第14話 「“撃流”の行方」【2001年1月22日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】青空の下をミッドナイトブルーの撃震が翔けていた。その激震はまるで生きているかのように躍動的でしかも巧みな機動を実現していた。『ヴァルキリーマムよりガルム1、これよりX2の実装試験を開始します』「ガルム1了解。涼宮中尉、管制を宜しくお願いします」『はい、こちらこそ宜しくお願いします…神宮司教官』「ふふっ…了解」神宮司まりもはかつての教え子にそう言って操縦桿に力を込めた。「さあいくぞ“撃流” お前の力を見せてもらおうか」 「伊隅大尉、あれって本当に撃震なんですか?」「素晴しい…いえ、凄まじい機動ですわね」「ふむ、いくら動かしているのが神宮司教官とはいえ…速瀬中尉を遥かに上回る獰猛な機動は、私も初めて見ます」「む~な~か~た~ なんか言った?」「いえ、私は速瀬中尉が病的な戦闘マニアだなどと言ってはおりませんが」「ああそう、そこになおんなさい!いますぐその病的な毒舌を切り落としてあげるから!」「…静かにせんか、貴様ら」上官である伊隅みちるの言葉にその場の喧騒がぴたりと止む。香月夕呼の命令でA-01伊隅中隊の主要メンバー、伊隅みちる、速瀬水月、宗像美冴、風間祷子の4人は自分たちの機体である不知火で市街演習場に来ていた。新型実験機の機動試験を手伝うようにとしか聞いていなかった伊隅以外の3人は、その実験機が見せる機動の素晴しさに興奮を隠しきれなかった。自分たちの教官でもあった神宮司まりもの実力はよく知っている3人も、目の前で彼女の乗った撃震のまるで流れるような動きにひたすら魅せられてしまっていた。そんな彼女たちに隊長のみちるが説明する。「いま我々の目の前で神宮司軍曹が操縦しているのは“撃震”ではなく“撃流”という名の試作機だ。 帝国軍技術廠で開発された次世代の機体構造材と新概念の機体管制用OSによって構成された機体だそうだ」「撃流?」「ふむ、帝国軍の?」「伊隅大尉、何故そんな機体がこの横浜に?」「詳しい経緯は私も知らん。だがあの機体の開発者が撃流の実験衛士に神宮司軍曹を指名したのだそうだ。」みちるのその言葉に完全ではなくとも、一応納得した表情をする3人だった。どれ程筋違いの指名であっても、こと撃震の操縦にかけては神宮司まりもを超える衛士を彼女たちは知らなかったからである。まりもの腕前ならば…あるいは香月副司令の策謀によってならばそんなこともあり得るだろうとその場の全員が考えていた。 「はっくしょん!」「どうしました副司令、お風邪ですか?」横浜基地の作戦司令室で機動試験の状況を見守っていた夕呼が、突然大きなくしゃみをしたのにピアティフ中尉が驚いて尋ねる。「いえ…そんなんじゃないわこれは。…だれか私の噂でもしてるのかしら? 人に恨まれるようなことした覚えは無いんだけど」『『『『…無いのかよあんたは!!!!』』』』平然と嘯く夕呼にその場にいたほぼ全員が心の中で同じツッコミを入れたが、彼女は全く気にする様子もなく試験状況を観察し続けるのだった。「ふ~ん? まずは速瀬一人に斬り込ませるってわけね。 伊隅もやるわね~」「…と、言いますと?」「碓氷、あんたもあの機体とOSの性能は知ってるでしょ? 速瀬にもそれを教えてやるつもりなのよ伊隅は…あの娘の体にね」「…成程、伊隅大尉らしいスパルタ教育ですね」「な~に言ってんの、自分だって同じような方針でやってるくせに…その子たちにはどうやって躾けるのか今のうちに考えておくのね~碓氷。…どの道あのOSはあんたたち全員が使用することになるんだから…いえ、いずれは全ての衛士がね」「はっ!」夕呼の台詞にその場にいた碓氷中隊の隊員たちはガクガクと震え上がり、隊長の碓氷鞘香だけが嬉しそうに敬礼していた。「…ヴァルキリー2、コクピットに被弾!撃墜と判定!…み、水月~早過ぎだよ~」「はやっ!