光陰矢の如し。時間は待ってはくれない。こちらの都合とはお構いなしに時は過ぎている。俺が不安になろうが悩んでいようが関係なく。
雪之丞vsピートの激闘にも終止符が打たれようとしていた。
「えっ…!?」
突然、ピートの動きが止まる。注意深く見ていた俺は『ソレ』に辛うじて気付くことが出来た。彼の足元に転がったピアスが一瞬、霊波の足枷となって動きを妨害していたことに――。その隙を逃さず放った雪之丞の拳は顔に入り、続けざまに霊波砲の群れを炸裂させた!
「うわあああっ!!」
「ふ…トロい奴だ。まともにくらうとはな…! だが、楽しかったぜ! こんな戦いは久しぶりだ…!」
結局、俺のアドバイスがピートにどれだけ影響があったのかは分からないが、試合の途中で勘九朗の妨害が入り、雪之丞の勝利に終わった。
原作と全く同じ展開といえばそんな気もするし、若干違いがあったといわれればそんな気もする。いずれにしろ細かい部分までは覚えていないし、これからやるべきことが同じならどちらでも構わない。俺には関係のないことだ。
「お…俺が仲間になったのは強くなるためだ!! あんな奴、実力で倒せた…!! そ…それを…!!」
さ~て、ここから先は『口先の魔術師』(自称)の腕の見せ所だ! 俺の目的を果たすためにも上手く雪之丞を引き込んでやる!!
「俺はもう貴様らを仲間と思わん!!」
悪いな雪之丞。そういうわけにはいかないんだ。
綺麗事を言うつもりはない。俺は自分が何よりも大切だ。普通ならそれが当然だろ? 友を助けるために自分を犠牲にするのは美談かもしれないが、そんな真似俺には到底出来ない。だから俺は他人を犠牲にする。例え自分のすることが人として最低な行為であっても、自分の身を守る為なら鬼にでも悪魔にでも魂を売ってやる。
伊達雪之丞。お前が原作通りGS側に入れば向こうの戦力は更に増強する。ただでさえ、相手は俺の予想より強かったのだ。横島の抹殺にも失敗した以上、それを大人しく認めるわけにはいかない……。
そしてゴメン雪之丞。きっとお前は弓とは付き合えない。
第十話 不良と俺と霊波砲
「試合を放棄する気? そんなことメドーサさまはお許しにならないわよ!?」
勘九朗って本当は結構良い奴なのかも。わざわざ裏切りを宣言した雪之丞の身の心配をしている。俺ならさっさと雪之丞の離反をメドーサにチクって終わりだぞ。
「試合は続ける! だが…終わったら俺は抜けさしてもらうぜ。あのヘビ女が俺を殺すというなら、どこかで修行してさらに強くなって返り討ちにしてやる!」
そういうことは影でひっそり言うものである。この馬鹿は勘九朗がすぐさま報告すれば速攻メドーサに始末されるかも知れないと気付かないんだろうか?
気付かないんだろうな。馬鹿だから。
―――だが、馬鹿だからこそ簡単に扱える。
「そいつは随分身勝手じゃあねぇーか。雪之丞」
「陰念か。どけ。貴様に用はない」
「悪いが俺には用があるんだよ。テメーみたいな自分の弱さを他人の所為にする奴には虫唾が走るんでな」
「貴様! 俺を愚弄する気か!!」
いきなり胸倉を捕まれ、思いっきり睨まれる。暴力反対。人は話し合うことで分かりあえるんですよ? なのに雪之丞は殺気でバリバリだ。明らかにカルシウムが不足している。
牛乳を飲め! 牛乳を!! 怖いです。逃げ出したいです。しかもタチの悪いことに、見舞いのときのように殴られないという保証は何処にもない。
それでもここで退くわけにはいかない以上、動揺を押し殺して続けるしかないのだ。
俺は挑発的な態度を続ける。
「あ~ん? 事実だろうが。『実力で倒せた』?
寝言は寝てから言いな。互いの実力は互角だったんだ。あのまま続ければ魔装術の限界が来たと同時にテメーの負けだったろーよ。だから手を出したんだ。そんな簡単なことぐらい自分で気付けよ」
「そんなことはない! 俺はあのままでも………」
「勝てるってか。どうやって? 自信を持って言う以上、策の一つや二つくらいあるんだろうな? 何もないって言うのはなしだぜ。そんなんじゃ、誰も納得できやしねぇ」
「…………………」
ペンは剣に勝てるらしいが、口は拳に勝てるのだ。相手にそこそこの理性と知性が残っていれば正論の前には打ち勝てない。
俺に言い負かされた雪之丞は顔をうつむかせる。手は今も離していないし、相変わらず相手は怖かったが、逆ギレとばかりに開き直る。
「で、テメーを勝たせるために横槍したのが気に食わないってわけか。ふざけんなよ! テメーがもっと強ければいいだけじゃねーか!! 弱かったから、負けそうだったからこんな結果になったんだ!!
