「さて、試験の方もいよいよ終盤になってきました。この試合に勝った者はベスト四入りです!」
そーゆー訳で、現在五回戦突入。コートの上で突っ立ってる俺はそこで思いがけない人物と戦う羽目になってしまった。
―――何故、コイツがここにいる?
この場にいたのが、例えば鬼道とか弓かおりなら驚きはしても「ああ、GS資格を取りに来たんだな」と納得できなくもない。エミとか西条でも「潜入捜査に来たんだな」と納得してやろう。俺は基本的には温厚なのだ。
でもコイツだけは無理。問題がありすぎる。
具体的には著作権。
ある意味、アシュタロスやキーやんが目の前に現われるより納得いかんぞ! 何故、コイツがここにいるっ!? こんな奴、本当に原作で出て来たっけ?
「ヘイ、ユー! 私ノコトヲえきすとらト思テ、ナメテハイケマセンネ―――! 資格ヲ持ッテイナクトモ、強力ナ魔道師ヤすいーぱーイルノデース!!」
妙なアクセントで話すやせ細ったハゲ男。彼が俺の対戦相手だった。
浅黒い肌―――それは別に構わない。黒人だって何人かはいるだろう。カオスやピートも参加している辺り、参加資格に年齢や人種は定めていないかもしれん。
ドクロのネックレス―――まあ、悪趣味かもしれないが、人のセンスにとやかく文句をつけるつもりはない。一種のオカルト・アイテムだという可能性だってある。
服を着ていない―――それもまあ、大目に見よう。別に素っ裸ではなく隠すべき部分は隠しているのでギリギリセーフ。真冬でこんな格好だと言うのなら正気を疑うが、今は気温もそこそこあるし、民族の文化や風習だと言われれば納得できないこともない。
なんせ怪しさ胡散臭さいっぱいのオカルトの世界。多少服装や性格のおかしい変人たちにも目も瞑ろう。その辺は個人の自由である。警察に捕まらず他人に迷惑をかけない程度ならば好きにすれば良いさ。
「試合開始!!」
だがな。いくら俺が基本的には温厚だとしても、これだけは言わせてもらおう。
俺は右手に霊波を込める。男は大きく息を吸い込んだ。
そして次の瞬間、お互いの技と技がぶつかり合う!!
「ヨーガふぁいやっ!!」
「テメーはインドに帰ってストリートファイトでもやってろぉぉぉぉぉっ!!」
口から噴出した炎に目掛けて霊波砲で反撃! 手のひらから放たれた霊波の光は圧力を伴って炎を貫き、某格闘ゲームに登場した『インド人型UMA』―――俺は手足を伸ばせて口から火を吹き、挙句の果てにはテレポートまで出来る奴を同じ人類とは認めん―――の顔に直撃!
「ぶっ!!」
さらに彼の不幸はそれだけに留まらなかった。霊波砲の勢いに押され逆流した炎が『ぼおぉぉぉぉぉっ!!』と彼の体に纏わりつく。ガソリンぶっ掛けた人間のように勢い良く萌えあがる炎。
「―――――――――っ!!!」
何やら声にならない叫びを響かせながらも、火を消すべくじたばたしながら床に転がり回る男。まさに一瞬の出来事だ。外見に反してやたらと弱い。
………なんだ、ただのパチモンかよ。驚かせやがって。
普通なら全身を火で包まれたら間違いなく焼死するが、漫画の世界なのでたぶん大丈夫。
さっさと試合を終わりにしてヒーリングを受けさせれば回復するだろうし、仮に最悪の事態になったとしてもただの事故で済む(外道)。
「おい、審判」
俺は試合の終了を呼び掛けた。
「………いや、まだだ!」
「あ~ん?」
審判の反応に怪訝な声を上げながらも対戦相手の方に顔を向けようとして―――
「ぐっ…!」
突然の反撃に体をよろめかせる。頬を殴られたような衝撃。いきなりの出来事に俺は驚きを隠せない。
まさか、あのパチモンの仕業か!? 嘘だろ、結構距離が開いていたはずだぞっ!! 一体どうやって!?
