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椎名高志SS投稿掲示板


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No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
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[7464] 十話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する
Date: 2010/02/01 23:46

「カオスのじーさんじゃねえか。あんたもここ使ってるとは知らなかったな」
 美神の使いで訪れた厄珍堂の前で、荷車に山と積んだ荷物を引くマリアとドクター・カオスの姿を見かけ横島が声をかける。
「にしても、えらく買い込んだんだな」
 マリアの力には問題がなくとも、木製の荷車の方は悲鳴を上げている。
「ノー。これは・ドクター・カオスの作品・です」
「資金が必要になってな。これを売り込むんじゃ」
 そう自信満々にカオスが横島に見せてくれた発明品は、以下のようなものである。
 カオス製電子頭脳――小さな部屋ほどの大きさ、数桁の計算がボタンを押すだけで可能。作られた時期によってはすごいのかもしれない。
 カオス式ハシの持ち方矯正器――確かに美しい箸の使い方が身につく。ただし何度もの反復により習得させるシステムのため、使用中の一ヶ月は片手の動きが制御できない。
 永久超電導ハブラシ――(使用者の霊力が続く限りにおいては)永久超電導。しかし冷た過ぎて普通の人間にはまず持つことができない。超電導であることとハブラシの間に相関関係なし。
「そして、これが『神の子タワシ』じゃ。強い信仰心を持つ者が手にすると――」
「もうええわい!
 ひとこと言わせてもらえば、厄珍堂だろうがどこだろうが、こんなもん絶対に売れねーぞ」
「何をいうか! これはワシの傑作たちなんじゃぞ!」
 横島の指摘は的を射ているが、カオスはどうにも納得がいかない様子だ。
「なんだよ、また金に困ってんのか?」
 渋い顔をするカオスをみてそう訊ねる横島に、「いいえ。ドクター・カオス、マリアの妹・作ろうとしてます」とマリアが答えた。
 「え、どういうこと?」横島が驚いて訊き返す。
 実はカオスも死津喪比女事件の折に唐巣から連絡を受け、御呂地岳に向かうことは向かっていたのだ。そして死津喪比女が滅され、政府が事態をはっきりと把握した時には彼らに無事合流していたのである。
「それで報奨金だけ貰ったってのかよ。――詐欺じゃねえか、おい」
「ちゃんとおキヌの体の方を御神体として祀り直すのを手伝ったわい。ともかく、それと共にワシの興味を引いたのは三百年前の道士の記録という奴じゃ」
 霊体でも人工的に作られた魂でもなく、全存在を記録として残し、そこから外からの信号に対してきちんとしたアウトプットを返すシステムというのは、カオスにとっては未知の領域だったのだ。自分で学習し思考する存在を作る方が簡単という辺りに、錬金術師でオカルトに造詣の深いカオスの非常識さが垣間みえる。
「そんなわけで、ワシはあれのシステムをかなり詳細に研究したんじゃ。それでこっちに戻ってから、かつてのワシの研究資料と比較しようと荷物をあちこち漁っとったら――」
「マリアの設計図・出てきました」
「そうだったんか。
 ……いや、そこまでの経緯は分かったが、なんでそこでマリアの妹を作るって話になるんだ? 人格記録が云々ていうのはどうなったんだよ?」
 横島の質問にカオスは苦笑いを浮かべる。要するに、準備段階で単純に予算上の問題が起こったのだ。
 簡単な見積もりでも、人格記録システムを作り上げるには莫大な資金が必要ということが分かり、それを一発逆転するための手段として思いついたのが、一度は成功した秘術を再現してマリアの同型機を量産して儲けるということだったのだ。