そもそも『仲間になったのは強くなるためだ』だと!? 実際に強くなっただろーが!! テメーに魔装術を教えたのは誰だ!? 金だって受け取ったじゃねーか!! それなのに一回気にいらねえことがあったからって『やめます』ってか? ああ随分お偉いことで…」
この辺は事実である。陰念の記憶によると、メドーサは自分の配下になる代わりの報酬として『魔装術』と金を持ち出してきた。逆らうと『殺されるか石にされるか』というまるっきり脅迫だったとはいえ、常日頃から『強くなりたい』と願っていた雪之丞はちゃんと納得して報酬を受け取ったのだ。いくら『試合を邪魔されたから』と言っても、ただそれだけで相手を裏切るのはあまりにも身勝手だと思う。
「何様のつもりだテメーは? 仕事もこなさないで何恩を仇で返す真似やってる!! 受けた義理ぐらいちゃんと返せ!! まったく、テメーのママも自分の息子がこんなわがまま坊やに育ってさぞ喜んでいるだろうよ!!」
「………貴様!! さっきから言わせておけば俺だけではなくママのことまで侮辱する気か!?」
さすがにマザコン相手にこれは禁句だったのか、怒りを剥き出しで殺気を放ち出す雪之丞。思わず冷や汗が出て唇も乾いてくる。だがこちらも今更引くわけには行かない。っていうか、今更引いたら確実にボコられる。故に前に突き進むのみだ。
開き直った一般人を舐めるなよ!!
「だったらどうだって言うんだっ!! 殴るってか!? テメーは自分が負け犬だと認めたくないからって自分より弱い奴を喜んで殴るってわけだ!! だからテメーはガキなんだよ!! 認めたくないことや自分の間違いを暴力でしか解決できねぇ!! それじゃあ、ただのガキ大将じゃあねーか!! そんなんでテメーのママは喜ぶのか!? ああっ!? ママのことを大切に思ってるんなら、俺を殴らずちゃんと口で納得できる答えを出してみろ!!」
口を止めては行けない。とにかく勢いでまくしたてる。今にも殴りそうだったが、『ママ』の名前が出た途端に拳を引っ込める辺り、単純である。
唐巣神父が神の名前を出されると弱いように、雪之丞はママという言葉を出されると弱いらしい。ある種の信仰心のようなものがあるのだろう。きっと。
よし、このまま相手が冷静になって俺がただ『適当』に『好き勝手に言っているだけ』と気付かれる前に、一気に終わらせる!!
「気に入らないか? なら一つ賭けをしろ雪之丞」
「……賭けだと?」
さ~て、覚悟を決めろよ俺。ここから先は綱渡りだ。今までの試合のような格下ではない、『陰念よりも強い』相手だ。
駆け引き、小細工、先読み。それらを駆使してなお、勝てるかどうかわからない。それでも世界相手に喧嘩を売ろうっていうんだから、危険な賭けをしなければ勝ち目なんてなくなってしまう。相手が修正できないくらい、引っ掻き回してやらねばならないのだ。
「勝負の内容は簡単さ。次の俺との試合で勝てばいい。お前が勝てばさっき侮辱したことはきっちり詫びてやる。抜けたきゃ抜けな。もう止めたりしねーよ」
雪之丞は必ずこの勝負に乗る。格下の相手にここまで挑発されたのだ。バトルジャンキーでしかもプライドの高い雪之丞が黙ったままのはずがない。例え、『どんな条件』を出しても雪之丞は乗ってくる。
「だが、約束しろ雪之丞! テメーが負けたら俺の舎弟になりな!! 嫌だとは言わせねえ!! わがまま坊やは俺が一生アゴで扱き使ってやるよ!!」
「テメー…。本気で俺に勝てると思ってんのか!」
雪之丞は自分が負けるなどと微塵も思っていないだろう。そしてその考えは間違いだとは言えない。
わかっている。勝ち目は低い。雪之丞は強い。俺よりも遥かに。それくらい、俺だって理解しているのだ。それでも―――
「例え勝算が低くてもやる前から諦めるわけにはいかねーんだよ! こっちには負けられない事情があるんでな!! さあ、テメーはどうする!? 受けてたつか? それとも尻尾巻いて逃げ出すか? 選ぶのはテメーだ! さっさと決めな!!」
