「た、ただいま戻りましたぁ……」
拷問、そう散歩という名の拷問から、俺がなんとか生還したのは昼の1時。
いったいどこの世界に5時間もの間散歩する奴がいるっちゅーんじゃ。
しかし、シロのニコニコとした笑顔を見ていると、なんも言えん……。
俺って奴は、俺って奴は、もしかしてヘタレなのではないだろうか……。
先に事務所に帰るシロ達を見ながら、自転車を倉庫に入れ、一人寂しくズリズリと足を引き摺り二階へと上る。
お、なんか肉の焼ける匂い。豚のショウガ焼きかっ。くぅ、腹減ったぞぉ。
台所の前を通りがかると、ニコニコとおキヌちゃんが出てくる。
「横島さんっ!おかえりなさいっ!お腹すいてるんじゃないですか?」
ああ、おキヌちゃん……、笑顔が、笑顔が素敵。ポイント高い、ポイント高いぞ!おキヌちゃん。
さっ、とタオルを俺に手渡してくれる。ああっ、タオルからいい香りが……。
「ありがとう、おキヌちゃん」
うぅ、おキヌちゃんはホント優しいなぁー。ひょっとすると、うちの事務所でまともなのは、彼女だけかもしれん……。
「えへへ、今日のお昼は横島さんの好きな……、あっ」
「せんせー!次はいつ散歩に連れて行って貰えるでござるか?拙者、拙者、今日は先生がお疲れだと思い、控えめに我慢したでござる。次は、次はいつでござろうかっーーーーー?」
おキヌちゃんの横をすり抜けて、シロが強烈に俺の首筋に抱きついてくる。ちょ、苦しい。あ、タマモ、そのタオル、俺が今使おうとしてたのにっ!てめぇ、ずっと俺の頭に乗っていただけのくせにっーーーーー!
「あーーーーーーっもう、うっさいわねアンタらっ!揃ってご飯抜きにするわよっ!」
美神さんの怒声が廊下に響きわたる。ま、まずいっ、なんか機嫌が悪い感じだ。今メシ抜きとか洒落にならん。
「そ、そりゃないっすよー、美神さん。それだけは堪忍してくださいっ!」
なんとかシロを振り切って、事務所兼居間まで小走りで向かう。
あ、手を洗うの忘れてた。まっ、いいか。いつも洗ってないしな。
第4話 『A calm comes before a storm』
「あんた、明日から一週間、学校を休みなさいっ!」
びしっ!っと俺に指を突きつける美神さん。
「ぐぼぉ」
突然の理不尽な命令に、食後のコーヒーを思わず噴出してしまう。
当然、目の前に座っている美神さんに直撃。あ、あかん。死んだかもしれん。
「ア、アンタという奴はーーーーーーっ!!!!」
いつも思うのだが、この人はどこから神通棍を取り出しているんだろう。
キンッという音が響く。
ああ、思えば俺は素人時代からこうやって霊力入りの神通棍で叩かれていたから、知らず霊力が身に付いたのかも知れん。
ううっせめてレジストしてみるか。いや、でも下手に抵抗したら余計に被害が増えるかも知れんっ!って、打撃が来ない。
「ふぅ……。ま、まぁ、突然言った私も悪かったかも知れないけど……、でも師匠にコーヒーぶっかけるのはどうかと思うわよっ!!」
タオルで顔を拭きつつ、美神さんが言う。
おおっ、今日は機嫌が良かったのか。散歩から帰ってきたときは機嫌悪そうだったのに。
「帰ってくるのが遅いっ!」
なんて言ってたのだが……。
そうか!お昼が美味しかったからだなっ。ありがとう、おキヌちゃん!
「出席日数は足りてるんでしょ?ちょっとアンタを本腰入れて鍛えるから、一週間!、時間がどうしても欲しいのよ。もう今日からの一週間の仕事は全部キャンセルしたんだから。絶対に学校休んでもらうわよ」
びきっっと空間が凍る。あの拝金主義でワーカーホリックの美神さんが一週間も仕事を休む。
これはマジだ……。皆、美神さんを信じられないものを見るような目で見ている。
おおおっ、あのおキヌちゃんまでもが、殺気の篭ったような目で美神さんを睨んでいる。
わかる。その気持ちは良くわかるぞぉ。
「わかりました。よろしくお願いしますっ」
しかし冷静に考えてみれば、美神さんは俺のために時間を作ってくれるということであり、俺には感謝してもし足りない状況だ。深く頭を美神さんに下げる。
全く、師匠の仕事の妨げになるとは……。
「まったく……。そういう訳だから、おキヌちゃん。あとでシロとタマモと三人で、乾燥ヤモリを大量に倉庫から出しといてもらえる?」
本棚からドサドサと魔術書を取り出しつつ美神さんは言う。
今日は地脈の利用法だったな。予習の成果を少しは見せられるといいなぁ。
よし、一丁気合入れてやりますか!
「でも、 タマネギとヤモリはきらいっスー!!」
無駄だと知りつつ、叫ぶ。