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No.43351の一覧
[0] EVAザクラ 新劇場版[まっこう](2019/08/30 22:14)
[1] EVAザクラ新劇場版 序の次 第一話[まっこう](2019/08/30 22:12)
[2] EVAザクラ新劇場版 序の次 第二話[まっこう](2019/08/30 23:59)
[3] EVAザクラ新劇場版 序の次 第三話[まっこう](2019/08/31 12:37)
[4] EVAザクラ新劇場版 序の次 第四話[まっこう](2019/08/31 19:23)
[5] EVAザクラ新劇場版 序の次 第五話[まっこう](2019/08/31 22:22)
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[43351] EVAザクラ 新劇場版
Name: まっこう◆048ec83a ID:aa2941d2 次を表示する
Date: 2019/08/30 22:14
前書き PCを新調した記念に。前作 EVAザクラを読んで無くても判る様に書きましたが。ちなみにここ makkoukuzira.synology.me

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「砂だらけ。変わらないなあ」

 魔法使いは長生きだ。小さい頃は、おとぎ話に出てくる数百年生きている魔法使いを、うらやましいと思った。ただ自分がそうなるといささか不自由だ。何より辛いのは、周りに知人がほとんどいなくなる事だ。愛する夫が死んでから百年たったある日、彼女は窓から火星の大地を眺めながら呟いた。年の頃なら二十代半ばに見えるが実年齢は遙かに上だ。生きてきた暦の長さで言ったら人類の歴史とそれほど変わりはない。
太陽系の再発見の後、テラフォーミングされた火星は、赤道付近ならば気温は地球と変わりがない。気圧は半分程で湿度はほとんど無い。人の居住区と農地、漁場は大き目のドームに覆われている。砂嵐対策と若干の加圧、加湿のためだ。ただ彼女の家はドームの外にある。彼女程の超常能力者は銀河に広がった人類の版図にも他にほとんど例がなく、存在には恐れと噂が付き纏っている。そのため幾度かテロに襲われた。周りを巻き込まない様にドームから離れて住む事にした。ドームに数人は知人もいて普段はあまり寂しくは無いが、時々昔を思い出しため息をついてしまう。そんな気分が落ち込んだ時は動き回るに限る。そこでドームに向かうことにした。
 まず保温性が高い服に着がえると、ヘルメットを被る。呼吸さえ出来ればいいので服の気密性はそれほど高くは無い。自分の名前と同じく桜色で統一した外出着は、随分前にデザイナーの娘が設計した物だ。娘の家族は銀河の反対側の太陽系にいる。娘には魔力に関する能力は遺伝しなかったため、50年ほど前に他界している。今は遺伝子工学でほぼ不老不死は実現しているが、適合しない人も、選ばない人も多い。そのため彼女の知人は、ドームに数人を残すのみだ。鏡の前で外出着を整えるとエアロックへ向かった。

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 小型のサンドモービルで、一番近いドームには一時間ほどかかった。夫が生きていた時は自動車の妖怪も一緒に住んでいた。彼なら10分でドームに着いただろうが、今は彼女の願いで、彼女の孫達のもとで孫達の家族を運んでいる。彼女専用のエアロックで係員にサンドモービルを預けた。未だに名目上の太陽系の所有者は彼女だ。実際は碇財団が管理している。彼女はその総裁でもあり、当然一般人と扱いが違う。そこにはテロに周りを巻きこまないためという意味もある。崇拝と恐怖が彼女の銀河系での通り名、magical queenには込められている。銀河系全体で通用する通り名を持つ者は、他には数人いる。超人やラブリーエンゼルなど様々だが、どれも恐怖の影がつきまとう。彼女自身は自分の身は守れるが、孫達は特異能力も無いため、護衛として親友兼恋敵の女性型アンドロイドが一緒に住んで守護している。彼女は専用の更衣室に向かうと、クローゼットから桜色のワンピースを取り出して着替えた。400年ほど前に、最愛の友がデザインした物だ。これに着替えると今ではカードになり自分と一体化した友のうきうきとした気持ちがわき上がり、彼女も元気になれる。姿見の前でくるりと一回転するとセミロングにした髪が広がった。遙か昔に生きていた親友の母親が見たら、彼女の母親に似てきたと目尻を下げて喜ぶだろう。どちらかといえばボーイッシュと言えた子供時代と比べて、母親に似た穏やかで豊かな美貌が姿見に映っている。
 更衣室を出ると、ドーム内部のエアロックに向かう。途中出会う財団の職員に挨拶をしつつ進むとすぐにエアロックに着いた。

「ふぁ~」

 このドームの内側のエアロックをくぐるたび、何度でも変な歓声が口からこぼれてしまう。目の前には入り組んだ水路とその隙間に佇む町が見えた。半径が100kmもあるこのドームは、この時代の言葉で「ベノチア」と呼ばれている。昔地球にあった水の都の名前らしい。現在は火星大気の水分を大量に集めて、擬似的な海を再現し、火星における漁業を担っている。観光地としても人気だが、ドーム都市はそれほど住める人間の数は多くないため、観光客のキャンセル待ちが数年分はある。
 彼女はエアロックの側の岬の先端に向かった。そこには小さな建物が水路の横に佇んでいた。地球なら海辺の釣り宿といったただずまいだが、このドームでは釣りは禁止されている。魚は皆の共通の資源で、漁業免許が必要だ。そのため釣り宿ではない。可愛いピンクの建物は言うなれば水上タクシーの駅だ。観光用の小舟をレンタルしてくれる。水先案内人も一緒に付いてくる。

「こんにちわぁ」
「はぁーい」

 店の入り口で挨拶をすると、オープンデッキ風の店の奥から声がした。どこか間が抜けたような、安心させてくれるような優しい声だ。

「ARIAカンパニーへようこそ、サクラさんお久しぶりです」
「お久しぶりです。アカリさん」

 ケープ風だが、体にぴったりとあった白い制服をきて、水兵帽みたいな制帽を被った女性が奥から出てきた。声と同じくのんびりとした風貌の長髪の女性だ。カウンターでのほほんとした笑顔を見せているが彼女はこの店の主だ。前の主から店を引き継いで三カ月ほどたっている。

「今日は空いてますか?」
「はい。今日は予約はないので一日中平気です」
「じゃあ、一日中貸しきりでのんびり出来る?」
「はい。では一日貸し切り、と」

 アカリはカウンターにあるカレンダーに予定を書き込んだ。予定欄は空いている場所も多い。水先案内人としては独り立ちしたとはいえ、まだ固定客は少ない。サクラのように一日中予約してくれるのはとても助かる。

「早速、カフェへ頼むわ。朝食べてないの」
「あらあら、では早速、アリア社長」
「ぶいにゅ」

 アカリが店の奥に声をかけると、変な鳴き声とともに、白い塊が歩いてきた。青い瞳のぷにぷにした白いネコは、この店の社長だ。個人向けの船を出す店は風習として青い瞳の猫を社長兼マスコット兼お守りとしている。アリア社長はこの店、「ARIAカンパニー」の社長をここ数年つとめている。

「アリア社長、こんにちは」
「ぶいにゅ」

 サクラの挨拶を分かっているのかいないのかはともかく、アリア社長は店の外に出て行った。盗られる物がないのか、この時代の風習か分からぬが、戸締まりもせずに、二人はアリア社長の後を付いて行く。水路の脇まで行くと、ゴンドラがぷかぷか浮かんでいるのが見えた。

「じゃあ、サンラルク広場までおねがいします」
「はい。お客様」

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「ここのカフェオレは絶品ね」
「はい。私は何杯もおかわりして朝から夜までいた事がありますよ」

 サンラルク広場のオープンカフェ・カフェクロリアンでサンドウィッチをつまんだ後、二人は何杯もカフェオレをおかわりしておしゃべりをしていた。アリア社長もホットミルクを二人の横で楽しんでいる。建物の影にある樫の丸いテーブルは丁度よい大きさで二人と一匹の間を空けて、何時までものんびり出来そうだ。長らく話していると、日が高くなってきた。おかげでテーブルは日向に出てしまった。二人はテーブルを日陰まで動かしてまたカフェオレとおしゃべりを楽しみだした。このオープンカフェは太陽の動きとともに日陰に移動するのが風習となっている。ドーム都心とはいえ、空に蓋はない。電磁的なフィールドが上空1km程度の高度で、物質とエネルギーをほぼ遮断している。特定周波数の電磁波や音は通すので、日の光や風の吹く音は楽しめる。

「そう言えば、定期検診はどうだった」
「不老不死ではないけど若いまま長生きできます。当分サクラさんとお茶を楽しめます」
「それはよかった」

 アカリは両親が望んだため、デザイナーベイビーとして不老不死として生まれる予定だったが、処理が完全には適合しなかったようだ。デザイナーベイビーとして生まれた場合、火星ではある程度の年齢までは定期検診が義務づけられている。未だに遺伝子情報の暴走により怪物化する例もありそんな規則がある。最近サクラはドームに来ていなかったためは話題はいくらでもある。何度もテーブルを動かしては、何杯もお代わりをして二人と一匹は話し続けた。

「ぶいにゅう」

 少し退屈し始めたのかアリア社長が欠伸をした。アカリは立ち上がるとアリア社長を抱き上げ、日向に出た。サクラに微笑む。

「こんな日が続くといいですね」

 願ってはいけない。サクラはふと思った。願うと夢は壊れてしまう。なぜかそう思った。銀河一の魔法使いの勘は正しかった。

「えっ」

 次の瞬間辺りの日差しが強くなったような気がした。上を向くと何かが地球の方から迫ってくる。ほぼ光速だ。それは物体ではなく何かの場のようなものだった。上を向いたサクラを不思議そうにアカリが見つめた時、それは火星に到着した。思わずシールドの魔法で辺りを覆った為かサクラの素質なのかサクラに変化は無かった。だが周囲は違った。見慣れたドームの全てが崩れていく。違う世界の法則に触れて元の火星の風景に、人類がテラフォームする前の風景に戻っていく。シールドの魔法で覆った部分も例外ではなく、辺りよりゆっくりだが変わっていく。

「アカリさん」

サクラは叫ぶとアカリに駆け寄った。遺伝子操作で生まれたアカリとアリア社長も火星の風景の一部だ。アカリとアリア社長は呻き声を上げながら崩れていく。やがて原形質の塊となり混じり合った状態になった。ただシールドの魔法の中にいたせいか原形質は生きているようだった。とりあえずタイムの魔法で二人の成れの果ての時間を止めた。どうしようと悩んでいる間に周囲は完全に火星の砂漠に成りはてた。

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「やはり何もない」

 火星の土から魔法で鉄とガラスと紐を作り出し、アカリーアリアをおさめる容器を作るとそれに納めた。背中に背負うと火星の調査を始めた。不幸中の幸いと言うべきか、今のサクラは陽光と月光があれば食事も酸素も要らない。光の力場で出来た翼を生やして火星を飛び回る。火星には何もなかった。人類が都市を築いた跡は何も無かった。地表にキラキラと輝く金属の輝きを見つけて降りてみると、はるか昔に火星を探査した火星探査機の部品だった。置き去りにされ風化した部品が折れて金属光沢が見えていた。サクラはその部品のそばに座り込むとしばらく動けなかった。

「誰か聞こえる?」

 超能力者にとってはテレパシー、魔法使いにとっては遠耳の術、そんな物で銀河中に声を上げ、耳をすませた。誰からも何も帰ってこない。以前なら「超人」「疫病神」などの二つ名を持つ者からすぐに返事があった。彼らはサクラ同様不死身だ。となると現状では元から存在していなかったということかもしれない。

「あっ」

 微かに地球の方から声が聞こえた。声というより思念、思いそのようなものだ。空を見上げると、地球が見えた。赤かった。何かが変わっていた。

「行ってみよう」

 サクラは呟くとふわりと浮き上がり赤い地球に向かって行った。

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 今では超光速を出せるサクラも背中のアカリーアリアが心配でそれほど速度は出せなかった。地球までは光速の3割程度の速度で30分程かかった。

「なに、これ」

 地球は赤い海で覆われていた。夕日が当たっているわけではない。海水自体が赤いのだ。サクラは地球の周りを回ってみた。サクラが知っている緑と海に覆われた星は無くなり、赤い海水と砂漠と朽ち果てた都市の残骸が有るだけだった。都市の残骸もサクラがここ最近慣れてきた1万世紀の地球の物では無く、サクラの子供の頃、100万年前の物が朽ち果てていた。
 サクラは月まで一旦戻ることにした。海から訳の分からない思念波がサクラにたたきつけられ、気持ち悪くなったからだ。それは人間の物とも他の動物植物の物とも見当が付かなかった。月に近づくと、月に何かが刺さっているのが見えた。近づいて見ると赤い二股の槍だった。それは地球の朽ち果て方とは違い作りたての様な光沢を放っていた。