 しかし悲しいかな、それに手をつけることにさえ資金は報奨金だけでは十分でなく、こうして過去の発明品を積んで厄珍堂にやって来ているわけである。
「なんだか、ややこしいことしてんなあ。つーか、ほんとにマリアがいっぱい作れんなら、それで十分なんじゃねえのか?」
 その技術を確立することができれば、間違いなく貧乏生活から脱出できるどころか、あっという間に大金持ちになれるだろう。
「ふ、小僧には分からんよ。老いたりとはいえ、ワシはヨーロッパの魔王、ドクター・カオスじゃ。常に新たな知識を探求せずにはおられんのじゃよ」
 そういうカオスの顔はいつもの痴呆気味のそれではなく、引き締まって強い意思をうかがい知ることが出来る。
 横島は、そういう情熱は俺にはよー理解できんな、と思っていたが、カオスの言葉で考えを変える。
「それにマリアの同型機を作るといっても、単に昔と同じことを繰り返す気はないぞ。今度はソフト面にも気を配るんじゃ。滑らかな会話を可能とするのは当然に、さらには外面上も人肌と変わらぬつくりに――」
 そこまでカオスが説明したところで、横島はその胸倉を掴んでぐいと自分に引き寄せると、同じように目に情熱の光りを宿らせた顔を突き合わせた。
「取り引きしよう! 俺が交渉して、この計画に厄珍から協力を取りつけてみせる。小鳩ちゃんのハンバーガーを売り込む時も手伝ったし、任せてくれ。絶対に上手いことやってやる。
 それと蒸し返すようで悪いが、今のカオスの家は俺が紹介してやったとこだよな。だからその二つの礼として――俺にも一体作って欲しいんだ。美人で可愛くて何でも俺の言うことをきいてくれる娘(ロボット)をさ」
 そうして半ば強引にカオスとの約束を取りつけた横島は、とてつもない集中力を発揮して厄珍との交渉に臨んだ。
 心眼で厄珍の微妙な感情の動きを読みとることさえしてみせたのだ。――といっても、同じ心眼使いであるヒャクメのように心の中まで読めるわけはなく、心眼をポリグラフのように使ったということであるが、これだけでも相当なものである。
「……まったく、これじゃ私の儲けがほとんどないネ」
 最終的な契約書を前に厄珍はそう零してみせるが、実際には厄珍が目論んだよりもきちんとカオスにも配分がなされることになったというだけで、成功さえすればその儲けは彼にとっても莫大なものになるだろう。
 それにこの計画が成功すれば、それは彼らに大金をもたらすだけでなく、一般の人々の生活すら変化させてしまうかもしれない。
 現代の工学技術をはるかに越えたマリアの妹機たちの誕生・量産というのには、それほどのインパクトがあるのだ。
 遠い将来、この日が歴史の大きな節目の一つとされても少しもおかしくはない。
「ぐふふ……柔らかいマリアとあんなことやこんなことを――もしかしたら、あっちの方も人間そっくりだったりして? くぅー、たまらん! たまらんぞー!」
 しかしそんな方面にはまったく思いをめぐらすことなく、横島は実に横島らしく自分の妄想にのめり込んでいるだけだ。
 そのまま横島は、周囲の人々に思わず道を開けさせるほど不気味なにやけ面を浮かべつつ、事務所への道を意気揚々と帰って行くのだった。


 ――そして、一ヶ月ほど後。
 呼び鈴に無理やり起こされ、こんな時間に誰だと自宅のドアを開けた横島に、柔らかな金髪とオレンジがかった瞳を持った美しい少女が深々と頭を下げる。
「横島様、はじめまして。今日から横島様にお仕えさせていただきます、テレサです」
「……えぇぇっ! 嘘ぉっ!」
 髪の間からひょこっと飛び出したアンテナから、彼女がカオスの作ったアンドロイドだと知った横島の絶叫が、早朝のしじまを大きく切り裂いていった。



テレサ



「横島君。私、いつまでも待ってるわ。ええ、必ず待ってる。約束するわ。
 だから――素直に警察に行きましょう」
「いい加減、そういう反応されんのは俺も想定内だぜ。この子はテレサっつって、カオスに作ってもらったロボットだ。俺が邪な欲望を抱いてどっかから誘拐して来たわけじゃねえんだよ」
