早く退院して、劇場版見に行きたいな。
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「山中湖でございます」
「スワンボートね」
「お花畑だ」
「まずはご飯」
「アンズはお魚」
「お供しましょう」
常夏の国となった日本でも高地は涼しい。今でも富士五湖は避暑地として人気がある。山中湖の湖畔は観光客も多い。その中をFAB-1で進むとどうしても目立ってしまうが、仕方が無い。
「では、黒猫亭へ向かうという事にいたしましょう」
パーカーはFAB-1を進めた。
EVAザクラ 新劇場版
破 第八話
魔女達
パーカーの運転するFAB-1は黒猫亭に向かう。後部座席にはレイとアスカとサクラと早川がいた。アンズもいる。FAB-1は普段は助手席は無いが、アンズが前に座りたいと言うので、そのような時のためのカセット型の助手席を取り付け、そこに座っている。アンズはドライブはほとんどしたことがないので、窓に齧り付くように外を見ている。今日なぜ遠出になったかと言うとご飯のためだ。最近レイは美味しい物を食べに色々と連れて行ってもらっている。美味しい物を作るには美味しい物を食べなくてはいけませんとホウメイに言われたので、レイはソノミに相談した。一番美味しい物を食べていそうだからだ。ソノミはトモヨとパーカーに美味しい物を食べさせてあげなさいと言い、トモヨはよくレイを連れ出すようになった。おかげでレイの舌もいろいろな味を覚え、家での料理の際の味付けも良くなったらしい。
今日は変わった味を食べてみたいとの事だったので、マリーがやっている店に行こうという事になった。しかだ駄菓子店での事も有り、誰か護衛を連れて行った方がいい。たまには男性にエスコートされる経験もいいのではないかという事になり、早川がついてくることになった。それだけだと女性しか行けないところで被害があったらという事になり、アンズがついて行くことになった。レイばかり美味しい物を食べるのはずるいという事でアスカもいる。トモヨは一緒に行きたかったのだがしかだ駄菓子店での騒動の後始末があるので、今日はいない。
「それにしてもお嬢ちゃんが魔法使いとはね」
「えへへへへ、でも大した事無いよ。EVAを動かせる綾波さんやアスカの方が凄いし」
「なるほど、確かに大型ロボットは男のロマン、この場合は美少女ロマンかな。あのロボットは美少女でないと操縦出来ない決まりかい?」
「美少女?」
「まあダメレイは性格はともかく、私の九割位の美少女ではあるわね」
「友達をダメなんて言うもんじゃない」
「ふん」
「ま、確かにアスカちゃんとレイちゃん、サクラちゃんが美少女なのは間違いないさ」
早川はレイ達にウインクをする。普段は結構性格も軽い早川にレイも戸惑い気味だ。ただ褒められるのは嬉しいのか、少し表情が緩んでいる。
「ネルフもWWRも美少女、美少年揃いで、大型ロボット操縦士に魔法使い、美少女猫又となかなか良いところだね」
「ところで私の名前を聞いたとき何か変な顔してたけど」
後部座席は早川、レイ、アスカ、サクラと並んでいる。アスカは覗き込んで聞いた。
「何、たいした事じゃないさ。昔喧嘩友達に飛鳥ゴロウと言う奴がいて、少し思い出したのさ」
「へ~、どんな人?」
「登山が好きな科学者だった」
「だった?」
早川の口調が少し変わったからかもしれない。珍しくレイが興味を持った。
「悪い奴に殺された。ま、敵はとったけどね」
「ごめんなさい、変な事を聞いて」
「え、あ、ごめん」
「気にするな」
早川は微笑み、レイとアスカの頭を撫でる。
「子供は美味しい物を食って大きくなるのが仕事さ。そのために大人がいる」
そうは言われても言葉が続けづらい。そこは年の功、パーカーがタイミング良く案内をした。
「皆様、あそこに見える山小屋風の建物が黒猫亭です」
