留させてあるが、艦娘への『圧縮』は改装が終わるまで原則禁止だ。あまり短いスパンでポンポンやると、姿形どころか体の構成材料すら変化した事によるストレスを心が消化しきれずに、無駄に人間性の摩耗が早まる。尾谷鳥少佐にも伝えておくように」「はい、了解しました」 ごく普通の上級軍人らしく、少佐の階級章を縫い付けられた真っ白な二種礼装を着ているのは良いとして、その上から、何故か若干よれて黄ばんだ白衣を着ていた。しかもその白衣の背中には炎に包まれた炊飯器とスズメバチと意匠化された『TKT』の三文字の図柄という、実に悪趣味なエンブレムがでかでかと印刷されていた。 Team艦娘TYPE。 略してTKT。 このメガネが艦娘開発の総本山の所属である事を示すエンブレムだ。「しかし申し訳ありません技術中尉殿。わざわざご足労いただいたのに」「いや、お前らの責任じゃないさ。こんな時に来たスパイどもが全部悪い。それに、俺も今日の改装が中止になれば久しぶりに熟睡できて、今週の合計睡眠時間がようやく2ケタになるしな」「は、はぁ……(今日、日曜日ですよね?)」 TKTの人も大変だな。と比叡は他人事のように思った。「で、何で俺まで取り調べに呼び出されたんだ? それもわざわざTKTとしての立場の方で。俺、一応、表向きは海軍少佐なんだけど」「はい。実は被疑者の片方が、自称艦娘でして。それもまだロールアウトしていないはずの艦を名乗る」「ああ。そういう事か。そいつが本当に艦娘かどうか、それもTKT産のかどうかを確かめてほしいと」「はい。もしその娘が本当に艦娘で、しかもTKT以外の組織が建造したものであるならば、大変な事ですから」 帝国は、外貨と資源獲得の大きな手段の一つである、艦娘傭兵事業の更なる拡大を計画しているそうですから。と比叡は答え、廊下の途中の左側にある一つの扉の前に立った。 扉の前には、戦艦娘の『長門』と、駆逐娘の『叢雲』がそれぞれ、パイプ椅子に座って待機していた。 何故か2人とも、頭にテンガロンハットを被り、市販のプラスチック製の白いホイッスルをひもで首に掛け、今すぐリオのサンバカーニバルにでも出場できそうなほど色々な意味で熱く激しく責め立てた布面積控え気味な衣装に身を包んでいたが。「えっ、と……」 硬直まるメガネを余所に、取調室の中からドアが開けられる。それを合図と見た長門と叢雲は恥ずかしさを押し殺すために無表情になり、ピッピッピッ♪ ピッピッピッ♪ とリズムよくホイッスルを吹き鳴らしつつ小躍りしながらカーニバル会場へと入場、もとい取調室に入室。ドアが閉まる。「……」 誰か、あるいは何かが打擲され、椅子ごと激しく倒される音が部屋の中からする。 ドアが開く。 恥ずかしさを押し殺した無表情のまま、ピッピッピッ♪ ピッピッピッ♪ とリズムよくホイッスルを吹き鳴らしつつ小躍りしながら長門と叢雲が退室し、また椅子に座って待機を再開。ドアが閉まる直前、部屋の中からは『何なんですか今の!?』『何の事だ? 夢でも見たんじゃないのか』という声が聞こえてきた。「……映画の撮影中?」「尋問です」「尋問」「尋問です。今の取調室01で自称提督の方を尋問中です。技術中尉に見ていただきたいのは廊下を挟んで反対側。03の方です」「……そうか」 扉についている、ポストの投函口に似た形の覗き窓の閉じ蓋を指で上げ、メガネが内部を確認。件の自称艦娘は部屋の奥側に座っており、うな垂れていてその顔が見えなかった。「ふむ」 アゴの剃り残しの無精ひげを親指と人差し指でつまんだりこすったりしながら男が思案する。 尋問なんて映画とかドラマの中でしか見たことないんだが、何をやれというのだ。いや待てそうだ。頼まれたのは確認だ。人間相手の尋問じゃあない。ただの確認作業だ。「ふんむ……となると、やっぱこのやり方か」 無精髭から指を離し、比叡に頼んで、TKTの機密保持に関わるので中の人間を全員部屋の外に出してほしいと頼み、丹陽の尋問を担当している男性提督を退室させ、比叡とその男性提督に少し離れているようにと告げると、何のためらいも無く取調室の中に入って行った。 部屋の中には2人だけ残っていた。 いざという時のための鎮圧担当のプロトタイプ足柄と、件の丹陽。ご丁寧な事に、机の上には背の短い卓上ライトと、3人分のカツ丼が置いてあった。 入ってきたメガネ男に反応して丹陽が顔を上げる。 2人のどちらかが何かを言うよりも早く、メガネが部屋の外には聞こえない程度に声を抑えてこう言った。「裏コード入力:スンリビラ・キリブ」「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、トントントン♪」」 その呟きを聞いたプロト足柄と丹陽が一瞬の遅れも無くその場に立ち上がり、無表情になって『いとまきの歌』を歌って踊り始めた。 何故か部屋の外にいる比叡や長門達も含めて。(ひ、比叡!? 突然どうした!? 長門も、叢雲も!?)(((いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、トントントン♪)))「ありゃ。聞こえて無いはずだったんだが、艦隊データリンク機能から伝播したのか? ……帰ったらアプデ確定案件だな。さらばミルクキャンディ技術少尉。恨むんだったらこんな、くっだらねープログラム記述(か)いたお前自身と、艦娘の基礎仕様に始末プログラムの実装要求ねじ込んできた軍上層部を恨め」 この場にはいない誰かに対して心の中だけで軽く合掌すると、入力した裏コードを終了させる。止まったのは目の前のプロトと丹陽だけで、廊下からは未だにいとまきの歌が聞こえ続けていた。 後で直接止めにいかねばと思いつつも、メガネは目の前の丹陽に強い関心を懐いていた。「こいつは……候補番号5d21dba00号? まだポッドの外には出せないとこないだ言ってたはずだが、何故?」 今の裏コードが機能したという事は、この自称丹陽とやらは間違い無くTeam艦娘TYPEで製造されたものだ。しかも、艦娘素体もメガネ自身が良く知るものと同じだった。 だが、その素体はまだ調律中で培養槽から取り出せないし、成長したら成長したで正式採用を賭けて他の雪風候補との共食いトライアルが控えていると、数日前に陽炎型の開発担当のユッケビビンバ技術少佐はそう言っていたはずだ。 TKTの内核メンバーに、俺みたいに素体を持ち逃げした奴がいたのか。それとも胚クローンか。だがそれだと裏コードがきちんと仕込まれている事の説明が付かない。 どういう事だとメガネが思案しつつ廊下で歌い踊り続ける比叡達の裏コードを終了させると、反対側にあるもう一つの取調室からも歌が聞こえてきていた。(いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、トントントン♪)(金剛? プロト金剛!?)「……あっちも止めに行かにゃならんのか」 これで今日の仕事は終わりだと思ってたのにめんどくせー。と思いつつも、それを顔にも口にも出さずにメガネはドアを開ける。 部屋の中には、無表情のまま歌い踊り続ける戦艦娘の『プロトタイプ金剛』に、この有明警備府の責任者である――――このメガネも、TKTとしての立場で何度か合同で秘密作戦を行った事のある――――ゴスロリ女こと尾谷鳥つばさがいた。「い」 そして、今しがた入ってきたメガネを見て大きく目を見開き、やはり大きく開いた口をガクガクと震わせながらメガネを指さす青年こと輝がいた。真昼にオバケでも見たらきっとこんな表情になるのだろう。 輝が、恐怖とも驚愕ともつかぬ叫び声を上げた。「い、井戸少佐!?」「うん? どこかであった事あったっけか?」 TKTのメガネ男――――井戸水冷輝(イドミズ ヒエテル)技術中尉、あるいは帝国海軍の井戸枯輝(イド カレテル)少佐と呼ばれる彼は、知らぬ青年に関する記憶を思い出そうとして顎に手をやり、やはりそれらしい心当たりが無い事に少し首を傾げた。「ま、いいか。さて、それでは質疑応答を続けようか」 数時間後。 輝と丹陽への尋問をひとまず終了し、二人を営倉に押し込み、プロトタイプ足柄に監視を任せた後の事である。 有明警備府の会議室には、第一艦隊のゴスロリ女もとい尾谷鳥、第二艦隊の音鳥、第三艦隊の面鳥、部外者の井戸水の4人の人間と、有明警備府所属の艦娘達(※改装保留中の有明警備府の古鷹のみを除く)が緊急会議のため集結していた。 井戸水技術中尉だけは何故か意気消沈しきっており、机の上に上半身をベタっと投げ出しており、自身の麾下艦娘の古鷹に小声で窘められていたが。「えっと。長くなりそうなんで、とりあえず私、比叡と面鳥提督から報告します。私と面鳥提督も参加した第三次プレイグロード作戦ですが、一定の戦果を得るも失敗しました」 手元のクリップボードに張られた紙を見ながら比叡が報告する。「今回使用された病原体は七三一部隊の試製デザインド・バクテリアが3種類。XBF-777、XBF-778、XB:U-001、開発コードはそれぞれ『カーディナルレッド』『ダーククリムゾン』『バーントシェンナ』です。散布方法はいつもの九九艦爆による低速低空侵入からの空爆。発病までの平均潜伏期間は約18日。発病から病死までの平均時間は約48時間」 ここで比叡は一度区切り、紙を一枚めくって続けた。「散布したバクテリアは最終的に敵コロニーの約95%の個体に感染し、そのうち約10%を病死させました。事前の予想よりも死亡率が低い理由ですが、散布から19日目に完治し免疫を獲得した個体が発生。病死した個体、およびその免疫獲得個体を輸送ワ級に共食いさせて、そのワ級から血清らしきものを補給する事によって治療と予防を施したようです。発病から同コロニー内に免疫システムが完全伝播するまでの所要日数は3日間でした。深海棲艦側勢力にも対策マニュアルのようなものが存在しているらしく、バクテリアを散布した全てのコロニーで同じプロトコルで対処されています。こちらの井戸水技術中尉が事前に予測していた通り、第二次プレイグロード作戦のおよそ半分の時間で無力化され、上げた戦果も前回の半分以下に収まりました。免疫獲得個体の発生に至っては発病からたったの一晩です」 続けて、比叡の提督である、面鳥と呼ばれた男性提督が補足する。「第一次から第三次までに使用された試製バクテリアですが、いずれも周囲の自然環境や野生動植物への悪影響が著しく、人畜への感染コントールもウィルスほどではないにせよ事実上の不可能。また、今回の結果から、第四次では期待されるほどの効果が得られない可能性が極めて高い事と、今回のような大規模なBC兵器のこれ以上の反復運用は深海棲艦側勢力にBC兵器の概念を学習させる懸念があるとの事で、今回の結果をもってプレイグロード計画は全終了。