※何時も通りのゴーイング・マイ・オリ設定です。※当SSにおける、横須賀鎮守府の扱いが不当な気がしますが気のせいです。オリ設定の範囲内とお考えください。そういう事にしておいてください。見逃してください。※我が心の総旗艦○×に何をするだぁー!! な事になってるやもしれません。ご注意ください。※忍殺語はニュービーが使うのは実際難しい。ヘッズ各自の脳内妄想による修正重点で。※地理とか兵器などの知識に関してはサッパリです。華麗に見逃してください。※半ば突貫で書いたので色々と酷いです。特に後半。※ごくさらりとグロ描写ありますです。※3-2キス島撤退作戦を成功させるのは、画面の前の提督、君だ。※(04/25初出。05/04誤字修正)※(Pixiv様にて、id_890名義でACV二次SS『地球の兎は月見て跳ねる』始めました。暇な方はもしよろしければ是非)novel/show.php?id=3760745 本日の南方海域。【瑞鶴、見えたわよ! あの軽母ヌ級が例の超音速機の母艦よ!】【翔鶴姉! こっちでも捕捉したわ! 敵のインターセプターは見えない! 絶好の好機ね!!】 波穏やかなラバウルの海上を、2つの巨大な人影が滑走していた。超展開中の正規空母『翔鶴(※翻訳鎮守府注釈:カデクルとは読みません)』と『瑞鶴』である。超展開中の艦娘である。超展開中のはずなのに、許しがたい事に海上を滑るように――――しかも足すら動かさずに!――――移動していた。【瑞鶴、護衛も迎撃機もいない軽母だからって、油断しては駄目よ】【翔鶴姉! 大丈夫だって! 私も翔鶴姉も徹底的に近代化改修してあるじゃない!】 姉の心配などどこ吹く風とばかりに、瑞鶴は自らの高性能を自慢し始める。慢心!【見てよ! 陸軍のお友達から(海軍上層部には黙って)拝借した、鍋島TYPE-D型用の超大型ブースターを計8基、左右のカカト・スクリューと換装した結果得たこの高速移動能力! 艦長席以下、艦載機の座席も全て試験管型に交換してあるから装備換装の時間も大幅短縮済みッ! さらには今までの艦娘達で問題視されていた艤装部分と有機質の接合部分の脆弱性もマイコシンス融接法を用いる事で圧倒的に解消! 従来の自然癒着や外科的療法を超える大きな安定性ッッ!! さらにはその副産物として生じた黒い油も、爪部分に充填する事で超軽量・超高性能なCIWSと化すッッッ!!! ちょっと最近油漏れが止まらなくなってきたのが難点だけど、まぁそんな些末事はどうでもいいわ! 搭乗員の技量頼りの一航戦が何ぼのモノよ! こちとら艦の基本性能からして違うのよ、艦の性能が! 強靭! 無敵! 最強!! ディス・イズ・パーフェクション!!】【ず、瑞鶴、少しおさえて……って、瑞鶴!? ああもう! 全艦載機の皆さんは瑞鶴の直援に回って!】 圧倒的なテンションの瑞鶴に少し気圧されながらも手綱を取ろうとしていた翔鶴だったが、当の瑞鶴は意に介さずさらにテンションと速度を上げつつ真っ直ぐ突貫する。 対する軽母ヌ級――――どういう訳か、IFFは友軍属性だった――――が、迎撃のためか、ゆっくりと口を開き始める。 内側に潜んでいた“誰か”の姿が露わになり始める。【祝福されし五航戦をとくと見よ!!】 2件の新着メールがあります。【作戦依頼:テロリスト鎮圧】 依頼主:帝国陸軍大本営 本文: レイブン、先日の津川浦・九十九里浜二正面防衛作戦では世話になった。 あれから日も開けずに申し訳ないが、緊急で作戦を依頼したい。 海軍の艦娘の一部に、不穏な動きがみられる。我々が独自に入手した情報によると、帝都内で大規模なテロ活動を計画しているとの事だ。 これは我々陸軍にとって由々しき事態であり、同時に海軍の息の根を止める絶好の機会でもある。 君には擬装トレーラーに搭乗して現地に急行して貰い、一旦待機。騒ぎが始まったら戦闘を開始。 我々の鍋島Ⅴ型と共同して、全ての敵勢力を破壊して欲しい。 敵は恐らく超展開した艦娘だろう。だが、君ならやれるはずだ。 報酬は期待してもらって構わない。連絡を待つ。【作戦依頼:テロリスト支援】 依頼主:Team艦娘TYPE 本文: やぁ、レイブン。この間の九十九里浜・津川浦二正面防衛作戦では陸軍さんの尻拭いご苦労様。 ホント、使えない味方は敵の新型よりも怖いね。 さて、さっそくだけどミッションを依頼したい。 我々が開発した新兵器が、現状に強い不満を持つ一部の艦娘達によって強奪された。 新兵器には発信器と自爆装置が内蔵されているから盗まれてもどうって事ないんだけど、折角だからこのまま実戦データを取る事にしたんだ。 なので、彼女達のテロが速やかに解決されると非常に困るんだ。 そこで君には、事態鎮圧のために出撃してくるであろう陸軍側の戦力“のみ”を撃破して欲しい。 何も無理して全滅させる必要は無いよ。 必要分のデータを取り終えたら君に連絡をするから、そこで撤退してもらって構わない。もちろん、報酬に変化は無いよ。 こんなところか。連絡を待ってるよ。 ミッションを受注しますか? ≪Yes≫ ≪No≫ 正規空母、軽空母、潜水艦、駆逐艦『島風』、戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦。 超展開機能を実装した艦娘式戦闘艦は、この順番で、超展開の負担や難易度が下がっていくのだという。 駆逐艦の負担が最も少ないのは理解できる。一番活躍の機会が多いし、一番量産もされているから、それだけデータの蓄積とフィードバックも一番多いからだ。 潜水艦の異様な難易度についても、まぁ、これは許そう。潜水艦娘の超展開は隠密性の保持のため、一度その艦体を“中身ごと”ドロドロのグズグズに溶かして、そこから再構築するという形式をとっているためであり、数字として表れない部分での適性の無い者が運悪く一度超展開を実行したが最後、身体どころか心までドロドロに溶けきってしまうからであり、そのまま元の姿に戻れずに、艦娘ごと新たな素体の材料となった提督やテストパイロットたちの数は計り知れない。【イヤーッ!】【イヤーッ!】 駆逐艦『島風』については、理由が空母娘達と重複するが、ハッキリ言って装備が悪い。 本人(達)に曰く『連装砲ちゃん』なる、3台の半自律式の12.7センチ砲塔群が諸悪の根源である。島風本人からの補佐も有るとはいえ、戦闘と並行してこれら3台の連装砲ちゃんの操縦も同時進行で行わなければならないのだ。生半可な脳ミソではとてもではないが処理が追いつかないし、生半可な脳ミソでどうにか戦果を挙げようとしたら、かの有名な『トルコの傭兵』の様に両肩と背中に背負って高機動戦闘の補助とするか、タウイタウイの『生ける悪夢』こと、アレン・アローヘッド臨時少佐の様にワザと感覚野のリンクを切って盾にしたり正面に向かって蹴り飛ばしたりして攻防一体の無敵の盾として用いるより他に無い。どちらも邪道的な運用方法である事には違いないが。【イヤーッ!】【イヤーッ!】 そして問題の空母であるが……何が問題なのかと言えば、艦載機の数である。 少なくとも数十、予備機も含めれば3ケタの大台に突入するような数の機体を常時搭載しているのだ。そんなのを一々自我操作なんてしていたら、脳がいくつあっても足りはしない。普通に考えれば、ブイン基地の井戸少佐の様に単純に無人空母として運用するか、艦載機の制御だけでも艦娘側での一括制御かセルオートマトン、あるいは各艦載機に割り振られた無人運用システム群――――妖精さんに処理してもらう。というのが至極真っ当な回答である。 普通に考えれば。 だが、そんなごく普通の考えの持ち主では、空母娘らとの超展開は不可能であり、当の艦娘側からも超展開の実行を拒否されるという事実が付いて回る。 何故だ。と問われれば、その答えは至極真っ当であり『私の艦載機が強いんじゃなくて、私と私の提督が強い。という事を証明したいから』だそうだ。とある鎮守府に配備された一航戦の加賀に曰く『ノーカラテ、ノークウボ』なのだそうだ。まるで古の求道者、ブリゲッラ・ブレンバーナの如しである。【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イアッー!】【イアッー!】【クトゥルーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】 そして、そんな正規空母の代表格でもある二航戦の『飛龍』『蒼龍』――――もちろん、数いるクローンの中の二人だ――――は現在、超展開状態で超高速の連続バク転を決めながら帝都湾を南に向かって爆走していた。 外見は圧縮保存(艦娘)状態の時と実際大差無い。飛龍は橙色の着物と緑色の袴。蒼龍は緑色の着物と暗い緑色をした袴。撃ち出された艦載機を着陸させるための飛行甲板の位置もそれぞれ左肩、右肩で固定されているし、矢型に圧縮保存されている艦載機を撃ち出す、本命の飛行甲板である大和弓型カタパルトもしっかり背中のハードポイントに格納している。 だが、おお、おお、ブッダ! 何という事だ! 普段、鎮守府や僻地の基地で提督らとのおさわりOKで、ほとんど違法行為で、実際スゴイ・エンジョイをしている、春の日差しのような暖かで慈愛に満ちた2人はそこには無く、代わりにニンジャでも素手で絞め殺せそうなほどの剣呑アトモスフィアを漂わせた眼光鋭い(超展開済の)戦闘艦としての『飛龍』『蒼龍』の姿があった! 実際艦娘状態との差異として、2人の頬には破片避けのためか、重合金製の超硬メンポ(※翻訳鎮守府注釈:面頬のことか?)が装着されており、その表面には何とも恐怖を煽るフォントで、飛龍のメンポには『ストラ』『イダー』の文字が、そして蒼龍のメンポには『蒼』『龍』の文字が刻印されていた。コワイ!【飛龍=サン! スコシオサエテ!】【蒼龍=サン! それでは間に合いません!】 蒼龍からのたしなめに対し、微塵もバク転の速度を緩めずに、むしろその速度を増加させながら飛龍が叫んだ。「それじゃあ間に合わない! もう隼鷹=サンの電波ジャックからもう5分は経過しているはず! すぐにでも次のアクションを起こすはず! それも見せしめと示威アクションも含めて実際かなり過激なのを!!」 一見無鉄砲に見えて、何たるクウボ推察力か! 蒼龍もその事実に気が付いたのか、何も言わずにバク転の速度を上げる。【イヤーッ!】【イヤーッ!】 ――――ア、アバ、アババー!! 月は沈み、星影も無い暗い海の上。 飛龍と蒼龍の掛け声と、2人に乗り込んだ(※翻訳鎮守府注釈:乗り込まされた)2名の提督のネギトロめきつつある悲鳴のみを後に残して疾走していく。カラダニキヲツケテネ! いったい何故、飛龍達があれ程までに――――滅多に補充のきかない空母適性のある提督達をオタッシャさせてまで――――急いでいたのか。それを知るためには、時計の針を幾ばくか巻き戻す必要がある。 ダークソウル2発売と増税前後のゴタゴタで書く暇無かったんです。かんにんしてつかっさい。そして本編は未だに半分も書き終わってないのでまたお茶濁し目的で春イベ開催と同時にうpする予定で突貫で書いたはずなのに何故か2日も遅れたうえに本編に空母娘の超展開は絶対に出しません。ていうか出せません。なので出せる娘は全員ここで出してみました。記念の艦これSSっぽい何か『嗚呼、栄光のブイン基地番外編2 ~ 夢の終わり』 平静26年4月1日、午後8時。 その日は、季節外れの雪が舞う夜の事だった。 街頭の超大型液晶モニタでは、これでもかと言わんばかりに大げさなフォントと原色に塗りたくられた見出し記事が次々と表示されていた。もう昨今では当たり前になった悲観的なニュースには、最早誰も興味を示さない。『オリョール海を含めた南方海域に続き、カスダガマ島、リランカ島を含むカレー洋(旧インド洋)全域の地下資源枯渇! 陸路は実際政情不安!!』『イージス艦隊を含めた資源捜索隊は未だ帰らず! 日増しに高まる安否の声』『ガソリンの一滴は血の一リットル! 節約重点!!』『第3次配給制限は明日正午より開始。これまでの配給キップは使えませんので、最寄りの役所にて交換をお願いします。現在のレートは1:2です』 もう一軒梯子行くぞーと赤ら顔で勝鬨を上げるカチグミ・サラリマンも、部下の尻拭いで3県隣のお得意さんの所まで今から頭を下げて納品する羽目になった青色吐息のマケグミ・サラリマンも、誰も彼もが皆、この季節外れの大寒波にコートの襟を立て、速足で大通りを行き交っていた。 モニタの映像と音声が切り替わる。『みんな―! まだまだイけるよねー!?』『урааааааааа! урааааааааааааа!! ураааааааааааааааааа!!!』 モニタの中で、ピンクと白を基調にしたフリルたっぷりのアイドル衣装に身を包んだ少女が歌って踊っていた。それもただの少女ではなかった。背中からは工業用のクレーンにも似た重合金製のTの字型のアームを伸ばし、その両端に大小無数の砲塔群を載せ、ニーソックスの上端付近で固定された、ただのズレ止めとはどうしても思えないような重合金製の輪っかには小型のミサイルを彷彿とさせるような突起物が4つ並んで納められた箱が付けられており、その足元を覆う金属光沢のハイヒールブーツも、歌って踊るのが仕事の筈のアイドルが履くにはあまりにも重厚かつ重装甲過ぎるように見えた。いやむしろ下手な安全靴よりもずっと安全そうだ。飛んだり跳ねたりする度にステージが微妙に凹んでいるのが見えるくらいだし。 アイドルグループ『Team艦娘TYPE』の48番『軽巡洋艦の那珂ちゃん改二』 それが今現在画面の中で歌って踊っている、元気溌剌少女の所属グループと、彼女の芸名である。 行きかう人々の足が一瞬止まる。振り向く。こんな時間にも拘らず次の仕事先に徒歩で移動しているズンビー・シャチク共が皆、呆けたように口を半開きにしてまな板の上のマグロめいて濁った瞳でその映像を眺めていた。「那珂チャン、ダー」「那珂チャン今日モカワイイ」「カワイイヤッター」『オッケー! それじゃあ那珂ちゃんの新曲『ジャンクド・プリンス・ウィズ・ビッグウィング』イってみよー!!』「『урааааааааа!!』」 画面の中の追っかけ達と、大通りの街頭モニタを見上げるマケグミ・シャチク共の現実逃避同然の大絶叫の歓声が、深々と雪の降る帝都の夜に木霊する。 Team艦娘TYPE。 それは、美少女とかつての世界大戦時に活躍した旧帝国海軍(と陸軍)の艦艇を組み合わせた、全く新しいアイドルグループである。 数年前から突如として始まった、バシー島、オリョール、サーモン海域(旧ソロモン海域)などの『世界規模での資源枯渇』と、リランカ島からカスダガマ島を含めたカレー洋(旧インド洋)全域ならびに、キス島やアッツ島を擁するアリューシャン諸島が存在する北方海域での『現地の政情不安による』他国への問答無用での渡航禁止令と『無用な混乱を避けるため』と称した、物理的にほぼ完全な封鎖網と出所不明のコンピューターウィルス『らりるれろ』による情報インフラの寸断。そしてそこから始まった段階的な物資統制と、溜まり続ける社会的ストレスによるマッポー的秩序崩壊。 その混乱を見越していたかのように、突如としてアイドル界に出現したのが彼女達――――艦娘と、その所属グループ『Team艦娘TYPE』である。 所詮はぽっと出。いずれは消え去る色物ユニットと揶揄されたのもつかの間、気が付けば彼女らは飛ぶ鳥ですらバルカンファランクスで撃ち落とさんばかりの勢いでアイドルランクを急上昇させ、今では押しも押されぬ大御所の一角に座するほどになっていた。 その理由の一つに、アイドルと戦闘艦を組み合わせた色物らしく、兎に角所属するアイドル達の幅が広いのだ。 イモ臭い女子中学生ら4人組の『特Ⅰ型駆逐艦娘』にはじまり、どこからどう見ても小学生にしか見えない『朝潮型駆逐艦隊』に、お前ら学校行けよ就職も進学も出来ねーぞと言いたくなる『チーム加古鷹』に、どう考えても暇を持て余した和系の若人妻か何かにしか見えない『扶桑姉妹』などなど、ものの見事に年齢層がバラバラなのだ。 そして、相当にコアなネタもごく自然に引っ張ってくるあたりも、3次元のアイドルに興味の無い人種を惹き付ける、実際大きな要因の一つだ。 前述の『チーム加古鷹』ひとつ取っても、デビュー曲のタイトルが『水族館のジェラシー』で、古鷹のソロデビュー曲が『ワレアオバ』と言うのだから、プロデューサーは分かっているというべきかやりすぎと言うべきか。因みにどうでもいい事だが扶桑のソロデビュー曲のタイトルは『奥さん米屋です』だったりする。 というか『○○年の○月×日に▲▲という士官がイモをギンバイしてた。