第31話 「帝都城御前会議(後)」【2001年3月3日 帝都城・大広間】大広間にいる全ての人間が恐怖と苦悩で固まっていた。横浜の女狐…天才科学者香月夕呼が示したデータとその解析結果は彼らが守り治めるこの国、日本帝国の破滅を予感させるものだったからである。「…間違いないのだね、香月博士?」総理大臣・榊是親が絞り出すような声で確認の言葉を発した。「総理、私はこのデータを収集してから今日まで幾度も間違いではないか…いえ、間違いであって欲しいと思いながら検証を重ねてきました。 ですが残念ながらこのデータに間違いはない、いえもしも間違いであればこの首を差し上げても構わないと言える程に確かな内容だと申し上げます」これが“あの”横浜の女狐とは思えないほどしおらしい…だが、だからこそ恐ろしいまでの信憑性を感じさせる夕呼の言葉がそれを聞いた出席者全員の顔に絶望の影を落とす。先の大侵攻に前後して香月夕呼が密かに実施していた新型振動探知機の試験運用の結果、甲21号佐渡島ハイヴより大深度地下を掘り進むBETA群の存在を探知し、さらに全長1500メートルを超える超巨大属種の存在を確認したという夕呼の言葉に対し、そんな馬鹿げた話は信じられない…いや、信じたくないという表情のお偉方に彼女が見せたのはその新型振動探知機によって描き出された地中の解析映像だった。地中深くを掘り進むBETAとその背後に控える巨大な円錐形の回虫…その巨大なおぞましい影を見た出席者の何人かはこの国ももはやこれまでなのかといった顔を隠そうともしなかった…そんなお偉方の様子を冷ややかな目で観察しながら夕呼は説明を続行する。「この巨大な未確認属種を私は仮に空母級または母艦級と呼称していますが、その理由はこの巨大なBETAの特性によるものです」「特性…?」訝しげに呟く陸軍の将官の台詞に夕呼の口元が微かに歪む…それこそが世の人々に彼女を恐れ、忌避させる“女狐の微笑”であった。「はい、まずこの巨大なBETAは今日までその存在を知られてはいませんでした。 その理由はおそらくこの“母艦級”が常にハイヴの中か、もしくはそこから延びた横抗に潜んでいて地上に出る事がないために発見されなかったものと考えられます」「むう…何故そ奴は地上に出てこんのだ?」地上にさえ出てくれば必ず自分が倒すのに…そんなニュアンスを感じさせる紅蓮醍三郎の言葉に(いやおそらくニュアンスどころではなく、間違いなくこの怪物大将は1対1でヤル気だろうが)苦笑しながら夕呼は答えた。「閣下、その理由はおそらくこのBETAの役割にあるのだと考えられます」「む…役割とな?」「はい、この巨大なBETAは横抗の中を非常にゆっくりと移動していますが横抗の掘削そのものは重光線級等のBETAによってなされており、この巨大属種は常に彼らの後方に控えているだけなのです…そして掘削作業を行っているBETAたちが定期的にこの巨大属種の体内に入っているらしいことも観測結果から判明しているのです」「む?」「なに?」「ふむ…」「体内に…だと?」「それは…つまり」(…さすがに鈍い連中でもこれだけヒントを与えれば解ってくるわよねえ~~~)ようやく自分の言っていることをこの場の人間たちが理解出来始めたことに、ある意味安堵しながら夕呼は続ける。「そう、おそらく彼らはこの巨大なBETAの胎内で戦術機で言えば補給と整備、そして兵士に例えるならば食事と休憩にあたるものをとっているのだと思いますわ」「香月博士…つまりこの…仮に母艦級と呼ぶBETAは、その名の通り航空母艦のような働きをしているということかね?」「はい閣下、その通りだと考えています」国防大臣の質問に夕呼は簡潔な肯定の返答を返す。