予定されていた第四次のために運び込まれた試製バクテリア三種はそのまま保管し、後日、七三一によって回収となります。同様に、天敵誘致計画もまた、深海棲艦の天敵が見つからないため無期限凍結となります」「現在も使用されているC――――化学兵器の運用は?」 尾谷鳥からの質問に面鳥が答える。「はい。そちらも耐性獲得の可能性が懸念されるので、今後は決戦用の化学弾頭や、一部CIWSなどの例外を除いて運用を限定されるそうです」「そうか」「では次に、私、音鳥から報告です。指定ブラック鎮守府、通称『五十鈴牧場』の本拠地は現在に至るも不明です。ウチで保護観察中の飛龍蒼龍が所属していた鎮守府は、そことの直接的な繋がりがあるはずなのですが、それらしき物的証拠や情報は何も出てきませんでした。彼女達への聞き取り調査も難航しています……あの娘達は、あれを普通の常識として育ってしまったのでしょうね」「……そうか。では引き続き頼む」「了解」 返事を聞いた尾谷鳥が話し始める。「では次に私、尾谷鳥からだが、大本営からの通達が一件。艦娘機密保護法違反の容疑で秘密裏に指名手配されていた、タウイタウイ泊地の蒸野粋(ムシノ イキ)大佐の捜索だが、今月で打ち切りとなるそうだ。何年経っても他国の軍事的動静に変化らしい変化が見られない事から、氏はスパイなどではなく純粋な行方不明あるいは脱走と判断。外向けにはMIAとして発表するそうだ」「最後に目撃されたのが麾下艦隊の駆逐娘達とのかくれんぼの最中で、泊地の廊下の掃除用具入れのロッカーの中って時点で色々ツッコミ甲斐有るんですけど」「私に言われても困る。報告を出したタウイの睦月に言え」 沈黙。一拍置いて部屋の中の視線がうつぶせになったままの井戸水に集中する。「……えー。じゃあ最後に私、井戸水から報告です。件の艦娘はTKT製で間違いないです。コード0によるプロパティ宣言およびそれ以外の方法でも確認とりました。丹陽、っていうか雪風って、TKTでもまだ未完成なはずなんですけど。それと、その丹陽と一緒に営倉にブチ込まれてるジョン・タイター君ですが……」 ――――井戸少佐!? 無事だったんですね!? てっきり皆、第4ひ号目標にやられたものだとばかり―――― ――――九十九里第99要塞の地下で改二化改装を受けて、斜坑路を昇ってる最中にエレベーターが崩れて転落して、気が付いたらこちらの外に。 ――――未来人だと証明してみせろ、ですか? そうですね……来月にメカクレが発表予定の新製品、実はもうとっくに舞咎院の弾薬工廠に納品されてて、しかも一昨日事故を起こした。というのはどうでしょう。だからドリルは外しといた方がいいんじゃないかって、実家にいた頃言った事あるんですけどね。誰も妾の子の言葉なんて聞いてくれませんでしたよ。 ――――それと、自分がブイン基地に着任した当初、深雪と一緒に井戸少佐から座学講義を受けた事があるんですが、その時に、艦娘が深海棲艦になる事もある(※『嗚呼、栄光の新春初夢ショー』参照。pixiv版のみ)って。 ――――え? それらの艦娘の名前と所属ですか? あっはい。印象的だったので今でもいくつか覚えてます。えと、たしか―――― フラッシュバック。 数時間前に執り行った尋問の最中に輝の口から飛び出してきた、S4機密の数々が、井戸の脳裏を走り抜ける。「……どうも本当に未来人みたいです。解除されてない機密の数々知ってました。本人達は九十九里に現在、映画のセットという名目で建設中の要塞の地k……要塞で事故にあって、気が付いたらこの時代に来てたと言ってます。もしかしたらパッキー少佐よろしく火星ロケットごとベトナムに落ちてきたか、ジェイス・ベレレン級の精神魔道士で俺の心と知識を盗み見たか、あるいは単に保安二課の防諜体制がとんでもないザルか、のどれかかもしれませんが」「それについては私、比叡も肯定します。あの人達、こないだのカレーの処分方法、まだ誰にも教えてないのに最初から最後まで知ってましたし」「そうか」 尾谷鳥はここで一度思考をまとめ、それから口を開いた。「……ではあの二人の扱いは友好路線で。信頼関係を築き、可能な限りの情報を得る方向で。ただし、来た時同様にいつまたいなくなるか不明なので長・短期間両方に対応できるように」「了解。プロト足柄に命じて2人の解放と、歓迎会と空き部屋の準備しときます。自分は自白剤の用意を」「了解。……ところで井戸水技術中尉? さっきから何故そんなにも意気消沈しているんで?」 立ち上がり敬礼し、それぞれ行動に移り始めた有明警備府の3人に対し、井戸は机の上に突っ伏したままの姿勢でだれきっていた。「……直接そうだとは言われませんでしたがね。あと数年で自分が死ぬと、しかも過去形で聞かされりゃ気分も凹みますよ」「す、すまない。余計な事を聞いた」 井戸水の事を聞いた面鳥がそそくさと部屋を後にする。残る2人と艦娘達も退室し始める。 最後に残った井戸水も、古鷹に両肩を掴まれて無理矢理上半身を起こされ『もう、提督。こっちの古鷹の改装がまだ終わってないんですよ。そんなんじゃいつまで経ってもキス島に帰れないし、天龍ちゃんにも会えませんよ?』とたしなめられて、ようやく立ち上がってドライドックへと向かい始めた。「……」 井戸が自身の最後を察して落ち込んだのは事実だ。だが、それが全てではない。 井戸の脳裏に、先ほどの尋問中に出てきた一言が木霊する。 ――――あの雪風、あ。いえ。丹陽ですか? はい、改二です。(……改二って、確か、い号計画発動後の艦娘だろ。なんでもう建造されてんだよ)「? 提督。何か言いました?」「いんや? ただ、古鷹(お前)の第二世代化改装は、何年も前にお前以外は全艦終わらせたはずなのに、今更になって改装申請出してきたのは何でだよって愚痴っただけだ」「ここの尾谷鳥少佐にもきっと何か事情があったんですよ。多分」「俺みたいに、第一世代型の古鷹(お前)に仕込んだギミックが気に入ってたって訳じゃなかったのかぁ……それにしても」 それにしても、俺とアイツの分のチケット、前倒しで貰えないかなぁ。という井戸水の意味不明な呟きは、古鷹には聞こえなかった。 井戸水の仕事用の携帯端末から呼び出し音が鳴る。「そういえば、あの新入り予定の女子大生は? 未来でここの提督になってたっていう」「はい。あの訓練生なら、今頃は横須賀鎮守府第一支部で哨戒任務同行演習をやってるはずです。現場指揮官は帝国でも指折りの実戦経験を持つ獅子屋藻中佐で、秘書艦はあの “守護天使” 初霜ですし、何も問題ないでしょう」「懐かしいですな。哨戒任務同行演習。これが終わって初めてインスタント提督に任命されて、初めて自分の艦娘に会いに行った時は、ワクワクしたもんですよ」「ああ。私も覚えてるとも」「ところで尾谷鳥少佐。ウチの艦娘達、その新入り予定の子の事、履歴書ですら知らされてないんですが、顔合わせはいつ頃に――――」 音鳥の言葉を遮るように尾谷鳥の仕事用のスマートフォンから電話の呼び出し音が鳴る。電話主は件の訓練生から。 尾谷鳥は意図的に硬い声を作って電話に出る。「有明警備府、尾谷鳥。貴様どうした。哨戒任務同行演習中は、横須賀鎮守府の所属扱いだろう。何かあったのなら私ではなく現場指揮官の獅子屋藻中佐に連絡しろ」『ぅ、っ、ゃ、お、尾谷鳥少佐ぁ……! わ、わた私、っ! 私どうしたらいいんですか!?』 電話回線の向こう側から聞こえてきたのは、動揺と恐怖混じりの疑問の声だった。「……何があった」『し、ししゃ、ししゃも、じゃなくて獅子屋藻提督、提督が……う、ううた、たた、撃たれて……!』『撃たれた!? 誰に!?』と叫ぶのは簡単だったが、無用な混乱を避けるべく尾谷鳥は努めて平坦で、冷静な口調になるよう気持ちを整えた。 次の一言で無駄に終わった。『初霜さんに……獅子屋藻中佐が撃たれたんです!』「初霜が獅子屋藻を撃ったぁ!?」 尾谷鳥の絶叫に、近くにいた面々がぎょっとした表情を向ける。それと同時に有明警備府で事務員を務める人間の女性が飛び込んできた。少し遅れて井戸水も入室。「尾谷鳥少佐! 大本営から緊急出撃命令です!」「尾谷鳥少佐、自分にも、TKTの田中所長から出撃依頼が来ていますので古鷹共々同行させてもらいますよ。今回の件、どうもかなり特殊なようです」 こちらが件の深海棲艦ですと言って井戸は抱えていたA4ノートサイズのタブレットを尾谷鳥達の方に向ける。そこには、つい数分前に撮影されたばかりの一隻の駆逐イ級が映っていた。 そして尾谷鳥達は、何故、彼ら彼女らがたった一隻の駆逐イ級を帝国本土の直前まで接近させてしまったのか、その理由を知った。「こちら音鳥。目標に接触。目標は現在、小笠原諸島を北上中。速度、針路に変更なし。それと……」 有明警備府に緊急出撃命令が下ってから数時間後。 先遣偵察隊として派遣された第二艦隊の音鳥提督と秘書艦の長門以下、プロトタイプ足柄を始めとした第二艦隊所属の艦娘らは航空機で件の深海棲艦にアプローチ。目標は一隻の駆逐イ級。内蔵されたガンカメラを起動し、機内に搭載した様々な観測器具を操作して、送れる情報は全て本土の有明警備府にリアルタイムで送信していた。 その観測器具群を覗いていた音鳥が、そこから目を離して遥か眼下を見やる。 ――――本土だ。 ――――本土の光だ。 ――――帝国本土の光だ。 ――――帰ってきた。 ――――帰ってこれた。 エンジン音と風防と距離に阻まれて、物理的な音は一切聞こえないはずなのに、音鳥は、確かにその声を聞いた様な気がした。「……それと、駆逐イ級の背中の乗客達にも、積み荷にも、変化なし」「状況は最悪だ」 伊豆諸島の最南、あるいは小笠原諸島の最北に位置する三土上(ミドウエ)人工島泊地に集結した有明警備府の面々の前で、軍人らしからぬゴスロリ衣装の尾谷鳥が、停泊中の重巡洋艦『古鷹』を背に、実に軍人らしい目つきと口調と雰囲気で、そう宣言した。 警備府の、とは言っても部外者の井戸水と古鷹もいたし、保護観察中の飛龍蒼龍もいたし、所属先どころか時間軸からして違う輝&丹陽もいたがそれはさておく。「再確認するぞ。本作戦の目標は、現在小笠原諸島を北上し、ここ、三土上まであと数時間ほどの距離に接近中の駆逐イ級一隻、これの撃破にある……のだが、一筋縄ではいかないらしい。音鳥提督の他、多数の証言が挙げられている。イ級の背中に、多数の復員兵の姿があったそうだ」「復員兵?」「そうだ」 井戸水の持っていたタブレットの液晶画面を皆に見せる。 そこには、夜闇の中、平べったい出っ張りを尻から生やしたガスボンベのような物を口に咥えて航行する駆逐イ級の側舷が映っていた。距離をとって並走している練習巡洋艦娘『大井』から撮影・録画された最新の映像。 そして、その背中には。「初霜は、最大望遠での索敵中にこれを見つけて、パニックになってしまったのだろうな」 明かりも無いのに暗闇の中に青白く浮かび上がる人々が映っていた。 