≪横島≫
……ここはやはり誘うか。
イームとヤームは能力こそ高くはないがいったん恭順すれば天龍に反逆する奴らではない。
言い方は悪いが困窮に陥っている時に差し出される手はそうでないときに差し出される手の何倍もの価値があるからな。
天龍も王となるのであれば信用できる部下は絶対に必要だし、それは多いほうがいいからな。
それにメドーサは頭が切れる。
裏に隠れてこそこそ動かれるよりも誘き出したほうが対処しやすいはずだ。
【消/臭】の文珠を天龍の服から抜き取ると代わりに【守/護】【防/衛】【堅/守】【耐/魔】の双文珠を持たせたユリンを天龍の陰に潜ませた。
デジャブーランドを堪能した天龍がいざ事務所に帰ろうとする矢先、広域探査をかけていたユリンにイームとヤーム、それからそれを監視するように遠く離れた位置にメドーサと勘九郎。
役者はそろっている。
とはいえそろいすぎかな。
小竜姫さまに耳打ちをする
『つけてくる奴がいます。背後関係をあらいたいのでいったん離れていただけますか?』
『わかりました。くれぐれも殿下をお願いいたします』
ワルキューレ達に土産を買ってくるという名目で小竜姫とジルがいったん離れた。ちなみに土産は昨日のうちに購入して今頃はすでに小鳩ちゃんが預かっててくれてるはずだ。とりあえず人気が少ないほうに誘導していくとイームとヤームが追跡してきた。
「い、い、いたんだな、アニキ……!」
「さすがお前のハナは竜族一だぜ、イーム!早いとこガキ捕まえちまおう!」
「ぬぅ、貴様ら何者じゃ!」
「キシャアアアア!」
答えもせずにイームとヤームが正体を現す。
鬼門達もすぐに変身をといて天竜の前に立ちふさがった。
「ここは我ら鬼門がお引き受けいたす、おぬしらは殿下を頼む」
「ガハハハハハ! 聞いたか、イーム! たかが鬼の分際で竜族と互角に戦えると思っていやがる」
「え? あ? よ、よく聞いてなかったんだな。でもガハハハハハ!」
「くらえ!」
「うおお!」
ヤームの角から放たれた攻撃が簡単に左の鬼門を無力化する。
「ひ、左の!」
動揺する右の鬼門が背後から前蹴りを喰らって倒れ伏した。
五月だ。
「戦闘中に動揺するな馬鹿! 全く。……とはいえ鬼が馬鹿にされたままというのも業腹だ。俺が相手してやるからかかってこい」
「ガハハハハハ! たかが鬼の、それも女が一人で俺達の相手をするだってよ」
「こ、今度は聞いてたんだな。ガハハハハ!」
あ、まずいな。
ten seconds in the hell
ほんの十秒間、この場は地獄と化した。
「あ、あがががが」
「……で、たかが鬼の、それも女が何だって?」
五月が起き上がれないヤームの頭を軽く蹴って尋ねる。
な、情け容赦なく殴り倒したな。
いや、一応息はしてるしかろうじて会話もできるボロ雑巾を見ないようにケイに目隠しをしてくれた冥子ちゃんと耳を塞いでくれた令子ちゃんに感謝だ。
どっちもなかった天龍は俺の後ろに隠れて真っ青になってガタガタ震えていた。
……トラウマにならないといいんだが。
五月は誇り高いからなぁ。
……倒れただけの右の鬼門も怯えているぞ。
「五月、とりあえずその辺にしておいてくれ。それ以上やられると言質が取れないから」
「……まぁいいか。良かったな、お前ら。今日の俺はすこぶる機嫌が良いんだ」
機嫌が悪かったら止めに入る必要があったんだろうな。
とはいえ見た目のダメージは大きいものの、後遺症が残るような殴り方はしていないようだし。
サイキック・シールドを展開。
飛んできた霊波砲から天龍を護る。
「全く、役に立たない奴らだね」
「だ、だんな」
前の時と同じようにフード付のローブで顔と体を隠しているが間違いなくメドーサと勘九郎だ。
「まぁいい。ガキを見つけてくれた駄賃だ。受け取りな!」
俺達を取り囲むように火角結界が張られる。
サイズが小さいし双文珠で問題なく解除できそうだな。
怯える天龍の頭を撫でる。
「お待ちなさい! 仏道に乱し、殿下に仇なすものはこの小竜姫が許しません! 私が来た以上、最早往くことも退くこともかなわぬと心得よ!」
「小竜姫……!」
「この間は顔見せだったが今回は相手をしてやるよ!」
メドーサと勘九郎がフードをローブを脱ぐ。
「勘九郎!」
雪之丞が吼える!
