<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

椎名高志SS投稿掲示板


[広告]


No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7464] 四話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/16 23:36

 ぎゅるぎゅると横島の空きっ腹が音を立てる。
「給料日前はつれーな」
 横島が誰に言うでもなく一人アパートの自室でぼやいた。
 やっぱりタイガーの能力を暴いて美神さんから是が非でもボーナス――幾らくれる気かは知らないけれど――を貰っておくべきだったかと、友達がいのないことを考える。
 今夜の晩御飯が白米のみであるせいかもしれない。
「もうちっとだけでも給料上がらんかなー。俺もたまには役に立ってると思うんだが」
 そうはいっても、最近脅威がよく見えるようになったせいで、これまで以上に現場で逃げ腰になっており、美神への道具の受け渡しにかかる時間だけでいえば少し増えたくらいなのであるが。
 そうして炊き上がりを待っていた炊飯器がようやくピーと音を立てた時、コンコンとドアにノックの音がした。
「ん、誰だ」
 こんな時間になんだ、と横島は多少不機嫌にドアを引きあける。
「あ……あの私、隣に越してきた花戸と申しますが……その、えっと……」
「あ、ああ」
 横島は驚いていた。隣に浪人生が住んでいて、先日引っ越した――受かったのか諦めたのかは知らないが――のは知っていたけれど、その後に今日入ってきたのがこんな可愛い少女――年は横島と同じくらいに見える。セーラー服を着て、ナチュラルな茶色い髪をお下げにして二つに分けている――だとはまったく思わなかったのである。
 これはとにかく距離を置くか、美神さんを頼ろうかと思ったけどそうもいかないな、と横島は気持ちを変える。
「ご、ごめんなさいっ! なんでもないんですっ」
 しかし、横島があれこれ考え込んでいるうちに、その少女はドアを閉めて走り去ってしまった。
「あっ……ふぅ。なんだったんだろ? それにしても、まさかあんな可愛い娘がこのボロ・アパートに入るとは。すごく嬉しいが――ただ、問題は大有りなんだよな」
 横島は鋭い眼で壁越しに隣の部屋を睨みつけた。



飛び出せ貧困 ~高校生日記~



「小鳩……お米は貸してもらえたの?」
 薄い布団から半身を起こし、咳き込みながらやつれた女性が訊く。
「お母さん、ごめんなさい。お願いしそびれちゃったの」
 小鳩はため息をついて母に謝る。
 前に住んでいた場所の溜まった家賃が払えなくなり、敷金・礼金・家賃がとても安いここへ引っ越してきたけれど、さすがにその費用で食費――どころか貯蓄自体――は既に尽きていた。
「それにあの人にお米を貸してくださいとは言いづらくて……」
 わずかに見えた部屋の中や本人の様子を見る限り、隣の人もウチに劣らず貧乏のようだ。そう思うと、そんな人にお米をたかるのは申し訳ないと小鳩は思ってしまったのである。
「分かったわ。私も明日心当たりを回ってみるから」
「――お母さん」
「大丈夫よ。娘が頑張ってるのに寝込んでるわけにはいかないもの」
 手を取り合う二人を、もう一人の家族が優しくすまなそうな目で見守っていた。


「――というわけで、一緒に来てくれ」
 唐巣神父の教会で、横島がわけを話してピートに助力を頼み込む。
「それで相手が何かは分かっているのかい?」
 一緒に話を聞いていた唐巣の問いに、横島は「さあ」と首を捻る。
「悪霊ではないと思うんすよ。妖怪ともちょっと違うような。かといって式神つーわけでもないかと――まあ、冥子ちゃんのしか知らないんで断定は出来ないっスけど。そうっスねえ。あえて言えば、ヒャクメ様の雰囲気に近いような気がしないでも……」
 横島はまったく煮え切らない。
「そもそも、危険があるかどうかもわからないんですよね?」
「ああ。だけど、陰の気っていうのか? なんだか良くない、負の霊波みたいなのはばしばし感じるんだよ。そんなよくわからん強力な存在がいるところに、女を口説きには行けんだろ」
