一輝と武は信人の手配した車によって帝都城に到着し、ボディーチェックの後に信人の部下である『大和 真純』大尉の案内で帝都城の一室に通された。
自己紹介した際、一輝の副官である山門 円中尉の従姉妹であることを教えられた。
その際苦笑を浮かべていたので山門経由で一輝の奇行の一部が伝わっているのだろう。
その当の一輝は持ち込んだ荷物の検査に立ち会うためにここには居らず、武は一人で待合室にて待っていた。
武は緊張しているのか室内をきょろきょろ見回したり、戦術機操縦における運指の練習になる指運動をしたりと落ち着かない様子で待っていた。
しばらくすると内線電話が鳴り、警護兼監視として付いていた大和が出た。
「はいこちら応接室の大和です。月詠大尉、ええ、はい、了解しました。それではそちらにお通しします。白銀大尉、準備が整いましたのでお手数ですが移動をお願い致しします」
「了解しました。ところで大和大尉、まだ一輝、いや南武大尉が戻ってきてないのですが、待たなくて良いのでしょうか」
大和は武を客人として遇し、武は大和を先任として接しているため同階級ながらもお互いに敬語で話していた。
「南武大尉でしたら既に荷物の検査が終了し、会議室に向かっているとの事です」
「そうですか、わかりました。ではどちらの部屋に向かえば良いのでしょうか?」
「ご案内いたします。どうぞこちらへ」
そう言うと大和はドアを開けて廊下を奥の方へと歩き出した。
しばらくすると大和の歩くペースが徐々に速くなり、彼女は早歩きと言うよりもむしろ競歩の速度で歩きながら
「ちなみに私と逸れた場合、最悪のケースでは間諜として処分されることになりますのでご注意ください」
と黒い笑顔を浮かべながら言ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。急にそんなことを言われると何だか恐いじゃないですか!? あれなの、俺ってこのまま嵌められて死ぬの!?」
この発言に武は青ざめ、歩行速度を上げて必死に真耶についていきながら抗議を行った。
ちなみに気配で察したのか走ろうとした瞬間、大和によって
「廊下を走ってはいけません!!」
と一括されて走ることは早々にあきらめていた。
しばらくすると大和は速度を落とし、とある部屋の前でやわらかい笑みを浮かべて立ち止まり、こちらに振り向いた。
「間諜云々というのは冗談ですよ。何やら先ほどから緊張されているご様子でしたので。どうですか、少しは緊張が和らぎましたか?」
「マジで勘弁してください。場違いな場所にいるって言う緊張は少し和らいだけど別の意味で緊張しましたよ」
「マジ? とは一体何でしょうか?」
「いや、あの~、俺や一輝が『本当に』とか『本気』みたいな意味で使う言葉です。一種のクセみたいなものなので気にしないで下さい」
「そうでしたか。初めて聞く言葉でしたので気になってしまいました。南武大尉もそうですが白銀大尉も面白い方なのですね。ああ、無駄話はこれくらいにしましょう。突然ですが、準備はよろしいでしょうか?」
「一体何の準備ですか?」
「心ですよ」
そう言うと大和は眼の前の扉のノッカーを鳴らし、ドアを開けた。
武が慌てて中に入ると、大和は扉を閉めてから扉の外で警備の任務に付くことになっていたのだ。
「遅くなり申し訳ありません。国連軍第11方面軍横浜基地所属、副司令直属、白銀 武であり…」
そして武は中に入ったところで管制名を名乗り、敬礼をしながら中を眺めた瞬間、固まってしまった。
それもそうだろう。
会議室の小円卓に座る人物の中でも、自分と正反対の位置に皇帝から征夷大将軍の任を預かっている煌武院 悠陽殿下が座っており、自分を見つめて眦に涙を浮かべているのだ。
「本物の武様…本当に生きていらっしゃったのですね」
悠陽に声をかけられ、予想外の事態にはっとした武は一輝の横に立つと何を考えたのか
「失礼しました。本日は拝謁の許可を頂き真にありがとうございます」
と悠陽に頭を下げ挨拶の辞を述べ始めた。
「お前なあ、ここは再会のハグやキス位するところだろうが」
