≪テレサ≫
やはり、言わなければよかったのでしょうか?
私が愛しているといった瞬間に横島さんの顔面は蒼白になり、拒絶反応を示すように唇や手足がガタガタと震えていました。
恐らくそのことは無自覚なのでしょう。
……哀しい人。
愛することと喪うことが、愛されることと別離が結びついてしまっていますのね。
だからこそ、この上なく勇敢な臆病者で、誰よりも強く危ういほどに脆く、誰かと深く関わりを持つことで傷つくのに孤独にも耐え切れず、誰かを護れたことで己から心を護っている。
だからこそ、何の躊躇いもなく己のみを犠牲にできる。
だからこそ愛情によって己と相手を失うことに恐怖する。
……いいえ、そんなことはありませんわね。
すでに横島さんはかなり末期的な状況にあった。
悪霊が雑霊を引き寄せ肥大化していくように、横島さんの持つ負の感情は周囲の負の感情を勝手に吸収して肥大化を始めている。……横島さんの傍で心が安らかになれるのは、横島さんが負の感情を肩代わりしているからかもしれない。(悪意を横島さんが吸収するから)横島さんの周囲は常に清浄なのだ。
それは地獄炉の負のエネルギーを吸収しようなどという発想が自然にでてくるくらいに横島さんにとって当たり前になってきている。
だからこそ、私は愛していると伝えるべきだった。
無痛というのは怖いこと。
血を流しても気がつかずに、知らぬ間に死に至る。
痛みを知らぬこの身だからこそ知っている。
例えそのことで横島さんの傷に塩を擦りつける様なことであっても、血を流しすぎて自分が傷ついているということを忘れてしまわないように。
横島さんが誰かを護るためだけの機械になってしまわないように。
……私も姉さんも難儀な人に惹かれてしまいましたわね。
後悔はありませんけれども。
「……さぁ、地獄炉を止めるようにしよう」
「そうですわね。早くしないとばれてしまいますもの」
空気を変えるように横島さんが言ったのでそれに乗ることにした。
あまり追い詰めてしまってもよろしくありませんし。
打算的なことを言ってしまえば最初に告白したのが私ということは個人的には大きいですし。
「……すまない。テレサ」
横島さんは常人には聞こえないほど小さな声で、探査能力の高い私には聞こえる声でそう呟いた。
どういう意味で『すまない』とおっしゃっているのかはわかりませんが、……ただ、どういう意味であっても謝っていただきたくはありませんでしたわ。
「さ、地獄炉を止めるぞ」
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≪カオス≫
「な、どういうことだ!?」
突如ヌルが慌て始める。
なるほど、横島の奴が始めおったか。
「一体何の騒ぎだね?」
「……いえ、なんでもありませんよ」
「そうかな? お前の纏っていた魔力が薄くなったようだが地獄炉からのエネルギーが滞っておるのではないのかね?」
私が浮かべた意地の悪い笑みを見てタコの頭が真っ赤に茹で上がったわい。
「カオス! まさか貴様が!」
「プロフェッサー・ヌル。一つだけ忠告をしておこう。友人というものはよく吟味するものだ。自分と同種の、そして明らかに自分より劣っている者とつきあったところで利益などはないからね」
ヌルは青筋を浮かべるとタコ禿げからタコ(デビルフィッシュ)の姿にその身を変えた。
「よくもこの私をコケにしてくれましたね!」
「マリア!」
「イエス! ドクター・カオス」
私の合図でマリアが拘束を引きちぎる。
未来の私が作り上げた対魔族用装備がヌルの体に法儀式済み水銀弾頭、純銀製弾殻の銃弾を轟音と共に吐き出された。
「私がいることも忘れないでね!」
脚を切り離してゲソバルスキーを創り盾にしようとするも、半分はマリアが、もう半分は美神が生まれる端から払っていくので次々生み出さなくてはならないのでそれ以外の手が出せない。
いや、この場合は脚か。
「ヌルよ。自らの知に慢心して周囲の状況すら理解しようとしなかったお前の姿、それこそが貴様の敗因であり、貴様のおろかさの証である」
「図に乗るな虫ケラがああっ!」
「ソロソロお別れだ!」
「ガァァア!」
対魔族用の私特製の退魔護符を放つ。
手応えが浅い!?