「横島君は何事でもそれが理由なんだね」
 唐巣は横島の言葉に呆れるものの、ピートと一緒に横島のアパートに行ってみることにした。
 「モンタージュのことでは世話になったしね。その少女が困っているかもしれないのなら、訪ねてみる価値はあるさ」ということである。
 それにここしばらくはそのモンタージュの件で――実は画商などがかけていた懸賞金の方は美神にもいくらか持っていかれたが――教会はお金に困っていない。美神君の影響が出ているのかと不安には思っても、そのことを感謝はしているのである。


「ここだね?」
 案内した神父とピートを盾にするようにドアの前に立った横島が頷く。神父とピートも中にいる存在を感じ取っているようである。
 トントンと軽く神父がドアをノックする。
「なんでしょうか? あ、お隣の……」
「よろしく。俺は横島忠夫っていうんだ」
「あ、私は花戸小鳩といいます」
 いきなり手をとって自己紹介する横島に戸惑いながらも、小鳩も返事を返す。
「横島さん、彼女が困ってますよ」
 「いやー、可愛らしいお名前ですね」と、手を握ったまま口説きにかかろうとする横島をピートが諌める。
「あ、いえ。それでウチに何か御用でしょうか?」
 戸惑う小鳩に横島が、自分はGSの助手でこの家に何かがいるのに気づいたから、念のために知り合いのGSを呼んで来たと説明する。
 それを聞いて、「そうですか。お入りください」と、いつの間にか小鳩の後ろにやって来ていた母親、花戸つぐみが、期待と諦めの混じった表情で神父たちを中に招き入れた。
「なんだか、メキシカンっぽいですね」
 それが最初にピートが述べた感想である。
 横島が気にしていた存在は、全長六十センチほどで頭にソンブレロを被り、ポンチョのような服装をしていた。その模様は日本風の唐草模様であったけれど、全体の雰囲気はピートの言う通りである。
「みなさん、貧ちゃんが見えるんですか?」
「貧ちゃん……これは貧乏神だね。ああ、見えるよ。これでも私はGSのはしくれ、ピート君も横島君も力のある霊能者だからね」
 「まいど。貧乏神いーます」と、陽気に自己紹介するそれを全員が見つめている。
「ま、俺は見えるだけだけどな。ともかく、謙遜してるけどこの唐巣神父はすごいGSだから、貧乏神だろうと何だろうと楽勝さ」
 あくまでちょっと後ろに隠れながら楽観的にそう持ち上げる横島であるが、唐巣はすまなそうにそれを否定する。
「申し訳ないが、そう簡単にはいかないんだ」
「え、神父でもっスか?」
 驚いたように言う横島に、唐巣は貧乏神の特性を説明していく。悪霊や妖怪とは違って曲がりなりにも神である貧乏神は、GSなどが除霊しようと攻撃をすれば、その力を吸収してより強力になってしまうのであると。
「そやそや。素直に年季が明けるのを待つんが一番やで」
 退治されることがないと分かっているのか、貧乏神は気楽にそう言う。
「年季、ですか?」
「はい。私の曽祖父は悪徳な高利貸しでした。ひどくキツイ取り立てや、なりふり構わない方法で財を成していったんだそうです。でもその罰が当たって我が家には巨大な貧乏神がとり憑いてしまったんです」
「それじゃあ、小鳩さんは悪くないじゃないですか」
「そやねんけど、被害者の恨みの念が強すぎて、ひーじいさんが死んだ後もこの家に括られたままなんや。後二、三年もすれば、年季が明けて今度は福を授けられるようになるはずなんやけど」
 貧乏神が小鳩を慰めるように言い、小鳩も「貧ちゃんは、今じゃ大切な家族だもの。貧乏なんてへっちゃら」と健気に微笑む。
 その様子を横島たちは気まずげに見守っていた。


「俺も心当たりを当たってみるからさ。気を落とさないで」
「いえ、貧ちゃんのことは解決しませんでしたけど、私はちっとも気落ちなんかしてないんです。貧ちゃんのことを知ったら友達もGSの人さえみんな離れていったのに、横島さんたちはこうして私たちのために頑張ってくれるって言ってくれるんですもの」
 小鳩にそう微笑んでありがとうございますと頭を下げられては、横島のやる気にもさらに火がつくというものである。
 唐巣神父やピートと共に花戸家を辞した横島は、隣りの自室には戻らずにそのままアパートを出る。
