<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

エヴァSS投稿掲示板


[広告]


No.29540の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完【完結済】[dragonfly](2023/06/22 23:47)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話[dragonfly](2012/01/17 23:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話[dragonfly](2012/01/17 23:31)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話[dragonfly](2012/01/17 23:32)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話[dragonfly](2012/01/17 23:33)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話[dragonfly](2021/12/03 15:41)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話[dragonfly](2012/01/17 23:35)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話[dragonfly](2012/01/17 23:36)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話[dragonfly](2012/01/17 23:37)
[9] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1[dragonfly](2012/01/17 23:38)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話[dragonfly](2012/01/17 23:40)
[12] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX2[dragonfly](2012/01/17 23:41)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[14] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX1[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[15] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX9[dragonfly](2011/10/12 09:51)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾壱話[dragonfly](2021/10/16 19:42)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話[dragonfly](2012/01/17 23:44)
[18] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #2[dragonfly](2021/08/02 22:03)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話[dragonfly](2021/08/03 12:39)
[20] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[22] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5[dragonfly](2012/01/17 23:49)
[23] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX4[dragonfly](2012/01/17 23:50)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[25] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[26] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[27] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[28] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX3[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[30] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[32] シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール[dragonfly](2021/04/30 01:28)
[33] シンジのシンジによるシンジのための 保管 ライナーノーツ [dragonfly](2021/12/21 20:24)
[34] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX7[dragonfly](2012/01/18 00:00)
[35] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX8[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 オルタナティブ[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[37] ミサトのミサトによるミサトのための 補間 #EX10[dragonfly](2012/01/18 00:09)
[40] シンジ×3 テキストコメンタリー1[dragonfly](2020/11/15 22:01)
[41] シンジ×3 テキストコメンタリー2[dragonfly](2021/12/03 15:42)
[42] シンジ×3 テキストコメンタリー3[dragonfly](2021/04/16 23:40)
[43] シンジ×3 テキストコメンタリー4[dragonfly](2022/06/05 05:21)
[44] シンジ×3 テキストコメンタリー5[dragonfly](2021/09/16 17:33)
[45] シンジ×3 テキストコメンタリー6[dragonfly](2022/11/09 14:23)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 幕間[dragonfly](2022/07/10 00:12)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29540] シンジ×3 テキストコメンタリー1
Name: dragonfly◆23bee39b ID:838af4c9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/11/15 22:01
前置き
一人称に拘ったこの作品は、それ故に説明不足な点や読者に開示してない情報などが多々あります。また、作劇上割愛したシーンも少なくありません。
個人的にこの作品を振り返ってみたかったこともあり、裏設定などの解説を加えてオーディオコメンタリー風にまとめてみました。

(大変な時期ですね。自宅待機など息詰まることも多いかと思い、一時の玉箒になればと願ってお蔵入りしていたテキストをUPいたします。続編でも新作でもなくて申し訳ありません。m(_ _)m 早く事態の終息があらんことを)

(あと、Twitterはじめました。@dragonfly_lynce)







シンジのシンジによるシンジのための補完 プロローグ by Dragonfly
日時:2006/07/10 18:30 名前:Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
 
 

気が付くと、膝を抱えてうずくまっていた。
 
目の前が赤い世界でないことを、心がようやく認識したのだ。
 
『…どこだろう』
 
白い部屋。壁はクッションのように柔らかそう。
 
真正面に扉。驚いた様子のお兄さんが慌てて何処かへ。
 
胸元に無骨な銀の十字架。 
 (具体的な素材は不明だったので、象徴的に銀とした)
『ミサトさん…の?』
 
おかしい。この十字架は墓標代わりにしたはずだ。手元に有るわけがない。
 
押さえつけるように十字架を握りしめて、その手の大きさに違和感を覚える。
 
さらには十字架越しに伝わってくるささやかな弾力。
 
襟首を引っ張って中を確認しようとしたその時、扉が開いた。
 
「気が付いたようだね」
 
「あっ!はい… !!!」
 
「驚くのも無理はない。君は2年もの間、心を閉ざしていたのだからね」
 
確かに驚いた。だけど、そのおじさんが話し掛けてきた内容についてじゃない。
 
返事をした声が、自分のものではなかったからだ。甲高い女の子のような声。
 
だけど聞き覚えのあるような声。
 
「大丈夫。何も心配は要らないよ。葛城ミサト君」

「ええぇぇぇぇぇ!」
 
思わず絶叫した。
 
記憶に有るよりちょっと甲高いが、それは間違いなくミサトさんの声だった。
 (年を取ると声が低くなるので原作ミサトより高いとしたが、自分の声は低く聞こえるので実際のところは微妙)
 
                                        はじまる
 


シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話 ( No.1 )
日時: 2006/08/04 18:49 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


特別非常事態宣言で足止めをくらったリニアトレインから独り、線の細い男の子が降り立った。
 (状況的に貸し切りも同然の状態だったのではないかと推察。リニアトレインから降りたら直接シェルターに行くのが正しい行動だと思われるが、原作でシンジは電話をかけようと駅から出ている。
そのコトを知っていたので、リニアトレインの到着にあわせてホームまで迎えに来た。そのことの説明がないのはこの時点ではもうミサトの意識には上って来ないことと、初っ端からグダグダ説明したくなかったから)
その頼りなげな姿に泣きたくなる。彼の行く末に同情して、自分の思い出に苛まされて。
 (自分がミサトになったことを未だに受け入れきれていないため、内心ではシンジのことを彼、自らのことを自分と呼ぶ)
 

彼を迎えにくるにあたって、彼女との出会いを再現すべきかどうかは悩みどころだった。
 
だが、あのタイミングで車を滑り込ませるのは偶然に頼るところが大きすぎる。
 
かといって、狙ってできることではない。
 
それに、自分には彼女のような車道楽はなかった。
 
操縦技術に自信はないし、所有車もあんなスポーツカーじゃない。
 
ドイツ時代に小回りの利きそうな車を選んだら、実はあの青いスポーツカーと同じメーカーだった。というのには苦笑したが。
 (車種はルノー・サンク。ドイツ車でないのは中古車から選んだ結果の偶然としているが、もちろんご都合主義)
そもそも、開けっぴろげでフレンドリーな彼女の性格を、自分では再現できなかった。
 
