「えーっ!修学旅行に行っちゃダメぇ!?」
「そういう可能性がある。ってだけだよ」
シンジが、ヒカリ直伝のトマトジュース入りポテトサラダを頬張った。とても美味しい。
問題は、それが各々のおべんと箱とは別のタッパウェアに詰め込まれてる。ってコト。レイのリクエストでほぼ毎日おべんとに入ることになったんだけど、ポテトサラダってのはある程度の量がないと作りづらいし美味しくない。そんでもって日保ちしない。…結果、こうして別容器に詰めてきて、みんなで突付くことになったってワケ。
シンジは今や師匠のヒカリよりも美味しく作れるようになってるけど、毎日はさすがに飽きる。…レイのこのパラノ的食欲、なんとかしてよ。
「どうしてっ!」
「…戦闘待機、だもの」
黙々とポテトサラダを口に運んでた箸を止めて、レイが応えた。
「アンタには聞いてないわよ!」
屋上での昼食は、アスカを加えて6人になっている。ユニゾン特訓からこっち、シンジはアスカにもおべんとを作ってくれるんだ。
特訓中にシンジの作る食事に馴れさせられちゃったアスカは、案外素直におべんとを受け取った。レイと面つき合わせて食事することには抵抗があったみたいだけど、それもおべんとに込みだと割り切ったっぽい。
ワタシと違って、シンジとの見事なユニゾンを見せ付けられたってワケじゃないんだから、そんなに毛嫌いすることもナイと思うんだけどね。
「せっかく新しい水着、買ったのにな…」
訓練ではなく、レジャーとしてスクーバできるのは初めてだったから、確かに楽しみだったわね。
「アスカ、お土産買ってくるからね!」
「あぁーっ、3人とも残念だったなぁ!」
「貴サンらの分まで、楽しんできたるわ、ナハハハハー!」
…アンタらって、ホンっトに友達甲斐ないわね。
****
「やっぱり、修学旅行に行っちゃダメなんだ…」
「ええ」
あらかじめ示唆させといたのに、アスカは随分と落胆してるように見える。
「戦闘待機だから?」
そうね。とミサトの返答はそっけない。
「そうならそうと、前もって言っといてくれればいいじゃない」
「ゴミンね」
ミサトにナニ言っても、のれんに腕押しだと思ったんでしょうね。アスカの視線がこちらを向いた。
「アンタ!お茶なんかすすってないで、ちょっとナンか言ってやったらどうなの!男でしょう!」
「いや、僕は多分こういうことになるんじゃないか、と思って…」
「諦めてた、ってわけ?」
「うん」
ワタシの時は多分に、荷造りまで終わった頃合になって不参加を申し渡したミサトへの反発があったんだと思う。修学旅行に行けないコト自体は、しょうがないもの。
「はんっ、情けない。飼い慣らされた男なんて、サイテー」
「そういう言い方はやめてよ」
…なのに、こうも絡むのは何故だろう?
確かにワタシも楽しみにしてたし、かなり残念だった。だけど、エヴァパイロットとしての責務には換えられないから、我慢したわ。
このアスカもそうだろうと思ったから、あらかじめ伝えておいたってのに…
気持ちは分かるけど。と、ミサトがビール缶を置いた。
「こればっかりは仕方ないわ。あなたたちが修学旅行に行っている間に、使徒の攻撃があるかもしれないでしょ?」
風呂から上がってきたペンペンが、ダイニングを横切っていく。
「いつもいつも、待機、待機、待機、待機っ!いつ来るか判んない敵を相手に、守る事ばっかし!」
そんなコト言ったら、シンジやレイはどうなんのよ。ワタシなんかよりずっと前からここで待機しっぱなしなのよ。後から来たアンタにグチられたら、立つ瀬ないじゃない。って、…ワタシもそうグチったんだったわ。自分がナニ言ってるかもロクに解かってなかったなんてね…
「たまには敵の居場所を突き止めて、攻めに行ったらどうなの?」
「それができれば、やってるわよ」
攻めるとなれば攻めるとなったで、ヒドイ目に遭うんだけどね…って、このコ、もしかして待ち構えてんのに耐えられなくなったってワケじゃないでしょうね?
