≪横島≫
正直今回の一件は制限が多すぎて身動きが取れなかった。
最低限の前提条件は魂の結晶が奪われたアシュタロスを令子ちゃん(もしくはそれに極めて似た存在に)の能力で約500年後の未来に時間移動させなくてはならない。
これができなければ歴史の大筋は完璧に変わってしまう。
その次に、最低条件を満たした上で俺たちの実力を見せてはいけない。
前回の時はアシュタロスが人間をなめていてくれたおかげもあって対処のしようもあったが、アシュタロスが人間に対して対策をうってきてはこちらが不利すぎる。
最後に、令子ちゃんたちに俺が持っている情報を教えるわけには行かない。
これは今後、俺の身動きがとり難くなってしまうからだ。
平安京に来てしまえば今でさえおそらく不審に思われているだろうに、それが決定的になってしまう。
よって、ヒャクメにこちらに来てもらうわけにもいかない。
これらの条件を極力満たさなければならない上に、メフィストや菅原道真、アシュタロスの行動によってイベントが進行してしまうので誘導ができない。できるだけ俺の知る歴史にのっとった場面を作るということくらいしか俺にできることはないのだ。
そして生まれた筋書きは複雑なものなのだが正直これ以外の方法は見つからなかった。
メフィストを拉致して魂を少量切り離し、それを培養して擬似的な令子ちゃんの魂を作り出す。
それをカオス特製の簡易式神の中に封じ込めた。
時間移動能力は文珠を埋め込むことで代用し、さらには文珠を使って本物の令子ちゃんと見分けがつかないように、思考パターンが令子ちゃんに倣う様にしてやる。
こうして作り上げたのが道真に対する疑似餌としての式神令子ちゃんだ。
彼女に俺の記憶にある美神さんと同じ行動をとらせることによって歴史の流れが大きく逸脱しないように、さらには突発的なアクシデントに対処するために俺自身が平安京に残ることで完璧には程遠いものの(カオスの迷彩はかなりのものだがアシュタロスクラスのものでは見分けられないとも限らない。また、材質を調べられると一発で人間でないことがわかってしまう)なるべく俺の想定内にことが運ぶようにしてやる。
そこから先は臨機応変に対応してやるしかないか。
幸い、平安京は四神の結界が張られている上に魑魅魍魎が跋扈する魔都であるためにユリンを放っても以津摩天(イツマデ)なんかが空を舞っているのでそれに紛れて式神令子ちゃんの監視をさせられた。
そのお陰で遠くから目立たぬように道真がちょっかいをかけてくるのを待つことができる。
……そう、俺はここでは目立たぬほうが吉。
それなのだが……。
「……仕方ないか。見捨てるわけにもいかないしな」
手を伸ばせば助けられるのに手を伸ばさないのは俺が殺したのと同じこと。
たとえ吉でなくとも不正解とは限らないしな。
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・
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≪???≫
何ということだ。帝より勅命を賜ったというにこのようなところで百鬼夜行に行き逢ってしまうとは。
道中病に倒れぬように手配した薬師如来の守り札を握り締めながら神仏の加護を願うがもはや死は免れないだろう。
現に侍従は私の目の前で鬼たちに食われてしまっている。
なりひら君絶体絶命大危険!
辞世の歌でも捻ろうかというときにそいつはやって来た。
「ゼクウ! 俺とユリンで対処するからその男の護衛を頼む」
「承知いたしました」
突然東より男が現れるやその影から無数の鴉と馬面の化け物が陰から飛び出し、驚いたことに鬼たちを退け始めたではないか。
馬面の男はこちらにやってくるや私を背後に守るように鬼たちに立ちはだかった。
「某の名は是空。これでも天竜八部が一部として名を連ねる緊那羅族が一柱。主の命にて必ずやお守り申し上げるゆえ安心して我が主に任せられるがよろしかろう」
何と!
仏尊の一柱であったか。
突如わいた幸運に感謝しつつ是空様の主と申された男のほうを見れば手に光を放つ剣を持ち次々と鬼たちを切り伏せていた。
見た目人のように見えるがこの方も御仏なのだろうか?