これでも霊波を扱うことに関しては敏感だ。対雪之丞戦の慣れもあるが、霊波砲の類であれば事前に察知できる自信がある。とはいってあの距離を一瞬で詰めるのは魔装術でも使わない限り不可能。ましてや、あんな態勢から―――
―――まさか!?
一つの考えが頭を過る。嫌な予感がした。
「マジかよ………」
その『まさか』だった。パチモンの方へと視線を向けると、ちょうどゴムのように伸びていた『腕』が元の長さに縮まるところだったのだ!
おいマテやコラッ!! 腕が4,5メートルは伸びていたぞっ!! 一体どう言う原理だ!? 科学的にちゃんと説明しろ!!
いや、まて落ち着け。ピートの例もあることだし、案外なんかの妖怪のハーフの可能性だってあるかも知れない。ろくろ首は首が伸びるのだ。腕が伸びる妖怪くらいいてもおかしくないだろう。
例えば、ナメック星人とのハーフとか。
そんなことを呑気に考えていた俺とは裏腹に、パチモンの方は怒りに燃えていた。
「シット! 私コノ国ニ来テ、コンナ屈辱受ケタノコレデ二回目デース!! じゃぱにーず許シマセ――――ン!!」
肌を黒く焦がしながら―――いや、元々黒いけど―――俺を睨みつけたパチモン。体の炎は既に消えているが、余韻を残すかのように薄く煙が上がっている。そんな姿がなおさら怒りの大きさを示すように見えなくもない。
俺は口元についた血を拭う。かすかに走る痛みが自分の甘さを認識させる。
ああ、そうだよな。確かに油断しすぎだ。仮にも今は五回戦。実力だって一回戦のキザ野郎より少しは上だろう。一瞬で終わるほど甘くはない。
それじゃあ、少しは気合を入れて行くとしようかね。こんな『雑魚』相手にいつまでも手間取っている暇はないのだ!
「いくぜっ!!」
「サセマセ―――ン!」
走り出す俺を迎い撃つように、拳を伸ばすパチモン。
降り注ぐ矢のような猛攻―――とでも喩えればそれなりに恰好がつくかもしれないが、実際にはフェイントもなければ腰も入っていない稚拙な乱打(パンチ)。
ただ伸びるだけでリーチの長さだってまるで生かしきれていない。某ゴム人間に伸びる腕の使い方の一つや二つ、ご教授願うべきだろう。
俺はそれらの拳を手で捌き、あるいは避けながら足を滑らせるようにして前へと進む。この程度のスピードならば目で見切るのはそう難しいものじゃない。
ああ、そうそう。誤解をしないようにここで明言しておくが、接近戦が苦手なのは『俺』自身の問題であって『陰念』の方とは無関係だ。
元々陰念に雪之丞、勘九朗を加えた白龍寺三人組は遠近両用。霊波砲はもちろん、霊的格闘の扱いだってお手のもの。俺には分からずとも、この体がやり方を覚えている。
『陰念』の肉体のスペックは美神クラスと比べると逃げたくなるが、一般GSクラスより遥かに格上。喩えるなら小学生と幼稚園並だ。
いくら俺に一般人並の戦闘技術と根性しかなくとも、幼稚園児にビビる程情けなくはない!
伸びる腕の群れを潜り抜け、自分の間合いに入る。
「ヨーガ…………っ」
「遅せぇっ!!」
再び火を吹こうとするより早く、瞬く間に距離を詰めた俺の手のひらが口を押さえた。さらに―――
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
即座に伸びた霊波の束がパチモンの体を繭状に覆う!
包牙魔装爆―――自分まで巻き込まないように威力は最低出力(ミニマム)。およそ霊波砲一発分のエネルギー。
だが、相手が『人間』ならばそれで充分。
「知ってるか? 人を気絶させるのに岩でも砕けるような威力は必要ねえ。鍛えようのない急所に衝撃をぶつける。威力は低くても、それだけで人はあっさり意識を手放すもんだ」
我流魔装技参式―――
「爆ぜろ!!」
―――包牙魔装爆っ!!