いくらなんでも…いえ、速瀬の油断と言うよりこれは…」「いや~予想以上の素晴しい出来栄えですねえ、香月博士。 私としてもこれは120%の大満足な成果ですよ、はい」「あれが噂に名高い神宮司教官の腕前か…成程、君がこだわるだけのことはあるな諸星課長」「何という…あの機体の機動がさらに…」「ふうむ、まだ剛性を煮詰めるべきだったか?」「いやいや、くっくっく…さてあのOSのシステムへの負荷がどの程度か…」この場にいた賓客たち…松鯉商事の諸星課長、帝国軍技術廠の巌谷中佐、篁中尉、富永大尉、高木中尉の5人は自分たちが作り上げ、そしてこの横浜基地で改良されたOS「X2」を搭載した撃震モドキ…改め『撃流』(命名、巌谷榮二)の機動を見つめていた。モロボシの提案によって仕上がった“撃流”を横浜基地に運び込みX2を搭載した後、早速まりもとA-01が機動試験を兼ねた模擬戦を行うのを彼らに見て貰おうと夕呼が招いたのがこの面子であった。当然巌谷中佐らも、横浜で開発中のX-2がどの程度の代物なのか自分の目で確かめたかったためその招待に応じたのだが、早速見せつけられたその機動の凄まじさに機体とOSを作った本人たちがそれぞれあっけに取られていたのだった。「ヴァルキリー3脚部に被弾、中破と判定。 ヴァルキリー4コクピット被弾、撃墜と判定…うそでしょ…いくら神宮司軍曹でも」「あ~あの娘達ちょおっとあの機体とまりもを甘く見過ぎたみたいねえ~」「伊隅大尉ですね…うまく彼女たちを誘導してわざと隙が出来るように仕向けたんでしょう…もっともあの神宮司教官の機動からすると油断ではなく予想外の動きに対応出来なかったのが主な敗因と言えるかと…まあどっちにしろ終了後のミーティングであの3人はこってり絞られるでしょうが」「…ふ~ん、それでもってその後たっぷりと罰ゲームの特訓フルコースってわけね~」「ええ、もちろん彼女のことですからこの後自分も無様な負け方をするようなら、一緒に先頭切って罰ゲームを受けるつもりでしょうが」「さあて、どうなるかしらね~」まるで夕呼のその言葉に応えるかのように、まりもの乗った撃流とみちるの不知火が距離をおいて対峙していた。「まったく…いくらその機体が特別製だからといっても、その強さは反則ですよ神宮司教官」「そうでもないでしょう…あの子たちが私にしてやられるような状況を故意に作ったんじゃありませんか?伊隅大尉」「確かにそのつもりでしたが、はっきり言ってあなたのウォーミングアップを見て彼女たちの油断は完全に吹き飛んでいたんです。この結果は純粋に貴方とその機体によって出された成果に他なりません」「そう…それなら私の腕もまだ鈍ってはいないと言う事ですね」「御謙遜を…鈍るどころか鋭さを増していらっしゃる」「そうじゃないわ、この機体とOSがそれだけ素晴しいのよ…まったく、愚痴になるけどもっと早く欲しかったわ…これが」「同感です…ですが今はこのシステムを最初に操れる栄誉に浴したことを素直に感謝すべきかと」「ふふっ…そうですね、それじゃあそろそろ始めましょうか…本番を」「…のぞむところです」『あ~もしもし お見合中のお二人さん、ちょっといいかしら~』「夕呼?」「香月副司令?」『せっかくお客さんも来てることだし、ここらでチャンバラの方も見せて貰えないかしらねえ、まりも、伊隅』「成る程…近接格闘戦の実力を、と言う訳ですか」「まったく…我儘なんだから」『よろしくねえ~』「「了解!!」」その返事を合図にしたかのように二人の機体は突撃砲を収め、長刀を構える。観客たちが固唾を呑んで見守る中、主脚走行で互いの間合いを計っていた両者がいきなり接近し、同時に斬りかかる。「むっ」「えっ」「ほお!」「うむ!」「…やるわね」「…流石」袈裟がけに振り下ろしたと思われた撃流の刀は途中で動きを変えて手元に引かれ、突きに変じて繰り出される。 そしてそれを見越していたかのように、不知火の刀も最後まで斬り込まずに主脚を動かし撃流の突きをかわす。 