第16話 「踊る、第六会議室(前)」【2001年1月29日 日本帝国国防省・第六会議室】会議室に集った人間たちの間に異様な雰囲気が漂っていた。その理由は現在彼らが見ている映像、先日横浜基地で行われた“撃流”VS“不知火”の映像を見せられている為だった。今回の会議に緊急案件として提案された新型の戦術機用OS、“X1”と“X2”の二つ。先に見せられた“X1”の機動に目を剥いていた帝国軍関係者たちは、さらにその次に見せられた“X2”の映像に完全に言葉を失っていた。「…以上が新型OS“X1”及び“X2”の機動試験の映像です」上映が終わり会議室に明かりが戻ると、その場にいた全員が興奮した様子で騒ぎ始める。「…これは、是非」「いやしかし、横浜は…」「…べつに女狐に頼らずとも」「そうだ!X1の性能でも十分に」「だが、あのX2の性能があれば…」「コストはどうなる?量産性は?」「壱型丙にX1で十分に次期主力機たり得る筈だ!」「いや別に不知火に限った話では…」「そうだ!管制ユニットのみの換装で済むのなら、全ての機種が…」「いずれにせよ、この技術の優位性を…」「…米国が気付かぬ内にこのOSの権利を」「だが彼の国がこれを見ればまたよからぬことを…」「だからこそ!」「落ち着け!まずは双方の機能と費用対効果の見極めが…」「そんな悠長なことを言っている余裕が今の帝国に…」「だが予算が!」「所詮は管制ユニットの交換のみの費用だ、機体を新造するのに比べれば只にも等しい筈…」「…それだけでは無いぞ、これは輸出にも…」「そうだ!これが外貨獲得に繋がればもう政治家どもに金食い虫呼ばわりされることも…」「いささか皮算用が過ぎるのでは…」「バカを言え!あの性能なら皮算用とは言えまい!」「だがX2がもし横浜から他に流出したら…」「X2はあくまでX1の改良型だろうが!なら基本的権利は帝国軍に…」「相手は女狐だぞ、そんな正論が通じるのか?」「そもそもあのX2はどうやってあそこまでの性能を…」「おそらく、例の計画絡みで開発されたCPUを…」「元は帝国臣民の税金だろうが!帝国軍のために役立てて何が問題なのだ!」「表向きは国連の…」「くだらん!米国の手先にいいように…」「なんにせよこの技術を米国に奪われぬように…」「それよりもソ連邦だ、連中は金すら払わずに盗み出すぞ」「所詮は模造品しか作れん連中だ」「だが、だからこそ連中の模造品はある意味一流だ」「このOSがもし模造されれば…」「なら一刻も早く配備に向けて…」「そんなに急いでは…」「呑気なことを言ってる場合では…」「…静粛に!」堪りかねたような議長の言葉で会議室の喧騒がようやく収まる。「それではこのシステムについて開発メーカーである松鯉商事の担当者より説明を…」議長の指名で立ち上がった男に会議室内の全ての視線が集中する。「只今ご指名に預りました松鯉商事の諸星です」そしてモロボシの説明が始まった… 「…以上が“X1”及び“X2”に関する説明ですが、なにかご質問は?」私の説明が終わると同時に、一人の将校が挙手して質問をしてくる。「それではX2の即時配備は事実上不可能、と云うことかね?諸星課長」「そうです。 現在横浜基地ではX2の製作と並行してCPU等の部品の量産体制を検討中ですが、やはり半導体の歩留まりからすると今すぐの大量生産は不可能と思われます。 従ってシステムの完成と量産には今しばらくの時間が必要と考えています」「…ふむ、ならばやはりX1の配備を検討すべきだが…そちらは大丈夫なのかね?」「ハードの量産やソフトの検証面での問題はありません。 後は新しい操作概念をいかに効率よく教導するかという問題かと」そう答える私だが、実は教導マニュアルも事実上は出来上がっているのだ。篁中尉が中心となって纏められたX1の操作手順と従来OSからの転換のための基本的なカリキュラムが、すでに出来上がっていたりするからだ。このマニュアルの体裁を整えれば、そのまま教導用の手本になるだろう…とは巌谷中佐の御言葉である。あの自慢げな表情からすれば、満更“叔父馬鹿”だけの発言ではないだろう…仕事にはシビアな人だしね。そんなことを考えていると、次の質問が上がってきた。「…君は横浜の誘いに応じてX2の共同開発を行ったそうだが、いかに発案者とは言えいささか軽率過ぎるのではないかね?」…ほうら来た。 これを言われるとこっちが立場的に弱くなるし、下手をすれば開発メーカーとしての権利さえもこのお偉いさんたちに奪われてしまいかねない。当然この発言者もそのつもりで言っているのだろうが、そうは問屋が卸しませんぜ軍人さんたちよ。「それについて申し上げるのを失念しておりました、実はこのX2は斯衛軍で使用されることを目的に開発を始めた物でして…」「なに!?」「…斯衛軍!」