「横島さん、美神さんのところへ?」
 横島はまさかと首を振る。
「あの美神さんだぞ。貧乏神と関わってるって話しただけで事務所から蹴り出されるのがオチだ。その上貧乏神なんかを連れ込んだら俺が殺されるかもしれん」
 花戸家に憑いている貧乏神なので、周囲の人間にまで影響が出るかはわからないけれど、美神は自分が受けた依頼でもなければ絶対に関わろうとはしないだろう――貧乏神が憑いている人間が美神除霊事務所への依頼料を払えるとも思えないが。
「それに事務所には総司が居るしな」
「あ、まだ居らっしゃるんですね」
「映画ん中に帰る気はなさそうだな。最近じゃ美神さんが除霊現場で雑魚霊を切らせたりもしてるから、人斬り願望も多少は充足してるみたいだが、貧乏神に切りかからんという保証はまったくない。美神さんが場合によっては峰打ちにしろって教えたりもしてたけど、今回は峰打ちだろうがなんだろうが、霊力の篭もった攻撃なら巨大化しちまうんだろ」
 何もしなければ少なくとも数年後には年季が明けると言っている貧乏神を大きくしてしまったのでは、小鳩に申し訳が立たない。小鳩なら横島を責めはしないかもしれないが、その場合は余計に心が痛むであろう。
「それじゃあ、横島君のいう心当たりとは?」
「まあ、正直に言えば当てになるとは思えないんすけど、藁にも縋るっつーことで」
 そうして教会に帰る二人と別れた横島は、別のアパートを訪れる。
 幸福荘。名前こそ素敵であるが、実際には築数十年の古い木造アパートで、横島達の住まいとどっこいどっこいである。
「今日こそ家賃を払ってもらうよ!」
「すまん。もう一週間だけ――」
 横島が訪ねてきた相手は、ちょうど大家――外見こそ小柄な老婦人だが、薙刀を構えて怒鳴り込んでいるあたり、相当な女丈夫である――と家賃の滞納についての交渉をしていた。
 なんだか周りにいる人間が貧乏人と大金持ちに両極化してるなーと思いつつ、待つこと十数分。しぶしぶもう数週間の居住を許可したらしい大家と入れ違いに横島は部屋の戸を叩く。
「おーい、じいさん。開けてくれ。いや、集金じゃねえよ」
「なんだ、小僧か。どうしたんだ?」
 出てきたのは背の高い老人。
「あー、期待しないで聞くんだが、貧乏神退治の方法なんて……知らないよなあ」
 安っぽい甚兵衛のような服を纏った痩せた身体、しわの刻まれた顔にも素晴らしい知性の片鱗なぞ見られない。
 昔はすごかったらしいが、その頃の呼び名も「ヨーロッパの魔王」だったはずだ。もしかしたら自分が知らないだけでヨーロッパにも似たような存在がいるのかも知れないが、なんとなく貧乏神というのは東洋独特な存在のような気がする横島であった。
「そんなものを知っとったら、ワシらがこんな生活をしとると思うのか」
「いや、そういう比喩的なことじゃなくて、真面目にだよ」
「……そうさのぉ、貧乏神をまず家に入れないための儀式的な行動はあった気がするが、そうでなく退治となると……裸になって体に味噌を塗り、しゃもじで足の裏を叩いて追い出すとかいう方法を聞いたことがあるのう」
「何っ」
 横島の目がらんらんと光る。
 希望が見えたからというよりも欲望が先に立ち、「さっそく、俺が小鳩ちゃんに」と駆け出そうとした横島の襟首をカオスが掴んで引き戻す。
「落ち着かんか。なんの所以もなく取り憑かれた場合にはあるいは効くかも知れんが、強い縁で結びついた貧乏神には迷信的な方法は効かんじゃろう」
「そうなのか。残念だ」
 残念なのは退治できないことだけではないようであるが、ともかく駄目元だっただけにそこまで大きな落胆でもない。
 横島は他の方法は知らぬというカオスに、「何か役に立ちそうなことでも思い出したら教えてくれ」とだけ言って部屋を辞そうとしたが、そこを今度はマリアが引き止めた。
「横島さん。マリア・貧乏神退治の・方法記した・古文書・見たこと・あります」
「マジか! どこで? 内容は?」
「中は・見てません。ドクター・カオスの・蔵書です」
 そう言ってマリアが指差した奥の部屋の中は、カオスのかつての発明品や研究していたのであろうもの、明らかにガラクタにしか見えないものたちや、古新聞から貴重そうな魔道書――横島の心眼にはそれ自体に魔力がこもっているのが分かった――まで、種々雑多なものが雑然と放り込まれていた。