「何かが起きた。それもはるか昔、私が子供の頃に」

 何かが時間に干渉しそれがさかのぼって今の結果となったように感じた。サクラは時間をさかのぼってみることにした。夫と時間に干渉することはしないと約束していたが今は非常事態だ。背中のアカリーアリアも気になる。ともかく誰かに相談したい。サンとムーンのカードはほぼサクラの自我と一体化しているため相談相手にはならない。サクラは月面の槍を小さくすると、手に取った。何か重要な気がしたからだ。そして月面に横たわると目を閉じた。11日と13時間ほど眠ると太陽と月の位置が丁度良い場所に来た。時間をさかのぼる魔法となると簡単にはいかない。太陽と月の力がいるため、時を待った。サクラは魔法の杖を取り出すと、リターンの魔法で過去へ戻って行った。

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「初号機だ、でもなんか違うような」

 過去への旅は初めは何も起きなかった。月の軌道に合わせて動くサクラには地球はほとんど変化はみれなかった。後1万年でサクラの少女時代になるところまで来ると宇宙の彼方から紫の塊が飛来してきて地球の衛星軌道に乗り回り始めた。初号機だ。サクラは時間遡行の速度を緩めた。遡行速度はすぐには変えられないので、通り過ぎない様にだ。

「この初号機も同じ槍を持ってる」

 サクラは初号機に近づくと一旦時間遡行をやめた。時は順行し始めた。サクラはゆっくりと初号機に近づいていく。もう少しで初号機に触れるところでそれは起きた。初号機が手の槍を振り回して、サクラを叩いた。初号機もしくは中に乗る者は、単にサクラに触れようとしただけかもしれない。ただ初号機の巨体が振り回した槍が迫ってくるのを見て、サクラはとっさに手にあった槍を大きくして盾代わりにした。結果としては最悪の選択だったのかもしれない。サクラのスピードなら避けるだけで十分に間に合う。槍と槍は激突した。接触部を中心に眩い光とエネルギーが発生しサクラと背中の物をはるか彼方の次元と空間にはじき飛ばした。その瞬間サクラは気絶した。


EVAザクラ 新劇場版



私は猫である

 私は猫である。名は無いと言いたいところだが、アンズという立派な名前がある。どこで生まれたかは見当がつかない。アンズの木の下にあった割れたガラスの容器の中でニャーニャー鳴いていたところを拾われた。私はここで初めて人間というものを見た。しかも後で知ったのだが、それは小学生という人間の中で最も凶暴な種族だったらしい。この小学生というのは時々猫を捕まえては、遊びまくって殺してしまうらしい。しかし当時はそんな事はちっとも知らず、小学生の手のひらでニャーニャー鳴いていた。ここで初めて人間を見たはずなのだが、何か懐かしい気がした。昔、人間と話したり、遊んだりした様に思えた。
 そのうち小学生は飽きたらしく壊れたガラスの容器に私を戻すとどこかに行ってしまった。しばらくすると困ったことにお腹がへってきた。私が入っているガラスの容器はツルツルとして自慢の爪も歯が立たない。このままでは飢え死にしてしまうが、どうしようも無い。そのピンチを救ったのは私の初めての飼い主である、お母さんだ。夫が近所の小学校の教師をしているその女性は、初老の背が低い優しそうな顔をしていた。私を優しく抱きかかえると、家まで連れて行った。家にはお母さんの夫であるお父さんがいた。やはり優しそうな小柄の男性だった。その家で私は、人間の子供の様に可愛がってもらいスクスクと大きくなった。名前は拾われた傍にあったアンズの木にちなんでアンズと名付けられた。
 セカンドインパクト後の混乱した世界でも、私はそれほど苦労しなかった。自分達の食い扶持を削っても父母は私に食べさせてくれた。私は猫なので野鼠や野鳥を捕まえては、両親に見せてから食べて二人の食料の節約に努めた。もっとも両親は、野鼠を枕元において自慢げに座っている私を見ては苦笑いを浮かべていた。そんな生活を続けて数年が経った。私は美猫と言ってもよいと思う。つがいになって欲しいと近寄って来る雄がいっぱいいたが全てはねつけていた。食糧事情は中々好転しない中で子猫を生んだら、両親に迷惑がかかるからだ。ただ数年経つと雄は近寄ってこなくなった。猫は人間より早く育つ。私が年寄りというわけではないが、もっと魅力的な野良猫は沢山いる。私は両親の飼い猫で一生過ごそうと思った。

ーーーーーーーーーー

 ある日の事だった。縁側で風に当たってのんびりしていた私にお母さんが近寄って来て、横に座った。私を抱き上げると、頭を撫でながら、何とはなしに話し始めた。最近は私も人間の言葉が分かるので静かに聞いていた。

「アンズ、今度うちで子供を預かることにしたのよ。お母さんを事故で亡くした子でね。お父さんがとても忙しい人なので、知り合いのうちで面倒をみることにしたのよ。碇シンジ君て言うの」

 そこで言葉を句切ると、お母さんは私の脇の下に手を入れて持ち上げ、顔の前に近づけた。

「アンズは少しシンジ君より年上なので、お姉さんになってあげてくれないかしら」
「ニャー」
「そうかい、ありがとう」

 お母さんは私の言葉は分からないはずだが、言っていることはわかったようだ。私はもちろんと答え、お母さんは微笑んだ。
 それからは、友達に聞いてまわったり、お父さんについて小学校に行き人間の男の子達を研究したりした。もっともその頃は私は単なる猫だったので、それほど知識は得られなかった。そんなこんなしているうちに、シンジが我が家へやって来た。第一印象はおとなしい子だった。自分には一緒に生まれた兄弟がいたかは分からないが、もっと賑やかだろう。アル君に似ていると思ったが、そのアル君が誰かわからず悩んでしまった。私が悩んでいると、シンジは玄関のたたきから、家に入ってきた。

「ニャー」
「アンズ、こんにちは」

 お母さんから聞いていたいたらしく私の名前は知っていた。ただ弟なのに呼び捨てとはけしからんということで、肩に飛び乗り頭の上によじ登って、肉球で叩いてやった。

「ありがとう」

 私が慰めたのと勘違いしたらしい。まあ私はお姉さんなので許してあげることにした。

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 シンジは家に来てから泣いてばかりだった。当時の私はお姉さんになったとは言っても単なる猫だったので、人間の子供がお母さんがいなくなることの重大さはわからなかった。ただ、泣いているのが可哀想で仕方が無かった。だからどこへ行く時もついて行き、慰めることにした。シンジが小学校に行く時もついていったので、シンジは学校では猫使いとあだ名がついたぐらいだ。そのうちシンジは私の存在に慣れ、私の前では笑ったり泣いたりと表情を見せるようになった。

 猫にとってはとても長いが、人間の子供に取っては時間は早い。シンジは中学二年生に成った。

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thunderblave are go!!

「救助隊規則第一条 全世界救助隊はthunderblaveロケットの秘密を他に漏らしてはいけない。間違って使えば……」

 自転軸の変化により今では赤道近くになってしまったその島は、太平洋の日本に近い場所にあった。セカンドインパクトの影響で地殻変動が起きて出来たいくつかの島は、国連の管理下に置かれていたが、その島はある富豪が資金力と祖父の政治力で手に入れた。富豪と言っても、見た目はモデル並みの容姿と実用的な身体を持った見目麗しい女性だ。ただ目つきがキツイ美人で美丈夫と言うのが一番しっくりくる。
 その美丈夫は桜色のガウン姿でその島の自室で、書類を読み返していた。彼女が全ての私財をなげうって作ったwwr(World wide rescue)の準備はほぼ整っていた。セカンドインパクトで愛する夫と最愛の従姉妹とその家族を失った哀しみが繰り返されないように作った組織だ。彼女が隊長を務めている。

「ん」

 彼女の自室は島の中央の建物の最上階にある。窓の外を明るい流星が流れたので目を向けた。次の瞬間、島の短い滑走路の辺りから閃光がきらめいた。室内にアラームが鳴り響く。

「マリエルどうしたの」
「人が光ってます」

 一番上の養子の名前を言うと、本人のインターコムに回線がつながった。彼女はWWRの隊員の一人だ。名はマリエル、姓は花右京だ。

「人が光る訳ないでしょう」
「でも光ってます」

 部屋のスクリーンに光景が映し出された。マリエルが身につけているカメラの光景だろう。確かに、滑走路の上で倒れている少女が光っていた。

「ナデシコ」

 思わず隊長は、大道寺ソノミは立ち上がった。滑走路には、時空を超え、初号機とふれあったためか13,4ぐらいに若返ったサクラが倒れていた。

ーーーーーーーーーー

 この島の地下には一応尋問用の部屋がある。尋問用と言ってもホテルの一室にしか見えない。ただ壁の一面に大きな鏡があり、隣り合った部屋から監視が出来る。サクラはその尋問用の部屋に収監された。島に常駐している医師の花右京タロウの見立てだと、生物的な年齢は15歳ぐらいで至って健康だそうだ。島には最新の医療設備が揃っているが、そのどれでも全くの健康体だ。

「ちょっと気味が悪いぐらい健康です」

 タロウの言葉だ。島の医療設備は高性能過ぎて、どんな人でも一つや二つの健康の偏りが見つかるのだが、それがないそうだ。ただその割に目を覚まさない。ともかく今はWWR立ち上げの大事な時期だ。もしかしてスパイだったらということで、尋問用の部屋で軟禁と言うことになった。隊長の娘たちのうち、実子のトモヨのサイズが近かったので彼女のパジャマを着せて寝かせてある。ついでに世話係もしている。トモヨもWWRの隊員ではあるが、まだ見習い扱いなので、それほど仕事はないのでうってつけだ。何よりトモヨ自身がサクラに一目惚れ状態で、進んで世話をしている。

ーーーーーーーーーー

 一週間後サクラは目覚めた。尋問はマリエルとタロウが担当した。隊長のソノミは、最愛の従姉妹ナデシコにそっくりのサクラの前では、頭の働きも鈍るということで、副隊長格のマリエルが担当した。タロウは、体調が急変した時のためにいる。尋問部屋のベット脇でサクラが話す昔話を聞いていた。トモヨもお世話係として側にいる。
 サクラは先ほど魔法の実演もして見せたが、時や次元を超えたせいかほとんど魔力は失われて、威力は無くなっている。何かするにもWWRの道具を使った方が手っ取り早いぐらいでしかない。しかもサンとムーンのカードの反応が無い。自分の中にいるのは分かるが呼びかけても返事が無い。そのためサクラは相談する相手もいない。魔法使いとしては八方ふさがりだ。

「みんなどう思う?」

 尋問部屋の光景を、居間で一緒に見ていた隊員達にソノミは呟いた。彼女はモニターの光景を食い入るように見ている。居間には隊員がほぼ勢ぞろいしていた。クルミ、サキ、カリンカの三姉妹と島の警備隊隊長のカッシュ・土門と配下のコノエとヤシマ、宇宙ステーションであるTB5号の駐在員である、ナギサと、技術担当のレイン・土門、弟子のイクヨがいる。もう一人のTB5駐在員であるホノカはすでにTB5に滞在して、回線を通して参加している。土門夫妻を除けば全員隊長である大道寺ソノミの養子だ。セカンドインパクトで孤児になった子供達のために、当時から玩具の製造販売で大富豪となっていたソノミは、孤児院を大量に建て運営していた。その中から選抜された子供達を鍛えて隊員にした。土門夫妻はセカンドインパクト後職を失っていたのでソノミが雇っている。夫は拳法の達人で警備隊隊長及び体術指南、妻は天才的技術者としてTBシリーズの制作に携わっていて、今ではソノミの最も信頼出来る友人だ。

「魔法使いなのは事実だろう。だったら残りの話も、あり得ない事じゃないだろうな。まあ難しい話はレインに任せる。俺は島を見回ってくる」

 カッシュは話に飽きてきたのか、居間を出て行った。暑いこの島でも黒いマントのような物を身にまとっているが汗一つかかない。鍛え方が違うのだろう。

「ほんとに面倒くさいの嫌いなんだから」

 ソノミとは違うがやはりきつめの美貌を誇るレイン・土門博士は勝手に部屋を出て行った夫の背中をにらみつけた。名前通りハーフらしく、完全に東洋人の顔のソノミとは少し違い、ほりが深い。

「仮定が入るのだけれど」

レインは顎に指を当て話し出した。

「仮定の一は、彼女が本当に魔法使いだと言うこと。少なくともさっき実演してくれたから超常能力があることは事実らしいのでこれはクリア。仮定の二は彼女が言葉通り異世界もしくはパラレルワールドから来たのだと言うこと。これは証明しようがないのだけど、少なくともソノミの記憶にある、ナデシコさんや先生は実在していたわけだし、セカンドインパクトで被害を被ったのも同じ。まあ、ソノミの旦那がルパン四世っていうのは無いけど」
「私のあの人はアニメの主人公じゃないわよ、普通の人。私と一緒にいなければ、あのときも助かったのだけど」

