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椎名高志SS投稿掲示板


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No.538の一覧
[0] ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/03/26 05:11)
[1] Re:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/03/29 01:15)
[2] Re[2]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/04/01 06:18)
[3] Re[3]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/04/09 02:12)
[4] Re[4]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/04/09 02:28)
[5] Re[5]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/04/21 18:16)
[6] Re[6]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/05/07 04:07)
[7] Re[7]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/05/07 04:34)
[8] Re[8]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/05/09 06:27)
[9] Re[9]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/05/20 00:38)
[10] Re[10]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/05/28 05:17)
[11] Re[11]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/06/11 07:44)
[12] Re[12]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/06/18 22:03)
[13] Re[13]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/07/19 00:23)
[14] Re[14]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/08/31 00:10)
[15] Re[15]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/11/08 23:49)
[16] Re[16]:ブロークン・フェイス(現実→GS)[アルファ](2006/12/07 01:55)
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[538] Re[12]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/06/18 22:03
 ―――認めよう。結局、俺は甘く見ていた。
 雪之丞を、ではない。『戦い』という行為そのものを甘く見ていたのだ。


 
自動車にはねられそうになった瞬間、世界はスローモーションのようにゆっくりと流れた。
 テレビの体験談などで、こんな話を聞いたことはないだろうか? 


 
時間とは常に一定ではない。自分の状態、経験、周囲の状況などによって感じる時間の長さの違い―――いわゆる『体感速度』というものがある。
 間近に迫った『死』への『恐怖』。その危機感は己の集中力を極限まで高め、世界に流れる時間を遅くする。
 今の俺の状況は、丁度それと同じ。


 向けられた手から、霊力がゆっくりと溜まっていくのを感じる。あまりにも高出力なその霊波は、鎧の上から俺を撃ち抜くぐらいのことは簡単に出来るだろう。

 それがわかっていても、もはやどうすることも出来なかった。この世界は加速した感覚が生み出した擬似的なモノ。頭は普段通りに動かせても、身体までは対応できない。周囲の動きがゆっくりと見えているのに、俺の身体はそれ以上に遅い。


 
それは死刑を宣告され、刑が執行されるまでの囚人に似ている。牢獄に捕らわれ、身動きは取れないまま。できることは、ただ静かに最後の時が来るのを待ち続けるのみ――。

 『諦め』の心は、むしろ終わりが訪れるときを今か今かと待ちわびていた。





 第十三話 不良とザリガニと霊波砲(後編)
 
打つ手がない。もう一度言おう。互いの位置、姿勢、そしてタイミング。その全てがシビアなもので、『ズラす』にも『避ける』にも無理がある。

 ならば横島戦のように、霊波砲の反動で避けるのは?
 ―――不可能。

 一撃だけなら、避けられるかも知れない。ただし、一撃『だけ』ならば。
 霊波砲は連続で撃つことができる。着地の際に生まれる隙、あるいは身動きの取れない空中―――そこでそのまま追撃を受ければ、それこそ逃れようがなく直撃を受けるだろう。むしろ下手に避けることで余計に打ち所が悪くなり、致命的な傷を受ける危険性だってある。


 
―――ならば、このまま往生際悪く足掻くより、大人しくくらったほうが得策ではないのか?

(…………ざけ…な………)
 
そもそも、『一般人』に過ぎないこの『俺』が、『陰念』程度のスペックでここまで戦えたこと事体敢闘賞モノだろう。
 誰もが『雪之丞』の勝利を疑わなかったはずだ。俺があそこまで追い詰めたのなら胸を張るには充分ではないか?

(………ざけるな…)
 
負けたところで後からの挽回は不可能ではない。もともとGS試験編はさほど重要ではないのだ。どれほど頑張っても事件の規模そのものが大した物ではないので、大きな変化を与えらせるわけではない。

 どんな流れに転がろーとも神魔のデタントに影響を与えるわけでもないし、コスモ・プロセッサを発動出来るわけでもない。世界全体から見れば、この試合の行方など本当に些細なもの。実質的に重要なのはむしろこの次だ。

(……ふざけるな)
 
幸い、香港編までにはまだ時間はある。対抗策ならいくらでも建てることが出来るだろう。強くなるための修行だって出来る。
 下手に突き進んで取り返しのつかない事態にでもなったら、そっちの方がよっぽど大変だ。ならばここで退くのも一手。

 いつまでも無理をやる必要など――――

(……ふざけんなっ!!)
 
