ソウルゲインが大地を踏みしめ、土ぼこりを巻き上げながら走っていく。
火力・装甲・継戦能力の全てにおいて戦術機と比べ物にならない程にハイスペックなソウルゲインの、数少ない弱点の一つが機動性の低さだ。
戦闘では人口筋肉によって柔軟で軽やかに動き回ることができるために問題ないが、こういった戦場間の移動のような長距離においての機動性はお世辞にも高いとは言えない。
加えて飛行も出来ないために正真正銘、走って移動するのでさらに時間が掛かってしまうことになる。
最大限にブースターを吹かせば短い間飛べないこともないが、それは飛行というよりは跳躍と言った方がしっくりくるだろう。
こと移動速度においては、ソウルゲインは完全に戦術機に負けてしまっているのだ。
「……この足の遅さはどうにもならんな。アシュセイヴァーか、せめてゲシュペンストならばもうマシなんだがな」
ボヤいてもしょうがないと思いつつ、頼もしい相棒の鈍足さにはついつい愚痴ってしまうアクセルだった。
そうこうしている内に、ついにアクセルは最前線へとたどり着いた。
そして、まるで大地を蝕む病巣のようなハイヴ地上構造物――BETAの巣が目に入ってきた。
「アレを攻め落とすことが、この作戦の目的なのか?」
人類の美的感覚からすれば奇妙極まりない形状の構造物を観察しながら思わず首をひねって考え込みそうになるが、そんなことは後回しだ。
とりあえずの現状確認をしてみようと周りの状況を見回してみると、あちこちで小規模な戦闘が続いてはいるが、概ねこの戦域は人類側の勝利が確定している。
思っていたよりも、悪くない状況のようだ。最悪、生き残りが誰もいない事も考えていたためにまずは一安心といった所か。
アクセルは知らないことだが、これは懸命な支援砲撃と現場で戦う戦術機部隊の奮闘によって得られた貴重な小康状態だ。
すると、近くに展開していた戦術機部隊の一つがソウルゲインに近づいてきた。
今まで見てきた物とは違い、よく言えば重厚、悪く言えば鈍重な印象を受ける機体の名は『撃震』。
人類初の戦術機『F-4ファントム』を帝国軍仕様にカスタマイズした機体で、旧式ながら運用性や信頼性は新型機よりも安定した名機だ。
近づいてきた部隊は周辺を警戒しながら、ソウルゲインを包囲するような形に展開する。
『貴様が例のアンノウンだな? 私は日本帝国軍所属のマンティス大隊指揮官、悠木千帆大尉だ』
隊長機らしい機体から聞こえてきたのは、落ち着いた低い女の声だった。
『貴官の姓名と所属、及び可能ならば作戦目的を教えてもらおう』
「……あいにくと、機密事項でな。話すことは――」
『悪いがそちらの情報を手に入れるよう命令されている。それにこれだけ暴れまわったんだ。機密事項の一点張りはもう通用せんぞ?』
言われてみればもっともの話で、いくら敵対行動を取っていないとはいえ正体不明の機体が戦場を駆け回っている状況は司令部も現場の衛士も気分の良い物ではない。
悠木大尉はこの機会を逃さず、洗いざらいとまではいかなくても情報を引き出そうとしていた。
その為に少し強引な手段――威嚇射撃程度ならば上も黙認するだろう――を使うことも辞さない覚悟で目前の蒼い機体を見据える。
(まあ、当然だな。さてどう対処するべきか、こいつは)
前は間近にBETAが迫っていてそれどころではなかったり、先を急ぐふりをしてごまかしてきたが、今回はそれが通用しそうにない。
かといって本当のことを話すわけにもいかないので、これは実に困った状況といえる。
『だんまりか? 言っておくが、最低でも姓名と所属は話してもらうぞ。それすら嫌だと言うなら……』
悠木大尉の撃震がゆっくりと銃口をソウルゲインに向ける。
向こうが撃つ気がないのはわかっているし、仮に撃たれても大したダメージにならないのもわかっているが、やはり少し緊張する。
どうしたものかと考えていると、不意にセンサーに反応が現れ、レーダーが迫りくる危険を伝える。
「地中から接近する物体……? ……おい! BETAの奇襲だ! 散開して回避しろ!!」
『なんだと!? くっ、マンティス各機、それに周辺の部隊は回避行動に移れ!!』