「何故だ…」「武御雷があるだろうに!」「…いやしかし、未だに瑞鶴が大半を」「一体、誰が」「紅蓮閣下がよく技術廠に来ておりましたな…」「むう、より良い兵器を望むのは当然だが…」「…いや、しかし」「よりによって…」「だが斯衛の中の話だ…」「うむ…」「斯衛軍」の一言がてきめんに効いたらしい。 いきなりざわざわと騒いだ挙げ句、雰囲気が萎んでしまった…藪を突いて蛇を出すのを恐れているのが見え見えだ。まあ、この件については後々のためにダメ押しをしておかないとね。「またこの件に関しましては、斯衛軍の担当者の方からご説明が頂けると思いますが…」私の言葉に応えるようにオブザーバーとして参加していた斯衛軍士官が立ち上がり、私の方を一瞬ジロリ、と見た後で説明を始める。「今ほど松鯉商事の方から説明がありましたように、現在斯衛軍ではX2の採用に向けて試験運用の準備を進めております。 またX2の帝国軍での採用に関しましては、帝国国防省より要請があれば喜んで協力するようにとの政威大将軍殿下の御言葉です」『・・・・・・・・・・』いや~皆さん息を呑んで口を閉ざしてしまいましたなあ。将軍殿下の御言葉があったというだけではなく、この件で“自分たちだけ”の権益を手にしようとすれば殿下の手前、自分自身の立場が非常にマズイことになると気付いたんでしょう…まあ、こうなる前に少し慎めばいいのにと思うんだけどね…「…X2の扱いや採用に関しては未だ開発中でもありますから、後日改めて検討をしてみてはいかがかと」「賛成」「異議なし」「よしなに」「そうですな」「…うむ」巌谷中佐の言葉に殆んどの出席者が救われたような顔で賛成の言葉を口にした…なかなかいいタイミングですな中佐殿…それじゃあそろそろ本題へと移りますか。「さて、X1の扱いに関してですが…開発メーカーとして一つ提案があるのですが」「何かね?」「先程の皆さんのお話の中でこの技術の国外への流出や輸出の可能性について発言された方がいらっしゃいましたが、それについて自分に考えがあるのですが」「どんな考えかね?」「ソフトウェア技術はハードウェアのそれよりも遥かに盗みやすく、模倣しやすいものです。 そこでこの技術を門外不出とはせずにパテントを確立した上で輸出する方が国益にかなうと思うのですが」「そんなことは言われんでもわかっとる! だが米国やあのソ連が素直にパテントを認め代金を支払うと思っているのかね?」居並ぶ帝国軍将校たちの中の一人が苛立たしげに吐き捨てる…まあ聞けや軍人さんよ。「…素直に認めさせる方法が一つあります」『なに!?』驚きの声を上げる出席者をぐるり、と見回して…さあぶちかまそうか。「プロミネンス計画を利用するのです」「!」「なに?」「プロミネンス計画と言えば…」「…あのアラスカの」「ああ、ユーコン基地でやっている…」「そこでお披露目か?」「いやしかし、果して向こうが…」「そもそもそれで…」「確かにあそこでなら下手な模倣は首を絞めるが…」「ふん、互いの目があるからな…」「ソ連は解らんが、他の国には有効な手か…」「成る程…X1で外貨を稼ぎ、我が国はそれを基にX2…いや、その先へ…」「…虫が良過ぎはせんか?」「これは決して皮算用とは言えんぞ…成算はかなり高い」「だがそれはあの計画に参加している国々がそれを認めればの話だろうが…」「うむ、果して…」流石に皆さんそれ相応の地位や立場にある人たちだけに、私が何を言いたいのか即座に理解してくれたようですな…そう、私のプランとはX1とX2のデモンストレーションをアラスカのユーコン基地で行い、プロミネンス計画の参加各国にX1の売り込みをかけることにあるんですよ皆さん。ソフト技術というものはすぐに模倣されたり盗まれたりし易い物だ。 だから下手に隠すよりもその存在をアピールしてパテントを確立し、ライセンス料で収益を得る方法をとるべきなのだ。プロミネンス計画に参加すれば加盟各国は少なくとも大っぴらにコピーは出来ないし、ライセンス料も払うだろう…まあ、ソ連と統一中華に関しては何とも言えないけどね。だがそれでもこの模倣大国たちによってコピーソフトを世界中にばら撒かれるよりは遥かにマシな筈だ…ただ一つだけ問題があるのだが。「しかし諸星課長、アラスカの連中にどうやってX1の効用をアピールするのかね? 向こうには第2世代機や第3世代機の改修機が群れをなしているのだが、それなりの機体でなければ…」そら来た、これがネックになるんだよ…たしかにユーコン基地の連中を唸らせるには普通の機体では流石に難しい…が、しかしこちらには切り札がある。「皆さん…先程の映像をお忘れでしょうか? あの機体…第1世代機“撃震”の改修機“撃流”の性能をどう思われますか?」