「いいだろう! その勝負、受けてたってやる!! 精々首を洗っていろ! 俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる!!」
怒りに満ちた表情でそう言い放ち、ようやく俺の胸倉から手を離してスタスタ歩き出した。
ふー。何とか殴られずに思惑通りにいけた。ひとまず交渉成功だ。あとは試合で勝てばいい。そうすればプライドの高い雪之丞は内心どう思っていようと必ず俺に従うだろう。
もっとも、『勝つ』ことが一番困難なのだが。
「………陰念。アンタ本当に勝てると思っているの? 雪之丞は強いわ。アンタよりも確実にね。
今からでも遅くないわ。謝ってきなさい。下手すると試合で殺されかねないわよ」
うん。オカマだけど勘九朗は本当は良い奴だ。これでホモでなければさぞ友達も増えただろう。正直言ってその提案は非常に魅力的だが、俺だってやるときはやるのだ。ここまで言っといて今更逃げるわけにはいかない。
「大丈夫さ。俺だって策がないわけじゃねえ。それに負けられない事情もあるしな。
それよりもこの試合でお前は絶対に手を出すなよ。そんな真似をすれば雪之丞も黙っていないぜ。
ま、安心しな。雪之丞をちゃんと寄り戻してやるよ。だからアンタは精々愛しのダーリンの帰りでも待っていな」
「まあ。そんな……。愛しのダーリンだなんて………」
………スミマセン軽口を叩いた私が悪かったです。ですから顔を赤く染めないで下さい腰をクネクネしないで下さい。なんか得体の知れない妄想に浸るのは止めて下さいはっきり言って気持ち悪いですから。あと「陰念も意外と頼りになるわね…」なんて事を呟きながら熱い眼差しで俺の『尻』を見つめないで下さいお願いします土下座でもなんでもしますから。俺はれっきとした『ノーマル』なんですソッチの趣味はないんです。悪寒がします雪之丞に睨まれたとき以上に冷や汗が流れます。頼むから標的は雪之丞一人だけにして下さいお二人がどれだけ仲良くなっても私は邪魔しませんからどうかお願いいいから俺を巻き込むな!!
負けられない理由が、増えてしまった。
実は良い奴かもしれないが、やっぱり勘九朗は勘九朗なのだ。これはなんとしてでも雪之丞を引き止めねばならない。アイツを生贄に捧げなければ、次のターゲットはきっと俺だ!
綺麗事を言うつもりはない。俺は自分が何よりも大切だ。普通ならそれが当然だろ? 友を助けるために自分を犠牲にするのは美談かもしれないが、そんな真似俺には到底出来ない。だから俺は他人を犠牲にする。例え自分のすることが人として最低な行為であっても、自分の身を守る為なら鬼にでも悪魔にでもオカマにでも魂を売ってやる。
許せ雪之丞。恨むなら勘九朗と簡単に口車に乗った自分の愚かさを恨め。俺だって貞操は惜しい。
なおも熱い視線を向ける勘九朗に身の危険を感じた俺は「じゃ! 俺は用事があるから!!」と言って会場から逃げ出した。
まあ、実際にやるべきことがあるのだが。実力不足を補う為にも何かしら対策を立てておかねばならない。
そういうわけで、俺は再び公園にいる。
今日も良い天気だ。日が沈むのにもまだ時間が残っているし、正直、この時間帯なら子供たちの一人や二人居ないほうがおかしい気もするが、まあ、人気のないほうが何かと都合が良いので気にしない。
さすがに近くに人がいると新技の練習とかが出来ないからな。昨夜も木が何本か消し飛んだり、遊具が使用不可になったし。流れ弾でもぶつかったら死人が出るかもしれん。
さて、雪之丞に喧嘩を売ったのは良いんだが、とりあえずはっきりと言っておく。陰念と雪之丞とでは極めて相性が悪い。
お互いが同門ということもあってか、同じタイプの霊能力者なのだ。両者共に魔装術の使い手であり、かつ霊波砲を得意とする。それでいて実力は雪之丞が上なのだからまさに最悪。同じ技同士がぶつかれば、あとは単純に力の強い方が勝つ。あまりにも簡単な理屈である。
何より厄介なのが魔装術。時間制限があるとはいえ、霊能力は勿論、身体能力までも強化するこの術は地味ながら強い。文殊や超加速のようにそれ自体が勝敗を決するほどの力はないが、効果が単純故に強力。メドーサが「強くしてやる」と言ってこの技を教えたのも頷ける話である。