よぅく目を凝らすと反対側の水平線が透けて見える兵士がいた。 深いカーキ色一色の戦闘服に身を包み、苔むしたような、というか本当に苔むした白骨が眼窩の奥で青白い鬼火を灯らせて、隣にいるゾンビと楽しげに談話していた。 それを見て、有明警備府の誰かが呟く。「……成程。こりゃ間違っても撃てませんわ」「ですが尾谷鳥少佐。では大本営は何故、イ級の早急な撃沈を命じたのですか? このまま本土までエスコートすべきなのでは?」「私も最初はそう思ったのだがな。大井に乗っている訓練生と、他いくつかの提督達から上げられた情報なのだが……」 言葉に詰まった尾谷鳥の後を、井戸水が継いだ。「このイ級、核武装してます」 有明警備府の中から、音が一瞬消えた。 尾谷鳥と井戸水を覗いた面々が異口同音に『は?』と言うのと同時に、井戸水が映像を一時停止。イ級の口にあるガスボンベのような物にズームを掛ける。 画像若干不鮮明といえども、それの横腹には、確かに放射性物質を示す黄色と黒のハザードシンボルが印刷されていた。つい先日に、ここの比叡が私費で購入したガラス固化処理用キャニスターの表面にも同じものが印刷されていたのを、有明警備府の面々は見ていた。ついでに言えば、ガスボンベの上部にある平べったい出っ張りはよく見ると姿勢制御用のフィンだった。「核? 深海棲艦が?」「ただ持ってるだけなのでは?」 第二艦隊の音鳥提督と第三艦隊の面鳥提督の疑問に、井戸水が無言でズーム箇所を少しずらす。拡大表示された爆弾の表面には、舌の裏にある静脈を白く塗り直したような物がいくつも癒着しているのが保護粘膜を透して見えており、それらは末端部で爆弾と同化していた。「雷管神経……!」「見ての通り、これが走っている以上、この爆弾は、このイ級の艤装だ。実際に核爆発を起こせずとも、外殻を破って放射性物質を垂れ流す程度は出来るだろう」「背中の復員兵は肉盾か……それも自覚の無い」「こんなの、どっから持ってきたんだか」 井戸水が独り言のように呟き、尾谷鳥が律儀にも返答した。「入手、あるいは製造ルートは現状、全くの不明だ。だからANN(青葉です何かネタください)ネットワークに調査を依頼してあるし、本作戦が終わったら私も独自にツテを当たってみるつもりだ」 ここで尾谷鳥は柏手を一つ打ち『では作戦を再確認する』と告げ、指を一本立てた。「本作戦は2段階に分けて行われる。1つ。核と復員兵の回収担当員と、その護衛部隊は現場直前の海域まで航空機で急行。回収担当員はそこで『超展開』を実行し、作戦目標であるイ級と接敵。復員兵の保護・回収を行う。なお、具体的な手段は後で説明するが、復員兵の回収と同時に核兵器の無力化を行う。それが困難、あるいは不可能と判断される場合は核の無力化を最優先とする」 二本目の指を立てる。「2つ。復員兵の回収及び核兵器の無力化を確認した後にイ級を撃破する。ああ、言い忘れていたが万が一に備え、何名かここ、三土上人工島泊地に待機してもらう。何か質問は?」 面鳥と比叡が同時に手を上げる。同時に顔を見合わせ『どうぞ』と譲り合い、音鳥が代表して質問した。「イ級からの抵抗などによりここまで突破を許してしまった場合は?」「……その場合は待機組の出番だ。なりふり構わず、全ての火力を用いて、核を起爆される前にイ級を無力化しろ」 それはつまり、痛みを感じる暇も無く、あるいは欠片も残さずに蒸発させよという事か。背中に乗った帰還兵らもろともに。「他に質問が無いなら部隊振り分けの説明に入る。まず、護衛メンバーは音鳥少佐の第二艦隊、ならびに第三艦隊より戦艦娘『比叡』が担当してもらう。理由は、第二艦隊総旗艦を務めるビッグセブンの長門と、御召艦である比叡。この二人の知名度を利用させてもらう。音鳥少佐、比叡。可能な限り復員兵らの注意を惹いてくれ。回収担当の作業が多少手荒くなっても大丈夫なように」 尾谷鳥の視線を受けて、音鳥少佐と秘書艦の長門(ごく普通の長門型戦艦娘の制服を着用)以下、第二艦隊に所属する艦娘達と、第三艦隊の比叡が一糸乱れず敬礼し、了解しましたと返答した。「次に待機組だが、こちらは比叡を除いた面鳥少佐の第三艦隊と私の第一艦隊、保護観察中の飛龍蒼龍。それと、井戸少佐とその麾下艦娘の古鷹、目隠少佐と丹陽にもアドバイザーとしてここに残ってもらう」「異議あり。俺の……ああっと。自分の出撃はTeam艦娘TYPEからの直々の要請によるものです。これでは発言力が稼げ……おほん、明確な命令違反になりますよ?」 井戸の反論に、尾谷鳥が即答。「それについては問題ありません。待機も正式な作戦行動の一環であるし、本作戦の詳細な人員配置や采配については、我らが有明警備府に一任されています。それに、貴官のように、余所の所属の将兵を、立たせんでもいい矢面に立たせるのは如何なものかと愚考いたしますが? 北方海域キス島守備隊所属の井戸枯輝少佐殿?」(井戸少佐、ブイン来る前は北方勤務だったんだ……)「ぐぬぅ……であるならば、イ級は可能な場合に限り鹵獲。不可能な場合もなるべく原形をとどめて撃破し、持ち帰れる残骸や痕跡は全て回収して引き渡してもらう。もちろん、戦闘データも全て生データでこちらに提出していただく」「了解。それ以外にも協力できる事があればお申し付けください。可能な限り協力いたします」 井戸少佐こと井戸水技術中尉も、尾谷鳥も、そこら辺が落としどころだと考えていたらしく、どちらもそれ以上ごねる事無く話はまとまった。「そして最後に回収担当員だが。これは私、尾谷鳥と秘書艦の古鷹が担当する。その理由については井戸水技術中尉からご説明いただく」 井戸水が一歩前に出る。「まず初めに、件の核爆弾の無力化ですが、これには極めて精緻な、それでいて長時間におよぶ作業が要求されます。揺れる外洋の上でもしっかりと安定した足場を長時間確保しつつ精密作業を行える存在が必要であり、作戦開始までの短い時間に確保できたのが古鷹以外に存在しなかったからです。因みに尾谷鳥少佐が回収担当に選ばれたのは、これまでの古鷹と超展開をしての実戦を多数こなしてきたという実績に基づくものです。それでは爆弾の無力化の手順について再確認を始めます」 井戸水はここでオホンとわざとらしい咳ばらいをし、手に持っていた画用紙を一枚、重巡洋艦『古鷹』の船腹にぺたりとセロテープで張り付けた。画用紙には爆弾を咥えた件のイ級の絵が描いてあった。「まず初めに、核爆弾に癒着している雷管神経を、刺激を与えずに爆弾から、あるいは爆弾ごとイ級から切り離す必要があります。これには速効性の麻酔薬を、雷管神経を覆っている保護粘膜経由で大量摂取させてください」 画用紙に落書き、もとい解説のイラストが追加される。イ級と爆弾の間に赤い線が引かれ、注射器の絵が。「そんな都合よくあるんですか? 麻酔薬」「有明から第四次プレイグロードで使う予定だった試製バクテリア――――『ダークグリーン』『ヴァージンホワイト』『アイスブルー』を持って来ました。資料によると、この三種に水と糖と温度食わせて出来た生成物を混合すると、新構造の神経毒となるそうなので、それを赤と青と黄色と緑の中和剤で薄めて使わせてもらいます」 勝手に保管庫の外に生物兵器持ち出してんじゃねぇよ。という有明警備府の面々+αからの視線など意にも介さず、井戸水が説明を続ける。「神経毒の原液をそのまま使わない理由ですが、イ級が過度のショックで、あるいは最後の抵抗で爆弾を起爆させないためです。雷管神経に直接麻酔を投与しない理由もそれです。話を続けます。次に、爆弾と雷管神経の切り離しに成功した後は爆弾をイ級から引っこ抜き、爆弾の信管を解除します」 画用紙に落書き追加。爆弾に黒のマッキーで大きくバツ印。 それに合わせて輝が挙手。「井戸少佐……じゃなくて井戸水技術中尉? なんで部分麻酔なんですか? 全身麻酔じゃなくて」「この生成物、未知の化学物質ですから正確な致死量、致死濃度についてのデータが全く不足しているんです。迂闊に大量投与して、心臓発作やショック死で誤爆でもされたら事です。それに、先の中和剤の分量だって、似たような構造の化学物質から推測した予想値以下の、ただの山勘ですし」「「「……」」」 本当に大丈夫かなぁ、この作戦。と井戸水以外の全員の心の声が一致した。「一番の難所と予想されるのはここ、爆弾の解体中です。イ級からの抵抗はほぼ確実かと。信管の除去が不可能な場合は爆弾を――――臨界方法が不明ですが、兎に角、ガンバレルを破壊するなり爆縮レンズの配置をズラすなりして、核分裂の連鎖反応が発生する事だけは防いでください。そうなったらここら一帯、放射能ダダ漏れになるでしょうけど、高速中性子線がいっぱいの光熱とフォールアウト混じりのキノコ雲が領海内で立ち上るよりかはマシかと。説明は以上です。他に何か質問は?」「はい。どうしてこんなに時間的余裕が無いんですか?」「大本営の一派のいつもの嫌がらせだ。若い女が戦果を上げるのが気に食わない輩と言うのは何処にでもいるものさ。さて」 尾谷鳥がパン、と柏手を一つ打ち、皆を一度見回した。「状況は聞いての通り最悪だが、結末までそうしてやる必要はない。この程度の最悪なぞ、いつも通り黒く焼き尽くしてやれ。それでは総員、作戦を開始せよ」 回収担当の尾谷鳥と、その尾谷鳥が乗艦する古鷹に麻酔薬の注射を仕込むために井戸水が、それぞれの古鷹を超展開させるために、三土上人工島泊地の沖まで一人乗り用のウォータージェットに4ケツして赴いた。 2人の古鷹はそれぞれ適切な距離まで離れた上で浮き輪をつけて海上に待機し、そこから更に尾谷鳥と井戸水が十分に離れたのを確認して、古鷹型重巡洋艦本来の姿形とサイズに『展開』する。そしてそれぞれの提督を己の艦内に収容した。『提督……古鷹、意見具申します!』「却下する」 2人の古鷹の片割れ。ゴスロリ女こと尾谷鳥つばさ少佐が乗る方の古鷹では、その尾谷鳥が艦長席に向かうべく通路を早足で歩いていた。 その尾谷鳥のすぐ背後には、艦娘としての古鷹の立体映像――――映像とは言うものの、その実は物にも触れるほどの超高密度・超高速の情報体だ――――が不安げな顔で付き従っていた。『まだ何も言ってないんですけど……』「解るさ。どうせ『もう超展開はしないでください』と言うつもりだったんだろう?」『そこまで分かっているなら何故――――』 古鷹の問いかけには答えず、尾谷鳥は歩きながらドレスのボタンをプチプチと外して脱ぎ捨てる。古鷹は尾谷鳥の背後を歩きながら床に脱ぎ捨てられたドレスを回収し、素早く畳んで抱き抱えた。 ドレスの下から出てきたのは、暗い紫色で揃えた上下の下着と実際豊満なバスト。黒のサイハイソックスに、病的なまでに右腕全体に巻かれた包帯(『邪王炎殺ブラックドラゴンウェーブ』なる詳細不明な呪文を記入済み)。 