元ネタ:六条一馬氏
日が暮れる――
青空が赤く染まっていき、蝉の鳴き声がうるさく感じられなくなってきても、タマモはまだ、縁側に腰掛けたまま外をぼんやりと眺めていた。
障子を隔てた部屋の中では、同僚のシロが眠っている。
昼間食べたスイカでお腹が膨れたせいだろう。
あるいは、今朝から大騒ぎをした挙句、ここまで走ってきた疲れのせいだろうか。
お腹を押さえ、すやすやと眠る姿は、まるで幼子のようだ。
その態度を少しだけ腹立たしく感じながら、しかしタマモは彼女を起こそうとはしなかった。
起こせば、また騒動が始まるに決まっている。
それは推定で無く、もはや既定事実であったからだ。
起こすとしたら、問題の責任者に起こしてもらわねばならないだろう。
その問題を起こした人たちが戻ってこない以上、自分だけが大声で迷惑こうむるのは勘弁してほしい。
タマモは、そう思いながら、コツンと軽い音を立てて後頭部を柱にぶつけた。
痛みと共に、何度も自問自答した一つの問いが脳裏で火花を散らす。
何で、こんなところでぼんやりしているのだろうか、と。
自分たちは、招かれざる客であるはずなのだ。
その自覚はタマモにもあった。
何せ、ここは同僚のキヌの実家、その離れであり、母屋のほうでは、久しぶりに帰ってきたキヌの婚約話で盛り上がっているはずなのだ。
男を連れてきただけでも十分問題なのに、その男を慕う女性が――シロのことであるが――後を追ってきたとなれば、修羅場になってもおかしくは無い。
現に、キヌの姉は一緒に来た男、横島を糾弾し、言い訳を一切認めようとしなかった。
妙な理屈をわめきたてるシロと共にタマモが離れに居るよう言われたのは、詮方ないことだろう。
しかし、とタマモは思う。
そもそもこうなったのは、シロもタマモも知らない間に横島とキヌが二人で出かけたことが原因であると。
確かに、近日中に出かけるようなことを聞いた覚えはある。
しかし、それが今日で、しかも自分たちが目覚める前に出かけてしまったことに落胆したのは、何も横島を慕っているシロだけでは無かったのだ。
そうでなければ、パニックになりかけていたシロをなだめて二人の後を追おうと提案しなかったはずである。
かすかな匂いと、便宜上の保護者である美神さんから聞き出した内容を手がかりに、タマモはキヌの故郷まで来てしまった。
ここまで来た以上、本当に二人の仲を邪魔しに来たのであれば、すごすごと離れで夕暮れを見ている場合では無いのだ。
そうは思いつつ、タマモは動こうとはしなかった。
一緒に来たシロは寝ており、話し相手は誰もいない。
また、いただいたスイカもとうの昔に食べ終わってしまっており、手に持ったペットボトルの中身も、ほとんど残っていない。
やることが無く、暇の極致のはずなのだが、だからと言って二人の邪魔をするのも無粋であると心の片隅で理解していたからである。
遠くから聞こえてくる鐘の音が、わびしさを倍増させていく。
が、わびしくてもキヌや横島を憎んだり嫉妬したりまでいかないのは、それが当然とも思っていたからであろう。
昔々、石に閉じ込められる前に自らが行ってきた打算の行為では無く、心底からの愛情。
薄々感じていたそれが、ここまで追いかけてきてキヌら二人にあると知ったとき、ほっとしたのも紛れも無い事実だ。
自分にも、いつかそんな相手を見つけられるのかしらね。
半ば自嘲気味ながら、そんな風に心が鎮まっていくのは、この鐘の音が影響しているのかもしれない。
諸行無常と鐘の音が鳴り響く。
先ほど聞いた話では、これは亡くなった人々を弔うための鐘なのだと言う。
自分には関係ないわと思いながら、心のどこかで、それに同調する考えも沸き起こってくる。
全ての人間に祝福と安らぎあれ、と。
タマモは、目前の黄昏を心にしまいこみ、どのような祝いの言葉を発せば良いのか、あれこれと考え始めた。
たぶんキヌも横島も笑顔でやってくるのだろうから、そのとき自分も笑みを浮かべられるよう、最後の雫を地面に落として。
―終―
あなたの魂に安らぎあれと思います。