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No.519の一覧
[0] 世界は広く居場所は此処に[籠の鳥](2005/05/03 00:30)
[1] 世界は広く居場所は此処に 第一話[籠の鳥](2005/05/03 00:39)
[2] 世界は広く居場所は此処に 第二話[籠の鳥](2005/04/25 03:00)
[3] 世界は広く居場所は此処に 第三話[籠の鳥](2005/05/03 00:47)
[4] 世界は広く居場所は此処に 第四話[籠の鳥](2005/05/05 22:18)
[5] 世界は広く居場所は此処に 第五話[籠の鳥](2005/05/05 22:23)
[6] 世界は広く居場所は此処に 第六話[籠の鳥](2005/05/03 00:27)
[7] 世界は広く居場所は此処に 第七話[籠の鳥](2005/05/07 14:28)
[8] 世界は広く居場所は此処に 第八話[籠の鳥](2005/05/17 18:41)
[9] 世界は広く居場所は此処に 第九話[籠の鳥](2005/05/29 01:23)
[10] 世界は広く居場所は此処に 第十話[籠の鳥](2005/06/09 19:50)
[11] 世界は広く居場所は此処に 第十一話[籠の鳥](2005/07/06 08:56)
[12] 世界は広く居場所は此処に 第十二話[籠の鳥](2005/09/02 22:27)
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[519] 世界は広く居場所は此処に 第三話
Name: 籠の鳥 前を表示する / 次を表示する
Date: 2005/05/03 00:47




世界は広く居場所は此処に
第三話






タマモの心中は驚きと、僅かな安堵感に満たされていた。
タマモはシロが両手から霊波刀を出せるなどとは知らなかったからだ。
シロにとっての"取っておき"、"奥の手"だったのだろう其の秘策。
知らずに戦っていれば不意を撃たれて敗北を喫していたかもしれない。


「(手の内を隠していたのは、私だけじゃないってわけか。)」


後々の試験で当たる前に、知ることが出来たことを安堵した。
奥の手とは、一種の奇策だ。
相手に知られず、放てば必殺、故に奥の手。
知っていれば対処の仕様もあるのである。
だが、其の僅かな安堵感を一掃するほどの驚愕が、彼女の心中を埋め尽くしている。
何だ、なんなのだ、あの男は。
嘗て知る横島忠夫の強さとは、また別種の強さ。
強靭な肉体を持つ人狼に打ち勝てるだけの身体能力。
相手を撹乱し、必ず己が有利になるよう誘導する立ち回り。
式神使いの代名詞、六道程ではないが、同時に二鬼の式を扱ってみせる其の才覚。


「(………強い。)」


奥の手の事を抜けば、タマモは誰よりもシロの事を知っている。
タマモが美神除霊事務所に居座った頃から、屋根裏の同室で生活を共にしているのだ。
普段は決して口にはしないが、タマモはシロを信頼している。
命の危険を含む除霊作業において、其の背を預けるほどに、信頼しているのだ。
タマモはシロを決して過大評価しないが、決して過小評価もしない。
自分と同程度の実力であるとも思っていた。
戦法はタマモに軍配が上がるが、純粋な戦闘能力においては、一歩譲らざる得ないからだ。
其のシロが、押されている。
いや、確かに有効打は与えてはいる。
だが、だが相手は横島忠夫なのだ。
横島の文殊は大抵の負傷なら瞬く間に治癒してしまう優れもの。
先ほどの胸部への一撃も、タマモならノックアウト物だろう。
其の一撃に耐え切るタフネス。
瞬時に式に命令を下す的確さ。
ショック死してもおかしくない式からのフィールドバックに耐え切る精神力。
背筋に、寒気が奔る。
これが、これがあの男の本性、本質だったのか。
タマモの脳裏にあるのは、在りし日の横島の姿。
確かに優秀だが、人格に問題あり。
要するに、馬鹿にしていた。
それがどうだ、一皮剥けば人狼をも圧倒する人の強さ。
一瞬、前世の記憶を垣間見た。
妖狐であるタマモの前世を追い立てる人間達。


「(いいえ、違う。)」


奴らは、群れていた。
大勢で寄って集って襲ってきた。
だが、横島はどうだ。
たった一人で妖を圧倒しているではないか。
前世で見た、強力な退魔師のように。












先ほどまでは、攻め手は必ずシロだった。
対する横島は後の先を取り、シロの猛攻に確りと対応して見せた。
強靭な身体のバネを活かし、突撃をかけようとした矢先に、横島が駆けた。
タイミングを外され、シロは蹈鞴を踏む。