―――あるに決まっているだろうがこのボケが…っ!!
 
この程度の難易度! この程度の障害!! たかが雪之丞『ごとき』に負ける程度で、俺は一体何を成し遂げられる!? こんなところで躓くようなら、戦うと決めた意味がない!!
 
―――ソレは心の奥に眠る慟哭!


 
『一般人』!? そんな言葉など言い訳にしかならん!! いつまでも甘えた幻想を持ちこむな!! 
 誰も俺の勝利を信じなくてもいい!! だが、自分まで自分の勝利を疑ってどうするっ!? こんな気持ちのまま負けて胸など張れるか!!
 
―――ソレは真摯たる決意! 
 
何故、俺は魔族と手を組むことを選んだ?

 何故、俺は必死になって策を練った?

 何故、俺は横島を殺そうと思った?

 何故、俺は警官に追われなければならなかった?
 
………いや、最後のはあんまり関係ないけど。
 
―――あくまでも『平凡』でいることを望んだが故、理不尽な現状に対して憤る炎(こころ)!
 
全ては自分の世界に帰るが為に―――。


 
それは『普通』を取り戻すために『普通』を捨てると誓った、一人の男の意地とプライド。己のあまりの情けなさに、その感情は暴発した!!


 
故に、叫ぶ。その言葉に、魂を込めて――。
 
ふ ざ け ん な っ!!!
 
俺は何『諦める』なんて『無駄』なことやってやがるっ!? そんな『余裕』があるワケねぇだろーがっ!!
 『無駄』ならするなっ!! 頭を使う暇があるならとっとと考えろ!! どうやってこの危機を乗りきり、その手に『勝利』を掴むかを!!


 
―――はっきりと言おう。これはただの『逆ギレ』であると。


 
しかし、突発的な感情は『本能』がもたらす『恐怖』さえも凌駕する。束縛から放たれた思考はいつもより速い速度で回り始めた。


 
現状で取り得る最良の手段―――それは腕一本を犠牲にして強引に振り払うこと。

 身体に直撃さえしなければ致命傷は避けられる。意識が残っていれば、片腕が使えずとも戦うことは不可能ではない。それどころか意表を突けるはずだ。
 勝利の確信は隙を作り出す。相手がその姿に驚いているうちに、キツイ一撃をくらわせてやるまでだ!

 最悪、二度と腕が使い物にならない危険性もあるだろう。だが、魔装術の装甲とヒーリングの治癒力さえあれば『最悪』の可能性は俺が思うよりずっと低い『ハズ』。

 ひょっとしたら、もっと良い手段があったのかもしれない。あのとき、恐怖に捕らわれずに落ち着いて行動していれば、少なくともこんな立場にはならなかっただろう。

 しかし、今更そんなことを考えても遅い。『もしも』の仮定など意味がないのだ。今は今出来ることをしなければならない。そして、今出来ることは『当たって砕けろ』の覚悟で挑むだけ………、


 
………いや、待てよ。もう一つ、手段が残っていないか?


 
それは欠けたパズルのピースがあるべき場所へ収まるように。断片的ないくつかの単語が合わさり、一つの答えとなった。

 『霊波砲の反動』、『魔装術の装甲』、そして『遅い』と『当たって砕けろ』。


 
ぶつけ本番で賭けに挑むのも悪くはない。無理をする必要があるのだ。無茶もしなくてはならない。実力で勝てないのなら、常に意表を突いて相手を出し抜く。


 
―――弱者には、弱者なりの戦い方がある。


 
往生際の悪さ。それもまた、一つの強さ。


 
静止した時間は、再びいつもと変わらぬ流れを取り戻した。俺を見る雪之丞の視線から真っ向に立ち向かう。その心に恐怖はない。あるのはヤケクソ気味に暴れ出す衝動だけ。


 窮鼠猫を噛む。追い詰められたネズミは、己の天敵に対しても牙を突き立てるという。
 思考はまとまった。迷いなどない。徹底的に、全力で―――。
 そして口を開いて言葉を紡ぐ。空気を震わせ、その心を奮わせるが為へと。



「雪之丞!!」


 
―――どうせやるなら、とことんやってやる…っ!!