全包囲ゼロ距離霊波砲。生み出された衝撃から逃げる場所はなく防ぐことも出来ず、その全てを叩きこまれたパチモンはあっさり意識を失った。
彼の正体の真相はともかくとして、耐久性は人並みにしかなかったらしい。
「勝者陰念!!」
そして隣にあるコートでは、ちょうどもう一人のベスト四が名乗りをあげるところだった。
「勝者ミカ・レイ!!」
その瞬間、俺の準決勝進出―――そしてvs美神(ミカ・レイ)が決定する。
第十五話 不良と目覚ましと霊波砲
一つ問いかけよう。貴方にとって戦いで勝敗を決する一番重要な要素とは何か?
純粋な互いの強さ? それとも張り巡らされた策略? あるいは見惚れるほどに華麗なる技か、何があろうとも揺らぐことのない精神力か?
どれも正解とも言えるかもしれないし、違うかもしれない。それらはその場の状況と個人の考えによって代わってくるものだ。一概に『これこそが正しい』と答えを決め付けることはできない。
俺的には『強さ』と答える気もするが、実力差があっても戦いに勝てる場合もあるのだ。全てはその場の状況次第。
何故俺が雪之丞に勝てたのか? その理由を語る上でピートの存在は外せない。
ピートの実力は雪之丞とほぼ互角である。結果として負けてしまったものの、彼の努力は俺の勝利に大きく貢献することになった。
どれほど強い力があっても、使えなければ意味はない。この世に『無限』など存在しない以上、力は使えば使うほど『消耗』するのだ。
そして俺との試合のとき、雪之丞はピート戦で消耗した体力と霊力が完全に回復しないまま戦うことになり、俺の勝利の一端を補うことになる。それは決定的ではないものの、紛れもない『事実』。
つまり俺が何を言いたいのかといえば、俺が美神と戦う前には『雪之丞』という強敵との戦いを経験しているわけであり、勝ちはしたものの大分『消耗』したと言っても可笑しなことではないのではないかと思う。
対して、美神の方は単なる雑魚ばっかで、ほぼ万全の状態だ。これは明らかに不公平。戦う前からハンデをつけて戦うのと変わりない。
よーするに、最終的な結論を言うならば―――
「負けたときの言い訳にはならねーもんかね?」
というわけである。
いや、実際には消耗って言うほど消耗していないけどさ。一発もまともに攻撃受けなかったし。
『戦う前から何負けたと気のこと考えていやがるこの根性なし!!』と罵られると否定できないのだが、こちとら結構ヤバいのである。このままでは瞬殺されてしまう。
まあ、なんというか、世の中はそんなに甘くないというわけで―――
栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)が未だに使えません。
当然の結果だと言われればそうかもしれない。陰念はあくまで脇役なのだ。命の危機に新しい力に目覚めたり、誰かが助けてくれるような主人公補正スキルは持っていない。
うん。マジで不味い。五回戦も終わってしまった以上、準決勝までの残り時間はあと僅か。試合後のわずかな休憩時間が終われば恐怖の恐怖の美神戦が待ちうけている。
ううう、試合のことを思うとストレスで胃に穴があきそうだ。この世界に来てからというものの、ピンチばっかりで碌なことがない。そのうち絶対出来るぞ十円ハゲ。
まだ不幸中の幸いは、美神も立場的には『正義の味方』だという点だ。
『魔族』で『悪党』なメドーサなら人間の命など虫けら同然だが、仮にも美神は陰念と同じ『人間』。決して『鬼』などではあるまい。原作でも人を殺したことはなかったし、下手に『防御力ゼロ』(サイキック・ソーサー)さえ使おうとしなければ命まではとられない。と思う。
ま、その場合でも骨の一本や二本などという生温い怪我では済まず、半分くらいは極楽逝きになるんだろーが。その辺は『死ぬよりマシ』と割り切るしかない。
うん、割り切れ。『感情』よりも『理屈』の方が大切なんだ。痛みなんて我慢しろ。無理でもなんでも割り切るしかないんだ。割り切ってください俺の『感情』。
無理矢理割り切ろうと思っても、やっぱり痛い思いをするのは嫌なわけで、これから最後の足掻きだ。やれるだけのことはやる。とことんやってやる! で、
「なんか用か? 俺にはアンタに付き合ってる暇なんかないんだがな」
「ツレないこと言わないでよ。戦う前にちょっと話したいのよ」
試合の終わって医務室へと足を運んでいた俺の前に、美神(ミカ・レイバージョン)が立ち塞がった。
想定内といえば想定内なのでさほど驚きはないが、それでもやはり彼女に会うのはいろいろと苦手意識がある。これからのことを考えればなおさらだ。
「そう、例えば………メドーサのこととかね?」
「はあ? 何の話しだ?」
彼女の問いに、見事にすっとぼけてみせた。アカデミー賞並の名演技………とは言い過ぎだが、違和感のない自然な表情。別に人並みはずれた演技力などないが、何を言われるか事前に予想できていれば動揺など見せないで済む。