…ううん、さすがにそれはないか。腐っても惣流・アスカ・ラングレィだもの。ひたすら訓練に明け暮れたドイツ時代に比べれば遥かにマシだって、このコだって解かってるはずよ。
「ま、2人とも、これをいい機会だと思わなきゃ。クラスのみんなが修学旅行に行っている間、少しは勉強ができるでしょ?」
…ミサト。鬼の首でも獲ったかのような顔してディスクを取り出すのは、どうかと思うわ。
「アタシが知らないとでも、思ってるの?」
「う…」
呻いたのは、シンジ。
勉強の相談にも乗ってあげとくべきだったわね。このワタシが家庭教師してあげてれば、シンジの成績が鰻登りになること間違いなかったってのに。
「見せなきゃバレないと思ったら、大間違いよ。あなたたちが学校のテストで何点取ったかなんて情報くらい、筒抜けなんだから」
「はんっ、バ~ッカみたい。学校の成績が何よ。旧態依然とした減点式のテストなんか、ナンの興味もないわ」
「郷に行っては郷に従え。日本の学校にも、慣れてちょうだい」
イーーーーっだ!と力いっぱい顔をしかめて見せたアスカが、そっぽを向いた。
それにしても、本人であったワタシですら、このコの反応は読み難くなってきてる。それだけワタシが変わったってコトで、このコの置かれてる環境も変わってきてるってコトだと、思うんだけど…
…ううん、ヒトのココロなんて、自分でも解からないモノだもの。本人だからと云って理解できるなんて考えるのは傲慢よね。
****
盛大に水の跳ねる音がした。レイが跳び込んだに違いない。
おべんとを作ってもらってるから、レイはシンジに大体のスケジュールを伝えることがある。主に、必要ないときとか、一緒に食べられない時とかにね。今日はシンクロテストの後に本部棟のプールに寄るつもりだってコトを聞きつけたアスカが、なかば引きずるようにシンジを連れてきたのだ。レイがプールの使用許可を取ってると知って、便乗したってワケ。
修学旅行の間、当然学校は休みだから、ヒマを持て余してたんだろう。その気持ちはよく解かる。ワタシも、買ったばかりの水着が着たくてプールの使用申請した憶えがあるもの。そん時もレイが先に許可貰ってて、これ幸いと押しかけたっけ。
『シンジも泳ごうよ』
『…これが終わったらね』
シンジは、ミサトの差し金で担任から渡された問題集ソフトとニラメッコしてる。その様子じゃ、いつになるか判んないじゃない。
…先に泳がせてくれたら、後でいくらでも手伝ったげるって言ってんのに…
「何してんの?」
「理科の勉強」
アスカの問いに、顔も上げずにシンジが応えた。
「…ったく、オリコウさんなんだからぁ」
「そんな事言ったって、やらなきゃいけないんだから…あっ!」
ジャーン!と仁王立ちしたアスカは、おろしたてのビキニ姿を惜しげもなくさらしている。
「オキナワでスクーバできないから、ここで潜るの」
胸を張ってみせるものだから、シンジが視線を外せなくなっちゃったじゃない。
「そ、そう!?」
どれどれ、何やってんの? ちょっと見せて…。と、アスカが身を乗り出してくる。
シンジの視界いっぱいに、紅白ボーダーの水着に包まれたアスカの双丘。横縞ってのはボリュームを強調するから、実寸以上の迫力でシンジの目に映ってることだろう。
目のやり場に困ったシンジが、かといって逸らすワケでもなく…
からかうなり叱るなりしてやろうかとも思ったんだけど…、ま、武士のナサケよ。感謝なさい。
…
「…この程度の数式が解けないの? …はい、できた。 簡単じゃん」
「どうしてこんな難しいのができて、学校のテストがダメなの?」
シンジは、ようやく双丘の呪縛を振りほどいたらしい。トップスだけボーダーになってんのが、この水着のあざといトコロよね。
「問題にナニが書いてあるのか、わかんなかったのよ」
「それって、日本語の設問が読めなかった、って事?」
「そ。まだ漢字全部憶えてないのよねぇ。向こうの大学じゃあ、習ってなかったし」
「大学?」
「あ、去年卒業したの」