信人はこの姿にと突っ込みをいれ、武と一輝の後方、扉の横で警備を行っていた月詠大尉は『ハグ』に『キス』という単語に敏感に反応し、瞬時に警戒態勢を取っていた。
「バ、バカ兄貴。昔ならまだしも今やったら洒落になんねえよ。できるわけねえだろうが!! えーと、失礼しました。お久しぶりです殿下」
武は信人の言葉に赤くなりながらも、人を惹き付ける笑みで再会の挨拶をしていた。
そして悠陽は久しぶりに幼い頃の面影を残す笑顔を見たことでまたもや涙ぐみかけるもこらえていた。
「フフフ、そなたは本当に武様なのですね」
「殿下、油断されてはなりませんぞ。白銀家の者はたしかに横浜防衛戦にて避難が間に合わず行方不明になったと報告されております」
「紅蓮の言う通りだ。この男は本来法的にも既に死んだ身であり、これまで何回同じような手があったことか」
「ハハハ、紅蓮閣下に神野閣下も存外に用心深いですな。たしかに微妙に怪しい部分はあるかもしれませんが彼は『白銀 武』ですよ。鎧衣課長の持ち込んだデータはしっかりと確認なされたはずでしょう」
「紅蓮に神野の爺さん、直接話しをした俺が保障するさ。あいつは正真正銘の白銀 武だ。今まで出てきた偽者とも違うさ」
非常に変わった髪形をした老人、紅蓮 醍三郎(斯衛軍大将)と神野 志愚磨(斯衛軍大将)はDNA鑑定の結果に加え、生身の武の姿を見てもすぐさま信用することは無かった。
それもそうだろう。
武は幼い頃の殿下や信人、冥夜といった摂家や有力武家の子供と面識があった。
それにも関わらず城内省のマークが他の者に比べて格段に甘かったこともあり、格好の成りすまし対象になっていたのだ。
これは、武の母親の実家が御剣の分家から一般家庭へ降嫁したことや、本家との繋がりがそれほど強くなかったことからチェックが甘くなっていたのだろう。
この様な状況から武の成り済ましは数多く居り、悠陽は幾度と無くぬか喜びを味あわされ、徐々にこの手の情報を信用しなくなっていった。
そして悠陽は一時期人間不信になりかけていた。
人間不信自体は教育係の紅蓮や神野、兄弟のように育てられた五摂家の子女らの協力によって治ったが再び偽者に騙されたら再発する恐れもある。
この様な過去があるために紅蓮に斉御司は武に対して警戒心を解かなかったが、一輝に信人の言葉を聞いて渋々引き下がった。
「殿下、南武大尉の連れてきた彼はお知り合いのようですが、一体どなたでしょうか?」
この謁見に同席していた榊首相は殿下の行動に疑問を感じ質問をしていた。
「申し訳ありません榊殿。彼は幼い時分に別れた婚約者なのです」
「な、何だってー!? いやそれは、その様な方でしたとは。申し訳ありませんでした」
「貴様!! 殿下の婚約者を名乗るとは何たる不届きモノが!!」
悠陽の答えに榊は驚き、武の後ろに控えていた真耶は我慢の限界を突破したのか夜叉の表情になり腰の辺りに忍ばせていた小太刀を抜刀すると武の喉下に突きつけた。
「いやいやちょっと待って下さい殿下。婚約者ってなんスか!? 俺には何の心当たりが無いんですが」
「なあ信人さん、無自覚な女たらしな奴ほどこうことを言うよな」
「ああ。南部君の意見に賛成だな。武よ、身に覚えが無くとも責任を取るのが男という者だと私は思うぞ」
「勝手なことを二人して言ってるんじゃねえ!! 月詠大尉もお願いだから止めて!! 殿下もマジで俺の命がヤバイので冗談は勘弁してください」
武は慌てて否定するも、一輝に信人の言葉で一気に場の雰囲気が自分にとって不利になっていると感じていた。
「まあ、幼い頃に交わした約束をお忘れになったのですか? 私が『一人で寂しい』と言いましたら『悠ちゃんと俺が大きくなったら一緒に住もう。そうすれば二人とも寂しくなんか無い』と仰ってくださいましたのに。あの熱烈な愛の言葉は嘘であったというのですか? それに武殿が生きていたと鎧衣から聞いて、喜びのあまりもう様々な計画を立てましたのに。今更違うと言われましても」
「ちょ、待ってくれよ。流石に子供の頃の話だろ。しかも一体何をやらかしたんだお前は!!」