挙句別の艦に横流しして銀シャリもらってた』と言う事すらさらりと言ってのけ、当時収録スタジオの観客席に座っていた▲▲(ご本人)が、収録中に激しく驚き、その隣に座っていた当時の憲兵さんに修正を頂いたという逸話まである。どこでどうやってそんな情報を入手したのやら。 閑話休題。 そしてそんな彼女ら(のごく一部)が使う事務所の一つとして建てられた、ここ――――横須賀鎮守府では、一人の少女が爪のおめかしをしていた。「くまー」 腰まで伸ばした茶のロングヘア、針金でも接着剤でもないのに『?』あるいは威嚇状態のスリヴァーめいた形状を維持する正体不明のアホ毛、白を基調としたセーラー服とショートパンツ、そして背中の3つのそろばん煙突。 Team艦娘TYPEの39番、傘下チーム『球磨型軽巡ズ』の『ドミナリアの球磨』 それが彼女の所属グループと、その芸名である。「くーまーくまくま、くまっく、まー☆」 おめかしとは言いつつも、訳の分からない鼻歌を歌いつつも、その表情は実に鋭い。右手の爪の表面を軽く磨いて付着した穢れを完全に落とし、セロハンテープを使って爪以外の指先をマスキングし、エアブラシで無色透明のベースコートを均一に吹き付けてやや厚めの下地を作り、完全硬化する直前になってから彫刻刀を左手に、一文字一文字、爪に意匠文字を刻んでいく。そしてその傷跡に色墨を入れ、上蓋代わりにベースコートを軽く吹き付けて完全硬化させれば完成だ。左手の爪に関しても同様の手順だ。「くまっくくまっく、くまーくまー★」 一爪一文字。一筆入魂。球磨の額から汗が伝って目に入る。指先は微塵もブレる事は無い。何たる集中!「……球磨姉、何やってんだ?」 ネイルアートって、そんなヤクザの彫り物かプラモの色付けみたいなやり方でやるのか? と呟きながら、一人の少女が球磨の背後に立った。 肩にかかるかかからないか程度に揃えた黒髪、球磨と同じセーラー服と白いスカート、白いセーラー帽、そして右目を覆う黒い眼帯と背中の2つのそろばん煙突。 Team艦娘TYPEの41番、傘下チーム『球磨型軽巡ズ』の『木曾』 それが彼女の所属グループと、その芸名である。「くまーん、くまーん、くまるふ、ふたぐ……ん、木曾かクマ。最近ロールアウトした若い球磨達に教えてもらったクマ。何でも、艦体に発光塗料で幾何学模様を書いたり、爪にルーン文字を刻むのが最近の若い球磨達の流行りなんだそーだクマ」「発光塗料ねぇ……悪目立ちし過ぎて集中砲火の的になるんじゃねぇのか。マンガかアニメのようにバリア張れる訳でもないし」 因みに、今球磨が彫ってるルーンは全部繋げると『灰色の神バゴスよ、我に神を10回殴る機会と好機を与えたまえ。その対価として我は汝が使徒の餌につられますクマー』になるクマー。と付け加えたが、木曾はさして興味もなさそうにしていた。「ていうか球磨姉、俺達アイドル組が出兵組と接触するのは軍紀違反じゃなかったのか? もしバレたら2番目の綾波みたいに解体されちまうぞ?」「ふっふっふーん。木曾は心配し過ぎだクマ。こんな事言いたくも思いたくもないけど、出兵組は公式にも非公式にも存在していない事にされてるクマ」 口調こそ軽いが、出兵組の事を話す球磨の表情は苦い。「ていうか軍も政府もクマたちアイドル組の艦娘がクローンである事を認めていないし、テレビの向こうの大衆もその事を知らないクマ。深海凄艦との戦争だって、多少情報がリークされたくらいじゃ新手の映画広告の手法程度にしか思われてないクマ。だから、これくらいならオッケークマ」 今、帝国は混乱している。 途切れた資源、途切れた海外への交通、そして途切れた情報の流れ。一部の口さがない者の間では、第二の鎖国だと声高々に叫ぶ者がいるが、あながち間違ってはいない。秩序こそ崩壊していないものの、あと一押しがあればそれすらも危うい。それが現在の帝国の国内情勢だ。付け加えて言うなら、深海凄艦なる異形の軍団と全世界規模で戦争を続け、しかも勝利どころか戦争終結のビジョンすら描けていないズルズルの泥沼状態であるという事実を隠してようやくこれだ。もしこれがリークされればどうなる事やら。「まぁ、球磨達アイドル組が本土に残留する事になったのは、どう考えてもこの混乱に対するストッパーと目隠しとしての役割を期待されてるからだクマ」「というか、どうして上の連中は戦争の事実をヒタ隠しにしてるんだろうな。どう考えてもそっちの方が効率悪くねぇか?」「そんなの、球磨達サンシタが考えても仕方ない事クマ。球磨達は球磨達のお仕事をするクマ。あ、そろそろ那珂ちゃんのライブ始まるクマ」 まぁどうせ、上のご老人方の、まだ戦争アレルギーが抜けきってない平和ボケ主義者どもの寝言のせいに決まってるんだろークマね。と球磨は心の中で付け足し、足元に置いてあったテレビのリモコンのスイッチを足の親指で押した。「球磨姉、行儀悪いぞ」「知るかクマ。球磨は今両手塞がってるクマ」 テレビに灯が灯る。賑やかでポップなBGMを背に歌って踊る那珂ちゃんの姿はそこには無く、代わりに映ったのは、賑やかでポップなBGMを背にして、火炎放射器を手に持ち、全身をトゲトゲだらけのカーク式プロテクター一式で覆ったモヒカン軍団が周囲を威嚇しつつ赤絨毯を敷いている姿だった。「「は?」」『ヒャッハッハッハッハー! どけどけお前ら! 橿原丸お嬢様達のお通りだ―!!』『さっさとどかねぇと消毒スッゾ、オラー!!』「く、球磨姉、こいつらって……」『隼鷹さんところの妖精さん達だクマ―……」 新手のゲリラライブか? そう思った二人は次の瞬間、画面の奥から現れた者らの姿を見て驚愕で凍り付いた。 一昔前の少年漫画のように跳ねる暗桃色の長髪、陰陽師を意識したかのような服、トイレットペーパーのように左袖から伸びる、軽空母娘特有の帯状飛行甲板。 艦娘式飛鷹型軽空母2番艦『隼鷹』 それが彼女の正式な名前だったが、本土では、Team艦娘TYPEの66番、傘下チーム『ドーマンセーマン』の『隼鷹』と言った方が通りは良いかもしれない。ただし、それが彼女『達』の場合でなかったら。という前提条件が付くが。 画面の奥から、一番最初に現れた隼鷹と、全く同じ顔と身体の造りをした女性らが次々と現れてきた。街中そっくりさんだとか影武者だとか、そういうチャチなモンではない。最早双子も同然だ。 アイドル組と出兵組の生放送同時出演。 艦娘クローンの存在を(帝国本土内では)認めていない上層部が考えるシナリオの中では、最悪の部類の一つだ。「オイオイオイオイオイ……! 隼鷹さん何考えてんだ!? 軍紀違反どころの騒ぎじゃあねぇぞ!?」「これはちょっちシャレにならないクマー」 反逆。 その2文字が脳裏に浮かんだ球磨達のいる部屋の向こうの廊下を、いくつもの駆け足が通り過ぎていく。同時に、球磨と木曾、そして他の場所にいた、横須賀鎮守府所属の全ての艦娘達に配布されていたスマートフォンが一斉に鳴り出した。『防衛基準体制3発令。各チームの控室に集合』『あー。あー。テステス、テス。オッケー、マイクは大丈夫』 横須賀鎮守府がそんな大騒ぎになっているとは露知らず、隼鷹とその配下の妖精(平均身長190センチのモヒカン軍団)さん達によって完全にジャックされたスタジオでは、今まさに隼鷹達がカメラに向かってアクションを取るところだった。 その映像が配信されている殆ど全ての街頭エキシビジョンで、電気屋のショーウィンドウで、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TVで、ネット配信で、横須賀鎮守府の控室の中にあるTVで。これから何が始まるのかと誰もが固唾を飲み、あるい単なる好奇心と共に見守っていた。『先に言っておくけど、この放送は独自の中継局を利用した電波ジャックだから、中継アンテナの電源を落としても無駄だぜー? それと、これは金品の要求や政治的目的を伴うテロじゃあないんで、スタッフや出演者達は全員無事だぜ、ほら』 親指で画面外を支持する隼鷹に従い、カメラが振り向く。そこには、ガムテープで口と手足と親指を縛られ、一か所に車座になって集められていたスタッフや出演者らの姿があった。那珂ちゃんだけビニル紐による亀さん縛りなのは何故だろう。と編集室の面々は思ったが、舌まで緊縛された那珂ちゃんの姿が映った瞬間に視聴率が10倍近くに跳ね上がったのだから良しとした。