直感的にアクセルの言葉を信じた悠木大尉は部下と味方に退避するように指示し、自身も愛機を大きく後退させる。
その判断が正しかった証拠に、すぐさま部下から悲鳴に近い報告が伝えられる。
『マンティス17よりマンティスリーダー! センサーが地中震動波をキャッチしました! も、ものすごい数です!!』
『お前の言ったことは正しいようだな……!』
「態勢を整えろ。俺達が戦うべき相手は同じだ」
『了解した。今はBETA撃滅を最優先する!』
直後、地面から噴水のようにBETAが湧き出て、ソウルゲインと戦術機達に襲い掛かってきた。
それは圧倒的な数の多さで、近くの物全てを飲み込み破壊する濁流のような勢いだった。
しかしアクセルの警告のおかげで早めに体勢を整えられた各部隊は冷静にこれに対処し、なんとか戦線を維持することができている。
『各機、急いで距離をとれ! このままだと突撃級に押しつぶされるぞ!』
向かってくる突撃級に120㎜砲弾を叩き込みながら後退する悠木大尉の横を蒼い影が通り過ぎる。
後退する戦術機部隊とは逆に、ソウルゲインはBETAへ突っ込んでいったのだ。
『なっ、馬鹿な!?』
死ぬ気か、と言葉を続けようとしたが、目の前で繰り広げられる光景にそれを飲み込んでしまった。
「打ち砕け! 玄武剛弾!!」
ソウルゲインが両腕を回転させながら発射し、撃ち出された拳が突撃級の外殻を正面から打ち砕いて突き進む。
そのまま前進し、近づいてきた要撃級を思い切り蹴り飛ばしてそばにいた戦車級の群れにぶつけてやると双方ともにはじけ飛んで肉片となった。
ATS(自動追跡システム)によってBETAを続けざまに貫き多くの戦果を上げて戻ってきた腕を、横合いから飛び出してきた突撃級に膝蹴りをお見舞いしてやりながら回収する。
そしてソウルゲインを破壊しようと包囲するBETAを、肘から伸ばしたブレードで次々と切断して返り討ちにしていく。
さらにはちょうど地面から顔を出してきた要塞級を、大きくジャンプして位置エネルギーによる破壊力もプラスした一撃で頭頂部から真っ二つに切り裂いた。
「仕留める! 舞朱雀!!」
この世界の常識と照らし合わせて、あまりにも非現実的なアクセルとソウルゲインの戦いぶりに、悠木大尉はつい見入ってしまった。
『報告は本当だったのか……! これなら、これならBETAをこの星から叩き出すことも不可能じゃない……!』
どこの国が作ったにせよ、いつかこの力が世界中に広まれば人類の悲願を達成することも夢ではない、そう思えた。
確かにこれだけ高性能な、一騎当千という言葉が似合う機体があれば状勢は人類の側に大きく傾くだろう。
だがそれはあくまでも大局的な話であり、今この場での犠牲者が減るということと同義ではないのだ。
『いやぁ! 来ないで! 来ないでっ! あっち行ってえ!?』
恥も外聞もなく泣き叫ぶ声を上げているのは、マンティス大隊の新人だ。
戦車級の接近に気付かずに、機体に取り付かれてしまったのだ。
彼女も悠木大尉同様にソウルゲインに見入っていたが、両者の違いは最低限の警戒を行っていたかどうかという点だ。
悠木大尉は意識をソウルゲインに向けながらも常に周囲の警戒を怠っていなかったが、新人があれだけの物を見せられて呆然としてしまったのを責めるのは酷というものだろう。
戦車級に取り付かれた機体の衛士は恐怖の余り半狂乱となって突撃砲から36mmを無差別に周囲にばら撒く。
しかしそれは密着している戦車級には当らず、逆に助けようとしている味方を危険にさらしている。
コクピット内には装甲を齧る音が死刑宣告のように鳴り響いている。
眼前に迫った死に怯える年若い少女ならばやむを得ないとも言えるが、彼女のとった行動は自分と仲間の死期を早めること以外何の意味も無い。
『落ち着け! 操縦桿から手を離せっ! これじゃ助けられない! おいっ聞こえてるかっ!?』
部下を助けるべくいち早く接近した悠木大尉だったが、助けたい相手からの銃撃でこれ以上近づくことすらままならない。
(このままじゃさらに犠牲者が出る……。撃つしか……ないの……!?)