 そう口ではいいながらも、やっぱり自分の評価にはちょっと腹が立つ横島である。
「そういやシロにまで、『横島殿、この娘子はどこから攫ってきたのでござるか?』なんて言われちまったもんなぁ」
 朝の出来事を思い出して、ため息とともに肩を落とす横島。
 今朝のことだけでなく、シロを通して六女のクラスメートたちにだらしない女好きであると伝わっていること――直接顔を合わせた二人に関しては今更だが――や、それを受けて彼女たちからはシロに「一般常識では横島は女の敵である」という教えがなされていること――それでもシロは未だに懐いてくれているのだが――も横島をへこませている要因である。
「横島さんですからねえ」
「うるせえ。てめえみたいな一見美形な優男こそ、裏でとんでもないことをしでかすに違いないんだ。大体、俺はロリコンじゃねえっ!」
「すみません、横島様。やはり、私では横島様のご期待に沿えないのですね」
 横島の叫びにテレサが悲しそうにうつむいた。
「うわっ、横島さん。あんた、とんでもない人ジャー」
「ほんと、とんでもないわね。
 それにロリコンじゃないっていうのも、シロちゃんへ向ける欲望に満ちた視線を考えると……」
 愛子の咎めるような視線を受けて、「シロは見た目がちゃんとナイスバディだろ。実際の年をわかっちゃいても――」と横島は言いかけたが、テレサがそれを聞いてさらに落ち込む様子を見てしまい、慌てて「いや、違うんだ、テレサ。そういうことじゃなくてね」と彼女を宥めにかかる。
 そしてこのままでは埒が明かないと、横島がきちんと愛子たちに事情を説明しようとしたところで、教室にやってきた担任が――ちょうど横島がテレサに「ほんとだよ、お前のこと大好きだから」と言っているのを見て――そのまま生徒指導室へと彼を連行していくのだった。


 横島が涙さえ浮かべる担任に改めて事情を事細かに説明している間に、愛子たちもテレサから話を聞き出していた。
 最初はテレサも横島について行きたがったのだが、横島に「すぐ戻るから」と言われ、愛子にも「大丈夫、よくあることなのよ」と引き止められたのだ。
「それじゃ、昨日の夜遅くにカオスさんに、その――起動させられたのね」
 テレサが生まれた場所は、カオスが必要なものを注文し運び込んで改造した厄珍堂の店内。起動されてからは、細かな動作などをしっかりとチェックされ、それが終わった今朝早くに早速横島の家を訪れたのである。
 そして迎えた横島の台詞は「なんで、こんなちびっ娘なんじゃー!」だったそうだ。
「まあ、横島さんがどんな期待をしていたのかは、容易に想像できますけどね」
「うーん、それに横島君が求めた通りの美人だっていうのも間違いではないんだけど……」
 さすがの横島も、見た目が10歳前後の少女には欲情できなかったようだ。
 これはわざとそうされたわけではない。カオスも計画当初はマリアと同じような成人女性タイプを作ることを考えていたのだが、いかな厄珍の協力を得ても、高価な道具・機材類は一体分しか用意することができなかったのだ。
 横島にもアンドロイドを作ってやることを約束していたために、なんとかそれで二体を作ることにした結果が現在のテレサなのである。
「なるほどノー。材料を二等分したから、小っちゃくなってしもうたわけですか」
「横島君が余計なこと言ったせいなのね」
「いいえ、必ずしもそうではありません」
 愛子の言葉にテレサは首を振る。
 もっとも重要な人工霊魂の合成に成功しても、このプロジェクトで大切なのはその人工霊魂の合成を再現することなのだ。そのためには、精密に記録した呪場や霊波の再現実験を行う必要性がある。
 だから横島のためにではなくとも、どの道カオスと厄珍は、二体目をつくって量産が出来ることを確認する心積もりだったのだ。
「きっと今頃は、私の双子の妹も起動させられているはずです」
「じゃあ、そっちの子もあなたとそっくり一緒なの? それとも姉妹でもやっぱりどこか違うのかしら?」
「妹は横島様への忠誠心をプログラムされないと聞いています」