レイ達が黒猫亭についたころ、しかだ駄菓子店は面倒な事になっていた。改装したしかだ駄菓子店は、店内に駄菓子を食べるスペースが出来た。fireflyのアンテナショップになった時、衛生管理の関係で試食スペースを作らなかった。改装にあたりやはり試食スペースはあった方がいいだろうと、部屋を作った。部屋と言っても畳敷きの四畳半だ。中学生だとしかだ駄菓子店でお菓子を買って喫茶エンドウで食べるのが定番だが、小学生にはハードルが高い。そこでこのスペースで食べて貰おうと言うところだ。ホタルは食品衛生責任者資格は持っているので、尾張が復帰したら講習を受けて、二人で管理をする予定だ。
今日はコノエが代わりに来ている。コノエは武芸百般どころか調理師資格も持っている。これは尾張が復帰するまでの臨時店長も兼ねている。あとトウジとヒカリもいる。と言ってもWWRからのお金で懐はそれなりに温かいので、臨時の手伝いだ。先程まで小学生の一団が来ていて忙しかったが、やっと一息つける。
「私の家は鮮魚店だけど、お菓子屋さんもいいわね」
「そうやな」
話が続かない。ヒカリはヴァイオレットに手伝って貰った恋文を渡した。それからどうもぎこちない。トウジが試食部屋の縁に座った。ヒカリも少し離れて座る。店は静かだ。コノエは近所の店に買い物に行っている。ココノツは出版社で打ち合わせの為いない。おかげでお互いの呼吸音まで聞こえる。
「こんにちは、いかがですか?」
店の戸を開けてトモヨが入って来た。コノエの様子を見に来たようだ。お供のカッシュは喫茶エンドウでコーヒーでも飲んでいるのだろう。
「トモヨちゃん、さっきまで小学生の一団が来ていて忙しかったの。コノエさんならお買い物」
ヒカリがほっとした雰囲気で話し出す。
「大道寺、ここ座ったらどうだ」
トウジは立ち上がる。
「師匠に会ってくる」
店を出た。ヒカリはため息をついてうつむいた。トモヨはヒカリの隣に座る。しばらく黙っていた。
「こんな事なら告白しなければよかった。話せない」
トモヨはヒカリの手を握る。
「きっと想いは伝わってますわ」
「そう、かな」
ヒカリはトモヨの手を握り返した。
「そうね、ヴァイオレットさんは十五年近く待ったんだものね」
ヒカリは顔を上げた。少し目元に涙が溜まっている。
「ええ」
ヒカリは涙をそっと拭った。丁度その時客が入って来たので二人は立ち上がった。トモヨは入れ違いに店を出て行く。
「鹿田ホタルさんはいらっしゃいますか」
客がやたらと丁寧だが、何か厭な感じで話しかけて来た。キチンとした背広姿なのだが、何か下卑ている。
「いえ、ホタルさんはまだいませんが」
「そうですか、私こういうものです」
男は名刺を出した。ヒカリは受け取る。
「私第三新東京新聞社会部の記者中西と申します」
「あの、私アルバイトだし、取材とかは断りなさいって言われているんです」
「じゃ客ならいいんだな」
記者は棚のうまい棒を二本掴み取る。乱暴に掴んだため、グシャグシャになったうまい棒をぶら下げて、カウンターに三十円を置く。
「これで客だな」
唖然としていたヒカリだが気を取り直して、カウンターに戻った。
「お買い上げありがとうございます。お釣りです」
「いらね」
「では募金箱に入れさせていただきます」
ヒカリはレジのわきの「超自然災害救援募金」の募金箱に小銭を入れた。男は試食スペースの入口に座り込む。
「試食すればいて良いんだよな」
「はい」
断れない。ホタルの店の評判を悪くしたくない。
「なあ、お嬢ちゃんWWRの隊員だろ」
「何の事でしょうか」
こう聞かれたら一応否定する事になっている。
「ここの店、暴力団威張組ともめたんだろ。実はWWRは裏で威張組でつながっていて、内輪もめして潰されたって言う話があってね」
「WWRなんて知りません」
「しらばっくれるな」