救助を諦めて、せめて苦しみを長引かせないように一撃で葬ってやる事が正解なのかと迷っている彼女の眼前を、再び蒼い巨影が横切る。
ソウルゲインはいまだ止まない銃撃を一顧だにせず、一直線に部下の下へ突き進んでゆく。
部下を助けてくれるのか、そう思い安堵しかけた悠木大尉は次の瞬間背筋に冷たい物が走った。
あの蒼い機体の衛士もさっきまでの自分と同じ事を考え、それを実行に移したのではないかと思い至ったからだ。
すなわち、これ以上被害が出る前に目の前の味方を葬り去るという苦渋の決断を。
あの機体は素手で容易く要撃級を叩き潰していた。それに比べれば戦術機の装甲なんぞダンボールみたいなものだろう。
『待ってくれ! せめて、それは私が――』
制止の声も届かず、蒼い巨人は無慈悲にその腕を伸ばした。
その場に居た全てのマンティス大隊員が仲間の死を予想し、ある者は止めようとし、ある者は諦めた。
だが、結果は全員の予想を裏切る形となった。
それも、最高の形で。
ソウルゲインは拳を叩きつけるのではなく、手を開いたまま撃震に接近。
そして一切の躊躇無く、その大きな手で戦車級を握り潰す。
ぐしゃ、という耳障りな音をさせて、戦車級は挽肉になった。
そのまま纏わりついていた戦車級を一匹残らず握り潰す。
これを目撃した者はこの非常識な光景に己の目を疑った。
人型機動兵器の繊細なマニュピレータで小型とは言えBETAを握りつぶすなど、とうてい信じられるようなものではない。
もっとも、一番非常識だと叫びだしたかったのは当の潰された戦車級達だろう。
『あ……あ……? え、わた、し……生きて……る……?』
あまりにも唐突に死の淵から助け出された衛士は、ショックで放心状態に陥っている。
周囲の部隊も似たような状態に陥りかけたが、すばやく現状を認識する事でそれを防いだ。
つまり、仲間が無事助かったということを。
部下達が歓声をあげる中で、一人冷静さを保っている悠木大尉が大きな声で注意を促す。
『まだBETA共がくたばったわけじゃないぞ! マンティス各機、警戒を密に!』
その声で慌てて陣形を組み直す部下を確認してから、悠木大尉はアクセルに礼を言った。
その言葉はさっきよりもずっと柔らかい、感謝のこもった物だ。
『すまない、部下を助けてもらったな』
「勘違いするなよ、馴れ合うつもりは無い。自分の身は自分で守れ」
『わかっている。そっちこそ、聞きたいことは山ほどあるんだ。死ぬんじゃないぞ?』
「フッ……もちろんだ」
軽口を叩きあうと、二人は再び湧き出てきたBETAとの戦闘を開始する。
正拳、裏拳、肘撃ち、膝蹴り……四肢全てを使ってソウルゲインは暴れまわる。
さながら荒れ狂う竜巻のようなソウルゲインに近づいたBETAは例外なく挽肉に変わっていく。
突撃級の突進を避けて、無防備な背中に拳を振り下すと地面に押し付けられる形で突撃級は絶命する。
振り向きざまに強烈なストレートを叩き込まれた要撃級が豆腐のように容易く潰れた。
わらわらと足に纏わりつき装甲を噛み千切ろうと無駄な努力をする戦車級をうざったそうに蹴り飛ばして始末する。
「次から次と……! うっとうしいぞ!」
ここにきてアクセルはBETAの真の脅威を思い知ることになる。
それは圧倒的な数だ。
倒しても倒しても現れる、底なしではないかと錯覚してしまうほどの戦力。
アクセルにもソウルゲインにも、確実に疲労が蓄積し始めていた。
このまま戦いを続けていけば、どれだけ強大な力を持っていようと数の暴力で圧倒されてしまうかもしれない。