 ソノミは顔はモニターから動かさなかったが、ただ寂しい笑いを浮かべているのがモニターにかすかに映り込んでいる。

「ともかく、パラレルワールドという仮定を受け入れたとすると、この世界に相当近いわ。科学レベルは彼女の世界の方が少し上、政治経済などのシステムは似ているし、文化もね」
「で、どうする」
「ソノミはどうしたいの」
「もし、違う世界にナデシコがいたのだとしたら、違う世界のナデシコの家族だとしたら」
「助けてあげたいんでしょ」
「ええ」
「じゃこうしてはどうかしら」

 レインはソノミの肩に手を置いた。ソノミは振り返った。

「WWRにとって、有益か否かで決める。彼女の、とりあえず魔法は、いざって言う時の切り札の一つとして使える。そして今はそれほどの力があるわけでは無いので危険性はない。例えば本人が知らない間に洗脳されて、こんなストーリーを言っていたとして何かおこしても、コノエなら取り押さえられる」
「ナデシコの子供をスパイだなんて言わないで」
「それは不確定要素よ。ともかく害はないし。そこでWWRの基地に置いておかないで、彼女の旦那と言うべきか、旦那だったと言うべきか、ともかく碇シンジ君のところに送り込んだら。丁度日本の駐在員が欲しかったわけだし、トモヨちゃんは日本に戻すのだから、見張りとして、この世界の案内役として一緒に転校させてあげれば」
「本人が望めばそれも良いかもね」
「ただし、スパイだったりする可能性も否定しないで、頭の片隅に残してちょうだい」
「ええ」

 ソノミはため息をついてモニターに視線を戻した。

「お母様」

 モニターからいつの間にか消えていたトモヨの声がした。

「サクラさんがお母様に会いたいそうです」
「判ったわ。ヤシマ」
「はい」

 ソノミの秘書も兼ねている色黒の女性は、書類入れを手に持った。ソノミの後をついて部屋を出て行った。
「どう思う」
「おかあさまはこの件については判断能力が鈍っているわ」

 コノエは手にしている木刀のような物を膝の上に置いた。棒の握りの側にかすかに切れ目が見えるので、仕込み杖かなにかだろう。

「でもクルミはサクラちゃんはいい人にみえるです」
「私も姉さんに賛成」
「私も賛成。コノエさんはトモヨちゃんべったりだから、トモヨちゃんが心配なんでしょ。日本に着いていったら。ここは師匠に任せて」
「それもありね」

 師匠とはカッシュの事だ。みんなの体術の師匠のためそう呼ばれる。

「ともかく、隊長の決定に従うわ」

 結局、日本の屋敷にトモヨが帰るのについてサクラも日本に渡り、第三新東京市に行く事になった。護衛にコノエがついていくことになった。
 たまたま第三新東京市の近くに建てていた大道寺家の別宅から、シンジが通うであろう第三新東京市立第壱中学校に通うこととなった。あれこれと三ヶ月間ほどかかったが、その間にサクラとトモヨは仲良くなった。それと共にサクラと一体化していた、カードとなった前の世界のトモヨとケンスケの気配は体の中から消えてしまった。とても悲しかったが、その事を屋敷の部屋で今のトモヨに打ち明けると、黙って抱きしめて頭を撫でてくれた。

「大丈夫ですわ、サクラさん。もう一人の私に替わって、私がサクラさんをお助けしますわ。サクラさんは、その碇さんを助けてあげてくださいな」
「ありがとう、トモヨちゃん」

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「第二新東京からかぁ、美少女二人とはついとるなぁ」
「えへへへへ」
「おほほほほ。ロサンゼルスからも一人ですわ」
「えっへん、って言うんだよね。こういう時は」
「そうですわ。ルーシーさんは日本語が上手ですわね」
「ママが日本の会社に勤めていて、ママのボスの家によく遊びに行くうちに覚えちゃった」

 始業式の後、2-A組ではサクラとトモヨとルーシーの周りに人だかりが出来ていた。第三新東京市は人口の流入が制限されている。あからさまにはなってはいないが、ネルフが手を回している。そのため転校生は珍しい。三人を除けば全員が1-A組から繰り上がって来ていた。新担任もまだ来ないため、盛り上がっている。


「ルーシーさんは何故日本へいらしたのですか?」
「ママが副社長になったから、本社のある日本に家族ごと引っ越したの。弟も一緒よ」
「お父様は?」
「パパは離婚協議中。ニューヨークで刑事をやってるよ。二人とも仲は悪くないけど、すれ違い多くて、二人とも意地っぱりだし。私も嫌いって訳じゃ無いけど、殆どあってないから他人って感じ」

 ルーシーは肩をすくめた。茶色のセミロングの髪が揺れた。横からシャッター音がした。

「ケンケン、さすがに撮りすぎ。モデル代取るよ」

 先程から三人の写真を撮りまくっているのはケンスケだ。一応断って撮っているが、休む間もなくシャッターを切っている。

「第壱中は写真部が無いだろう。部を作るのは、コンクールに入賞が一番。それには美少女の写真が一番だし」
「トモヨ、ケンケンに何か言ってよ。なんかケンケンは色々だめな感じ」
「おほほほほ、ケンスケさん、過ぎたるは及ばざるがごとしですわ」
「そうそう、サクラもやり過ぎだと思う」

三人に言われて今度はケンスケが肩をすくめた。さすがにシャッターから指を離しカメラを下ろした。

「ま、また今度。ところで大道寺さんは、お母さんが大道寺コーポレーションの社長なんだよね」
「おほほほほ、よくご存じですわね」
「大道寺って苗字は珍しいからね」
「ところで、写真がご趣味のようですが、被写体は主にメカと伺いましたが」
「良く知ってるね。主に被写体はメカ、たまに景色かな、あと美少女」
「やはり色々だめな感じですわね」
「一概に否定はしないよ」

 トモヨはサクラから前の世界の事は聞いているが、それとは関係なく、この世界でも相性は良いのかトモヨとケンスケは話が弾んでいる。

「木之本さんは大道寺さんのハトコなんですって」
「そうだよ、ヒカリちゃん。お母さん同士が従姉妹なの」

 この世界でのサクラの戸籍は、この世界のサクラ達の家族の戸籍を使用している。この世界のサクラはセカンドインパクト後の混乱期に死んでいるが、大道寺家の政治力で記録が改竄され、サクラだけ生き残り大道寺家に引き取られた事になっている。色々聞いてからヒカリは急に謝り出した。サクラが気にしてないと笑いかけ、ヒカリはほっとしたようだ。その後もおしゃべりは続いた。

「あたしが新担任の九段クキコだ、よろしくゥ」

 急に教室の戸が開き、頭がぼさぼさの女教師が入ってきた。年の頃なら三十でこぼこ、少しつり目の整った顔立ちをしている。やせているが、胸はデカく、ぴったりとした服とも相まって目立っている。ただ何となくだらしがない感じと、今どき珍しいタバコのにおいのせいで、色気は余りない。クキコは教壇に手をつくと、自己紹介を始めた。

「言っとくが私は魔女だ、嘘もごまかしも通用しないから、そう思え」

 取りあえず、適当な席について話を聞いていた生徒達の顔は見ものだった。みんな大丈夫かという感じのあきれ顔でクキコを見つめていた。二人を除いてはだ。サクラとトモヨだけは、目を見開いて見ていた。

「じゃあ、まず学級委員長から決めるか、他薦、自薦何でもありだ」

 この世界でも委員長はヒカリだった。

ーーーーーーーーーー

 初日はホームルームだけでお開きだが、サクラとトモヨだけがクキコに相談室呼ばれた。サクラとトモヨがテーブルの前に並んで座ると、クキコは反対側に座った。

「木之本は、何者だい?何かが違う。変な言い方だが違い方も普通と違う」
「えっと」
「ま、何者でもよいが一つだけ。何者でも私の生徒だ。困った事があったら、どんな事でも相談に乗るよ。私じゃないと相談に乗れそうも無いことが多そうだ」

 クキコの笑いはニタニタ笑いなのだが、何故か下品に見えないのは、瞳が澄んでいるからだろうか。色は黒いのだが、見ていると、色んな色が見えるような気もする。サクラとトモヨはクキコの顔をじっと見ていた。

「先生は魔女なんですか?」
「そう言っただろ」
「じゃあ、私も魔女です」
「それは良かった。宇宙人はあった事が無いし、物の怪は面倒だし。ともかく魔女の悩みは他の先生には話しづらいだろ。遠慮せずにいつでも来な」

 そう言うと、クキコはウインクをした。サクラとトモヨも、音が出そうな大げさなウインクに、顔の緊張も解け微笑みが浮かんできた。

「はい、そうさせて頂きます」
「おう、今度家庭訪問するから、差し障りの無いところだけ教えてくれ」

 家庭訪問は早速週末に行われた。クキコの月収位しそうな食事と酒を振る舞われた後、サクラとトモヨとクキコの三人は、サクラの部屋で一晩中語り明かした。理解しあえる教師のおかげで、サクラはシンジがそして使徒がこの街に訪れるまで、穏やかに過ごす事ができた。

ーーーーーーーーーー

代打屋

「あの、どなたですか」
「トーゴー、代打屋だ」

 初めて第三新東京市に来たはいいが、変な怪獣が攻めてきて、リニアは止まるわ、ミサイルは飛び交うわで、シンジは進退窮まっていた。近くで爆発したミサイルの爆風でリニアの駅の入り口のシャッターによろめきかかった。丁度その時、目の前に盾になるようにツードアのクーペが急停車した。

「とにかく乗れ」

 特徴があまりない中年男が手を伸ばして助手席のドアを開ける。トーゴーが何者かは知らないが、怪獣大戦争のまっただ中にいるよりはいい。シンジが大きな鞄を抱えて、頭から滑り込むように助手席に入ると、ドアを閉めた。

「うぁ」

 シンジが座り直すのを待たずに、トーゴーはクーペを発進させた。年代物のガソリン車だが、整備状態も、ドライバーの腕も良いのかクーペはみるみるその場を離れていく。少し経ち直線路にクーペが入り、横Gが収まったところでシンジは助手席に座り直した。

「あの、葛城さんの代わりの方ですか?」
「その通り、代打屋でね。依頼人に急用が出来たので、依頼があった」
「代打屋ですか、えっと」
「何でも屋だよ、ネルフってとこのジオフロントにお連れしろって事だ。ネルフというか、葛城さんは金払い払いがいいから好きなんだ」
「はぁ」
「で、一応確認したいのだが、IDカード持ってるかい?送られているだろ」
「はい」

 シンジが足の下の鞄に手を伸ばした時だった。いきなり運転席側の窓から閃光が車内に飛び込んで来た。そして轟音と共に爆風がクーペの側面を叩いた。爆風にあおられてスピンしかかったクーペだが、道幅が広かったため、なんとか体勢を立て直し、すぐ先にあったトンネルに逃げ込んだ。トーゴーは車を少し進めて止めた。強烈な爆発は、トンネルの入口を赤々と照らし、爆風も凄い勢いで吹き込んでくるが、外よりはましだろう。シンジは鞄に手を伸ばした姿勢から、頭を抱えて、安全姿勢をとっている。なぜか最近学校で頻繁に行われる、避難訓練が役に立った。トーゴーはダッシュボードの下の小物入れから小型の無線機を取り出した。以前ミサトから仕事を請け負った時に渡された、直通の無線機だ。今回も連絡が必要な時はこれを使うことになっている。

「うぁ」

 スイッチを入れたはいいが、NN機雷の爆発の後の電波障害で凄い雑音がして慌ててスイッチを切った。トーゴーは脱力すると、エンジンを止め、ハンドルにもたれかかった。

「当分動けんな、シンジ君とりあえず安全みたいだぞ」

 シンジは頭に手をのせたまま、こわごわ上目遣いで、トーゴーの顔を見上げた。

「ともかく、無線が繋がったら、葛城さんに連絡して、それからだ」
「はぁ」

 爆風にあおられた砂粒などが窓ガラスに当たる音が少し静かになってきたところで、シンジは頭を上げた。
ーーーーーーーーーー

「他に誰かいませんか?」

 そのころ第三新東京市立第弐中学校の校庭にTB2を着陸させていたクルミは、小学校に退避していた住民をTB2のコンテナに乗せ終わったところだった。怪獣が出た、助けてという通信をモニターしていた、TB5の高感度センサーとWWR本部の高性能AIによって、孤立していた小学校を探り当て、TB1とTB2が急行して住民の退避を手伝っていた。怪獣にもびっくりしたが、巨大な正体不明のVTOLが現れたのも驚いていた住民達だがとりあえず命が大事とTB2のコンテナに乗り込んだ。
 スピーカーの呼びかけの後、高性能のバイオモニターで周囲を感知したが、人間は他に見あたらなかった。