記者は畳を叩いた。その音にヒカリは思わずすくむ。これまでTBNで救助現場に行って色々な危険なめにあってきた。自分が早く助かりたいとエゴを剥き出しにする者もいたが、このような気持ち悪い悪意を向けてきた者はいない。それにTBNは二人一組の運用だ。ヒカリはパイロット、救助はトウジがしている。一人は怖い。
「俺は皆の知る権利を代表して聞いているんだ。日本人だったら答えろ」
また畳を叩く。ヒカリは足がガクガクして立つのもやっとだ。誰か来て欲しい。違う。彼に来て欲しい。
「WWRの構成員の口から聞きたいんだ。お前らも国連配下の組織ならさっさとしゃべれ。正義の記者が聞いているんだ」
その時だった。店の戸が開いた。記者もヒカリも目が行った。記者でも感じ取れる程の怒気と殺気が吹き付けてくる。黒ジャージの少年が立っていた。後ろには、カッシュにコノエ、トモヨもいる。
少年は記者の目の前に立った。燃える瞳で見下ろしている。
「失せろ、ボケ」
「きみもWWR隊員だろう。取材を受けるのは義務だ」
「うるさい」
凄まじい轟音と共にしかだ駄菓子店全体が揺れた。トウジの右の拳の一撃は試食スペースの四隅の柱の一本に叩きつけられた。差し渡し一尺はある上質な木の柱にヒビが入った。今度は記者がすくんだ。
「師匠に言われた。素人には手をだすな。ただ例外は自分の好きな女を守る時や。出て行け」
トウジは思い切り床を殴り付けた。分厚い一枚板にヒビが入る。記者は悲鳴を上げるとそこから逃げ出した。
「イインチョだいじょぶか、怪我ないか」
トウジはレジの後ろですくんでいたヒカリに飛びつくように近づいた。
「うわああああん、鈴原、鈴原」
ヒカリはトウジに抱き付くと大声で泣きはじめた。トウジは不器用に何度も頭を撫でた。
記者は全力で逃げた。だが足に何かが絡み転んだ。慌てて足を見ると細い紐が絡んでいた。紐の先を見ると、さっき入口近くに立っていた女の手から伸びていた。捕縛術の一種だろう。立ち上がろうとしても微妙に紐を引かれてバランスを崩され立ち上がれない。女と黒マントの男と少女は近づいて来て記者のすぐそばに立った。
記者はすくんで動けなくなった。黒マントの男も捕縛した女も怖いが、少女が怖い。その微笑みが怖い。
「お金持ちが本気になった時の闘い方を教えて差し上げますわ」
記者は思わず失禁した。今にも少女が悪魔にでも変わりそうだ。もしくは鬼だ。
「第三新東京新聞社の株、本日18時より買い占めさせていただきますわ。十倍のプレミアムに逆らえる株主のかたどの位いらっしゃるでしょうか。皆様貴方の正義の為、売り惜しんでくださるとよろしいですわね」
トモヨは小首を傾げて微笑む。全くもって可愛く、怖い。
「さ、お逃げなさい。私の関係者の目の届くところにいたら、嬲り続けますわ。大丈夫、殺しはしませんから」
トモヨの合図で、コノエは紐を手首の一振りでほどいた。
「おお前ら、WWRは正義の味方として恥ずかしくないのか」
記者が震えながら叫んだ。
「いえ、WWRは正義の味方ではありませんわ。命の危険、魂の危険などから人を助ける。ただそれだけの組織、と聞いておりますわ。さ後五分、早く逃げないと刻み初めますわ」
トモヨの微笑みが濃くなった。口の横が吊り上がって行く。美少女だけによけい怖い。記者は悲鳴と共に立ち上がると逃げて行った。
色々と騒がしいしかだ駄菓子店だが、レイ達が来た黒猫亭は静かだ。山中湖の湖畔とはいえ繁華街からすこし離れた山中で、途中他の観光客にも会わなかった。パーカーがFAB-1を止め助手席と後部座席のドアを恭しく開ける。
「ありがとう」
アンズは勢いよく飛び出す。
「うにゃにゃにゃ、風が美味しいにゃあ~」
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