 その妹とは違い、横島への忠誠・彼の役に立つことこそが自分の存在意義であるとテレサは話す。
 「せっかく俺のものになる美人のねーちゃんといろんなことしようと思っとったのにーっ」そう悔しそうに叫んだ横島の言葉をじっくりと考え、それが性交に関わることだと理解した時には、「ドクター・カオスの元に戻って、そういった行為が可能になるよう、新しい機能をつけてもらいます」とまで言い出したほどだ。
 つまり、現在はテレサにそういった機能はついていない。感情面や表面的な皮膚の柔らかさ、またその動きなどはともかく、基本設計はマリアの設計図から流用しており、そう大幅には変わっていないためである。
「なぜか横島様にはすぐに止められてしまったのですが」
 テレサは残念そうにそう零す。
「横島君にも良心はあったのね」
「友人が外道に落ちんでよかったですジャー」
 愛子たちはそうほっとするが、テレサは不満を隠そうとしない。
「どうしてなのでしょう? 横島様も同じようなことを言っていましたが、私はただのアンドロイドに過ぎません。倫理を持ち出すのはナンセンスです。私は横島様に喜んで頂きたいだけなのに……」
「横島君はどうしようもない女好きだけど、あれで根っこは優しい人なのよ」
 「そうですね。きちんと自分の意識を持っている相手を道具のように扱ったりはできないですよ」とピートも説明する。
 それを聞いても、テレサは自分の考えを譲ろうとはしない。「納得はできませんが、わかりました。では意識を持った私が、自分の意思で横島様の好きなようにして欲しいというのですから、問題はありませんね」
「いや、だからそれはね……ピート君、あと、お願い」
 愛子がギブアップとばかりに説得役を投げ出す。見た目が可愛らしい小学生の少女であるテレサに性的な物事について説明するというのは、さすがの青春妖怪でもきついようである。
「えっ。そ、そういわれても……」
 そもそもそういったことに疎いピートも、上手くテレサを納得させられる気がしない。
 タイガーは端から期待されておらず、聞き耳を立てながら距離を置いているクラスメートたちと同じようなものである。
「……はぁ。責任者、早く戻ってこないかしら」
 愛子とピートは疲れた表情でそう頷きあった。
 数分後にその責任者は担任教師と一緒に戻ってくる。横島から説明を受けてはいても、教師の方は普通の少女にしか見えないテレサを前にまだ不審そうであったが、彼が横島の言葉を信じないことに気を悪くしたテレサが右目に組み込まれたレーザービーマーを教室で照射してみせたので、腰を抜かしつつしっかりと彼女が人間ではないのだと理解させられることになる。
 その際に溶け落ちたガラス窓は横島が弁償することになるのだが、横島にそのことでテレサに文句をいうつもりはない。
 100%横島への好意で行動していて、しかも横島からの言葉には非常に打たれ弱いというテレサを怒ることは難しい――というか、自分の方が嫌な気分になるのでやりたくない――とすでに学習しているのだ。
 下手なことを言って、「申し訳ありません、横島様。横島様が私を必要としないというのであれば、私はドクター・カオスの元に戻って廃棄してもらいます」などと、可憐な少女にしかみえないテレサに悲しそうな目で言われてしまった時の辛さときたら……
「いい娘ではあるんですけどね」
 「横島さんも苦労しますね」と、ピートが窓の後片づけをしている二人を見ながらつぶやく。
 だが愛子は、そもそもの経緯から、「自業自得でしょ」と苦笑しつつも素っ気なく突き放した。


「えと、ありがとう、テレサちゃん」
 小鳩が少し戸惑いながらテレサに礼をいう。
 放課後になって、今日は福の神がつぐみの用事を手伝っているということで、横島が小鳩バーガーを厄珍堂に納品に行く小鳩を手伝うことにしたのだが、その荷物を持ってやろうとすると全てテレサが代わってしまうのである。
「まあ、マリアと一緒で半端じゃない馬力なのは分かってるんだが……」
 小さな少女にたくさんの荷物を持たせて自分が手ぶらというのは、いかにも体裁が悪い。