ずけずけと乗り込んできて問答無用で絆を結ぶ。しかも固結びで。
 
人付き合いが苦手な自分には、これはこれで悪くないアプローチだった。と今なら思う。
 
だが、固く結んだ紐は、引き離そうとすれば時間をかけて解くか、切るしかない。
 
距離を置きたいと思ったときに、相手を徹底的に拒絶しなければならないのは当時の自分としてはかなり堪えた。
 
めげることのない彼女だからこそ、気にもしてなかったような顔して再び強引に絆を結びなおしてくれたが、自分にそれは難しい。
 
拒絶されると、自分自身を否定されたようで怖くなる。
 
事態を悪化させたくない一心で、近寄ることすらできなくなるのだ。
 
そんな自分に、あんな大胆不敵なコミュニケーションは採りようがない。
 
だから、自分にできる路線を選ぶしかなかった。
 (この作品を書き始めるにあたって、ライトノベル調に一文を短く改行をこまめにするよう意識した。また、改行ピッチを選べなかった都合で空白行を差し挟んだため密度が薄い)
 
 
「碇シンジ君ね?」
 
なるべく優しい声音で話し掛ける。彼は他人が苦手だ。ありていに言えば怖い。
 
だから、害意がないことを精一杯アピールする。
 
「あっ はい …あなたは…?」
 (つまりは原作と違って写真を送ってないということ。明記してないが、このミサトは少々写真が苦手。これは後のユイ篇で鏡嫌いにレベルアップする)
警戒する口調。
 
見知らぬ土地で名前を呼びかけられれば当然か。
 
でも、勝手知ったる自分の過去だ。準備に抜かりはない。
 
白いワンピースはシンプルにAライン。
 (なぜAラインかというと、そのほうが胸元を強調せずに済むから)
メイクはナチュラルに。
 
つばの広い帽子。
 
視力が両眼1.8でなければメガネをかけただろう。
 (射撃は得意。ということにしてあるので、それに合わせて目もいい。とした)
伊達メガネでいいから用意すべきだったか?いや、さすがにあざとすぎる。
 (ギャップによるウケねらいと、憑依のせいでイメージが変わった?とミスディレクションも込みで、本来のミサトとは逆のイメージを)
 
父さんに捨てられたばかりの頃。夕闇迫るなか独りで砂のピラミッドを作り上げた。
 
そのとき希求した、自分を気にかけてくれる存在。
 
独りぼっちの自分を心配し、優しくしてくれる名も知らぬお姉さんを妄想した。
 (不遇な子供が優しい庇護者を妄想するのはよくあること。女性であるのは話の都合上)
無論そんな存在が現れるはずもなく、砂のピラミッドを蹴り崩したが。
 
 
「私は葛城ミサト。あなたを迎えに来たの」
 
ふんわりと微笑む。あのお姉さんのイメージで一所懸命に練習した微笑み。
 

彼の頬がほんのりと紅くなった。
 
 
(実はこの場面を、原作1話の幻影綾波よろしくリリスが見ていた。としている
因みに当シリーズでは、原作1話の幻影綾波を、シンジのデジャブ(一種の記憶障害で、後に体験したことを事前に体験済みと錯誤すること)としている。もしあの時点でシンジが本当に綾波を目撃していたのなら、後のアンビリカルブリッジでそうと気付き、何らかのリアクションがあるべきなので)
**** 

 
「あれが使徒…ですか…?」
 (タイムテーブル的には、原作のシンジがサキエルを見たのと同タイミング。としている。つまり、巡航ミサイルが当った辺り)
「そう。人類の敵、とされる物よ」
 (乗車した時点で帽子は脱いでいる筈だが、今更描写しようがないので割愛)
山越えの自動車道の途中、遠目に怪物を見せるために車を停めた。
 
この時点で与えられる情報は道すがらに話している。
 
「僕に…アレと戦えって言うんですか?」
 
彼の押し殺した声に、遠い記憶を呼び起こされて、うつむく。

「ごめん…なさい」
 
目頭が熱くなる。
 

優しい少年だと、よく言われた。
 
だが、それは弱いだけだった。
 
傍らで泣かれると、泣かしたことへの責任、慰められない無能さをなじられそうで怖かった。
 
だから、他人が泣かないよう、他人を傷つけないよう、…警戒した。
 
泣かれてしまうと、何もできなくなって何も考えられなくなって立ち尽くした。
 

その弱さを利用するための演技だったはずなのに、涙がこぼれるのだ。
 
全ての始まりたるこの日が、自分にとっても未だ辛いのだと自覚させられる。
 
いや、加害者の側に立った今の方がより辛いのかもしれない。他人を非難できない分だけ。
 
あの時の彼女も辛かったのだろうか…?閉ざされたままの彼女の心が応えてくれないかと、本気で願った。
 
「ミサトさん。泣かないで下さい」
 
彼の声に我に返る。本気で泣き伏してしまったらしい。ここに来てから鍛えられてきたつもりだったけれど、自分の心は弱いままだ。いざという時の覚悟……、いや、開き直りが足りてない。
 
取り出したハンカチで目尻をおさえた。
 
「ごめんなさい。泣きたいのはシンジ君の方なのに…作戦部長失格よね」
 
「いえ…」
 
盗み見るような視線を感じる。人の顔色をうかがっているのだろう。
 
「僕のために…泣いてくれたんですよね?」
 
頷いた。自分のための涙は、まだこの時なら彼のために流したのと同義だ。
 
そのくらいの欺瞞は赦して欲しい。
 
言われるより言う方が辛いこともあると、気付いたばかりなのだから。
 
「…僕に出来るんですか?」
 
「あなたにしか出来ないわ。今ここでエヴァを操縦できる可能性を持つのは、シンジ君だけなの…」
 
彼の視線を受け止める。あくまで優しく。
 
「私、むりやり適格性検査を受けたことがあるのよ。子供たちを戦わせずに済む可能性が1%でもあるならって。自分がベストを尽くしてないのに、子供たちに「命令」なんて出来ないって」
 