武は悠陽の語った最後の部分に嫌な気配を感じ確認しようとするが、感情の昂ぶりから殿下に対してついつい『お前』発言をしてしまっていた。
「貴様、いくら殿下の幼馴染とはいえ殿下の婚約者を自称するばかりか、殿下をお前呼ばわりするとは何事か!!」
「お前、お前、お前…。何と甘美な響きでしょうか。幼い頃の『悠ちゃん』も捨てがたいですが、『お前』という響きにも惹かれるものがあります」
「だーっそれは冥夜のキャラだ。悠陽のキャラじゃねえ!! あと月詠さんも落ち付いてください!! マジで刺さる!! 刺さったら死ぬってそこは!!」
これに対し、真耶がさらに激怒するも悠陽が頬を染めて嬉しそうに呟いていることが武の突込みによって全員に目撃された。
「ハハハハハ、どうだ紅蓮の爺さんに神野の爺さん。殿下を見てみろ。今までの偽者で殿下を昔の姿に、こんなにも素の女の子にできた奴はいないよ。これこそ本物の武の証拠だ。それに月詠よ、そろそろ気が済んだだろう。殿下を取られて寂しいのはわかるが離してやってくれ。今のお主は本当に私の弟分を刺しそうで見ているこちらの心臓に悪い」
信人もまだ日本が今に比べて平穏であった頃の光景を幻視しながら笑っていた。
「う、見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
「うむ、そうじゃな。殿下の笑顔と斑鳩殿の見立てを信じましょう」
「白銀殿、今まで疑って申し訳ない」
月詠は信人の苦言によって我に帰ると片膝を突いて頭をたれ、殿下や榊首相に両大将、上司の信人に謝罪をした。
紅蓮に神野も自らの非を認めて頭を下げて謝ったのだ。
「頭を上げてください紅蓮閣下に神野閣下。その、俺にも機密で言えないこととか、怪しい経歴とかたくさんあるんで気にしないで下さい」
紅蓮と神野に頭を下げられ、武は自分の3倍近く生きてきた武人に頭を下げられ困っていた。
「さて、では場も纏まったところで一応自己紹介といきませんか? 彼とは初対面の方もいますからね。まずは榊首相からお願いします」
「南武大尉、私もかね?」
「自己紹介なんて久しぶりで新鮮だと思いますよ」
「そうだな、私は榊 是親だ。ご存知のようにこの国の首相として殿下から国政を預かっている。」
「続いてはわし等の番じゃの。わしは紅蓮 醍三郎じゃ。斯衛軍で大将の任を受けておる。わしと神野の主な仕事は殿下の護衛と指南役じゃな」
「わしの名前は神野 志虞摩。大将として寓されておるが階級のことは気にするでない」
「ほら月詠大尉も頭を上げて自己紹介ですよ(これから深い付き合いになるんだろうから打ち解けたほうが得策だと思いますよ)」
一輝は榊首相に紅蓮に神野の両大将が自己紹介を終えると月詠に声をかけた
「う、先ほどはすまなかった。私は月詠 真耶だ。斑鳩 信人様の指揮する第16大隊の副官をしている」
月詠は気まずそうにしながら武と握手を交わすと再び後ろに戻り警戒態勢に入った。
「それでは自己紹介も終わったところで第4計画の報告をさせていただきます。まず第4計画の大前提となる00ユニット、生物的根拠0、生命反応0となる非炭素系生物ユニットの大元になる外殻の設計と試作は既に出来ており、ある程度の稼動条件や活動データが取れましたら正式型を生産します。現段階では特に問題は見られませんので外殻自体はそれほど遠くない未来に完成するでしょう」
一輝の報告を聞きながら、一切表情を変えない武の心は複雑な気持ちでいっぱいであった。
それもそうだろう。
鑑 純夏が00ユニットの正体であり、機密のためとはいえコンピューターのような人工物として扱われているためだ。
感情をコントロール術を学んでいるとはいえ辛い物は辛いのである。
そんな武の感情を余所に一輝の説明は続き、質疑応答に入っていた。
「南部君。君の言い方では外殻はできているということに聞こえるのだが、肝心の中身はどうなっているのかね? 進捗状況しだいでは私もアメリカからの圧力を防ぎきれないものがある」
「榊首相からも指摘を受けたように、00ユニットはまだ完成の域に達してはおりません。しかし来年のうちには完成する見込みですよ」