「マリエル、発進するです」
「了解。私はもう少し見回ります。怪獣はどうします、母さん」
「私達の仕事は人の命を守ること。怪獣はほっときなさい。お爺さま達の方でなんとかするわよ」
「了解」

 マリエルはTB1で周辺の探査を続けた。TB2は垂直に上昇すると、怪獣から遠ざかるように東に進んでいった。

ーーーーーーーーー

「アンズ、なんでいるの」
「にゃ、にゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ」

 気を取り直したシンジが鞄を開くと、中から白い猫が飛び出してきた。シンジの顔にしがみつくと文句を言うように、アンズが鳴いた。シンジが顔からアンズを引き剥がしても小言のように鳴き続ける。

「猫の輸送代ももらわないとな」
「にゃ、にゃにゃ」

 トーゴーがつぶやくとまるで挨拶をしているかのように、頭を下げて鳴いた。

「アンズは家にいないと。父さんの事だから着いてきてもいいことないよ」
「飼い猫かい」
「先生の家の猫で僕より少し年上なんです」
「じゃ、姉貴か兄貴かな」
「姉と言えば、姉みたいなものです。勝手に着いてきちゃった」
「弟が心配だったんだろな、ともかくネルフに、一人と一匹とどけますか」

 トーゴーは無線機をとるとスイッチを入れた。今度は雑音はさほど聞こえない。

「えー、こちらトーゴー聞こえますか、どうぞ」
「聞こえます。シンジ君無事、NN大丈夫だった?」

 無線機からはきれいな女性の声がした。

「無事ですよ。ただ車はぼろぼろ。そちらの入口まではなんとかいけそうだけどね。あと追加でお客が一匹」
「お客?一匹?」
「シンジ君に飼い猫がついてきたようです。ともかく届けるので、一匹分と車の修理代追加でよろしく」
「追加費用はなんとかするから、いそいでね」
「了解」

 その後、ルートのうち合わせなどを少しした後トーゴーは無線を切った。トンネルの外も大分落ち着いたようだ。まだ怪獣は暴れているのか遠くから音は聞こえてくるが、NN機雷の爆風などは収まってきた。

「じゃ、出発するから、猫は後部座席に」

 トーゴーが言うと、アンズは自分で後部座席に飛び移り、置いてあったタオルの上に寝転がると一声鳴いた。

「言葉がわかるみたいだな」
「そうなんです。時々、人の言葉がわかるような事をするんです」
「まぁ、十何年も生きれば猫又になるかもしれないし、言葉ぐらいわかるのかもな。ともかく出発だ」

 トーゴーはエンジンをかけるとトンネルの奥に向かって進み出した。

ーーーーーーーーーー

「はい、お母様無理はさせませんわ」

 桜色のリムジンの後部座席で、トモヨはソノミと通話をしていたが、今にもドアを開けて飛び出して行きそうなサクラを見て通話を打ち切った。ここは第三新東京市より少し離れた山の頂上だ。使徒が出たという知らせを受けたトモヨとサクラは、ピンクの大型リムジンで、運転手とコノエと共に偵察に来ていた。第三新東京市より200km以内は外出禁止令が出ているが、このリムジンは別らしい。途中戦自の検問にあっても運転手のパーカーがIDを見せて照合させると、フリーパスで通れる。パーカーは屋敷の執事を束ねる立場だが、トモヨ達が出かける時は自らハンドルを握る。ソノミの腹心の部下であり、トモヨ達のもっとも頼りになる味方だ。ボディーガードのコノエはいつものメイド姿で助手席に座っている。助手席には、情報端末やレーダースクリーンがあり、有用な情報が入るたびに、皆に伝えている。

「サクラさん、助けに行きますか?」
「今助けに行ったら、時の流れの誤差が大きくなって、先が読める利点がなくなる。それに今の魔力では使徒と戦えない」
「そうですわ。ここぞという時を見極めないと、今は我慢の時ですわ」

 その時、コノエの端末にTB5から連絡が入った。コノエは直ぐにトモヨの前端末に転送した。

「碇さんは、代打屋さんとジオフロントに向かってますね。代打屋さんはトーゴーさんといって100%の成功率を誇る何でも屋さんだそうです。碇さんの事はとりあえず代打屋さんに任せてはいかがですか」
「うん、でもいざというために、もう少し近くに行きたい」
「わかりました。パーカー、安全かつ最近の距離まで近付いて下さいな」
「はい、お嬢様」

 パーカーは静かにリムジンを発車した。リムジンは使徒の暴れている方へ向かっていった。

「シンジさんは、きっとEVAには乗りたくないと思う。だけど乗ってもらわないと」

サクラは呟くと、足元をみた。しばらくすると靴にしょっぱい水滴が垂れてきた。

ーーーーーーーーーー

「なるほど、親父さんはここのトップなのかい」
「はい」

 ミサトに指示されたジオフロントへの入口に向かうと、そこはネルフ本部への直行便のカートレインの駅があった。入口の警備にはトーゴーとシンジの風貌、使っているクーペの特徴は通達されていたらしく、すぐに案内された。その場にいた係員にシンジのIDカードをチェックしてもらい、本人確認が終わると車でそのままカートレインに乗りこむ。

「トップなんです」

 うつむき気味に話すシンジを、頭の後ろに手を組んで天井を眺めていたトーゴーは横目で見た。シンジは膝の上に戻ってきたアンズの頭を撫でている。アンズはシンジの膝の上で寝ているようだ。

「苦手なのかな、親父さんが」
「はい」
「ま、男は親父が苦手なもんだよ」
「トーゴーさんもですか?」
「だれでも大体そうさ。で大人になると急に苦手でなくなる時が来るんだ」
「そうなの」

 その時、車内が急に明るくなった。カートレインの軌道は地下の大きな空間に出た。

「あっ、凄い。本当にジオフロントだ」
「凄いな、俺も初めて来た。民間人は中々入れないからね」

 シンジは夕焼けの赤い光に照らされたジオフロントの光景に目を奪われた。光ファイバーによる採光システムのせいで、地下なのだが相当明るい。ただ地上とは微妙に色の具合が変わっており、ジオフロントの天井から下に伸びる兵装ビルの奇景のため、抽象画のように見える。

「なあシンジ君、ところで君は何をしに呼ばれたんだい?ここは軍事基地らしいし、子供の来るところとは思えないんだが」
「判りません。ただ、なんとなく碌でもないようなことみたいな気がして。何かちょっと前から直観が鋭くなってきて、そうだ。アンズ預かってくれませんか?」
「にゃ」

 寝ていたように見えたアンズが顔を上げた。

「怪獣が攻めてきてるし。僕といると危なそうで」
「にゃにゃにゃ、ねにゃねにゃ」

 抗議しているのか、アンズが盛んに鳴き始めた。シンジの手を軽くかんだり、前足で叩いたりする。

「なんかいやそうだけどな。それに俺に物を頼むと料金がかかるぞ」
「そうなんですか。どのくらい?」
「まっ、ネルフに請求するよ」
「にゃにゃにゃ」
「アンズ、お願い。ちょっとの間トーゴーさんと一緒にいてくれない」

 シンジの懸命の説得の結果、カートレインが出口に到着する頃には、アンズは納得したらしい。シンジが出口で係員の出迎えを受け別れる時には、トーゴーの頭の上に乗り盛んに鳴き声を上げていた。
 そしはシンジは、ミサトやリツコの元に連れて行かれ、父に再会した。

ーーーーーーーーーー

 なぜこんなロボットに乗っているか自分でも不思議だった。重傷の少女が可哀想だったのかもしれないが、何かが耳元で囁いたような気がした。絶対だいじょうぶだよと、悲しそうな声がしたような気がした。シンジは初号機のエントリープラグの中で思いを巡らせていた。LCLの中でシートにもたれかかり目をつぶっていると、発令所からスピーカー越しに伝わってくる声は、どこか異世界の言葉に聞こえる。シンジはどんどん頭の奥に、思考が潜り込んで行く気がした。やがて初号機と神経接続がされると、音、光は直接感じられるようになり、シンジは初号機と一体化していった。

ーーーーーーーーーー

 サクラは疲労の余りリムジンの後部座席で横になっていた。魔力の消費も激しかったが、それ以上に心の痛みが精神力を奪っていた。パーカーは、リムジンの電磁波迷彩と民間の車としては世界最強の装甲を使い、出来るだけ第三新東京市の中心近くの入り口に近づいた。そこから先はサクラが魔法を使い、ジオフロントのネルフ本部に向かっていった。時を超える前ならば、魔法の複数同時使用など容易かったが、今では二つ同時がやっとで、しかも長くはもたない。姿を消しつつ、ネルフ本部内の頑丈な扉をすり抜け進んだ。本部の構造は余り変わって無いため迷いはしなかったが、結構時間がかかった。シンジの元に着いた時、丁度シンジはストレッチャーから落ちたレイを抱き起こしたところだった。以前と違う光景に一瞬立ちすくんだサクラだが、シンジが呟くのを聞いた。

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」

 繰り返すシンジの耳元に姿を消したまま口を寄せた。

「絶対だいじょうぶだよ」

 昔の口癖をそっと呟いた。するとシンジは呟きはやめ、顔を上げた。

「乗ります。僕が乗ります」

 そしてサクラは、トモヨの元に戻ってきた。リムジンには客がいた。クキコだ。

「すさまじく危ない気配がしたので、見に来たら見つけた」

 クキコの弁だが、魔女先生には電磁波迷彩も効果は無いらしい。

「私、好きな人を戦いに引きずり出した」

 広いリムジンの後部座席で上を向いて目をつぶり横になったサクラの目尻からは、涙の線が伸びていた。

「そういう事もあるさ。今は休もう。間もなくあのデカ物と碇がやり合うのだろ。手助けも出来るかもしれないさ」

 クキコはサクラの額に手を当てて呟いた。見える人なら手が輝いて見えるかもしれない。だがクキコの言葉とは違い、サクラの今の力では、手助けは出来なかった。使徒は初号機の暴走によって倒された。

ーーーーーーーーーー

「アンズ、良かった」
「にゃねにゃにゃにゅねにゃ」

 受け取ったアンズをシンジが撫でると、アンズは相当言いたいことがあるらしく、シンジの顔にへばりついて鳴き続けた。トーゴーはこの一週間とても忙しかった。街があれだけ壊されると本職の市役所土木課の仕事も忙しい。普段ならサボりまくるが、流石にそれも難しい。それに同僚でもあるフィアンセの目もある。仕事が一段落したところでミサトのマンションに集金に行くと、何故かシンジがいた。シンジは色々あってミサトと同居する事になったらしい。集金ついでにアンズを預けようと思っていたトーゴーとしては大助かりだ。

「で、葛城さんはどこだい?」
「ネルフの急用で出掛けました。トーゴーさんが来たら渡してくれって、封筒預かってます、あがってください」
「じゃあ遠慮なく」

 頭に移ったアンズを乗せたシンジの後ろに着いて、トーゴーはマンションにあがった。

「散らかってますけど」
「凄いね」

 ダイニングキッチンのテーブルの周りには、ゴミ詰まったビニール袋で一杯だ。その多くがビールのアルミ缶で、シンジの同居人のものらしい。シンジがテーブルの椅子に座ると、トーゴーも反対側に座った。アンズはテーブルの隅に飛び移ると行儀良く座っている。

「これです」
「確認するよ」

 テーブルに置いてあった封筒をシンジが渡すと、早速トーゴーは封筒を開けた。中からはネルフの財務部発行の小切手が出てきた。六桁の数字が書いてある。

「お、少し多いのはお嬢さんの宿泊費かな」
「にゃにゃ」

 トーゴーがアンズの頭を撫でると、アンズは上機嫌に鳴いた。一週間で仲良くなったらしい。

「あの、トーゴーさんって市役所に務めてますか?」
「何で知ってるんだい」
「この前、転入手続きを自分でしに行ったら見かけたので」
「市役所のみんなには秘密にしているから、秘密で頼むよ。その代わり困った事があったら相談に乗るよ。費用はネルフ持ちでね」
「はあ」

ーーーーーーーーーー

 愛する者との再会は必ずしも劇的なものになるとは限らない。翌日学校でシンジが淡々と自己紹介をするのを自席で見ていたサクラは、そっと目を伏せた。よく見ると何か違う気がする。それが自分の記憶が変わったのか、シンジが自分の愛したシンジと違うのか判断が付かない。時を超えて、初号機に吹き飛ばされて、何かが変わった。多分これから永遠に答えは出ないだろう。
 アンズが戻って来た翌日、シンジは転校生として挨拶をしていた。

「じゃあ、木之本のとなりが空いているからそこだな」
「はい」

 担任のクキコの一声でシンジの席が決まった。シンジを挟んでサクラの反対側には、怪我から復帰したレイが窓の外を眺めている。怪我から復帰したとは言え包帯だらけの体は痛々しい。レイは特にシンジに興味は無いようだ。外を眺めたままだ。シンジは指定された席に静かに座った。