案の定、「命令」という言葉に反応した。己を無視する言葉。自分を見ずにかけられる言葉。優しくない言葉。言われる者に、…言う者に。
 (元来、命令と言うものは、命じた者が責任を持つということであって悪い言葉ではない。軍人同士なら。だがエヴァの世界観で、ミサトと子供たちの関係の上では意味をなさないこととして、悪い意味としてのみ描写している)
「…「命令」すればいいじゃないですか…戦えって。ベストを尽くしたんなら言えるんじゃないですか?」
 
かつて自分が口にしたことのない言葉は、しかし容易に理解できた。この時点ではまだ、当時の自分と彼に大きな違いはない。
 
幼稚な皮肉は彼の甘えなのだ。そうして相手を試す。相手との距離を測る。
 
ここで命令すればエヴァに乗るだろう。「逃げちゃダメ」と逃げ道をふさげば戦いもする。だが、それは彼を追いたてて、破局へ導く詰め将棋の最初の一手と化す。
 (これはこのシリーズのスタンスでもあるが、ミサトはシンジの心さえ毅ければあの悲劇を回避できたと考えている。そのことへの矛先が周囲に向かないのがシンジであろうし、13年の人生経験でもある。としている)
大人の苦悩を知らされず。自分の苦悩を無視されて。そうして自分は世界を拒絶した。悩んでるのは自分だけだと、世界が自分を悩ませるのだと、思い込んで。
 
視線をそらす。握り締めたロザリオ。それは自分に逃げるなと「命令」した彼女の物。そして彼に戦えと「命令」すべき自分が背負うべき物。
 (この作品でエヴァ原作と最も異なるのは当然このミサトなので、オリジナルの癖を持たせた)
彼女は悩んだはずだ。それを教えてくれなかっただけで。
 
自分は悩まない。でも悩んでいる振りをする。
 
自分の欲している物を持っていて与えてくれなかった彼女と、彼の欲している物を持ってないくせに差し出す振りをする自分。
 
どちらが酷いか、言うまでもない。
 
これは、背負うべくして受け継いだ十字架だった。自分こそが本来の持ち主なのだ。
 (プロローグを除いて、物理的にはロザリオ、精神的には十字架、と使い分けている)
「出来るわけないわ。私だって怖いもの…」
 
これは本音。乗ったことがあるから、戦ったことがあるから解かる…あの恐怖。
 
「それをシンジ君に押し付けることなんて出来ない」
 
これも本音。できれば平穏に暮らさせたかった。この体ではエヴァに乗れないから採れなかった選択。
 (ユイ篇にあるように、これはミサトの勘違い。このミサトが初号機にシンクロ出来るかどうかは未知数で、リツコは実際には適格性検査を行なっていない)
「だから…私に出来るのはお願いすることだけ…戦って欲しいと「お願い」することだけ」
 
用意していた言葉は、彼が欲しがっている言葉。自分の欲しかった言葉。
 
父さんは絶対にくれない言葉だから、せめて自分が口にする。甘えが出るほどに近づけたなら、自分の言葉でも彼に届くはずだ。
 
視界がゆがむ。また涙が溢れ出たらしい。
 
彼への同情じゃない。理不尽さへの義憤でもない。苦悩や悔恨なんてありえない。自分が聞きたかった言葉を、彼に言ってあげられたことへの、…嬉し涙だった。
 (「用意していた言葉は~」からここまでの下りはつまり、シンジ(ミサト)がシンジを救うことでシンジ(ミサト)が救われる。またはシンジがシンジ(ミサト)のためにシンジという立場を全うする。という当作品のメインプロットであり、作品名に繋がる。
なお、執筆中この時点までは「それはただ、シンジのためだけの補完」という仮題で、もっと内罰的なシンジが「自己満足に過ぎない」と自嘲するシニカルな内容になる筈だった)
彼の誤解が。誤解を解かぬことが。十字架をまた重くする。
 
「もう一度…言ってくれますか?」
 
顔を上げて彼を見つめた。涙をぬぐったりはしない。
 
「お願い、シンジ君。…戦って」



 


 

 
 …目薬、無駄になったな。
 (シンジにばれないように目薬を点すのは難しいので、実際は目の周囲や鼻の下に塗ると涙が出るペースト状の薬剤)
 
  …
 
        …自分って、最低だ。
  
 
                                       つづく

 

2006.07.10 PUBLISHED
2006.08.04 REVISED



シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話 ( No.2 )
日時: 2006/10/06 16:44 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


「最終安全装置解除、エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ」
 (発令所に入った時点で赤いジャケットを羽織り髪をポニーテールにしているが、例によって今更描写しようがないので割愛)
前面ホリゾントスクリーンの中、拘束を解かれた巨人が猫背になる。
 (前面ホリゾントスクリーンは自衛隊の用語。ネルフの発令所メインスクリーンとは形式等違う筈だが用途は同じなので、国連軍に出向していたミサトは内心でこう呼ぶ)
使徒はまだ、姿も見せていない。
 
時間を浪費する要素が少なかったので、まだ第3新東京市に着いてないのだ。
 (もちろんレクチャーを受ける時間もあったし、プラグスーツもきちんと着ている。この時点でシンジ用のプラグスーツがあるかどうかは微妙だが、原作3話の時点で存在したことからそれほど時間を要しないこと、赴任後にミサトが製作依頼を出していたため間に合ったとした)
「シンジ君。あらかじめ言ったとおり、エヴァは思考で動く兵器よ。したいことを考えながら自分の本当の体は動かしてはならない。そこがちょっと難しいの。
 まずは歩くことだけを考えて」
 
ヘッドセットインカムのマイクに向かって話す。エヴァへの直通ラインだ。
 
語っているのは体験談。あの独特な感覚を言葉で表現して伝えるのは難しいが。
 
別ウインドウの中でぎこちなく彼が頷いた。緊張しているのだろう。無理もない。
 
「歩いた」
 
初号機が1歩を踏みだすと、リツコさんが身を乗り出して呟いた。
 
発令所に拡がる職員の嘆声も、彼の耳には届かない。
 
そのためのインカム、そのための直通ラインだ。
 
指揮系統の明確化。それを建前に急遽作らせたシステム。
 
つまらないことを彼の耳に入れて、エヴァへの疑念、不審を抱かせたくない。
 
彼の不安を煽りたくないのだ。
 
歩いただけで奇蹟のような代物に乗っていると、悟らせてはならなかった。 
 
「上出来よ、シンジ君」
 
深く息を吸う。自分も緊張している。
 
なにしろ、かつてのこの使徒との戦闘では、その最中に自分は気を失って、経過と結果を知らない。気付いたら、知らない天井だった。
 
だから、予め考えておいた手立ては全て推測の産物なのだ。
 
どうすれば彼を同じ目に遭わせずに済むか。まったくの手探り。
 
 
緊張がほぐれない。もう一度、深呼吸する。
 
 
自分が戦った方がよほど気が楽だろう。
 
代われるものなら代わってやりたい。
 
彼女も、こんな心持ちで見守っていたのだろうか?
 