物質化まで霊波の鎧を収束できる雪之丞相手に霊波砲撃っても鎧に弾かれるだけだろう。未熟な陰念の魔装術では万に一つも勝ち目がない。
では、勝つためにどうすれば良いのか? 答えは容易だ。同じ技同士がぶつかれば強い方が勝つ。ならば、違う技をぶつければいいだけである。
とはいえ、雪之丞に通用する技は少ない。魔装術や霊波砲は不可。傷跡ビーム(仮)も偽・心眼ビームも威力的には霊波砲と同等しかない。我流魔装技参式の包牙魔装爆なら全力を出せば鎧を突破出来るかもしれないが、自爆技であるこの技では良くて相打ち、実際にはむしろ自滅の方だろう。魔装技と魔装術は同時に使えない。むこうは鎧を着ているのに、こっちは生身なのだ。勝ち目の薄いギャンブルなど試したくない。
あと俺が作った技となると………弐式はそもそも攻撃系の技じゃないし、カミカゼやパイル・バンカーはまだ未完成で欠点も多い。やはり素人の浅知恵で使えそうな技をそう簡単に作れないか…。大体、俺この世界に来たばっかりだしな。
やはりここは先人の知恵を借りるのが無難だろう。原作の知識は生かすべきだ。陰念の霊力でも魔装術を打ち破れる技なら、横島と雪之丞の試合にある。
サイキック・ソーサー。霊力を一点に集中して作る霊波の盾。全身の霊力を集めるために防御力は0になる極めて危険な技だが、威力の方は美神も保証済み。この技ならおそらく陰念でも雪之丞の守りを突破するには充分だろう。
無論、これは本来横島の技だが、雪之丞も試合中に見ただけで使っていた辺りさほど難しい技ではない。美神のような『道具の扱いに優れた』タイプや唐巣神父のように『他者から力を借りる』タイプならともかく、陰念は横島たちと同じ『霊波を直接武器にする』タイプの人間だ。一応、技のほうは対雪之丞戦を想定して昨夜のうちに取得済みである。
とはいえ、陰念は横島とは違って煩悩なんかで霊力が上がったりしない。霊能力者としてはそれなりに優秀だが、それ以外は極普通の人間である。霊波の出力もさほど高くないし霊力の最大値も万全とは言いがたい。
同じ技を使っても使い手の実力次第で威力は変わるものである。成長していない今のままでも横島は知識や経験はともかく、才能と煩悩だけなら最強だからな。現状での俺のサイキック・ソーサーは原作の横島以下と考えた方が無難か……。
雪之丞に勝つ為には可能な限り省エネで、最大限威力を発揮できるように工夫した方がいいだろう。投げつける際に、先端部分を槍の穂先のように鋭くして貫通力を高めてみるか。あとは出来るだけ顔などの霊波の薄い部分を狙うのも効果的かもしれない。
あと他にやるべきことは………やはり陰念の能力の底上げか。いくら原作の知識があっても、それだけで戦いに勝てるほど甘くはない。今回のような試合ならまだマシだが、実戦なら確実に死ねるだろう。もっと強くならねばならない。
強くなるために修行する。基本ではあるが大切だ。それには異存ない。なにしろ俺の将来がかかっているのだ。ちょっと位厳しい修行でも俺は成し遂げてみせる。
でも正直言って予想以上でした。美神たち強すぎ。このままでは勝てません。香港であっさりバットエンド。宇宙意思の干渉とか以前の問題だった。
それこそ陰念の身体で美神レベルの実力者になろうと思ったら、一生を費やしてもかなうかどうか危ういぞ。策や小細工で埋めるにも限界がある。いくら頑張ってもアリでは象には勝てない。
実際にはそこまで力の差はないのだろうが、現状では小学生のカラテ・チャンピオンがプロのK1ファイターに喧嘩を売るぐらいはありそうだ。技術や経験以前に根本的な基礎能力に差がありすぎる。
甘く見ていた。最初から力の差は分かっていたが、それでも精々小学生が高校生に喧嘩を売る程度だと思っていたのに………。
これが脇役でそれなりの才能しか与えられていない者と、主役としてずば抜けた能力を持つ者との差か………。
―――アレ、ひょっとしてピートってヘボくない?