「南部君、私が聞きたいのはその根拠なのだよ。香月博士も君も何らかの自信を持っているのだろうが文系出身の私からすれば、この計画の根底にある『エベレット解釈による多元世界論』という理論事態を理解することが難しいのだ。そもそもこの前提条件として成立していると考えている多元世界論というものは本当に正しいのか?」
榊首相は一輝に深く追求する形での質問をしてきた。
榊首相からすればこれは当然の行動であろう。
日本主催の第4計画が成功すれば今後の世界において日本の国際的な立場は上昇するだろうが、仮に計画が失敗すれば日本の立場は一層弱くなり、日本人であることが排斥の対象になる可能性すらあるのだ。
榊首相は様々な未来を考え、様々な事態に対応するために情報を求めたのだ。
これに対して南武は鷹揚に肯くと
「そうですね。それでは説明しますので殿下と首相以外の方は席を外していただけないでしょうか?」
「南部君、私が席を外すのは構わない。だが流石に護衛は付けさせて欲しい」
「斑鳩殿、私は構いませぬ。それに武殿や南部殿が今更私に危害を加えるメリットはありません」
「殿下、斑鳩殿の仰る通りです。どなたか一名でも護衛として残して下さい」
斯衛の陣営は流石に征夷大将軍と首相という国家の柱を置いて出て行くことに抵抗があった。
「殿下の申し出感謝いたします。そこまで信頼を頂いている事は非常に感謝しております。しかしこれから話す内容は特機事項故に話せるのはなるべく少数の方にのみでお願いします。こちらとして譲歩できるのは神野閣下、紅蓮閣下を護衛として他の方は退室していただいてよろしいでしょうか」
一輝はその点を付き不必要に多くのものに情報を出さないようにしたのだ。
今までのループで紅蓮に神野は信用に足る人物であり、無骨な外見とは裏腹に頭もよく非常に優れた人材であることを知っていた。
「そうじゃな。どうじゃ、この条件ならワシも賛成じゃ。斑鳩殿、月詠退室してくれんかの」
「殿下の護衛はワシらに任せい。最も、いらん心配だろうがな」
紅蓮と神野の言葉により信人と真耶は部屋を出て大和共に扉の外で警備任務に当たることになった。
「では首相に殿下、そして大将方。心の準備はよろしいですか? これから突拍子のないことを話しますので覚悟してください。あと、話の途中での質問はなるべくご遠慮いただけるとありがたいです」
一輝はそう言うと自らの経歴を語りだした。
「私と武はこの確率世界群から来た来訪者。一種のパラレルワールド、並行世界からこの世界に飛ばされて来た存在です。少し気取った言い方をすれば『異世界からのエトランゼ』とでもいった感じでしょうか」
「一輝!? その話は拙い!!」
「ちょっと待て、南武大尉。一体何の根拠があってその様なSF話を信じろと言うのだ」
「紅蓮、南武殿は最後まで話を聞いて欲しいと仰いました。ここは最後まで黙って聞きましょう」
悠陽は先ほどまでの一人の少女としての姿を捨て、一人の若き指導者としての姿になっていた。
本来なら一番聞きたいのは彼女であろう。
この眼の前にいる武は自分に対して『久しぶり』と言った。
そして短い会話だったが幼い頃に感じた楽しい時間があった。
自分の眼の前にいる武は過去に別れた愛しい存在であった。
しかしその存在と眼の前にいる武は別人なのだと一輝は言っているのだ
であるにも拘らず、悠陽は鋼の精神力を持ってこの気持ちを抑えていた。
「殿下、ありがとうございます。紅蓮大将、その質問に対する答えは後ほどお見せします。そして武、このことは香月博士からも許可を得ているから安心しろ。で、我々ですが並行世界からこの世界に飛ばされただけでなく、この世界でループしている非常に稀有な存在です。これはどの様な事かと言うと、私と武はこの世界で死ぬと経験や知識、鍛えた体などを維持したまま過去に遡ります。このように閉じた円環のようにぐるぐると回っていることからこの現象をループと呼称しております」
一輝は一同を見ると信じられないと言った表情をしていた。
それもそうだろう。
この国において、輪廻転生ならまだ理解できたかもしれない。
