≪ポチ≫
「な!?……」
拙者が八房に血を吸わせるために人を切ろうとしたところで思わぬ邪魔が入った。
八房を霊波刀で防いだのだ。
人間が拙者のたちを防いだのも驚きだが何よりも拙者は今の今までこの者の存在を気取れなかったのだ。
人狼の拙者が!
「うわぁああぁ!」
拙者が獲物としようとした男が恥じも外聞もなく逃げ出す。
いや、今はそんなことどうでもいい。
「貴様! 何奴」
「……俺が誰であろうと貴様には関係のないことだろう? え? 人斬り」
「……そうだな。確かに拙者には関係のないことでござった。あの男の代わりに八房の錆にしてくれる!」
拙者が必殺の気合を込めて八房を振るうとそれに応えて八度男を切りつける。
しかし。
「なんだと!?」
信じられないことに男の両手から八本の霊波刀が伸び拙者の八房の斬撃をことごとく防ぎきった。
「……一振りで八太刀切る刀か。珍しくはあるが最初から八振りの霊波刀で受ければ何の問題もない。さて、次は俺の番だ」
男の霊波刀がそれぞれ二本に分裂し、合計十六振りの霊波刀に化けて拙者に襲い掛かってくる。
拙者は八房でどうにかその全てを受け流すことができた。
「へぇ。良く二倍の霊波刀を受け流しきったな。なら次は更に倍だ」
信じられない数の霊波刀がタイミングをずらして一気呵成に襲い掛かってくる。
拙者は八房を用い、霊波刀を捌こうとするが巧みにタイミングをずらし、死角から、霊波刀の陰から、地面から伸びてきた霊波刀を避けきれず、人狼の身体能力をもってしても避けきれずたまらず後退するも取り囲まれた状態を離脱するために決して浅くはない傷を負う。
屈辱だ。
この男、拙者を弄んでいる。
そして事実今の状態では拙者を殺すことなど造作もないのだろう。
人間の動きが止まった。
何故だ? ん、この気配は。
「犬飼ー! 父の仇!」
シロか。
とはいえ今はシロを相手にしている場合ではないか。
そう思うと目の前の人間は明らかにシロの方に気をやっている。
勝機と見て八房を振ろうとするが、
ゾクリ
人間から放たれる殺気。
油断をしているわけではなかったということか。
幼いとはいえ人狼のシロは開いた距離を瞬く間に詰めて拙者達の間に入ってくる。
人間諸共切り捨てんと八房を振るうが人間の霊波刀は格子状の壁のように編みこまれ防がれた。
しかしそれは相手にとっても壁と同じ。
その隙に大きく背後に飛んで間合いを開ける。
傷は深い。
満月でなければすでに死んでいたかもしれない。
「……余計な邪魔が入った。仕切りなおしだ。拙者は貴様の匂いを覚えた。必ず狩ってやる」
「待て! 犬飼」
まずは傷を癒さなければ。
忌々しいが今の拙者ではあの人間を狩ることはできまい。
・
・
・
≪シロ≫
「それがしは犬神族の子、犬塚シロと申します」
「俺は横島。横島忠夫だ」
「横島さま、どうかそれがしを弟子にしてくださいっ!」
「ワケありのようだな……俺はあまり弟子は取れないが理由を聞いてから結論を出そう。ついておいで」
拙者は横島さまに連れられて横島様の城、事務所という場所に連れて行かれた。
「どうしたの? 横島君急に呼び出して?」
「すいませんお忙しいところを。今さっき辻斬りに会いました。人狼の辻斬りで妖刀を所持していたようです」
「な……よく知らせてくれたわ。それで被害者は?」
横島さまが呼び出したらしい女性、美智恵殿は顔を引き締めて内容を聞きにはいった。
「それ以前にどれだけ被害があったかはわからないが俺の目の前で襲われてた市民はうまく逃げ出せたと思う」
「そう……何にせよ礼を言うわ」
「詳しい事情はこの子が知っているようだ。シロ、説明を頼む」
「わかったでござる」
一族の恥部を外部にさらすことになるがこれも敵討ちのため……。
「それがしは犬神族が子、犬塚シロと申します。わけあって仇を追っておりますが敵は恐るべき妖刀の使い手、犬神族が秘宝【八房】を盗み出し人間に復讐をするために一族を出奔したのでござる」
「狼はもともと大神、もしくは犬神、真神、古くは狩猟神として人間の信仰を集めた神の血統だ。また獣人もインドのナラシンハ、ハワイのカマプアア、エジプトのアヌビス等の例もある通り神や悪魔と関連深い。獣人の種類は人狼の他にも中国の虎人や南米の豹人、ロシアの熊男をはじめ、鰐人、蛇人、人獅子など、その地方で最も恐ろしい生き物が人の姿をとるといわれている通り妖怪の中では極めて強い力を持っている。……人間が農耕に生活スタイルをシフトチェンジしたころから両者の関係は悪化して今では森を人間に伐採されたせいで吸血鬼族より数を減らしているため基本的に勇敢で誇り高く優しい人狼の一族の中には人間を深く恨んでいるものもいるという。時折人里で人を襲う人狼はそういう連中だそうだ」
「その通りでござる。仇、犬飼ポチもその一人、そして妖刀八房はかつて人狼族の天才鍛治師が一振りだけ作り上げた無敵の剣。一振りで八太刀の斬撃を放ち、霊波刀以外のありとあらゆる物質を断ち切りエネルギーを吸収するのでござる。そしてその吸収したエネルギーを用いて無敵の【狼王】に先祖がえりをして人間を皆殺しにする気なのでござる」
「だとしたら極めて由々しい事態よ。すぐに対策を練らないと」
「戦ってみた感じ確実に対処できそうなのは俺とゼクウくらいのものだな。身体能力的には五月もいけるが相性はあまりよくないし、後は魔装術を使える雪之丞ならいけるかもしれない。流石にあの身体能力は高いしタフだ。下手にちょっかいをかけると八房に斬られて相手のエネルギーを充填する手助けをしてしまうかもしれないから手を出すより逃げることを優先しておいた方が良い」
「厄介ね。鼻も利くだろうから罠にはめるのも一苦労だし」
「浅くは無い手傷を負わせたし、俺のことを標的と定めたようだからしばらくは被害は出ないと思うが……雪之丞、何かあったときはお前と五月が時間稼ぎをしてくれ。俺もすぐ駆けつける」
「師匠はどうするんだ?」
「俺は一度人狼の里に向かってみようと思う。情報が少なすぎるからな」
「横島さま、それがしは!」
「シロ、悪いが人間にとってもあまり余裕のある事態じゃあないんでな」
「……わかったでござる。元々は犬神族の問題でござるからな。拙者が人狼の里まで案内いたします」
「頼む。……その礼に霊波刀の修業くらいは手伝ってやるよ」
「本当でござるか!? 横島さま、いえ、先生!」
これで犬飼に仇をうつことが……。
「横島君お願いね。こっちでもできる限りの手段はこうじてみるわ」
「よろしく頼みます。……次の満月までには帰って来ますので」
拙者は先生を連れて人狼の里まで帰ったでござる。
長老の決定に逆らって里を飛び出したのが行いての不安でござるが。
道中は電車できたでござるが徒歩になってからも背中に大量のペ○ィグリーチャムを背負って拙者に送れずについてくる先生は本当に人間なんでござろうか?