…辺りが白んできたな。
もう何度目かの薪をくべた時、辺りが明るくなってきたことに気がついた。
昨日から、野営を始めてこのかた、魔物の襲撃はなかった。
いやはや、ちと拍子抜けだったな。
まぁ、この辺りの魔物はそれほど凶暴じゃない。
テリトリーに入ってこない限りは襲ってはこないのか?
しかし、現実世界に居たときから完徹には慣れていたが、ここまで体調に変動がないとは。
かれこれ、20時間近く寝てはいないが、自分でも驚くぐらい疲れがない。
まぁ、楽でいいか。
しかし、野営の時は夜露に注意だな。
ここはそれほど酷い夜露ではないが、天候次第では身体が冷えて体調崩しそうだ。
それと雨などの時も要注意だな。
雨で濡れることは当たり前として、雨音のせいで敵の接近を許しかねない。
っていうか、雨での行軍もキツイだろうなぁ。考えただけで面倒だ。
あー、どうするか。まぁ、時間に余裕があれば、天候の回復を待った方が得策だろうな。
というか、野営自体を避けた方が楽だよな。やむを得ない場合はしょうがないが。
…あ、そうだ。馬車だ。馬車を買えば良いんだ。
そうすれば大体の問題は解消する。
荷物も載るし、休憩もできる。まぁ、場所を取るだとか、目立ちやすい、馬車自体を襲われるかもしれないってのはあるが。
それを差し引いてもメリットはありそうだ。
うん、街に帰ったらその辺を検討してみよう。
馬車が幾らくらいするのか知らないが、預けた金で多分買えるだろう。…買えるといいなぁ。
そんなことを考えつつ、番をすること暫し。
辺りがだいぶ明るくなってきた。
明かり取りとしての焚き火はもう不要だな。
と、もぞもぞする娘っ子が一人。
「…よぅ、起きたか?」
先に起きたのはハイネだった。
「……………。」
どうやらまだ、半覚醒状態のようだ。
毛布代わりのシュラフを被ったまま、左右にゆらゆら揺れている。…大丈夫か?
「…おはよう…ございます…。」
「あぁ、おはよう。」
このコは朝が弱いのかな?
まぁ、このくらいの年なら、朝はなかなか起きれないだろう。
とはいえ、今は野営中。直ぐにでも起きてもらわないと困る。
「ハイネ、今の状況が分かっているか?」
その言葉を聞いて自分の置かれている状況を思い出したのか、目つきがしっかりしてきた。
「…そうでした。寝ずの番、ありがとうございました。」
「いや、大丈夫だ。それより、川行って顔でも洗ってこい。すっきりするぞ。但しここは森の中だ、気をつけろよ?」
はい、といってハイネは川へ向かう。愉快な寝癖をつけたまま。気づくかな? あの寝癖。
さて、もう一人の娘っ子はと。
よく寝てるな…。
ま、いいか。起きるまで放っておこう。今はまだ無理に起こさなくてもいいしな。
さて、じゃぁ、朝飯の用意でもするか。
顔を洗って、寝癖もしっかり直してきたハイネに手伝ってもらいながら、朝飯の用意をする。
朝飯はおじやだ。…訂正、おじや風だ。
ちょっとビックリしたのだが、こっちにも米はあるのだ。考えてみると、まぁ、別段不思議でもないのかもしれんが。
で、その米を使って、おじやを作ることにする。
とはいえ、米を他の具材と煮るだけなんだけどな。
んで、この料理はこっちの世界にもあるとのこと。それならってハイネが作ってくれるそうだ。
それで分かったのだが、ハイネって料理の手際がいいな。料理しなれている。
これなら昨日も頼めば良かったか?