そして、黒く煌めく金属質と生の皮膚が川の流れのように入り交じった体表と、体外に露出した赤い血の通う半透明なケーブル群。カルシウム製の骨を覆い隠す、タンパク質のような柔軟さと機能を持った黒い金属製の筋肉と、膠めいて骨と肉を繋ぎとめるプラスチック樹脂製の腱。 それらがあった。 第一世代型の古鷹に『喰われた』提督の、ごくありふれた末路だった。「重巡洋艦娘の古鷹。それも悪名高い第一世代型との『超展開』となれば、どれだけの高適性を持っていようとも、いずれは、必ず、こうなる」 重巡洋艦娘の『古鷹』その第一世代型。 TKTのメガネ男こと、井戸水技術中尉が初めて手掛けた艦娘であり、重巡艦娘の中では最初に建造された艦娘である。 重巡娘の開発計画が決定した当時は、まだ雷巡チ級よりも新しい深海凄艦は存在しておらず、戦局は人類側が優勢で、重巡娘ほどの戦力が至急に必要となるような戦線はなかった。 したがって、当初の段階ではこの古鷹と、その後に続くであろう重巡娘達は新戦力というよりは各戦線における象徴、あるいは高性能な艦隊総旗艦としてごく少数のみが製造される予定だった。実際には対艦娘兵器である重巡リ級という悪夢がそう間を置かずにやって来たわけであるが。 だが、そのように輝かしくあれと生み出された古鷹の人生もとい艦娘生は、素体の処理の際に井戸水がやらかした一つのヘマで、全てが狂った。 詳細は省くが(※嗚呼、栄光のブイン基地『ONCE UPON A TIME』参照)、完成した古鷹は基礎スペックが軽巡娘未満のポンコツで、おまけに乗艦し、超展開した提督達の肉体を侵食するという、他の艦娘では見られない特有の、致命的な欠陥持ちになってしまったのだ。 適性が低ければ最初の一度か、遅くとも数度以内に。尾谷鳥のように適性が著しく高くとも徐々に肉体は古鷹に侵食され、最後には古鷹の機能を補助する不気味なデザインのオブジェと成り果てる。 この欠陥を解消した第二世代型へと改装する事で、これ以上の侵食は停止するのだが、いかなる理由か、この尾谷鳥は第一世代型のまま今日まで『超展開』を含めた運用をしてきたのである。『提督は……尾谷鳥提督は怖くないんですか!? ここまで……いえ、もうこれだけしか提督は残ってないのに』「古鷹。それは愚問だ。もう何度も何度も私と超展開をしてきたんだ、知らない分からないとは言わせないぞ。私は、お前が好きなんだ」『……』「私は、お前と、1つになりたいんだ」 尾谷鳥のその言葉に、嘘偽りが一切無い事は、古鷹もよく知っていた。 その『一つになりたい』というのが、一般的に使われるセックスの暗喩ではなく、文字通りの、物理的な意味でそうなりたいのだという事も、よく。 そして、この古鷹自身にも、目の前を歩く尾谷鳥と一つになりたいという欲求は有るのだ。尾谷鳥が無事でいて欲しいという気持ちとほぼ同質量のそれが。 尾谷鳥が艦長席に座って右腕の包帯を解くと、その下にある右腕は、形と機能以外は、もう全てが金属などの無機物に置き換えられていた。「だからな。わざわざ私の筆跡を擬装してまでお前自身の改装依頼をTKTに出した事については、それだけ私の事を思ってくれていると嬉しくもあるが、同時に許し難くもある。だからお前の頼みは聞いてやらん」 複雑怪奇なシートベルトの迷路を正しく締め、右目を覆い隠していた薔薇を模したアイパッチを眼孔からずるりと抜き、代わりに接続補助用のバスケーブルを、ユニバーサルコネクタと化した右眼窩に接続。超展開中でもないにも関わらず、古鷹内部のシステムに、限定的かつ低速度とはいえアクセスが可能になる。 尾谷鳥が古鷹のシステムにリクエスト送信。そのリクエストを受領した古鷹が自我コマンドを入力。通信デバイスを立ち上げ、もう一人の古鷹に接続。 直後。『ア、アバッアババー!? お、俺のみ、右手! 右手が機械、実際機械!!』『提督落ち着いて! それは幻覚ですから! 右手は普通のままだから!!』『ゴボボー!! ゲロに混じってケーブルがががが!』『提督落ち着いて! それはお昼に食べたおうどんです!』 もう一人の古鷹(第一世代型)は、既に超展開を終えていたが、中の人も色々と終わっていそうな声が通信機越しに聞こえてきた。「……目玉も光らぬ半端者はこれだから」『第一世代型の古鷹と超展開して、幻覚だけで済むなんて結構適性値高いみたいですね』 それを聞いて尾谷鳥は呆れて溜め息をつき、古鷹は素直に感心した。 因みにどうでもいい事だが、そんな大変な事になった井戸水だったが、有明警備府の古鷹への麻酔薬投与装置の外付け作業は問題無く完了させた事はここに明言しておく。 帝国本土から沖の鳥海域などの南西諸島海域へと向かう際、あるいは最前線中の最前線である太平洋戦線へと向かう際の中継点の1つとなっている三土上人工島は、その名前を裏切って、実は天然の島である。『俺と古鷹との超展開適性……96.6、カテゴリ、Aだから大丈夫だ ……と思っ、てたが……第一せだぃ 型ふれたか……実際に超、展開してみなけりゃ、この、キツさ、わからん……』「井戸水技術中尉、大丈夫か?」『……面鳥少佐。これが 大丈夫そ ……ぅうに見えるなら、眼科か、脳 、外科か精神科での受診をぉ……、 お勧めする……ぉぇ』 サイズはそこそこで、帝国国土地理院の人間によって再発見された時には既に無人だったが、世捨て人が生活していたと思わしき痕跡も残っていたこともあり、まぁ、それなり程度の大きさと飲料用として利用可能な湧水や野生の果物、野生化した元野菜畑などの、最低限自活可能な自然環境はある。 あるのだが、海底地形や海流、島周辺の波高などの島周辺の自然環境が基地鎮守府どころか泊地にすら使えないほどに荒々しく、それでもここが要所である事には違いないし近くに島ないし無視するにはちと惜しいし。という事でコンクリート製の消波ブロックの設置や、ドブさらいならぬ海底さらいから始まって、今では各海域の物資集積島のようにその地形のほぼすべてを人工物によって補強され、おまけに島その物のサイズも護岸工事という名目でかなり拡張されている。今輝達待機組がいるこの総コンクリート製の港だって、やろうと思えば『超展開』した艦娘同士で、走り回ってステゴロ出来そうな程度には広い。 つまり、幻覚と偏頭痛に悩まされながらも尾谷鳥つばさ少佐の古鷹に麻酔薬投与装置の外付け作業を完了し、三土上人工島まで真っ青な顔の千鳥足で帰ってきた井戸少佐の古鷹が、コンクリート製の港に力無くもたれかかってへたり込み、そのまま浅い呼吸を繰り返してこれ以上の体調悪化を防ごうと出来る程度には、港の海底も掘り下げてあるという事である。「ねぇ、ちょっと! いくらTKTの人間だからって、言い方ってモンがあるんじゃないの!?」 青ざめた顔でうな垂れる超展開中の古鷹(の那珂にいる井戸水)に対し、有明警備府第三艦隊総旗艦であり、面鳥少佐の秘書艦でもある駆逐娘『叢雲』が声を荒げて抗議した。 井戸水も、流石に失言だったという自覚はあったらしく素直に謝罪した。 それを見ていた輝が井戸水に質問した。「あの、井戸少佐? そんなにお辛いなら、超展開を解除して休まれては?」「……私もそう思うわ。その顔色、到底作戦に参加できるようなもんじゃないわよ」 古鷹が無言で首を振る。『……超展開をして、すぐに解除するというのは、人間性の劣化がさらに加速……あー……艦娘のメンタルに、極めて大きな悪影響がある……身体の構成素材や大きさが変わるというのは、我々が思っているのよりも、……ずっと、ずっと、深刻なストレスらしぃぃぃぃ↑――――』 その首振りによる遠心力が致命の一撃になったのか、古鷹の外付けスピーカーから、酸っぱい匂いのしそうな音が聞こえてくる。 輝も叢雲も丹陽も面鳥も、その他の面々も、思わず嫌そうな表情になって耳を塞いだ。『――――ぴゅー……ぅっぷぅお゙お゙ぉぅ……超展開時間を、本来、よりも、ずっと短く、設定して いる駆逐娘や軽巡娘は兎も角、重巡娘、この古鷹の場合は、リミット6時間のうち……最低でも、5時間は、超展開を維持して、正規の手順を踏んで、超展開を終了させないと、人間性の劣化が……もとい、艦娘のメンタルに、重大な悪影響がさらにマッハ する……最悪……、第十三次オセロ海戦の、時の……粗製艦娘達みたいに ……深海棲艦に』 井戸水は、喋って気分を紛らわせようとしているのだろうが、聞かされている方は気が気でなかった。だってコイツ、さらっと軍機に触れるような内容を話に混ぜ込んでるからだ。 それを察した輝も叢雲も丹陽も面鳥も、その他の面々も、後で絶対この話を忘れようと思った。そう思わなかったのは艦娘としての正しい教育を受けてこなかった飛龍蒼龍の2人だけだった。『……話してると、だいぶ……気が紛れる……輝君、だったか。未来では、どんな事になってたんだ?』 何がやねん。 と輝&丹陽は思ったが、このまま軍機スレスレの独り言を延々と聞かされるよりはマシと考え、何か話の種は無いかと視線と思案を素早く巡らし、口を開いた。「えと、そうですね。大淀さん。軽巡洋艦娘の大淀さんが新しくやってきましたよ……なぜか、こちらの事務員の方と瓜二つでしたけど」 え。と呟く女性の事務員はこの時点で夜逃げしようと密かに決心し、ほぅ。と呟く井戸水は後で外殻研究班のスカウトマンに連絡を入れとこうと考えていた。「あと、有明警備府ですけど、自分が御厄介になってた頃は一人しか提督は居ませんでした。それと、第二、第三艦隊の総旗艦が飛龍さんと蒼龍さんになっていました。長門さんと叢雲さんはそれぞれの艦隊の副旗艦になってました」 目を丸くする飛龍と蒼龍に周囲の視線が集まる。しかし当の二航戦ズは真面目に信じられなかったようで『やだぁもう』と笑った。「もう、准将閣下ったらお上手なんですから」「私達空母娘ごときが艦隊総旗艦にだなんて、そんな事、あるわけないじゃないですか」 その二人の言動を見て、悲しそうに顔を歪めたのが面鳥提督と秘書艦の叢雲を始めとしたこの時代の有明警備府の面々で、やっぱり自分の知ってる2人とは別人なのかなぁと疑問に思ったのが輝&丹陽コンビである。 そして『ごときって』と絶句し、目を丸くしたのがゲロ水もとい井戸水である。 井戸水が自我コマンドを入力。古鷹の外部スピーカーを再度ONにする。『ごときって……空母娘が補助戦力扱いされてたのは10年以上も昔の事だろうに。今は軍立クウボ学園で3年間カラテ鍛錬に励めば、卒業後は主戦力か艦隊総旗艦のどちらかだろう』「え。でも」「だって、提督がそう言ってたし……」『んな訳在るか。空母娘がカラテを覚えて以来、その運用に関しては、塩バターラーメンの奴が回線越しにとはいえ直々に全提督に講義を行ってるし、その講義だって大本営経由で必聴命令まで出てるんだ。