 
『…歩く』
 
続いて2歩目を踏み出そうとした初号機は、左脚がついてこずにバランスを崩した。
 
受身も取れず、無防備に顔から倒れこむ。
 

 
『うっ…くくっ』
 
やはり倒れてしまったか。かつて自分も、ここで気を抜いたのだ。
 
あらかじめアドバイスできればよかったのだが、こればかりは体得するしかないだろう。
 
「シンジ君、大丈夫?」
 
『…とても痛いです』
 
画面の中、彼が額を押さえている。
 
 
これは乗ったことのある者にしか実感できないが、エヴァで転ぶとかなり痛い。
 
エヴァとパイロットはシンクロし、その感覚はフィードバックされるわけだが、その際に問題となるのがその体格差だった。
 
厳密に検証したわけではないので推測に過ぎないが、例えばフィードバック係数が100%のときに、エヴァが切り傷を負ったとしよう。
 
その痛みは、パイロットが生身で負った場合と同じ痛みとして感じるはずだ。
 
では、倒れた時も同じか?というと、そうはいかない。
 
エヴァは人間の20倍以上の身長だ、倒れた時に受ける衝撃は単純計算で400倍。スケール比でも20倍に及ぶ。
 (原作設定ではエヴァの身長は40~200メートルとなっているが、特撮マインド的な絵作りの必要がない当シリーズでは40メートルと統一している)
もちろん、その衝撃にエヴァは耐えられる。だが、パイロットは堪らない。20倍の衝撃を、痛みとして引き受けなければならないのだから。
 (原作におけるフィードバックの詳細がよく判らないので捏造。この理屈だとスケール比すらない熱ダメージなどはもっと酷い目に遭うはずで、ラミエル緒戦はその帰結では?と推測する。人間では瞬時に炭化してしまうために感じとることのない数千~数万度の熱ダメージを浴びせ続けられたためにシンジは心停止したのかもしれない)
 
実に自然な動作で、初号機が立ち上がった。
 
痛みのせいで却って無意識に動かしているのだろう。怪我の功名と言っていいものかどうか。
 
「自分を包む。もう一つの大きな体が有るようだと言われているわ。その大きな体に自分を預けるような気持ちでもう一歩」
 
これも体験談。だが、弐号機シンクロ実験で得られた言葉でもある。
 (原作に具体的な描写があるわけではないが来歴の長い弐号機ならありえるだろうということで)
「シンクロ率、8.26ポイント上昇。微増傾向です」
 (アップした数値に明確な意味付けはない。ただ丁寧にフォローしようとするミサトへの信頼がエヴァに対する拒否感をやわらげた。としている)
報告するマヤさんの向こう。スクリーンの中で初号機があらためて2歩目を成功させた。
 
「まだ時間はあるわ。シンジ君に任せるから、初号機に慣れておいて」
 
手を挙げたり、周りを見回したりしだした初号機を視界の片隅に収めながら、各種モニターの内容を確認する。
 
「シンジ君、そのままで聞いて。使徒の武装はさっき見た光の槍。それに増えた顔の「そうそれ」その目から怪光線を発射するみたい」
 
絶妙のタイミングで、エントリープラグ内に解説つきの使徒の模式図が投影された。日向さんの操作だろう。別枠で怪光線を発射する使徒の映像も送られているようだ。
 
プラグ内の表示内容は全て、こちらでも確認できるようになっている。
 
他に指示はないかと振り向いた日向さんにグッジョブとばかりにウインクを返すと、顔をそむけられてしまった。
 
彼女らしい仕種をうまく再現できたと思ったのに、日向さんは顔を真っ赤にするほど怒ったようだ。やはり不謹慎だっただろうか?
 
もっと気の利いた対応があるのだろう。こういうところは彼女に及ばない。努力はしているつもりなんだけど。
 
『怪光線なんて、どうしたらいいんですかっ!』
 
日向さんに目配せしてコンソール前のカメラを見据えると、間を置かずしてエントリープラグ内に自分の顔が映し出される。
 
「避けることは難しいわ。でも1万2千枚の特殊装甲があなたを守ってくれる」
 
目前のディスプレイに彼の様子が転送されてきた。
 
『…痛いんですよね?』
 
おろおろと周りを見渡している。今頃になって恐怖が現実味を帯びてきたのだろう。
 
倒れた時の痛みを思い起こし、怪光線の苦痛を想像しているに違いない。
 
「ええ、多分。 とても…」
 
そういう意味では、考える暇もなかったあの時の方が幸せだったのだろう。じっくりと恐怖に向きあわせている今回の方がよほど残酷だった。
 
『どうにかならないんですかっ!』
 
「ごめんなさい。それはシンジ君が優秀なパイロットだということの裏返しなの」
 
だが、大人の思惑に弄ばれていると思われるよりはマシだ、と己に言い聞かせる。
 
どうせ解からないからと碌な説明もなく放り出されたあの時、欲しかったのは親身な対応だった。
  
『そんな…』
 
「もちろん、最善は尽くすわ」
 
横を向いて金髪の技術部長の顔をうかがう。
 
「赤木部長。フィードバック係数を下げることは可能でしょうか?」
 (発令所でなおかつ作戦中なので、ワザと他人行儀)
「…そうね。このシンクロ率なら少し下げても問題ないわ」
 
「お願いします」
 
リツコさんがマヤさんに指示するのを確認して、カメラに向き直る。ここまでの会話は敢えてカットしていない。
 
「シンジ君、聞こえていた通りよ。これで少しはマシになると思うわ。その分ちょっとエヴァから返ってくる感覚が鈍くなったかもしれないけど… どう?」
 
『…なんだかぼやけてます』
 
何かを確認するかのように初号機が手を握り締めた。
 
エヴァは、パイロットのもう一つの体になる。それを動かすには、機体からのフィードバックが不可欠だ。たとえば、三半規管の感覚が伝わらなければエヴァを立たせておくことすら難しい。
 (フィードバックについては同上なので、やはり捏造)
フィードバック係数を下げたことで、痛覚を含めたそれらの感覚が伝わりにくくなる。
 
しかし、それが根本的な解決ではないことを、彼なら気付くだろう。
 
『ミっミサトさん!』
 
はぐらかされたかと勘違いして、怒っただろうか?
 