「朝のホームルームは終わり、じゃ」

 クキコはそそくさと教室を出て行った。多分トイレに直行だ。トイレを我慢していた訳では無く、タバコを我慢していた彼女は、ホームルームの後にトイレでタバコを吸うのが日課だ。最近はタバコも吸える所が減ってそんなことをしている。

「私、先生見てくる」

 ホームルームの次はクキコが担当の国語の授業だ。教室を出る必要はない。クキコの様子でピンと来たヒカリはトイレに探しに行った。担任とうるさ方の委員長が居なくなり、教室は騒がしくなった。自然と転校生のシンジのそばに人が集まって来た。

「ねえ、碇君ってあのロボットのパイロットって本当?」

 女子の二人組が寄ってきて聞いた。噂は流れていたらしい。しばらくシンジは二人組を見ていたがやがて小さな声で答えた。

「うん」

 シンジの答えに、いきなり教室が賑やかになる。皆口々にシンジに、ロボットや使徒の質問を浴びせた。根がまじめと言うか、どうでもいいと思っているのかシンジは答えていく。余計教室が騒がしくなっていった。もっともそれに加わらないものもいる。教室の反対側では黒いジャージ姿の少年が苦虫をかみつぶしたような顔で天井を眺めていたし、レイは窓の外を眺めたままだ。

「みんな静かにしなさいよ」

 そこへヒカリがクキコを連行して戻って来た。

「あーじゃあ、授業を始めるぞお」

 頭をかきかきクキコが言った。サクラはそっとため息をついた。せっかく隣の席になったのに声もかけられなかったからだ。


ーーーーーーーーーー

 シンジは一時限目が終わったところで、黒ジャージ姿のトウジに校舎の裏に呼び出された。行ってみるといきなり殴られた。倒れたシンジにトウジが何かを言おうとした時だった。

「すま、うあ」
「うにゃー」

 校舎の窓枠を歩いていた白い猫が、いきなりトウジに飛びつくと、顔にしがみつき、引っ掻き始めた。アンズだ。アンズはシンジが小学生の時から、学校まで送り迎えをしていた。今日も学校まで着いてきた。教室の外で待っていたが、シンジが友達と一緒に出てきたので邪魔にならないように校舎の壁のでっぱりの上を歩いて、上から見守っていた。
 アンズは最愛の弟を守るため、全力で引っ掻いている。とはいえ爪は出していない。シンジが小学生の時にいじめられたのを助けた時、アンズは爪でいじめっ子の顔をすだれにしたことがあった。いじめっ子の親がわきまえた人だったので、問題にはならなかったが、それでもシンジの養父母が困っていたようなので、爪を使うのはやめることにした。ただトウジにしっかり捕まるため左前脚の爪は出して、おでこの上のあたりにしっかりと食い込ませている。かなりトウジは痛いだろう。

「ほれ、そこまでだ」

 唖然として見ていたシンジの代わりに、手を伸ばしたのはクキコだ。なんとなく様子が変なトウジをつけて来ていた。シンジが殴られて慌てて出てきて、暴れるアンズをトウジから引き剥がした。

「シンジ君」

 シンジに駆け寄って来たのはサクラだ。こちらはクキコにテレパシーのようなもので呼ばれたので急いで走ってきた。シンジの口元が切れているのを見て、しゃがんで自分のハンカチをあてた。

「血が出てる」
「……ありがとう」

 口に当てたハンカチをシンジが押さえようとすると、サクラの手に触れた。サクラは慌てて手を引っ込めた。

「え」

 シンジは思わず声を上げた。サクラが大粒の涙をぼろぼろとこぼしていたからだ。サクラは急に立ち上がると走って行ってしまった。急な展開にシンジだけではなく、トウジやアンズも唖然として見送った。

「なんなんや」
「ま、美少女には99の謎があるもんだ」

 クキコはアンズを小脇に抱えると、シンジの手を持って起こした。

「鈴原、碇、相談室に一緒に来い、喧嘩ぐらいする年頃だが、理由は聞かないとな」

ーーーーーーーーーー

「じゃあ、話してもらおうか。何で殴った?」

 相談室の長方形のテーブルの長辺を挟んで、シンジとトウジは座っている。クキコは長辺の真ん中の椅子にだらしなく座っている。アンズはシンジのそばのテーブルの端に座ってトウジを睨んでいる。

「先生に言う事やない」
「あほ。学校で喧嘩したら先生に言う事になるんだよ。まずは理由を言え」

 ずっとシンジを睨んでいたトウジだが、クキコに顔を向けた。

「殴らなあかん訳があるんや」
「他人を殴らなければならない理由はそうはないよ」

トウジは今度はクキコを睨みだした。

「転校生があのロボットを上手く操縦できんかった、それで妹が大怪我したんや」
「僕だって、乗りたくて乗っている訳じゃないのに」
「なんやと」

 シンジの言葉にトウジは激昂し立ち上がった。だが強烈な視線を感じてクキコの方を再度向いた。底光りする瞳がトウジを見ていた。見る間に怒りの感情が引いて行き、何故か寒気がした。

「まあ座れ」
「あ、ああ」

 トウジは慌てて座った。視線が見れないシンジは、トウジの急変に唖然とした顔でクキコを見ていた。

「なあ鈴原、お前は妹を守らなかったのかい?」
「違う場所にいたんや」
「変な話だな。他人の碇には、初めて乗ったロボットを命懸けで上手く操縦しろと言う割に、自分は命懸けで妹を助けに行かないのは」
「そないなこと、避難所が違えば助けにいけんやろ」
「そうかい」

 クキコが冷たい微笑みを浮かべた。

「まあ、恨みは理性じゃ割り切れない。わかるようにしてやろう」

 クキコは右手の平をシンジの額に左手の平をトウジの額に当てた。その瞬間二人の表情が凍りつき動きが止まった。10秒ほどそのままにした後手を離した。

「あぎゅ」

 急にトウジが左手を押さえ奇声を上げてテーブルに突っ伏した。シンジは目尻が釣り上がり、歯を食いしばった。

「碇の戦闘の感覚を、覚えている範囲で伝えた。戦闘で痛い目にあっているから許せるという訳でも無いが参考には成るだろう。鈴原の怒りも伝えた。喧嘩するにも仲良くするにも相互理解は必要だ」

 クキコはポケットのタバコを出して安いライターで火をつけた。

「後は、自分達で考えろ。ただ暴力沙汰はよしな」

 そう言うとクキコは椅子に寄りかかり天井を眺めた。皆そのままの状態で黙っていた。

ーーーーーーーーーー

 ネルフの本部の建物はやたら広い。その為、建物内を移動する為の乗り物がいくつかある。そのうちの一つがリフトだ。ミサトとリツコは二人がけのリフトに乗って本部の中を移動していた。下が雪で周りが開けていればスキー場だが、機械音が響く薄暗いトンネルは異界への入り口のようだ。

「そう言えばシンジ君、転校初日からクラスメイトに殴られているそうじゃない。パイロットのセキュリティ、大丈夫なの?」
「それなんだけど」

 珍しく言いよどむミサトの方に一瞬視線を向けたリツコだが、また足下に視線を戻した。

「諜報部の監視システムに問題はないわ。大した怪我じゃないし。担任の教師が止めに入ったし。ただね、その担任はネルフ関係者じゃないのよ」
「なんで関係者以外が担任なのよ」
「判らないのよ」
「判らない?」
「素性は旧家の出で、自称魔女先生。実際彼女の周りには不可解な事が起きるようなのよ。今回も採用システムがまるで化かされたような感じ。大体MAGIが学校関係は仕切ってるはずでしょ」
「確かに」
「ただ、シンジ君に悪意は無いようなので泳がせてる」
「そっ」

 そして二人は黙り込んだ。

「「ねえ」」

 ほぼ同時に二人はお互いの方を向き言った。

「えっとリツコお先にどうぞ」
「そう、じゃ」

 リツコはポケットに手を突っ込むと板状の物体を二つ出した。少し大きめの黒と白のスマホだ。黒い方をミサトに渡した。

「何これ」
「携帯簡易装甲服、プリQA。モデルQのAバージョンの試作品って意味。言いにくいのでプリキュアって呼んでるわ」
「プリキュア、可愛いコードネームね」
「コードネームはプリQA、プリキュアは愛称よ。スマホとしても使えるし、いざという時はIDカードをタッチして音声コマンドを唱えれば衣服など周囲のものを取り込んで、5分間作動する簡易装甲服になるわ」
「へー」
「ただし作動時間が過ぎると解除されて、素っ裸になるからみだりに起動しないように音声パスワードは普段言わないようなことがいいわよ」
「リツコにしちゃ面白いもの作ったわよね」
「そうなのよ」

 リツコはため息をついてからつぶやいた。ミサトは肩をすくめるとスマホをポケットにしまった。

「なんか最近こういう妙な物ばかり作っちゃうのよ。まるでもう一人の私がいるような、何かに浸食されているような」
「いつから?」
「ここ数ヶ月」
「そう」

 今度はミサトがため息をついた。

「私もちょっと」
「なに?」
「私は妙に喧嘩が強くなっような」
「昔からじゃないの」
「そうじゃなくて、拳銃弾がつかめそうで」
「はぁ?」
「試しにこの前、剣道場で簡単に白刃取りができたのよ」
「ミサトそこまで強かったかしら」
「私も何か憑依しているみたい」
「使徒じゃ無いことを祈るわ」
「そうね。どうせ取り憑くなら魔法少女や他の星の王女様なんかの方がいいわ」
「まったくね。ともかくプリキュアの起動コマンド考えといて」
「そうするわ」

 二人は黙り込んだ。あたりはリフトの機械音が響いていた。

「WWRはどうする」

 3分ほどたった後リツコがつぶやくように聞いた。

「設立目的、メンバー共に問題は無いわ。とりあえず緩やかな友好関係と協力関係を保つわ。一般人の退去をやってもらえばたすかるし、あの輸送力はいざという時魅力だわ」
「そ」

ーーーーーーーーーー

 最近のシンジは休み時間は屋上にいることが多い。クラスになじめないわけでは無いが、一人が気が楽だ。携帯端末で音楽を聴いている事が多い。時々アンズが現れては、ニャーニャーと頭を前脚で叩く。みんなと一緒に仲良くしなさいとお説教をしているのかもしれない。今日はアンズは家で留守番をしているようだ。シンジは目を瞑って音楽に浸っていた。
 急に暗くなった。目を開けるとレイが立っていた。

「非常招集、先行くから」

シンジが身を起こすとレイはそう言い、屋上を出て行った。

ーーーーーーーーーー

「報道管制ってやつだよ」
「さよか」
「なあ、二人でちょっと話が有るんだけど」
「わいもや」

 トウジとケンスケは避難所でテレビを見つつ、顔をつきあわせていた。何か企んでいるようだ。その二人を少し離れた場所から見ているのはトモヨだ。ヒカリやルーシーなど2-A組女子のグループとおしゃべりをしつつ二人を監視している。前の世界ではトモヨとケンスケが戦闘を見に行って負傷をしている。この世界で前回の経験を生かしつつ、被害を最小限にするよう行動中だ。やがてトウジはヒカリにトイレに行くと言って、小言を返された。その時トモヨはいつの間にか避難所の端に控えていたパーカーの配下に合図を送った。彼は皮下埋め込み式の無線機からサクラに合図を送った。

「サクラ様動きがありました」

 そのころサクラは抜け出して地上にいた。前回ケンスケとトモヨが負傷した場所だ。可愛いピンクのヘッドセットでパーカーと話している。横には珍しくワンピース姿のコノエが控えて周囲を見張っている。土門もいる。土門はいつものマント姿だ。
 サクラとしては使徒の対策以外は出来るだけ魔力をセーブしたい。それのためトウジとケンスケの世話はコノエがする。コノエもピンクのヘッドセットを付けている。

「じゃあコノエさん、二人を上手く安全な場所まで誘導して」
「はい、サクラ様、師匠、ご武運を」

 コノエが会釈をするとサクラは頷いた。第三新東京市の中心に向かって歩いて行く。土門は黙ってついて行く。今度の使徒は前回と同じならアンビリカブルケーブルを切断するはずだ。以前のような魔力は無いサクラは、EVAを充電できるほどのサンダーの魔法は使えない。WWRの基地で実験済みだ。ただ瞬間的なら魔力を上げられるので、姿を消しつつ、シールドの魔法で使徒の触手を防ぐことにした。ソノミは危険だと反対したが、それならば出て行くと言われ渋々了承した。そのかわりコノエと土門に護衛させる事になった。
 サクラたちが向かった先からは戦いの轟音が響いてきた。