「(っ! 先の先を取られたっ!)」


最短距離で、霊波刀の切っ先が襲い来る。
突きだ。
右の霊波刀で払い落とすが、感触がおかしい。
霊波刀は刀をイメージして霊気を波状放出し作り出すものだ。
半物質化した其の刀身は、刀と同じく硬質である。
だが、横島の霊波刀は其の刀身を曲げて見せた。
シロの霊波刀と接触した部分がへし曲がり、払い落としの威力を逃し、其の切っ先は蛇のように迫り来る。
これが横島のハンズオブグローリーと、シロの霊波刀との違いだ。
横島のそれは、元々は手甲、そして伸縮自在の変化に富む一品だ。
嘗て素人であった頃、概念と言うものを持たなかったからこそ出来る奇刃である。
故に其の身は刀にあらず。
霊波刀にして霊波刀に有らず、其れは唯一無二の栄光の手。
襲い来る切っ先に、シロは咄嗟に左の霊波刀を合わせた。
刃先と切っ先が衝突し、霊圧の火花が飛ぶ。
なんと言う妙技だろう、僅か数ミリにも満たない其の刃を、己が刃にて受け止める。
五感に優れたシロの超感覚のなせる妙技、いや神技である。
人の身でこれほどの技を持つものは、現代にはまずいない。
だが、其の神技すら次の動作に移るための余技にすぎない。
横島が、右腕を振るう。
肩と肘関節を基点に、まるで鞭を振るうかの様に空で円を描く。
撓んだ刀身が、シロに絡みつく。
刃を持った霊気の鞭、其れがシロの首を狙う。
咄嗟に、腰を落とした。
そこに待ち受けたのは、霊気の盾、いや投合盾。
サイキックソーサー。
霊波刀に見せ掛け右手を封じ、手首の動きによる突きにて左手を封じる。
鞭の動きで動作を誘導し、詰めにサイキックソーサーを投げやる。
僅か四手にして必殺の詰め将棋。
されど、されどシロこそ侮りがたし。
其れは思考より早く、本能より速い。
肉体の反射をもってして、紙一重にかわしてみせる身のこなし。
転がるように、右へと逃げる。
其の先に、横島の五手目が待ち受ける。
右手でハンズオブグローリーをけしかけて、左手でサイキックソーサーを投げつける。
されどまだ足があり、影がある。
左の踵が床を踏み鳴らし、応えるは鎧武者。
高らかに其の名を呼んで、五手目にて詰みといたす。


「出でませっ、羅豪!」


影から飛び出す真剣が、シロの肩に突き刺さる。
赤い血を撒き散らし、突きの勢い未だ潰えぬ。
その豪腕をもってして、シロの身体を会場端まで飛ばしてみせる。
例え首を貫かれようが、其の身は死に絶えて久しい。
御身が此処に在り得るは、主が恩赦なればこそ。
ならば応えて見せよう朽ちた身で。
人を斬り、妖魔を切りて800年。
斬って見せよう若狼を。
其れが忠義なればこそ。


「羅豪。」


最後の力を振り絞り、主の為に渾身の突きを放った式は、床に膝を着く。
既に死に体、力は無く。
後は影に消ゆるのみ。
なぎらいの視線を一瞬向けて、横島は飛び掛るシロに対処する。












焼けるように肩が熱かった。
だからどうした、熱いのなら、背中だって熱いのだ。
今更傷が一つ二つ増えようが、大して変わりはしない。
だが、其の血の臭いが、其の傷の痛みが、獣の本能を深く深く呼び覚ます。
手負いの獣は、猟師も恐れる。
飛ばされつつも空中で身をひねり、足を着く。
勢いを止め、すぐさま飛び掛るはまさに手負いの獣。


「ウオオオオォォォォ!!!」


飛び掛り、左右同時の切り下ろしによる十字斬。
だが横島は交叉点にハンズオブグローリーを差し込んでとめてしまう。
ならばと、ほんの僅かの時間差をつけた左右二連撃。
一瞬でハンズオブグローリーを解除して、両手に作り出す小さなサイキックソーサー。
先ほどの物の丁度半分の大きさの其れは、それでも刃を捌くには十分だ。
受けると同時に斜めに逸らし、刃の向きを上へ逸らす。
交叉した腕が、シロの視界を塞ぐ。