サクラはゆっくり優雅になるように降りる。そうしないとご意見番でもあるパーカーがうるさい。そうでなくても優雅さは身に付けたいところだ。アスカとレイが続いて降りる。こちらは所作がキチンとしている。ただ角張った動きが優雅さより軍人の規律正しさを思わせる。
「サンキュー」
凄く軽い調子で早川が降りてきたが、嫌みな感じはない。実力を兼ね備えているからだろうか。
「皆様、あの丘の上の建物が黒猫亭だそうです」
道から少し上がった所に開けた丘があり、山小屋風の建物が一番上にあった。
「へー、魔女の館って聞いてたけどおしゃれな感じじゃない」
「あの、マリーさんは魔女って言われるのを凄い嫌うから言わないであげて」
「ふ~ん。ま、私は美味しければいいわ」
「おさっかな、おさっかな」
「薬草料理、楽しみ」
「薬膳料理か、玉の肌をより綺麗にしないとな、行こうか」
早川が先頭で丘を登って行く。しんがりはパーカーだ。皆が建物の近くに来ると、一人の女性がロッキングチェアーで眠りこけていた。左目が髪で隠れた丸顔の女性は、口を開けて眠り、ロッキングチェアーは風で揺れていた。寝ている女性の隣の入り口の戸には「綾波レイ様ご一行貸し切り」と書いた黒板がかけてある。
サクラは苦笑いと共に女性を揺り起こした。
「マリーさん、マリーさん」
もう食べられない等と寝言を言った後マリーは目を覚ました。
「え、あ、黒猫亭にようこそ」
慌てて立ち上がり愛想を振りまきお辞儀をした。一行、特にアスカなどは大丈夫かこいつというあきれ顔で見ていた。
「どうぞ、どうぞ、こちらです」
店主はすっとぼけているが、味は良かった。付近の自生の薬草と契約農家から取り寄せた野菜を使ったスープとサラダは、変に気取ったり奇抜な所もなくとても食べやすく飲みやすい。その後の前菜も、山菜のフリッターなどは軽くふわっとしていて美味しい。その他にも地元の乳製品を使ったつまみ等がでて、一緒にご相伴にあずかっているパーカーや早川などはアルコールが欲しくなったぐらいだ。野菜が嫌いだと言い放っているアスカももりもりと食べている。量もたっぷりある。次から次に料理が出てくるので給仕をしているマリーは忙しい。この店は大柄の無口なコックと二人でまわしているらしい。
「キリオさん、そろそろメインよ」
マリーがコックに声をかけた。コックとは思えないほどの視線が鋭いその男は調理場の方で黙ったまま頷いた。
「コックさんは旦那さんなのか?」
最近旦那とか結婚とかについて知ったのでアンズはやたら聞きたがる。
「兄です」
「ふーん、なんか似てないね」
「えへへ、そうですか」
なんとなく言いよどんだ感じのマリーにサクラが助け船を出した。
「マリーさん、メインのお料理は何なの?」
「アスカ様はお肉と言う事で、契約農家から購入して直ぐ締めた、鶏の香草焼き、他の皆様は山中湖で採れた鱒のムニエルです」
程なくして料理が出てきた。アンズなどは涎が垂れそうになっていた。皆一斉にかぶりついた。
「不思議」
一口食べてレイが漏らした。
「草の香りがいっぱいするのに嫌みな感じが全くしない」
「ホントだ、レイの言うとおりだ」
アスカもナイフとフォークが止まらない。
「美味しい」
「おいしいにゃ、おかわりある?」
アンズは異次元の早さで、骨がぴかぴかに成るぐらい綺麗に食べ終えた。
「はい、アンズ様はいっぱい食べるとうかがっていたので用意してあります」
マリーが骨だけになったアンズの皿を下げて、次の皿を持ってきた。
「こちらは、ワカサギのジャンボかき揚げです」
「すごーい」
ほぼワカサギのみで作られたかき揚げは直径二十センチメートル高さ十五センチはある。
「いただきます。あ、ネギ入っていない。美味しい」
ネギ類は猫には厳禁だが、人型の時のアンズは大丈夫だ。ただ美味しくは感じられないらしい。あらかじめサクラが連絡して皆の食べられるものそうでない物は伝えてある。
「これは、満点だにゃ」
「あと、最後にデザートがあります」