 かといって、テレサに素直にそういってしまうと、「横島様の役に立ちたいのに、私では迷惑なのですね」と落ち込まれ、それはそれで横島が少女をいじめているように見えてしまうのだ。
 横島は、どうしようもねえよなぁ、と一人ため息をつく。
「どうかされましたか?」
 常に横島の様子を窺っているテレサが即座に訊ねてくる。
「いんや、なんでも。お前は可愛いな」
 そういって横島が頭を撫でてやると、テレサは「ありがとうございます」と照れたように微笑んだ。
 それを見て横島の顔も自然とほころぶ。
 ありがた迷惑なところもあるけれど、マリアと違って喜怒哀楽がはっきりと表情に出るテレサだけに、こうして嬉しそう笑っているところを見るのは癒されるというのも事実なのだ。
 そうして仲良く三人でやって来た厄珍堂は、いつもとは違った様相を見せていた。
 「おお。こりゃまた見事だ」横島が大穴の開いたその壁を見て嘆息する。
「ど、どうしたんでしょうか」
 特に危険な霊波などは感じなかったが、慌てて中に入ろうとする小鳩を崩れる可能性もあるのではと引きとめつつ、横島は慎重に中を探っていく。
「……あいつら、縛られてるみたいだな」
 誰かは知らないがそれをやった人間がすでにいないと確信できてから、横島たちはきちんと入り口を通って店の中に入る――崩落の危険が低いことはテレサが保証してくれた。
 カウンターの奥を通って扉を開ければ、そこではオカルト・古物を扱う厄珍堂には似合わぬ機械類が圧倒的な存在感を誇っていた。
「いかにもそれっぽいな。ここでお前が生まれたわけだ」
 そうです、とテレサが何本もの電線の繋がった椅子のように見えるものを懐かしそうにさする。
「あの、それより――」
 小鳩に促されて、横島がようやく荒縄でぐるぐる巻きにされモゴモゴと猿轡の下で呻いているカオスと厄珍を助けにかかる。
「何やってんだか……くそっ。固えな、この縄」
「では、私が」
 ぎちぎちに雁字搦めにされた縄に梃子摺る横島を見て、テレサがそれを力任せに引き千切った。
「ひゅー、すげえな。そういや目から光線出してたし、マリアみたいにお前も武器だらけなのか?」
 今更のようにそう訊く横島に、テレサよりも早く、縄の残骸を振り払い猿轡をむしりとったカオスが荒い息で応える。「いや、そっちは瞳のレーザービーマーだけじゃ。あっちの方に兵装を山とつけたのは失敗じゃったな」
 忌々しげに舌打ちをしてカオスが強張った身体を解していく。
「何があったんですか?」
 厄珍を手伝いながら訊ねる小鳩に、「それじゃ、そっちは問題ないアルか?」と厄珍が少し怯えた様子で逆に訊き返してきた。
 どうやら、テレサ2号――名前をつける暇もなかったそうだ――は起動するなり「人間には人造人間の支配が必要よ」と言い出して、その意見に反対したマリアとの戦闘に突入してしまったらしい。
「強度ではマリアが勝っとるんじゃが、まずいことに後一歩で取り押さえられるというところでマリアのバッテリーが切れてしまったんじゃ」
 カオスも完全には思い出せなかった絶頂期の魔法技術で作られたマリアの外装は近代兵器にさえびくともしないが、動力効率の点ではテレサたちの方が上なのである。
「あいつも大破してたネ。早く追いかけてマリアを取り返すアルよ」
「い、いや、そう言われても、向こうは武器だらけで、こうやってお前らをあっさり拘束する力は残ってんだろ」
「そうじゃが、急がねばならん。このままではマリアが解体され、奴を直す材料にされてしまう」
 まるで娘の身を案じているかのようなカオスを見て、横島もマリアを助けたいとは思ったものの、あくまで他力本願な性格なので、恐らくテレサ2号のものだろう人工霊魂の霊波跡を探りつつ「勝てるか?」とテレサに訊く。
「わかりません。妹の現状のデータが不足です」
 申し訳なさそうなテレサを見て、「まあ、このコさえ無事なら、また別のを作れるネ」と考えを変えて薄情なことを言い出す厄珍。