しかし今話している内容はそれ以上にぶっ飛んでいる内容の話なのだ。
「まずは武が最初にいた世界から説明させてもらいます。武、説明を頼む」
一輝は紅蓮と武の発言に答え、武に交代した。
武は、『武の基の世界』であるEXTRA世界群と『1回目の世界』であるUNLIMITED世界群、そして『2回目の世界』であるLALTERNATIVE世界群との政治的な差異から話し始めた。
BETAというものが存在せず、空にはでは飛行機が大手を振って飛んでいることや、宇宙開発も進んでおらず、研究段階であったEXTRA世界群。
榊の娘である『榊 千鶴』、珠瀬外務次官の娘である『珠瀬 壬姫』、今は亡き彩峰中将の娘である『彩峰 慧』、御剣家の息女である『御剣 冥夜』、鎧衣課長の娘ではなく息子の『鎧衣 尊人』、そして幼馴染の『鑑純夏』といったようにこの世界にも存在する人間の異世界同位体と共に平和で楽しい学生生活を送っていたことを話すと悠陽は目を丸くしていた。
「そこに私は居なかったのですね」
「残念ながら殿下はいませんでした。冥夜に聞いた記憶では冥夜は元々『双子は家を別ける』という習慣から他家に養子に出されたそうです。しかし冥夜の姉、つまりは殿下の異世界同位体が幼い頃に亡くなった為に本家に呼び戻されたそうです」
『悠陽と冥夜は双子』という発言に対し、一輝と武を除いた面々の表情が一瞬変わった。
「貴様、何故特記事項を知って居るのだ!?」
「神野閣下。落ち着いてください。あくまで並行世界での話です。それにまあ私と武は殿下と御剣 冥夜が家の仕来りによって離された双子であることは既に知っています。後ほど説明するのでひとまずは話を聞いてください」
一輝のフォローなどもあり、武はEXTRA世界について説明することが出来た。
当初は疑わしく聞いていた面々も話の内容に矛盾点が無く、武と一輝の目に嘘を付くもの特有の濁りが無いことから本心から語っていることだと判断していた。
「俺のいた最初の世界について覚えている限りではこんな感じです。そしてこの世界の記憶は2002年を迎える前に途切れます」
「もしや、武様は死んでしまわれたのですか」
悠陽はハッとなり聞くも、武は首を横に振り答えた。
「違います。ここからが全ての始まりでした。俺はいつもどおり部屋に戻って寝ていたはずでした。しかし眼が覚めると2001年10月21日に逆戻りし、自分の部屋に居ました。ですがそこは『基の世界』の自分の部屋ではなく『BETAの居る世界』の自分の部屋だったのです」
そこから自分は母校のあった場所に存在した横浜基地に向かうも不振人物として逮捕されたこと。
香月博士から興味を持たれ訓練兵として採用されたこと。
訓練兵部隊には先ほど出てきた『榊 千鶴』、『珠瀬 壬姫』、『彩峰 慧』、『御剣 冥夜』に加え、性別が女性になった『鎧衣 美琴』が居り、共に衛士を目指したこと。
最初は体も出来ておらず、軍事知識も無いために足を引っ張ったが徐々に追いつき、戦術機の操縦では基の世界で培ったゲームの経験が生きてトップになったこと。
しかし努力の甲斐なく2001年の12月24日付で第4計画が破棄され第5計画に移行されたことを話した。
「では君はなぜここに居るのだ? もう一度時間をさかのぼったとでも言うのか」
「榊首相の仰る通りです。とある作戦で死んだ俺はまた時間をさかのぼり2001年の10月21日に飛ばされました。幸いなことに先ほど話した並行世界群以外にも様々な世界群での訓練や経験に知識も蓄積されていました。そこで俺はこれらの情報を基に歴史を変えて第4計画を成功させようとしたのです」
この場にいた面々は武に畏怖にも似た感情を持った。
本来なら戦争とは無関係の世界に居り、急に血なまぐさい世界に放り込まれたのだ。
絶望しかない世界で武は必死に生き続けた。
これがいかに難しいことか。