「なに?シンジ君」
 
ことさら冷静に返事をして、「残念ながら操縦に支障が出るからそれ以上フィードバック係数は下げられないの。ごめんなさい。酷い物に乗せてしまって」と続けるつもりだった。
 
『まっ街に子供が居ます!』
 
「なんですってぇ! …女の子?小学生!?」
 
ディスプレイに回ってくる監視システムとエヴァ視点の映像。ポップアップされた個人情報には『鈴原ナツミ 8歳』とある。
 
しまった!トウジの妹を失念していた。
 (この時点でトウジの妹が街中に居たとするのは捏造。名前は初めて読んだ某FFへのオマージュ)
「大至急、保安部を遣って!
 シンジ君、そこでは彼女を巻き込むわ。通りを三つ、右に移動して!」
 
『はいっ!』
 
おそるおそる移動する初号機に、危なげな様子はない。随分とエヴァに慣れたようだ。
 
保安部の出動を確認。まだかかりそう。
 
「シンジ君。電源供給用のケーブルを替えるわ。左手10メートル先のビルにあるケーブルと、今背中に付いているケーブルを交換。できる?」
  
初号機がビルと背中を交互に見た。プラグ内の映像では目的のビルが点滅している。おそらく初号機背面をとらえた映像も転送されていることだろう。 
 (そんな機能があるかは不明)
『…やってみます』
 
突発事態に気をとられて余計なことを考えられなくなったのか、『どうやって』とも訊かずに初号機が歩き出す。
 
保安部が現着。女の子に接触した。もう少し。
 
慣れない作業に戸惑いながらもケーブルの交換を終えた直後、日向さんが振り向いた。
 
「今、女の子を保護したわ。シンジ君、ありがとう。あなたのお陰で人の命が一人救われたのよ」
 
『そんな…』
 
「本当のことよ…  ごめんなさい、もう時間がないわ」
 
外輪山の稜線に変化。使徒はもう間近だ。
 
「シンジ君、よく聞いて。
 使徒を観察していて推測されるのは、アレに敵を認識する能力がないかもしれない。ということなの」
 
『どういうことですか?』
 
「アレは自分から先に攻撃するということをしていないわ。攻撃されたから反応しただけ。その程度の知能しかないと推測できるの。
 つまり、エヴァを敵だと認識していない可能性があるわけね」
 
ディスプレイの中で彼が頷いた。
 
「その証拠に、とっくに怪光線の射程距離内だと思われるのに撃ってきてないわ」
 
言われてみればそうだ。という表情をしたのが彼以外にもたくさん居たのはどうかと思う。まあ彼らにしても初めてのことだ。致し方ない。
 
「だから採るべき作戦は一つ。待ち伏せよ」
 
『待ち伏せって… 思いっきりバレてると思いますけど?』
 
初号機が使徒を指さす様子は、なんだかコミカルだ。
 
「アレはエヴァを障害物の一つくらいにしか思ってないわ。だから待ち伏せになるの」
 
『はぁ…』
 
その瞬間、スクリーンがホワイトアウトした。
 
即座に防眩補正されて映し出される、十字の爆炎。
 
一拍遅れて揺れが発令所を見舞う。衝撃で天井部が剥落してきたか。
 
「ヤツめ、ここに気付いたか」
 
発令所トップ・ダイアスから呟き声が転げ落ちてくる。
 (これも自衛隊用語。文官が座る場所を指す)
父さんはいつものポーズだろう。振り仰いだとしても、ここからでは見えないだろうが。
 
「シンジ君、今の見た?やはりエヴァは眼中にないわ」
 
日向さんに目配せして、自分の左肩を指す。途端に初号機の左肩ウェポンラックが開いた。
 
「今、ナイフを出したわ。両手で構えて。
 …そう右手で握って、左手を添える。ナイフの柄尻を左の掌で支えるの。 …そう。様になっているわ」
 (エヴァの兵装について基本的のこの作品では、原作で初出のタイミングに準拠している。唯一の例外がこの時点でのプログナイフだが、原作でも装備はされていたが出す前に暴走した。としている。
またFFには独自の兵装の設定も多いが、数ヶ月でエヴァサイズの武器の製造ができるとも思えないので、このシリーズには一切ない)
ぎりぎりまで使徒の気を惹きたくない。日向さんのコンソールに視線を遣って、まだナイフへの電源供給が行われてないのを確認する。
 
「シンジ君がすべきことは一つ。使徒が目の前に来るのを待って、そのナイフを突き立てる。それだけよ」
 
『どこを狙えば…』
 
「いい質問ね。使徒の弱点と推測されるのは2ヶ所。顔に見える部分と、赤い球体よ」
 
プラグ内の使徒の投影図に、解説が増えた。
 
「でも、ほいほいと増えるような部分に重要な器官はないわ。従って使徒の弱点は赤い球体部分。そこを狙って」
 
コアが弱点なのは知っているが、言えるはずもない。
 
彼がうつむいた。深く息を吐いたのか、口元から泡が立ちのぼってLCLに溶けてゆく。
 
『僕に… 僕に出来るでしょうか?』
 
「シンジ君、気付いてる? あなた、エヴァを自分の手足のように使いこなしているわ。今も一緒になってうつむいている」
 
顔を上げ、見つめてくる。カメラとディスプレイの位置差の分だけ視線が合わないから、構わずにカメラを見つめ返す。
 
「あなたにしか出来ないの。 お願い、シンジ君。 戦って」
 
その瞬間、スクリーンの中の第3新東京市をまたも十字の爆炎が襲った。
 
 
                                        つづく
 
2006.07.18 PUBLISHED
..2006.10.06 REVISED



シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話 ( No.3 )
日時: 2007/03/11 19:45 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