『さて、それではあたしら『隼鷹』達の要求を伝えます』 そう言って、一番最初に現れた隼鷹がスカートのポケットの中をまさぐる。携帯電話を取り出し、カメラの前に掲げる。『帝国郵船の代表に告げる。今すぐ電話に出ろ。さもなくば、各戦線での戦況を今ここで実況配信してやる』 各戦線――――間違い無く、対深海凄艦戦争の事だろう。 ネット上の動画サイト等では『戦線?』『どこのだよ?』『隼鷹さんいっぱいいるから一人くらい持ち返っても(ry』などの無数のコメントが映像の上を行ったり来たりしていた。『……』 5秒、6秒、7秒……60秒経過してもなお携帯電話は沈黙したままだ。 携帯を持った隼鷹が無言で指を鳴らす。すると、カメラの外側で待機していた別の隼鷹が真っ黒い革張りのA4サイズのバインダーを手渡す。音読する。『3月21日、5ピーナッツ入荷。支払:2億5000万円。(レート5000/g)。3月28日、4ピーナッツ入荷。支払:資材一式(別紙に記載。運送方法は第2橿原丸の試験運用と称する)。4月3日、6ピーナッツ入荷……ほっほー。最近のピーナッツは、純金のレートとほぼ同額なんですなぁ』 どれどれピーナッツの生産元はブイン島の……と言いかけた隼鷹の言葉を遮るように、手元の携帯電話が鳴り出した。隼鷹は素早く別の隼鷹から手渡されたケーブルと携帯を接続。外部スピーカーに接続された会話線からは、男の声が流れてきた。『……何が目的だ』『代表、あんた、アッツ島に行く直前のあたしらに――――第1f期北方海域派兵隊の隼鷹達に言ったよな?『任期を終えて、全員無事に帰ってきたら、お前ら全員橿原丸に再改装してやる。カネが足りないならポケットマネーから出してやる』って』 電話口の男は、何も言わない。『知ってるか、あの時訓辞を受けた全員、その時の事録画してたんだぜ。その時のアンタのその一言、たったそれだけを希望に、皆、あそこで戦ってきたんだ』『……』 電話口の男は、やはり何も言わない。沈黙は金。それを理解しているからだ。だが、今この場においてそれは大きな間違いだった。 携帯を片手にした隼鷹が再び指を鳴らす。画面が切り替わる。『見ろよ。あの日、あの時、あのちっぽけな島で、何を見てきたのか』 そこには、地獄が映っていた。【――――弾! 弾を頂戴!! 早く! 弾幕が途切れた!! 来る! 突っ込んでくる!! 早く!!!!】 最近の極薄液晶や有機EL画質が平均値の本土の人間にとっては、むしろ新鮮味を感じる粗さの砂嵐交じりの画質。 その向こうでは、いたるところで爆発が繰り返され、その都度掘り返された泥と土と、硝煙で煤けた顔の五十鈴がボロボロに泣き歪みながら、大体同じような汚れ方をした男2人の操作する設置式の重機関銃の給弾手をしていた。五十鈴の頭には擬装ネットを被せた粗末な緑色のヘルメットを被っていた。髪を結えていた白いリボンは、片方が失われていた。服もボロボロで汚れきり、もう何日も洗いも着替えもしていない事が一目で見て取れた。【どけ犬塚! 邪魔だ!!】 撮影者を後ろから付き飛ばすようにして五十鈴に駆け寄り、押し付けるようにして10メートル近い12.7ミリの弾薬ベルトが収まった木箱を受け渡したのは、隼鷹だった。2人して給弾装置にベルトの端っこを飲み込ませる。よっしゃあぶちかませ! 思わず立ち上がって――――塹壕よりも高く、そう、高く立ち上がってしまい――――そう叫んだ隼鷹の首から上が弾け飛ぶ。首から上の挽肉が飛んだ方向とは真逆の方に向かってガンナーが発砲。五十鈴も腰にぶら下げていた艦娘用のCIWS(という名目で持ち込んだFN社のP90)を構えようとして蹴リ飛ばされる。バカ野郎ちゃんとベルト持ってろ。 次の瞬間、画面が大きく一度だけ揺れる。カメラが塹壕の左を向く。五十鈴と男達も左を向く。 怪物がいた。 怪物は、深海凄艦の飛行小型種と全く同じ姿形をしていたが、それよりもはるかに小さかった。たったの5メートルぽっちしかなかった。【ひ、ひこうこ――――】 ガンナーが銃口を向けるよりも先に、塹壕の上にまたがるように強硬着陸したその怪物の正面と思わしき部分から、秒間数百発のペースで発砲炎が伸びる。塹壕内を線でなぞるような制圧射撃。五十鈴も、男達も、誰かが何かを言う前に木端微塵の挽肉と化していく。その怪物の向こう、塹壕内から別の五十鈴と、今しがた挽肉になったばかりの男たち同じ戦闘迷彩服を着た歩兵達が歩兵用のゴリアス・ロケット砲を担いで持ってきた。後方の安全確認などクソ喰らえとばかりに発砲。都合3発の多目的榴弾弾頭の直撃をケツに受け、怪物はあっけなく爆散。カメラのレンズに肉片がこびり付く。【うわ、こないだレンズ買い換えたばっかだったのにwww】 恐らくはカメラマンの声だろう。この光景とは裏腹の、実に呑気な声だった。【ここはもう駄目だ! 海岸線陣地は放棄しろ! 後退、後退!!】 とりあえずの原型が残った怪物の薄く細長い脚足がゆっくりと倒れるのを最後に、再び画面が切り替わる。 次の画面は、薄暗かった。鳴りやまない低くくぐもった重機関銃陣地の発砲音。砲爆撃の風切り音と着弾音。そして、着弾時の衝撃で揺れるカメラと天井から落ちこぼれる幾ばくかの砂埃。【メーデー。メーデーメーデーメーデー。こちらアッツ島守備部隊。全部隊の撤退許可と回収部隊の派遣を要求する。敵、深海凄艦は新種を投入せり。全長5メートルほどの超小型の飛行種。制空権争いには参加せず、直接陣地に取りついて生体機関砲と格闘戦で制圧する強襲制圧型と推測される。鍋島Ⅴ型、正太郎、いずれも此度の第15次防衛戦にて全て損耗せり。最早我、戦力無し。メーデー。至急撤退の――――】【弾薬回収部隊が戻ったぞ! メディック! 来てくれ!!】 薄暗い中に、四角く切り取られた光が差し込んだ。完全に閉鎖されていた地下塹壕の扉が開いたのだ。後光を背負い、外から帰還したのは、血と泥にまみれて薄汚れた兵士3人と、ソイツらが両手で後生大事に抱え込んだ大きな弾薬木箱と、別の隼鷹と兵士の2人の兵士に引きずられるようにして生還した、那珂ちゃんだった。【痛いよぉ、痛いよぉ……!】【モルヒネはもう無いからな! 舌噛まない様に歯ァ食いしばれ! 羽虫の体液で焼き塞ぐぞ!!】 他の男ども同様にやはり血と泥と硝煙で顔も服も煤けて汚れに汚れた那珂ちゃんには、足が無かった。普段着のミニスカートから少しはみ出したくらいの部分で、両足ともに醜く千切れていた。【羽虫(※翻訳鎮守府注釈:前述の超小型飛行種の事)だ。帰る途中に見つかった。まだ弾薬庫には――――】 地獄の咎人でもここまでは出せまいというレベルの那珂ちゃんの悲鳴をBGMに、轟音と共に画面が一際大きく揺れる。【――――弾薬庫には、もう何も残ってなさそうだな】【なぁ、羽虫の体液って大丈夫なのか?】【知るか。俺の右足ン時は大丈夫だったから何とかなんだろ】 騒音けたたましい闇の中に再びの沈黙が訪れる。殺してくれ、モルヒネをくれ。重傷を負った兵士や艦娘達の呻き声と懇願と、砲爆撃――――もちろん、深海凄艦側のだ――――の音だけがひっきりなしに鳴り続けていた。【全員聞け!】 先程から全周波数でメーデーを発していた小隊長だった。【南のアガッツ島の回収部隊がこちらに来てくれる事になった!】 誰もが、イエス・キリスト降臨の瞬間を見る目で小隊長に注目した。【ただし5分間だけだ! 総員起こせ! 脱出だ!!】 その一言に、今まで死にかけていたはずの誰も彼もが蘇る。【病院壕のスカグネティ中尉に連絡とれ! マサクゥル・ビーチで合流だ!! シグナルスモーク忘れるな!!!】【装備も食料も全部置いてけ! 武器も片手に収まるだけにしろ!】【那珂ちゃん! 肩に掴まって!!】【あ、ありが、と……】 画面の左上でバッテリー残量の警告ランプが明滅し始めたあたりで、場面が切り替わる。【走れ走れ走れ!!】 次の場面は、ひたすらに安定していなかった。撮影者が足場の悪い砂の上を走っているからだろう。ぐらぐらと激しく揺れるカメラフレームの中では、やはり兵士達と艦娘達が決死の形相で桟橋まで寄せて来てくれた回収部隊の駆逐艦――――恐らくは、特Ⅰ型だ――――に向かって走っていた。時折銃をあちらこちらに発砲している者がいるのは、恐らく羽虫――――例の超小型飛行種を迎撃しているためだろう。