≪かおり≫
これは、一文字さん?
夢の中、私は一文字さんになっていた。
そう、自分で見ていてこれがはっきりと夢だと認識できた。
夢の中で中学時代の一文字さん=私は中学時代の私を羨望の視線で見ていた。
私が努力して身に着けてきたものを羨望、好意的な羨望の視線で見ていた。
憧憬と言い換えてもいいかもしれない。
場面は変わって一文字さん=私は河原で喧嘩をしていた。
喧嘩の理由は後輩のため。
その喧嘩の途中、低級の悪霊が相手を水辺に引きずりこむ。
命がけ、いえ、その時はそんなことも考えずそれが当然のごとく悪霊に殴りかかる。
突発的に目覚めた霊能力。
それを得た一文字さんは思った。
『誰もが持っているわけじゃないこの力。私にはこれしかない。だからこれだけはがんばるんだ。あいつのようになるんだ』
私の様に……。
覚醒した。
それは六道女学園の医務室で、そこに寝かされていたらしい。
今の夢は……?
「目が醒めましたか?」
「氷室さん?」
「はい」
「……負けてしまいましたわね。同年代の、それもたった一人に」
「そうですね」
「一文字さんはどうしましたの?」
「隣のベッドで寝ていますよ。他の皆さんも」
そう。
一文字さんのほうを見ると苦しそうな寝息を立てている。
……かなり深く刺したようだったけど。
見ると他の選抜メンバーも怪我も無い。
手加減されていたのが良くわかる。
少しずつ、他の選抜メンバーも目を醒ましていく。
一文字さんも。
「あれ、あたしは……」
「大丈夫ですか? 一文字さん」
「あ、なぁ、試合はどうなったんだ?」
「負けちゃいました」
「そっか」
一文字さんは軽く嘆息をしてそれで納得したようだ。
「ずいぶん簡単に納得するのね」
「あいつの背中にしがみついたときあいつに庇われてるのがわかったからな。向こうはまだまだ余裕があったってことも」
「……一文字さん。あなた、いったいどういう経緯で霊能力に目覚めたのかしら?」
唐突な私の言葉にキョトンとする一文字さん。
でも、私はあの夢がただの気のせいだったとは思えない。
「ん? あたしが霊能力に目覚めたのは河原で喧嘩してるときに茶々いれてきたくされ悪霊をぶん殴ったときだったけど……っておい、どうしたんだよ!」
突然泣き出した私をあわてたように一文字さんが詰め寄る。
「別に……たいしたことじゃないわ。今回の負けで思い上がってた自分に決別の涙を流していただけよ。……それと、さっきはあなたと氷室さんのおかげで一矢を報いることができましたわ。礼を言います」
今まで張っていた意地が綺麗に落ちた感じがした。
さようなら。
苦しいのは自分だけだと思い上がってた私。
「しかし負けは認めるしかないけどこれからやりづらくなるわね」
「あぁ、上級生でしょう? 確かにこの人数でたった一人に負けちゃあね」
突然ノックされた。
入ってきたのは横島お兄様!?
「失礼するよ」
突然の訪問にどうすればいいのかわからず硬直する私たちを尻目に氷室さんが横島お兄様にやけに親しげに話しかける。
「ひどいですよ横島さん。私にだけ内緒にするなんて」
「ごめんごめん。でもただでさえこちらの手の内を知っているおキヌちゃんに入念に準備をさせるわけにはいかなかったからね」
「な、なぁ、おキヌちゃん」
一文字さんがどうにかという感じで声をかけると氷室さんはやっちゃったって感じの顔になった。
「おキヌちゃんのネクロマンサーの先生は俺なんだよ。ただ、ここの三年の愛子、うちで事務の仕事をしてもらっているんだけど愛子がうちの事務所の関係者だとばらさないほうが良いと忠告してくれたんで俺からそのことを秘密にするように言っておいたんだ。悪かったね」
氷室さんがお兄様やお姉さまたちの関係者だったなんて。
先ほどの試合での的確な指示もうなづけますわ。
けれど本当にすまなそうに私たちに頭を下げるお兄様。
気さくというかこちらのほうが恐縮してしまいます。
「おい、いい加減に入って来い」
お兄様に促されて入ってきたのはさっき私たちを完膚なきまでにうちのめしたタイガーさん。
……でも、今のタイガーさんはさっきまでとは違って妙に体を縮こませているというかなんというか。
タイガーさんは一文字さんの前に行くといきなり大きな体を地面に擦り付けるように土下座を始めた。
「すいませんですジャー。わっしと戦ったせいで一文字さんに怪我をさせてしまって」
「ちょ、ちょっと待てよ! この怪我はあたしが勝手にやったもんだぜ。あんたが謝ることじゃないだろ!」
なんというか、意外?