もっとも、それはアクセル一人で戦い続けた場合の話だ。
今はアクセルだけが戦っているのではなく、周囲にマンティス大隊を始めとした戦術機部隊が展開している。
無論の事、基本的な性能や運用方法が違いすぎるうえに、会ったばかりの者達がきちんとした連携を取ることは難しい。
そのため、ソウルゲインが前衛としてBETAを引き付けながら戦い、その後方から戦術機部隊が突撃砲やミサイルで援護するという即席で単純なものでしかない。
しかしながらそれだけでも十分な効力を発揮することが出来ていた。
BETAは優先的にソウルゲインを狙って戦術機への攻撃をおろそかにし、それゆえ戦術機部隊は落ち着いて援護行動を行うことが出来る。
光線級や重光線級も出現しているが、すでにその危険性を理解したアクセルは現れた途端に青龍鱗や玄武剛弾で撃破するようにしていたし、他の敵と戦って手が回らない時は代わりに戦術機が仕留めている為にほとんど被害が出ないという奇跡といっていい状況が作られている。
ソウルゲインに引き寄せられるように各戦線のBETAもここ一帯に集結し始めており、それを追撃する形で帝国軍・国連軍も戦線を押し上げている。
絶望しかなかったこの作戦の流れが、確実に人類の勝利に近づいている。
各軍の司令部もようやく反撃が始まったことでにわかに活気付き、雰囲気も明るい物になっている。
そんな中で苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、米軍中将だ。
このままではG弾無しで明星作戦が成功してしまうのではないか、という焦りと恐れが綯い交ぜになって彼の胸中に渦巻いている。
ついに痺れを切らして立ち上がると、シナリオを修正すべく行動を開始する。
世界の覇者たる資格を持っているのはアメリカ合衆国だけなのだから。
欲望でにごった瞳からは、狂気すら感じられた。
――1999年 8月8日 16:39
米軍による事前通告なしのG弾投下が行われた。
『HQよりハイヴ周辺に展開中の全隊へ!! たった今、米軍が新型の戦略兵器を投下した! 直ちにその場から離脱せよ! 繰り返す、直ちにその場から離脱せよ!』
『このタイミングでだと!? なにを考えてるんだアメリカは!』
余りの暴挙に、悠木大尉は思わず唸り声をあげてしまう。
このままでいけば、ハイヴ攻略も目前だった所にこの横槍だ。
おまけに味方を巻き込むのを躊躇しないで、事前に逃げる時間さえ与えないとは。
新兵器がどれだけ強力なのかは知らないが、これは戦術的にも戦略的にも納得できない行動だ。
だがすでに投下は完了してしまっているのだから、できることは巻き添えにならないよう逃げることしか出来ない。
どれだけ納得できずに、歯噛みするほど悔しくても、だ。
『マンティスリーダーよりマンティス各機、聞こえたな!? 全速でこの場から退避だ!』
血を吐くような思いで搾り出した命令を聞いた部下達は一斉に後退を開始する。
レーザー属種は現時点では殲滅が終わっているため、レーザー照射を気にしなくていいのが不幸中の幸いだ。
『おい、聞こえただろう。お前も急いで退避しろ!』
他の機体と比べてゆっくりとした移動速度のソウルゲインの避難が間に合わないのではないかと心配した悠木大尉が発破をかける。
「……そうしたいのは山々だが、コイツは足が遅くてな。先に行け」
少しだが焦っているアクセルの声に、このまま行っていいものかと悠木大尉は迷ってしまう。