デザートも地元で採れたナッツ類を入れたケーキとプリンが出た。これも美味しい。
「美味しかったわ。初めは店主が居眠りをしていてどうなる事かと思ったわ」
「あれは、前日掃除でぴかぴかにするのに徹夜しまして、てへ」
照れ隠しにマリーはおどけた。ただ受けなかった。
「えへへへへ」
なんか変顔でマリーは笑って、ごまかした。
その頃、しかだ駄菓子店では大道寺家の出入りの職人が柱と床の壊れ具合を調べていた。コノエだけを残してみな喫茶エンドウに移っている。トウジとヒカリとトモヨは奥のテーブルにいる。カッシュはカウンターでコーヒーを啜っている。
「すまん、大道寺、ワイの為に無駄な出費させてもうて」
「いえいえ、私はスポンサーですし、あれぐらい、乙女の尊厳の為には当然ですわ」
「ごめんね、トモヨちゃん。私が毅然と対応すれば」
「あれでいいのさ」
カッシュが声をかけた。
「男の拳は女を守る為にある、そうだろトウジ」
「はい、師匠」
「ちなみにトウジ、一度守ったら最後まで守れよ」
「おう、師匠」
「最後までって?」
ヒカリが聞いて真っ赤になった。トウジも真っ赤になった。
「おほほほほ、お暑いですわね」
「そうだな、どっかに地球温暖化させてるカップルがいるな」
二人はゆでだこのように赤くなった。
「そんな事があったんだ」
シカダ駄菓子店での一件は、サクラが屋敷に戻った後伝えられた。サクラ達は黒猫亭での料理を堪能した後、マリーの案内で観光を楽しんだ。再開を約束して、家路についた。レイとアスカもいい刺激になったようで、帰宅した後は早速台所に立って練習を始めたくらいだ。早川はと言えば、「乙女のエスコートならいつでも駆けつけます」とウインクをして帰って行った。
「アンズがいたらけちょんけちょんにしてやるのに」
「ダメだよ姉さん。姉さんは限度を知らないから」
ここは、いくつかある屋敷の応接室だ。シンジにアンズ、サクラとトモヨがいる。シンジはアンズを迎えに来たところ、お茶でもいかがと言う事になった。百グラム数万するお茶と桐の箱に入った高級なえびせんなどがテーブルに出ている。さっきからアンズはえびせんをむさぼり食っている。
「でも、誰も怪我が無くてよかったね。サクラ初めて聞いた時は心配したよ」
「おほほほ、ちゃんとあの新聞社にはお母様がきついお仕置きをしますので」
「あははは」
ついシンジの口から苦笑いが漏れる。ソノミのお仕置きだと、会社は潰れるのかななどと思ったがこの一族には何を言っても効果が無い。流石に慣れた。
「ところで、薬膳料理は美味しかったですか」
「凄く美味しかったよ」
「アンズはおかわりしたにゃ。あのかき揚げ美味しかった。しんちゃん、あれ作って」
「はいはい、僕は食べてないから味は保証しませんよ」
「サクラが味見てあげるよ、少し食べさせて貰ったし」
その日の夜、ジャンボジェットの模型にまたがってマリーが飛んできた。いつものようにサクラの部屋のバルコニーに降りるとノックをする。サクラはバルコニーの鍵を開ける。
「また来ちゃった、てへへ」
「いらっしゃい、今日は来ると思って夜食用意してたわ」
「あ、楽しみ」
マリーはジャンボジェットの模型をバルコニーに置くと用意してあったスリッパに履き替えて入ってくる。二人は応接セットの椅子に座る。テーブルにはいろいろな果物が並んでいる。
「いただいていい?今日は風が強かったのでお腹空いちゃった。そういうときって体力使うでしょ」
体力では無く魔力だと思うが突っ込まない事にしている。しばらく黒猫亭での料理について話した。
「ところでコックさんは、日本人じゃないよね。どういう人なの?」
「ギルね」
マリーは一瞬言いよどんだ。少し寂しげな笑顔が顔に浮かんでくる。
「あの人はもともと協会の信徒を守る為に戦う騎士だったの。凄く信仰に忠実で、融通は利かないけど良い人だった。で、過去に魔女に酷い目にあって魔女狩りを生きがいにしていたの」
