楯嶋創具の応接室に置かれた固めのソファーに楯嶋と美神、それに付いて来た横島が座っていた。ちなみにおキヌもいるのだが人工幽霊一号とお茶のこだわりについて延々と会話しているためこの場にはいなかったりする。
「今年も残す所一週間きりましたね」
楯嶋が、改造を施した神通棍を手渡しながらそう呟く。
「そうね、今年は誰かが余計な事してくれたおかげで竜神の子供を苦労して捜す羽目になったし」
美神の一言が楯嶋の心に突き刺さり、美神の隣で大量に砂糖を入れたコーヒーを飲んでいる横島がその時に行われた折檻を思い出して顔を青ざめる。普段であれば数分で復活する横島が家に帰りついて半日近く寝込んだ事を考えればその違いがはっきりするだろう。
「まあ、それはともかく頼んでおいた分は終わったのかしら?」
「重量そのままに霊力を増幅する機能を強化したんですが、本当にいいんですかね?、正直言うと神通棍の寿命が部分補強してなお縮みましたけど」
「大丈夫よ、それは予備の一本だから」
ああなるほど、と楯嶋が思った瞬間それが来た。
ドオオオオオオオン!!
「人工幽霊一号、何があった!?」
『何かが事務所の結界に衝突しました、かなり強力な霊体のようです』
即座に返してきた、反応にそういえばこんな事もあったな、と楯嶋が思い当たる。
「敷地に落ちたかな?」
そう言った楯嶋の後に続いて美神と横島が付いてくる。
「……!?トナカイにソリ…!?」
ひっくり返って目を回しているトナカイとその側で地面に突き刺さった物を見た美神が呟く。
「ま…まさか」
横島の頭の中で一つの答えが浮かび上がる。
うー-と唸っている頭上にいかにもな輪を浮かばせたやや肥満体系の白いひげの老人が腰を抑えて倒れていた。
「サ、サンタクロース…!?」
美神が信じられないような顔で見る。
「マジ?」
「単にどっかの宣伝活動に従事しているおっさんでは…」
横島もやや引き攣った顔で美神の後に続く。
「こんな街中にでっかい結界張りくさって何のマネじゃい!!」
一番前に出ていた楯嶋にサンタ?が詰め寄ろうとするがぐき、と言う音が腰から聞こえると地面に倒れこむ。
「ちょっと、おっさん大丈夫?」
腰痛に耐えて起き上がろうとするサンタ?に美神が声をかける。
「だだだだだ、年に一度の大仕事があだー」
「とりあえず、運んで置くか」
当事者でありながら、一番部外者のような顔をしていた楯嶋が懐から取り出した治癒符をサンタクロースの腰に貼り付けて肩を貸す。
事務所の部屋の一つに運び込んだサンタクロースが怒りをぶつけてくる。
「ちくしょー!おんどれー!、アホボケカス」
好き勝手に叫ぶサンタクロースを美神が見鬼君を向け強い反応を示す事を確認する。
「ちょっとガラが悪いけど、本物のようね」
『どうもその様だな、美神殿』
横島のバンダナに目が開き、しゃべりだす。
「心眼、判るのか?」
『本物を見た事など無いのだが、そのソリとトナカイから似たような力が見受けられる。主よ……第一この場で嘘をつく理由があるとも思えんのだが』
心眼の言葉にひっくり返ったそりを起した楯嶋が心眼になんとも言えない表情を向けたのを誰も見ることなく視線は腰を痛めたサンタのために用意したベットに向けられていた。
「アホンダラ!!この商売体が資本なんやぞ、お上品になんぞやっとったら。らちあかんわい!!」
「おじいさん」
横島が同級生に見せたら偽者だ!と断言される顔でサンタクロースに声をかける。
「本当に災難でしたね。悪いのはみんな僕達です」
その顔のまま、サンタクロースが横たわっているベッドに近寄る。
「お・・・おう、ホンマやでちょお気い付けとけや!!」
やや押されぎみのサンタクロースがテンションをやや下げる。
「ところで、ボク何でも言いなりになる裸のおねーさんがほしい」
「………おんどれサンタなめとるやろ」
両手を何かに祈る形に組んでサンタに迫る横島にサンタがテンションを上げる。
「サンタは良い子にプレゼントくれるんとちゃうんかい」
いきなり態度を豹変して喧嘩調になる横島にサンタも完全に切れる。
「おどれは、その年でその態度でそんなもの欲しがっといて良い子のつもりかいっ!!」