ーーーーーーーーーー

予定と実際はやはり違う。使徒の触手が初号機のアンビリカブルケーブルを切断するのを防ぐはずだったが、シールドの魔法は耐えきらなかった。土門は魔法を破られて気絶したサクラを抱き上げると、肩に担いで安全な距離でリムジンで待機しているパーカーの元へ向かった。一方ケンスケ達を待ち伏せしていたコノエは、わざと二人に見つかるようにした。トモヨの屋敷に行った事がある二人はコノエを知っている。トモヨの命令で様子を見に来たと答えたところ納得した。二人はコノエが武道の達人とは知らない。こんな危険な場所にコノエを行かせたトモヨにあきれていたが、少し年上の美人のお姉さんに迷惑はかけたくないらしく、避難を勧められ従うことにした。
 ただし少し遅かった。変な気配に三人が振り向くと紫色の人型が宙を舞っていた。初号機だ。使徒の触手に投げ飛ばされた初号機が飛んできた。三人の側に轟音と共に地面にめり込んだ。ケンスケとトウジにとって幸運だったのは、すぐ横にコノエがいたことだ。コノエは二人の服の襟をつかんで地面に転がった。その細い腕とは思えない剛力で二人も横に転がった。次の瞬間、初号機の指が二人をかすめて地面に食い込んだ。コノエがいなかったら二人とも肉塊になっていたところだ。
 一方初号機のシンジは地面から立ち上がろうとして、手の先を見た。初号機の指のすぐ側で怯えたケンスケとトウジ、厳しい顔つきになったコノエが転がっていた。
 シンジがしばらく動けないでいると、ミサトの声がエントリープラグの中に響いた。

「……シンジ君、そこの三人を操縦席へ!三人を回収した後、一時退却。出直すわよ!」

 司令所の操作でエントリープラグが初号機の背骨から上に突き出した。入り口が開く。足がすくんで立てなかったトウジとケンスケをコノエが無理矢理立たせる。トウジとケンスケはコノエの助けを借りてどうにかエントリープラグに乗り込んだ。
 
「転校生、逃げろ言うとるで。転校生」

 トウジに逃げろと言われたからなのか、それとも違う理由か。

「逃げちゃだめだ」

呟いていたシンジは突如絶叫をあげて初号機を使徒に向かって突っ込んで行った。

ーーーーーーーーーー

 バッテリー残量が際どいところだったが、なんとか初号機は使徒を倒せた。トウジとケンスケ、コノエは諜報部の簡単な注意とともに解放された。

「どうして私の命令を無視したの」
「すいません」
「あなたの作戦責任者は私でしょ」
「はい」
「あなたは私の命令に従う義務があるの。分かるわね?」
「はい」

 シンジは更衣室でミサトに詰問されていた。聞いているのかいないのか判らないいい加減な答えに、ミサトは眉を釣り上げた。思わず側のロッカーの扉を拳で叩いた。鉄製の扉は少し凹んだ。

「もういいわ、先に帰って、休んでなさい」
「はい」

 シンジはベンチからゆっくり立ち上がると、うつむいたまま更衣室を出て行った。

ーーーーーーーーーー

「ただいま」

 シンジは帰宅途中どこかに行ってしまおうかとも思ったが、アンズの餌もあるのでマンションに戻ってきた。

「にゃにゃにゃー、にゃ?」

 戸の開く音を聞いてアンズが玄関まで出てきた。のろのろとダイニングに向かうシンジの様子がおかしいと思ったのか、アンズはシンジの肩から頭の上に乗り、頭を前脚で軽く叩いた。慰めているのかもしれない。シンジはそんなアンズを頭からおろし抱きしめる。ダイニングの椅子に座り込んだ。

「どうしたらいいのかな。戦っても殴られたり怒られたりだし」
「にゃにゃにゃにゃにゃー」

 アンズの頭に水滴が落ちてきた。シンジの頬を涙が伝わり顎からしたたっている。アンズは盛んに鳴いている。やはり慰めているようだ。ただシンジは勘違いしたらしい。

「お腹空いたんだね。今用意するよ」

 シンジはアンズを床に下ろすと冷蔵庫に向かった。アンズは諦めたのか鳴くのをやめて後ろを着いていった。

ーーーーーーーーーー

 その日は満月だった。シンジが床につき眠り込むと、シンジの頭の横で丸まっていたアンズは頭を起こした。今日はミサトは後始末で忙しく葛城亭はシンジとアンズだけだ。アンズはガラス窓の方に歩いて行く。マンションの高層にあるその部屋からは満月がよく見えた。
 こんな時はシンジの頭を撫でて、慰めてあげたいとアンズは思った。シンジが泣いていたら、どんな時でも助けてあげたいと思った。アンズはお月様を見上げると、こんな時に慰められるように、顔の涙を拭いてあげられるように、私を人間にしてくださいと願った。そしてじっと祈り続けた後、シンジのタオルケットの上に行き丸まった。夢の国に行った一人と一匹を月の明かりが照らしていた。

ーーーーーーーーーー

 翌日の朝、シンジは寝苦しくて目が覚めた。何か大きい物がシンジの上に乗っている。またミサトかと思った。夜遅く疲れて帰ってくるミサトは、玄関に近いシンジの部屋に夜入ってきて寝込んでいる事がある。酒が入っている時は暑いらしく、全裸の時もある。それなりに慣れた。この人にとって僕はパイロットでしかないんだなと考えつつ、ミサトを起こさないようにそっとどけようとした時だった。

「えっ」

 ミサトでは無かった。シンジのタオルケットの上で丸まって寝ていたのは、色白のシンジと同じぐらいの年の少女だった。ホッソリとしているが胸と腰は豊かで、顔立ちも穏やかな美少女だ。シンジの声が聞こえたのか少女の耳がピクピクと動いた。ただ、その耳は頭の上に生えていた。いわゆる猫耳だ。そして足下で何か動いていた。シンジが目を向けると、それは少女のお尻から生えた尻尾だった。

「え-」

 驚いたシンジの声で少女は目を覚ました。

「うるさいにゃー」

 顔を手の甲で擦りつつ少女は身を起こした。豊かな胸が揺れている。シンジを寝ぼけ眼で見ると顔を近づける。

「あれ?シンちゃん少し縮んだ?」
「えっ、あっとにかく服着て、だいたい誰なんですか?」
「へ?何言ってるのよぅ」

 少女は口元に指を置き、シンジをぼけっと見た。

「私アンズだよ?」
「あ?」

 少女の言葉にシンジは絶句した。

「ん?にゃあぁぁ、私の肉球が盗まれたぁぁぁ。一大事よぅ~~~」

 少女は少女で自分の手のひらを見て絶叫をしていた。

ーーーーーーーーーー

「でだ、要するにアンズちゃんが人間になったわけだ」
「朝起きたら人間になってるなんて、私の猫生初ですよ」

 葛城家のダイニングのテーブルには四人と言うべきか三人と一匹と言うべきかは判らないが、片方にシンジとアンズ、片方にクキコとサクラが座っていた。あの後シンジはともかくアンズにミサトの服を着させた。幸いなことに痩せているがグラマーなアンズの体型はミサトに近く、服の丈は少し余ったがなんとか着ることができた。アンズの話を聞いてみると、どうやら本当にアンズらしい。耳と尻尾も引っ張ってみたが本当に付いている。エヴァに乗ったり使徒と戦ったりと、最近変わった目に会い続けているシンジだが、その中でも相当変わっている。ミサトに相談しようかとも思ったが、今はなんとなく相談しにくい。それにネルフに知らせたらアンズを解剖しそうだ。
 そこで担任が自分は魔女だと言ったのを思い出した。偶然だがシンジのマンションは、クキコのマンションの近くにある。電話をすると盗聴されていそうなので、アンズに留守番をさせて、直接クキコのマンションを訪ねた。多分諜報部は見ているだろうが、少しでも時間を稼ぎたかった。
 早朝の教え子の訪問に初めは寝ぼけ眼で対応していたクキコだが、話を聞いているうちにシャキッとしてきた。ともかくシンジのマンションで話すことにした。学校は適当な理由を付けて休むようだ。シンジのマンションに行く間にテレパシーのような物でサクラに連絡を付けた。化け猫ならサクラも専門家と言えるからだ。サクラとはシンジのマンションの入り口で落ち合った。電話で呼んだことにした。何でサクラがいるのか不思議に思ったシンジだが、クキコに実はこの手の専門家と紹介されたので、ともかく家に入れた。

「アンズは暢気だな」
「アンズじゃなくて、お姉さん。弟なのに生意気よぉ」
「判ったよ、お姉さん」
「そうそう」

 シンジが言う姉さんとはアンズのことだ。着替えてからアンズがまずしたことは、自分を姉さんと呼ばせる事だった。姉としてのこだわりがあるらしい。シンジとしては小さいときから一緒にいて、猫の時から妙に偉そうにしていたアンズを姉さんと呼ぶのに違和感は無いらしい。

「多分、猫又だとサクラは思う」
「そうだな、尻尾の先が二つに分かれているしな」
「にゃ?うあぁ本当だ。私の尻尾がぁぁぁぁ」

 クキコに指摘されて、アンズは大慌てで自分の尻尾を握り部屋の中を右往左往はねるように動き回った。パンツにミサトのシャツ一枚しか着ていないので、アンズのお尻や胸が見える。ただ中身がアンズなせいか、シンジは全然色気を感じない。猫姿のアンズが騒いでいるように見えた。

「猫は長生きすると猫又って妖怪になって、化けたりできるって言うしそれだろう」
「アン……ではなくって姉さんが妖怪、なんか現実味がない」
「ロボットに載って使徒を退治するのとどっちが現実味がないんだい」
「それを言われると、確かに姉さんが人間になる方が現実味があるような。それに少しうれしいし」
「そうだろ」

 葛城家に常備してある缶ビールをすすりながら、クキコは意地の悪い笑いをした。ビールを飲み干すと空き缶を吸い殻入れにして、タバコを吸い始める。

「うにゃ~臭い」
「おっとゴメン」

 アンズにはタバコの匂いがきつかったらしく今度は鼻を押さえて転げ回った。クキコは吸い殻と吸いかけのタバコを空き缶に入れるとベランダに出した。シンジはエアコンの風量を最大にした。すぐに煙は吸い込まれて脱臭された。

「で、碇はどうしたいんだい」
「姉さんがここに住めるのがいいと思うけど、ミサトさんやネルフが許してくれるかどうか。冗談抜きで解剖されそう」
「ま、碇の保護者としてはそうなんだろうな」
「シンジ君とアンズさんが可愛そう。先生なんとかならないの」
「まぁなんとかしてみるか。ようは葛城さんともう一人、あのでっかいコンピューターの管理者」
「リツコさんですか」
「そう、その二人を説得すればいいわけだ」
「そうだけど」
「なあに、この美女二人組に任しておけ」

 クキコが音の出るようなウインクをしてサクラを引き寄せる。

「うん、絶対大丈夫だよ」

 シンジの表情が明るくなった。アンズはまだ臭いと言って騒いでいた。

ーーーーーーーーーー

「よく寝てるな」

 夕方一時帰宅したミサトを、クキコとサクラが待ち構えていた。シンジをどうしたものかと考えながら、玄関のドアを開けるとすかさずサクラがスリープの魔法で眠らせた。シンジとアンズには見られないようにダイニングで待機だ。それに葛城亭自体に盗聴器がないことは確認済みだ。盗聴器などは仕掛けた人間の思念が、現物やネットワーク越しでも残っていてそれをクキコが調べた。レーザー盗聴器などはイルージョンの魔法でカモフラージュしている。魔法使いが二人いるといろいろできる。ミサトは立ったまま眠り込んでいた。

「ではっと」

 クキコはミサトに近づいていく。

「どうするの」
「暗示をかける。人間になったアンズの存在を好ましく思うように。また問題にならないと考えるようにだ」
「なんかミサトさんに悪いなぁ」
「アンズちゃんの行動原理は簡単だろ。弟が可愛くてしかたがない。しかも身体能力は人間の数倍、さすが猫又だ。碇のボディーガードにこれ以上の人材はいない。これを頭の奥に押し込む。当然アンズちゃんに有利になるさ」

 クキコは性格が悪いというか、背筋が寒くなるような変な笑いを顔に浮かべると、ミサトの耳に口を寄せた。一分ほど何かを呟いた。

「さてともういいぞ」
「はい」

 サクラが魔法を戻すとミサトは目を覚ました。目をしばらくしばたいた後目の前のクキコを凝視した。

「どうもぉ~」

 クキコのだらしない笑顔が目の前にあった。

ーーーーーーーーーーー

「あんたさっき私に暗示かなんかかけたでしょ。」

 先ほどのメンバーにミサトが加わり、ダイニングで話し合いになった。先ほどと同じ配置だが、ミサトはシンジとアンズ、クキコとサクラの間の辺に座った。アンズは話に飽きてきたのか、席には着いているが視線はテレビに行っている。