「………とぼけてもダメよ。ネタはもうあがってんだから。素直に認めて自首した方が身のためよ」
「ったく、いきなり訳のわからんことを言いやがって…。
自首? 一体俺が何をやったってゆーんだ? 何言ってんのかよくわかんねーが、ネタがあがってんならこんな回りくどい事なんてやってないでさっさと告発でも何でもやればいいだろ。
そんなモノが本当にあるんならな」
「……………っ!!」
まあ、彼女が証拠など掴んでいないことを承知での発言なのだが。さっきの試合が始まる前にも医務室に行ったが、雪之丞はまだ眠ったままだった。ならば彼を白状させるとしても『今』からか『これから』だ。
だからこそ、いつまでも美神に関わっていないで適当にあしらって医務室に行き、妨害する必要がある。念のために『保険』をセットしているが、アレは下手すると雪之丞が死にかねないからな。出来れば平和的に解決したい。
「用件がそれだけなら俺はもう行くぜ。じゃあな」
「ま、待ちなさい!」
言葉だけなら無視して行くところだが、逃げられないようにちゃんと肩を掴んでいた。しかも爪が突きたてられていて痛い。
早くしないと手遅れになるとゆーのに。手遅れになったら絶対後悔するぞ。俺も雪之丞も、そして美神自身も―――。
「アンタもしつこいな。俺はアンタと違って暇じゃないんだ。何か不正でもしたっていうなら証拠を突きつけて失格でもなんでもすればいいだろーが。俺は別に止めやしねーぜ。何も証拠がないっていうんなら単にテメーが大恥をかくだけだけどな。
ま、こっちはテメーの勝手な妄想癖に付き合ってやる暇もなければ義理もないんでね。話し相手が欲しいんならその辺の壁にでも向かって話しかけてもらえるか? 相槌がないのは珠に傷だが、逃げもせずにどんな虚言でも我侭でも文句一つ言わず大人しく聞いてくれるぞ。アンタにゃピッタリの相手じゃないか?
まあ、周囲から変人扱いされるかもしれねーが……。な~に、元から変人なんだ。変人扱いされても何も問題ねえさ」
焦っている所為か、口調が乱暴になり相手のことを気遣うゆとりがなくなる。急がねばならない。急がねばならないのだ。今から走っていっても間に合うかどうか………。
しかし美神の手は決して離れず、心なしか更に爪は突きたてられる。―――駄目だ。もう間に合いそうにもない…。
俺は諦めることにした。そうすると途端に心が穏やかになり、なんかもーどうでも良くなる。
「いいからとっとと白状すればいいのよ! でないと次の試合命の保証は――――」
なにやら美神が叫び出すが、俺は話しを聞き流して心の中で『南無』と呟く。
悪いな雪之丞。『時間切れ』(タイム・アップ)だ。だが、俺はお前を信じているぞ。お前はこんなところで死ぬよーな奴じゃない。
生き延びろよ。そしてお互い生きて再会しよう我が友よ。
「ちょっとアンタ! 人の話を―――――」
<ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! >
<ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ!!>
<リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリン!!>
<起きろっ! 起きろっ! 起きろっ! 起きろっ!>
「な、何?」
いきなりの音に美神が戸惑いを見せたが、なんてことはない。俺が医務室に仕込んだ目覚ましのベルが鳴り出しただけだ。それ自体に意味はなく単に喧しいだけ。驚くかもしれないが、命に別条はない。
<朝~朝だよ~。朝ご飯食べて極楽に逝くよ~>
だが、こんな経験はないだろうか? 消し忘れたのか、突然大きく鳴り響いた目覚ましの音に心臓が止まってしまうかと思うくらいに驚いてしまったことが―――。
<後悔しな! ヒヒヒヒッ!>
この仕掛けはただの『導火線』。爆発を起こすための『爆弾』なら別に用意してある。
いや、既に『用意されている』と言うべきだろう。
<オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!>
<無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!!>
「ふ…」
大人でも予想外の騒音にはビビるものだ。ましてや、精神的に未成熟な『子供』であれば泣き叫んでしまってもおかしくはあるまい。
<俺様の名前を言ってみろぉぉぉぉぉぉっ!!>
<我が生涯に一片の悔いなしぃぃぃぃぃぃっ!!!>
「ふえ………」
ちなみに目覚ましの声は全て『陰念』ボイス。きちんと『感情』込めて録音しました。
さて、ここで問題。メドーサに化けるのは一体『誰』の式神でしょーか?
