≪かおり≫
会場は笑いに包まれている。
だって、
「あんな除霊の仕方はだめなのだ! メーッ!」
先ほど圧倒的力を見せたお兄様が、
神々しいばかりの光景を見せてくれたお兄様が本物の天使とはいえ7歳くらいの少女の姿をしたジル先生に小さな子供に言い聞かせるような調子で叱られている姿は……微笑ましいというかどうあっても笑いを誘われてしまう。
先ほどお兄様を憎々しげな目で見た生徒たちまで。
私はそのうちの一人。同じく一年選抜メンバーでイージスの理論の非武装結界の使い手、神谷恩を捕まえて問いただした。
「……私は知ってのとおりクリスチャンだけど、他の宗派の神にも敬意は持っているの。だからかしら。宗教家としての私にとっては人間が神様を超えるのは絶対に許せないタブーなのよ」
そういえば。仏教には前例として玄奘三蔵法師様と斉天大聖様がおられたからあまり気にはならなかったけど。
「それが私の理由よ。他の子は知らないけど。でも、あの姿を見たら、ねえ」
手足をジタバタさせてホッペをパンパンに膨らませるジル先生に怒られながら困ったように微笑むお兄様。
少なくとも、例え神様より強かろうとお兄様は神様の上にはいない。
それは是空様との関わりを見ればわかることだった。
でも、それも理事長先生の説明を聞くまでだった。
「プロのG・Sの除霊を間近で見ることができてよかったわね~。でも~、みんなはあんな馬鹿な除霊の仕方をしてはだめよ~」
「それはなぜですか!」
先ほどの光景にあてられた生徒が半ば怒り気味に質問をぶつける。
あの姿は私も憧れているけど……。
「死者の苦しみを受け入れるということは~、精神、心霊面では死ぬことと同義よ~? 相手の死と同化して自分も殺されてしまうもの~」
嘘!?
「『殺さずにすむものなら妖怪も悪霊も殺したくない』そんな奇麗ごとを守るために自分が死ぬようなまねをするんだもの~。人として尊敬できるけどやっぱり馬鹿よね~。それに耐えきる力と~、それを得るための覚悟はすばらしいけど皆はそんな真似したらだめよ~」
お兄様は苦笑しているが否定はしない。
先ほどまで自分を叱っていたジル先生をひざの上に座らせ、足元には狼がじゃれつき、頭の上では狐が寝そべっている。
あまりに平和な光景だけどそれじゃあまるで……。
「さて~、それではアクシデントもあったけど予定通り本日のメインイベントをはじめましょうね~。横島除霊事務所代表は横島君~。六道女学園代表は霊能科の実技主任の鬼道君~。スペシャルエキシビジョンマッチを開始します~」
無茶よ!
自分たちと雪之丞さんたちとの実力差、雪之丞さんとお兄様の実力差を考慮しても。
本物の神様との修行を顧みても試合にすらなるはずがない。
まして鬼道先生はたいして実力もないはず。
「今の状態でお前とやるのは正直しんどいんだがね」
「そういわんでくれんか? 万全の状態の横島君とやったら試合にもならへんわ」
……どういうこと!?
「ルールはどないする?」
「みなが理解できるような戦闘、後は何でもありで。開始の合図だけは守ろうか」
「ええんか? そっちにばかり縛りがかかってまうで?」
「仕方ないだろうな。この試合の意義を考えたら」
何の気負いもなく、むしろ楽しそうに戦いの準備をする鬼道先生。
お兄様のほうも幾分気合を入れた面持ち、先ほど雪之丞さんたちとのそれよりも。
「それでは~、はじめ~!」
お兄様は霊気の盾を6枚作り出し、それが鬼道先生に殺到する。
対して鬼道先生は鬼道家に代々伝わるという式神、夜叉丸の他にも針のようなものを影から取り出した。
数が多い!