そりゃあ、今の俺(陰念)よりは強いかもしれないし雪之丞ぐらいの実力はあるだろうが、俺が見る限り美神や唐巣神父よりかは弱い。プロと素人の差とは言えるかもしれないが、ピートの年齢700歳。人間は80前後も生きれば老衰してもおかしくないから、一生分どころか八~九生分だ。それなのに実力は美神や唐巣神父に劣り、雪之丞と同程度。
あまりにもヘボくないか? いくら俺でもそれだけ時間があれば何とかなると思うぞ。学校にも行かずGS資格も取らず、お前は680年間くらい何をやっていたんだとツッコミたい。
まあ、いい。ピートのヘボキャラ疑惑は脇に置いといて、本題だ。雪之丞対策には時間がないのでこのまま行くしかない。しかし、香港編にはまだ期間があるだろう。問題は『香港編まで一体どれくらい猶予があるか?』である。時間があればまだ死なずに済む対策を立てられるかもしれない。
コミックには書かれてなかったし、書いていたとしてもそんなに詳しく覚えていないからな。おそらく、長く見積もっても二、三ヶ月ぐらいだと思うのだが……………それだけだと明らかに時間が足りません。
当たり前だ!! 小学生が三ヶ月でプロに勝てると思うか!? いくらなんでもこんな短期間で都合よくパワーアップなんぞ出来るかいっ!!
カモン! 斉天大聖(サル)!!
カモン! 精神と時の部屋!!
冗談抜きで正攻法で美神たちに追いつこうと思ったら『敵だ!』とか『作品違う!!』とか無視して上の二つのような手段に頼らんと死ぬぞ!!
何とか陰念強化案を練らねばなるまいな。さすがにサルの助けは借りられん。
別に手っ取り早く強くなる方法がないわけではない。原作でも美神がアルテミスを憑依したり竜神の武具を身に着けることでパワーアップした事例がある。力がなければ力のあるところから持ってくればいいのだ。簡単な理屈である。
それはわかる。それはわかるが、いくらそういう知識があっても実際に使えそうなものがないのが痛い。
それこそ欲を言えば『竜の牙』とか『八房』クラスの武器が欲しいところだが、さすがに陰念で小竜姫やら人狼族に喧嘩売るのは無謀を通り越して投身自殺と変わりない。火を消す水がないから代わりに油をぶっかけるようなものだ。
無論、却下。そんな危険な真似をするくらいなら現状のまま香港編へ突入した方がまだマシである。
『武具』による強化案が使えないとなると………あとは『憑依』か。自らの身体に他者の力を取り込み、一次的に霊力を上げる技術。それこそ、高位の神でも降ろせば中級クラスの魔族にも対応できるかもしれない。
もっとも、実際にはリスクや制約、対象との契約や術の習得の困難さなどの問題があり、使い手は限られているのが現状だ。一週間かけて陣を書いたのに、呼び出した際に相手の機嫌を損ねて逆に呪いをかけられたり、上手く憑依で来ても身体が耐えられなくて死ぬ場合もある。空気を入れすぎた風船のように『パン!』と弾けると言えば分かりやすいだろう。『憑依』というのは本来極めて危険な手段なのだ。しかし――。
正直、この方法には心当たりがある。
そりゃあ、そうだろう。今の俺の状態は『憑依』とよく似ているのだから。もし、俺の仮説が正しいとすれば………。
試してみる価値はある。
俺は座禅を組んで意識を集中した。独特のリズムでゆっくりと呼吸を繰り返す。白竜会時代で習った基本的な霊力回復術だ。精神を統一し、周囲にある霊気を感じ取り、その身に受け入れることで回復を促す。
なお、何も霊力を回復させるのに座禅をしなければならないわけでもない。霊力というのは基本的に気力みたいなものだ。感情の起伏で一時的に出力が上昇したり、回復するのはざらである。
美神なら金、横島なら女といえば分かり易いだろう。主役の癖に欲望方面ばかりなのがアレだと思うが……。
精神を統一し、辺りの霊気を感じ取れるようになった状態で、俺は意識を自分の身体へと向けた。
感じる。俺の―――『陰念』の身体の中には二つの霊力がある。
俺が霊感も超能力もないただの一般人にも関わらず、あっさりと霊波砲撃ったり魔装術を纏ったりしているのは、この身体が一般人のものではなく陰念だからだ。
『俺』自身が使い方を知らなくても、『陰念』の身体とその中にある彼の魂が自分の技を覚えているのだろう。人がわざわざ意識して『歩こう』と思わずとも歩けるように、俺は霊波砲を意識せずに『撃つ』ことができる。
そして、俺は今まで陰念の霊力しか使わず、自分で霊波をコントロールしていなかった。ならば、陰念の力だけではなく自分の本来の力と併用することでパワーアップすることが出来るのではないだろうか?