「しまっ!」


思わず口を突いて出た言葉の通り、横島の手甲を纏った一撃が、肩の傷の上から殴打する。
先程までとは質の違う、痛み。
痛みにひるんだ一瞬の隙に、鳩尾に一撃。
手甲こそ纏ってはいないが、十分な霊気をまとう剛打。
肺の空気が外へ外へと逃げていく。
苦し紛れに蹴り上げるが、横島は半身になり易々と回避する。
それどころか、掌底を蹴り上げた脚の踵に当てて、押し上げる。
只でさえ、蹴りでバランスを崩していた身体が、宙で一回転。
相手の力に自分の力を加え、合気の力を持って投げやる。
丁度一回転し、シロが着地する前に、其の腹に強烈な前蹴り。
飛び掛った勢いのままに、再びシロは会場端へ。
結界に背中をぶつけ、床に四肢を着く。
されど其の目は闘志にあふれ、横島を睨みつける。
強いのはわかりきっていた。
シロが三年修行を積んだように、横島もまた三年修行を積んでいる。
其の差は縮んだのか開いたのか。
だから、だからこそ気持ちの上では負けられぬ。
負ける気で戦っては、勝つ見込みなどありはしない。
両手両足で床を蹴り、決死の一撃見舞って見せよう。。
右、左。
順に繰り出す刃はかわされ、横島は一歩踏み込んでくる。
だが、シロも用意に奥の手を見せたわけではない。
序盤でエースを切るなら、ジョーカーを控えるべし。
第二の奥の手が、今放たれる。
強烈な踏み込みで、使い物にならなくなった靴の先。
足の先から霊波の光が漏れる。
第三の刃。
左脚で着地したと同時に跳躍し、右の刃を纏う蹴り上げ。
其の切っ先が、横島に届いた。
腕を切り裂き、頬の肉を裂く。


「(浅いっ。)」


ならば、もう一撃。
身体をひねり、空中での後ろ回し蹴り。
咄嗟にガードしようとする横島だが、左手は先に切り裂かれ、反応が鈍い。
見事横島の側頭部に命中させ、着地する。
床の上を転がっていく横島。
完全に、決まった。
首の骨が折れていても、おかしくない一撃だ。
だがシロは、気を緩める気にはならなかった。
先程までとは違う、嫌な予感がするのだ。
決して気を抜けぬ何かが、横島から感じられるのだ。
横島はゆっくりと起き上がる。
今の一撃で、サングラスが割れていた。
霊波刀の攻撃で、左腕と左頬から出血している。
背筋に氷を放り込んだような、強烈な寒気。
怖い。
今のシロは手負いの獣そのものだ。
だが、今の横島は、手負いの獣を上回る。
言うなれば、手負いの"魔獣"。
雑兵なら蹴散らし、騎士をも打ち負かすジャバウォック。
それは、嘗て犬飼が転じたフェンリル狼と相対した時に感じたものと似ていた。
横島の手の中で、文殊が煌く。
左手の傷に当てて発動した『癒』の文殊が、傷を癒していく。


「行くぞ。」


静かに、横島が囁いた。
ついに決着をつけるのだ。
応えねば、弟子として、武士としては生きられぬ。


「はいっ!」


横島が動き出す前に、シロは駆け出した。
傷の痛みなど、既に気にならない。
一歩一歩踏み出すごとに、只でさえ壊れかけていた靴が、さらに磨耗する。
後数歩、横島まで後数歩。
だが、そのあと少しの距離を、シロが駈ける事は敵わなかった。
霊気の糸にも似た物が、シロの身体を縛り付ける。
横島が、指に挟んだ文殊には『縛』の文字。
メドーサをも押さえ付ける、文殊の縛り。
シロとて、おとなしく捕まっているわけではない。
慢心の力を込めて、全ての霊力を用いてでも、この縛りを破ろうとした。
早く、早く破らねば横島の攻撃が来る。
このような無防備で受ければ、勝負がついてしまう。
まだ、まだ戦えるのだ、戦いたいのだ。