 
俺は足に霊波を込めた。身体を傾け、クラウチング・スタートの姿勢へ。
 それは限界まで伸びたゴムが縮もうとするかのように。それは弓が矢を放とうとするかのように――。 



「この一撃を『受けとめられるモンなら』―――」


 
『液体』と『固体』がぶつかり合えばどうなるか? 『液体』は衝突に耐えきれず、『固体』の強度の前に打ち砕かれる。それは小学生でもわかる理屈。

 しかし、世の中には何事にも『例外』というものがある。



「―――『受けとめて見やがれっ!!』」


 
その程度の挑発に雪之丞は一瞬、それこそコンマの時間動きを止めて―――

 俺にとっては、そんな『一瞬』であまりにも充分だった。


 溜めた力を一気に放出させ、撃ち出す。そのとき、俺の身体は一陣の風となる。まるで火薬で撃ち出された銃弾であるかのように、高速で宙を駆けた。

 撃ち出された霊波砲の反動。それは『避ける』為のものではない。雪之丞に正面から『当たって砕け』るための、最速の一撃。
 逃げられないのなら、体ごとぶつかっていくだけだ!



「な……っ!?」


 
そのあまりの速度に雪之丞は驚きの表情は上げ、それが致命的となる。
 彼は意地など張らずに最初から避ければ良かったのだ。所詮この技は自爆技。ハンドルもなければブレーキもない、アクセルだけの自動車。速度は出せるが、ただそれだけ。まっすぐ進んで、そのままぶつかるだけしか能がない。

 しかし、その加速が生み出したエネルギーはブロック塀を瞬時に粉砕する。一つの失敗は新たな可能性を見出すことに成功していた。
 この技は『使えない』のではない。最初から使い方を間違っていただけなのだ。そう、この技は高速移動術などではない。魔装術の使用を前提とした―――


 
―――高速『突進』術・カミカゼ!!
 
魔装術は確かに有効な能力だ。霊能力だけではなく、肉体強化まで施されるこの技は単純であるが故に強い。『単純』であること、それは一つの強みである。
 だが、そんな魔装術であっても、体重そのものが変るわけではない。霊波には基本的に『重さ』が存在しないのである。

 ところで、ウォーター・カッターというものをご存知だろうか?
 高圧、そして『高速』で撃ち出された水は、ダイヤモンドすら切断する。『液体』であっても条件次第で『固体』に打ち勝てるのだ。


 銃弾のような小さな質量であっても、火薬を使って高速で飛ばせば人の身体さえ容易くふっ飛ばす。

 凄まじい加速が、俺の体重を何十倍もの重さに変えた。瞬間的に、トンすら超えるのではないかという重量が生まれる。高速で撃ち出された人体、それが生み出した膨大なエネルギーを、いくら霊能力を持っているといっても、たかが人間に受け止められるはずもない。



「…………っ!?」


 
雪之丞の身体は、巨大な砲弾と化した俺に勢い良く轢き飛ばされ、コート内の結界へと叩きつけられた。



「一体何をしたのか!? 陰念選手の身体が高速で動いたかと思うと、次の瞬間、両者ともに吹っ飛ばされた―――っ!!」


 
身体が飛ばされたのは俺も同様。それは例えるならビリヤードの玉の如く。接触の際の反動でその軌道は歪み、床が変形する程に力強く叩きつけられる。
 それは予想の範疇。肝心なのはこれからの行動。

 互いに吹き飛ばされた状況で、先に動いたのは俺。早々に立ち上がり、魔装術を解除する。

 まともにくらったとはいえ、俺も雪之丞もダメージは残ってはいないだろう。確かにカミカゼの威力は凄まじい。例えるなら暴走するトラックに轢き逃げされるようなものだ。しかし、いくら霊波の鎧を纏っているといっても、あの技は基本的に速度による『物理的』ダメージを与えるもの。

 試験者の霊能力を測るために、コート内に張られている結界は『霊的』ダメージ以外は無効化する。つまりカミカゼに出来る事と言えば、せいぜい『精神的』ダメージを与えることだけ。
 だが、それで充分。

 長期戦は不利。自分の感情を騙し騙しやっていくのは正直キツイ。今ので相手の意表は完全に突いた。ならば、このチャンスを逃す術はない。
 軽く飛んだ意識の中で俺は叫ぶ!


 
―――このまま一気にケリをつける…っ!! 