そしてその返答の意味を理解した人々は、次第にそれまで以上の恐怖に捕われ始めていた…大深度地下を侵攻する巨大な地中母艦…その中に多数のBETAを収容し、必要に応じてそこから出撃してくるBETA群…地中深く潜む相手にこちらからは攻撃出来ず、逆に向こうは地中から出てきて攻撃を仕掛け力尽きそうになればまた安全な地中の母艦に戻ればいい…実質間引き作戦は不可能であり、こちらは向こうの出現を待って迎え撃つしかない…「香月博士、この…仮に母艦級と呼ぶこの巨大なBETAの最終到達目標は何処だと思うかね?」「現時点での特定は不可能ですが、最も可能性が高いと思われるのがかつてのH22…現在の横浜基地と思われます。 その次の可能性としては帝都を含む関東から東海一帯の何処かでしょう」「むう、いずれにせよまたしても帝都が脅かされるか…」紅蓮大将ですら難しい顔で唸り声を上げる。「なにか手は…この侵攻を止める手立ては無いのかね!?」内務大臣の悲鳴にも似た言葉に対し、夕呼の答えは非情だった。「残念ですが現時点で大深度地下に潜む敵を倒す術はありません、もし倒せるとしたら彼らが地上に上がって来たその時でしょう」「「「「「「「「…………………」」」」」」」」夕呼の答えにその場の全員が沈黙した。 それでは遅い、遅すぎるのだ…たとえBETAを撃退したとしてもその時点ですでに佐渡島ハイヴから帝都のすぐ傍までBETAの侵攻用直通ルートが開通し、しかもその中には事実上の移動式前線基地が潜んでいる…それはつまり帝都の目の前に対BETA戦の最前線が出現すると云う事なのだ。現在の疲弊し切った帝国でもしまた帝都の陥落・放棄という事態になれば物理的な被害だけではなく、国民や兵士の精神的なダメージも計り知れないだろう…事の深刻さに誰もが沈黙した時、悠陽の声が広間に響いた。「たとえどれ程の困難があろうと我らには国と民を守る責務が存在します…香月博士、この状況を打破する策はありましょうか?」その問いに対して夕呼は一瞬だけ目を閉じた後、大広間の全てに響くような声でこう言った。 「打てる策はただ一つだけ…甲21号を攻略することだけでしょう」 「むう…やはりな…」「しかし…」「現状でそれが可能なのか?」「無理だ…とても」「だがこのままでは…」「いっそ米国に頼んで…」「馬鹿を言え!またG弾を使用されるのがおちだ!」「しかし!このまま帝都を落とされるよりは…」「そもそも彼奴等が手を貸してくれるのか?」「どうかな…どんな無体な要求を…」「だがそれでは…」夕呼の提案に戸惑いながら可能性を探ろうとする閣僚や軍首脳たちだったが、その中から榊総理が声を上げて聞いて来た。「香月博士、現状の帝国軍と国連軍の戦力を合わせても佐渡島ハイヴを落とすには力不足ではないのかね?」「はい総理、確かに現状の戦力では不可能ですわ」「香月博士…まさかあなたは米国にG弾の使用を求めるつもりではないでしょうな?」海軍司令部から出席した将官の一人が、疑わしげな声で夕呼に質問するが、それに対する夕呼の答えは更に意外なものだった。「いいえ閣下、G弾の使用は想定しません…いえ、決してG弾を使用する訳にはいかない理由がありますの」「なに!?使用する事が出来ない理由…ですと?」先程までG弾の使用を容認するような発言をしていた政府高官の一人が、驚いたように声を上げた。「そうです、それに関しましては私が用意いたしましたいま一つの資料…合衆国政府内では『M-78ファイル』と呼ばれている極秘文書をお見せします」その発言に広間の出席者たちはさらにざわめき、互いの顔色を伺う様子を見せた…何故なら出席者たちの殆んどはそんな極秘文書の存在など一度も聞いた事が無かったからである。ただ一人…広間の片隅に座っていたメガネの男が口元をひくり、と引き攣らせてあさっての方に視線を泳がせたが、だれもそれに気付いた者はいなかった。 …まったく、だからその碌でもないファイル名は止めて欲しいんだが…まあ言っても無駄、というより藪蛇になりかねんからねえ~。それはともかく、現在のところ殿下や香月博士の思惑通りに事が運んでいるようなので一安心といったところかな?