「そして歴史の改変による様々な影響がありましたが何とか解決しました。この時におきたある事件がきっかけで俺は殿下が冥夜と双子であったことを知りました。そして2001年12月31日にあ号標的に対する攻略作戦が行われました。この結果、俺の所属していた隊は俺と1名を残して全滅するものの、あ号標的の撃破に成功しました。そして2001年1月1日、俺は因果導体と呼ばれるこのループする現象から開放されたはずでした」
武はなるべく未来情報をもらさないようにしつつ、冷静かつ慎重に語っていた。
過去を思い出し話すうちに徐々に感情が入ってきて、段々涙声になってきた。
クーデターで思い知った力や覚悟の意味。
トライアルで自分の身代わりになったまりもちゃん。
逃げ帰った世界で犯した罪。
甲21号作戦で、殉職した柏木に伊隅大尉、そして殉職者達。
横浜基地防衛戦で希望を守るために殉じた速瀬中尉に涼宮中尉。
生き残ったものの病院送りの重傷を居った宗像中尉に風間少尉。
自信も重症ながらも見送りに出た涼宮。
自分を守るために欺瞞情報まで使い、果てていった委員長、タマ、彩峰、冥夜、美琴、そして『鑑 純夏』。
作戦後、この世界で必死に生きて自分の思い出を作ると約束してくれた霞。
こんな不甲斐なく情けない自分を『英雄』として褒めてくれた夕呼。
様々な思いが武の中を駆け巡り、感情を抑えることが出来なくなったのだ。
そして榊、紅蓮、神野らはまるでおとぎ話の様な話を訝しみながら聞いていたが、悠陽は武の言葉に真剣に耳を傾けていた。
「俺はこのループの原因になった現象から解放され、この世界からも消えるはずでした。しかし何故か俺はこの世界に来ました。そしてとあるきっかけでこの世界の『シロガネ タケル』の記憶が俺の中に入り、同一化しました。俺はこの世界を救いたいんです。おれ自身の放漫な我侭であることは理解しています。それでも、俺は俺にできることをしてこの世界を救いたい。俺が経験してきた未来よりももっと良い未来を掴みたいんです。そのためには第4計画が必要だと考えて夕呼先生、いや香月博士に協力しています」
「武、落ち着け。お前の気持ちはよく伝わったさ」
「す、すまん一輝。すいません、感情的になりました。色々と思い出してしまって…」
「まずは武の話を聞いてもらいました。私からも言っておきます。こいつの話は真実です」
「武様、南武殿、私は武様の言葉を信じます」
一輝が武を宥め、落ち着かせてから話し出すと、悠陽の力強い一言に遮られた。
「殿下!? 落ち着いてくだされ。証拠もなくこの様な話をされても信じるわけには参りませぬ」
「まあ待つのじゃ神野。わしも最初は疑いながら聞いておった。この様な非常識な話があってたまるかと思っとった。じゃが白銀の目を見て思ったんじゃよ。こやつの目は嘘をついておらん。演技でもなければ洗脳された者には出せん目の輝きもある。それに気付かぬお主でもあるまい。榊殿はどう思う?」
「確かに彼の話が本当であれば多元世界論は証明され、第4計画の成功も見えてくるでしょう。しかし私は、物的証拠が無い限りは無条件に信じることは出来かねます」
「証拠ならありますよ。こいつが並行世界から持ち込んだとあるブツですがね」
一輝はそう言うと自らの横においていたジュラルミンケースから『ゲームガイ』を取り出した。
「ほう。計画権限で検査を拒否した荷物のうちの一つか。見たところプレアディスのようじゃが?」
「外見が多少異なっているのは現地改修によるものかの? それにしてもこんなに簡略化しては操作が大変になるのではないか」
このゲームガイは夕呼の預かりになっていたのだが、今回の物的証拠として許可を得て借りてきたのであった。
一輝はそれを紅蓮と神野に渡すと両名は何を今更、と呆れた様な表情で受け取り調べだした。
「あの、計画権限で無理やり持ち込んだ私が言うのもなんですけど、普通はこういう事態になったら『実はそれが爆弾で殿下や斯衛の重鎮を巻き込んだ自爆を企んでいる』とか考えて警戒するもんじゃないんですか?」
一輝は何の警戒心も無く受け取った紅蓮に神野の行動に軽く不安感を覚えた。
「何、お主はこんなことで今まで築きあげてきた信頼関係を壊すような輩ではあるまい」
「安心せい。無警戒に見えるかもしれんが、これはお主達横浜基地への信頼感の表れじゃ」