さっきまで私たちを圧倒していた人が今はこんなに。
あんまりのことについていけなくなった私たちが傍観しているところに横島お兄様の仲裁がはいった。
「そこまでにしとけ。それ以上は彼女たちの誇りに傷つけるだけだ」
お兄様がいうとおり。
これだけの人数で手加減されて負けたことに関しては私たちの修行不足だったと諦めも……つかないけど納得するしかない。でもその上で傷つけたと謝られるのは不本意だ。
私たちはG・Sになることを目指してこの学園に通っているのだから。
「じゃ、じゃけっど嫁入り前のおなごに怪我をさせてしまいましたケン」
タイガーさんは私たちを馬鹿にしているわけでも侮っているわけでもなく純粋に一文字さんの体に傷がついたことに責任を感じているらしい。
「大丈夫だって。たいした怪我じゃないし、第一あたしの体なんてちょっとやそっと傷ついたって元からたいしたもんじゃないし」
「そんなことは無いですジャー。一文字さんはとても魅力て……」
そこまで言って停まる。
自分が何を言おうとしていたかに気づきかおを真っ赤にするタイガーさん。
タイガーさんが何を言ったかに気がついて狼狽する一文字さん。
突然の状況に一瞬呆気にとられたが急にニヤニヤと状況を見守り続けるみんな。
女子高だからこういう話題にみんな飢えているものね。
「わ、わっしは、わっしは~~!!」
逃げた。
こうなると標的は必然と一文字さんに集中するのだが。
「あいつは元々女性恐怖症でね。一応治りはしたんだが今でもあまり女性には慣れてないんだ。気を悪くしたなら許してやってほしい」
お兄様がいたことを皆思い出し、それを引っ込めた。
そしてお兄様は一文字さんの患部に手を当てるとすぐに引っ込める。
「タイガーがいつまでも気にするからな。これで傷跡も残らないはずだ」
一文字さんが巻かれた包帯を剥がすとそこには怪我の跡すらなく治されていた。
すごい。
こんなヒーリングははじめて見た。
「さて、長居をすると邪魔だろうしそろそろ失礼するよ」
お兄様はそういい残して立ち去る。
ふと、足を止めてこちらに向き直った。
「立ち聞きするつもりは無かったんだがさっきの話を耳にしてしまってね。その件なら心配する必要はないと思うよ」
「その件?」
「タイガーの能力は対人戦においては反則的なくらい効果を発揮するのは皆も実感したと思うけど、雪之丞のやつもタイガー相手に負けはしないまでも苦戦はするんだ。だからさっきの君たちの戦いをとても高く評価していた。俺もね。だけど二、三年生には運悪く、さっきの戦いをけなす評価が雪之丞の耳に入ってしまってね。君たちのことを馬鹿にできないような負かせ方をすると思うよ」
「で、でも二、三年生相手にそんなことできるんですか?」
一人が当然の疑問をぶつける。
「雪之丞は魔装術という技を極めている。知っている子もいるかもしれないけど魔族と契約して一時的に魔物の力を得る……制御する能力だがあいつの契約している魔族が強力な上、協力的でね。あいつのポテンシャルは中級神・魔族の上位、例えば妙神山の管理人の小竜姫様や魔界正規軍のワルキューレ大尉には及ばないまでも、それに次ぐ程度のものは秘めているんでね。戦い方にもよるけどおそらく試合にはならないよ……下手にやりすぎて自信をなくさないようにフォローをしないとな」
何事も無いような言い方をしているけどなんてとんでもない話。
それが本当なら雪之丞さんは単独で正面から神・魔族と対抗できるということ!?
無茶苦茶もいいところだ。
呆然としているうちにお兄様は出て行ってしまった。
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≪横島≫
医務室から出ると影からゼクウを呼び出す。
「ご苦労様」
「夢を作ったわけではありませんでしたから手間でもございませんでした。心を覗かねばならなかったのは少々気がとがめましたがな」
おキヌちゃんの話では過去では俺が残した【覗】の文珠が仲直りのきっかけだったらしいけど文珠をあまり見せたくは無かったし、確実性にかけたからなぁ。
ま、結果オーライにしておこうか。
後はニ、三年のフォローにいかないとな。