「……この中かよ」
「まだ・あれば・です」
「え、もうないかも知れないの?」
「ドクター・カオスの所蔵品・この数十年で・散逸しました」
 横島は、「まあ、見つけたら持っていってやるわい」と笑うカオスに礼をいってアパートを出る。
「ふぅ。なんか、結局は駄目そうだな。あと知り合いのGSったら冥子ちゃんとエミさんぐらいなんだが……」
 ドクター・カオスが役に立たなかったら頼んでみようかとは思うけれど、どちらも自信はない。冥子とは横島からコンタクトをとる方法がないし、エミも美神ほど金に執着はないかもしれないが、プロとして横島達にはとても払えない額を請求をされることは想像に難くないのだ。
「マリアが見つけてくれるといいな」


「青春って素晴らしいわね、小鳩」
「ええ、母さん。儚い夢のようでいて、確かにそこに輝くもの。それが青春なのね」
 愛子に吐き出された小鳩とつぐみは、お互いにしっかりと抱き合いながら、ちょうどアパートの部屋の窓から差し込んでいる夕日を見つめる。
「また洗脳したのか?」
「人聞き悪いわね。自然にこうなるのよ」
「……で、肝心の奴は?」
 愛子がにっこりと笑って最後の一人を吐き出す。
「ワイは生まれ変わったでーっ! 青春ばんざーい」
「曲がりなりにも神様でさえ容赦なしか。お前の青春洗脳すごいな」
 そう愛子をからかいながら、横島ははっきりと姿の変わった貧乏神を眺める。唐草模様の服は変わっていないが、頭部はツタンカーメンの黄金のマスクのような形に変化して光を放っている。メキシコ風からエジプト風へである。その放つ霊波も負から正へと完全に変わっている。
「――で、結局どういうことだったのか、説明してくれよ」
 学校で小鳩の話をしたところ、ちょっと考えがあるといって放課後についてきて三人を飲み込んでみせた愛子に、横島が説明を求める。
「私がこの前までたくさんの学生を攫ってきて学校ごっこをしてたのは知ってるでしょ。私自身、自分の体内の異界空間のことを完全に理解してはいないんだけど、二十年以上監禁してた人も年は全くとらなかったし、飢えや渇きを覚えることもなかったってピート君に話したら、たぶん私は取り込んだ人の魂だけを活動させてたんじゃないかって――」
 あくまで推測ではあるけれど、愛子は呑み込んだ人間の肉体をどこかに保存しつつ、その魂のみを抜き出して学校ごっこをしていたのではないかということである。愛子の洗脳のみが理由ではなく、肉体と違って柔軟性を持つ魂のみであったからこそ、学校に長期間閉じ込められていることにも彼らが耐えられたのかもしれない。
「そうか、ワイは花戸家の人間の魂に括られとる。だから実時間に関係なく、この嬢ちゃんの中で小鳩の魂が2、3年をワイと過ごしたから、こうして年季が明けたんやな」
 さすがに一番最初に青春万歳の状況から復帰してきた貧乏神――改め、福の神がなるほどなと頷く。
 小鳩とつぐみも横島達が見守る中で徐々に現実感を取り戻していく。
「あれ? 小鳩ちゃん……」
 じっとその小鳩を見つめていた横島が僅かに首をひねる。
「どうしたの?」「私が何か?」
 愛子と小鳩に訊かれた横島は「あ、いや、なんでもない」と首を振る。
「それより貧乏神。お前、福の神になったんだろ。なんかご利益はないのか」
「そやった。ワイは生まれ変わったんや。今、富を授けるぞーっ!」
 そーれっ、という掛け声と共に手に持った小槌を福の神がぶんっと振る。
「……」
 大きな期待に見守られる中、チャリーンという軽い音と共に出てきたのは、一枚の十円玉であった。全員が覚めた目でその硬貨を見つめる。
「貧乏暮らしが長かったし、最初はこんなもんか」
 仕方ない、とその硬貨を拾って福の神自身が肩をすくめる。
「ほんとに役立たずだな」
「いえ、待って。振るたんびに出てくるんなら、一分に一回としても一時間で六百円。十時間で六千円。それを一月続ければ18万円になるわ」
「俺の給料より上等だな。十円玉が一万八千枚ってのは、ちょっと問題かもしれないけど」
 愛子は楽観的に予測したが、実際には神通力の問題か、試してみてもそれほどのペースで直接的に現金を生み出すことは出来なかった。それでも福の神に変わった以上、これからは花戸家の運はきっと上向きになっていくだろう。