<お兄ちゃ~ん、朝だよ~。早く起きて~。ねえ、早く起きてってば。もう……早く起きてくれないと『チュウ』しちゃうぞ♪>
「…………………!!」
………無論、コレも陰念ボイス。なお誤解をしないで頂きたいが、『決して』俺の趣味ではない。場を和ませるためのユーモア・センスは何歳なっても大切なのである。ちょっとしたお茶目心だ。
でも最後の奴だけは流石に悪ふざけが過ぎたと反省。コレを全国にいる血の繋がらない妹に対して幻想を抱いているむさ苦しいお兄ちゃん達が聞こうものなら、俺は彼等に抹殺されるかもしれん。自分でやっておきながら聞いてて思わず鳥肌がたったぞ……。
そして、ついに『彼女』の緊張の糸がキレた。
「ふ、ふええ―――――――ん!! 令子ちゃ~~~んっ!!」
叫び声と同時に、医務室の方からは凄まじい轟音。ガラスが割れたりする程度はまだ可愛いもので、コンクリートが粉砕するような音から何かの爆発音まで聞こえてくる。その振動がこっちの方まで伝わってきているので、まるで地震でも起こったかのようだ。
だが、これは天災などではなくれっきとした人災。
六道冥子―――彼女は霊力だけなら美神すら上回り、十二神将という十二人の強力な式神を操るGS。しかし精神的には極めて未熟で、一度暴走すればペンペン草一つ残さず瓦礫の山を作り出す。
喩えるならばまさに『ミサイルの発射ボタンを握った幼稚園児』。それこそが彼女なのである。
<ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! >
<ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ!!>
<リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリン!!>
<起きろっ! 起きろっ! 起きろっ! 起きろっ!>
目覚ましはなおも鳴り響く。美神はあまりの事にあっけにとられていた。時々、雪之丞らしき悲鳴が聞こえてくるのは気のせいだろう。俺は約束したのだ。再び彼と生きて会うと……。
<朝~朝だよ~。朝ご飯食べて極楽に逝くよ~>
「ばーさんや、メシは何処かいの……?」
「オイ! 爺さん!! おにぎりなんか食ってないでさっさと逃げろっ!! なんかやベーぞ!!」
「ふええ―――――ん!!」
<後悔しな! ヒヒヒヒッ!>
「シャ―――ッ!!」
「キィッ!!」
「キェエ―――ッ!!」
「ちっ、怪我人だからって舐めるなよっ! なんだか知らねーがこのまま黙って化け物どもにやられてたまるか!! いくぜっ!!」
<オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!>
「ガ―――ッ!!」
「ブギャ――ッ!!」
<無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!!>
「な、何ぃ――――っ!!」
<俺様の名前を言ってみろぉぉぉぉぉぉっ!!>
「ふええ―――――ん!! 令子ちゃ~~~んっ!!」
「う、うあぁぁぁぁっ――――!!!」
<我が生涯に一片の悔いなしぃぃぃぃぃぃっ!!!>
そして無数の破壊音をバックに<お兄ちゃ~ん、朝だよ~。早く起きて~。ねえ、早く起きてってば。もう……早く起きてくれないと『チュウ』しちゃうぞ♪>の声……。
音だけしか聞こえないので部屋の中は想像しか出来ないが、明らかに異様な空間がそこには形成されていた。
「余計なお世話かもしれんが、そんなところでぼーとしていていいのか?」
「…………はっ!」
親切心で膠着状態の美神に声をかけてみると、まるで俺を親の仇でも見るかのように睨みつけてくる。だが今はそんな場合ではないと分かっているのか、すぐさま医務室へ向かって駆け出した。
「……さて、行くか」
それを見届けて、俺もまた歩き出す。そう、医務室のある方とは反対側へと―――。