そして朝飯の準備が整った頃、ニルが起きた。
「…美味しそうな匂いがする…。」
起き抜けの第一声がそれか。
「おう、おはよう。ハイネはもう起きてるぞ。ニルも川行って顔洗ってこい。そしたら飯にするから。」
はーい、と返事をして、ずるずると怠そうに歩いていく。
おーい、足下だけじゃなく周囲にも気をつけろよー。
「「「いただきます。」」」
みんな揃ってご挨拶。大事な事だ。
うん、美味しいね。
ハイネは良いお嫁さんになるぞー、何て言ったら、じゃぁ貰ってくださいね、とにっこりと返された。
…この小悪魔め、どきりとしたじゃないか。お兄さんをからかうんじゃない。
それを見ていたニルが、あたしだって出来るもん!と対抗意識を燃やしていた。
じゃぁその腕前を、また今度にでも見せてもらおう。
食事を終え、みんなで片付けをする。食器類を洗いつつ、水も補給しておくことも忘れない。水は大事だからな。
そして野営の撤去。といっても火を消して、釜戸を崩しておく位なんだが。
「うし、じゃぁ、来た道を戻ろう。夕方までには街に戻れるはずだ。」
そして、また森の中を進んでいく。
その後、数度の戦闘があったが、二人もだいぶ慣れたもんだ。
レベルが上がったことで、体力的にもだいぶ楽になったんだろう。
動きも、昨日森に入った頃よりは格段に良くなっている。
ニルは的確に魔法を使用し、ハイネはきっちりニルの援護。
時には自ら、敵に斬りかかっていく。
まぁ、反撃されても、ここらへんの敵なら、さしてダメージもうけないしな。
なんて油断していたら、おおありくいがハイネに痛恨の一撃を喰らわせた。
殴り飛ばされ、木に叩きつけられるハイネ。
くそっ! しまった!
直ぐさまハイネに駆け寄り、その身体を抱き起こす。
「うっぐ、だ、大丈夫です…よ。」
強がってはいるが、ダメージは大きいのだろう。その表情が如実に物語っている。
俺はハイネの殴り飛ばされた胸当たりに手をかざす。
そして、
「…ホイミ」
ボウッと俺の手とハイネの胸辺りが、淡く緑色に光る。
すると、ハイネの苦しそうな表情が和らいだ。
良かった…。俺にもちゃんと魔法は使えるみたいだ。
「悪かった、俺が油断したばっかりに…。」
「いえ、イルハさんは何も悪くなんか…。」
気丈に振る舞うハイネ。だが、俺の油断が招いた事。
下手をすると、取り返しがつかないことになるところだった。
ひとまずハイネをニルに任せ、俺は魔物に視線を向ける。
…今回はいい教訓になった。俺みたいなやつが油断なんて10年早いってのが、よーく分かった。
ありがとうよ、この野郎。
俺は雷神の剣を構えると、おおありくいに向け、気合いと共に振り下ろす。
「喰らいやがれっ!」
雷神の剣から迸る炎の濁流。
その濁流に呑み込まれたおおありくいは、瞬時に蒸発したかのように姿をかき消す。
後に残るは、残り火と宝石だけ…。
改めて、ハイネの具合を確かめる。
殴られた所は、特に痣にもなっていなかった。……実際に見て確認したのは俺じゃないぞ?
これはホイミの効果なのか、防具類のおかげなのか。おそらくホイミの効果が大きいだろう。
まぁ、落ちついて考えれば痛恨の一撃をもらったとしても、今の二人ならすぐどうこうってのはないだろう。
が、喰らわないに越したことはない。
「本当にすまんかった。俺の油断が原因だ。これからはより一層気をつける。」
「いえ、ホントにイルハさんのせいじゃないんですよ。私が敵の間合いを読み違えたからなんです。
だから、イルハさんは謝らないでください。」
ハイネは笑ってそう言ってくれたが、俺は自分を許せなかった。
二人の負担を極力減らそうと気をつけていたつもりなのに、この体たらくだ。
確かに、手助けをし過ぎるのは二人の為にならないとは分かっているんだが、こと今回は三人での初めての旅だ。
いきなり、キツイ目に遭わせまいと考えていたのに…。はぁ。
その後、沈む俺を明るく振る舞い、場の空気を戻してくれたニル。
「ニルもごめん、それとありがとな。」
「いーえ! 気にしないでくださいっ」
ホント良いコ達だ。こりゃ一層気を引き締めていかないとな。
「それにしてもさっきの炎、あれは何ですか?」
ハイネが雷神の剣の効果について尋ねてきた。
二人ともあれ程の炎を見たことがなかったんだろう。不思議に思うのも当たり前だ。
「ああ、あれはこの剣の効果でな。ベギラゴンと同等の効果があるんだわ。」
「「ベっ、ベギラゴン!?」」
二人はよほど驚いたのか、同じように目を丸くしている。面白い顔してるぞ、二人とも。
まぁ、驚くのも無理はないか。ギラ系の最強呪文だもんな。
「そんな武器を持ってるイルハさんって…。」
「ホントに何者…?」
その後は俺が敵を全部薙ぎ倒し、たかったんだが、ニルとハイネの願い出で、俺がむしろフォローに廻るようになった。
「私たちのレベルもだいぶ上がって、それなりにやれるようになったんです。大丈夫です。やらしてください。」
二人から、こんなにまっすぐに見据えられてお願いされたら、そりゃ断れないよ。
「…ああ、分かった。だが俺が少しでも危ないと感じたら…。」
「ええ、その時はお願いしますね?」
ハイネ。そこでちょこんと首を傾げながら言うな。破壊力抜群だから。ニルも一緒になって真似しない。
まったく、この小悪魔達が。
しかし、たった一昼夜の行軍で見違えるもんだな。
操る魔法もだいぶ強力になったし、体術に関しても格段に動きがよくなった。
ニルは使える呪文も増えたこともあって、ノリノリだ。
これで、ギラ、イオを覚えたら魔法使いとしてひとまず第一段階ってとこか?