知らんはずがない」「「……」」 まぁ、どう考えてもお前らのトコの提督が、お前らを都合よく扱いたいから嘘教えてたと考えるのが妥当だろうな。 信じていた提督に裏切られていた事を理解してしまい、絶句する二人に対して、井戸水がそう言おうとした。「まぁ、どう考えても」 ちょうどその時だった。 その少し前。 尾谷鳥が『超展開』した古鷹に乗艦り、音鳥少佐の第二艦隊、そして比叡を連れて件のイ級がいるであろう海域へと進み始めて数時間。古鷹と一心同体になっている尾谷鳥の脳裏で古鷹が囁いた。【提督、電探に感あり。敵艦見ゆ】 ――――コイツが目標か。 古鷹の目に命じて光学ズーム。正面方向からこちらに向かって接近中のイ級の背中に焦点を合わせる。 映像ならば事前に見ていた。だが、今こうして実際に確認してみるまで、心の底では信じ切れず、どこかで疑っていた。 いったい如何なる理屈か、イ級の背中にいる彼らが喋る声は、距離と装甲をすべて無視して古鷹の内部にいる尾谷鳥にもハッキリと聞こえていた。 ――――おおっ、迎えだ。本土から迎えが来たぞぉ! すごい大艦隊だ!! ――――ありゃ長門け? 現物は初めて見た!! ――――その隣にいるんは比叡か? 御召艦まで俺達の迎えに……ってちょっと待て! 比叡はソロモン沖で沈んだはずだろ!? 俺は詳しいんだ!!『ひ、ひえっ!?』 一人のガイコツが指さす先、比叡に視線が集中する。『な、なんで知って……じゃなくて! 比叡は比叡じゃありません! 金剛型戦艦の五番艦、ヒラヌマです!!』 お前は何を言ってるんだ。 尾谷鳥を始めとした有明警備府の面々はそう思った。 ――――ヒラヌマだと!? 沈んでなかったのか!? ――――空爆で沈んだってのが誤報だったんだ、やったぜ! ――――ヒラヌマは本当にいたんだ! 父さんは嘘つきじゃなかった!! お前らは何を言ってるんだ。 駆逐イ級の背中の上で万歳三唱し始める骸骨ゾンビ幽霊軍団と、痛くなり始めた頭を無視して、尾谷鳥が外部スピーカーで告げる。 ――――……ご歓談は本土に戻ってからでもごゆるりと。ところでそちらの復員船、どうも調子が悪いようですね。こちらで曳航しますのでどうぞこちらへ。 微笑みを浮かべ、腰を落とし、そっと下手に伸ばした古鷹の真横を通り過ぎるようにイ級が進路変更。ロクに速度も落としていなかった。 ――――…… 真横に差し掛かった瞬間、尾谷鳥が自我コマンドを入力。古鷹の左腕をイ級の口に伸ばし、半ば飛び掛かるようにして引き寄せる。背中の連中は長門達に気を取られてあまりこちらに注目していなかった。 そして完全機械化された右腕の五指をゆるく伸ばして、暴れ噛みつくイ級の口内の、舌の裏の血管を白く塗り直したような雷管神経を覆う保護粘膜にそっと這わせる。同時に爪部に増設された希釈神経毒の噴霧装置をフル稼働。 充填されていた内容物の噴霧完了後、指先で神経をグニグニしても何ら反射を見せない事から麻酔が全て雷管神経に浸透したと判断すると、そのまま核爆弾をむんずと掴み、背中の復員兵らからは見えないようにして引き千切った。舌代わりの核爆弾に何かされた感覚は伝わったらしく、イ級は起爆信号をキックするも、その時点で既に核爆弾はイ級と切り離されており、起爆する事は無かった。 掴みとった核をスカートと腰の間に挟み込んで開けた右手を貫手に構え、再び口の中の傷口に肩まで突っ込むと尾谷鳥が自我コマンドを入力。第一世代型古鷹に仕込まれた戦闘ギミックの1つが起動する。 完全機械化された右手の人差し指から小指までが、第一関節から火を噴いて飛び出す。発射されたフィンガーマイクロミサイルはイ級の体内深くにまで侵入した時点で起爆。重要な臓器群にのみ致命傷を与え、外見上にはそれ以上の損傷を与えずに完全に無力化した。こんなもん搭載してるから提督達は第一世代型古鷹に喰われてるんじゃあなかろうか。 ――――これ、良い……! 尾谷鳥が外部スピーカをON。復員兵らに告げる。『そちらの復員船、どうも死ぬほど疲れているようですね。こちらで曳航しますので、しばしご辛抱を』 ――――そういやそっちの巨人のお嬢ちゃん、名前は何ていうんだい? 尾谷鳥ではなく古鷹自身が答える。『? 重巡洋艦の古鷹ですけど?』 ――――いやなに。この復員船の護衛についてた巨人の姉ちゃんの名前を聞きそびれちまってな。だいぶ前に増速してそっちに向かってったからすれ違ってるはずなんだが、古鷹ちゃん、もしあの娘に会えたら俺らが礼を言ってたって伝えてもらえっかい?『……え?』「まぁ、どう考えても」 一番最初に気が付いたのは、井戸の乗艦っている古鷹から少し離れた正面にいた飛龍と蒼龍の2人だった。2人とも、最初は見間違いだと思った。陽の落ちた三土上人工島の港は、等間隔で街灯が付いているとはいえ、それでも少し離れればかなり薄暗くてよく見えなかったし、自分らの電探は全く反応していなかったし、それ以上に、他の誰もが反応していなかったからだ。「あ」 と言う暇も無かった。 だから、コンクリート製の護岸を背もたれにしている古鷹の背後にいつの間にか忍び寄っていたそいつが、真っ黒い泥のような物でブ厚く覆われた尻尾を古鷹の後頭部目がけて勢いよく振り下ろし、それとほぼ同時に超展開酔いの悪化で再び吐き気に襲われた井戸に連られて古鷹も頭を下げ、完全機械化された右肩に泥尻尾が接触した瞬間大爆発を起こしてセーラー服の背中部分が焼け飛び、右腕の内外の機能のいくつかに無視できない損傷を負った程度で済んだのは、規格外の幸運と言える。 古鷹は爆発の影響で両手をついて倒れ込むも、まろびでるようにしてその場から移動し、周囲の索敵を開始。『な、何が起こっただぁ!?』『わ、分かりません! 電探、サーマル、PRBR検出デバイス、どれも反応無し!』 当の古鷹だけでなく、叢雲、飛龍蒼龍らに搭載されているこの時代のPRBR検出デバイスもまた、この時点でもまだ沈黙を保っていた。 雪風改め丹陽に搭載されている未来のPRBR検出デバイスは、この距離と状況になってようやく反応した。「ぴ、PRBR検出デバイスにhit! 数1、脅威ライブラリに該当例無し、重巡級に酷似! 距離至近!!」 雪風が叫ぶとほぼ同時に井戸水が自我コマンド入力。意図的なウィンクで古鷹の左眼を通常光学から探照灯モードに切り替える。こんなもん仕込んでるから第一世代型の古鷹は問題児扱いされているのではなかろうか。 肉眼で直視したら失明確実の光量が、陽の沈んだ三土上人工島の暗闇を、ごく狭い円形に切り裂いた。 右に左に移動する眼球運動に追従して円形も右に左に忙しなく移動する。 無人の港、所定の停車位置に戻されずに放置されているフォークリフト、鬱蒼と木々が茂った山肌、修理待ちの灯台のコンクリート柱、尻尾を生やした黒い巨大な人型、備蓄物資の保管庫となっている背の低いコンクリート製の倉庫群とコンテナの群れ、宿直所兼管理棟の中から漏れる蛍光灯の微かなオレンジ色。 尻尾を生やした黒い巨大な人型。 完全な女性型、右側をテールに結んだセミロングの白髪と、艶の無い黒色のボディースーツ、肌や服のほとんどを覆う真っ黒い泥のようなものとそこからわずかに覗く死人色の肌、首元を覆うマフラー状の歯茎装甲、太腿部に装着された小型副砲塔、泥と同色の甲板ニーソに、腰部に癒着した配管から生えている、自身の身長にも匹敵する巨大な二頭の尻尾型艤装と、その二頭それぞれの先端部に生えている8inch三連装砲塔。 そして、半ばから千切れた右腕。 はい。先週、泊地近海で確認された新種の重巡です。PRBR値の同定結果はまだ公表されてないので、しばらくは―――― 片腕だけは射突魚雷と主砲で何とかちぎり飛ばしてやったんですけど、結局逃走を許してしまって今も行方不明ですし―――― 丹陽の脳裏に、タウイタウイ泊地の丹陽が言っていた言葉が思い浮かぶ。「こいつが……」 深海棲艦の最新鋭重巡。 不明ネ級。 叢雲が呟く。「アイツ、何で陸の上に立ってられるの?」「おそらく、第四世代型です! 電探に反応が無いのもきっとそのせいです!」「輝君の時代の深海魚か。輝君、その第四世代型とやらの特徴は?」 叢雲の疑問に輝が答える。それに叢雲の提督である面鳥も割り込む。「高度なステルス性能と、陸戦能力です!」『陸戦だと……? バカな、早すぎる! ……ああ、そうか、畜生。だから改二型が前倒しで建造されたのか。い号の発動なんて待ってたらもう手遅れなのか』 井戸水の口からポロリと漏れた、明らかに部外者は聞いても知ってもいけなさそうな事を全力でログから消去したり頭の外へと追いやりながら輝と丹陽、面鳥と叢雲は海に向かって走り出す。飛龍蒼龍は初めて見る深海棲艦に怯え、きゃーきゃーと悲鳴を上げながら内陸部へと避難していった。 互いに正反対の方に走りながらコンクリート製の護岸まで走ってきた丹陽と叢雲は、全速力のまま海に向かって走り幅跳びの要領で空中に飛び出した。「叢雲、展開!!」「丹陽、展開!!」 海面に足から着水すると同時に、一瞬の轟音と閃光が2人から発せられる。音と光の余韻が過ぎ去った時にはもう、海面には人の形をしたものは無く、陽炎型と特Ⅰ型の駆逐艦がそれぞれ一隻、本来の姿形とサイズで浮かんでいた。 その光と音に紛れて、酔い回る脳の不快感を意識の隅っこに押しやり井戸水が自我コマンドを入力。2人が超展開する時間を稼ぐべく古鷹を突撃させる。 コンクリ製の港に上陸し、海水浮力が消えた事で第一歩目から鳴り響く脚部の異常負荷アラートと脳裏に浮かんだいくつものエラー報告を意識的に無視しつつ、ネ級の腰にタックルを仕掛けて拘束を試みた。 対するネ級は両足と尻尾の三点保持でしっかりと踏ん張り、逆に上からのしかかって古鷹を押し潰すようなフォール。もがいて脱出しようとする古鷹を左手一本と体姿勢で抑え込む。 古鷹の異常負荷アラートは、押し潰され、接地面積が増加しても解除されなかった。 更に二人の隙間に尻尾の8inch三連装砲を向け、古鷹を照準。それとほぼ同時に井戸水が自我コマンドを入力。古鷹の完全機械化された右腕にある20.3センチ連装砲を照準もつけずに発砲。2人の間で即座に着弾、爆発。ネ級の背後で閃光と轟音、そちらを一瞬だけ見やる。古鷹の全身から送信される激痛信号と、脳裏に表示される主砲塔ユニットからのダメージレポートから目と意識を反らし、今の自爆同然の密着砲撃で空いた隙間から体をよじって捻って抜けさせ、その際ついでに完全機械化された左足をぐり、とネ級の頬に押し付けた。 井戸水が自我コマンドを入力し、それと同時に何かを察したネ級が全力で首を傾ける。 直後、古鷹の左足の裏から、超展開中に主砲の精密狙撃を行う際に使われる反動抑制兼姿勢安定用のアンカーパイルが火薬の力で射出される。こんなギミックなんて仕込んでるから提督達は第一世代型古鷹に食われてるのではなかろうか。 