式神に破壊されたのか、喧しかった目覚ましも聞こえなくなっている。その代わりといってはなんだが、何処からともなくパトカーのサイレンが鳴り響いてきたのだ。この騒ぎを聞きつけてきたのだろう。相変わらず対応が早いな。
公園での件を考えると、俺が今から医務室に向かうのは自殺行為の何物でもない。
とりあえず冥子は暴れているし、『証拠を掴ませない』という俺の目的は達成できたと言っても良いだろう。もはや長居は無用だ。
さ~て、修行修行っと。早いとこ栄光の手を使えるようにならなきゃならんしな。
ちなみに、俺のいない医務室ではこんな会話が繰り広げられていた―――らしい。
「おいキミ、しっかりしたまえ!!」
「あはは~っ。待ってよママ~。え? この川を渡ちゃ駄目? そんなこと言ったらママのいるところまで逝けないじゃないか~」
「むう、いかん。頭部を強く打っているし血が止まらん。このままでは手遅れになってしまう……。おい医者だ! 早く医者を呼べっ!!」
「おい、この化け物を連れた少女はもしかして………」
「間違いあるまい。得体の知れぬ力を振るい、周囲に破壊を撒き散らす。我々が奴を見失ったのもちょうどこの辺りだ。同じ日によく似た行動…。
もはや偶然とは思えん。おそらく彼女はあのヤクザ男の仲間だろう」
「なら、さっきから叫んでいるレイ・コチャンなる人物は………」
「あの男のことだ。合流されると厄介だな……。なんとしても今のうちに捕らえねば―――」
「ちょっと冥子! アンタは何やってんのよっ!! 折角の作戦が台無しじゃない!!」
「あ、令子ちゃ~~~ん!」
「「な、なにぃ――――――っ!!!」」
「おい! どういうことだ!! レイ・コチャンとはあの男じゃないのか!?」
「まさか三人組!? 不味いぞ。一人でさえ手がつけられんというのに、三人も集まればもうおしまいだ。例え応援を呼んでもかなわんぞっ!! おい、どうする……?」
「どうすると言われても………」
「どうもこーもないっ!!」
「「白井!?」」
「思い出せ! 自分たちが警察官を目指していたあの頃の情熱を!! 善良な一般市民を守る。そのために我々は警察官になったのではないのか!!」
「「お、おお………」」
「か弱き老人に暴行を振るう輩がいればジャーマン・スープレックス! 幼子を狙う誘拐犯見かければ延髄蹴り! 女性を襲う強盗ならば撃ち殺せっ!! 人権を無視するよーな奴の人権など認めるな!!
我々こそ正義! 我々こそ断罪者!! 犯罪をこの世から消すのが我等の使命!! 卑劣な犯罪者如きに、我々警察が敗北することなどあってはならんのだぁぁぁぁぁぁっ!!」
「そ、そうだ………それが俺たちの役目なんだ」
「くう~、目からウロコが落ちたぜ」
「親父、俺はやるぜ!」
「相手が誰であろうとも関係ない! 正義を守る為にも退くわけにはいかん!! 我ら警察こそ、市民を守る為の最後の盾なのだ!! 例え最後の一兵となり、命が燃え尽きようとも立ち向かわねばならんっ!!」
「いくぞぉぉぉぉっ!! 全軍突撃~っ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
「ちょ……ちょっと待てアンタら!? 今のこの子にそんな火に油を注ぐ真似をしたら――――」
「ふええ――――――ん!! 来ないで~~~っ!!」
「「「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ!!!」」」
「どーして私までぇぇぇぇぇぇっ!!」
「おやおや………ばーさんは幾つになっても元気でうらやましいわい」
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後に分かったことだが、この事件は六道家の力によって全てもみ消されたらしい。所詮、正義も圧倒的な暴力と財力と権力には勝てないといったところだろうか?