今しがたの捕り物劇と殿下の御言葉で本土防衛軍の上層部は完全に沈黙したし(乃中大将以外罪に問わないと言われてそれでも文句を言えば、今度こそ本土防衛軍はよってたかって解体されるからだ)さらに香月博士が明かした母艦級の情報によって帝国に迫っている危機が明らかになった以上、内輪もめしている場合ではないと殆んどの人間が認識しただろう。だが問題はこの危機を直視した時、この国の中にも存在する第5計画推進派がG弾の使用を容認すべきだという意見を言い始めるであろうということだ。確かに現状の戦力ではハイヴをおとす事は不可能だろう、凄乃皇も電磁投射砲もXM3もまだないのだから…だがしかし、ある程度の時間さえ稼げればそれらの戦力を質・量共に“おとぎばなし”の内容以上の物をそろえることが可能なのだ。そしてG弾の使用は第4計画の挫折と第5計画の暴走を招く以上、絶対に許してはならない…あのファイルを公開するのも、夕呼先生の特別講義が行われているのも全てはその暴走を予防するためなのだ。頼みますよ、夕呼先生… 「な…んだと」「バ…バカな!」「おお…こんな…」「これでは我が国は…いや地球全体が…」「…米国めが!よくもこんな代物を我が国の国土に!」「まさか…2次的な被害がこれほど…」「人類が生存可能な領域がこれほど狭くなってはもはやBETAを滅ぼしたところで…」「確かなのか?このファイルの内容は!?」夕呼が配布したファイルのコピーに目を通した出席者たちは、口々に悲鳴とも呻き声ともつかぬ言葉を発していた。G弾を使用した場合の2次的な被害に関しては、横浜の現状や昨年キリスト教恭順派によって暴露された情報によりある程度のことは判っていたが、このM-78ファイルの内容はそれまでのものとはケタ違いの衝撃をもたらすものだった。ユーラシア大陸全域にG弾を投下した場合、仮に全てのハイヴを破壊出来たとしてもその代償として重力偏移により大規模な海面上昇が起き、ユーラシア大陸はほぼ全てが水没する…さらに大気や磁気の偏向現象によって地球環境は完全に破壊され南半球は塩の砂漠と化し、北米大陸も西側のみが人類の生存圏として使用できる状態となる。さらに夕呼が付け加えた説明によれば、仮に全てのハイヴを制圧出来たとしてもそれで地球上のBETAが全滅するとは限らない…先程の母艦級の存在を前提とすれば、オリジナルハイヴや他のハイヴから新たなハイヴの種(又は卵)を抱えて何処かに隠れ、再びハイヴを築く可能性も否定出来ないというのだ。…それは即ち人類の終焉を意味していた。 「つまり、どの道我々はG弾に頼らずに通常戦力によってハイヴを攻略するしかない…そういう事だな香月博士?」「はい、総理の仰る通りですわ」「しかし、それではどうやってハイヴを攻めるのかね? 現状の戦力では不可能と言ったばかりではないかね?」「ええ、確かに現状の戦力では不可能ですが…上手くいけば今年中にそれが可能になるだけの戦力を揃えられると思いますわ」「なに!本当かね!?」「はい総理、現在横浜と帝国においてそれぞれ開発中の新型兵装と、帝国軍、国連軍、それに大東亜連合軍の共同作戦であれば甲21号を攻略することが可能でしょう…ただし、地下の超大型属種・母艦級の侵攻速度から逆算すれば今年末までに作戦を実行する必要がありますが」「むう、年末までにか…」榊総理以下閣僚たちは難しい顔で唸る。現在の帝国の財政でそれを行うことの困難さを頭の中で計算していたためである。そして帝国軍の首脳たちもまた作戦遂行の困難さを思い描き、苦悩に顔を歪めていた。現在の疲弊し切った帝国軍の力で果してどこまで出来るか…国連軍や大東亜連合軍の協力があったとしても困難を極めるだろうし、いくら新型OSをはじめとする新装備が出来たとしても時間的にはギリギリではないだろうか…それが彼らの偽らざる思いであった。 「為さねばなりません…たとえそれがどれ程困難を極めようと」「殿下…」沈黙の大広間に悠陽の声が響き、全員が彼女の方を見る。「我らがそれを為さねば帝国の落日は確定的なものとなりましょう…ならば万難を排してでも佐渡島ハイヴを攻略するしかありません」そして悠陽は広間の全員に言い聞かせるように自らの考えを語った。 