無事に帰還した彼をケィジに迎えに行き、労い、褒め、お礼を言って休ませた後、向かったのは保安部管理下の会議室だった。
 
 
「いい?ナツミちゃん。今度サイレンが鳴ったら、すぐにシェルターに避難するのよ。はぐれたお兄ちゃんが心配だからって捜しちゃダメ」
 (初号機が暴走しない今作では、シンジとトウジの間に接点がなくなってしまうため状況を捏造した。初号機の出撃が原作より早かったため発生したイレギュラーな状況としている)
ナツミちゃんは、トウジの妹とは思えないほど可愛らしい女の子だった。
 
つまり、これが初対面。以前にはお見舞いにも行ってないのだ。
 (原作に見舞いに行った描写はないが、見舞いに行ってないというのは捏造)
来ないでいいと言われてはいたが、自分がどれだけ自己中心的で、いかに薄情だったか、突きつけられているようで心苦しい。
 
こんな自分とわだかまりなく友達づきあいしてくれたトウジを、自分は…
 
「ほんまに、すまんこってす」
 (これらトウジやナツミの使う関西弁はもちろん正しくない。兄妹なのにベースにした関西弁の種類まで違うし、かなり取り混ぜてある。生の関西弁をそのままテクスト化すると読みづらい上に非常にキツく感じる。なにより、あの独特のイントネーションは字面では伝わらない。と云うワケで此処から先、どのように表現すれば関西弁のイメージをテキスト上で伝えられるか、最後まで試行錯誤だった)
「せやかて、ウチんくのニィやん。ホンにチョロコイんやしぃ」
 (頼りない。どんくさい。もたもたしてる。にぶいといった意味合い)
「なんやてぇ」
 
どうやら避難先のシェルターから走って駆けつけてきたらしいトウジは、まだ息があがっていて言い返す口調も力ない。
 
「はいはい。ケンカしないの。今回はシンジ君が見つけてくれたから大事には至らなかったけど、次も大丈夫とは限らないわ」
 
目線の高さを合わすために屈んでいたのを立ち上がり、上から覆い被さるように精一杯いかめしい顔をする。
 
「今度からちゃんと避難するのよ」
 
しおらしく頷いてはいるが、あまり堪えた様子ではなさそうだ。やはり自分では彼女に及ばないのだろう。
 
「そのシンジっちゅうのんがナツミの命の恩人でっか?」
 
「ええそうよ。…ってこれは機密事項だから内緒ね」
 
唇に人差し指を当てる。
 
これが彼女なら「よン♪」と語尾をつけてウインクまでしただろうが… 流石にそこまでは自分には無理だ。
 
だが、トウジはあらぬ方向に視線をそらした。人の話をちゃんと聞いてるんだろうか?
 
釘を刺してるんだが。今度出てこられちゃ困るのに。
 
 
**** 
 
 
「おっ、おじゃまします」
 
「はい、いらっしゃい。
 でも、出来るだけ早く「ただいま」って言って欲しいわ。ここはあなたの家になるのだもの」
 (コンフォート17だが、部屋数が要る為に11-A-2ではなく、12-F-1。また11-A-2には思い出が多すぎてつらいという面もある。例によって今更描写しようがないので割愛)
 
彼を引き取るかどうかは、随分と迷った。
 
あの時、強引に同居を決めた彼女を疎ましく思ったのは事実だ。放っておいて欲しかった。
 
死地に放り込まれる者と、それを強要する者。それらが家族面して同居することの欺瞞に気付かなかったわけではない。気まずさが増すだけだと当時でも思ったものだ。
  
しかし、彼女と演じた家族ごっこが苦痛だけと云うことはなかった。家族というものをよく知らない自分が素直に楽しめなかっただけで、その温もりに救われていた面が確かにあった。
 
それに、よく知る相手とはいえ、離れて暮らして上手くやっていける自信がない。自分はそれほど毅くも器用でもないのだ。もちろん手元に置いたからといって上手くいく保証など、あるはずもないが。

 
「私も引っ越してきたばかりで、まだ散らかっているんだけど…」
 
これは謙遜だ。あの腐海がトラウマにでもなったのか、散らかすのは性分に合わなくなった。整理整頓が身についたのはいいが、彼女のお陰と感謝して良いものかどうか。
 
むろん彼には関係ないことだから、無意識に押し付けないよう気をつけなければ。
 
「今晩の献立はカレーライスにしたのだけど。シンジ君、食べられない物ってある?」
 (昨晩から煮込み済だった)
返事はわかっているが、きちんと訊ねるのが大切なのだ。かぶりを振る彼に、笑顔を返す。
 
「良かった。万が一シンジ君がカレー嫌いだったらどうしようかと思って」
 
さすがにカレーは彼女直伝ってわけにはいかない。再現不可能だし。
 (ミサトが味付け音痴になった原因の事件をこのミサトも経験している(#EX8)。としているので、実は再現できないこともない。このミサトが味付け音痴にならなかったのは、ミサトのコトを知っていたから心構えがあり、その事件を自分への罰と受け入れたから)

 
牛肉を頬張っていて思い起こしたのは、カレーの具材をどうしようかと迷ったこと。
 
そして、迷った理由の一因である肉嫌いの少女のことだった。
 
 
彼を引き取ることを決めたあと、綾波もそうすべきか悩んだ。
 (綾波のほうを先に引き取るのは、プロット案のひとつだった)
彼に優しくしてやりたいと思う気持ちに負けないほど、綾波に色々な物を与えたかった。
 
「何も無い」と言い切る綾波のために。逃げ出してしまった償いのために。
 
異様な光景に怯えて綾波との絆を捨ててしまったが、あんな事態を引き起こし、時を遡って他人の体を乗っ取るような存在が、何を怖がることがあるのか。
 (時を遡った。と云うのはもちろん誤解。このシリーズは(体裁はともかく設定的には)逆行ではなく、「乗り継ぎの物語」である)
だが、ここへの赴任時には綾波は入院中で、うまく引き取る口実を作れなかった。
 