 「マリアを見捨てる気か!」とカオスが怒りを露わにするが、「あんたも科学者なら、ロボット工学の原則くらいきちんと組み込んでおくネ!」と厄珍もやり返す。
 一緒に製作に携わってはいたものの、技術的な部分はすべてカオスが担当していたのだ。
「安全装置のついてないような危険なロボットを作るんじゃないアル!」
「ワシは科学者でなく錬金術師じゃ。
 それに他人のために働くようになることを考えて、それくらいきちんとプログラムしたわっ」
「えっ? 思いっきりお前らを襲ってるじゃねえか」
 テレサ2号が人間――もしかしたらカオスはその範疇から外れるのかもしれないが、厄珍は間違いなくそうだ――を襲い、その命令を無視したのは火を見るよりも明らかである。
 そこへ小鳩が遠慮がちに問いかけた。「あの、カオスさん。そのロボット工学の原則っていうの、きちんと二人ともに入れました?」
「……あっ!」
 小鳩の質問に数秒考え込んでからはっとするカオスに、「なんでそんな一番大切なもん忘れんだよ」と横島が呆れ返る。
「やっぱり、こんなボケ老人の計画に乗るんじゃなかったあるヨ」
「ふん、ちょっとした手違いじゃわい」
「ちょっとした手違いって――おい! そういや、見た目はテレサと一緒なんだろ? だったら、んな危険なロボットを野放しにはしとけねえぞ。そいつが暴れたら後でどんなとばっちりが来るか、考えたくもねえ。
 とにかく二人を見つけたから、テレサを充電してなんとかしにいこうぜ」
 アホなやり取りをしつつも、心眼で霊波の痕跡を追い続けていた横島が、ついにマリアたちの居所をつかんでそう告げる。
 テレサを充電してというのは、マリアの失敗を考慮しつつ、そうしておけばまずいことになっても最悪逃げ切れはするのではと考えたからだ。
 その充電の間にカオスと厄珍――こちらは一緒に行く気はないようであるが――が店内で武器を揃え、小鳩はいつも通り「困った時の唐巣神父の教会」へと救援を求めに走っていった。


 廃工場の入り口付近から、そっと横島が中の様子を心眼で探っていく。
「大丈夫。まだ、マリアは無事だ。なんか、今は自己修復みたいなことを――げっ、見つかったわ!」
 横島は慌ててその場から飛び退り、そこへドアを文字通り吹き飛ばしてテレサ2号が現れる。
 その視線は横島やカオスを無視して真っ直ぐにテレサへと向かっている。
「良かった、後で姉さんを捜しに行くつもりだったのよ。姉さんもこの世界のことは理解してるんでしょ。人間はソフトもハードも脆弱。私たち人造人間の支配が必要だわ。姉さんなら協力してくれるわよね」
「お断りします」
 考える素振りさえ見せずに、あっさりとテレサ2号の提案をテレサは蹴った。
 「下がっていてください」と、微かな機銃の安全装置解除音を捉えて横島に告げ、テレサは顔を顰めるテレサ2号の前に横島を庇うように立つ。
「あら、ずいぶんと連れないのね、姉さん。対極的に見れば、それが人間の――」
「私は横島様のためだけに在ります」
 強い口調でそう宣言するテレサに、テレサ2号が一瞬呆気にとられた顔をする。こちらもマリアと違い人間のように豊かな感情の起伏を持っているテレサ2号だけに、どこにでもいそうな、どちらかといえばぼんくらそうな男のために自分は存在するのだと言い切るテレサに驚愕してしまったのだ。
 その隙を逃さず、カオスが厄珍堂から持ってきた高額の破魔札たちを一気に投げつけた。
「しまっ――」
 むき出しの霊体である幽霊を相手にする時よりは効き難いが、マリアには劣るとはいえ強固な身体と人工魂を持っているテレサ2号には、物理的な攻撃よりもその霊体への攻撃の方が効果的なのである。
「ぐぅっ」
「最大電圧充電――照射」
 そして、莫大な霊波の圧力に吹き飛ばされ床に叩きつけられるテレサ2号に向けてためらいなく放たれたテレサのレーザービームが、その頭部を貫き蒸発させていった。
 それでおしまい。
 声を上げる間もなく、テレサ2号はその活動を停止させた。
「……ごめんな。テレサの妹なのに、こんなことさせて」