正しくは卒業させられたってのがタダシイかもね。そういう訓練カリキュラムだったんだもの。まあ、早く大人になりたいと思ってたワタシには渡りに船だったし、そもそもそれに応え得る才能があったんだからしょうがない。
「…で、こっちの…コレはなんて書いてあるの?」
「あ、熱膨張に関する問題だよ」
「熱膨張? 幼稚な事やってんのねぇ。トドのつまり、モノってのは温めれば膨らんで大きくなるし冷やせば縮んで小さくなる、って事じゃない」
「そりゃそうだけど…」
「ワタシの場合、胸だけ温めれば、少しはオッパイが大きくなるのかなぁ?」
これ見よがしに、胸に手を宛がったりしてる。
一般的な男子中学生にそんな話を振ったって、面白い切り返しなんかできるワケがない。こうしてシンジに密着して暮らさなきゃ、気づきもしなかったでしょうケドね。
一方的な基準でツマンナイ男だと思わせるのもシャクだったので、シンジに耳打ちする。
『…』
「あんまり温めて、蒸発しても知らないよ」
…////
…効果は覿面みたいね。顔が真っ赤だもの。
そもそも、この時期のワタシってのは、自分でもよく解からない。オンナであることを忌避してるはずのに、よりオンナらしくありたいと願ったりする。
それが何に根差すのか、ずっと考えて来たんだけど…って、アスカがシンジの二ノ腕を両方とも掴んできた。
「…アンタのオツムもソートー温まってるみたいじゃない」
ぐぃっと引っ張られると、当然の帰結としてシンジの手がアスカの腋の下に挟まれることになるんだけど、そのことに照れたりするヒマもなかっただろう。
「ちょっと冷やして、来・な・さ~い!」
瞬時に重心を落としたアスカが、引き摺られて前のめりになったシンジのオナカを蹴り上げる。床の硬いトコで仕掛けるには不向きな巴投げが、見事に決まった。
放り投げられたシンジが、きれいに1回転してプールに落水。
ちょっと、怒らせすぎたのかしら? いくらなんでも、服を着てる相手を問答無用でプールに叩き込むなんて思わなかったもの。…って、シンジ。ちょっと落ち着きなさい。
『闇雲に手足をバタつかせんじゃないわよ!それに無闇に息しようとしちゃダメ!』
だけど、シンジは言うことを聞かない。
…まさか、アンタ泳げないの?
いや、泳げる人間だって、急に足の届かない水中に叩き込まれればパニックを起こす。
本部棟のプールは、単なる保養施設じゃない。防火用水でもあるし、あやしげな実験に使われることもある。なにより、エヴァの整備のためにスクーバの免許が不可欠な技術部や整備部の人間のための、実技講習に使われるのだ。
つまり、とてつもなく深い。
普段は事故防止のために可動式のスクリーンネットが張られてるんだけど、スクーバをするつもりのアスカが下げてしまってた。
『シンジ!落ち着いて。いったん息を止めなさいっ!』
ああ、もう!このバカシンジ!ヒトの言うこと聞きなさいよ!
着衣のまま落水すると、衣服が水を吸ってまとわりついて、手足を縛られてるような恐怖を覚えるっていう。今のシンジは、まさにその状態なんだわ。
水面でかろうじてジタバタもがいてるシンジの背後に、何者かが寄り添った。シンジの顎を支えようと肩口から廻された白い腕に、藁をも掴む勢いでシンジがしがみつく。
『こらっ!放しなさい。レイまで沈んじゃうでしょ!』
そうこうするうちに、正面からアスカが近づいて来るのが見えた。教本どおりにシンジの方へ脚を向けた防御泳法だ。…と思ったら、片足を上げてそのまま踵落とし。
酷いのはアスカだけかと思ったら、レイはレイで自ら沈んでシンジを振りほどいてる。…アンタら、容赦ないわね。それが悪いってワケじゃないけど…
もがいて疲れてきたところに脳天を蹴られ、水中に引き摺り込まれそうになったシンジはすっかり大人しくなった。暴れちゃイケナイってコトが解かったんじゃなく、単にそんな元気がなくなったってトコね。
シンジの頭髪を掴んで引っ張り始めたのは、おそらくアスカだと思う。方法としては正しいけど、痛いってば。
…
プール隅のラダーハンドルにしがみついて、シンジがえずいてる。
「…ひどいよ」
「悪かったわよ」
