≪ジロウ≫
身体は成長したようだが心はまだ幼い。
当然だな。実際にシロはまだ子供なのだから。
「済まぬな、シロ。心配をかけた」
「父上! ……でも、死んだのではないんでござるか?」
「犬飼に斬られ、拙者も死んだと思っていたのだがな。そこにいる横島殿に拾われ命拾いをしたのだ。横島殿、改めて礼を言い申す」
「ジロウ、良くぞ無事に戻った。……横島殿。このご恩、犬神族は決して忘れませぬ」
「先生! ありがとうございます」
土下座せんばかりの長老とシロを尻目に犬飼はこちらに背を向けて俯いていた。
「……犬飼」
「……済まぬ、犬塚。拙者はお前に合わせる顔がない」
犬飼。
拙者はお前が苦しんでいるのを知って、何もせずにいた。
行動を起こしたときにはすべて遅すぎた。
犬飼の苦しみは人狼すべての苦しみ。
犬飼はその苦しみに人一倍敏感すぎただけ。
拙者が殺されかけたのとて半分は拙者の未熟が起こした不始末。
「……犬飼。なればお前が再びこちらを向くことができるようになる日を……いつまでも待っているぞ。剣友よ」
「犬塚……まだ拙者を友と呼ぶか……感謝を」
犬飼はそのまま人間の女、亜麻色の髪の短い方に向かって歩く。
拙者に背を向けたまま。
「……あの時の現場指揮官はそこもとだな? 拙者の罪、如何様にでも裁かれよ」
「確かに、横島君のお陰で一般市民に被害はなかったとはいえ、オカルトGメンには多数の怪我人も出たことだし無罪放免というわけには行かないわね……長老殿。人間の法で裁かせてもらいますよ?」
「……いたしかたあるまい」
女性は落ちていた八房を拾い上げる。
「……少しは感じるけどさほど強力な精神支配というわけではないわね」
振るう。
しかしその斬撃は一撃。
「……私が剣士でないことを差し引いても……やはりこの剣は人狼のための剣というわけね。……それでは長老。この事件の原因であるこの妖刀八房はオカルトGメンで接収させていただきます。妖刀八房に操られていた犬飼ポチ氏については心神喪失状態であったことを考慮して事情聴取の後に釈放という形となるよう働きかけるつもりです。オカルト犯罪は一般犯罪と違って専門家が少ないからおそらくはその線で話が進むでしょう」
「な……拙者は!」
「犬飼さん。……奇麗事を言えば警察官というのは軍人とは違うわ。軍はこれ以上犯罪を起こさせないために犯罪者(戦争犯罪者)を殺すけど、警察は犯罪者を更正させるために存在するの。……すでに更正している相手を捕まえる意味なんてないのよ。でも、組織として存在している以上ある程度の上層部が納得する説明は必要になるから八房はGメンの危険物品保管庫に封印することになるわ」
「……よろしく、お頼み申す」
長老が女性に対して頭を下げる。
拙者も心から頭を下げた。
犬飼は静かに月を仰いでいた。
女性がなにやら小さな箱に声を出して何かを呼んでいると程なく彼女の部下のものと思わしき人物、腕を三角巾で吊った髪の長い男がやってきて犬飼を伴って去って行った。
「……ママ、あれでよかったの?」
「良くはないわよ。上層部や部下にどう説明したらいいものか。……でも、シロちゃんやユリンちゃんのあの姿を見せられた後じゃしょうがないじゃない。……でもまぁ、ベストでなかったにしろベターな判断だとは思うわ」
小声で話していたようだが人狼の里でも随一の耳のよさを誇る拙者の耳には届いていた。
「先生、お借りしていた指輪をお返しするでござるよ」
シロがはめていた指輪を返すとその姿は小さくなる。
が、それでも前の姿よりは幾分大きい。
およそ元服の折の年頃か?
「拙者は」
「月の関係の深い魔力のこもった指輪と、ヒーリングを受けた際、俺やおキヌちゃんの霊力を使って超回復をしたんだろうな。ジロウ殿の時も思ったが流石は人狼というところか」
「横島殿。迷惑ついでに一つ頼まれごとをしてくれんか?」
「どうしたのです? 長老」
「シロをな、このまま横島殿の下で弟子にしてもらえぬだろうか?」
「長老……」
「わしらも今のまま隠れ住むのがよいと思っていたわけではない。人間の繁栄はとどまることを知らぬ、何れは我らも……そう思っていた。だがな、森の悲鳴を聞いているとな……どうしてもわしらのほうから歩み寄ろうとは思えなんだ。犬飼はもとより、わしらの仲にも人間をうらむ気持ちは確かに存在する。この国はまだ良い。山がちなこともあり人の手の触れぬ森も残されている。だがな、大陸にいたはずの我らが同胞と連絡が取れなくなって久しい。森が、人の手による森へと変わり、我らが住める土地ではなくなってきたと最後の方の文には残されておった。おそらくはもう……。だが、今回のことでわしらの中にも今一度、人との関わりを見直すべきではないかという風潮が出てきた。わしらの里に一月もの長き間逗留し、シロや若衆を鍛えてくれた横島殿、ゼクウ殿のお陰でな。わしらの里で最も歳若く、人間に対する恨みの無いシロに人間の世界を見てもらい、わしらの今後の人との関わりがどうあるべきかを学んで欲しいのだ。……わしらでは人間の悪いところばかり眼がいってしまいそうだからのう」
「ジロウ殿……」
「拙者からもお頼み申す。これまでシロには相応に鍛え上げてきたつもりですがこの一月でシロは見違えました。親としてやはり甘えがあったのかもしれませぬ。あつかましい話ですが横島殿には引き続き、シロを立派な武士となるべく鍛え上げてやって欲しい次第」
「先生。これからもお願いするでござるよ」
「……俺は立派な武士からは最も遠い男だぞ?」
「そんなことはござらん! 先生は立派な武士にござる」
「違うといっているだろうに。……本当はチャクラを開くというのが俺の弟子入り条件なのだが一度教えた以上は仕方ないか。部屋はまだいくらでもあるから好きにするといい」
「わかったでござる」
「それではジロウ殿、長老、シロをお預かりします」
「シロをよろしく頼みます」
シロをそのまま横島殿に預け、長老と二人人狼の里に戻る。
「……長老、何を考えておいでか?」
「なに、人狼と人間の架け橋にシロがなってくれればよいとな。そう、例えば子をなすとか……ジロウ、お主は?」
「横島殿ほどの男を義息子と呼べればこれほどの僥倖は無いかと」
「「……」」
「少々幼すぎるのが問題とはいえ」
「何も行動しなければ進展はないですからな。周囲のお嬢さん方も魅力的ですがシロであれば立派に戦い抜いてくれるでしょう」
その後里に戻った拙者は皆から無事を喜ばれ、その日横島殿が持ってきたペティ○リーチャムを食い尽くすほどの宴会が行われた。
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酒に酔った拙者はあの場所にふらりと立ち寄った。
横島殿に救われた場所。
犬飼に斬られた場所。
「……犬飼よ。我が剣友よ。拙者はいつまでも待っている。だから必ず里に戻ってきてくれ」
幾分かけたとはいえ空に昇る月は限りなく真円に近く、拙者らに強い力を与えてくれている。
我らが守護女神の宿るといわれるその月に、切に祈る。
月は答えてくれぬが、犬飼はそれに応えてくれよう。
犬飼は我らが仲間、そして友なのだから。