ヌルは退治されることなく退けられるにとどまったようだ。思った以上に防御装備が強力だったようだ。
しくじったか。横島から聞いていた以上に強力な魔族だったようだ。
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≪横島≫
……そうか、前回はカオスが逆操作をしてヌルそのものが弱体化していたのに今回は俺は魔力の供給を止めただけに過ぎなかったから元々所有している魔力量はそのまま所持していたのか。
俺のミスだ。
だが当座の(700年前の)危機は回避できたのでよしとするしかない。
そのままカオスの協力(実際にはマリアとテレサのサポートがあるので必要なかったのだが)を得て、現代に帰ってきた。
「それで、カオス。過去のカオスに一体何を頼んだんだ? あれからすぐに帰ってきてしまったのだが」
今回も令子ちゃんは妙神山に能力の封印に出かけ、その間にカオスのもとにやってきた。
「うむ、それなのだがな。お前がこの世界にやってきたことで私の過去なんぞも変わってしまい改竄されてしまうわけなのだが。例えば私はお前を知っているのにお前に会うまでの私はお前のことを知らなかったとかな。……少しでも歴史の修正を緩和させようと思ってな。一つは自己暗示でお前に出会うまで、お前の存在を忘れるようにしたこと。もう一つも自己暗示で忘れているのだよ。マリア、キーワードを頼む」
「イエス。ドクター・カオス。『マリア姫と・我が娘達に・最大限の愛を』」
「……うむ。思い出したぞ! マリア、テレサ、すぐに処置にかかるとしよう。横島、すまないが」
「ああ、今日は帰るとするよ」
「うむ。楽しみに待っていろ」
カオスは悪戯っ子のように笑んで見せた。
・
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三日後、カオスが二人を連れて事務所を訪ねてきた。
と、いっても就業時間から大幅にずれているのでこの事務所に住んでいる俺しかいなかったのだが。
いや、だからこの時間を選んできたのだろう。
入ってくるなりマリアが俺の両手を握り締めた。
温かい!? 柔らかい!?
「横島さん。マリア・温かいですか?」
「あ、あぁ」
「おどろいておるようだな」
意地悪い笑みを浮かべたカオス。
「過去の私に依頼してマリアとテレサの体をメタルベースからカーボンベースに変える研究をしてもらったのだよ。およそオカルト的な材料は現代では手に入らないものが多いので現代では研究できない部分があるし、ヌルの残した研究データを拝借したりしてね。人工霊力を意識的に落とせば今お前が感じているように柔らかく、霊力を張り巡らせれば従来とほぼ同等の、テレサにいたっては14.5%の強化に至ったぞ。まぁ、以前のように接着剤でくっつけるなんてことができなくなった分、兵器という面で考えれば明らかにデチューンなのだがかまわんだろう」
「もちろん私もですわ。横島さん」
テレサが俺を軽く抱擁する。
温かいし、柔らかい。
「以前とそう大きくは変えてはいないがね。私とて自分の娘達にそう大きく手を加えたくはないからな。変化したのはあくまで構成素材くらいなものだ」
嬉しそうに微笑むマリアとテレサの頭を軽く撫でてやる。
触った感触は人間のものとほとんど変化がない。
「マリアも・横島さんを・愛しています」
マリアはそれだけ言うと、俺の胸に顔をうずめた。
俺の両手はマリアを突き放すことを拒絶し、抱きしめることもできずに躊躇し、無様に中空を彷徨うだけだった。
それを見てテレサがクスリと笑う。
「今はそれで上出来ですわ。抱きしめるか、突き放すかは答えが出せる時に出してくださいな」
テレサもまた、俺に抱きつきカオスがそれをニヤニヤと笑っている。
出さねばならない答えなどとうに出ているはずなのに、与えられた温もりがそれを否定する。
思いは千々に乱れ、答えは迷走し、思いは逡巡する。
あぁ、なんて無様。
だが、マリアとテレサが喜んでいるのだから、素直に祝福をしよう。