さすがに責任を感じたらしく、アスカが背中をさすってくれてた。拭いきれない気まずさが動作に表れてか、その手元がぎこちないけれど。
「…泳げないなんて、思わなかったんだもの」
それはワタシも同感だわ。
ようやく落ち着いたシンジが、プールサイドに身体を引き上げる。水を含んだ制服が、疲れきった手足に重い。
『こら!こんなトコでへばってんじゃないわよ、風邪ひくでしょ。さっさと着替える』
うめいたシンジが、渋々立ち上がった。
脚を引き摺るようにして更衣室へ向かうシンジを、アスカがどんな顔して見ているのか、ちょっと知りたかったんだけど…
***
水着とバスタオルは一応持ってきてあったけど、服の替えまで用意してるワケがない。水着に着替えたシンジが、羽織ったタオルをきつく体に巻きつけた。絞った制服はハンガーに吊るして、エアコンの吹き出し口の前に。パイロット控え室になら着替えがあるから、乾くのを待ってるのだ。
それにしても、無理やりハンガーにかけたブリーフって、ちょっとマヌケね。…なんてことを考えてんのは、自分の気を逸らしたいからだと、…解かってる。
…
シンジは、さっきからずっと身体を震わせていた。それが寒さのせいでないのは言うまでもない。
その震えを感じてると、溺れてた時のシンジの苦しみを思い出してしまう。恐怖に縮こまる心臓の感触を、押し寄せる水を拒もうと咳き込む喉の引き攣りを、消毒液の刺激で搾り取られる涙の熱さを。
…まだ、鼻の奥の痛みが消えない。
『水…恐いの?』
思い出してみれば、シンジは水泳の授業をサボってたような気がする。ネルフの訓練との兼ね合いで、ほとんど参加できなかったから、見学してたのも1、2度のことで見過ごしていた。
…
『…そんなことは… … ないこともないのかな?』
『?』
膝の上で指を組んでたシンジは、自分で自分を抱きしめた。
『子供の頃、たまに見たんだ。 …誰かが、溺れてる夢。 …その夢の中で、その人は還ってこなかったような…気がする』
夢…か。なにかトラウマになるようなことでも、あったのかしらね? ワタシが、ママがぶら下がってる光景をよく夢に見たように。
普段はそれほど意識してるわけじゃないんだろう。例えば初めてエントリープラグに乗った時、シンジは湧きあがるLCLにそれほどの拒絶を示さなかった。でも、だからこそ深層心理ってヤツは厄介なのよ。いざって言う時に鎌首をもたげる悪夢は、伏兵のような唐突さで、自分自身に裏切られたかのような喪失感を突きつけてくるもの。
『シンジ…、泳げるようになる気、…ない?』
『どうして…?』
ワタシだって、明確な理由があって奨めたわけじゃないから、どうして。なんて訊かれると困るんだけど…
ただ、シンジが泳げないことがトラウマに起因するのだとしたら、それは早めに克服しといたほうがいいと思う。もし、この先シンジがトラウマと対峙することになったとき、それが分水嶺になりそうな気がするんだもの。もちろんそんな事態に陥らないに越したことはないけど、でも…ね?
『…だって、さっきみたいなこと…あると困るでしょ?』
…
『…ほら、水泳の授業が通年になるって話し、あるじゃない。今のうちよ?』
…
『…修学旅行に行けてたら、泳がないわけに行かなかったのよ?』
…
…
ヤだよ…。ぽつりとした呟きは口中に消えたケド、思わず口にしたのは、つまり…
『シンジ…』
「あんな苦しい目に遭って、なんで泳ぎなんか憶えなきゃなんないんだよ!」
シンジがこぶしを振り下ろしたのは、自分の膝。苛立ち紛れの自傷行為にすぎないって頭で判ってても、なんだか面と向かって叩かれたような気がして、切ない。
『…だけどね』
「ヤだよ!なんでっ!…アンジェは僕の味方じゃなかったの!」
!
…ワタシに生身のハートがあったら、今のひと言で砕け散っただろう。
『…もちろん、シンジの味方よ』
ココロの声が感情を伝えてないってことが、これほどありがたかったことはないわ。でないと、ワタシ…
「じゃぁ…!」
『シンジの味方だけど、…声だけなの…』
ちょっと待って!ワタシ、ナニ言ってんの。ナニ言おうとしてるの?