あ、ほら、先程の那珂ちゃんに肩を貸していた隼鷹と兵士の3人が撃ち落とされた超小型飛行種の墜落と、続く強酸性の体液爆発に巻き込まれて見えなくなった。【皆さん急いでください!! 沖合から敵の主力部隊が来ています!! 見捨てはしませんけど急いで!!】 停泊している駆逐艦は、艦娘だったようだ。 桟橋を踏破したカメラが乗り込む。後ろを振り返る。遥か後ろを走っていた誰かが、敵の艦砲射撃の着弾爆発に巻き込まれて、数十個のパーツになった瞬間が写った。 最初に乗り込んで人数を点呼していた小隊長が、飛んできた片腕を掴み、肩口に彫られたトカゲの入れ墨を確認して叫ぶ。【今乗った徳永少佐(元中尉)で最後だ! アッツ島守備隊、陸海軍総員16名乗艦完了! 出してくれ!!】【了解! 駆逐艦『吹雪』脱出します!!】 カメラがゆっくりと海岸線を離れ始める。甲板のそこかしこから万歳三唱の大絶叫と発砲音が聞こえる。【なぁ艦娘さん! あんた以外の回収部隊はどうした!?】【全滅しました! それと、誰でもいいから航法士の方、海図読んでください! 道が分からないんです!】 吹雪が叫ぶ。小隊長も叫ぶ。そうしないと周囲の轟音で声が掻き消されてしまうからだ。【馬鹿言ってんじゃねぇ! そんならどうやってここまで来たんだよ!? ていうか俺達陸軍だぞ!? 地図は読めても海図なんか読めねぇよ!!】【ヌ級の変異種にやられたんです! 電子戦に特化したタイプ!! TACANもGPSレシーバーも通信デバイスも全部焼き殺されました! non-navsat羅針盤も動作不良おこして、艦隊のみんなも濃霧とそれではぐれた所を順番に――――】 吹雪の涙声の叫びをかき消すようにして、艦体のすぐ真横に巨大な水柱がいくつもいくつも立つ。そう遠くない距離に、何ともおぞましい姿形が最大の特徴である軽巡種の姿が複数映っていた。救助部隊に拾われたという安堵に心が緩んでいた兵士達が、その衝撃で精神的に打ちのめされる。【畜生! 折角島の外に出れたのに!】【もう嫌だ! 助けてくれ!!】【五月蝿ぇ! 黙ってゴリアス持って来いやバカ!!】 それでも心折れずに見張り役と迎撃を買って出ていた兵士たちが叫ぶ。【北からも南からもどんどん迫ってきてるぞ!!】【西だ! 西のキス島だ!! あそこがここいらじゃ一番防衛設備が整ってる! キス島の守備隊に連絡とれ! 籠城戦だ!!】【吹雪の通信装置は全部死んでますよ!?】【だから、脳内無線か生きてる野戦機持ってる奴なら誰でもいい! 死体でもいいからしょっぴいてこい!】【隼鷹、那珂、五十鈴ども! お前ら海図読め! 読めなくても何とかしろ!! でなきゃみんな死ぬぞ!?】【【【りょ、了解!!】】】【西! 西だ!! キス島に進路採れ!!】 あ、ごめん。バッテリー切れw そんな場違いな一言を最後に、映像はそこで終わっていた。 カメラが再び会場の隼鷹を映す。『……この後、あたしらは命辛々辿り着いたキス島でも包囲されちまってさ。救助部隊が来るまでの間、もう駄目だ、お終いだって何度も何度も思ったさ。でもよ、アンタの言った一言を希望に、もうちょっと、もうちょっとだけ頑張ってみよう。っていう気になれたんだ』 本土の土を踏んだ瞬間、生きてる、生きて帰って来れたんだって、陸軍さんもあたしらも関係無しに皆でわんわん泣き出してさ。今思うと恥ずかしいったらありゃしなかったね、あれは。と隼鷹は軽く笑って流したが、誰もが言葉を発せないでいた。『けどさ、こんなに頑張ってさ、何人も何人も見殺しにしてさ、それでもやっと帰って来たんだぜ? なのにさ、代表、アンタに約束の話してみりゃ『それは出来ない。カネも資材も全然足りない』ときたもんだ。南の島に週イチで送る分はあるのにさ。別の、第2橿原丸を建造する余裕だってあるのにさ。それに、それにさ――――』 隼鷹が再び指を鳴らす。『――――それにさ、何であたしらの戦いが無かった事にされてんだよ』 次に映ったのは、アッツ島でもキス島でもなかった。この撮影スタジオがあるビルの屋上ヘリポートだった。そこにはまた、別の隼鷹が一人で立っていた。『あたしら、頑張ったんだぜ。絶対帰るんだって、みんなで帰るんだって。それなのに、ようやく帰ってきたら本土の連中は戦争反対だの平和が一番だの……意味分かんないデモばっかりやっててさ、あたしらのやって来た事を頭ごなしに、どころかあたしらがいる事すら知ってないし。何の冗談だよ。おまけに――――』 隼鷹は一度、言葉に詰まった。『――――おまけに、おかえりの一言も無く、よくやったの一言も無く、司令部は補給を済ませたら、誰にも見つからないようにすぐに本土を出ていけの一点張り。それだけじゃない。出ていったら、そのまま腐れ谷に行けだと!?』 とりあえずの説明をしておくと、腐れ谷とは異世界の地名ではない。帝都湾の出口にあたる三浦半島からさらに南の沖に向かって伸びた海上道路の先にある、小さな半地下式の出島の事であり、同地に建設されている大規模ゴミ収集・処理施設の通称である。最近の若い子にはクズ底とか第2夢の島とか言った方が通りは良いのかもしれない。 そして、軍の関係者はあまり声を大にして語りたがらないが、そこには艦娘の艤装、および艦娘自体の処理施設も存在している。『ふざけんな! あたしらは、確かにもう人間じゃあない! でも、モノになった覚えも無い! あたしらにだって意思はあるんだ。認めさせてやる』 屋上の隼鷹が何事かを叫び、カメラが光と轟音に包まれた。 光が収まった時、そこには艦娘としての隼鷹の姿は無く、軽空母としての『隼鷹』があった。横から見ると細い菜箸で摘まんだコンニャクめいてビルの屋上で不吉にしなっていた。よくも折れたりしないものだ。 そんな軽空母が、物理法則にケンカを売った。『『『はぁ!?』』』 その映像が配信されている殆ど全ての街頭エキシビジョンで、電気屋のショーウィンドウで、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TVで、ネット配信で、横須賀鎮守府の控室の中にあるTVで、現場のすぐ近くにいたシャチク共が肉眼で。 コンニャクめいてしなっていた『隼鷹』が、何の音も手助けも無しに、ビルの上にて垂直に立ち上がって行ったのだ。そしてついには完全に垂直となり、今までビルに接していたはずの船底が完全に露わになった。 控室の中で齧り付きになって見ていた球磨と木曾には、この超常現象に心当たりがあった。「く、球磨姉! これ!」「うん。間違い無く『超展開』だクマ。でも、一人でどうして……?」 困惑する球磨ら軍関係者を余所に、スタジオの隼鷹が呟くように宣言する。『させない。絶対にさせない。あたしたちのあの戦いを、あの地獄を無かった事には、絶対、させない!!』 ビルの上で垂直に立った『隼鷹』が、音と光に包まれる。 ちょうどその時、連続バク転で海上を猛進撃していた飛龍と蒼龍は、先行していた別の――――彼女らとは別の鎮守府の――――艦娘達と進路が一緒になった。 超展開中の正規空母『赤城』と『加賀』 それが二人の名前だった。【ドーモ、カイ……赤城=サンに加賀=サン。飛龍です】【ドーモ、赤城=サン。ドーモ、加賀=サン。蒼龍です】 連続バク転を一度中断し、その勢いと慣性だけで空中を滑るほんの数秒間のあいだに飛龍と蒼龍は実際見事なオジギを決め、連続バク転を再開した。 対する赤城と加賀は、脇の下に指が収まるように腕を組んで――――寒さで指先の感覚を鈍らせないためだ――――上半身を全く微動だにさせず、代わりに残像が残るほどの超高速で両足を動かしながら海上を疾走していた。 加賀と赤城も更新されたIFF情報に目を通し、首だけを軽く2人の方に向けた。【走りながらで失礼します。お久しぶりです、飛龍さんに蒼龍さん。先週の合同演習以来ですね】【お二人もやはり、あの放送を聞いて?】【ハイ。違う鎮守府の手の者とはいえ、同じクウボです】【クウボの不始末は同じクウボが付けるべし。インガオホーというやつです】 それは少し用法が違うような……と思った赤城と加賀だったが、奥ゆかしくも口には出さないでいた。 一方の飛龍と蒼龍は、今の赤城の言葉でこの二人の所属先をふと思い出す。 ⇒驚愕する。 ――――まさかこの人達、さっきの放送を聞いて九十九里要塞線から駆け付けたの!? ――――まだ五分かそこらしか経ってないよ!? 驚愕するも、その仕草や表情には一切出さないでいた。