「え、でもマリーさん」
「私は魔女じゃ無いけど、何度か疑われた事があった。でも、それでも親交を結んでいたわ。信仰に厚すぎる所を除けば騎士そのもので、弱い者を身をもって守り助ける人だったし」
「話を聞いていると、昔の人みたい」
「そうね、私より百歳若いだけだから」
「あれ?マリーさんはともかく、そのギルさん」
「ギルベルトね」
「ギルベルトさんは人間なのに何でそんなに長生きしているの」
「一度死んだから」
「死んだ?」
サクラの問いにマリーは頷いた。寂しそうな微笑みが深くなった。
「凄く強い人なんだけど、どんな時でも弱い者を助けてしまうの。で、重症を負ったの。その時私しかいなくって。治療をしたんだけど、息を引き取って」
「じゃゾンビ?」
「違うわ。死んでから黒魔術で生き返らせたの。死んで欲しくなかったから」
「そうなの」
「その事を知ったギルは嘆き悲しんだわ。私は信仰から見放される忌まわしい存在になってしまったと」
「でも、助けようとして」
「でもギルが望んだ事じゃない。私はギルからすれば神の御許に旅立つのを邪魔した、悪魔。しかも私によみがえさせられたせいで、私が死ぬまで死なないし、私を殺す事も出来ない」
マリーは悲しそうに微笑み、お茶を啜った。
「絶望からギルは生きてはいるけど、廃人のように成ったの。だから言ったの」
「なんて?」
「ギルは私を信仰の道に導けばいい。私は魔女じゃ無いけど、信仰深いわけじゃなかったから。そうしたらきっと神の御許に行けるって。そうしたら少しずつ元気になって」
「そう」
「でも、口は聞いてくれないの。信仰の為無言の行をもう何百年も続けている。ギルの声、聞きたいな」
マリーはリンゴをフォークで口に運ぶ。目を瞑って味わう。昔を思い出しているのかも知れない。
「マリーさんは、ギルベルトさんの事好きなの」
「どうかな~。どちらかと言うと、腐った縁ってやつね」
「それは腐れ縁では?」
「えへへへへ、日本語は難しいわ。何百年使っていても判らない」
「そんな事ないよ、日本語上手だよ」
「嬉しい」
照れ隠しに、マリーは堅焼きお煎餅を囓りだした。
「これ美味しいわね」
「それ今度新西新宿に出来たお煎餅屋さんの。堅焼きが美味しいの、ここのメイドさんが、店番の男の子のファンで、小学生だけど凄いハンサムなんだって」
「へー見てみたいわね。これ持って帰っていいかな。ギルへお土産」
そしてたわいないおしゃべりは夜遅くまで続いた。
「あ、ヴァイオレットさん、戻ってたんだ」
翌々日の土曜日、遅れ気味の勉強を皆でしようと、大道寺家に集まった。学校に行っていないアンズもお菓子目当て、あと皆を猫可愛がりするためシンジとアスカと来ている。勉強会は会議室でする事になった。皆はもう到着していて会議室にいるので向かったところ、隣の会議室から出てきたヴァイオレットとソノミに出くわした。アンズはキラキラとした物が好きで、ヴァイオレットの髪の毛の色も大好きだ。
「ヴァイオレットさん上司さんに会えたの?」
「いいえ」
「そっか、いつか会えるにゃ」
「そうですね」
アンズのように適当に明るく聞いて貰った方が楽かもしれない。ヴァイオレットは優しく微笑んだ。シンジとアスカもほっとした。
「あれ、左手どうしたの」
アスカの視線の先のヴァイオレットの左手の手袋がぶらぶらしている。
「ちょっと壊してしまいました。いろいろ危険な所もまわりましたから」
「痛くないの?」
「いいえアスカ様、機械ですし痛覚はありません」
「アスカ様はやめてよ、むずがゆいわ」
「ではアスカさんではいかがですか?」
「まあそれでいいわ、でもやっぱり不便でしょ」