「全く貴方ときたら、わずか一日の間に二件も事件を起こすなんて……」
「え~ん。お母様! 私、本当に公園なんて行っていないってば!」
「嘘おっしゃい! 貴方以外に街中で暴れるGSなんていますか! 今日という今日は許しませんよ!!」
「いや~~! 式神でお仕置きするのはやめて~~!!」
そのついでに、公園での一件も『なかったこと』にされたのは嬉しい誤算だった。
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まあ、そんなこんなでいろいろあったがいよいよ準決勝。陰念vsミカ・レイ。
俺の方はというと、努力の甲斐なく『栄光の手』は使えませんでした。
だから『陰念』に主人公補正はないんだって!!
始めに言っておく。陰念に『栄光の手』を使うための素質がないわけではない。現に俺は完成こそしていないものの、具現化するまであと一歩――――いや、あと二歩というところまでは来ていた。
その足りない部分さえ補えば霊波刀の応用で作ることが出来る。だが、その二歩がどうしても埋められない。
具現化に足りてない最初の一歩は、『創り出すモノ』の明確なイメージ。いくら二人分の制御力があるとはいえ、それだけでは宝の持ち腐れなのだ。技術だけでは技の模倣は出来ない。
例えば人物画を描く場合、モデルがいるかどうかでは作品の精密さが大きく違ってくるだろう。それと同じように霊波を思い描くカタチに纏め上げるには、あやふやな『記憶』や『想像』だけではなくイメージに近いモノ―――できれば『実物』を見てそのまま写生した方が完成度が高くなるのだ。
ちくしょう! こんなことになると予想できたら古本で売ったりしないのにっ!!
バイロン曰く、『事実は小説より奇なり』。世の中何が起こるか分からないものだ。今更後悔しても遅い。
『俺』はこの漫画の読者だが、頭に『元』がつく。結構長い時間読んでいないのでうろ覚えな部分はあるし、余り印象に残らなかったところまでは記憶に残していない。
俺、いまいち『栄光の手』のことを覚えていないんだよな~。後半からすっかり文殊に出番を奪われていた所為で、どのような姿形をしていたのかさっぱりだ。
そしてもう一点―――これは正直ヘコむのだが、具現化するための霊波の出力が足りていない。
はっはっはっは。分かりやすく言おう。このままいくと香港編に突入する頃には美神どころか横島クンにも負けそーです。おキヌちゃんくらいしか勝てそーにない。情けなくて泣けてきそうだ。
いや、もちろん頑張って修行するなり小細工したりはするけどさ。それでもショックを受けると同時に、『所詮陰念』と思わずにはいられない。
―――ま、そんな『先』のことを心配する暇なんてないんですが。
俺は既にコートの中で待ちうける美神(ミカ・レイ)へと目を向けた。
なるほど。『名は体を現す』とは良く言ったものだ。こうして改めて彼女を見れば、まず目に付くのはその美しさ。
歴史に残る芸術品のような整った美貌。全てが計算されたかのようにすらりとした完璧なプロモーション。眉は意思の強さを示すようにきりっとしていて、大きな瞳は揺るぎ無い自信を表す。そして小さく可憐な唇は異性を惹きつける色香があった。
女性を計る上で一つの基準となるスリーサイズもまた文句のつけようがない。ボン、キュ、ボンな理想的とも言えるそのスタイルは、同性であれば誰もが羨み、そして妬むだろう。
それはまさに『美』の『神』。人の世に舞い降りたビーナス。100人中100人の人が声を揃えて『美人』と評価するであろうその美しさで優しく微笑みかけられたのなら、男であれば思わず見惚れ、鼻の下を伸ばすに違いない。
………ただし、『背後に黒いオーラを纏っていなければ』という条件付で。
女性らしい、やわらかな笑みを浮かべる口元。
―――でも、何故か目は全く笑っていない。
些細な仕草からにじみ出る、優雅で上品な物腰。
―――でも、何故かもの凄いプレッシャー。
そこには、女神の仮面をつけた一人の鬼が突っ立っていた。
うん、そうだよね。美神に『正義の味方』って言葉は死ぬほど似合わないよね。
考えが甘すぎました。
全く、近頃の若いモンはカルシウムが不足していて困る。些細なストレスなど笑い飛ばすくらいのことが出来なければ大物にはなれんぞ。俺はそんなに彼女の気に障るような行動をとったか?