ハイネもマヌーサを覚えてから、より積極的に突っ込むようになった。
マヌーサで敵の視界を奪ってから、ニルの魔法。そして生き残った敵にトドメを差す。
スゲエな。たった一昼夜でこんな連携ができるようになるなんて。
とはいえ、まだMP自体がさして多いわけでもないので、ニルは夕方前にはガス欠。
ってことで、後衛で待機。
ハイネはまだMPにも余裕があるってことで、マヌーサを駆使しつつ攻撃を繰り返す。
おいおい、僧侶っつうより魔法戦士みたいな戦い方だ。
俺も負けてられないってことで、ニルをカバーしつつ、ハイネの漏らした敵を狩っていく。
しかし、こりゃースゲエわ。
こんな有能なコ達が今まで埋まってたなんて、ギルドのメンバーが知ったらさぞ驚くだろうなぁ。
今回のこの腕試しで感じたことは、このコ達とこれからもパーティーを組みたい、ということだった。
このコ達の成長を見るのが楽しいんだ。勿論楽しいことだけじゃない。
むしろ辛いことの方が多いだろうな。冒険の旅なんて。
でも、それでもこのコ達となら、旅を続けられそうな気がする。
「さて、お疲れさまでした。今回の旅は短いけど、ここまでで終了としよう。」
街の入口で二人に向かいながら、旅の労をねぎらう。
「こちらこそ、ありがとうございました。色々助けていただいて、物凄く勉強になりました。」
「あたしも、すごく勉強になったし楽しかった! ホントにありがと! イルハさん!」
二人にそう言ってもらえると、こっちも嬉しいよ。こんな至らない指導で申し訳なかったけどな。
「…それで、これからのことなんですが…。」
ハイネが神妙な面持ちで聞いてくる。
「ああ、そのことなんだが、…もし…君たちがよかったらなんだが、俺と一緒に旅を続けてくれないか?」
ちと気恥ずかしい気持ちもあるんだが、正直に俺の気持ちを伝える。
「俺にはちと旅の目的があるんだ。…今はまだ言えないんだが、それは時機を見て話すよ。
それで、その手助けをして欲しいんだ。…物凄く身勝手なお願いだと思う。
ただ、今回一緒に闘ってみて、何というか、凄く充実した時間だと思ったんだ。」
二人は真剣な面持ちで俺の話を聞いていてくれる。
「君たちの成長を見ているのが楽しいんだ。君たちはどこまで強くなるのか。それを見てみたい。
それと一緒に俺自身も成長していきたいんだ。」
あー、キャラじゃないなぁ。俺ってこんなこと言えるヤツだったっけな?
「…即答してくれとは言わない。君たちの都合も勿論あるだろうから、ゆっくり考えてから返事をしてくれ。」
言い終わって、一息。
ふぅ、柄にもなく緊張しちまったよ。
と、俺を見つめる二対の瞳に気づく。
「即答できます。私はあなたの旅についていきます。行かせてください。」
「あたしも勿論ついていくよ。それに、それはあたし達が最初にお願いしたんじゃん!