『だが……!』
「早く下がれ! ここで犬死する気か!」
『……済まん。死ぬなよ!』
迷いを振り切るように、最高速での離脱を開始した撃震の姿はすぐに小さくなっていき、近くにはソウルゲイン以外の機体は居なくなってしまった。
「さあ、走るぞソウルゲイン……! ここまで来て死ぬのは御免だ、これがな」
戦術機と比べるとどうしても遅いと言わざるを得ないが、なんとか安全圏まで離脱しなければならない。
空を見上げれば、真っ黒な球体がゆっくりとこちらに向かって降りてきている。
ハイヴから何条もの光線が伸びてG弾を撃墜しようとするが、直前でぐにゃりと軌道を曲げられてG弾には届かなかった。
アレの効果範囲と威力がどれほどかはわからないが、とにかく少しでも離れておくことに越したことはない。
そして真っ黒な球体がゆっくりとハイヴ直上に到達すると、ついに禁断の兵器がその力を露にした。
一瞬の閃光の後に、紫色の多重乱数指向重力効果域が展開されてそれに触れたあらゆる物質が分解されていく。
まず始めにハイヴの地上構造物とそこに居たBETAが餌食となった。
そこからさらに効果範囲は広がり続け、辺り一面を一切の生命が存在できない不毛の地へと変えていく。
ソウルゲインは辛うじて効果範囲外へと逃げることが出来ていたが、爆発の余波である衝撃波からは逃げることが出来なかった。
走るのを止めたソウルゲインは地面に伏せ、防御体勢をとって来るべき衝撃に備えようとする。
「……くっ、持ってくれよソウルゲイン!」
凄まじいまでの衝撃がソウルゲインに叩きつけられ、振動によって大きく揺さぶられていく。
歯を食いしばってそれに耐えるアクセルに同調し、ソウルゲインが四肢に力をこめて吹き飛ばされまいと大地にしがみつく。
実際には数分という短い時間の出来事だが、ただ耐えることしかできないアクセルにとってはそれが何時間も続いたように感じた。
やがて衝撃波が収まり、効果範囲が収束されて禍々しい紫の滅びが消え去った後にはたった二つの物以外は何も残っていなかった。
一つは、ハイヴ。
地上構造物が完全に消滅し地下部分も大きく抉りとられていながらも、反応炉は無傷だったために未だ健在と言える。
しかしながら、内部で待機していたBETAは大半がG弾に巻き込まれ消滅したので実質的な戦力はもう無いだろう。
そして、もう一つがソウルゲイン。
衝撃であちこちボロボロになりながらも、なんとか耐え切ったのだ。
「本当に……頑丈だな。貴様を気に入ったぞ……ソウルゲイン」
大きく息を吐いて、アクセルはソウルゲインに労いの言葉をかけてやる。
次元転移に加えて戦闘の連続、さらにはG弾の余波が直撃……。
並の機体ならばとうに壊れていてもおかしくない状況を見事に乗り切ってみせたのだ。
褒めてやっても罰は当るまい。
「しかし……これからどうしたもんかな、こいつは」
さすがのソウルゲインも、これ以上の無理は出来ない。
まだなんとか戦闘行動は可能だが、今のままでは本来の三割も力を発揮できないだろう。
この状態ではあの戦術機とかいう機体にも後れを取りかねない。
しばらくすれば、効果範囲外に撤退した部隊や新たな部隊が再進軍して来るだろう。
その時、最悪の場合はソウルゲインを拿捕しようとする部隊と戦闘になることも十分に考えられるのだ。
いっそのこと、ソウルゲインの修理も兼ねて国連軍か帝国軍のどちらかにでも身を寄せるのも選択肢の一つかもしれない、そんな風にアクセルは今後の身の振り方を考えていた。