「すでに先の大戦より半世紀…今更政威大将軍による統帥権の確立など時代遅れと言う者もいるでしょう。 ですが今日の難局をこの帝国が乗り越えるためには軍の指揮を統一しなければならないことは明白です。 それ故この悠陽は異論があることを承知の上であえてこの身が軍の指揮を執ることを決意しました。 もしこのことに異論があるのであれば、今この場で申すがよい…そしてそれがないようであれば、これより先は我が指揮に従って貰います。 そしてこの帝国の安泰を確認した後、わが行いに過ちがあったと思う者は遠慮なく申すがよい…この身は決して逃げることなくその言を真摯に受け止めましょう」 その悠陽の言葉にその場の全員が平伏し、彼女に従う事を表明した。そしてその中には本土防衛軍の二人もいたが、彼らも異論を唱える事はしなかった…いや、出来なかった。志田大佐は心の中で自問自答していた。(…これでいいのか? 確かに乃中大将の過ちを彼一人の責任で終わらせてくれたのは有難い。 だが今の時代に将軍家が統帥権を振りかざすなど! 非常時なのは判る! 我々に信用が無く、それに代わる何かが必要なことも…だが、これでは我が国の未来はどうなるのだ? 一度将軍家の権威が復活してしまえばまたぞろ武家や公家といった過去の遺物がのさばり始めるのは確実だ! そうなれば軍の事だけではない、この国のあり方…民主主義の根幹すら揺らぎかねないのではないのか? いかん…このままでは…)大北中将は頭の中で思考を巡らせていた。(完全にしてやられたな…おそらくこのサル芝居はかなり入念に準備されていた筈だ。 愚か者の乃中がそれに嵌ったということか…いずれにせよ榊政権と横浜の女狐までもが目の前の小娘についたのは確かだろう。 だが、所詮は小賢しいだけの子供だ…自分が口にした綺麗事が実際にどれ程の困難を伴うか間もなく身をもって知ることになる筈だ。 将軍復権となればあの摂家の亡霊共が黙っていないだろうからな…背後からあの小娘を引き摺りおろして自分たちがその座にすわろうとするのは確実だろう。 それより厄介なのは本土防衛軍の内部か…乃中がこうなった以上、予算や人事の件でいい関係を保ってきた我々までもが火の粉を被りかねん。 …止むを得んな、乃中とその派閥は生贄になってもらうしかない…奴らを排除したところで組織の膿が出されるだけで本土防衛軍や我々統帥派の力が削がれる訳ではないしな。 しばらくは雌伏の時間を迎えねばならんと云う事か…それも止むを得んな。 どの道将軍家や近衛が自分からボロを出すまでの我慢だ…ただ、少々気にかかるのはこのサル芝居の脚本家が誰かということだが、相馬原基地の一件や先日から街に流れている曲もその一環だとすると…これは紅蓮や榊のような人間の発想ではないな。 一体どこの誰がこの舞台を作り、そして脚本を書いたのだ? 誰が……調べる必要があるか…幸いこの俺にお咎めが来ないところを見るとこちらの内通者はまだばれてはいないという事だろうしな)自分の思考に没頭する二人をよそに御前会議は続き、近日中に甲21号攻略作戦の準備開始が決定されて会議は終了した。 いやあ~~~終った終った…色々と揉めるんじゃないかと思ったんだけど、流石にあの乃中大将の醜態と夕呼先生の講義の内容は衝撃的だったようだ。あっさりと殿下の復権を皆が認め、さらに佐渡島ハイヴ攻略に向けて殿下の指揮下での挙国一致体制の確立が合意されました…いや、めでたしめでたしだね。これであとは政府と国会が殿下への大権返上を上手く行えば、名実ともに統帥権の確立がかなうだろう。まあ政府というより国会(議員の先生たち)の方がまだ何も知らないだろうからそれの説得が大変だろうが、ここは榊総理はじめ閣僚の皆さんの努力に期待するしかないでしょうなあ…そして軍部の方だが…こっちは予想通りというか、やはり本土防衛軍は一筋縄ではいかないようだ。