 
置かれた状況は同じ。それでも、こうなることが予想できていた『俺』と、意外な結果に意表を突かれた『雪之丞』とでは、その後の動作へ移る『早さ』が違う。


 
―――今この瞬間だけならば、互いの実力差など関係なく、単純に『俺』の方が『速い』!



「うおおおおおっ!!」


 
渾身の力で放った霊波砲は、今だ態勢を崩したままの雪之丞に炸裂。
 こんなモノでは彼を倒せない。『物質化』するほどの密度をもつ霊波を貫くには、それ相応のエネルギーをぶつける必要がある。あの程度ではダメージなど与えられないだろう。
 『陰念』の出力の低さでまともに通用する技はサイキック・ソーサーのみ。

 それでも構わない。あれもただの煙幕、そして隙を作るための小細工だ。威力そのものは効かずとも、その衝撃で彼の体重を持ち上げ、逃げ場のない空中へ浮かすことは可能である。
 そう、この一撃は避けられない。


 
―――煙を引き裂いて再び光の『刃』は飛翔する!



「ぐが………っ!!」



 ダート型サイキック・ソーサー。その光の中に包容された破壊のエネルギー。それは黒いウェットスーツのような霊波に覆われた雪之丞の腹部へと吸い込まれるかのように命中した。

 これで二発目。さすがの雪之丞も苦しそうだ。身を守っていた霊波は大きく破かれ、その下に隠されていた腹に出来た痛々しい傷。辺りに血がしたり落ちている。

 それでも俺は攻撃の手を緩めない。雪之丞へと向かって突き出した双手。それはまるで撫でるかのように優しくそっと彼に触れた。



「地獄に―――」


 
右手は鎧に覆われていない、あまりにも無防備な顔へ。そして左手は鎧が破損し、傷付いたばかりの腹部へと―――。
 そのまま俺は両手にありったけの霊力を込め、一気に放出する!



「―――堕ちろ…っ!!」


 
―――二点同時・ゼロ距離霊波砲っ!!


 
押しつけられた魔手から生まれる灼熱の閃光。それは雪之丞の肉を食い尽くさんと、猛然と牙を突き立てた!



「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 
雪之丞がその苦痛に絶叫を上げながら後方へ弾き飛ばされる。いくら『陰念』の出力が彼より下であっても、先程の一撃はかなり効いただろう。
 どれほど強固な鎧にも、鋼に覆われていない部分はある。鎧を貫くほどの出力を出せないならば、鎧に覆われていない部分を狙えばいい。


 
剥き出しの顔と、貫かれたばかりの腹部。そこならば通常の霊波砲でも充分。


 
もっとも、それ相応の代償は支払うことになったが。突き出した両腕。至近距離からの霊波砲の余熱でかるく火傷をし、湯気が昇っていた。
 動かすたびに走る痛み。使えぬわけではないが、動きが一瞬停滞する。さらに、



「ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……」


 
俺が繰り返すのは荒い呼吸。精神的、肉体的ともに疲労は限界だと訴えてくる。身体は酸素と休息を求めていた。それこそ、許されるのなら今すぐこの場で大の字になりたいくらいだ。


 
だが、そうもいくまい。ゆらりと、まるで陽炎のように儚く、されどその瞳は決して曇ることなく、死人のようにゆっくり立ち上がる雪之丞。
 ただ、表情だけは死人のような覇気のないものではなく、鬼の形相さながらだ。


 
満身創痍。それでもなお、闘志潰えることなく。その姿は人でもなかれば獣でもない。一人の鬼であり、一人の修羅だ。
 そして修羅が求めるものは戦いと、その決着。



「………いん、ねん……」


 
修羅は叫ぶ! 地獄の底から響くような怒声を持って―――。



「―――陰念っ!!」


 
それはその身体とは思えないほどの速度。怪我の痛みも体の疲れも見せず、鎧を修復する暇も惜しんで地を蹴り駆けだす雪之丞。

 もはや霊波砲を撃つ霊力すら惜しいのだろう。魔装術はその維持だけでも膨大な霊力を消耗する。それを序盤から使い続けているのだ。彼の限界(タイム・リミット)は近い。
 故に、余計なことは何一つしようとはせずに、ただ拳だけが力強く握られていた。

 決着をつけるために彼が選んだのは接近戦(イン・ファイト)。逃れず捌けぬ程の近距離から、力の限りぶん殴る。単純かつ原始的な手段。


 
策もなく、ただまっすぐ進んでぶつかるっ!! 