さらに間合いを取って逆に斬りかかろうとする不知火に対して突きにいった撃流がその姿勢を変えて下段から斬り上げる。 その斬撃を紙一重で見切った不知火が横切りに長刀を振り抜くと、撃流の片腕に小破判定が下される。これら全てが両者が斬り合いを始めてから、夕呼たちが感嘆の声を上げるまでの僅かな時間の間に起こった出来事であった。さらに二人の機体は一旦距離を取った後、まりもの撃流がみちるの不知火をおびき寄せるように市街地のビルの陰に入る。そしてみちるの不知火も距離を測りながら別のビル陰にその身を隠す。その様子をモニターしていた観客の中から巌谷中佐が夕呼に質問する。「香月博士、あの不知火はもしかして…」「ええ、お察しの通りですわ巌谷中佐 あの伊隅の乗っている不知火にもX2が搭載されていますの」「…ふむ」「やはり…」夕呼の返事に納得したように巌谷と唯依は頷く。2機の機動があまりにも高度で同質のものである事から、みちるの不知火にもX2が搭載されていると判断したためだった。「さて、これはどうやら藪の中の斬り合い…ということになる訳ですか?」「藪の中、と言うより森の中と言った方が適切かもしれませんが」モロボシの問いかけに唯依が解説をする。やがて2機の距離が縮まり、まりもの撃流が伊隅の不知火に襲いかかる。その斬撃を自らの刀で受け流し逆に斬りかかる不知火、それを見事にかわす撃流。従来の戦術機の機動、その限界を明らかに超越した2機の戦いに観客達全員が言葉を失い、ただ見詰め続ける。やがて互いの刃が相手のコクピットを捉え双方に撃墜の判定が下された時、まりもとみちるの二人に対して拍手と歓声が惜しみなく浴びせられた。 【横浜基地・戦術機ハンガー】「ああ伊隅にまりも、二人ともお疲れ様」「いや~お見事でしたお二人とも」模擬戦の終了後、ハンガーに戻ってきたA-01とまりもを夕呼たち全員が出迎え、彼らを代表するかのように夕呼とモロボシが声をかける。「香月副司令…」「あの…こちらの方は?」「ああ…紹介がまだだったわね。 …コウモリよ」「「はあ?」」「…香月博士、せめて人間として紹介して頂けませんか?」「ああ、ごめんなさい。 松鯉商事の諸星課長よ…あんたたちが今使ってたOS“X2”のベースとなった“X1”の提供者って訳」「X1…」「あのOSの…」「はじめまして、松鯉商事営業課課長の諸星と申します。 伊隅大尉、神宮司軍曹、お二人に会えて大変光栄です」「は、いえその…」「…光栄だなんて…自分は一介の軍曹なのですが…」「…一介の軍曹、では無く“世界一の撃震使い”でしょう? 香月博士、巌谷中佐」「まあね~」「うむ、実に見事な機動だった。流石は大陸で勇名を馳せただけの事はある」困惑するまりもをモロボシがさらに賞賛し、夕呼と巌谷もそれに賛同する。そのせいでまりもは赤くなりながらもなんとか抗議しようと言葉を探すのだが、その前にモロボシが彼女たちに質問する。「いかがでしたか皆さん…我々が開発し、香月博士によって改良された戦術機管制システム“X2”の性能は」「はい、大変素晴らしい性能です。 このOSは一刻も早く国連・帝国を問わず、普及させるべきかと思います」「自分も同意見です。 現在わが国の戦術機の主力は未だに“撃震”です。 このOSを搭載することで多くの衛士たちの命が助かるでしょう」みちるとまりもの言葉に、後にいた伊隅中隊のメンバーや夕呼らと共に来ていた碓氷大尉ら碓氷中隊の隊員たちも同様に頷いた。「ふ~ん、そういうことならゆっくりと取引条件を煮詰めましょうかねえ? 諸星課長?」心の中で舌舐めずりをしている夕呼に対して、モロボシは意外な返答をした。「そうですな、それではPXで食事会でも開きながらお話をしましょうか」「はあ?」「なに?」「え?」「ほう?」「ふむ?」「あの?」「しょくじかい?」…その場にいたモロボシ以外の全員の目が点になった。そしてこれが横浜基地を中心に始まるもう一つの計画の始まりでもあった。 第15話に続く