斯衛軍はまあ問題なしとして海軍や陸軍、航空宇宙軍も殿下の復権を好意的に受け止めているようだ。しかし、今回の件で悪役(実際にそうなのだが)にされた本土防衛軍の出席者お二人の反応は、相当に根に持ったという印象を受けた。もっとも月詠大尉などに言わせれば“ふざけるな!生きて帰れるだけでも有難いと思え!!”ということになるようだが…特に二人の内の片方…大北中将は統帥派の有力者であり、その思想は統帥権の確保だけでなく軍事政権の確立が目的なのではないかと先生はかつて疑念を抱いたことがあるそうだ。…いずれにしても彼らがこのままで終わるという事はなさそうだ。 だがしかし、私は今それどころではない問題に直面しているのだ。御前会議終了後、殿下に呼ばれた私はその場でトンデモナイ事を言われたのである。「…はい? 斯衛軍大尉…ですか?」なんとこの私に斯衛大尉にしてくれる…いや、斯衛の士官になれというOHANASIなのだ。周りを見れば榊総理と紅蓮閣下は面白そうな顔をしてるし、月詠大尉と侍従長は忌々しげな顔で私を睨んでるし、さらにこの場にいるもう一人の人物…斑鳩忠輝斯衛軍少佐は興味深げに私を観察中のようだ。「あの~~~殿下?」「はい? 何でしょう諸星?」にっこり笑って殿下が答えてくれるが……楽しんでますね?「何故、この私が斯衛軍に入らねばならんのでしょうか?」「ほほう…その方、殿下の臣となるのが嫌だと?」…そういう問題ではないでしょうが! この怪獣閣下!!「いえ、嫌とかいう問題ではなくてですね、一体どんな必然性があってこのような話になっているのかということなのですが?」「その理由は私から説明しよう諸星君」ええ…是非詳しい説明をお願いします榊総理。「まず表向きの理由だが、X2を始めとする君の今日までの殿下と斯衛軍に対する貢献に鑑みてと今後の活躍に期待しての褒章というのが一つ、もう一つは君が提案した例の計画に関して私と殿下に対してのみ責任を負う立場に立って貰わねばならんのでその体裁をつけるために斯衛軍大尉(相当)の地位を授けるというものだ」「なるほど、それはつまり例の計画の責任者に私がなると…いえ、しかし他にもする事が多過ぎますし出来れば他の人に任せてもらいたいのですが?」「うむ確かに『XOS計画』の件もあるし、君には米国との関係にもタッチしてもらう必要もあるからな…だからもちろん実際の指揮は別の人間がとるがね、しかしそれはあくまでも表向きの理由だ」…助かった、もしこれ以上仕事を増やしたら間違いなく過労死するところだった。「…それで? 本当の理由は何です?」「…諸星君、君はいつまでこの国を拠点に仕事をしてくれる予定なのかね?」「!」成程…それが理由ですか…「私としてはこの国が殿下の下で安定した後は米国に拠点を移すことも考えておりますが…」「…貴様それでも日本人か! 第一、彼の国のブタ共にどんな施しが必要だというのだ!!」そんなにいきり立たないで下さいよ月詠大尉…「まあ確かにあの国に施しをする必要はないでしょうが、しかし同時に世界全体のことを考えればどの道あの国に何らかの干渉をせざるを得ませんから」「くっ…!」「うむ、それはよく判っている。 しかし私はこの先の困難を考えた時、この国には君の力が必要不可欠だと考えているのだ…とりあえず今回の御前会議の成功で我々が予見した最悪の事態は遠のいただろう、だがだからと言って問題が全て片付いた訳ではないのだよ」「仰ることは判りますが、私にも立場という物がありまして…」やんわりと断る私の言葉を榊総理が遮った。「分かっている、なにも君に今以上の職権濫用を求めている訳ではない…私が求めているのは君個人の協力なのだ」「しかし総理、それこそ私個人はただのつまらない人間です。 どれだけあなた方のお力になれるか…ご期待に応えられるとは思えませんが?」実際これは謙遜ではない、私のこれまでの仕事の殆んどは並行基点観測員の役職があったからこそ出来たものだ。 それを離れた私個人の力などはっきりいってタカが知れたものなのだ。