「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」…どうやら皆さんお気づきのようだ、第1世代の改修機に計画の参加機が撃破されれば嫌でもその性能を認めざるを得ない。 いや、それどころか我先にその機体のシステムを手に入れようとするだろう。「成る程…だがしかし、確実に勝てるのかね? あの計画に参加している衛士達は世界中からの選りすぐりだぞ」「御心配には及びません。 そのために帝国…いえ、世界一の“撃震使い”、かつて大陸でその名を馳せた伝説の衛士…“狂犬”の異名を誇る衛士をこの大役にあてるのですから」「む!」「なに、狂犬!?」「あの!」「そう言えば…」「確か富士の…」「だが今はどこに…」「うむ、あの衛士なら…」「…ふむ、確かに」流石に“狂犬”の名前は有名だなあ…皆さんあっさりと納得してくれましたよ。「如何でしょう、皆さん」「…では、採決を」「…賛成」「異議なし」「賛成」「賛成だ」「よかろう」「…いいだろう」…やれやれ、どうやら皆さん納得して頂けたようでなによりですな。だがしかし、この会議の本番はまだこの先に待っている。 今のはほんの前哨戦だ…ちらり、と巌谷中佐の方を見ると彼も厳しい顔で瞑目している…流石にこの先にある難関を考えるとそうなるのだろう。さあ、次は第2ラウンド…99型の改良プランだ。「では次に案件102『試作99型電磁投射砲』についてだが…」議長の指名により、担当の技術士官が説明を始める。そもそもこの99型電磁投射砲というのは、香月博士が第4計画用の超兵器XG-70の兵装として設計した物を、帝国軍に技術供与した代物だ。その威力はBETA相手にすらオーバーキルだと言われる程の凄まじいものだが本来XG-70、“凄乃皇”用に開発されたものであり、そのままのサイズでは戦術機が運用するにはあまりにも不向きな代物なのだ。また、砲身の冷却システムの脆弱さや砲身自体の耐久性、そしてなにより消費されるエネルギーを供給するのにG元素を用いた一種の“燃料電池”(?)を必要とすることになる。この電池のユニットは当然のごとく香月博士でなければ供給出来ない。これらの問題が帝国軍首脳や開発担当の技術士官、開発メーカーの人間たちを悩ませていた。…さて、そこで実は当社の出番になったりするんだね、これが。「…え~その件に関しましてはそちらの松鯉商事の担当者の方から補足説明を頂けると思うのですが」おや、もう出番ですか…99型の開発担当メーカーの役員さんが私をご指名ですよ。「それではお言葉に甘えまして当社の方から説明をさせて頂きます。 まず99型の大きさの問題ですが、砲弾のサイズを36mmにして小型化を図り、戦術機での運用が容易になるようにすべきと考えるのですが…実はもうその設計を完了しておりまして、はい」「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」おお、皆さん驚いてくれていますなあ~ いや苦労して設計した甲斐がありました。「…今、設計を完了したと言ったかね?」「はい…ああ、正確にはすでに部品の試作に取り掛かっております」「なあ!」「!!!」「試作!?」「え?あ?」「ぐふ!?」「むうう!」「ひ!」「で?」「ぶう!」…いやあ、皆さん面白い顔ですなあ~…あれ?なんで開発メーカーさんや巌谷中佐まで?ああそうか、まだ試作の開始までは話してなかったっけ…まあいいか、うん。「あの~」「…なにかね?諸星課長」「説明を続けてもよろしいでしょうか?」「…続けたまえ」疲れたような議長さんの声に少々申し訳ないような気がして来ました… 「…それでは99型電磁投射砲に関してはこのまま開発を続けることに決します」私の説明…99型の36mm砲への小型化とそれに伴う設計の変更と部品の試作、それに部品に必要な素材の調達や加工…こちらの提示した技術情報によって、99型は従来の120mmと新しい36mmの二つのタイプの試作続行が決定した。予算の関係から反対意見も出されたが、私が提供した設計図と部品のスペックが彼らに金の心配を忘れさせた。これが量産できれば、再び大侵攻があっても大丈夫…誰もがそう思っているようだ。…しかしBETA相手の戦いはそれほど甘いものではないだろうし、私の勝負もこれからが本番だ。まったく香月博士や巌谷中佐には頭が下がる…BETAと戦う前にウマシカな人達と戦わなきゃいけないのに、文句ひとつ言わないんだから。 ああ、夕呼先生の場合は別か…多分あの人はストレス解消のためにまりもちゃんやタケルちゃんをからかって遊んでたんだろうね。 巌谷中佐の叔父馬鹿も多分、それと同じなのかもしれないな…分からないけど。「それでは次に案件121、94式戦術機の改修要望についてだが…」…始まったか、本番が。 第17話に続く