第42話 「今夜はEat It!」【2001年5月2日 PM 7:00 Sterling Hill 店内】え~皆さんこんばんは、モロボシです。ただいまこの『Sterling Hill』の店中は異様な緊張感に満ちております。何故かと言えばこの店の中にいる人たちのせいなんですな、これが…現在この店の中にいる面子はと言えば、まず私と猪川少佐と山本大尉、お騒がせトリオのタリサ、クリスカ、イーニァの三人、さらに彼女たちの上官であるイーダル小隊指揮官のサンダーク中尉とアルゴス小隊指揮官のドーゥル中尉に篁中尉、そしてアルゴス小隊のメンバーたち3人にローウェル軍曹……とまあここまでは事情を考慮すれば普通にあり得る顔ぶれなのだが、それに加えて予想外の豪華(?)な顔ぶれが揃っていたりするんですよ。まずはこの基地の重鎮であり、プロミネンス計画の責任者でもあるクラウス・ハルトウィック大佐、そしてお伴は大佐の秘書官さんとフーバー少佐、更に本日のスペシャルゲストとして合衆国海軍のトップであり大統領の片腕ともいうべき人物、ベイツ提督がいらっしゃってます。……どこで噂を聞きつけたかは知らんが、この野次馬オヤジたちは我々がこの店にタリサ君と紅の姉妹の計3人を連れて来た時には既に来店しておられたのですよ。 物好きなオッサンたちだなあ…まったく。 「貴様が言えた義理か?」…だから心を読まないで下さいよ少佐殿。「なら少しは表情を読まれんようにする事だ」…善処します。 さて、私が彼女たち三人をこの店に連れて来たのには理由がある。本日の騒動を起こした事に対する「形式的な懲罰」を彼女たちに科すためだ。サンダーク中尉やドーゥル中尉は部下の処分は自分たちに任せて欲しいと言って来たが、流石に他所様の敷地に入り込んで暴れた彼女たちをはいそうですかとタダで返す訳にもいかないし、こちらで「厳重な処分」を下したりあるいは正式な軍事裁判等を行ったらそれこそ面倒な話になってしまうんだよね。そこでまあ、本人達の上司(と言うよりもう保護者と言った方がいいかも)の立会のもとで処分を行った後で彼女たちをそれぞれの部隊に返す…という話になった訳だ。 …え? 全部お前が仕組んだんだろうがって?いえいえトンデモナイ、少なくともタリサ君とクリスカが暴れたりしなければ何もするつもりはありませんでしたよ私は……暴れたりしなければね(笑) そして今、我々の目の前でその「形式的な懲罰」の一つ目が終わろうとしているのだ。「……出来た、これでいいんだろ?」(タリサ)「書けたよ~~~~」(イーニァ)「…書き上がった」(クリスカ)うむ、どうやら出来たようだな。「…モロボシ大尉?」「何でしょう? サンダーク中尉」「その…これは一体何なのでしょうか?」「見ての通り「形式的な懲罰」ですが、それが何か?」「この…日本の文字の書きとりがですか?」サンダーク中尉が怪訝そうな顔で聞いてくるが、一体何が不満なのだろう? もっと重い懲罰の方がいいとでも言う気かなこの男は? さて説明しよう、今彼女たち三人にやらせていた「懲罰」の内容は私の用意した色紙(各自10枚)にそれぞれ彼女たち自身の名前をひらがなで書き込むというものである。それぞれ「いーにぁ」、「くりすか」、「たりさ」と書かれた見本に従って同じ物をそれぞれが10枚ずつ書いてもらったのだ。もちろんこの合計30枚のサイン入り色紙は後日、土管帝国の支援者たちの間で競りにかけられる事になるだろう。…なに? いくらなんでもアコギ過ぎるんじゃないかって?あのね皆さん、そうは言っても私だって無限に金や物資が出るポケットを持ってる訳ではないんですよ。本来私の使命は人類の避難場所を建設する事だけであって、その他の計画に関しては連合や日本政府からの予算は基本的に貰えないのだよ(まあ、難民のための援助物資とかはある程度まで政府の予算がつくけどね)だからそれ以外の活動に関しては民間からの支援(つまりはヴァルハラにいるような“おとぎばなし”のファンたちによる援助)が無ければ成り立たない。そして彼らの支援をより多く引き出すためにはそれなりの見返りが必要…という訳だ。…みんなビンボが悪いんや。 「ではモロボシ大尉、これでもうよろしいのですか?」こちらも怪訝そうな顔を隠し切れないドーゥル中尉がそう聞いてくるが、流石にそんな訳ないでしょう? それじゃいくら何でも甘過ぎるだろう。「いえ中尉、流石にこれだけでは軽過ぎますのでもう一つ罰を与えてからという事になります」「そうですか…それでもう一つとは?」「そろそろ出来たかな…? ケイシー!出来たかい?」私がそう叫ぶと、厨房の中からケイシーが出て来た。「ああ、そっちのおチビちゃんの分は出来た。 