それが奥ゆかしさである。 余剰エネルギーの嵐が晴れたそこにはもう、軽空母としての『隼鷹』の姿は無かった。 何だったのだ今のは。手品か? スゴイ級の手品なのか? そうざわめく野次馬らが、一瞬沈黙した。足の裏から、かすかな揺れを感じ取れたからである。「……地震?」 呟いた本人も、違うとはっきり認識した。普通の地震なり微震なら、このように規則正しく揺れたり収まったりを繰り返すはずが無いのだから。普通の地震なり微震なら、このように巨大な怪獣が歩く時のような音はしないはずであるのだから。 別の誰かが指さして叫ぶ。「あ、あれは何だ!?」 規則的な地揺れと共にビルの向こう側から現れたのは、艦娘としての隼鷹だった。外観は艦娘の時とそう大差なく、精々が左胸の心臓――――動力炉から燃えるような輝きの光が装甲越しにも見えている事と、手すきだった右手に酒瓶を握りしめているくらいのものであり、スタジオにいる隼鷹らとそう変わらない形状をしていた。「お、大きい……! 大きいねぇ!?」 ただ、そのサイズが異常であった。【隼鷹、超展開完了! 機関出力255%! 維持限界まであと1800秒!!】 超展開――――文字通り、展開状態の艦艇をさらに展開させることによって得られた、全く新しい戦闘艦の形態。一言でいえば艦娘を巨大化させただけともいえるのだが、それだけでないのが超展開の“超”たる所以である。 そしてそれは、提督と艦娘の二人が揃って初めて実行可能になるものであったはずだ。 スタジオの隼鷹が耳に仕込んだ小型インカムで訊ねる。『どうよ、調子は?』【いい感じだぜ~。聞いてたほどの違和感も無いしねぇ】 今この瞬間、この隼鷹の艦長席を覗いてみるとそこには、無数のケーブルで隼鷹と直結されている金属製の小さな円筒が一つ安置されているだけだった。 非カレン・非AP式補助デバイス。 Team艦娘TYPE内での開発コードは『ダミーハート』 それがこの円筒の正式名称であり、提督不在の隼鷹が超展開を実行できた理由である。『そいつぁ重畳。加賀さん達もこっちの予想通りに進んできてるそうだし、パーッっといこうぜ。パーッとな』 その言葉を聞いて、超展開中の隼鷹はスカートの中を撮影しようとしていた不埒者共を歩行時の風圧だけで吹き飛ばし、半ばパニック状態になって蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出したシャチクや野次馬らを余所に、夜のビル街を闊歩し始めた。その左右それぞれの足裏には『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字が青白く輝いていた。 隼鷹が呟く。【……そうだ。パァーッとだ。パァーッっといこう。アッツ島で、キス島で死んでいった皆のためにも派手にいこう】『そうだとも。あの島々からでも、あの島々で眠っている皆からでも見えるくらい、派手にいこう』 隼鷹達が睨み付けるその視線。それは、帝国郵船の本社ビルがある方角を向いていた。 ちょうどその時『赤城』『加賀』『飛龍』『蒼龍』の、かつてのミッドウェーを彷彿とさせる空母4人娘達は、交戦していた。 最寄りの鎮守府から確実に出撃してくると予測されていたこの4人を足止めするために配置されていた、別の隼鷹達だった。【【【【ドーモ、正規クウボのお歴々。隼鷹でーす】】】】【ドーモ、隼鷹=サン。飛龍です】【ドーモ、隼鷹=サン。蒼龍です】 艦娘本来の姿である戦闘艦状態に展開・解凍された軽空母『隼鷹』から届いた単距離光学通信に対し、連続バク宙で海上を進んでいた飛龍と蒼龍が反射的に足を止めオジギを返した。 一方の加賀はアイサツを返す暇も惜しいと背負っていた弓を抜刀。誰かが『スゴイシツレイ!』とたしなめるよりも先に弦を弾いた音が辺りに響き渡る。同時に、肩部の着艦用飛行甲板に爆撃機『彗星』による第一次爆撃隊が帰還するところであった。【……どこぞの五航戦は理解していないようだけど『アウトレンジで…決めたいわね!(CV:ここだけ野水伊織)』そう思った時にはもう、攻撃部隊は帰投していなくてはならない。それが一航戦】 直後、行く手を遮っていた隼鷹達のスクリューシャフトと飛行甲板から同時に爆発。【【【【ンアーッ!?】】】】 全ての隼鷹達は、全くの同じ個所に全くの同時に着弾した対艦用の大型爆弾によってたちまちに無力化された。 超展開中の副次的な恩恵として意識容量と処理能力が大幅に上昇しているはずの飛龍と蒼龍ですら、何が起こったのか理解できない速度の早撃ちだった。イッコーセンズ・ワザマエ!【あの一瞬であれだけの数のカンサイキを発進・攻撃・帰投だと……!? 何というワザマエ!】【! 赤城=サン! 危ない!!】 加賀の攻撃部隊が着艦したほんのわずかなスキを縫って、前方を遮っていた隼鷹らとはまるで違う方向から、九七式艦攻が超高空からのウミドリ・ダイブ! 火煙を上げつつも、なおも攻撃部隊を発艦させようとしていた隼鷹らのボトム・ヂカラを警戒していた赤城は、上空から迫る魚雷にまるで気が付いていない。 一航戦奥義、二指真空把!! 赤城が爆発的なクウボ速度で真上に振り向き、ヒサツ・ジツをシャウト。鳥のフンめいて落下する魚雷を2本の指だけで器用に摘んで捕獲すると、一寸のタイムラグも無くそのまま九七式艦攻に向かって手首のスナップだけで投げ返し、主翼の一部を破損させる。【【ワザマエ!!】】 続けて加賀が、何も持っていない左手を九七式艦攻に向けて指をSNAP! それによって生じたCIWS――――加賀特有の異常排熱に指向性を持たせた不可視の熱衝撃波――――によって、そのまま九七式艦攻を木端微塵に蒸発させる。【やりました】【【ワッザ!?】】 ゴウランガ! 最早一航戦なら何でもありか! イッコーセンズ・ワザマエ!「じゅ、隼鷹さん本気で何考えてんだ!? あれじゃあ自分たちの存在を認知されるどころか、存在抹消されちまうんじゃねぇのか!?」「クマー……多分、逆だクマ。ここまで騒ぎを大きくしたら、もうクローンの存在も、戦争の事実も隠し通すことは出来なくなるクマ。きっとそれが狙いクマ」 2番目の綾波の時も、神通さんの時も、下手に逃げ隠れしようとして失敗したクマ。と球磨は呟いた。 あの隼鷹らとて、頭では理解しているのだ。戦争をしているという事実を知らないからこそ、ここまで本土は平穏でいられるのだと。そして、その平穏を壊す自分達こそが悪役であると。 だが、納得出来なかった。自分たちの戦果を、存在を、ただ認めてほしかった。 私達は、隼鷹は、ここにいる。 たったそれだけの事なのだろう。「さっきの隼鷹達、1f期北方派兵組って言ってたクマ。丁度球磨と入れ替わりでアッツに向かった連中だクマ。まさか1年とちょっとであそこまで押されるとは思っても無かったクマ」「そういえば球磨姉は確か……」「そうだクマー。数少ない出戻り組だクマ。こっちの球磨がスタジオの事故でリタイアしたから、そのまま原隊から外されて入れ替わりだクマ」「あー。球磨姉って、何か前の球磨姉より姉ちゃんらしいからすっかり忘れてたなぁ」「そりゃ嬉しいクマ。……でもね、木曾。球磨は、あいつらの言ってること分かるクマ。この横須賀鎮守府に来てから、いったい何度お前らをハッ倒そうかと思ったか覚えてないクマ」「え?」 突然の告白に、木曾が硬直まる。「たまのオフで街に出ても大体同じような感じだったクマ。球磨達が血反吐吐いてハラワタ零して、仲間の死体踏みつけて戦って、ようやく帰って来たのに、道ですれ違うどいつもこいつも、何平和ボケしたアホ面晒してやがる。ってな感じだったクマ」 実際、半年くらい前までは球磨もあの隼鷹達とおんなじ考えだったクマ。と球磨は言い、でもね、と続けた。「でもね。ある日気が付いたクマ。そういう平和ボケできるような、そういうぬるま湯みたいなこそ場所が、球磨達には必要だったんだって事にクマ。戦って、戦って、最後まで戦い抜いて、ただいまー。って言えるような場所があれば、大丈夫なんだクマ。それを守るためなら……どんな事だって出来るんだクマ」「球磨姉……」「だから安心するクマ。球磨は、このぬるま湯のような今の生活が大好きクマ。だから、あの隼鷹達の考えには賛同しても、木曾たちの敵に回るようなことはし――――」 球磨の言葉は、突如として鳴り響いたサイレンの音に掻き消された。 