≪横島≫
タマモの事件から暫くは穏やかな時間が続いた。
アシュタロス側も動かなかったようか情報が集まってこない。
メドーサがいなくなった後の実行部隊はヌルだったのだろうか?
あれ以来人間側のゴタゴタに巻き込まれることもなかった。
冥華さんに話を聞いたところ裏で横島除霊事務所に変な気は起こすなという情報が流れているらしい。
確かに南部グループの開発部の連中は軒並み実刑判決だったし、今井はまだ裁判中だが最早味方はおらず見苦しくあがいているだけという感じだ。
……多国籍企業と高級官僚か……確かにあまり関わらない方がいいかもしれない。
しかし一年以上何もないということはその分暫く忙しくなるのではないか?
アシュタロスがコスモプロセッサを動かした西暦は来年に当たる。もちろん歴史が変化したことにより明日そうなるかもしれないし、再来年以降になるかもしれないがもうそう遠くはないだろう。
この一年でおキヌちゃんの記憶がもどることはなかった。
時折何かを思い出しかけているようなのだが今回は幽体が肉体から離れないようにカオス特性のお守りを早苗ちゃん経由で渡しているのできっかけがつかめなかったのかもしれない。
それならばそれでいい。前回は死ななかったが今回おキヌちゃんが霊団に襲われて生きて東京にたどり着ける保証は何処にもないのだから。
無論保険はつけているがそれでも必ずとはいえないし霊団が相手では周囲の被害が馬鹿にならない。
おキヌちゃんが幸せに暮らすことができればそれで良いと思ったほうがいいのかもしれない。
この一年で変化したことはイロイロある。
エミがS級、雪之丞がA級、タイガーはB級のG・Sとなった。
エミは元々実力だけなら先にS級の認可を受けていた令子ちゃんや冥子ちゃんと比べても決して劣らなかったのだが呪術師というのがネックとなって遅れてたが文句のつけようもない依頼達成数と達成率をたたき出し続けてきた結果ようやく認可が下りた。
雪之丞もA級、戦闘だけなら文句なくS級なのだがいかんせん思考が戦闘に偏りがちなので俺がS級認可の許可を要求していないというところだ。雪之丞にもそのことは伝えてあるしおそらくそのことは納得しているというより気にもしていないと思う。あいつの場合自分と自分の信頼する人間にさえ認められれば世間でどう思われようともかまわないと思っているきらいがある。そういう意味では世界が狭いのかもしれない。
タイガーもすでに世間で言えば一流の実力は持っているので後は精神的な強さをもてれば(それでも過去ほどひどくはないが)A級には届くだろう。タイガーはG・Sとしての完成度だけならああ見えて雪之丞より高い(平均してそれなり以上の成績を残せるタイプ)し、精神感応は使いこなせればあれほど使い勝手のいい能力も少ないからだ。
令子ちゃんと冥子ちゃんも相変わらず頑張っている。あいにくあれ以上チャクラはまだ開かないものの、雪之丞に負けまいと五月やゼクウを相手に戦闘を学んだ結果、強くとも素人であった前回とは違い基礎を身に着けただけで動きは格段によくなっている。千変万化な戦術を得意とする令子ちゃんに一部の戦法を教え込むのは返って危険だが基礎ならば決して邪魔にはならないはずだ。冥子ちゃんには少しずつだが汚い部分も見せるようにしてきた。いつかいつかと先延ばしにしてきたがもうあまり時間がないこととことを性急にはこんで失敗しないために少しずつ慣らし始めていく。そして思っていた以上に冥子ちゃんは強くなっていた。少しづつとはいえ人の汚さを垣間見ても持ち前の純粋さを失わないほどに。
カオス達は何か精神に働きかける機械の製作に取り掛かっているようだ。同時進行で冥界チャンネルが閉じられた時の対処法の研究を行っているようであまり熱心に除霊を行わないためにいまだにA級で足踏みをしているがカオスの場合自分に絶対の自身があるために他人の評価を気にしない。気にしなければならないほど今のカオスは孤独ではないしな。