ふう、とサンタが息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「サンタっちゅうんは、子供にはプレゼントを配るもんなんや。最初から悪いやつなんておらへんからな」
「バブバブ、ボク三歳」
「「死んでしまえ!!」」
美神とサンタの叫びがはもる。
「あのなあ、地球上で本物のサンタはわし一人や。そやから配れる数も高が知れ取るから抽選で選ばれた子供にだけプレゼントを配るんや」
「かなり大変そうだな」
会話に特に入り込まなかった楯嶋が口に出す」
サンタが悔しげな顔をして自分の腰を抑える。
「今晩中にあと百二十人に配らなあかんのに……、どないしてくれるんじゃー」
『あの、私でよければお手伝いしましょうか?』
外でサンタを発見したあと一緒に来ていたおキヌがそう言う。
「ねーちゃんホンマけ!?」
「一応俺も行かないとまずいよな」
忘れていなければ、結界を弱めて置くことも出来たので一応反省している楯嶋がそう言う。
「ほな、時間がないさかいすぐ行ってくれ!行き先はトナカイが知っとるからな。子供の枕元にプレゼントを置いて来たったらええからな」
「どうする、おキヌちゃんは行かなくてもとりあえず俺一人でも何とかなるけど」
楯嶋がおキヌにそう言う、まあ実際二人だけだと間が持たないような気がしないでもないのだが。
『いえ、大丈夫です私幽霊ですから寒さとか感じませんし』
きづかいはいらないとばかりにおキヌが言う。
「ああ、そうそうプレゼントはこの袋に手を入れたったらその子が欲しいものが出てくるさかい全部配ったら自分の分もだしてみい、ええもん出てくるで」
「さあ、出かけましょう…!子供達の夢をかなえに」
いつの間に着替えたのか美神がサンタルックでそう言う。
「僕達の手で、みんなを喜ばせられるなんてなんてすばらしいんだろう」
横島も同じ様な服を着て、表情を一変させている。
二人のうそ臭い笑顔が周囲に不審な空気を撒き散らす。
『……』
言葉も無く浮いているおキヌを美神が引き攣れ、外に向かったあとサンタが「おっ、おいお前ら勘違いしてへんか?その袋は確かに欲しいものが出てくるけど」と言ったのを人工幽霊一号だけが聞いていた。
「今年最後の仕事がサンタの手伝いだなんて、ロマンチックじゃない」
(やはり、全世界の富これしかないわ。明日から私が地球の支配者…!!)
美神の言葉に横島が後に続く。
「わははは!、仕事の報酬には大人のロマンもありますしね」
(ねーちゃん、何でも言う事聞く裸のねーちゃん)
表面はともかく、内面ぐだぐだの二人を見ているうちに次の子供の家に到着したらしくトナカイが空中で停止する。
「んじゃ、行きますか」
二階のベランダに下りた楯嶋に、二人が続くと楯嶋が窓の鍵の前で指を突きつける。
「なにやってんだ?」
横島の問いかけに答えず、ガラスの向こう側に集めた霊気で作ったサイキックソーサーミニをコントロールしてあっさり開ける。
「鍵開けだな、昔やんちゃ盛りだった頃に某城で閂型の窓をこれで開けた事もある」
楯嶋がそう言った時に、おキヌが追いついてくる。
『あのー、それなら次から私が中から開けましょうか』
「じゃあ、お願いするかな」
会話している二人を置き去りにして、美神と横島が袋の中から取り出された鉄道模型に難癖をつけている。
「あんときは確か子供が目を覚ましたんだったよな」
さりげなく、影の中から直径二センチ位長さ三十センチの筒状の物体を引き抜く。
『吹き矢ですか?』
おキヌに聞かれて楯嶋が頷く。
「なにやってるの?、もう終わったわよ」
今回は子供の眠りが浅かったのか起きなかったようなのであっさり済ませると出てきたふたりに屋根の上で待機していたトナカイに合図をして降りてきてもらう。
「ああそういや、そうだったな」
一人納得した楯嶋が、ポケットから耳栓を取りだし両方の耳につけると再びトナカイに跨った。
「これで120人目か・・・」
あの後、トナカイが高度を上げて世界中の夜を偽サンタが駆け巡り、何度か騒ぎ出した子供を眠らせたり、お前欲しい物全部買って貰えるんじゃねーのか?。といいたくなるような豪邸の警備網を赤いジャケットの怪盗を思わせるような華麗さで潜り抜けて途中の部屋で起きていた美人の使用人をナンパしようとした横島を美神が音を出さずに撲殺しかけたりと色々とやったりしているうちにとうとう最後の一人の家にたどり着き枕元に人気のあるキャラクターの1メートル以上あるぬいぐるみを置いた楯嶋が戻ってくる。