榊総理としてはもしかしたら藁をも掴む心境で言っているのかも知れないが、だからこそ下手な期待を抱かせたくはないのだ。やはりここははっきり無理だと言うべきか…《あの~~~モロボシさん?》おや、なんだいチビコマ君?《実はですね~~~スミヨシさんやヨネザワさんから伝言を預ってまして~~~》…おいおい、キミ自分で勝手に彼らと通信を…って、そう言えばこの無茶苦茶にスタンド・アローンなAIの性能が原因でこいつらに廃棄処分が下されたんだっけ…それで彼らは何と?《“いいからやれ!”だそうです~~~》………あいつら~~~~~~~!!!!!《一応、ハナガタミ社長がスポンサーになってくれるそうです~~~》あの男か…道楽もほどほどにしないとその内会社を潰すんじゃないか?だが、それならなんとかなるかも知れない…あの社長の資金力と道楽気質、それにスミヨシ君たちのサポートがあれば多少の事は可能だろう。それにこの国はまだまだ安定したとは言い難い。本土防衛軍の他にも目の前の少女とその椅子を狙う連中はいるようだし…まだ米国に軸足を移すには早過ぎるかも知れないな。…はあ、当分は帝都とアラスカを往ったり来たりになるかな。「諸星」…っと!「は、何でございましょう殿下」「そなたに斯衛大尉の身分を与えるは決して恩に着せてそなたを縛るためではありません。 そなたの力を我らが借りたいように我らの立場や力がそなたに必要な時は何時でもその身分を使ってよい…そのために与えるのです」「…よろしいのですか殿下、これから私がやろうとしている事はひとつ間違えば世界を敵に回しかねないのですが?」「承知しています。 されどどの道そなたの助力がこの帝国には欠かせません…なればこの身もまたそなたの務めが上手く運ぶように力になるのが最善の道と信じます」…これはまいった、こうまで言われた以上もう私に逃げ道はないか。「解りました殿下…そして総理、この私に出来る範囲であれば喜んでお力になりましょう」「諸星君、ありがとう…心から感謝する」「諸星…そなたに感謝を…」ああ…いやどうも照れますなあ…「ところで殿下、こちらの方には何処まで…?」私は照れ隠しも兼ねて、先程から興味深げな視線でこの成り行きを見守っていた人物…斯衛軍第16大隊指揮官・斑鳩忠輝少佐を見る。「うむ、諸星課長…いや諸星大尉、私は帝国斯衛軍第16大隊指揮官の斑鳩だ。 これから宜しく頼む」「諸星段です。 こちらこそ宜しくお願いします斑鳩少佐」「諸星、忠輝どのは我が腹心…それ故この者には全てを話すつもりです。 その前にそなた等を引き合わせておきたくてこの場をしつらえたのです」「成程…」「殿下…先程から聞いておりますに何やら国家の浮沈にかかわりかねない大事と見受けますが、一介の少佐に過ぎぬこの忠輝が知って良い事なのでしょうか?」「構いません。 そなたには万一の場合に備えて全てを知っておいてもらいたいのです」「またそのような…この忠輝は殿下より後に死ぬようなことはござらんと申したではありませんか」いや~~~これはまた見事な時代劇…いやもとい、忠君愛国の一幕ですなあ~~~~…こんな人たちの一員とか勤まるのか?この私が? とにもかくにも殿下や総理とのオハナシも終了したことだし、さあ帰ろう……「マテ、モロボシ」ぎくっ!!「諸星どの、少々お話がございます」ぎく、ぎくっ!!!ゆっくりと声のした方を振り向くと…そこには二人の般若がいた。「ここここれは月詠大尉に侍従長…ななななにかごご御用でしょうかかか…」「なに、大したことではない…先程の御前会議で起きたあの“タライ落とし”とやらについて少々聞きたいことがあってな…」「さほど時間はとらせません…そなたが正直に話さえすればですが…さあ、こちらへ…」「いやその…私はこれから会社に帰って…その…」「…いいから来い!」「…はい」…それから約3時間、私は二人の鬼女に散々嬲りものにされたのであった。斯衛大尉って…人権とか無いのかなあ… 第32話に続く