後二人分はもう少しだけ待ってくれ」「そうか、それではシェスチナ少尉の分だけ先に始めようか」そう言って私はケイシーから出来上がった料理を受け取って、それをイーニァの前に置いた。「…何だこれは?」警戒心全開でクリスカが聞いて来るが……見て解らんのかね君は?「世間一般においては「カレーライス」と呼ばれる物だが、それがどうかしたかね?」「…これをどうしろと?」おいおい…わからんのかよ? まったく、これだから子供の情操教育は疎かにすべきではないのだ。「もちろん、食べるんだよシェスチナ少尉がこれを」「ッ…毒など入ってはいないだろうな?」「心配しなくてもそんな物は入ってないよ、第一それでは「形式的な懲罰」にならないだろう?」「クリスカ、大丈夫だよ」「イーニァ?本当に?」「うん、この人嘘は言ってないから」「そう…わかった」不安げな表情を見せるクリスカを宥めてからイーニァは目の前に出されたカレーをスプーンで一口食べる……さて、お味はどうかな?「お~いしい~~~♪」うむ、このメニュー『味平ミルクカレー・スペシャル』はどうやら好評のようだな。…なに、知らない? よろしい、では説明しよう。元々このカレーは古くから我が国に数多くある洋食カレー屋の中でも代表的な店の一つ、「アジヘイ」のメニューを私がケイシーに頼んで改良した物だ。本来は日本人の好みに合わせて醤油をたっぷりと使って一晩寝かせるのだが、日本人以外の味覚に合わせるためにそば用のかえしを少しだけ使い、リンゴとミルクで甘味を出していたのに加えてパイナップルを細かくフレークにしたものとドライフルーツのチップを刻んだ物を入れたのだ。子供の味覚に合わせた程良く辛く、甘く、フルーティーな旨味が出ている一品である。「イーニァ、大丈夫?」「うん、とっても美味しいよクリスカ」「そう、良かった…」美味しそうにカレーを食べるイーニァを見てクリスカが安心したような顔になるが…さて、今度は君とタリサ君の番だよ、ビーチェノワ少尉?「ケイシー、出来たかい?」「ああ…出来たぞ、ダン」「そうか、では君たちも食べて貰おうかマナンダル少尉にビーチェノワ少尉」 そして目の前に置かれた料理を料理を見た二人の反応は… 「……ッ、何だこれは?」「…おい、これ何だ? まさかと思うけど…これを食えとか言わねえよな?」出された料理を一目見たタリサ君とクリスカが私の方を睨むが…まあ無理もないだろうね。彼女たちの目の前に置かれたのはマグマのように赤黒い色でぐつぐつと煮えたぎる中華料理の一品、「麻婆豆腐(又の名を外道麻婆)」である。その色、その香り、その熱さ……どう考えても人間の口に入る者だとは思えない代物だ。ラー油と唐辛子を一体どれだけ使ってどれだけ煮込めばこの色と香りが出るのか…マグマのような色とそこから発する香りだけで目と鼻の中が焼かれるような気分になって来る。この外道麻婆、元々は我々の世界にある型月区冬木市の老舗中華料理屋で出されていた料理だ。その常軌を逸した余りの辛さ(痛さとも言う)故にこのメニューを注文する客は二人しかいなかった(いやむしろ二人もいた事が驚きだろう)私は偶々その二人とは知り合いだったのだが、あの人達はどうしてこんな物を好んで食べていたのか未だに理解出来ずにいる。もしかしたらこれを食べる事が神の与え給うた試練とでも思っていたのかもしれないけど(実はその二人はどちらも聖職者なのだ)ちなみに私もかつて好奇心に負けて一度だけこの麻婆を食べてみた事があるのだが…一口食べただけで意識がブラックアウトしそうになった(どこかの川のほとりで向こう岸のお花畑を見ていたような気もする)その料理を今日の「形式的懲罰」で出すために、知人の“あかいあくま”からレシピを貰っておいたのだ。 「では二人とも食べたまえ」「なっ…!」「おい!オレたちを殺す気かよ!?」私の言葉にクリスカは絶句し、タリサ君は抗議して来るが…もちろん却下だ。「君たち、何か勘違いしているようだがたとえ形式上の物であってもこれは「懲罰」なのだよ? 全く何の苦労もない代物だとでも思っていたのかね?」「ぐっ…そ、それじゃあそこのチビの食ってる物は何だよ!? 何でそいつだけそんな美味そうなモノ食ってるんだよ!」そう言ってタリサ君は美味しそうにミルクカレーを食べるイーニァを指差すが…「ふむ、それに関しては君たち三人が今回の不祥事を起こすにあたって誰の責任が最も重く、誰の責任が軽いかを事情聴取の内容から判断した結果だが?」「ぐ…」「…」その一言でタリサ君は沈黙し、クリスカも無言のままだ。そもそも今回の騒動の原因はクリスカの過剰なまでに排他的な対応とそれに腹を立てたタリサ君のイタズラ心が発端であり、イーニァの場合は結果的に二人の喧嘩(殺し合いになったが)に巻き込まれたに過ぎない。