「いやー、普段の除霊とは比べ物にならない位きついっすね」
げっそりとした横島が空元気でそう言うと、トナカイの手綱を引いた美神も疲れた顔で「そうね」とだけ答えた。
「まあ、でも素でこなすよりは大分ましでしょうに」
トナカイの移動速度がつらかったので途中で結界札を使って風除けを作ったものの、何故かトナカイが嫌がったために途中で破棄して耐え抜く羽目になっていたりする。
『そろそろ、事務所ですよ』
いつの間にか見覚えのある町並みになっていたのを見て楯嶋があくびを一つかみ殺してトナカイが事務所の庭に降り立つと、そのまま入り口からトイレに駆け込む。
『大丈夫ですかオーナー』
「……大丈夫だ、ちょっとトナカイに酔っただけだしな」
微妙な物に酔った楯嶋がサンタの居る部屋に行くと、えらくぼろぼろのぬいぐるみを抱いた美神が、なんとなく満足そうな顔をして手毬を抱えたおキヌちゃんを連れて強化した神通棍を入れたケースを持って出て行くところだった。
「ちょっと遅いとは思いますけど、メリークリスマス」
生気は戻っているが、疲労が抜け切れていない美神を見送ると部屋の隅で子供の頃に裸のねーちゃんを願わなかった自分を責めている横島を尻目にサンタの方に向かう。
「まあ、普通に考えればサンタの袋から出てくるのは子供の頃に願ったプレゼントとか言うのがオチだけどな」
「なんや、しっとったんかい」
サンタがつまらなさそうに言う。
「まあ、というわけで袋から出てくる物を意図的に変えてみようかと」
ポケットのなかの文珠を、《記》《憶》《干》《渉》と込めて自分の記憶に干渉してとある物以外に対する物欲を一時的に締め出しながら手を袋の中に突っ込むと、文珠の効果が現れて袋の中に突っ込んだ手の中に硬くて冷たい物が現れる。
「えっと」
握った物を取り出すと、そこには宝石の様なものが現れる。
「欲しいものが現れる以上、欲しいものを知っている必要があり欲しいもの以外を除外すれば欲しいものが出てくる……と、まさか本気で上手くいくとは思ってなかったが」
「なんであんたがそれなんだ?」
『ふむ、強い力をその石から感じるのだが』
心眼も、あきれていたのか出てくるのか面倒だったのかソリの上では一言もしゃべらなかためにいきなり興味を示してきた事に驚きを覚える。
とりあえず、現世に復帰した横島に手に持ったそれを見せる。
「『氷の涙』、雪女一族の宝とか色々言ってるけど実際に見たのは初めてでな、オカルトアイテムの資料に断片的に乗っかってた情報だけで取り出せるっつうのは本当にすごいな」
「説明は後でするから、とにかく今は冷凍庫に行かないとな」
慌てて、楯嶋が走って行く後に横島も続く。
「0度以下で保存しないと解けちまうんだよこれ」
「めんどくさいな」
「所有者の霊能力を百倍にするそうだ、個人的には霊圧これ以上に上げる必要ないけど総霊力量が百倍になるんなら色々とやりたくても出来なかった事とか試して上手く行かなかった事とか出来そうだしな」
掴んでいる氷の涙に溶け出す予兆はまだ無いが、本物であるならば霊能者として間違いなくこれ以上に無い力を得る事になるだろう。
「明日になってみないと効果の程はわからんが、出来れば本物であったら良いな」
冷凍庫の周囲に罠の魔方陣を張って一息ついた楯嶋に横島が近寄る。
「そうそう、心眼にはあんたの事を既に話してあるからな?」
横島が思い出したように言う。
「まあ、妥当な判断だが所でいつのまに竜気を貰ったんだ?確か私と殿下からの贈り物ですとか言ってたと思うんだが」
楯嶋の知る限り、共に行動した範疇で横島が天竜童子の臣下になった記憶は無かったのだが。
「あんたが、あのデジャブーランドで俺と天竜を置いてなんか一度離れた時に天竜に付き添ってて綺麗なねーちゃんに見とれて適当に返事を返してたらいつの間にか」
『それを聞くと殿下が悲しむぞ主よ』
『そうですね、あまり良い事とは思えません』
心眼に人工幽霊一号が追従する。
「まあ、俺のときみたいに小判に目がくらんで臣下になる約束するよりはましだと思うんだが」
『どちらが良いとは言えんな』
心眼が疲れたような声を出していた。