 
その時はうじうじと己を責めたりしたが、こうして彼を迎え入れてみて、結果としてそれで良かったのではないかと思う。
 
彼に「碇シンジだから迎え入れた」のではなく、「チルドレンだから引き取った」と誤解されかねないのだから。
 
流石にそれは本末転倒だった。
 
 
子供には、無償の愛を与えてやらねばならない時期が存在する。無論もっと幼いうちにだが。
 
かつての自分は、そのためか自我の形成が未発達だったように思う。
 
だから、エヴァにすがりつき『僕がここに居ていい理由。僕を支えている全て』などと存在理由を欲した。
 
もちろん中学生ともなれば、自身の存在理由を模索するなど当然の過程ではある。
 
しかし、それがエヴァ1点に絞られていたところに自分のいびつさが現れていたのではないだろうか?
 
そして、それは実に、脆い。
 
エヴァによって支えられた存在理由は、他ならぬエヴァによって叩き壊されたのだ。
 
己そのものではなく、その付随する要素に基づく存在理由なぞ、儚くて当然だった。
 
 
…自分自身で、証明済みだ。
 
 
彼にその轍を踏ませたくはない。
 
そのために引き取った。そのために手元に置くことにした。彼に無償の愛を注ぐために。
 
エヴァだけを… いや、エヴァなんかを拠りどころとさせないために。
 

 
だが、自分にできるだろうか?
 
実の親ですら難しい、無償の愛を与えることが。しかも、作戦部長の立場で。
 

 
いや、彼は自分なのだ。自分自身だからこそ、無私の愛情を注ぎこめるはず。
 
そう、言い聞かせる。
 
何度もたどり着いたはずの結論を、再び己に言い聞かせる。
 
だから、
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
 
「…さん。ミサトさん!」
 
「はっはい!逃げちゃダっ…」
 
危ない危ない。口に出すところだった。
 
「…ごめんなさい、何かしら」
 
ニゲチャダってなんだろう。との彼の呟きはつとめて無視して。
 
「あっ、カレーのお替わり?」
 
「はい。いいですか?」
 
「ええ、もちろん。お口にあったみたいで嬉しいわ」
 
彼が差し出すカレー皿を受け取って、そそくさとキッチンへ向かう。
 
「…美味しいですから」
 
自ら進んで気持ちを打ち明けることなど、少なくともこの時期の自分にはありえなかったことだ。
 
彼は着実に変わりつつある。
 
嬉しさにゆるむ頬はそのままに、そっと目頭を押さえた。
 
 
****
 
 
作戦中ならともかく、通常時の作戦部長の権限はそれほど高くない。第一種戦闘配置時のほぼ無制限ともいえる権限の高さを、そうやって牽制しているのだろう。
 
それは解かるし、自分としても権力が欲しいわけではないから否やはない。
 
ただ、シェルターの整備・運用に口出しできる権限は欲しかった。トウジとケンスケの件で頭を悩まさずに済んだであろうから。
 
それとなく関連筋に注意を喚起することも考えたが、ほどなく諦めた。どれほど言葉を取り繕おうと、二人が脱走するという結果を隠したままでは「あなた方の管理・運用は信用できない」としか受け取ってもらえないだろう。
 
それは要らぬ軋轢を生む。
 
赴任したてで実績が足りないからと、自らの折衝能力の低さを弁護しそうになる自分が、厭わしい。これが彼女ならそんなことなど気にせずに即断即決しただろうと思うと、自らの臆病さを恨めしくさえ思う。
 
 
だから、せめて2人が脱走する前にカタがつくよう策を練ったのだが。
 
「作戦はさっき説明したとおり。いいわね?シンジ君」
 
「はい、ミサトさん」
 
全面ホリゾントスクリーンの中で頷く彼の姿。分割表示された初号機は、ハブステーションに固定されたまま儀杖兵のようにプログナイフを捧げ持っていた。
 
「射出のタイミング取りとルート選定はMAGIが行うから、衝撃に備えて歯を食いしばっておくのよ」
 
はい。と応えそうになった彼が慌てて口を閉じる。
 
「使徒、市内に侵入しました」
 
スクリーン内に分割されていた浮遊形態の光鞭使徒の姿が拡大されると、途端に初号機が射出された。
 
浮遊し、胴体下面にコアを持つ光鞭使徒に対して採った作戦。それがこのリニアカタパルトの射出による下方からの奇襲だった。あらかじめ腕部拘束具を解除された初号機は光槍使徒戦時と同様の構えでプログナイフを支え持ち、地上到達と同時に肩部拘束具を解除、光鞭使徒に対して攻撃を仕掛けるのだ。
 
だが、奇襲と呼ぶにはエヴァ発進口のフォースゲート開放は遅すぎた。さらには、延長されたガイドレール。これに気をとられたか光鞭使徒は戦闘形態へと移行を始める。
 
そこへ飛び出した初号機は、突き上げたプログナイフを使徒の頭部に掠らせることしかできなかった。
 
「最終安全装置解除!エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ。拘束台爆破、シンジ君、使徒から一旦距離をとって!」
 
初号機の正面にいる使徒から距離を取るには、背後の拘束台が邪魔だ。間髪入れずに爆破される拘束台。しかし、爆煙を掻い潜った初号機の足首には既に光の鞭が絡み付いていた。
 
ああ、なるほど。自分はあの時、あんな風に飛ばされたんだな。と妙な感慨を抱けるほどにゆっくりと滞空した初号機が、小高い丘へとたたきつけられる。
 
「シンジ君、大丈夫?シンジ君!?」
 
しかし彼の返事はなく、その視線から導き出された位置をMAGIが映し出す。
 (以上は、プロット段階では存在したシャムシェル戦の前半部。この機会に書き下ろした。
 発表当時このエピソードを削った理由は幾つかあって、ひとつにはラミエル戦と作戦内容が被ること。この時点ではミサトの作戦を失敗させたくないこと。的確なリカバリー案を際立たせるには冗長になること。なによりあまり原作と乖離したくなかったこと。それぞれのシーンの掴みとしてできるだけ原作のセリフを冒頭に持ってくるなど場面が想定しやすくしようとしていたこと。などが挙げられる。
この時点でこの作戦のことに一言も触れていないのは、もちろんミサトの意識に上らなかったからであるが、いつか別作品ででも使えるかもしれないと出し惜しみした一面もある)
「シンジ君のクラスメイト!?」
 