男はいつの間にか十二の獣の姿をした鬼を残すだけでほかの鬼たちを切り伏せていた。
男はその十二の鬼を斬らず、十二枚の札をとりだすとその中に封じ込めていた。
状況が落ち着いたのを見計らって私はその男に跪き礼を言ったが男は意外なことを言った。
「いや、ゼクウは確かに緊那羅だけど俺は人間ですからそのような態度は結構です。……身なりから察するに位の高い貴族なのでしょう?」
「なんと! 人の身で御仏を従者とするとは!? 役行者の生まれ変わりか!?」
「そういうのではありませんよ。俺は横島忠夫といいます」
横島殿は逆に私に礼をもって接してきたのでそれを押しとどめた。
例え横島殿が賎なる者でも命の恩人にはかわりないのだから。
「私は在原業平と申す」
「在原……桓武帝の血をひく大貴族ですね。歌人としても高名な」
知っているか。なれば少なからず教養のある身分のものに違いあるまい。
「フ……そうは言っても今の世は藤原の世。かつての大貴族であった大伴氏も今はもう……。先帝の信任厚かった菅原氏も先日大宰府の地で亡くなってしまった」
「……」
「いや、湿った話はよそう。それよりその十二枚の札は?」
「あれらの鬼は百鬼の中でも比較的温厚で人を殺さずとも生きていけるようでしたので良い式神になってくれるでしょう。いずれ彼らを従える術者がいてくれることを願って札に封じ込めました。どこかの寺にでも保管を頼むことにしますよ」
何と慈悲深い。
先ほどは否定しておられたがこの方はやはり御仏の使いかも知れぬ。
そうでなければこれほどの術者が名も知られておらぬわけがない。
東より現れたことといい、私の持っていた札といい、この方は薬師如来の御使いか化身やも知れぬ。
「それであれば私がその札を預かりましょう。親しきものに仏道に入ったものがおりますゆえ」
「それでは頼みます」
薬師如来の御使いから十二の獣の鬼を賜るか。何と恐れ多いことか。
うむ。これも御仏の巡り合わせ。
帝よりの勅命を果たすために横島殿の助力を頼もうか。
「横島殿。折り入って頼みごとがある。私と一緒に坂東の地に赴いてはもらえまいか?」
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・
≪横島≫
さて、思いもかけぬ状況になったな。
在原業平が鬼に襲われ坂東の地に行く。時期や内容は微妙に異なるがまさかこれが伊勢物語の東くだりか? まさか俺でも知っているような有名人に会うとは思わなかったし、まさか見ず知らずの俺に旅の道連れを頼むとは思わなかった。ましてや業平を襲っていた百鬼夜行に六道家の十二神将達が混ざっていたなんて思いつくはずもない。殺すわけにもいかないのでとりあえず捕獲してしまったけどこれでよかったんだろうか? ……まぁ、六道家が安倍晴明の流れをくむと言うことだから初代様が生まれるのはもう少し未来の話しだし何とかなるのか?
「実は私は帝の勅命を受けてとあるものを……いや、信頼から真実を申せば帝と恋仲に会った月の神の使い。なよ竹のかぐや姫より帝が賜った不老不死の薬を皇祖神、此花咲耶比女が住まう霊山にて焚き上げるという役目を仰せつかったのですが、道行の護衛が百鬼夜行に食われてしまいました。この先もまたいかなる危険があるやも知れませぬ。かくなる上は道中の護衛に御仏すら従える横島殿に頼みたいと思うのです。御仏すら従える方ならよもや悪心を持つものではありますまい。いや、これこそまさに御仏の巡り合わせ」
あぁ、御伽草子の舞台もこのころか。
しかしまた随分と面倒なことになったな。
とにかく頭の中を整理しよう。
まず、俺の目的は変わらない。
つまりここで業平についていくことがマイナスとなるかプラスとなるか……か。
マイナス面は……直接俺が乗り出すのは最後の手段だし監視はユリンや心見に任せることができるからいざというときに助けに入るためにおきる(必ず文珠で【転/移】をしなければならないがために起こる)タイムラグと、歴史の流れに関わって歴史を変えてしまうかもしれないこと。
プラス面は平安の地で当座自分の居場所を確保できること。
……こうして考えればマイナス面のほうが若干上か。
とはいえ直接関係ないとはいえ不老不死の薬が誰かの手に渡ってしまえばそれはそれで歴史に大きな変化をもたらしてしまいそうだし。
「マスター、この際同行してはいかがですかな?」
不意にゼクウがそう提案して来た。
「ゼクウ?」
「この地にはアシュタロスがみえています。かの魔神とマスターが同じ京の地にあっては例えマスターが隠れていても何らかの理由で見つかってしまうやも知れませぬ。今回のように助けられる人間を見捨てられる方ではありませんからな。この地にあってそれを見られることのほうが危険性は高いかと」
グ……。
痛いところをついてくる。
確かに俺の目的だけを考えれば今回も在原業平を見捨てるべきだった。
だけど俺にはそれもできそうもないし、魑魅魍魎溢れる平安京では今回限りという可能性は低いか。
そして霊力を発露してはアシュタロスの関心を引く可能性も高い……。
とりあえず、伊勢物語の登場人物名に横島忠夫の名が残らぬことを祈り、(主人公といわれる業平の名も出てこない以上大丈夫かと思うが)俺と擬人化したゼクウが業平の護衛として坂東の地に赴くことになった。
ユリンと心見を京の地に残し。