「くっ、おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


腹の底からの気合と共に、霊気を強烈に放出する。
霊気の糸を弾き飛ばせと、霊気がシロから吹き荒れる。
ついに文殊に皹が入った。
もう少し、もう少しとさらに力を入れるシロ。
次第に皹が大きくなり、文殊が音を立てて砕け散る。
前回で霊力を放出し、シロの力が一瞬抜ける。
其の瞬間を、横島は待っていた。
シロが気づくより早く。
身体を硬直させるより早く。
黒椀の一撃が、シロの腹に突き刺さる。
黒色のハンズオブグローリーが、肘ほどまで覆っていた。
全ては力の抜ける一瞬のための罠。
如何にシロが人狼族とは言え、霊力では中級魔族のメドーサには及ばない。
メドーサが破れなかった『縛』をシロが破れるはずがない。
さらに言えば、月での戦闘時より、横島の文殊の威力は上がっているのだから。
横島はシロに全開の霊力を出させるため、わざと文殊を解除した。
其れも破ったよう見せかけるため、砕いてまで見せたのだ。
壁を乗り越えた安堵の一時への急襲。
シロには、其の罠を破る事は出来なかった。


「終わりだ、シロ。」


シロの身体が前のめりに倒れ込む。
重力に引かれ、倒れ込む。
審判が、高らかと宣言する。


「勝者、横島忠夫!」












審判の宣言の中、シロは機会を待っていた。
確かに、確かにこれは試験である。
だがシロと横島が行っているのは真剣勝負。
審判の宣言など関係ない。
背を見せた一瞬の隙を、逃してなるものか。
もはや資格などは要りはしない。
地に伏せ只ひたすらに機会を待つ。


「シロ、意識があるのは判っているぞ。」


シロの身体が、震えた。
流石は、流石は師匠、流石は横島忠夫。
勝利の後も、隙は無い。
ただでさえ見分けのつかぬ擬死を行っていたと言うのに。
それでも横島は気づいて見せた。
負けた。
完全に、負けた。
おもむろに、涙が出た。
悔しくて、悔しくて、涙が出た。
暖かな光が、シロの身体を包み込む。
横島の文殊の光だ。
横島の文殊が、シロの傷を癒してくれている。


「シロ、強くなったな。」


そう言って、横島はシロに手を差し出す。


「せんせぇ……。」


泣き顔を向けて、シロは横島に抱きついた。
三年ぶりの、横島の暖かな笑顔。
其の笑顔に、在りし日の父の笑顔を見た気がした。


「ほら、泣くなよ、シロ。」


既にハンズオブグローリーを解除した手で、シロの頭を撫で付ける。
ますます、涙が出た。
感極まって、横島を押し倒した。
三年前のように、其の顔を舐めあげる。
傷つけてしまった頬をなめ上げる。


「うわっ、ちょっ、ひ、人前はイヤーーーーー!!」


昔の横島のような事を言うので、ひとまず安心してしまった。












氷室キヌは観客席から二人の試合を見守っていた。
なんという、高度な戦いなのだ。
あの優しげで、どこか抜けていた横島が、なんという容赦の無い攻撃を繰り出すのだ。
キヌには、横島が以前より遠くにいるように感じられた。
すぐ近くにいるはずなのに、ずっと遠くにいるように感じられた。
時間は人を変える。
大好きな横島が変わってしまったような気がして、キヌは哀しかった。
其れが自分よがりな想いだと判っていても、哀しいものは哀しいのだった。


「横島さん、変わっちゃったのかな?」


隣のタマモに問いかける。
誰かに、横島は変わってなんかいないと言って欲しかったのだ。
横島は横島だと言って欲しかったのだ。


「うわっ、ちょっ、ひ、人前はイヤーーーーー!!」


キヌは膝から力が抜けて、転んでしまうかと思った。
どこか決まらない、以前の横島がそこにいた。


「変わってないんじゃない?あいつ。」


キヌには愛想笑いで返す以外の方法が無かった。
それでも、大好きな横島が帰ってきたことが、変わらず帰ってきたくれたことが堪らなく嬉しかった。
また五人で前のようにいられるのだと思い、嬉しかった。
この時は、本当にそう思っていた。












全力を出し尽くしていたシロは、既に自分ひとりでは歩くことは出来なかった。
身体の傷は癒されてはいるが、霊力は空っぽだ。
それに、横島がいると言う事実が、シロの気を抜いてしまっていた。
横島に背負われて、試合場を後にする。
大きくて暖かな背中が、心地よかった。