ディスプレイに身元照会が回されてくるが、見るまでもない。トウジにケンスケだ。
 
今回は出て来ないだろうと高をくくっていたために、とっさに指示が出せない。
 
「なんでこんなところに?」
 
リツコさんが別のモニターを覗き込んでいる。シェルターの履歴でも閲覧しているのだろうか。
 
スクリーンの中、滑るように初号機に接近してきた使徒が、宙に浮いたままに光の鞭を振るう。
 
自分でもやったことがありながら、今また初号機が光の鞭を掴み取ったことに驚いた。
 
『ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
 
「シンジ君!大丈夫!」
 
大丈夫なわけがないことを誰よりも知っている。焼け火箸が手の中で暴れるのだ。痛みのあまりキレたことを忘れられるはずがない。
 (忘れられるはずがない。と言っておきながら、これはミサトの勘違い。客観的な視点と移入しすぎる感情からそう思い違いした。この時点でのシンジの感情についての考察はアスカ篇で詳しい)
『…なん…とか。どうすればいいんですかミサトさん!』
 
彼が成長していることを、自分が指揮官として信頼されていることを喜んでいる暇はなかった。
 
≪ 初号機活動限界まで、あと3分28秒 ≫
 
… 
 
…見捨てる? 
 
ナツミちゃんを救けたことで彼らは既に大切な友人になってるのに、できるわけがない。
 
 
…エントリープラグに入れる?
 
他人の思考が混ざることでこうむる頭痛と、泥の混入で起こる呼吸困難・窒息、感染症の危険を彼にも体験しろと?
(泥の混入云々は独自解釈) 
 
…保安部を差し向けて保護する?
 
初号機の内部電源が保たない!動かなくなったエヴァを使徒が放置してくれる保証はない。
 

 
≪ 初号機活動限界まで、あと3分 ≫
 
とっさに思いついたのは、どれも彼に苦痛を強いる方法ばかりだ。
 
ならば、割り切るしかない。
 
「シンジ君。両手で掴んでいる鞭を左手だけで掴み直して。
 大丈夫、宙に浮いてる分だけ鞭のパワーは弱まってる。エヴァなら抑えこめるわ」
 (「とっさに」とは表現しているが、この案を今思いついたわけではない。このミサトは13年間、使徒の斃し方を考えてきた。情報不足や前提条件の変化で、今回のように上手く行かない例も多いが)
はったりだった。だが根拠がないわけではない。乗っていたから解かる初号機の底力。そして今の彼のシンクロ率なら。
 
「いい加減なこと言わないで」
 
背中に刺さるリツコさんの視線が痛い。
 
またインカムが役に立った。彼には聞かせられない発言だ。
 
「プログナイフ装備」
 
日向さんの操作で左肩ウェポンラックが開く。
 
「まだ2分もあるわ。前の使徒なら6回は斃せる時間よ。やれるわシンジ君」
 
『…はい』
 
 
****
 
 
目の前ではトウジが土下座していた。その隣でケンスケがうなだれている。
 
対峙してから十分あまり。室内は沈黙が支配していた。
 
怒ってないといえば嘘になる。しかし、内心で自分は泣いていたのだ。
 
二人が無事であった安堵に。見通しの甘い己のふがいなさに。一瞬とはいえ見捨てることを考えた自分の薄情さに。
 
その間に何度、「逃げちゃダメだ」と唱えたことか。
 
懸命に涙をこらえていた自分の姿を、怒りのあまり声も出ないと勘違いしてか、二人は微動だにしない。
 
これが彼女なら張り手の一つもかまして、さんざん脅して、そしてからからと笑い飛ばしたことだろう。
 
想像してみて、それはつまり前回の顛末を確認してなかったからだと気付く。
 
やはり自分は薄情なのだ。それが、また …自分を打ち据える。
 
「ミサトはん。泣いてはるんでっか?」
 
すすりあげる音に顔を上げたトウジが、驚いて腰を浮かす。
 
その顔にナツミちゃんの面影を見て。だから次の言葉は自然と口をついた。
 
「当たり前じゃない…
 もしもの時、ナツミちゃんに何て言えばよかったの?
 …相田君は、ご家族は?」
 
言われて初めて思い至ったのだろう。
 
「父が…」
 
怒られていると思っているから神妙にしていただけの二人に、ようやく加わる深刻さ。
 
「すっ すんまへん」
 
トウジが床に頭突きせんばかりの勢いでまた土下座した。
 
「…ごめんなさい。僕がむりやり誘ったんです…」
 
ケンスケもまたうなだれる。
 
妹の命の恩人の戦いぶりを見届ける義務があるんじゃないか?とか言ってトウジを丸め込んでる情景が、目に浮かぶようだ。 
 
「謝るべきは私じゃないわ。
 ナツミちゃんに、お父さんに。
 解かっているでしょう?」
 
二人は応えない。
 
「それに、私に謝られても困るわ。
 私は必要なら貴方たちを見殺しにしたもの」
 
息を呑む気配。
 
酷い言葉だが、二人を戦場に近づけないために必要と割り切る。
 
「隣りにご家族がおみえだから、今日はもういいわ。無事な姿を見せてあげて」
 
踵をかえして、ドアのスイッチに手をかけた。
 
「もうシェルターから抜け出しちゃダメよ。命を量るような真似をさせないでね」
 
ドアを開く。立っていた保安部員に頷きかけて、後を任す。
 
「ミサトはんに謝るのは間違うてたかもしれまへん。
 せやから… 救けてもうて、ありがトうございました」
 
救けるために戦うことすらできなかったことがある。とはさすがに言えず。ただ足早にその場を去った。
 
走り出したいのを懸命にこらえながら。
 

                                       つづく

2006.07.18 PUBLISHED
.2006.08.04 REVISED


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.04264497756958