不意打ちこそ失敗に終わったが古鷹はマウントからの脱出に成功し、ネ級は尻尾の主砲を古鷹へと再照準し、神経刺激によるトリガー。古鷹の主砲部に直撃。8inch砲弾は、右腕部にある2つの半壊状態の主砲塔の装甲を貫通して内部に侵入し、幸運な事に、それだけで終わった。『古鷹!!』『1番2番主砲大破! それ以外の損傷はないです、全弾不発!』『左肩3番撃てぃ!』 遅れての誘爆を恐れた古鷹と井戸水が砲弾の刺さった1番2番をパージさせつつ、無傷で生き残った左肩の主砲を照準を開始。 直後にFCSからアラート。 光学と電探との計算結果に致命的な差異ありとの報告。電探が受け取った反射波が極端に小さすぎて、その電波強度から逆算すると目標は8キロ先にいるとの結果になっていた。今しがたマウント取られたばかりなのに。 井戸水が、古鷹が受け取ったのと同じ生データを脳裏に表示させた。『……あの泥だ。あの真っ黒い泥に覆われた部分だけが極端に電波強度が落ちてるし、熱探知も遮ってやがる。シュワちゃん気取りか!?』『私達は刃物もプラズマキャノンも透明化装置も持ってないんですけどね』 井戸水が悪態をつきつつ、手元にあったコンテナをいくつか纏めて握らせながら古鷹を立ち上がらせ、半立ち状態のネ級に向かって港を疾走する。脚部アラートが鳴るよりも先に、左右のくるぶしデバイスが圧潰。歯を食いしばりつつ井戸水が自我コマンド連続入力。警報カット。右腕を引く。獣のような唸り声を上げながら突貫し、右手のコンテナを叩き付けるような変則ストレートパンチをネ級の顔面に叩き込み、続けてコンテナ握った左でテンプルフック。ふらつくネ級が復活・反撃するよりも早く、手の中を空にしてネ級を掴み、もろともに海中にダイブしようとして、ネ級の尻尾に張り飛ばされて古鷹1人が盛大な水柱を上げた。 直後、超展開を終えた叢雲と丹陽が無防備なネ級の左右からそれぞれに側頭部に向かってダブルドロップキックをかました。その反動を使って叢雲は海へと退避し、丹陽はそのまま港に上陸、ネ級の後方に陣取った。『待たせたわね』【お待たせしました!】 三半規管を揺さぶられたネ級は、その泥だらけで真っ黒な身体をふらつかせて手を港のコンクリートにつきながらも索敵。 正面の海には叢雲がいた。背後の陸地にはどういう理屈か艦娘が立っていた。 ネ級はまず叢雲を見やる。『『叢雲、超展開完了! 機関出力120%、維持限界まであと180秒!!』』 背中を覆い隠すほどの長大な銀髪、ボディラインが浮き出るセーラー服と黒タイツ、両側頭部に浮かぶ角型艤装、左腕に巻かれた魚雷発射管、背中のデフォルメされた艦橋型艤装とマジックアームに、電探槍。ネ級の脳に知識として刷り込まれている艦娘の叢雲と同一の存在だった。 首を巡らせ、次に丹陽を見やる。 ――――【丹陽、超展開完了! 機関出力100%、維持限界まで約30分! グラウンドウォーカーシステム、基本ファンクションは全パラメータ安全閾値内!】 茶色のショートヘア、白いミニスカートに赤のセーラー服、肩掛けバッグ型の主砲塔ユニットが2つ、魚雷発射管らしきものは無し。そして、セーラー服よりも濃い赤色のタイには裏表それぞれに金糸で『!装実』『陽丹』『於終』『!!RAEY』と刺繍されていた。 全くの未知の艦娘だった。 故にネ級は即座に決断した。 まずは脱出路である海側に陣取っており、かつ既知の艦娘であり、徐々にだが対策マニュアルも確立されつつある叢雲の方に向き直った。全くの未知である丹陽は後回しだ。 ネ級が吠える。人間の可聴域を大きく下回る無音の低周波が、周囲一帯をビリビリと震わせた。『私の前を遮る愚か者め――――』 ネ級がそれ以上の行動をとるよりも先に、叢雲に乗る面鳥が自我コマンドを入力。海水を掻き分けながら叢雲がネ級に接近しつつ、電探槍の先端に左腕から取り外した魚雷発射管を接続。最終以外の安全装置を遠隔解除。 最後の一歩を力強く踏み込み、脳天目がけて突く。『――――陸の上だけど沈め!!』 電探槍先端の射突型魚雷は、何の抵抗も妨害も無くネ級の頭部に直撃。真っ黒い泥にほとんどが覆われた頭部が、ある程度指向性を持たされた巨大な爆発に包まれる。『っ!?』 爆発の余波が収まるよりもずっと早く、転倒しない程度に急いで叢雲が背後に後ずさり、距離をとる。先端部分が消し飛び、ただの金属の棒と化した電探槍の残骸を、比叡山の延暦寺や金剛山の仙峯寺などに代表されるバトルボンズめいて構えて警戒。『今の爆発、何かいつもと……?』 爆炎が晴れる。静寂が戻る。 そこには、頭部を覆っていた泥が消し飛んだ以外はまるで無傷の、ネ級がいた。 それを見て、叢雲から少し離れた場所で膝を立てて立ち上がろうとしていた井戸水が自我コマンド入力。古鷹の完全機械化された左足にある魚雷発射管から魚雷を一本抜きとる。間髪入れずスローイングダガーの要領で投擲。 叢雲に注意していたネ級は迎撃が遅れ、やはり泥まみれの腹部に着弾。魚雷一発分にしては不自然に大きな爆発が起きる。 爆発の後には、井戸水の懸念通り、泥が吹き飛び、その下にあった死人色の肌と黒色の服が露わになった以外はまるで無傷のネ級がいた。おまけに、冷や汗をかくのと同じプロセスで皮膚から再び真っ黒い泥がじわじわと噴き出してきているのが見えた。『生体リアクティブアーマー……! あの泥、ただのステルス素材じゃないのか!』 ――――攻撃を! 攻撃を続けてください!! 驚愕するこの時代の面々を尻目に、輝と丹陽がネ級に組み付く。 ――――ミッドウェーの白タコ焼きも、リコリス姫も、無補給での自己再生には限界がありました! だからきっとコイツもそうです! 神通さんの映像にも食事してる深海棲艦が映ってました!!『! そうか、分かった! 古鷹!』『はい提督。全バトルギミックの安全ロック、解除します!』『新約古事記のファラオめいて全身の骨がイカになるまで囲んで叩いてやる! 叢雲!』『ええ、私の棒捌き、思い知れ!』 港から少し離れた山間部の中腹。そこに逃げてきていた飛龍と蒼龍は、同じ方向を見ながら手を握り合い、立ちつくしていた。「……ねぇ、蒼龍」「……うん、飛龍」 山の中腹から2人が見下ろすその先。そこには、街灯と探照灯、そして緊急灯火された港湾各所のハロゲンランプによって照明された夜の港で戦う三隻の巨大な艦娘と、一匹の深海棲艦が見えた。「私達ってさ、何やってんだろうね、こんなところで」「あの二航戦なのに。人の身体になったとはいえ、もう一度やり直せるチャンスを貰えたのにね」 囮を務める丹陽が張り飛ばされてコンテナ群の中に頭っから突っ込み、叢雲がボーを尻尾に突き刺してコンクリに縫い止めるも爆発する泥であっさりと脱出され、古鷹が背後から不意打ちで上半身を360°以上回転させて勢いを付けた連続ラリアットでネ級の後頭部を連続殴打するも尻尾の8インチ連装砲で即座に反撃されていたのが見えた。「……ねぇ、蒼龍」「……うん、飛龍」 それでも彼等彼女等は諦めない。古鷹に乗艦っている井戸水の『まずは泥を剥がせ、溺れさせろ!』の叫びに応答するかのごとく叢雲と古鷹が爆破上等の覚悟で真っ正面からネ級に組み付き、ネ級の背後から丹陽が全力疾走からの体当たり。タイミングを合わせて古鷹と叢雲が力ずくで引っ張り、重たい粗大ゴミでも転がす様にしてネ級を海の中に叩き込んだ。「悔しいよ。私、とっても悔しい……!」「私だって……私だってッ!!」「駆逐の娘達と重巡があんなに頑張って善戦してるのに……!」「あそこに空母が一隻、ううん。爆弾抱えた艦載機が一機有るだけでも違うのに!」「でも、私達じゃあ……今の私達じゃあ、むしろ足手まといにしか……!」「戦えれば……戦えるだけの力と術があれば……!!」 強くなりたい。 山の中腹から港を見下ろす2人は、両の眼から熱く静かに涙を流しながら心の中で同時にそう呟いた。『今度こそ捕らえたッ!』 古鷹が完全機械化された左足でダウンしたネ級の尻尾の先端部を踏みつけ、先のお返しだと言わんばかりにアンカーパイルを撃ち込み、尻尾を海底と左足の間に完全に固定した。ネ級は体表を覆う泥を起爆させて脱出しようとしたが、格闘によって激しくかき乱された海流にその大部分が洗い流され、失敗に終わった。『よぅ、そんなに汗かいてて気持ち悪いだろう? ちょっと風呂にでも浸かってゆっくり死ね!!』『ストリジルは無いけどボー叩きで垢もたっぷり落としてあげるわ!!』 海底に倒れもがくネ級の頭上付近から叢雲が、折れてただの金属の棒と化した電探槍の残骸を逆手に持って銛の様に振り下ろす。古鷹は空いている生身の右足でネ級の尻にストンピング。どっちが敵役だ。 尻尾は拘束されていてもフリーのままだったネ級本体が後ろ手に叢雲の棒を握りしめ、純粋なパワーのみでそのまま立ち上がった。 棒を握ったままだった叢雲が、宙に吊り下げられる。『嘘でしょ!?』 驚愕のあまり手を放すのが遅れた叢雲ごと棒を振り回して古鷹に叩き付ける。叢雲は古鷹にぶつかるよりも前に自ら手を放して宙を舞い、少し離れた地点に巨大な水柱を上げて両手両足を使って着水。古鷹も完全機械化された右腕でガードを固め、電探槍だった棒による乱打を耐える。 数度目の殴打の後、古鷹が上半身を高速で3600゚ 左回転させて完全機械化された右腕による10連続右フックで反撃。古鷹と超展開しており、彼女と感覚を共有している井戸水の声帯からは、およそ人類が発声できない類の奇怪な悲鳴が上がる。だからそういう所だと言ってるのに。 そして11度目の右フックよりも先にネ級が甲板ニーソ上部に据え付けられた副砲で反撃。即座に着弾したそれは古鷹の完全機械化された左足にある魚雷発射管を破壊し、中にあった魚雷を一斉に誘爆させた。 左足を付け根付近から失った古鷹が海面に背中から倒れ込み、巨大な水柱を上げた。 その左足のアンカーパイルに拘束されていた尻尾が自由になる。 古鷹に尻尾が照準。『させるか!』『させませんッ!』 ネ級の背後から叢雲と丹陽が飛び掛かり、ネ級の追撃を妨害する。叢雲は徒手格闘、丹陽は肩掛けバッグ型主砲塔ユニットを両手で握って振り回し、即席のハンマーとして。 叢雲と丹陽に注意が向けば古鷹が倒れた姿勢のまま唯一残った左肩の第3砲塔で狙い撃ち、古鷹に向き直れば叢雲と丹陽が囲んで棒と肩掛けバッグ(型の主砲塔ユニット)で殴りかかる。 全体的には3人の優勢に進んでいた。 だが。『ッ! こんな時に!!』『ごめんなさい、時間切れだわ!』 叢雲が超展開の維持限界を迎え、色の無い濃霧に包まれながら元の特Ⅰ型駆逐艦の姿に戻っていく。『あの泥――――生体リアクティブアーマーが海水で流れ落ちている今がチャンスだというのに……! 古鷹!?』『さっきの爆発で射突型、ノーマル型、全ての魚雷を喪失しています! 叢雲ちゃん!』『一番最初の刺突で発射管が壊れたわ! 丹陽!!』【魚雷積んでません!!】 