まあ、なんというか…………………俺の霊力はものすごい潜在能力を秘めているとかじゃなく、一般人らしく『ショボイ』としか言えないけど……。
こーゆーときは世界を一変するほどの力が眠っていても良いと思うぞ俺は。ホラ、その力の所為でこの世界に飛ばされたとかさ。
くそ! こんなことなら休みの日にゲーム三昧ではなく山奥で滝にでも打たれときゃやかったぜ。
ならばコントロールだ! 二人分の制御力なら今まで使えなかった技も使えるようになるかもしれない。俺は試しに、陰念の身体の感覚には頼らず、自分の意思だけで霊波を練る。すると、意外なことにスムーズに霊力は溜まった。霊力中枢(チャクラ)にもおかしなところは見当たらない。
俺はすぐ傍にあった木に狙いを定め、手のひらを向ける。
「はっ!!」
気合の声と共に、強力な霊波砲が生まれた。手から飛び出した光の奔流は狙いたがわず気の幹を粉砕する! それなりの太さがあったにもかかわらず、木はあっさりと地面に崩れ落ちた。
驚いたことに、俺の制御力は陰念のものと比べても見劣りしていない。おそらくは眠っていた才能とかではなく、単に間接的とはいえ陰念の霊力を使っていた為だろう。俺の魂が、陰念を手本に霊力を扱う感覚を『覚えた』のだ。
―――これは、いけるかもしれない。
俺の実力は低い。だが、修行の際に陰念だけではなく『俺自身』の霊力まで上げることが出来たらどうだ?
従来の陰念と比べて制御力は二倍、経験値も二倍である。一人ではどうにも出来なくとも、二人掛かりなら美神たちにも『勝てる』……いや、それは流石に無理か。だが、『出し抜く』ことぐらいなら出来るかもしれない。
もともと美神たちだって自分より強い妖怪やら魔族と戦って勝利して来たのだ。戦いは何も実力が全てではない。これで俺の持つ原作の知識も活かせれば……。
希望が出てきた。可能性はある。ならば俺のやるべきことは一つ。前に進むだけだ。よ~し、
「いくぜ!!」
「……その前にちょっと署まで来てもらえるかね?」
―――ハイ?
振り返ると、それなりに年季の入った警察の方が立っていた。
「昨夜から近所の住民に通報があってね。この公園で不審な男が暴れ回っているそうだ。実際、いくつかの木がへし折れていたり、ブランコや滑り台が壊れてしまっている。危険を感じてか、折角の天気なのにも関わらず人は公園から離れてしまったよ」
…………そう言えば、昨夜、寝る前に『新技』の練習を『この公園で』したっけ。
―――えっ! もしかしてこの公園に人気がないのは俺の所為!?
「イヤ、私ハ通リスガリノ無関係ナ人間デスヨ?」
こんなときこそ『口先の魔術師』(自称)の真価を見せるときだ! 大丈夫さ! 人は話し合うことでどんなことでも分かり合える―――
「とりあえず、『つい先程』倒したばかりの木のことも聞きたいので、大人しく着いて来てくれると嬉しいんだがね」
―――はずがありませんでした。所詮、自分以外は皆他人です。話し合いで解決できるなら戦争なんて起こらないんです。
見られていたのかよ。いくらなんでも現行犯じゃあ何を言っても無理だって。
しかし、ここで大人しく捕まれば確実に雪之丞との試合に間に合わない。それだけは駄目だ。流石にそれは不味い。そんなふざけた真似をすればメドーサ以前に雪之丞に殺される。
散々挑発したからな……。ならばここは一つ―――
「三十六計、逃げるに如かず!!」
「あ、コラ! 待ちなさいっ!! くそ、逃がすものか!! 国家権力を舐めるなよ!!
―――こちら米沢、こちら米沢。例の件の犯人と思われる人物が逃亡中。至急、応援を頼む!」
人生を賭けた鬼ごっこが始まった。
陰念vs国家の狗
捕まるか、時間切れでゲームオーバー。
雪之丞との試合まであと30分。