従ってイーニァの食べる料理にはある程度手心を加えたのだ……というのは勿論建て前に過ぎない。本当の理由は私自身の身の安全を図るためである。え…? 何故だって? 考えてもみたまえ、もしもこの地獄の麻婆豆腐をイーニァに食べさせたりしたら並行世界にいる『アノ連中』が私に何をするか……想像しただけで寿命が縮む気がする。彼らの私情に基づく『教育的指導』という名の制裁(リンチ)を回避するためにはイーニァに食べさせる料理だけは手心を加えない訳にはいかなかったのだ(いやホント、命の危険を感じたし) …まあそんな事はどうでもいいとして、まだ料理に手を付けないのかよこの二人は(無理もないけど)「ビーチェノワ少尉、もし食べられないというのであればシェスチナ少尉と皿を交換しても構わないが?」「…ッ! その必要はない、これは私が食べる!」そう言って勇敢にもクリスカはレンゲですくった麻婆を一口食べる……あ、痙攣を始めた。おそらく今、彼女の口の中では辛さという名の激痛が駆け巡っている事だろう。「ク、クリスカぁ…大丈夫? わたしのと取りかえる?」「だ…大丈夫よイーニァ、これは私が食べるから…イーニァはそっちを食べてね」心配そうに声をかけるイーニァにそう言って、クリスカは更にもう一口麻婆豆腐を食べる。うんうん、実に麗しい姉妹愛ですなあ……それに引き換えこっちのお子様とその仲間たちは…「ステラぁ~~~助けてくれよお~~~」「…ごめんなさい、私にはどうする事も出来ないわ」「VG~~~~頼むからさあ~~~」「あ~~~~悪い、オレ中華はダメなんだわ」「嘘つけテメエ! …ユウヤぁ~~~オマエだけはアタシを見捨てたりしないよな~?」「チョビ………短い付き合いだったな…」「…薄情者~~~~~~!!!!!!!」(泣)可哀想に部隊の仲間たちからも見捨てられたようだ…無理もないか、流石にこの地獄麻婆をタリサ君の代わりに食べようだなんてモノ好きはいないだろうしね。「ではマナンダル少尉、そろそろ覚悟を決めて貰おうかな?」「………オボエテヤガレ、コノヤロウ」恨めしげな捨て台詞を漏らした後、恐る恐る料理を口にしたタリサだったが…… 「Q#&ガ*D¥サ=$?ラ%W<Bキ8E+!!!!!!!!」(ドサッ) ……あ、僅か一口で陥落した。あまりの辛さに気を失ったタリサ君を仲間たちが慌てて介抱している。案外耐性が無かったな、この子の故郷やその周辺は辛い物王国ばかりだから少しは持ち堪えると思ったが…やはりこの麻婆だけは別格という事か(考えてみれば恐ろしい食べ物だ)さて、それではクリスカ君の方は…おお、もうすぐ食べ終えるじゃないか。「クリスカ、大丈夫?」「大丈夫よ、もう少しで食べ終わるから…」イーニァに寄り添われながら必死になって地獄麻婆を食べ続けているよ彼女…頑張るねホント。「…終わった」最後の一口を食べ終えたクリスカは疲労した顔ながらも笑顔を浮かべると、力尽きたようにテーブルの上に突っ伏した。「クリスカ~~~しっかりして~~~~」イーニァが慌てて彼女にすがりつくが…ふむ、まあこんな所かな? 「お待たせしましたサンダーク中尉、ドーゥル中尉、これでこちらの処分は終了しましたので後はあなた方にお任せします」「り…了解しました」「…大尉の寛大な処分に感謝します」何ともいえないような強張った表情でそう言ったお二方がそれぞれの部下を引き取って店から出て行った。アルゴス小隊の面々やハルトウィック大佐たちもそれに続き、唯依ちゃんも何か言いたそうな顔をしていたが猪川少佐に無言で制止されて店を出て行く…どうやら少佐殿は明日になってから私の説明(弁解)を聞くつもりのようだ。 さて、これで今夜は店仕舞い……と思ったらまだ帰らないお客さんがいましたよ。「ケイシー、提督にお酒と料理を頼む」「もう出来てるよ、ダン」残念ながらもう一仕事残っていたようだ。 第43話に続く 【おまけ】 《モロボシさ~ん、スミヨシさんと教授から伝言です~~~》伝言? 何だって?《え~とですね~、“GJ! イーニァがカレーを食べている映像を早く送ってくれ!”だそうです~》あの二人、もう戻れない道に足を……まあいいか。《それからクリスカ親衛隊の皆さんからですけど~、“もう一回やったらコロス、それとクリスカが悶えている場面の映像を早く!”ですって~~》…外野はいいよなあ~~勝手な事ばかり言えて。《あとタリサファンクラブから~…》どうせクリスカと同じ内容だろ? 同じペナルティにしたんだし。《それが~、“もう一回やってくれ! 是非見たい!”だそうです~~~~》タリサ…可哀想な子……