その瞬間、鉄火場の最中であるにも関わらず、一瞬、全ての音と動きが消えた。 そして、輝以外の誰もが目を丸くして丹陽を見た。『え……は、はぁ!? 何それ、どういう事なの!? 訳わかんない!! あんた駆逐艦でしょ!?』『ナンデ!? 魚雷ナンデ!?』『ありえない、何かの間違いではないのか?』『えっと……もしかして、積み忘れ?』 ネ級ですらも丹陽の方に首だけで向き返り、尻尾の先端から魚雷の弾頭部分を吐き出ししかけたり飲み込んだりして、砲打撃戦を重視している自分ら重巡でも魚雷はちゃんと搭載しているのだぞ、と無言でアピールしていた。 それに対して輝と丹陽が叫び、自我コマンドを入力した。 屈伸。 ――――魚雷は積んでないですけど!【丹陽はこれを積みました!!】 屈伸姿勢のまま、およそ一秒間ほどの溜めの後、丹陽の周囲の海面が爆ぜ、巨大な水柱と化す。 その水柱よりも遥かな高みへと、丹陽は一瞬で跳躍する。 最高到達点は、おそよ尋常の駆逐娘が到達できる高度ではなかった。クウボ娘達と遜色ない数字だった。 丹陽および雪風改二の、各提督ごとの特別改造。『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、4単位です』 かつては旧ラバウル、今は新生ブイン基地の所属となっているこの丹陽がリクエストした特別改造は、シンプルに跳躍。 ただし、ただの跳躍ではない。軽空母娘達の靴状艤装の裏側に刻印されている斥力場発振システムを更に簡略・小型化した物を両脚部に内蔵しており、左右それぞれ3回の、計6回だけの回数制限有りとはいえ、大抵のクウボ娘達とほぼ同等の跳躍能力を得ているのだ。 その目的は。『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、2単位です』 ――――これが僕の、僕達の!!【必殺技です!!】 跳躍の最高到達点で丹陽は身を丸くして前半回転。頭を下にした状態で虚空を両脚で蹴り飛ばし、再発振させた足裏の斥力場の反発力も借りて、ただの自由落下をネ級目がけての真下への突撃へと変化させる。 その最中にさらに前半回転。頭を上に戻した丹陽は片足を突き出した、空母娘達が習うカラテで言うところの怒れるバッタの構えを取る。さらにカカト・スクリューの取り付け位置をマイナス90度こと足の裏へと変更させ、全力回転を開始。 かつて、旧ブイン基地に輝が着任したばかりの頃にあった初戦闘。その最中に、当時の秘書艦の深雪と共に戦艦ル級相手に繰り出した、その場凌ぎの必殺技。 かつて、トラック泊地近海の名も無き小島で行われたMIA艦救出作戦。その最後に、この丹陽と共に軽巡棲鬼をただの一撃で撃退に追い込み、二年経っても消える事無いトラウマを刻み込んだ、正真正銘の必殺技。 その名も。 ――――【深雪スペシャル!!】 突き出した足が当たると同時に、威力のかさ上げのために片足のみ斥力場を発振。直撃を受けたネ級の首からしてはいけない音がして、ネ級自身も釘打ち機から撃ち出された釘よろしく周囲の海水を大きく凹ませながら海底に突き刺さる。 確かな手ごたえを感じた輝と丹陽は即座に減速するべく、もう片足に残された最後のボーキサイトを使い、海面に向かって斥力場を発振する。真下にいるネ級が斥力場の照射をもろに受ける事になるが構うものか。『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、0です』 ――――って! 【と、止まああああああああああッ!?】 これっぽっちも減速してくれなかった。 ネ級とほぼ同時に、丹陽も、釘打ち機から撃ち出された釘よろしく海の中へとすっぽりと消えた。『『『て、輝君ぅーん!?』』』 奇妙な事に、ネ級の時とは違って、海面に変化は無かった。『コントロール、こちらレスキュー1-1。要救助対象発見。7番エレベーターピット、IFFも一致しています』 誰かが電波で上げた大声で、新ブインの雪風改め丹陽は意識を取り戻した。『すごい……あれだけの距離を落ちてきたはずなのにほぼ無傷……奇跡です!』 目を閉じた暗闇の中、すぐ傍で誰かが電波(ワイヤレス)で会話しているのが聞こえた。閉じた瞼ごしにも光を感じられるのは、きっとかなり強力な照明灯が灯っているからだろう。 三半規管と背中の感覚からして、どうやら自分は固い地面で仰向けに倒れているようだった。【うぅ……】 直前の事を思い出す。 そうだ、海底に向かって墜落していったはず。なら相当な速度で海底に衝突したはずだが、五体満足なのは幸運、いや、やっぱ不幸だ。タイムリープなどという超常現象の当事者になった事を考えても『唆るぜこれは』などとは思えない。 痛んで揺らめく脳と意識に鞭打って何とか上半身を起こそうとして失敗。地面に手をつくもまるで力が入らない。 そこで気付く。(このまっ平らでザラザラした感触……海底の砂利や暗礁じゃなくて、コンクリート?) ここ海の底だよね? そんな丹陽の疑問は、さっきから聞こえているレスキュー1-1とは別の、もう一つの声で掻き消された。『1-2よりコントロール。周囲に大きな損傷は見受けられない。ピットのコンクリート床が若干凹んで亀裂が走っているくらいのものだ……資料にあった追加改造の斥力キックで落下速度を殺したのか?』 ――――【は?】 丹陽の脳と意識が疑問で埋まる。 そんな馬鹿な。自分はつい今さっきまで、三土上人工島にいたはずだ。 いや。待て。そもそも、何で海の底じゃないのだ。『あ。起きた』 痛む脳も揺らめく意識も横にやり、思わず上半身を起こした丹陽が周囲を見た。そこには、四方をコンクリートで固められ、鋼鉄製のガイドレールがいくつも走る、そこそこ広く薄暗い空間があった。『1-1よりコントロール。要救助対象の外見に確認できるような大きな損傷は見当たらないが、念のためドライドックの受け入れ準備を』『2人とも、もう大丈夫よ。私達が来たからね』【ここは……】 雪風が無意識に声の主の方を向く。 頭に『安全第一』『納期最優先』と書かれた探照灯付きの黄色いヘルメットを被って『超展開』している2人の艦娘がそこにはいた。『九十九里要塞の最下層。7番エレベーターのピット―――― 一番下の所にある緩衝器の設置場所よ。自分の名前は言える?』 その問いかけに輝と丹陽は返答し、困惑したように周囲を見回し、ぽつりと呟いた。 ――――……三土上人工島じゃあ、ない?【丹陽達、たった今、ネ級の首を深雪さんスペシャルで折ってやったはずなんですけど】 輝と雪風の呟きを聞いた2人の艦娘が困ったように顔を見合わせた。『……えっと』『……1-1よりコントロール。提督の頭部CTスキャンとメンタルチェック、あと艦コアのゴーストチェックも追加で頼む』 ――――……夢【だったの……?】 超展開中の艦娘にも対応している巨大担架に乗せられて、丹陽が深い暗闇の底を後にする。 床も四方も全てをコンクリートに囲まれたこの空間では有り得ない事に、丹陽の服のほぼ全部が塩水でズブ濡れだったのだが、誰かがそれに違和感を覚えるよりも先に乾燥し、あの時代の残り香は綺麗さっぱりと消え去った。「あのイ級が装備していた核弾頭だが、出所が判明した。バルタンズ・サイエンティスト型核爆弾。合衆国のシナリオ7――――第七次泊地棲鬼殲滅作戦において、秘密裏に投下されたものだったようだ。イ級のいた南方海域へと流れたいきさつは不明だ」 有明警備府の会議室では、尾谷鳥、面鳥、音鳥の3提督がテーブルを挟んでお茶をすすって顔を突き合わせていた。「何で分かったんですか」「パーツの製造番号からの割り出しだ。もしも起爆していればすべて蒸発しただろうから分からなかっただろうがな」「いえ、そうではなくて」「何でこんなに短い日数で分かったんですか」 テーブルの上で湯気を立てる湯呑みを持ち、中のお茶を一口すすって尾谷鳥が説明を始めた。「シナリオ7における合衆国過去最大の失敗というのは、ファーストプリンセスズ・ビーム湾事件の事ではなく、この鹵獲された核爆弾の事だったようでな。三土上から帰って貴様らがちょうど就寝しているその時に、帝国政府から連絡が来たんだよ」「ファーストプリンセスズ・ビーム湾事件といい、合衆国何やらかしたんですかねぇ」「さてな。だが、今回の件で合衆国にも帝国にも大きな貸しを作る事が出来た。が、貸しを作りすぎたままだと我々ごと消されかねんから、何かしらでさっさと使ってしまおう。何かリクエストはあるか?」「と、言いわれましてもなぁ」「まぁ、すぐに思いつくようなものではないだろうしな。後でゆっくり考えるとしよう」 三人がほぼ同時にお茶をすする。「報告を続けるぞ。三土上人工島に出現した深海棲艦だが、そいつがそこに至るまでの航跡がまるで不明な点から、大本営は哨戒パターンを完全に一新するそうだ。時に面鳥少佐」「はい」「三土上に出現した深海棲艦なんだが……本当に、重巡リ級だったのか?」「はい。自分と叢雲だけでなく、井戸水技術中尉と古鷹も目撃・交戦しております……何故か記憶が薄ぼんやりとしておりますが」「そうか……三土上の監視カメラやマイクも、ここ(有明警備府)の監視システムの最近の不調と同じで、その日だけ何も記録が残っていなかったのでな」「そうでしたか。ていうか自分ら何で取調室の01と03使ったんでしょうね。わざわざカツ丼まで用意して」「尋問の練習じゃなかったっけか? よく覚えてないけど。ところで」 三人がほぼ同時にお茶をすする。そして面鳥がテーブルの片隅にある、誰も手を付けてない二つの湯呑みを見て言った。「ところで尾谷鳥少佐。その二人分のお茶は、いったい誰の分なので?」「すまない。淹れた私にも分からないのだ。ただ……そう。ただ、もう二人くらい、この有明警備府に誰かいたような気がしたんだが……」「言われてみれば確かに……我々3人の他にも誰かいたような気が……」「井戸水中尉と古鷹ちゃんはもう出ていきましたし、あの新入り予定は一人ですしねぇ」 うーん。と3人が唸り声を上げる。 そしてこれ以上悩んでいても仕方ないと思考を切り替え、二度と思い出す事は無かった。 そして音鳥が口を開いた。「五十鈴牧場の捜索の件ですが、やはり進展は――――」「「失礼します!!」」 ノックもせずに勢い良く扉が開かれる。入ってきたのは、保護観察中の飛龍蒼龍の2人だった。 2人とも、昨日までとは違う、何かを固く決意した眼差しと表情だった。 3人の誰かが口を開くよりも早く、2人が話し始めた。「今まで黙っていて申し訳ありませんでした。私達が栄転するはずだった五十鈴牧場本店について、知っている全てをお話しします」「代わりに1つお願いがあります。私達を、軍立クウボ学園? とかいう所に入学させてください。お願いします!」 3人が一瞬だけ顔を見合わせる。無言で頷く。 そして、飛龍蒼龍の保護責任者である音鳥が代表して聞いた。