「残念ね、雪之丞。この間の決着をつけてあげたいけどあなたはここで死ぬのよ」
「そうか、じゃあぜひとも相手をしてやってくれ」
俺がメドーサ達の死角で結界を【解/除】するとすぐさま雪之丞が魔装術を纏って飛び出した。
「ちっ! いったいどうやって」
「横島さん。ここは私と雪之丞さんで抑えますから殿下をよろしくお願いします!」
……まだ武人としての癖が残ってるな。俺を天龍の護衛から外せなくともジルか五月かゼクウを残しておけばらくだろうに。
まぁ、そこまでいってしまえば小竜姫さまじゃないかな。
芯は俺と違って生粋の武人なのだから。
俺が天龍を、右の鬼門が左の鬼門を、ジルがケイを、インダラが令子ちゃんと冥子ちゃんを運び、なんだかんだいってイームとヤームは五月が担ぎ上げて運んでやっていた。
「行かせるか!」
メドーサが髪からビッグ・イーターを呼び出す。
「させません!」
小竜姫さまがすぐさまその間に割って入る。
「ゼクウ!」
「承知!」
わずかに現れたビッグ・イーターもゼクウの剣に切り払われた。
・
・
適当なところまで離れてからイームとヤームから事情聴取。
「殿下……! 申し訳ありませんでしたっ! 俺…… 俺……利用されているだけとも知らず、大それたことを……!」
「もうよい! ……そ、その、罰はもう十分受けたようだしな。そんなことより何故こうなったかを話せ!」
「へい……! 俺たちゃその昔竜族の下級官吏でやした。それが職務怠慢を竜神王さまにとがめられ、地上へ追放されたんでやす」
「それで父上と余を恨んでおったのか」
「へい! そこへあのものが現われやして、恨みを晴らし役人に戻れるチャンスだと……正体はわかりやせんでしたが、本人はそのようにいっておりやしたし、あれほどの霊格てっきり竜神の偉いさんかと思って信用したんでやす。それにその時は竜神王さまの会議が終わるまで閉じ込めておくだけだといわれてやしたし」
「んなてで魔族にひっかかるなんてバカなんじゃないの? 竜神なんて辞めていかがわしい新興宗教にでも洗脳してもらえば?」
きついな。……まぁ俺も同感だが。
五月も呆れた顔をしている。
「……ふむ。話はわかった! お前達、余の家臣となれ」
「えっ……なんてもったいない……!」
「そなたらも根っから邪悪というわけではないだろうし、此度のことは元々余の我侭からはじまったことじゃからな。そういう意味ではお前達も被害者といえんわけでもない。家臣となれば父上にお前達のこともとりなしてやろう」
「あ……ありがたき幸せ!」
「どうじゃ、横島。余も中々の名君であろう?」
「経緯はどうあれ自分の命を狙う片棒を担いだものにそれだけの度量を示すことができるのは名君の素養があるってことだろうな」
……来たか!
・
・
・
≪メドーサ≫
いったいどうなってるんだい!
脇腹を押さえながら後退する。
左肩に負った傷も深くはないとはいえ軽視できるものではない。
小竜姫の剣技はもっと教科書剣法で真っ正直にしかできなかったはず。
なのに蹴りだと!
こちらが邪道で攻めたのを完璧に防ぎ、そのまま蹴りを見舞ってきやがった。
意表をつかれたところに突きのおまけつきだ。
思った以上に邪道になれてやがる。
勘九郎の方も終始あの雪之丞とかいう坊やに押されているしこのままじゃジリ貧だ。
「あきらめなさい! メドーサ!」
畜生が。
あたしは観念したように刺す又を下ろす。
一拍の間で勘九郎ごと雪之丞に向かって特大の霊波砲をお見舞いする。
しかしそれも間に入った小竜姫に防がれてしまった。
油断もしていなかったか。
一体全体どういうことなんだ。
……でもね、それだけでもあたしには十分なんだよ。
【超加速】状態にはいってもう一発霊波砲を放つとすぐに天龍童子が逃げたほうに飛ぶ。
こうなりゃ天龍童子だけでも殺してやる!
いったん加速を解いて飛び、そう離れていないところにあいつらを見つけた。
再び【超加速】に入ると天龍童子目掛けて襲い掛かる。
しかしその一撃はゼクウとかいう神族に防がれた。
【超加速】ではないようだがどうやって?
すると今度は横島とか言う人間がなんと【超加速】に入ってきやがった。
どうなってやがるんだ!?
……考えている暇はない。ありったけのビッグ・イーターを呼び出すと横島相手に切りかかる。
人間なぞすぐに切り払えると思ったが横島はあたしの剣を受け止めた。
それどころかカウンターをあわせて来やがった。
何度か打ち合っても横島はことごとくを防ぎきる!
二度目だったこともあり、【超加速】を維持できなくなってしまった。
ビッグ・イーターもそのほとんどをゼクウと天使の小娘、鬼の女に髪の長い人間の女に倒されてしまっている。
奥では髪の短い人間が鬼を従えけが人と子供を庇っていた。
唯一その防御網を掻い潜ったビッグ・イーターもイームが天龍童子を体で庇ったお陰でイームを石化するにとどまった。
天龍童子は強力な守護結界に護られてもうビッグ・イーターじゃ手が出せない。
「よ、よくも余の家臣を!」
天龍童子の角が生え変わった!?
天龍童子の剣から発せられた霊波砲はあたしの体を消し飛ばすような威力を見せた。
目覚めたばかりとはいえ、これが竜神王直系の力なのか……。
「殿下、ご無事ですか?」
ちっ、もう追いついてきやがった。
これまでか。
……いや! こんなところで終われるか!
最後に残された力でほんの一瞬だけ【超加速】に入ると手近にいた横島に口づける。