『シンジを助けてあげたいのに、何もして上げられないの』
待って!ワタシ、そんなことをシンジに言いたいんじゃ…
『さっきだって、そう。溺れてるシンジに何ひとつしてあげらんなくて、結局シンジを救けたのはレイに、アスカだもの』
ワタシの悩みを、苦しみを、シンジにぶつけてどうなるっていうの。
『ううん、さっきだけじゃない。今までだって、そう。ただ見てるだけ。戦いに苦しむシンジに、ワタシ何ひとつしてあげれてない!』
やめなさい!やめるのよ、ワタシ!
『ワタシなんか…ワタシなんか!居なくてもっ』
…ワタシ、すべてを吹っ切ったつもりになって、シンジの味方だなんて言ってたんだわ。なんてことない、自分の抱えた不安をそうやって誤魔化してきてたのね。
「…アンジェ?」
自分で選び取ったんじゃない。そうするしかないと決め付けて、逃げ込んでただけ。そうでもしないと、自分の存在意義が揺らぎそうで恐かったのよ。
シンジと一緒だわ。ううん、以前のシンジと…ね。臆病だったの。賢しげにシンジに何か言う資格なんてない!
「アンジェ!大丈夫?」
結局、シンジを利用してるだけなのよ。
いろんなものを乗り越えた気になって、高みから見下ろしてただなんて。
「アンジェ!!返事してよ」
…自分に、絶望するわ!
……
「アンジェ!?」
…
『…シンジ?』
ワタシったら、シンジが呼びかけてくれてたのも気付かなかった。やっぱり、自分、自分、自分、自分!自分ばっかり!
「…」
シンジの嘆息はやさしくて、安堵に満ちていた。
…
『『…あのっ…!』』
…
あまりのタイミングの良さに、つい沈黙。
『…その、ごめん』
…やだ。謝らないでよ。
『…僕、アンジェの気持ちなんか考えたこともなかった』
アンタに謝られたら、ワタシ…
『…アンジェはいつだって出来る限りのことをしてくれてたのに、そんなことも解かってなかったなんて…』
僕って最低だ…。だなんて、口に出してまで。
『本当に、ごめん』
…
謝られれば謝られるほどワタシの立つ瀬がなくなって惨めになるってのに、…なんでワタシ、嬉しいの?
…ううん、ホントは解かってる。
シンジが謝るのは、ワタシの苦悩を慮ってくれたから。ワタシを理解しようとしてくれた結果だから。
そんなことがこんなにも嬉しいのは、今のワタシにとって、シンジは世界のすべてとイコールだってコト。全世界から己の存在を肯定されて、どうして自尊心のささいな綻びなんか気にしてられるだろう。
『…こんな僕だけど、見捨てないで助けてくれる?』
そう。アンタがワタシに存在意義をくれるっていうのね。なんにもしてあげらんないワタシを、必要だって言ってくれるのね。
なら、ワタシは…
…ワタシの存在意義を全うするのみ、よ。
『当ったり前じゃない。ワタシがアンタを見捨てるワケないでしょ!』
よかった。と胸をなでおろすシンジを、バカねぇ。と笑い飛ばしてあげる。その懸け合いが、なんだか心地いい。
****
どうせ捕獲なんて出来っこないんだから即時殲滅を提案させたんだけど、受け入れてもらえなかった。せめてもの備えにと、電磁柵の中にも液体窒素を吹き込めるように細工してもらうのが精一杯だったわ。
結局、初号機が熔岩に飛び込んで救けてくれたことに変わりはなかったけど、前より弐号機の損傷は少なかったからヨシとしなけりゃね。
つづく
special thanks to シン・サメマンさま(@shark_las)
シン・サメマン氏(@shark_las)さんが、この話のイラストを描いてくださりました。ありがとうございました。
(シンジに耳打ちするアンジェが最高に可愛いです。d(>_<))
Twitterで、シン・サメマンさま(@shark_las)かdragonfly(@dragonfly_lynce)を検索してみてくださいませ。
2007.06.20 PUBLISHED
2007.09.05 REVISED
2020.05.13 ILLUSTRATED