 同日の深夜、カオスが貧乏神退治の方法を記した古文書を横島の家に持ってきてくれた。今更ではあったが、小鳩たちも呼んで一応カオスに読んでもらったところ――横島には古文書の文字が読めなかったので――、その方法はある試練を受けて合格するというものだった。しかもこうして内容を知ってしまったものには挑戦権がなくなるとのこと。
「わざわざ持ってきてくれたのは嬉しいが、やっぱりこんなのに頼らなくて良かったって気がするな。危なすぎるぜ」
 カオスも「そうじゃな」と同意して、横島に実際の経緯を聞きながら、礼金代わりだとマリアの充電――意外と電気代がかかるらしい――をしつつ、食糧を食い荒らして帰っていった。
 年の割には大した食欲だと空っぽになった冷蔵庫と戸棚に涙しながらも、貧乏神と関わったにしては金銭的被害はほとんどなかったことに感謝するか、と横島は前向きに考えることにした。
「……それとも、元がこれ以上ないくらい貧乏だったせいか?」


「では、晴れて今日からこの学校に転入ですか」
「良かったですノー」
 小鳩が高校に復学することになったことを聞かされて、ピートたちも素直に喜ぶ。
 貧乏神の呪いが解けたことで、小鳩は奨学金をもらえるようになったのである。
 福の神への転身から数日と経たないうちに決まった復学。やはり貧乏神の呪いと福の神のご利益は強力な様である。
「身の上的にもうちの教師連中が好きそうな話だしな」
 週末に小鳩から転入の話を聞いた横島がそう言って笑う――もちろん小鳩の転入はしっかりと試験を受けてのことであるが。
「やっぱり学校は青春に欠かせない要素だもん。良かったわね、小鳩ちゃん」
 「うむ。隣りに住む可愛い後輩と一緒に登校とか、青春っぽいよな」と、横島も素直に愛子の青春話に乗る――残念ながら、今日は仕事先から直接の登校である。
「恩人であるかっこいい青年とアパートや学校で顔を会わせるうちに、小鳩ちゃんの気持ちはほのかな憧れから激しい恋へと変わっていくのだ」
「相変わらず都合のいい妄想するわねえ。後輩っていっても小鳩ちゃんの方が年上だし、苦労が多かったのもあって横島君より遥かに落ち着きがあるじゃないの」
 そう茶化しつつも、実際に横島と一緒に小鳩に会った――というか、一番の恩人である――愛子は、小鳩が横島の良い部分に気づいていて、貧乏神騒動を抜きにしても横島に好意を持っていることを知っていた。
 横島は「ちぇっ。都合がいいからこその妄想なのに……」とぶちぶち言っているあたりからして、単なる空想だと思っているのだろうが、意外と二人の距離は近いかもしれない。
 私の方が先に横島君のこと知ってたのに「……ちょっと悔しいな」
「ん? なんか言ったか、愛子?」
「べーつにー。なんでもないわよ」
「なんだよ、気になるじゃねーか」
 「横島さんが鈍いという話ですよ」と、ピートは何となく分かったらしい。
「けっ! どうせ俺たちは、お前みたいにモテねーよ」
「……そういう話じゃないんですけどね」
「モテんのは確かじゃが、なんでこの流れでワッシまで馬鹿にされるんですかいノー」
「――それにしても遅いな」
 タイガーのぼやきには注意を払わず、横島が教室の窓の外――校門の方へと目をやる。
「小鳩さんですか?」
「ああ」
「横島君、分かるの」
「貧――福の神の霊波は、はっきりしてて分かりやすいからな」
 一緒ではないのかと、念のために小鳩の霊波も心眼で探してみるが、校内にはいない。
「おかしいわね。あの子の性格なら最初から遅刻してくるとは思えないんだけど。誰かさんと違って」
「俺は遅刻してんじゃなくて自由登校なんだよ」
 軽口を叩きながらも、復学できることになったと告げた小鳩の本当に嬉しそうな様子を見ているだけに横島は心配になってくる。
「ああーっ、くだらない杞憂なんだろうが気になる!」
「霊力者の第六感ですから、無視しない方がいいかもしれませんね。あるいは虫の知らせということも」
「ねえ、横島君の心眼でアパートの方見えないの?」
「さすがにそこまで万能じゃねえって。もしかしたら、もっと霊力があればいけるのかもしれんが……。とにかく、俺、ちょっと見てくるわ」