 同型機相手には最大戦力だったとはいえ、いざ終わってみると本人にそっくりな少女型アンドロイドを殺させてしまったことに罪悪感を覚えずにはいられなかったのか、横島がテレサに気まずげに謝る。
「彼女は先ほど私たちに、つまりは横島様に危害を加えようとしました。私は当然のことをしたまでです」
 ところがテレサはむしろ誇らしげに胸を張り、横島が自分を気遣っていることが不思議で理解できないというかの様。
 テレサが本当に横島を全ての中心、最も重要な存在だと考えていることを思い知らされ、横島はなんともいえない複雑な表情を浮かべる。
 この純粋さを手放しで喜ぶ気にはどうにもなれなかったのだ。
 それでも横島はテレサをそっと抱き寄せ、「ありがとな」と耳元で囁く。テレサが自分達を守ってくれたことへの感謝の気持ちは本物なのだから。
 それを聞いて、テレサは一瞬満面の笑みを浮かべた後、そっと横島の腕の中から逃れ出た。
 そして涙ぐみながら頭を下げる。
 「短い間でしたが、横島様にお仕えできて私は幸せでした。少しでも横島様のお役に立てたのなら、これほど喜ばしいことはありません」テレサはそう決別の言葉を告げる。
「――えっ? 全然わかんなかったけど、さっきのでどっか怪我でもしたのか! だったらすぐに厄珍堂に戻ってカオスに治してもらわなきゃ――」
「いいえ、そうではありません。私には横島様がいう一番大切なものがないのです。ロボット工学の原則が組み込まれていない危険なロボットは、私の方なのですから」
「なっ! だって、あいつはさっき俺たちに……それに、テレサは俺を――」
 その告白に混乱してテレサと機能停止したテレサ2号の間で視線を揺らしておろおろする横島を尻目に、ゆっくりと考えを巡らせていたカオスが「そうじゃったのか!」と、ぽんと手を打つ。
「第零条の拡大解釈だったんじゃな。
 あ奴には自由度を残し過ぎたし、人間たち・人類は信用の置けないろくでなしじゃった、と」
 一人納得してうんうんと頷いているカオスに対して、「俺にもわかるように言ってくれよ」と横島が情けない声を上げる。
「なに、きちんと自分の手で管理しておかんことには、人類は危なっかしくて見ておれんかったんじゃろうよ」
 カオスは横島にそれだけ言うと、持ってきた簡易バッテリーでマリアを動かし、停止したテレサ2号を抱え上げさせて一緒にその場を後にする。
 「大丈夫じゃよ。その小僧なら、お前を受け入れる」と、テレサの肩に優しく手を置いて言い残して。
 二人きりになり、横島とテレサは困惑気にお互いを見つめ合う。一方はどうしていいかまったく分からないといった顔、もう一方は悲しみとほんのわずかな期待が入り混じった顔である。
「……えと、正直ちっともなんのことか分かってないんだけど、これだけは間違いなく言えるぞ。テレサはいい娘だよ。俺が百パーセント保証する。だから、ほら。一緒に帰ろうぜ。
 そうだ。これからは俺が頼まない限り、人間相手に攻撃すんのは無しな。ほら、これなら絶対安全だろ。お前は危険な存在なんかじゃないさ」
「……わかりました。横島様に危害が及ぶと判断されない限りにおいて、その命令に従います」
 その返事に若干の不安は残ったものの、自分が差し出した手をおずおずと嬉しそうに握るテレサをみて、横島は「こういう娘なんだ、しかたない」と腹をくくることにした。
 二人は手をつないだままのんびりと歩き出す。
 特にテレサを連れて初めて美神除霊事務所に行く時のことなどを考えると、不安が尽きないのも確かである。けれど、横島がこの手を離すことは決してないだろう。
 テレサに不快感を与えないよう、横島は心の中だけでそっとつぶやく。「そのうちカオスが美女に成長させてくれるかもしれないしな」と。
 多少は自分自身への照れ隠しも混じっているようであるが、横島は女性に関しては非常に諦めが悪いのだった。





注)もうテレサでもなんでもないですが、オリジナルというよりクライテンのイメージが強いです。





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