ピートもA級G・Sになっていた。唐巣神父のところは仕事の密度があまり濃くはなかったのだが、あの映画以来苅田神父は実在する(実際映画の人格は唐巣神父をそのままもってきているわけだし)との噂が立ち世間での知名度が一気に上がったせいだ。知られれば神父は実力、経験、知識がそろって超がつく一流G・Sであるし、G・S界きっての人格者であるから依頼件数は鰻登りに上昇していった。それに伴いピートも除霊回数が増えた結果だ。以前とは違い神父も企業相手には(生活に困った方が相手のときはいっまでどおりだが)無茶な値引きをせず、報酬の大半を寄付金に回している。孤児院を開かないのかと聞いたら『いつ死ぬかもしれない仕事をしているからね』とのことだ。
映画といえば【踊るG・S】は某国際映画祭で優秀な成績、特に白麗はグランプリを受賞した。元広監督はノミネートされたもののそれを拒否し、銀ちゃんはノミネートこそされたもののあいにく受賞は逃してしまった。(俺達にもノミネートの話はあったのだが皆映画人ではないことを理由にエントリーしないでもらった)いずれにせよあの映画は三人の出世作となることができたようで目的の一つは達成できたようだ。
ブラドー島のほうは特に目立った変化はない。もちろん俺もあの島がいきなり世界から認められるなどとは思っていなかったがそれでも映画の関係から極一部のマスメディア(まるで戦場取材のような装備だったようだが)が島を訪れたりイタリア政府の役人が訪れたりと多少の変化はおきている。後はその変化が間違った方向に進まないように願うだけだ。(ブラドー伯爵は島のバンパイア・ハーフに基本的な人権をイタリア政府に認めさせる代わりにブラドー島の所有権を譲渡し、改めて自らの個人所有とするように買い求める方向で話を持っていっているらしい。今後は税金を納めねばならないが共存を望むのであれば必要なことなのだろう)
魔鈴さんのお店は相変わらず繁盛している。従業員は相変わらずノワールちユリンしかいないものの最早それが売りの一つになっているわけだし忙しいときは誰かしら手伝いに言っているので問題なかろう。
五月、ジル、リリシアには訪問者が増えた。とりわけキリスト教系の新興宗教がジルに接触を試みるのには辟易させられたものの概ねは好意的な接触のようであまり干渉しないようにしている。リリシアのお店はあの映画以来今まで以上の人気店になったとか。
鬼道は大学を卒業してそのまま六道女学院の教師に納まった。最も、着任早々の実技指導主任にして副業(G・Sに限る)も認められる破格の待遇ではあるのだが。鬼道もすでにA級G・Sの認可、実力的にはS級も依頼数さえこなせれば問題なく得られる実力を備えている。だからこその待遇だし、後は時間さえかければ鬼道家中興も問題ないはずだ。
妙神山もよい意味で変化のない日が続いている。時間を見つけては俺とゼクウ、雪之丞と五月が武術の稽古をつけに向かっているので以前ほど暇ではない模様。ワルキューレとジークも参加して時折総当りで武術だけの試合を行っている。優勝回数が一番多いのはゼクウで同数で小竜姫さまが並び、わずかに遅れてワルキューレ、五月。俺とジークは1回づつ優勝しただけにとどまっている。雪之丞の当初の目的は二回戦進出か。
老師とも修業をつけてもらっているがいまだにまともに勝てないでいる。……漆の型を使えばおそらく負けることはないと思うのだがあれを使って勝っても意味がないので使わない。ヒャクメにはお互いで霊的視覚で捕らえられないものに対しての対処法を学んでいるところだ。
そして、ある朝一報が届く。
氷室キヌ。つまりおキヌちゃんが突然の失踪をしたという連絡が入ったのだ。