 
はっきりと言おう。それが『正解』。策や小細工などは弱者が強者に勝つための手段。強者は生半可な策など必要ない。相手の小細工ごと正面から叩き潰せばことは足りる。

 優れた物量の前には些細な小細工や器用さで覆せる程甘くはない。犠牲を承知の上で力任せに押しきられれば、それでオシマイ。戦争というものの大半は、物量が勝るものが勝利を収めてきたのだから――。


 
霊波砲はいくら撃ってもズラされた。ならば直接殴れば良いだけだ。打撃をズラせるような器用な真似は出来ないし、そもそも『俺』に彼と挌闘をやらかす技術など在るわけない。最初から接近戦に挑まれていれば、俺に勝ち目など微塵もないだろう。

 なのに、何故雪之丞が今までそれをしなかったのか、気付いた人はいただろうか?


 その理由は単純。俺が『神通棍』を持っていたからだ。

 あれはただ相手の注意を惹きつける為『だけ』に用意した『ハッタリ』。別に接近戦用の武器で、如何にも『それらしいモノ』であれば何でも良かった。無論、神通棍ではなく神通ヌンチャックでも役割に違いなどない。

 そう、『接近戦用』の武器で、『それらしいモノ』であれば―――。



「くらえ雪之丞っ!!」


 
殴り合える間合いまであと五、六メートルといったところで、俺は神通棍を彼へ向かって高く放り投げた。緩やかな曲線を描く『それ』を、反射的に雪之丞は目で追う。


 
彼は今まで自慢の鎧を砕いたのはあの『神通棍』(ハッタリ)だと、俺の目的はあくまでも『接近戦』だと思いこんでいる。そう思いこむように、こちらは誘導した。
 『煙幕』も、煙の中に紛れるまで『近づいて』攻撃したのも、全てはこの為の『布石』。誰の目からも『遠くから投げられる』サイキック・ソーサーの存在を隠し通した。

 故にその『神通棍』を警戒し、咄嗟に目で追うのは自然な動作。その所為で俺から注意が逸れたのも必然。


 
―――その隙を逃さぬことも、俺にとっては当然のことだった。


 
手のひらから生まれる閃光。それを無防備になった雪之丞に叩きつける!

 神通棍はただの『ハッタリ』。その役目はこの瞬間、終えた。
 そして、三度目のサイキック・ソーサーは寸分違わず腹を貫き―――



「…………がはぁっ!」



 ―――傷を抉るかのごとく爆散した。



「………!!」


 
声にならぬ獣のようなうめき声を上げ、雪之丞は――――それでも倒れない!?

 霊力もなく、体力もない。うつむいたままの顔で、傷付き血を流しながらも『負けてたまるか!』という意地と決意だけで今にも崩れ落ちそうな脚を支えている。



「俺は…誓ったんだ! 強くなるってよ……。
 赤ン坊の俺を置いて―――!! 年もとれずに死んじまったママによ―――!!
 だから俺はこんなところで負けねぇ…っ!! 負けてたまるか!!」

「いいや、テメーの負けた雪之丞」


 
そんな彼をいたわるように肩に手を置きながら、無慈悲な宣告を告げる。
 理想だけで変えられるほど、現実は甘くはない。あれほど消費した体力と霊力。それはすでに彼の持ち得る限界を超えている。

 サイキック・ソーサーを三発受けて倒れないのは驚嘆に値するが、ただそれだけだ。



「魔装術を解け。そのまんまだと、人間辞めることになっちまうぜ」


 
嘘でもなければ、比喩でもない。魔装術は禁忌の術。人に人を超えた力を与えるが、限界を超えれば力に心を奪われ魔物と化す。その危険性こそが、この術のもたらす代償。意地を張り続けるにはリスクが大きすぎる。



「………全て計算づくってワケか。その神通棍も、俺をわざと挑発したのも、無駄弾撃たせたのも、煙に紛れて攻撃したのも、不用意に飛び出して隙を見せたのも全部……」


 
いや、最後の奴だけはこちらとしても計算外。その辺は所詮未熟だと言うことか。だが、それ以外はこちらの意図通りだ。
 行動を読み、時に誘導し、騙すことで相手を『出し抜く』。それが、俺が勝つ上での最低条件だった。