 教室を飛び出そうとする横島を「待って!」と愛子が強く呼び止める。
「いや、もう授業が始まるのは分かってるけど――」
「違うわよ。一緒に行くわ。友情は青春において最優先されるものの一つだもの」
 自分の中の数年間で、愛子は小鳩と親友になっているのである。
「それと……出来ればピート君も一緒に来てくれないかしら」
「僕は構いませんが、どうしてです?」
「何か問題が起こってた場合、横島君の立てる可能性の最も高い作戦は――」
「――ピートに頼る」
 愛子の言葉に途切れなく横島が続ける。
 わかりました、とピートも苦笑して席を立つ。
「あのー、ワッシは?」
「……お前が?」
 タイガーの問いに、横島は問いの意味が分からないと問い返す。
「ひどいんですジャー」
「冗談だよ。お前のこと未だに役に立つのか良く知らないしな。
 来たけりゃ来い。だけどまかり間違っても小鳩ちゃんの前で女性恐怖症のパニックだけは起こすなよ」
「だ、大丈夫ですじゃ」
 タイガーは冷や汗をかきつつもしっかりと頷く。女性恐怖症は共学校での生活とエミとの除霊作業で、少しずつ克服されつつあるようである。
 四人は担任にオカルト関係の問題で出かけなければいけなくなったと伝え――オカルト関係者でない教師には真偽が分からない上手い口実である――小鳩の家に向かう。
「横島君、急ぐんならタクシーを――」
「愛子、金あるのか?」
「学校妖怪にたからないでよ。ピート君とタイガー君は?」
「すまんです。給料日前で財布が……」
「僕も先生からもらったほとんどを島に送ってしまいまして……」
「よっしゃ、走るぞ!」
 過酷な仕事で鍛えられている横島、元から体力には自身のあるタイガー、バンパイアの血を引くピート、見た目こそ少女でも実際は妖怪の愛子には、学校からアパートまでを走るくらいは問題ない。
 途中から机を掲げて走るのが面倒になったのか、愛子は四つ足で走る机に変わっていたが。
「アパートはすぐそこですが、何か感じますか」
 百メートルほど手前まで来たところで、先頭のピートが足を止めて横島に訊ねる。
「ちょっと……待ってくれ」
 横島がさすがに乱れ始めた息を整えてから、意識を集中させる。
「三人とも――小鳩ちゃんも母親も福の神も部屋に居る。部屋にはその三人だけだ」
「何か異常はありそう?」
「わからん。特に何も変わったところはないぞ。んー、なんとなく、小鳩ちゃんから出てる霊波が前よりも強いような感じが……。とにかく、行ってみよう。何かあったにしても、危険はなさそうだ――と思う」
 ピートがドアをノックすると、すぐにつぐみが出てきた。
「あら、みなさん! よかった、ちょうどあなた方に来ていただきたいと思っていたところなんです」
 すぐに中へと促されて、横島たちは小鳩の横たわるベッドの周りへと集まる。初対面のタイガーだけはつぐみに自己紹介中である。
「横島さん、愛子さん。ピートさんも」
「駄目よ、無理しちゃ」
 起き上がろうとする小鳩を慌てて愛子が布団に寝かしつける。
「何があったんだ、小鳩ちゃん。単なる病気とは違うみたいだけど?」
 小鳩の様子を間近からしっかりと確かめた横島が不思議そうに訊ねる。
「わいのせいやー! わいのせいなんやーっ!」
 福の神が涙を浮かべて小鳩に縋りつく。
「ともかく、何があったのかを話してみてよ」
「……実は小鳩の学費の足しにしたろ思て、商売を考えたんや」
「商売?」
「これや」
 福の神が冷蔵庫からハンバーガーを取り出してくる。
「これを売って稼いだろ思うたんや。まさかこんなことになるやなんてーっ!」
 福の神がまたおいおいと泣き出す。
 横島はくんくんとその匂いを嗅いで顔をしかめ、ハンバーガーをばらしてみる。
「うわ、なんだこれ。チーズに、餡子に……シメサバか?」
「試作品を最初に食べさせてもらったんです」
 小鳩の言葉に愛子がうえっと舌を出す。
「確かに全く食欲はわかん代物じゃが、これを食べて腹を壊したというわけでもないようですがノー」
「こいつの霊力も込められてるみたいだな。タイガー、ちょっと食ってみろ」
「ワ、ワッシがですか」
「だ、駄目ですっ!」