「あらぁ~ばれちゃった」
「一応対洗脳用の訓練もしているし、大体魔女先生の情報は入っているわ」
「意思をねじ曲げる事はしてないですよ。アンズちゃんの有用性を強調しただけで」
「充分ねじ曲げてるわ。まあ元々猫のアンズちゃんは嫌いじゃ無かったし、弟思いのアンズちゃんはいいボディーガードだし。猫の姿ならどこにも一緒にいけるし。よい話し相手になりそうだし。まあアンズちゃんが猫又でシンちゃんの味方と認めて、上手く利用すれば、八方上手く収まるような気もする」
「そうでしょ」
「でもこの判断もあなたの暗示による結論かもしれないわ」
「そこまで凄い暗示はできませんよ」

 クキコはそう言うと頭をかいた。その様子を見てミサトはため息をつき、頭をかいた。プロポーションが良く、顔立ちが整っているが、色気がないなど、微妙に似ている二人の仕草に、シンジは吹き出した。緊張した雰囲気だが、逆に神経が笑いを欲したのかもしれない。ミサトが見つめたのでシンジは下を向いた。

「シンちゃんはどう思うの」
「姉さんがいるのは心強いし、それに」
「それに?」
「姉さんがいるこの世界なら守りたい。姉さんと話してたら、なんかそう思った」
「そう」

 ミサトは目を瞑り、腕を組んで考えた。誰も話さずミサトを見ている。もっともアンズはとっくの昔に飽きて、床で寝ている。

「とりあえず、害は無さそうなので、同居を許可するわ。これからの事も前向きに検討する。いろいろ根回しも必要だし」

 ミサトの言葉に皆ため息をついた。

「では、この話はこれでおしまい。日常のことで、解決する案件が出たら、トーゴーさんに頼むことにするわ。ところで木之本サクラさん、二人だけで話がしたいのだけど」
「えっ、あっはい」

 ミサトの鋭い視線にあいサクラは少し言いよどむ。

「九段さん、シンちゃん、少し二人で話したいのでここで待っていてもらえますか。
「担当としては同席したいのですが」
「二人を同時に相手をするのは、少し骨なので」
「判りました、碇、今後のアンズちゃんの日常生活の話でもしますか」
「はい」
「じゃ、サクラさん私の部屋で」
「はい」

 深刻な話の間、アンズはいびきをかいてずっと寝ていた。

ーーーーーーーーーー

「ずばり聞くわ。あなた何者」

 ネルフ一の生活無能者などと言われるミサトだが、最近は忙しく家に帰れないせいもあり、自室は片づいていた。二人は古めかしいちゃぶ台を挟んで畳に座った。

「えっと。先生と同じです」
「魔女ってとこ。魔法少女かしら」
「そんなに凄いことはできません」
「そう」

 ミサトはサクラの顔をじっと見る。またしばらくしてため息をついた。

「あなたの視線を見ればシンちゃんをどう思っているか判るわ」
「その」

 サクラは顔を赤くして伏せた。

「あなたは死んだはず。木之本家は全員セカンドインパクトの混乱で死んでいる。あなたの戸籍は新たに作った物」
「それでも木之本サクラです」
「まあいいわ、あなたはシンジ君の味方のようだし」
「いいんですか」
「私は直感を信じる方なの」

 ミサトはそう言うと立ち上がった。サクラもつられて立ち上がる。

「当分は節度ある友好関係といきたいわ」
「はい」

ーーーーーーーーーー

帰りは結構遅くなった。サクラとクキコは並んで大道寺家へと向かった。

「節度ある友好関係とは微妙な釘の刺し方ね」
「そうですね」
「まあ、敵と思われないだけよかったわよね」
「うん」

 その後は無言で二人は歩き続けた。十六夜の月が綺麗に空に浮かんでいる。

「考えてみると、サクラちゃんの方が何百歳も年上よね」
「のはずだけどこの世界に来てから体も中学生に戻ったら、心も中学生になったみたい」
「まあそれの方が判りやすくていいわね」
「うん」
「ともかくくよくよしても仕方がないわ」
「うん」

 しばらくして大道寺宅に着いた。クキコは今日も夕食をごちそうになった。

ーーーーーーーーーー

 ミサトとリツコは二人がけのリフトに乗って本部の中を移動していた。二人だけで話すときはよくそうしている。

「化け猫に魔法教師に魔法少女。頭が痛いわ」
「私の直感だと三人ともシンちゃんの味方よ。ネルフの味方かと言われると微妙だけど」
「ミサトの直感ねぇ」

 リツコが横目でチラリとミサトを見た。少し馬鹿にしたような口調だ。ミサトは肩をすくめた。

「当たるのかしら」
「ま、ロジックではなく直感で生きている女ですから」
「あら、嫌み?」
「事実なんで、ま、それはともかく、あの三人は切り札ね」
「切り札?」
「ああいう異分子は切り札になり得るわ。友好関係を築かないとね。司令にはどう言う」
「私が上手く言っておくわ。諜報部の報告に司令も、副司令もさすがに戸惑ってるはずだから」
「そうね」

 次の階まで残り10分となった頃だった。

「前リツコが言っていた、何かに浸食されている感じって、あの三人、特に木之本サクラとアンズちゃんかも」
「そうかもね、ま、ミサトの直感は信じてあげるけど、油断はしないでね。そろそろ着くわ」

ーーーーーーーーーー

「えっ殴るの」

 アンズの事があまりにも衝撃的だったせいかすっかり、トウジに殴られたことを忘れていた。翌日登校するとシンジはトウジに殴ってくれと言われた。渡り廊下を通ろうとしたとき待ち構えていたトウジに頭を下げてそう言われた。実はアンズも猫の姿になり付いてきていて、側の広葉樹の枝の上で見ている。

「手抜きは無しや、ええから早うせい!せやないと、ワシの気持ちもおさまらん!」
「ま、こういう実直なやつだからさ。頼むよ」

 シンジは右手でトウジの頬を叩いた。

「これで貸し借りチャラや!殴ってすまんかったな、碇」
「うちのアンズが引っ掻いちゃったけど」
「まあ、飼い主が襲われたら反撃するよね」

 飼い主という言葉が気に入らなかったのか、アンズがケンスケの前に飛び降りた。ケンスケに向かって凄い勢いで鳴きまくる。

「もしかして怒ってる?」
「うん、僕より年上なんで姉さんなんだ。我が家では家族だし。頭がよくって言葉もわかるようだし」
「なるほど、失礼しました」
「にゃにゃ」
ーーーーーーーーーー


「あの眼鏡はよくわかってるようだにゃ」
「ケンスケだよ」

 その日はネルフの訓練もなく、ミサトも仕事で遅いため、夕食はシンジとアンズの二人でとることになった。せっかく人間になれたので人間の食べ物が食べたいとのアンズの要望で、シンジが夕食を作ることになった。猫が食べられないネギ類などを気をつけて、焼き魚を主菜に和食の献立を出したところ、熱がりながらもアンズは喜んでおいしく食べた。そのうちネルフでアレルギーなどの検査をする予定だ。箸もこつを覚えるとすぐに使えるようになった。
 ダイニングのテーブルでシンジと向かい合っているアンズは、紺色のワンピース姿だ。昨日サクラたちが帰った後、ミサトがトーゴーに連絡を取り、アンズの身の回りの物を用意させた。外出の時は尻尾を丸めて、帽子をかぶりばれないようにする。

「シンジが学校でよく見てる、白い女の子はだれだ」
「綾波、僕ロボットに乗っているでしょ。彼女も乗っているの、彼女、父さんが……なんでもない」
「心配事があるならお姉ちゃんに相談して」

 アンズが胸を叩くと、派手に揺れた。

「お姉ちゃんはシンちゃんが困っているときや、泣いているときはどんな時でも助けに行くから」
「うん、そうする」

 シンジは微笑んだ。

「お姉ちゃんなんだから」

ーーーーーーーーーー

「レイちゃんって野良なの」
「野良って野良猫とかの」
「そう。なんかここ野良が住むとこなのよ」

 昨日の夜帰ってきたミサトに、レイにセキュリティーカードを渡してくれるように頼まれたため、休日の今日シンジは初めてレイのマンションに訪れた。アンズは当然のように付いてくると言った。ミサトに許可を取ってからアンズと共に訪れる事となった。とても人が住んでいるとは思えないような朽ちかけているマンションだ。シンジとアンズはレイの部屋のの前まで来た。

「これがインターフォンだな」

 アンズが押したが音がしない。何度も繰り返し押しているが、反応はない。

「あ、鍵が開いてる」
「こんにちわぁ~」

 アンズが勢いよく戸を押し開けたため、引き手を持っていたシンジは引っ張られて、前につんのめり室内へと入ってしまった。

「うわーやっぱり野良だ」

 アンズが室内を見回してまた言った。薄暗い室内ではアンズの瞳はまん丸に開いて、電子機器のLEDの輝きを写して、光っている。アンズが言ったように、野良猫でも住んでいそうな室内だ。ワンルームしかないその床にはパイプを組んである粗末なベッドがある。薄いマットレスと薄い毛布が一枚が寝具らしい。枕元には小さなタンスがありその上には薬とコップとポットがおいてある。

「父さんの眼鏡、あ駄目だよ」
「眼鏡だぁ、かけてみよう」

 眼鏡がタンスの上にあった。シンジには見覚えがあった。ゲンドウの割れた眼鏡だ。

「眼鏡があったらかけるのがお姉ちゃんなの」

 アンズが眼鏡をかけたそのときだった。部屋についているシャワールームから、全裸の少女が頭をタオルで拭きながら出てきた。アンズとシンジはそちらを振り向いて固まってしまった。レイも一瞬動きが止まったが、すぐにアンズに向かっていき、アンズがかけた眼鏡を取ろうとする。だがアンズはさすが猫又だ。人間ではあり得ぬ速度で横によけた。レイにとっては急に目の前のアンズが消えたように見えた。そのためレイがつんのめり転びそうになる。それをシンジが押さえようとしてもつれて、二人でベッドに転がってしまった。
 レイは軽く頭を打ったせいかボッとしている。シンジもとっさのことに固まっている。全裸の仰向けのレイの上に覆い被さっている姿は、まるで襲っているようだ。

「シンちゃん重いよ、どいてあげなさい」

 横で見ていたアンズが偉そうに言うとシンジのズボンのベルトに手を伸ばした。軽々ととは言わないがシンジをレイの上からどけた。シンジも正気に戻ったが何を言った物やらとまた固まってしまった。

「返して、眼鏡」

 しばらくして、レイは身を起こしそういった。相変わらず全裸だ。それに気がついたシンジは慌てて後ろを向いた。

「姉さん返してあげて」
「お姉ちゃん的には、結構気に入ったんだけど」

 アンズは頬を膨らましつつも眼鏡をレイに手渡した。

「あなた誰?」
「私はシンちゃんのお姉ちゃんなのよ、レイちゃんは野良なの?」
「野良?」

 珍しくもレイが困ったような表情をしていた。

ーーーーーーーーーー

 翌日の放課後、シンジがネルフの本部に向かうため長い下りのエスカレーターに乗ると、少し下にレイが立っていた。少し躊躇したシンジだが、レイの後ろまで歩いて降りた。

「昨日は姉さんが騒がしくて、ごめんなさい」

 シンジが近づいても身動きしなかったレイだが、姉さんという言葉に視線が動いた。後ろを振り向いた。

「碇司令の娘なの?」
「そうじゃないけど、えっと、詳しくはリツコさんに聞いて」

 ミサトから、アンズの事はリツコやエヴァの上級オペレーターには概略を説明して、承諾を得たことを聞いている。

「わかった」

 レイは前を向いて黙った。数分後沈黙に耐えきれなくなったかのように、シンジが話し始めた。

「綾波はなぜエヴァに乗るの?」
「仕事だから」
「でも」
「碇君は碇司令の事が信じられないの?」

 レイは後ろを振り向いた。

「わからない」
「じゃ、なぜ碇君は乗るの」
「なんか、姉さんを守らなくちゃって、家族だし」
「司令も家族」
「そうだけど、少し違う」
「そう」

 またレイは前を向き押し黙った。

 翌日また使徒が来た。

ーーーーーーーーーー

 その使徒の形は正八面体だ。当然のごとく国連軍の通常の軍備では効果がなく、能力も不明だ。家にいたシンジはアンズをトーゴーに預ける。前からそう決めていた。ついでにトーゴーのクーペで本部直通の入り口まで送ってもらった。

「がんばるんだぞー、お姉ちゃん応援してるぞー」

 よくわかっているのかわからないのか、ともかく明るいアンズの応援を背にシンジは本部への直通のエレベーターに乗っていった。

「ところでシンジは何をやるんだ?」
「簡単に言うと狩りだな」

 アンズは猫の姿でトーゴーの頭の上に乗っている。その場所が気に入っているようだ。トーゴーは呆れつつもお得意さんを乗せたままクーペを避難所に向かわせた。

ーーーーーーーーーー

「何だって~、シンちゃんが大けがぁ~」

 思いがけない使徒の荷電粒子砲をくらった初号機のシンジは意識不明となった。肉体には怪我はないが、シンクロしていた初号機の破損のひどさが脳を一時的に麻痺さしたらしい。