「……急な心変わりだな。理由は?」「はい。あの日あの時――――三土上人工島で、駆逐と重巡たった二人だけで戦う姿を見て、何も出来ない自分が嫌になったんです」「二航戦なのに。人の姿形とはいえ、もう一度やり直す機会を貰えたのに。なのに何でここで見ているだけしか出来ないんだろう。って」「力さえ」「力さえあれば、こんな惨めな思いをしなくて済むのに」 強くなりたい。 飛龍蒼龍は、それぞれ両の眼から静かに涙を流しながら、尾谷鳥達を見つめて言い切った。 今回の戦果: 復員兵達の本土帰還を成功させました! また、彼らが成仏する前に、現地に伺われたやんごとなきお方から、彼ら一人一人に対して労いのお言葉を賜りました。 回収に成功した核爆弾を帝国政府に引き渡しました。 これにより、帝国政府から合衆国に対しての発言力が若干上昇しました。 指定ブラック鎮守府、通称『五十鈴牧場』の所在地が判明しました。 これに対する攻勢摘発作戦が発令されました。人員不足のため、有明警備府第四艦隊に着任予定の新人提督もこの作戦に強制参加となります。 駆逐イ級 ×1 重巡リ級 ×1 各種特別手当: 大形艦種撃沈手当 緊急出撃手当 國民健康保険料免除 以上 今回の被害: 重巡洋艦『古鷹』:小破(有明警備府所属。主機異常加熱、超展開用大動脈ケーブル異常加熱、右腕部金属装甲に凹みと酸性の涎による浸食害、提督への侵食拡大etc etc...) 駆逐艦『叢雲』:小破( 〃 。主機異常加熱、超展開用大動脈ケーブル異常加熱、脚部各関節の異常劣化、魚雷発射管お呼び電探の焼失etc etc...) 重巡洋艦『古鷹』:大破(北方海域キス島警備隊所属。主機異常加熱、超展開用大動脈ケーブル一部溶断、機械化右腕部の一部機能不全、脊椎第二小脳デバイスに軽度のエラー、一番二番砲塔完全大破、左脚部破断、左脚部魚雷発射管消失、左右脚部くるぶしデバイス完全圧潰etc etc...) 各種特別手当: 入渠ドック使用料全額免除 各種物資の最優先配給 以上 特記事項 横須賀鎮守府こと、通称『五十鈴牧場』は、本日をもって第一、第二支部を含めて全ての情報・人員・艦娘を抹消。 有明警備府による攻勢摘発の後、横須賀鎮守府はアイドルグループ『Team艦娘TYPE』の本拠地として新設されたスタジオ兼鎮守府として再建されます。「あの核は中部海域、ビキニ環礁から。駆逐イ級と復員兵は南方海域から……これはどういう事か分かるか、古鷹?」 夕陽で赤く染まった輸送船の甲板の片隅で、井戸水は視線を遠くに向けたまま隣にいる古鷹に問いかけた。「深海棲艦側で、核を輸送した。という事でしょうか」「そうだ。では何故わざわざ南方に運んだのだ? たかが第一世代型のイ級の一隻くらい、中部海域でも用意出来るだろうに」「それは……」 答えられなかった。 ごうごうと吹き続ける強風が邪魔して井戸の言葉は聞き取り難かったが、古鷹には確かに聞こえた。 ――――南方には、あの二級戦線の向こう側には、何かが、何かが、いる。「何か……ですか」「そうだ。今までのような、場当たり的な戦術や対応策を編み出してきただけの受動的な深海棲艦とはまるで違う、より攻勢的・戦略的な思考をする何かだ。でなけりゃ人間核爆弾で本土にカミカゼとか思いつくはずもない」 そしてそれだ。それの調査結果を手土産にすれば、確実だ。俺の退役も、アイツの解体申請も、確実に受理されるはずだ。 TKTの井戸水、あるいは帝国海軍の井戸は遠く水平線の向こう側を睨み付け、決意を新たにする。「行くぞ古鷹! 次の赴任先は南方――――ブイン基地だ!!」「はい!」 と答えたところで古鷹は気が付いた。「……え? ちょ、ちょっと待ってください提督! キス島の人達は!?」「俺が知るか! 天龍と如月と赤城は荷物纏めてこっち来いと伝えておけ! 基地の面々には俺からTKT権限で来月からしばらくの間、補給と大補給の配給量を割り増しにしといてやると伝えておく! 上手く溜め込んどきゃあ一年は籠城できるくらいにはなるだろうよ!」「え、い、井戸少佐ぁー!?」 賑やかな乗客を余所に、輸送船は、沈む夕陽に向かって進んでいく。 本日のNGシーン ――――【深雪スペシャル!!】 突き出した足が当たると同時に、威力のかさ上げのために片足のみ斥力場を発振。直撃を受けたネ級の首からしてはいけない音がして、ネ級自身も釘打ち機から撃ち出された釘よろしく周囲の海水を大きく凹ませながら海底に突き刺さる。 確かな手ごたえを感じた輝と丹陽は即座に減速するべく、もう片足に残された最後のボーキサイトを使い、海面に向かって斥力場を発振する。真下にいるネ級が斥力場の照射をもろに受ける事になるが構うものか。『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、0です』 ――――って!【と、止まああああああああああッ!?】 斥力場は確かに照射されたが、着弾までの距離が短すぎて、これっぽっちしか減速してくれなかった。 ネ級とほぼ同時に、丹陽も、釘打ち機から撃ち出された釘よろしく海の中へとすっぽりと消えた。『『『て、輝君ぅーん!?』』』 しばしの静寂。 ややあって。 ――――っぷはぁ!【と、止まってくれました……】 浮上し、鼻や口から盛大に水を吐き出しながらも輝と丹陽は、三土上人工島の港に戻ってきた。(輝君過去に留まって未来を変えろルート突入。戦艦レ級に頭をまりもちゃん、あるいはマミられたひよ子を救うのだ!) 本日のOK(見ても見なくても正直変わらない蛇足&一部キャラ紹介)シーン キャラ紹介 尾谷鳥つばさ(オヤドリ ツバサ)『有明警備府出動せよ!』に出したかったキャラ。今話でようやく登場。 以下の説明は再掲載。 フリルやレースを乱用した紫色のゴスロリ調ドレスと編み上げブーツと右目を隠す紫色のバラ状の眼帯と右腕全体を包み隠す包帯で完全武装した、有明警備府第一艦隊の元総司令官。是非とも『Lactobacillus casei Shirota.採ってるぅ?』と言っていただきたいお姿である。バストは実際豊満である。 第2期インスタント提督であり、ひよ子(本編バージョン)が着任してから半年後に、健康上の理由から軍を退役。インスタントとは言え、ひよ子がやってくるまでの十余年間を古鷹と一緒に軍で過ごし、対人・対深海凄艦の秘密作戦にも多数従事している女傑。バストは実際豊満である。 彼女がよく使う罵倒語の1つに、『目玉も光らぬ半端者め』 とあるが、これは彼女の所属する宗教団体『重巡教』の中でも、特に内情不明の一派で知られる大天使フルタカエル混沌派が好んで他派に使う卑罵語の一種であり、バストは実際豊満である。 つばさは秘書艦である重巡『第一世代型古鷹(※普通に軽巡使えよと言われていたあの頃)』と高い同調適性を持ち、古鷹を初めとした有明警備府の面々と一緒に帝国の危機を何度も救ってきたスーパーウーマンだったが、超展開の度に古鷹に『喰われる』という現象だけは完全に止められず、徐々に人の形を失っていった。フリルがいっぱいのドレスも、眼帯も、包帯も、それを隠すための物である。 お前はどこの不動卿だ。 音鳥少佐 有明警備府第二艦隊の総司令官。秘書艦は長門。 有明警備府内における、飛龍蒼龍の保護観察担当官。 後日、キス島の隼鷹達による電波ジャックテロ回にて、第二艦隊総旗艦となった飛龍との超展開中に行われた超高速連続バク転に耐えきれず、ネギトロめいて死亡。 面鳥少佐 有明警備府第三艦隊の総司令官。秘書艦は叢雲だが、今話では比叡との絡みが多い。 後日、キス島の隼鷹達による電波ジャックテロ回にて、第三艦隊総旗艦となった蒼龍との超展開中に行われた超高速連続バク転に耐えきれず、チタタプめいて死亡。 有明警備府の事務員の女性 後の大澱ならぬ大淀である。 重巡ネ級 今話に登場したのはタウイの丹陽から逃げてきた個体。今話では不明ネ級と呼ばれる。 深海棲艦側勢力の最新鋭重巡。 体表の汗腺の50%を改造してあり、そこから特殊な黒い液体を分泌する機能を持たされている。 この液体は、自身の通常の汗と混ざる事で性質を変化させ、粘性を増して体表にへばり付くと同時に高性能な電波吸収・断熱素材と化し、極めて強い衝撃で爆発するという特性を持つようになる。 深海側はこの爆発するという特性に注目し、再生可能なリアクティブアーマーとする事で艦娘が装備している射突型魚雷への回答の1つとした。 が、汗腺の半分を潰した事と、これが隙間なく体表を覆いつくすという事から、排熱と皮膚呼吸に致命的なトラブルを抱える事となり、継戦可能時間が極めて短くなった。酷いのになると水上戦闘中であるにもかかわらず、熱中症を発症して倒れた個体もいたとかいないとか。 それらに対する改善策として、重巡ネ級改ではこの特殊汗腺を完全撤廃。同機能を有するワ級が生成した物を出撃前に塗布、あるいは板状に成形乾燥させたものを多数縫い合わせた物を簡易の追加装甲とする手法が取られた。 蒸野粋(ムシノ イキ)大佐 タウイタウイ泊地に着任していたインスタント提督。 睦月型全般と高い超展開適性を持ち、その中でも最も適性が高く、最も付き合いの古い一番艦の睦月を秘書艦としていた。上司と部下という関係だけでなく、男女としての仲も非常によろしく、ケッコンカッコガチまで秒読み僅かだった。 数年前に麾下の艦娘らとのかくれんぼの最中に行方不明となる。泊地総出の捜索でも見つからず、大本営に報告が行くことに。 この時点で大本営からは、大佐は他国のスパイであり何か重要な情報を得たため行方不明に見せかけて元の組織へ帰還した可能性があると判断され、艦娘機密保護法違反の疑いアリとして、秘密裏に指名手配されていた。 行方不明当時の彼がどこで何をしていたのかは、拙作『今日はバレンタインなのでイチゴちゃんにチョコを渡そう』を参照の事(本日のダイマ) 核はどういうルートで深海側に流れたの? 第七次泊地棲鬼殲滅作戦(シナリオ7)が発令 ↓ 泊地棲鬼が第一ひ号目標群のいるビキニ環礁へ移動。理由は不明。補給かな? ↓ 姫もろとも鬼を始末できる千載一遇のチャンスという事で核使用のGOサインが出る。 ↓ 投下。 ↓ 何故か起爆せず。そのまま無傷で第一ひ号目標群の頭上に落下&鹵獲。 ↓ 第一ひ号目標群の内、戦艦娘『長門』に似た個体(暫定呼称『長門姫』)がこの爆弾の正体を察し、怒りのあまり口からビームを吐く。 ↓ 地殻をブチ抜いて合衆国本土の端っこにビームが直撃。湾と化す(ファーストプリンセスズ・ビーム湾事件) ↓ シナリオ7失敗につき終了。核使用の事実は隠蔽。 ↓ 南方海域、リコリス・ヘンダーソンから核譲渡の依頼。この時点では人類側はリコリスの存在を認識せず。 ↓ 駆逐イ級に核を搭載。復員兵も搭載。 ↓ 出航。本編へ続く。 ↓(今度こそ終れ)