「大丈夫よ。直ぐ直るわ。ヴァイオレットの腕はもともと軍用の無骨な物だったの。15歳の乙女にそれは無いでしょ、だから私のコネで世界一の天才外科医に義手を作って貰ったのよ。おかげで、ヴァイオレットは私に五億円の借金があるけど。返さなくて良いと言ったけどこの子、律儀だから」
ソノミが我が子を見るような優しい視線をヴァイオレットに注いでいる。それだけでも二人の関係が判る。
「この後、その医師に会うのよ、あんた達はしっかり勉強するのよ、じゃあまた後でね」
「失礼します」
ソノミは胸を張ってどしどしと、ヴァイオレットは静かにその場を離れって行った。
シンジ達が勉強を始めて一時間ほど、大道寺家に一人の男がやってきた。今時フルサイズのアメリカの黒いセダンに乗った男は服も黒ずくめだった。顔は日本人のそれだが、顔を斜めに縫い合わせた跡があり、明らかに黒人の物と思われる皮膚が移植されており、顔の色が左右で違った。玄関まで車を動かし降りると、ソノミとヴァイオレット、あと医師のタロウが出迎えた。普段は大道寺島にいるタロウだが、今日の為に来ている。
「先生お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「お久しぶりです」
ソノミとヴァイオレット、タロウは頭を下げた。
「元気そうで何よりだ」
男はソノミとタロウを見ていう。
「で、ヴァイオレットはどうしたんだ」
ヴァイオレットの左手を見て怒ったように言う。
「まずはお茶でも」
「いらん、俺も忙しい。医務室で早速見よう」
「はい、ではこちらに、間先生」
ソノミが直々に案内をする。皆黙って付いていった。
医務室に行くと、間とヴァイオレットとタロウ以外は部屋から追い出された。ホタルは二日前、客間に移っている。
「脱げ」
「はい」
ヴァイオレットをベッドに座らせ、自分は正面に座る。タロウは間の後ろで見ている。ヴァイオレットは左手が不自由な為、上着を脱ぐのに苦労したが、間は黙って見ている。服を脱ぐ動作も、義手の機能チェックを兼ねているのかも知れない。やがてヴァイオレットはブラを残して上半身裸になった。肌自体は滑らかなのだが所々に刃物傷や銃創がある。そして両腕は肘より少し上の所から金属の義手だ。左手首の先だけだらりと下がっているが、銀色の見た目は変わらない。
「両手を目の前にあげてグーパーグーパー」
ヴァイオレットは言われたとおりにする、左手手首の先だけ動かない。
「今度は手首を上下左右に動かしてみろ」
ヴァイオレットは言われたとおり手をいろいろ動かした。間は最後に聴診器で、腕の音を聞く。
「お前、この手で戦ったな。左手はその時の負荷で壊れたんだろうな」
「ホタルさんが暴漢に襲われる可能性がありました」
「そんな、理由はどうでもいい。お前のは前付けていた軍用義手と違う。それは生活していく為の義手だ。人を傷つける為なら返して貰う」
ヴァイオレットは少しうなだれた。
「まあ、鹿田ホタルは妊婦だし、仕方がないと言えば言えるからな。気をつけろ」
「はい」
「お前が子供の頃受けた薬物や外科手術による身体強化の効果は尽きつつある。自分の身も大事にしろ」
「はい」
ヴァイオレットは顔を上げた。
「とりあえず左手のユニットを交換すれば問題無さそうだ。交換作業を行うから助手をしろ」
「はい」
間は振り返ってタロウに言った。
「問題ない、費用は大道寺に付けとく」
交換作業後、間とヴァイオレットは応接室に向かった。ソノミが待っていた。
「ヴァイオレットにも言ったが荒事はしないように、言い聞かせろ」
「はい、そうします」
「元軍人はいつまでも自分が戦えると思い込んでいる。ともかく喧嘩は厳禁だ」
「はい」
言うだけ言うと、間は勝手に部屋を出て行った。
「見送りはいい、大事にしろ」
ヴァイオレットの義手を作れる人となると、あの人だろうというのはちょっと安易だったろうか。
次回「EVAザクラ新劇場版 破 第九話」
さぁて、この次もサービス、サービス!
つづく