うん、とっています。でもできれば『過去のこと』と水に流してもらえませんか?
試合で横島を半殺しにしたこととか。
病院で会ったとき好き勝手に言ったこととか。
あるいは、さっき廊下であったときの態度とか目覚ましに陰念ボイスを吹き込んだこともお気に召さなかったかもしれないが……。
いずれにせよ、怒らせる原因に心当たりなら充分あった。充分過ぎるほどにあった。ひょっとしなくても、俺ヤバイかも知れない。
彼女を見ているだけで身体から嫌な汗がだらだらと溢れだし、足元は武者震いではない振動でぶるぶる震えている。
無論、頭の中だって命の危険を知らしめるべく警鐘を鳴らす。潰れるくらい叩きすぎてデスメタル並のヒートアップだ。
ぶっちゃけて言おう。俺は逃げたい。今すぐにでも。恥も外聞も我が身に迫る命の危機の前には無力なもの。
人間、誰しも死にたくはないものです。それは至極当然のこと。遺伝子に刻まれた生存本能が『逃げろ逃げろ』と訴えている。許されるものなら地平線の向こうまで裸足で逃げ出すだろう。
そう、『許される』ものならば………。
俺は視線をそっと背後に動かした。
なるほど。さすがに準決勝ともなると注目も増すのか、観客席には今までよりもずっと大勢の人でにぎわっている。いつもなら空いている席の一つや二つ、すぐに見つかるものだが、今はほぼ満席に近い。
おそらくこの中には単なる見物客だけではなく、商売敵になる相手の面を拝めようとする現役のGSや、試合内容を吟味するGS協会のお偉いさん、GSという職業に夢をはせる将来のGS候補生たちもいるのだろう。誰もが今年度の主席が誰に決まるのかを注目していた。
そしてその中にはもちろん、我等が上司メドーサ様のお姿も………。
何故か、モルモットで実験中なマッドな科学者のような瞳で『じっ――――と』俺のことを観察しておりました。
逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目ですか? 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ!!
おいコラオカマ! 「メドーサ様からは私が言っておく」とか言ってたが、一体何を吹き込みやがったっ!? なんか、一挙一動逃さずとばかりに俺の方をシリアスな表情で見つめてんぞ!!
こんな状況で敵前逃亡なんて真似をやらかして彼女に恥をかかせたら後で一体どうなるのかを思うと、怖くて怖くて逃げたくても逃げられません。
『鬼が出るか蛇が出るか』という言葉がありますが、両方同時に出てきたらどうしたらいいのでしょうか?
GS美神世界最凶最悪の女傑ダックに挟まれて一心に視線を浴び続ける俺。
―――そんなに見つめちゃイヤ~~~ん。
いや、お願いしますからマジでやめてください。感激以外の涙が目から溢れてしまいますから。
前門の美神、後門のメドーサ。人外レベルの二人の美女に囲まれて俺の心臓は張り裂けそうなくらいドキドキです。
嗚呼、痛いほどに高鳴るこの鼓動! 既に頭の中では彼女たちの姿でいっぱいいっぱいです!!
はっ! もしや、これが『恋』っ!?
………『つり橋効果』って要するにただの現実逃避じゃないかしらと思う今日この頃。
―――すまん雪之丞。再会はお互いあの世に逝ってからになりそうだ。