その音は、横須賀鎮守府内だけではなく、帝都湾に面する一帯全てに鳴り響いていた。『緊急放送。緊急放送。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。気象衛星『あっつざくら』より緊急入電。帝都湾内に深海凄艦出現。帝都湾内に深海凄艦出現。構成、駆逐イ級2、軽母ヌ級1。繰り返す。帝都湾内に深海凄艦出現。横須賀艦隊第一種戦闘配置。横須賀艦隊第一種戦闘配置――――』 隼鷹達の使っていた上書き電波すら塗り潰す最優先周波数。 街頭モニタ、街角の電気屋のショーウィンドウ、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TV、ネット配信、横須賀鎮守府の控室の中にあるTV、現場のすぐ近くにいたシャチク共に配られていた社用のケータイ、そして球磨と木曾の持っていたスマートフォンにすら。 問答無用で切り替えられた全ての通信インフラには『Emergency Warning System! 国民国家の安全保障に関わる緊急事態放送です』のテロップだけがエンドレスで放送されていた。「クマー……帝都湾で警報鳴るとか、もう笑えねークマ」『繰り返す。帝都湾内に深海凄艦出現。横須賀鎮守府、全艦隊出撃準備』 出撃。 有るはずが無い。本土にいる自分達には出撃命令なんて絶対に無い。 それは、出戻り組の球磨を除いた、横須賀鎮守府配備の全ての艦娘達が懐いていた共通幻想である。 そしてここ――――横須賀鎮守府内には球磨達がいる以外にも各チームごとの控室があり、艦娘達が待機しているはずである。だが、他所の控室から聞こえてくるのは、緊急放送とサイレンの音だけだった。今そこに迫った実戦という名の恐怖に、誰も、何も言えなかった。長門や天龍と言ったような、かつての歴戦の猛者達の化身ですら。「球磨姉さん!」「球磨姉!!」 ドアを蹴破らんばかりの勢いで控室に飛び込んできたのは、Team艦娘TYPEの19番と20番、傘下チーム『くそれずテクニック』の『大井』と『北上』である。何故にかは不明だが北上は普段の緑色のセーラー服ではなく、自動車工が作業中に着るようなツナギを着ていた。「おう、お帰りだクマー」 球磨は片手を上げて、部屋に飛び込んできた二人に挨拶を返した。普段と全く変わらないその仕草に、大井と北上の二人が安堵とも脱力とも取れる大きな溜息を洩らした。「……球磨姉さん、全くブレてないわね」「まー、逆に安心できたかな。私ら的にはさ」「クマッマッマッマー。球磨はお前らのお姉ちゃんだクマ。ドンッ☆ と構えて、妹たちを安心させてやるのが球磨のお仕事だクマ。……ところで、プロデューサーもとい艦隊指揮官殿は裏のドックかクマ?」 普段の間の抜けたような表情を消し去った球磨が北上達に聞いた。優しかったはずの姉が初めて見せた戦士としての表情に、北上達はおろか木曾までもが一瞬怯えた。「え、ええ……しゅ、出撃だって。でも、なんで、球磨姉さんだけ……!?」『業務連絡。業務連絡『球磨型軽巡ズ』の球磨は直ちに出撃ドッグに集合せよ。他の艦娘は全て控室にて第2種待機』 第2種待機――――出撃した連中がやられた場合に備えて、いつでも出撃できるようにしておけ。という意味だ。 そしてこれから出撃するのは、球磨その人に他ならない。「ま、当然だクマ。今のお前らじゃ初陣飾るどころか敵に首級くれてやるようなもんだクマ。まぁ、球磨姉ちゃんの戦い方、よーく見ておけだクマ」 妹達の不安げな視線を余所に、放送を聞いた球磨が控室を後にする。 ドックに向かう最中、左右の控室の僅かに開いたドアの隙間から覗いていた艦娘達は、誰もが球磨を宇宙人か何かを見る目で見つめていた。気に入らない。とばかりに球磨が振り返って叫ぶ。「オメーらもだクマ!! チャンネル合わせ間違えんなクマ!!」 そして、その緊急放送は海上の加賀達にもしっかりと伝わっていた。【……嘘、そんな】【本土に、深海凄艦が!?】 嘘でも冗談でもなかった。横須賀のある方角からは、南風に乗って微かにサイレンの音が聞こえて来ていたし、当の加賀達に搭載されているPRBRデバイスにもhitしていたからである。そして、港湾付近で立て続けに起こっている爆発の光や音も。 少なくとも、加賀達が知る限りでは帝都湾の港湾部には、何かしらの防衛設備が隠蔽されている。という事実は無かったはずだ。【……分かってる。うん。今から言うとこ。あのー……正規空母の皆さん、ここは一時休――――】【【wasshoi!!】】 無線でスタジオの隼鷹達と何事かを話し合っていた隼鷹達が最後まで言い切るよりも先に、飛龍と蒼龍が掛け声一閃。軽空母としての隼鷹の艦体を肩に担いで海上を爆走し始めた。因みに一航戦の二人は時既に水平線の近くだ。【【【【ア、アイエエエエエエェェェェェェ……】】】】 何とも情けない隼鷹達のドップラーシフトだけをその場に残して、夜の海の上に再び静寂が訪れた。 すでに、港湾部の一部は地獄の様相と化しつつあった。 よりにもよって、護衛の駆逐イ級に守られた軽母ヌ級が吐き出した小型飛行種が、映像の中にあった対人戦に特化した例の羽虫こと超小型種だったからである。通常の飛行小型種よりもずっと小さいという事は、それだけ大量に運べるという事であり、戦艦どころか駆逐艦の装甲ですら凹ませるのがやっとの生体機関砲も、生身の人間相手ではオーバーキルもいいところだ。 そして、本土の人間達が、これを映画の撮影か何かとしか認識していなかったのが、この悲劇の被害を最大限に引き延ばした。「あ」 誰かが呆けたように目の前に強行着陸した超小型種を見上げる。対する超小型種は、一片たりの動揺も見せずにブレード状に奇形化した前腕でそいつを踏み貫いて殺し、絶叫を上げて逃げ惑う市民達を片っ端から銃撃で粉微塵のミンチに変え、急行した中量2脚型の鍋島Ⅴ型に蜂の巣にされるまでの間に3人を斬り殺した。 おまけに護衛の駆逐種も支援とばかりに地上に向けて砲撃を敢行。直撃を受けた高層ビルから瓦礫やガラスの破片が逃げ惑う人々の頭上や行く手に次々と落下し、ただでさえ進んでいない避難がさらに困難なものと化し、被害が拡大していく。【クソッたれが! みんな逃げろ!】 超展開中の隼鷹が酒瓶を傾ける。ぐびりと一口飲み込むと同時に自我コマンドを入力。スタンドアロンモードで稼働中だった全艦載機――――モヒカンさん達の解凍作業をRUN。保存容器内に充填されていた液体状のエネルギー触媒が隼鷹の艦体内で反応を促し、左袖から伸ばされた巻物状甲板から、青白い発光現象と放電現象が発生した。飛鷹や隼鷹、龍驤などに代表されるような、陰陽師系スタイルの軽空母が超展開中に艦載機を発艦させる際に見られる特有現象だ。『警視庁に連絡付けろ! 交通整理と避難誘導急げ!』【陸軍さん! あたしは空をやる! こっちはまかせた!!】『海軍さん! 俺達は着陸した連中から仕留める! そっちは頼んだぞ!!』 この時点で、テロを起こした隼鷹らも、事態鎮圧のために出動してきた陸軍も無かった。<ヒャッハー! 橿原丸お嬢様ー! 全艦載機出撃準備完了!!><ヒャッハー! 装備は全員対空戦闘用の九六式艦戦! データリンクシステム異常無し!!><ヒャッハー! 俺達さっきまでコッソリ酒飲んでたけど、飛行機が飲んでも飲酒運転になんのかなぁー!?> 隼鷹の飛行甲板上に、プロペラ飛行機の被り物を被ったモヒカンさん達が一糸乱れず整列していた。報告を受けた隼鷹が間髪入れずに出撃プログラムをRUN。『全艦載機――――発進!!』 飛行甲板からエネルギーを充填され、全身から青白く放電するにまで至ったモヒカンさん達が両手を肩まで上げ、指先まで真っ直ぐに伸ばす。やりすぎたオジギの様に腰を90゚ 近くにまで曲げる。その体勢のまま、口々に叫んで走り出す。<ぶるんぶるん、ぶるどどっどどどどどどどどどどど!><きいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃん!!><ヒャッハー! コンターック!> 中々に悪夢めいた光景だが、当のモヒカンさん達も隼鷹も、いたって大真面目である。そして飛び出したモヒカンさん達が空中でくるりと一回転すると、そこにはヒャッハーヒャッハー言っていた生身のモヒカンさんの姿は無く、無人座席のまま空を飛ぶ復刻戦闘機――――九六式艦上戦闘機の姿だけがあった。 