その時、目前の空間が突然大きな変化を遂げる。
眩いばかりの光を放ち、砂漠で見る陽炎のように大きく歪み始めたのだ。
「これは……!! 次元転移の前兆か! 何者かがここに転移しようとしているのか!?」
それが仲間達であれば……という一抹の希望を抱きながら、アクセルは食い入るように眼前を見つめる。
そして、ついに限界までエネルギーが収束した空間から真っ白い閃光が放たれアクセルの視界を奪う。
次に目を開けて、アクセルが見たのは望んだとおりの光景だった。
浮遊する二隻の万能戦闘母艦『トライロバイト』。
『量産型ゲシュペンストMk-II』、『量産型アシュセイヴァー』、『エルアインス』……他にも見慣れた機体が多数周囲に存在している。
現れたのは、紛れもなく『シャドウミラー本隊』、アクセルの同志達だ。
「……どうやら、一人で流れ着いたという最悪の状況は終わったらしいな、こいつは」
思わず笑みがこぼれるが、仲間達と合流できたことはやはり嬉しい。
『その様子じゃ一足早く暴れてたみたいね、アクセル?』
転移してきたトライロバイト級の片割れ『ワンダーランド』から聞き慣れた女の声で通信が入る。
「遅いぞ、レモン」
『あら、ごめんなさいね。女は身支度に時間がかかるものなのよ』
声の主は、レモン・ブロウニング。
優秀な科学者であり、機動兵器の開発などの技術的な面でシャドウミラーを支える幹部だ。
「貴様の言っていた通り、転移にズレが生じたな。俺一人しか転移に成功しなかったのかと冷や汗をかいたぞ」
『次元の狭間に飲み込まれて消滅しなかっただけ、儲けものだと思いなさいな』
「まあ、それはそうなんだがな」
『……でも本当に、無事でよかったわ。貴方、無茶ばかりするから心配してたのよ?』
アクセルとレモンの個人的な関係は、恋人――アクセルは成り行きだなんだとごまかすだろうが――であり、お互いにはっきりと口に出しはしないが深く想いあっている。
だから、レモンは本当にアクセルの無事を喜んでいるのだ。
「俺は死なんさ。理想の闘争に殉じるまでは、な」
『ふふっ、そうね。貴方、しぶといもの』
『……アクセル。聞こえるか?』
「ヴィンデルか? その様子ではプランEFは成功したようだな」
もう片方のトライロバイト級、シャドウミラー旗艦『ギャンランド』から聞こえてきた声は、総指揮官であるヴィンデル・マウザーの物だ。
『一応はな。各艦及び各機動兵器のコンディションチェックとどれだけの人員が転移に成功できたか調べている所だ』
「そうか。俺も断片的にだが『こちら側』の情報を手に入れた」
『ならばギャンランドで話を聞かせてくれ。整備員に受け入れ準備をさせている』
「了解した」
ソウルゲインや周辺にいる機体は母艦へと移動し、やがて準備が整うと二隻の戦艦は横浜から姿を消した。
様々な出来事の後に、明星作戦は人類の勝利で幕を閉じた。
G弾の使用により各国……とくに日本の米国への不信感は更に増し、ハイヴ内で発見された『捕虜』の存在が世界を驚かせることになる。
それらと同様、あるいはそれ以上にソウルゲインが『こちら側』の人類に与えた衝撃は計り知れない物があり、これから先も様々な意味で驚かされるだろう。
滅亡と戦う世界に、影は降り立った。
あとがき
明星作戦、これにて終了です。
本当はもっと早く出来上がるはずが、夏バテやらなんやらで2、3日ダウンしてしまい遅くなってしまいました。
皆さんもお体には気をつけてくださいね。熱中症とかマジ怖いです