「面会許可がでているらしいから、とにかく行こう」
「わかったにゃ」

 アンズは避難所の出口に向かって走り出した。今はワンピースに帽子姿だ。帽子は猫耳の場所が少し膨らんだ形をしていて、外からは自然に見える。

「そっちじゃ無い、ネルフ関係者専用出入り口が使える」

 携帯で連絡を受けてアンズに伝えたトーゴーは大声で怒鳴った。アンズは慌てて戻ってくる。

「判った。途中でシンちゃんの好物のカレイの煮付けを買うのだぁ~」
「今は食べられない。ともかく行こう」

 常識が無いアンズに頭を抱えつつトーゴーは専用出入り口に向かった。アンズも騒ぎながら付いていった。

「命に別状はないそうだ。ともかく疲れて寝ているようなもんだ」

 二人はシンジの病室とは違う部屋に案内された。その場にいた医師に、モニター越しに写ったシンジの容体の説明を受けた。ただアンズには難しくて判らなかったので、トーゴーがかみ砕いて説明している。

「寝ているのだと。確かに狩りをした後は疲れるからなぁ」
「まあそうなんだが」

 アンズについて、使徒についてある程度ミサトに知らせされているが、どのように、どこまで説明したものかとトーゴーは頭を抱えた。アンズは医師にかみつきそうな勢いで、いろいろ聞いていた。

ーーーーーーーーーー

 シンジが目を覚ますと、ベッドの横には二人の少女と一人の中年男がいた。レイとアンズとトーゴーだ。レイとトーゴーは起きているが、アンズは座ったまま鼻提灯で寝ている。アンズが起きると五月蠅そうなのはレイも判ったのか、静かにシンジの耳元に口を寄せ呟いた。

「明日、午前0時より発動される、ヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。碇、綾波両パイロットは、本日、1900、第2ターミナルに集合。2000、初号機、及び、零号機に付随し、移動開始。2005、発進。同30、二子山第2要塞に到着。以降は別命あるまで待機。明日、日付変更とともに、作戦行動開始」

 またエヴァに乗るのかと憂鬱な表情になったシンジだが、レイはかまわず続けた。

「食事おいていくから」

 そのときアンズの耳がピクピクと動き目を覚ました。

「シンちゃん、狩りならお姉ちゃんが得意だから、代わりにやってあげるよ」

 アンズは大声でわめいて、シンジに飛びついた。レイが珍しくびっくりし後ずさった。

「レイちゃん、あのでっかいのの狩りの仕方を教えてほしいのだぁ~」

 今度はレイに飛びついた。

「え、その」

 またもや珍しくレイが口ごもった。

「お姉ちゃんはこーんな大きなネズミも捕まえたことがあるんにゃ」

 めったに見られないレイの困り顔をなかなか可愛いなと思いつつも、アンズにどう説明した物かとトーゴーはため息をついた。

ーーーーーーーーーー

「シンジ君、よく乗ってくれましたね」

 ここはネルフの先頭指揮車の中だ。オペレーターのマコトは最終チェック進めつつ呟いた。

「リリスの事も教えたのだけど、ま、9割方お姉ちゃんの為だって」

 そのお姉ちゃんは猫の姿で、マヤのオペレートしている端末に映っているシンジの姿を、マヤの椅子のヘッドレストの上でじっと見ている。レイを困らせた後、どうしても狩りに付いていくと聞かなくて、本部中を走りまくった。困り果てたトーゴーがミサトに連絡した結果、狩りの様子を静かに見守るのがお姉さんの役目とミサトが許可を出した。お姉ちゃんの役目と聞いて、アンズは静かにしている。

「人類の命運より、お姉ちゃんですか」
「人間判りやすい理由があると、頑張れる物よ」
「ま、そうですね、ミサトさん。おっと最後の送電ルートが繋がりました」
「まずは、準備までは、こぎ着けたわね」
「理論通り、大型試作陽電子砲動けばいいのですが」
「作戦を思いついて、実行は私、準備はリツコ、私はリツコを信じるわ」
「上手く行かなきゃ人類道連れ。ギャンブラー冥利につきますね」
「まったく」

 そんな時、シンジから通話が入った。

「姉さんいますか」
「いるわよ。アンズちゃん、シンジ君よ」
「シンちゃんどうしたの。お腹減ったの」

 緊張していたシンジの表情が少し緩んだ。戦闘指揮車の中も少し安堵の雰囲気が広がった。

「狩りの方法を教えて」
「ああいう大きな獲物は、よく見て一撃で急所を狙うんだ。反撃してきても、とにかく落ち着いて急所を一撃。お姉ちゃんはそうやって、大物を捕まえたんだぞ」
「うん、少し安心した」
「お姉ちゃんに狩りの方法はおまかせだぁ」

 アンズはマヤの頭を前脚で叩きつつ、大声で叫んだ。

ーーーーーーーーーー

 アンズが騒いでいたとき、サクラは先頭指揮車の上に正座していた。姿は消しているので、ミサト達は築いていない。もしかしたら気づいているのかもしれないが、今のところシンジの味方と認定されているのでほおって置かれているのかもしれない。今は使徒の荷電粒子砲を跳ね返す魔力は無いため、いざという時シンジを助けられるように静かに魔力を温存している。

「シンジくん」

 今は、昔の記憶が曖昧になってきて、このシンジと自分が愛したシンジとどう違うか、どこが同じかも判らなくなってきた。ただ、愛しさはある。

「アンズさんと同じで、お姉さんでもいい」

 少し寂しげに呟くと、静かに時を待った。

ーーーーーーーーーーーー

 使徒の思わぬ反撃に、ネルフが盾にした山は蒸発して、爆散した。戦闘指揮車も本当は転がるところだが、サクラがとっさに張ったシールドの魔法で大揺れに揺れたがそれで済んだ。その代わりサクラが文字通り吹っ飛んだ。数百メートルも離れた山の中腹めがけて、放物線を描いている。もっともこんな自体も想定していたらしい。TB5のナギサは、人工知能イオスからの報告に、サクラが着ている簡易装甲服のスラスターの制御を命じた。周囲の山にはWWRの隊員をソノミが密かに配置している。丁度サクラが向かっている方向には、土門が潜んでいたので、イオスはサクラがそちらの方に飛んでいくように制御すると、土門に無線で連絡を入れた。
 一方戦闘指揮車の中で一番最初に立ち直ったのはアンズだった。伊達に猫を長年やってない。大揺れの車内で見事にモニターの前に着地する。

「シンちゃんがピンチなのかあ~」

 野生の本能か事態が判ったらしい。ミサトの頭に飛び移りひっかいた。床にたたきつけられて気を失いかけていたミサトは、アンズの爪の食い込む痛みで、正気に戻った。素早く立ち上がると、アンズを引き剥がし車内の補助席に投げつけた。助かったがはっきり言って邪魔だ。アンズは上手く補助席の上に着地した。

「エネルギーシステムは?」

 正気に戻ったミサトの指示は素早かった。ミサトの指示で、砲身、エネルギーライン、充電状態が次々と報告される。後一発なら陽電子砲が撃てそうだ。ただ肝心のシンジの意識レベルが低下している。ミサトの指示や投薬にも反応しない。そのときシンジが映っているモニターの前にアンズが飛び移った。

「シンちゃん、狩りの最中は寝ちゃ駄目、自分が疲れているときは、獲物も疲れてるのよぉ。にゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 状況がなんとなく判ったらしい。マイクを前脚でばしばし叩く。猫の時はいつも朝そうやってシンジを起こしていたらしい。その鳴き声はシンジに劇的な効果があった。シートにもたれかかって、気絶しかかっていたシンジが手を伸ばし、ハンドルを握った。

「……ミサトさん、どうすればいいですか」
「初号機を狙撃ポイントに戻して。もう一発撃てるわ」
「狩りのコツは急所に一発なのよぉ~」
「はい。姉さん」
「今一度、日本中のエネルギーと一緒に、私たちの願い、人類の未来、生き残った全ての生物の命、あなたに預けるわ。頑張ってね」
「はい」
「第二射用意」

 だがそれより使徒の反応が早かった。

「目標に、再び高エネルギー反応」

 そのマヤの声に最初に反応したのは零号機のレイだった。零号機は使徒と初号機の間に割り込んだ。ほぼ同時に使徒からの荷電粒子砲が零号機を襲った。山を爆散させた使徒の荷電粒子砲だが、零号機が持つネルフ製の盾は溶解しながらもなんとか遮っていた。ただ永久機関であるSS機関に支えられた使徒の砲撃はいつまでも続く。次第に零号機の盾は溶け始めた。その為、砲撃の一部が零号機に直接当たり出した。徐々に零号機の装甲の表面も溶けていく。

「綾波」

 目の前の零号機の様子に、シンジはうわずった声を出した。早く引き金を引きたいが照準が合わない。荷電粒子砲の電場と磁場のため、センサーからのデーターの補正が間に合わない。

「早く、早く、早く」

 シンジのつぶやきが甲高くなっていく。同時にシンクロ率が乱れ始める。

「落ち着くんだぁ。狩りは絶対いいタイミングがくるから、そこで一撃なのよぉ」
「はい姉さん」

 シンジの声の様子がわかったのだろう。姉として、狩りの先輩としてのアドバイスの声はまたしても効果を上げた。シンジのシンクロ率が安定してきた。

 そして、照準が合った。

 轟音と共に発射された第二射は、使徒のコアを完全に破壊した。

ーーーーーーーーーー

 零号機のレイは朦朧としていた。零号機の盾と前面の装甲は溶けていた。一部装甲の下の素体が見えている。外部ではタンパク質の焦げた匂いが充満している。もっともエントリープラグのLCLに漂うレイはそんな匂いは届いていない。ただ熱かった。エントリープラグの冷却機能も超えた熱がLCLを加熱していた。LCLは肺も満たしているため、レイは体の外と内の両方から人間の限界近くまで温められてしまった。
エントリープラグの通信機能も一部壊れていて戦闘指揮車や初号機の音声は入るが、零号機の情報は届いていないらしい。

「女の子は助けないといけないのよぉ」
「はい姉さん」

 アンズの声は猫の姿で話しているせいか、よく響いた。レイはアンズとシンジのやりとりを聞いて不思議な感覚にとらわれた。もっと聞いていたい。家族の会話はこんな感じなのかと思った。自分と司令とのやりとりとも違う。リツコとミサトの会話とも違う。そんなことを考えていたせいかなんとか意識が保てた。
 しばらくすると、LCLの強制排出が始まった。レイの周囲に、空気が戻ってきた。外気を反映して相当暑いがそれでも加熱したLCLよりはましだ。ぐったりとシートにもたれていたレイだが、その顔に外の月明かりがさしていた。シンジがエントリープラフのハッチを外から開けたからだ。

「綾波、綾波」

 救護法は習っているのだろう。シンジはレイの頭を出来るだけ動かさず、抱き上げた。レイの視線に、熱いハッチを開けてやけどしたシンジの手が見える。シンジはなんとかレイを外に出した。

「なぜ泣いているの?」
「だって、だって」
「こんな時私はどんな顔をしたらいいの」
「そんなこと判らない」

 レイの頬に水滴が落ちてきた。シンジの顎から涙が滴っていた。シンジはネルフのヘリが近づいて来たので着陸できそうな広場の橋に向かう。ゆっくりヘリが降りてきたが途中で急停止した。いきなり横の戸が開き人が落ちてきた。普通なら大怪我か即死の高度から落ちてきたが、その人は空中でくるくると回りながら足から着地をして、地面を転がり衝撃を上手く逃した。すぐに立ち上がるとシンジに飛びついてきた。

「シンちゃん、レイちゃん大丈夫なの」
「うわ、揺らしちゃ駄目、落ち着いて姉さん」
「これが落ち着いてたら姉さんじゃ無いのよぉ」
「駄目だってば」

 アンズは二人が心配で仕方で手当をしてあげたいが、シンジに制止されるので、仕方なく周囲を飛び跳ねながら、様子を聞いている。そんな二人のやりとりを聞いていたレイは、自分の頬が緩むのを感じた。

「笑えばいいのね」

心底疲れていたレイだが、なんだか楽しかった。




序、おわり


次回予告

とにもかにもシンジ達は使徒を倒した。だがそれは次なるドタバタの始まりだった。
アンズばかり目立つこの物語は果たしてEVAザクラなのか。
昔活躍したサブキャラ達は登場するのか。
次回「EVAザクラ新劇場版 序の次」
さぁて、この次もサービス、サービス!


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