「……一つだけ教えろ陰念。何故、俺が負けた?」



 以外にあっさりと術を解く雪之丞。彼もようやく気付いたのだろう。この戦いを始終動かしていたのは、決して自分ではないことに……。

 彼は俺の手のひらの上で踊る『道化師』(ピエロ)に過ぎない。



 しかし、負けた理由か。何と答えるべきだろうか? 運が悪かったとも言えるし、すぐにキレる精神的な未熟さも在るだろう。原作の知識を俺が持っていた部分も大きい。



「それはな、雪之丞。お前が―――」


 
それでも敢えて一つに絞るとすればそれは―――



「―――坊やだからさ」


 
結局のところ、雪之丞はただの子供なのだろう。彼の『強くなりたい』、それだけの目的しか持たずに具体的な道のりがない。

 強くなるために魔族と手を組み、やり方が気に入らないからと言うだけであっさり離脱。何の計画性もないその行動は、単に先のことも考えずに感情任せで動いているだけの子供ではないか。

 戦闘狂(バトル・ジャンキー)。雪之丞にとっての『戦い』とは、己のプライドを満たし、ただ楽しむだけの『遊び』に過ぎない。
 だからこそ、その戦い方や手段には本人の嗜好が大きく関わり、その行動は極めて読みやすい。卑怯な手などは決して使おうとはしない。

 彼はただまっすぐに自分の力をぶつけるだけだ。力はあるが、戦いにおける駆け引きや、相手の裏を突くことには優れていない。

 それは『勝つ』ために手段を選ばぬ俺にとって、付け入る隙はあまりにも多いことでもある。


 
―――負けられない理由があるのは、こちらも同じ!!



「うおおおおおおおっ!!」


 
勝敗は既に決まったが、試合はまだ終わっていない。試験のルール上、二回戦より先は敗北宣言(ギブアップ)はないのだ。勝つためには完全に意識を落すか、戦闘続行が不可能だと思われるまで叩きのめすしかない。



「おおっと、あの技はタイガー選手を倒した―――」

「爆ぜろ!」


 
―――我流魔装技参式・包牙魔装爆!!


 
霊波の繭はその力を解放させた。最低限の出力で放たれた全包囲ゼロ距離霊波砲は、雪之丞の意識を刈り取る。



「勝者陰念!」


 
ようやく手に入れた念願の勝利。しかし、それに酔いしれる程のゆとりなどない。疲労と安堵感だけが身体を満たす。
 ただ、胸の中には一つの疑問が残った。



「『赤ン坊』って………アイツ、本当にママのこと覚えてんのか…?」


 
ちなみに俺は三歳以前の記憶はない。

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 試合が終わった後、思わず俺まで倒れてしまいそうな身体を引きずり、近くの自販機でスポーツ飲料を購入。すぐ傍にある安物のソファーに体を委ねた。
 運動と緊張のしすぎで、もう喉がカラカラである。今後の計画も立てておかねばならない。弱者は姑息に立ち回らなければならないのだ。
 それはともかく、



「ふ~う。やっと一息つけたな……」


 
とりあえず、結果は上々。何とか雪之丞に勝つことが出来来た。つまり、賭けは俺の勝ちだ。雪之丞、俺の舎弟決定。
 賭けといっても、負けても俺は謝るだけで特に損はしないけど。

 彼の性格からいって、当面はGS側につくことを阻止できたと思っても良いだろう。少なくとも、いきなり裏切ることは考えにくい。

 それでも油断は出来ないので、念のために後で見舞いついでに小細工をしに行く予定だが。彼の性格はともかく、宇宙意思の干渉も在り得るからな……。万が一の可能性も考えて少しでも不安要素は消しておきたい。


 
―――どうせなら、美神たちに証拠を掴ませないように動くとするか。


 
この計画を成功させてもそれほど利益はないが、しばらく身の安全を確保できるだろう。証拠さえなければ彼女らが強引な手段に出ることも在るまい。

 などと考えていたら、何時の間にか勘九朗がやって来た。



「凄いじゃない陰念。まさか本当に勝つとは思わなかったわよ。しかも、あんな一方的な試合でね。メドーサ様も驚いていたわ」


 
呑気なことを言ってくれやがる。一方的だと? 何も知らない気楽な観客の立場から見ればそう見えたかもしれんが、実際には紙一重である。

 確かに、雪之丞から一撃もまともにくらわず、逆にあれだけ攻撃を叩きつけた。切り札のはずの魔装術を使ったのも一瞬だけだ。その点だけを見れば一方的な勝利のようにも見えるかも知れない。