次々と戦闘機本来の姿に解凍されたモヒカンさん達が、超低空で次々と海上から市街地に侵入しようとしてきていた超小型種の迎撃を始める。<ヒャッハッハッハッハー! やっぱこっちの姿の方が性に合ってるなぁ!!><ヒャッハッハッハッハー! こっちに飛んできてるのが深海凄艦! 落とされたのが良い深海凄艦だ!!><ヒャッハッハッハッハー! 帰ってきたら地上の水で乾杯じゃー!!> 次々と超小型種が落される。迎撃網をすり抜け、あるいは半死半生で地上に降り立った者らには陸軍の鍋島Ⅴ型からの集中砲火が待っていた。さらに市街地深くにまで進行していた種に対しては、艦娘状態のままテロに参加していた隼鷹らが対応した。元々彼女達が居たアッツ島では、艦娘なのに海に出る事すら許されない超劣勢の戦いを強いられていたのである。歩兵用の重火器の扱いなどもう手慣れたものである。 陸軍のジープや警察車両に相乗りして急行し、手ごろな獲物を見つけては背後から分隊支援用の重機関銃やゴリアス・ランチャーを担いで接近し、羽虫が振り向いたり飛び立ったりするよりも先に次々と撃破していく。もう手慣れたものである。 ジープの運転手が無線でやり取りしながら相乗りしていた隼鷹らに叫んだ。「おい艦娘さん!」「何!?」「上陸してきた連中はひとまず片付いたみたいだ! だが、沖合のデカブツが砲撃し続けてる、あれをどうにかせにゃならん!! さっきのでっかい艦娘さんは!?」「時間切れ!!」「何だって!?」 お互い、そこそこの至近距離だというのに叫んだままのやり取りである。銃砲撃の轟音で、耳が一時的に遠くなってしまったのだろう。「だから、超展開の、維持限界だってば! 羽虫はほとんど撃ち落したけど、陸の上で座礁しちゃったから移動できないの!!」「つまり、どういう事だってばよ!?」 目の前に不意撃ちで広がった爆風に煽られ、ジープが横転する。駆逐種の砲撃。 横転し、頭を強打して意識が遠のく瞬間、彼らは見た。 この暗い夜では一際目立つ、巨大な閃光と轟音の中から、巨大な人影が立って出たのを。 そしてその巨大な影は、何とも間抜けな声で『(球磨からは泳いで逃げても無駄だ)クマー』と叫んでいたのを耳にしながら、彼らは気絶した。 本日の戦果: 駆逐イ級 ×2 軽母ヌ級 ×1 超小型飛行種 ×200強(※小型飛行種は撃墜手当に含まれず) 帝国臣民が、対深海凄艦戦争の現実を認識しました。 帝国本土近海における、深海凄艦の脅威指数が急上昇しました。 南方海域ブイン仮設要塞港(ブイン基地)と、本土の一部企業の癒着が発覚しました。 各種特別手当: 大形艦種撃沈手当 緊急出撃手当 國民健康保険料免除 以上 本日の被害: 軽巡洋艦『球磨』:中破(横須賀鎮守府所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱、ネイルアート一部破損) 空母『赤城』:小破(九十九里浜要塞線第99要塞所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱、液体軟骨異常劣化、燃料枯渇) 空母『加賀』:小破(九十九里浜要塞線第99要塞所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱、液体軟骨異常劣化) 空母『飛龍』:中破(有明警備府所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱。提督死亡) 空母『蒼龍』:中破(有明警備府所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱。提督死亡) 軽空母『隼鷹』:小破?(超展開実行艦。逃走中につき詳細不明) 軽空母『隼鷹』x6:鹵獲(旧アッツ島守備隊所属。解体後、TKTに身柄引き渡しの事) 軽巡洋艦『那珂』:鹵獲(旧アッツ島守備隊所属。解体後、TKTに身柄引き渡しの事)軽巡洋艦『五十鈴』:鹵獲(旧アッツ島守備隊所属。解体後、TKTに身柄引き渡しの事) 空母『翔鶴』:轟沈(詳細不明。KIA) 空母『瑞鶴』:轟沈(詳細不明。KIA) 各種特別手当: 入渠ドック使用料全額免除 各種物資の最優先配給 特記事項 対深海凄艦戦争の公表に伴い、横須賀、呉、佐世保、舞鶴の各鎮守府にて、第15次新規提督の募集を開始しました。 前任者死亡につき、有明警備府にて新規提督急募中。2名までの採用を予定しております。 詳しくはお近くのTeam艦娘TYPEまで。 以上 本日のNG(没)シーン1「だから安心するクマ。球磨は、このぬるま湯のような今の生活が大好きクマ。だから、あの隼鷹達の考えには賛同しても、木曾たちの敵に回るようなことはし――――」 球磨の言葉は、突如として鳴り響いたサイレンの音に掻き消された。 その音は、横須賀鎮守府内だけではなく、帝都湾に面する一帯全てに鳴り響いていた。『緊急放送。緊急放送。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。気象衛星『あっつざくら』より緊急入電。帝都湾内に深海凄艦出現。帝都湾内に深海凄艦出現。構成、駆逐イ級2、軽母ヌ級1。繰り返す。帝都湾内に深海凄艦出現。横須賀艦隊第一種戦闘配置。横須賀艦隊第一種戦闘配置――――』 隼鷹達の使っていた上書き電波すら塗り潰す最優先周波数。 街頭モニタ、街角の電気屋のショーウィンドウ、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TV、ネット配信、横須賀鎮守府の控室の中にあるTV、現場のすぐ近くにいたシャチク共に配られていた社用のケータイ、そして球磨と木曾の持っていたスマートフォンにすら。 問答無用で切り替えられた全ての通信インフラには『Emergency Warning System! 国民国家の安全保障に関わる緊急事態放送です』のテロップだけがエンドレスで放送されていた。 しかし次の瞬間、更なる上書き電波によってその放送は変更された。『すぐに復帰します』『これは那珂ちゃん改二の予定された野外ライブの一環であり全く心配がない』『TKT驚異の科学力』 意匠化された『TKT』の文字をバックに、力強さと奥ゆかしさを併せ持つミンチョ体の白文字で、欺瞞に満ちた説明文が簡素に流れてゆく。しかし愚民は誰もそれに異を唱えない。 否! その欺瞞に対したった一人だけ『No!』と力の限り叫ぶ者がいた!「ワッザ!? ワタシ!? ワタシナンデ!?」 当の那珂ちゃん改二型ご本人だ。「プ、プロデューサー=サン! こは何事ぞデスカ!?」「那珂=チャン。ドーカ落ち着いて下さい。今から説明しますのでご静聴重点で」「アッハイ」 横須賀鎮守府の提督もといプロデューサーが、近くにあったパイプ椅子を那珂ちゃんに進める。椅子にちょこんと座った那珂ちゃん(改二)は、ポットに入ったニソクサンモン社製の合成マグロ・フレーバーのパック紅茶を一息すする。 深海凄艦によって制海権を握られ、魚を初めとした各種海洋資源の入手が絶望的となった現在の帝国では、このような合成品のマグロ・フレーバーですら高級品なのであり、一昔前まではごく普通の家庭でも入手の容易だったオーガニック・マグロは今や同体積の金やタナトニウムと取引されるようになり、ツキジなどに代表されるような各種漁港や市場は、数多くの冷凍オーガニック・マグロが眠るエル・ドラド(黄金港)とされ、各種勢力が入り乱れて争う無法地帯となっている。「それでは説明します。この後すぐ那珂=チャンは裏のドックで私と一緒にボートに乗って出航。沖合で展開し、そのまま私を乗せてから超展開を実行した後、カメラさんと照明さんのスタンバイを待ってから――――」「だからなんで私が闘う事前提なのですー!?」 那珂ちゃん悲鳴同然の絶叫は、鳴り続けるサイレンの音によってあっけなく掻き消されて行った。 本日のOKシーン【やったー! ウチ大活躍や―!! まさか最新鋭艦の翔鶴はんと瑞鶴はんの二人を相手に勝てるなんて夢みたいや! 艦載機の皆もありがとうなー!! ……って、生き残ったのまたキミだけかー。……うん。そやね。また追撃隊が来る前に退散しよか。……はぁ、久しぶりに会いたいなぁ。水野少佐……」 今度こそ終れ。