もう忘れちゃったの? イルハさんっ」
ん? と、顔をのぞき込んでくるニル。そういやそうだったな。
いや、だが、もう少し考えても…。
「その必要はありませんよ。ね?」
「そうだよ! 最初から決まってたことだよ!」
そうだったっけ?
「「そうです!」」
そうだったのか。
「じゃぁ、改めてこれからもよろしくな。」
そういって右手を差し出す。
「それじゃだめです。」
え?ダメだし?
「二人なんですよ?」
…はい。
両手を差し出すと、しっかと二人が手を握ってきた。
「よろしくお願いしますね?」
「よろしくねー!イルハさんっ」
「あぁ、精々迷惑かけないように気をつけるよ。よろしくな二人とも。」
そして俺たちは、一旦宿へ戻ることにした。
装備品を脱いでおきたかったってのと、風呂に入りたかったからだ。
一日とはいえ、やはり風呂に入らないと気持ちが悪い。
今回の旅の戦訓会議やら品評会やらは、さっぱりした後にしようということに。
「あー、良い風呂だったー。」
部屋でベッドの上に寝転がる。だー、やっぱり風呂上がりのごろ寝は最高だー。
至福の一時…。
そんなまったりとした時間を過ごして、うとうとしかけた時、部屋のドアがノックされた。
おっと、来たかな?
「ニルとハイネかー? 開いてるぞー。」
「はーい、お邪魔しまーす。」
「おぅ、どうz…
そして二人が入ってきたのだが、俺は思わず言葉の途中で固まってしまった。
なんというか…。これはちと刺激的な格好だ。
ニルは艶めかしい風呂上がりの洗い髪に、黄色のロング丈タンクトップとデニムのショートパンツ。
ハイネはツインテールではなく、さらさら(ちゃんと乾かしてあるようだ)と長く下ろした髪に、アイボリーの胸レースキャミソールと紺色のプリーツミニスカート。
ニルもハイネも、二人ともスタイルがいいからこの格好はちょっと…。その谷間は反則ですよ、お嬢さん方。
…君たちはなにかね? 会議や打ち合わせではなく、俺を悩殺しにでも来たのかね?
俺が眉間に手を当て俯いていると、ニルが声を掛けてきた。
「どうしたんですかー? どこか具合でも?」
その表情は普通に心配しているようだ。
「イルハさん、大丈夫ですか?」
ハイネもいたって普通に心配してくれている。
お兄さんは、そんな君たちの無防備さが心配だよ。
「…体調は大丈夫。頗る快調だ。」
他の所も快調になってしまいそうだ。快調というより怒張? なんつって。
「…あー、君たちは普段からそんな刺激的な格好を?」
「あ、いや、ハイネが…」
ニルが何か言いかけたところで、ハイネがニルの口を塞ぐ。
「いえ、なんでもないんです。この格好はお風呂上がりで熱かったためです。ええ。他意はありません。はい。」
普段より随分早い口調で一気にまくし立てるハイネ。ちと怖いぞ。
ハイネの様子から、これ以上追求するのは得策ではないと判断し、二人に席を勧め本題に入る。
まぁ、席と行っても椅子がないので、ベッドの上に座らせるだけなんだが。
今回の反省点といっても、二人に関しては特にない。
が、俺は「油断」というデカイミスをした。これは非常に問題である。
年長者たる俺が油断をするなど言語道断だ。
今回はたまたまリカバリできる範囲で納まったが、これがもっとシビアな展開にならなかったとも限らない。
ハイネのレベルや、装備を調えたことも幸いしてか、今回は事なきを得た。今回は、だ。
だが、ここはアリアハンだ。魔物のレベルが最も低い地域。
ここでちゃんと自覚しておかないと、後々怖ろしいことになりかねない。
俺は素人だ。能力が高いだけの素人。今はその能力によって誤魔化されてはいるが、これから旅を続けるにあたって、敵の強さは強くなる一方だ。そんな誤魔化しはいずれ効かなくなる。
まぁ、俺も実戦を経験し、自分の能力を少しは理解できてきた。
これからの旅の中で、更に己を磨いていくしかない。
俺をこの世界に連れてきたのは「誰」なのか。そしてその「目的」は?
それが何であるか、知らないうちにくたばってたまるか。
しかも死ねない「理由」も増えたしな。
この二人がどんな冒険者になるのか。
それを見るのが、今の一番の楽しみかも知れない。