 もちろん、真相とは違うがね。一撃でもまともにくらえば『敗北』。あれだけ攻撃を叩きつけてようやく『勝利』。現実にはそれだけ力差があるのだ。
 一方的な勝利などではなく、『一方的』にしなければ『勝てなかった』というのが正しい。

 いくら俺の策略通りに事が進んだとはいえ、最初のズラすことや神通棍のハッタリさえ一種の賭けだった。一歩間違えれば負けていたのは俺の方だろう。
 ………実際に一回、『間違った』(ビビった)せいで負けそーになったし。


 魔装術もあまり使わなかったのは、もちろん霊力不足の問題もあるが、単にサイキック・ソーサーと併用が出来ないからである。

 何しろ『全身の霊力を一点に集中する』サイキック・ソーサーと、『全身に霊波の鎧を纏う』魔装術だからな…。やってることは見事に逆のベクトルだ。こんなもん、いくら制御力が上がろーが同時に使えるわけがない。

 まあ、正直言って疲れているし、そんな面倒なこと説明する気などサラサラないんだが。教えたところで一文の得にもならんし。



「そうそう、メドーサ様から貴方に伝言があったわ」


 
何だ? 『陰念』宛てに伝言なんてヤケに珍しいな。俺が頑張ったからたまには部下でもねぎらおうとでも思ったのだろうか? 個人的には『言葉』よりも『品物』だったら嬉しいところだ。


 
―――例えば『火角結界』とか。


 
しかし、どうもこの世界は俺のことが嫌いらしい。それも徹底的に。勘九朗の口から出された言葉は、俺を奈落の底へと叩きこむものだった。



「『準決勝』も楽しみにしている。だ、そうよ」



 ……はい?


 
雪之丞との試合は四回戦。その次の試合は五回戦であり、準決勝はさらにその後だ。『次の試合』ではなく、わざわざ『準決勝』と言った意図がわからない。どういうことだ? 準決勝って何かあったっけ?

 俺は記憶の糸を辿る。前にトーナメント表を見たよな(第四話参照)。ええっと、確か準決勝の相手は…………。


 
ぶ――――っ! と、思わず口からジュースを吹き出す。勘九朗はしっかりと盛大に飛び散った飛沫までも回避しながら「汚いわね」と呟くが、そんなことを気にしている余裕などない。


 最悪の可能性に思い立った俺は青ざめた顔で、錆付いたロボットのように『ギィィィ』とでも聞こえてきそうなくらいぎこちない動きで勘九朗に尋ねた。
 何かの間違いであることを祈りつつ―――。



「………それはマジでそう言ったのか?」

「ええ、もちろん」

「俺の記憶が正しければ、準決勝の対戦相手って『ミカ・レイ』とかゆー奴じゃないのか?」

「まだ決まったわけじゃないけど………まあ、そうなるでしょうね」


 
他人事のようにあっさりと言う勘九朗。もちろん彼も気付いているはずだ。『ミカ・レイ』という名前は偽名に過ぎない事に。


 
…………マテやコラ。

 あのオバハン!! 『準決勝も楽しみにしている』って、よりにもよって俺にあの『美神令子』を倒せってことか!?


 
無謀も無謀。彼女と今の俺との力差は、例えるなら小学生のカラテ・チャンピオンがプロのK1ファイターに喧嘩を売るぐらい。技術や経験以前に根本的な基礎能力に差がありすぎる。
 ついでに、病院で会ったとき(第九話参照)にかなり好き勝手言っていたり。


 
一つだけ教えてくださいメドーサさん。いえ、メドーサ様。『陰念』って何か貴方の気に障るようなことでもしましたか?


 
うん、やっぱりこの世界には神も仏もいやがらねぇ。だけど悪魔だけはきっちり健在。しかも仕事熱心だ。
 一難さってまた一難。ただ平凡な幸せを夢見る俺は、立ち塞がる最凶の相手を前に本気で泣きそうになった。
 
陰念vs美神令子
 
 ―――それは遠回しに俺に『死ね』と?


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