 タイガーを実験台にしようとする横島を慌てて小鳩が止める。
 実際に食べた小鳩の説明によると、このハンバーガーはあまりの味と福の神の神通力の相乗効果で、一口齧るだけで本人の意思に関係なく幽体離脱させられてしまうらしい。
「身体に戻ることはそこまで難しくなかったんです。それどころか自由に出入りが出来て面白かったくらいで。でも、それからしばらくすると全身が痛んで動けなくなってしまって……」
「俺も美神さんにバットで殴られて強制的に幽体離脱させられたことがあるが、こんな症状にはならなかったけどなあ」
「ワシはやったことがないですが、それは横島さんが特別だったんでは?」
「でもその頃の俺なんて、小鳩ちゃんより霊力なかったぞ、きっと」
「もしかして……ちょっと失礼します」
 全員が首を捻るなか、ピートだけは何事か思い当たったのか、枕下に膝をついてそっと小鳩に霊力を送り何かを確認し始める。
「……分かったと思います。恐らくですが、これは霊能力の急激な覚醒が原因ではないかと」
「霊能力の覚醒?」
「はい。急に霊体が出力を増したことで、慣れない肉体が驚いてしまったのだと思います」
「なんでまた――そうか、そうだったのか! わかったぞ! こいつと愛子が原因だ」
 福の神の方は自分が原因だという自覚があったようだが、愛子は一緒に名指しされて「えっ、私も?」と驚きの声をあげる。
「ヒャクメ様と修行した時に話を聞いたのを思い出したんだ。あそこ――妙神山には最難関のコースがあって、そこではまず魂の時間を加速して負荷をかけて、それから解放することで出力を増した魂に潜在能力を引き出させるんだって。あっちでどういう方法とってるかは知らねえけど、愛子の中で数年間過ごした魂を身体に戻すのは魂を加速するのと同じような効果があるんだろ、きっと。肉体時間と魂の時間にずれが出るんだから。小鳩ちゃんが出て来た時にちょっと違和感があったのは、それだったんだ」
「そういえば横島君、あの時なにかを気にしてたみたいだったわね。――って、あそこで言いなさいよ」
 横島はその非難を「愛子から出てきたらそれが普通かと思ったんだよ。実際そうなんだし、それがどういう意味なのかなんて俺に分かるかい」とかわす。
「もしかしたら、他の愛子が閉じ込めてた生徒も霊能に目覚めたかもしれないぞ。元の時代に戻したんだろ。愛子が改心してなきゃ、その中の誰かがGSになって退治に来てたかもな」
「私が閉じ込めてる過去の自分を助けるために、私を除霊に来るってこと? でもそれが可能なのは、未来の自分が過去の自分を解放したからよね。
 なんだか複雑。仮に未来の自分のおかげで助かった後で、GSにならずに私を除霊にも来なかったらどうなるのかしら」
「それは自分を助けないんだから……自分に助けられた今の自分が存在しなくなる?」
「なんだか、頭痛くなって来たわ」
 親殺しのパラドックスと似たような時間的状況を実際に生み出す可能性を持っているあたり、愛子はすごい妖怪なのかもしれない。
「まあまあ、お二人とも。それに横島さんが言ったように、愛子さんだけが理由じゃないですよ。普通なら魂と肉体は数週間もあればきちんとずれを解消するはずです。今回は小鳩さんとずっと一緒に居たことで親和性もあった福の神の霊力の込められたハンバーガーによる幽体離脱が、小鳩さんの霊能力を引き出す最終的な引き金になってしまったんでしょう」
 「じゃあ、この推理が正しいか確かめてみよう」と、横島が隙をついていきなりタイガーの口にハンバーガーを放り込む。
「よ、横島さん。いきなりひどいんですジャー」
 ふわふわーっと体から抜け出したタイガーの魂が抗議するが、横島は気にせず、愛子も面白そうにその魂を観察する。
「幽体離脱の効果は同じ。ただし、特になんてことはない普通の幽体離脱だ。別に霊体に変化はないもんな」
 しばらくあちこち動き回らせた魂を戻したタイガーの様子をしばらく見てみても、特に問題はなさそうである。一度戻るとそのままで、自由に幽体離脱が出来るようにもなりはしなかった。
「でも原因がわかって良かったですね。これなら、二、三日安静にしていれば肉体が慣れて痛みは起きなくなりますよ」
「あの、私が霊能力者になったというのは……」