「せんせぇ。」


思わず、声が漏れた。
横島が肩越しにシロを見るが、シロはなんでもないと応えるのみ。
試合場を後にして、観客席に向かうため、階段に向かう。
そこに、一人の少女が待っていた。
日に焼けた白い肌に、濃い茶色の髪。
シロの聞きなれない言葉で、少女は横島に話しかけた。


「ああ、シロ、紹介するよ。お前の弟、いや、妹弟子か。」


横島の声にあわせるように、少女が頭を下げた。
事態が掴めず、シロは目を丸くして固まってしまう。
其れも僅かの間、感情のままに横島に問い詰める。
三年間も一番弟子を放って置いて、妹弟子とはどういう事かと。


「いや、そう言われると、返しようが無いんだが……。名前はナミ、なんつーか、拾った。」


なんという説明か。
いや、失踪の事を責めるのは流石にシロも後ろめたい気もしたが。
だが、拾ったとはどういう事だ。
納得のいく説明をするでござる、とばかりに横島の首を絞めてかかる。
絞め上げるシロの腕を叩きつつ、横島は苦しみもがいた。
首を絞められれば、説明することすら出来はしない。
シロが正気を取り戻すまで、横島は二度落ちて、二度シロに覚醒された。


「んっとなー、なんつーか、いや、ホント拾ったんだよ。」


それでは納得いかぬと、牙を剥くシロに横島は慌てて言葉を紡ぐ。
また首を絞められては、たまらない。


「ナミは、戦災孤児でな。んー、たまたま居合わせた俺が引き取ったと言うかなんと言うか……。霊能の素質があったから、弟子っつう事にして鍛えてるんだ。」


孤児と言う言葉には、猛るシロも大人しくなった。
母を早くに亡くし、父も亡くしたシロは両親のいない辛さを知っている。
だが、この三年の間放っておいて別の弟子に稽古をつけていたのは、堪らなく妬ましかった。
其れを悟ったのか、横島は笑ってシロの頭を撫でた。


「ナミを引き取ったのは、丁度三ヶ月ほど前だぞ。」


三ヶ月。
其れならば、弟子入りして然程経っていないという事か。
己の方が長い間稽古をつけて貰ったと言う事実が、シロの嫉妬の心を軽くした。


「ま、仲良くしてやってくれ。」


そう言って、横島は笑う。
仲良く、と言われて、改めてナミを見る。
十と三か四と言った年齢だろうか。
シロは妹弟子と言うことも含めて考えてみる。
考えてみれば、姉妹と言う存在には縁が無かった。
タマモはどちらかと言えば友人、または相棒だ。
姉妹弟子揃って横島に稽古を見てもらう、そんな情景を思い浮かべ、思う。
それはそれで、悪くない。
妄想の中で先輩らしく、指導していたりするのは愛嬌と言うものだ。
よろしくでござる、と元気よく挨拶する。
其の態度の変わりようは、随分と現金なものであったが、置いておこう。
だが、ナミは首をかしげ、横島とシロを交互に見つめるだけ。
ああ、と言って横島はナミに二つの文殊を手渡した。
込められた文字は『通』『訳』。


「ナミはまだ日本語が話せないんだ。」


そういって、横島は苦笑する。
随分と豪勢な文殊の使い方だが、言葉が通じなければコミュニケーションも取り難い。


「ナミ、です。よろしく、です。」


文殊を使ってはいるが、どこか片言だ。
よろしくと笑って見せると、ナミもまた愛らしい笑顔を見せる。
自然と、幸せな気分になった。
シロとナミが手を繋ぎ、横島の後ろを歩く。
懐いて来るナミが、本当の妹のように感じられ、どこか気恥ずかしいながらも、堪らなく嬉しい。
だが、其れも観客席に着くまでだった。
目にも留まらぬ速さで、繋いだ手の上を横島の身体が吹っ飛んで行く。
シロの表情が、最初は笑顔、次いで驚愕に、最後に青白くなった。
そこには鬼がいた。
フェンリル狼などとは比べ物にならない程の、恐怖。
あわわ、と慌てていると、ナミが手を離して横島に駆け寄った。
途端鬼の怒気が二倍、いや三倍に増した。
美神令子という鬼が、横島忠夫を殴り飛ばしたのだ。
先生、拙者とナミのために生き延びてくだされ。





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