針の何割かは鬼道先生の周囲を飛び回り、残りはお兄様に向かって殺到する。
初撃はともに不発。
鬼道先生の周りを飛んでいた針の一部が地面に向かい切っ先を向ける。
それを見るや鬼道先生がいきなり飛びのいた。
つい数瞬前に先生が立っていらした場所に地面から棒状の霊気、霊波刀が伸び上がり包囲した。
「一応俺の必勝パターンなんだがなぁ。直下からの奇襲、包囲攻撃は」
「横島君の戦闘は何度か見させてもらっているさかい、対処法も考えとるよ」
「お前みたいなタイプは初見で殺さないと後が困るんだろうな。敵対していた場合は。その針、霊力を察知するレーダーになってるんだろう?」
「いきなり見破られてもうたか。その通りや」
鬼道先生は夜叉丸も投入した。
「双乱舞!」
夜叉丸と針が同時にお兄様に襲い掛かった。
「この技にも改良が加わっているっと! 洒落にならんぞこれは」
数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の針と、夜叉丸のコンビネーションの前にお兄様は避けるのが精一杯。
いえ、あの包囲を避けられること自体異常。
「僕かていつまでも立ち止まっておれんのや。横島君がどんどん先のほうを歩いていってしまうからな」
お兄様はドーム状の盾を作り出して全方位防御を行った。
それには針も夜叉丸の攻撃も届くことはなかった。
「前にやったときはそれでやられたんやったな」
「そうだな……どうする?」
「こうや!」
鬼道先生が懐から大量の札をまくと針がそれをお兄様を中心に満遍なく浮遊する。
「って、まさか!」
それは大爆発を起こしもうもうと煙が立ち込める。
何がおきたの?
「まさか、霊符で粉塵爆発を起こしたっていうの?」
美神お姉さまが驚きの声を上げる。
パーン! パーン!
乾いた音が二度響いた。
鬼道先生はいつの間にかライフル銃を構えそれを煙に、お兄様に向かって発射していた。
卑怯な!
鬼道先生に非難の声が上がるが鬼道先生は意に介さずひたすら煙のほうに銃を構えたまま注意を払っていた。
煙はやがて晴れ、左肩を押さえたお兄様の姿が現れる。
「すげぇ! 師匠が人間相手に怪我を負ったのを初めてみた」
驚いたことに雪之丞さんはどこか嬉しそうな、悔しそうな声だった。
お姉さまたちも、多少眉をひそめているものの非難の色はない。
「おどろいたな。何だ? その銃は。ウィンチェスター1866。かなり古い銃のようだが」
「ウィンチェスター・ミステリーハウスはしっとるやろうか?」
「……呪われた銃ってとこか?」
「あらゆる霊的防御を希薄にして呪われた弾丸を吐き出す銃、それがこれや。うちがまだ名門だったころ、お爺様のコレクションやったんやけど売れずにのこっとったのをこの間見つけたんや」
「銃刀法違反じゃないのか?」
「銃身は潰してあるからモデルガンと扱いは変わらんよ。それでも火薬さえあれば呪われた弾丸は発射されるんやけどな」
「うわ、なんつうインチキ」
お兄様も責める様子は微塵もない。
「横島君も卑怯やと思うか?」
鬼道先生の問いにお兄様は不適に笑って答えた。
「ほかの誰が非難しても俺は断言する。お前のその判断はどこまでも正しい」
え?
「おおきに」
鬼道先生はそのまま発砲。
お兄様はそれを霊気の盾を何重にも展開して銃弾をとめた。
「さすがに発射された銃弾はよけきれんからな」
普通よけられるものではないです。
普通でしたらそういう風に止めることだって不可能です。
「それが斉天大聖老子の如意棒を止めた積層防壁か。流石にこの銃でも貫けんわな」
「……そのことを知ってるということは」
「長期休みのときに理事長に無理きいてもろうてな。妙神山の最高難易度の修行、修めてきたで」
嘘でしょ!
鬼道先生はライフルを捨てると後ろ手に何かを投げた。
それは鬼道先生の背後で爆発して眩い閃光を放つ。
フラッシュグレネード!?
鬼道先生の背後で爆発したため鬼道先生の影がまっすぐお兄様のほうに伸び、顔を背けていたお兄様はその影に飲まれてしまった。
鬼道先生がお兄様に勝った!?