 ピートから詳しい説明を受けた小鳩は不安そうに訊ねる。
「そうですね。実は霊能力者という言葉の定義は曖昧なのですが、ようするに意識的に霊力を使えるということでしょうか」
「もしかしたら幽体離脱だけじゃなくて、お札とか神通棍も使えるようになるかもな。だったら俺より優秀だ」
 心眼を使い続けることで鍛えられもして、霊力自体はそこそこあるものの、札や神通棍を使いこなすのに必要な攻撃的霊波はまったく扱えない横島である。最初に集中して修行したおかげで、霊体自体が心眼の行使に特化してしまっているのかもしれない。
「そんなことは……。あの、横島さん。私これからどうしたらいいんでしょうか?」
 福の神は「GSになって大金持ちやでー」などと盛り上がっているが、その後頭部を横島が「お前はアホか」とどつく。
 つぐみも娘がGSになるという考えに戸惑っているようである。その危険度を理解しているからであろう。
 あるいは最近関わったGS関係者が揃いも揃って花戸家と変わらぬほど貧乏だったせいで、「GS=儲かる」という一般概念に疑問を生じたせいかも知れない。
「霊能力者がみんなGSにならないかんつーわけじゃないだろが。大体、お前が福の神になったんなら、そんな危険な真似しなくても金はちゃんと入ってくるはずだろ。それとも俺の疑い通り、実は貧乏神から疫病神にでも変わったのか」
「そないなことあるかいな。これからこの家は栄えていくに決まっとる」
「ほんとか? 
 そうだ、愛子。ちょっとこいつ殴ってくれ。攻撃するとエネルギーを吸って強力になるんだった」
「そういえば、そんなこと言ってたわね。よーしっ!」
「痛っ、痛いがな!」
「変わらないみたいよ?」
「おかしいな。もっと力を込めて思いっきりだ」
「ちょ、机振りかぶらんといてーな。今は攻撃されても変わらへんて」
「なんだ。ほんとにどうしようもねえ奴だな」
 そんな横島たちの騒ぎを他所に、ピートとタイガーは小鳩とつぐみにきちんとGSについての説明をしていく。
「確かにGSの中には霊能力を持っていたためになんとなくその道を選んだ人もいるようですが、多くのGSは強い目的意識を持っています」
「唐巣神父みたいに世の中のために頑張ろういう人、ピートさんみたいに人と人外の掛け橋になりたいいう人、美神さんみたいに――横島さんの話ではじゃけど――スリルと大金の魅力に取りつかれてGSをやってる人まで様々ですじゃー。選択肢の一つじゃとはいえ、小鳩さんもよっく考えた方がええと思います。ほんとに命がけの仕事ですケン」
 二人の言葉に小鳩はじっと考え込む。
「それに今すぐに決めなければいけないということでもないですよ」
「あの……横島さんは、横島さんはどうしてGSの助手をやっているんでしょうか?」
 小鳩に訊かれて二人は顔を見合わせる。
「そりゃー、あれじゃのー……」
「ですよねえ……」
 真剣な顔で小鳩に見つめられ、余計に二人は言葉を濁してしまう。
「もちろん未知への探究心と、俺たちが助けた人の笑顔のためさ」
 ピートとタイガーの間に割り込んで、横島が自分ではかっこいいと思っている顔を作りながら小鳩に宣言する。小鳩が反応する前に「くだらない嘘つかないの。上司の色香に迷ってでしょ」と呆れ顔の愛子に引き戻されたが。
 小鳩の顔が一瞬強張ったのは、横島の理由に驚いたからか、横島から話に聞いていた美神のことが気になってか。
 ともかく、いつまでも騒いでいてはいけないと愛子が腰を上げる。
「みんな、そろそろ帰りましょ。今は小鳩ちゃんを休ませてあげなきゃ。学校には説明しとくから、ゆっくり休んでね」
「はい。みなさん、わざわざありがとうございました」
 賑やかな四人が帰ってからも、しばらくはこれからのことを思い悩んでいた小鳩であるが、小一時間もすると脳が疲れたのか眠りに落ちていく。


 次に目が覚めたときには、小鳩は横島と一緒にGSをやっている自分を夢に見たような気がした。
 不思議な幸福感に包まれて再び目を閉じると、今度は一円玉に埋もれる夢にうなされることになったが。








前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.021106004714966