弔いの鐘の音が寒々しいわね。
「偉いのね、アスカちゃん。いいのよ、我慢しなくても」
おばさんが1人、芝居がかった仕種で泣き伏している。たしか類縁だったと思うケド、ワタシとどういう繋がりのある人なのか、いまいち思い出せない。
「いいの、ワタシは泣かない。ワタシは自分で考えるの」
悲しくないワケじゃない。素直になれないワケでもない。ただ、死んだのが単なるママの抜け殻に過ぎないって知ってるワタシには、茶番劇に見えて仕方ないってだけ。
だから、泣く演技もできずに言い憶えのある言葉を繰り返した。…やっぱり、まだ素直じゃないのかしらね?
芝生を踏みしだく音に、振り返る。
車椅子に乗った老人がワタシの前まで来て、止まった。目が不自由なのか、いかついバイザーが半ば埋め込まれた顔。車椅子もなんだか巨大で、いろんな装置がゴテゴテと取り付けられている。
無機質なカバーグラスなのに、なぜか優しそうにワタシを見てるような気がするわ。
「惣流・アスカ・ラングレィだね」
誰かに話しかけられたらしいおばさんが、ワタシの後ろから離れていく。
「アナタは誰?」
「儂はキール・ローレンツという。キールと呼んでくれ給え。…アスカ、と呼んでも?」
キール?それって、シンジが言ってたキール議長?ワタシはその名前を知らなかったし、こうして会った憶えもない。
いったい、この宇宙はどう違うと云うんだろう。
…
辛抱強くワタシの許諾を待ってた老人に、頷いてやった。
「それで、ワタシに何の用?」
うむ。と応えた老人がホイールをロックする。
そのまま車椅子を降りようとしたもんだから、慌てて押しとどめた。だって、どうみても車椅子から離れて生きていけるようには思えなかったんだもの。きっと、生命維持装置の援けなしには1分たりとも生きていけないと思う。
「無理すんじゃないわよ」
虚を突かれた。って顔した老人が、車椅子に座りなおして、笑顔。
「優しいのだな。アスカ」
…
ワタシのちっちゃな心臓が跳ねた。
だって、この笑顔って、この笑い方って…
シンジにそっくりだったんだもの。…それも、再会したときの…ホントにやさしい笑顔。
…
ううん、待って。
もしかして、もしかして…だけど…
まさか…って、思うケド… でも
「…シンジ?」
周囲を憚った小さな声に、老人の笑顔が凍りつく。
…
「…アスカ?」
それは、知る辺の存在を確認するニュアンスじゃなく、初めて会った相手がナゼ知ってるか、って問いだった。
それはまあ仕方ないだろうから、つい最近言ってやった言葉を、その時のニュアンスで。
「そうよ?まさか、このワタシを見忘れた?」
それでもシンジったら、まだ信じらんないって顔するもんだから、
「風が吹かなくて、残念?」
と、スカートの裾をつまんでみせてやった。…ちょっとイジワルだったかしら。
「…勘弁してよ」
どうやら納得したらしいシンジが、疲れたように嘆息した。
「それにしても、どうしてワタシたち同じ宇宙に来たのかしら?」
「綾波は、どうもこの世界が僕1人では荷が重いと判断したみたいだね」
ふむ。と考え込んだシンジは、1度外した視線をすぐさま戻す。バイザーだからよく判んなくて、そうじゃないかってコトだけどね。
「どこか落ち着けるところで話し合わない?」
「あら?幼女誘拐?」
心底疲れたって顔したシンジが、こめかみを押さえようとしてバイザーを叩いちゃった。ぅわ~!?痛そうな顔~。
「ごめんごめん。もちろん冗談よ」
と、頭をなでてやる。
「…勘弁してよ」
あんまり哀れげに呻くもんだから、居たたまれなくなっちゃうじゃない。
「話し合うのは賛成だから、パパに一言断ってくるわね」
うん。って頷いたシンジが、ああ…。と懐をまさぐった。
「これ持って行って」
取り出したのはビジティングカード。国連の諮問委員としてキール・ローレンツの名前が書かれてる。
…出世したのね。ってウインクしてやったら、僕の手柄じゃないよ。って溜息つかれちゃった。相変わらず朴念仁ねぇ。それが必ずしも悪いってワケじゃないケド。
ちょっと待っててね。と駆け出す。
ちっちゃい手足はもどかしくてちょっと不満だったのに、今はものすごく軽い。
やはり黒服に遮られてたパパのところまで、あっという間だったわ。
それにしても…、ワタシが居て、シンジが居た。…まさかレイまで来てる。なんてコトないわよね?
チルドレンのチルドレンによるチルドレンのための補完 終劇
2007.10.9 DISTRIBUTED
アスカ篇・ユイ篇がそのまま再合流してしまったら……と云う想定の元のプロローグ。出オチの終着点(苦笑)パラレルというより一種の冗談、ファンサービスとしてテクスト化