横浜延いては一輝への信頼故に無警戒でいるという神野と紅蓮の答えに一輝は驚きを隠せなかった。
「そこまで評価していただきありがとうございます。それでは、そいつのへこんでいる部分の中央にON/OFFと書かれたスイッチがあるのを確認していただけますか?」
「これかの?」
「そうそれです。そのスイッチをONの方にスライドさせて下さい」
たまたま手に持っていた神野がゲームガイの主電源を入れると機動音と共に『GAME GUY』の文字が液晶画面に浮かび上がり、軽快な音楽と共に様々なロボットが画面の中を所狭しと動き回っていた。
「な、何だこれは!? 見たことも無い戦術機が写っとるぞ!!」
「お、おお!? 何と美しい画面じゃ」
「これはプレアディスではなく武の世界の携帯型遊具です。この世界では技術的に不可能な領域にある小型の高解像度液晶技術が発展した世界から持ち込んだ一品です。もしよろしければ殿下や榊首相にも回してください」
一輝の要望に二人は殿下と榊首相に渡していった。
「何と!?」
「まあ!?」
「では殿下、画面の下側にある『START』と記されているボタンを押してみてください」
「ええ、な、何か始まりました。これは一体何なのでしょうか?」
「左手側の十字ボタンで機体を動かし、右側のAやB、側面のLにRと書かれたボタンで攻撃をしかけます」
「は、はい! こ、これは荷電粒子砲!? きゃ、相手も打ってきましたわ」
一輝の言葉通り悠陽は操作をするも、直ぐに撃破されてしまった。
「ふむ、白銀君の話では軍事的に発展していなかったはずなのにこの中の機体は荷電粒子砲を撃っているのはなぜかね?」
「はい。この中の機体は所謂空想の産物です。あくまでゲームの中と言う仮想世界の中の存在です」
武は榊首相達からの質問に答えていた。
「ところで南部君も同じ世界から来たのかね?」
「そういえば南武殿の話を聞いておらんかったの」
榊首相と神野は今度は一輝の世界に興味を持ち始めた。
「俺の居た世界は基本的な世界情勢や政治体系などは武の世界とほぼ同じですが、少なくとも御剣財閥などは無かったですね。細かいことを話しているときりが無いので省略しますが、武の確立世界とは違う世界であることが判明しています。では私の世界の技術をお見せしましょう」
そう言うと一輝はiP●dを取り出した。
「このA4サイズの端末をご覧下さい。これはタッチパネルが採用されており、液晶部分に軽く触れることで認証されます。この様に直接触って操作することから直感的な操作が可能となっています」
一輝は説明しながら殿下たちに渡すと向こうのほうから感嘆の声が聞こえてきた。
「南部殿!! 先ほどの武様のげーむがい? よりも映像が綺麗なのは何故でしょうか?」
「はい、武は基の世界の最後の記憶が2001年、18歳の時だそうです。しかし私の世界の最後の記憶は2013年、28才の夏、ポスドクとしてアメリカで研究をしている段階で終わっています。この端末は2011年の大学院生時代に購入したものです。他にも横浜から提供されたプロジェクターの型番をご存知ですか?」
「ああ、確か『NMB-Y-001』だったと思うが」
榊首相は少し首をひねりながら答えた。
「ええ、その通りです。実はこのプロジェクターは私が持ち込んだ液晶プロジェクターを解析して作られた海賊品でして。NMBは南武の子音を取り、Yは横浜を示しています」
一輝が更に10年以上後の世界の人間であることを知り驚いた。
この世界ではBETAとの戦争のために様々な技術開発は戦争目的になっている。
確かに戦争は技術を飛躍的に発展させる。
しかし仮初とはいえ平和な世界でも技術はここまで進化することが可能であるということに衝撃を受けたのだ。
「じゃが南部殿の年齢は24歳で登録されて居ったはずじゃが。さてはお主、鯖を読んでおったのか?」
「いえ、私がこの世界に飛ばされてきたのが1998年の終わり頃。この時の肉体年齢は20歳から22歳と推定されたので22歳として登録してもらいました。」
「なぜ年齢がわかるのだ?」
そこで紅蓮が一輝の書類上の年齢に気付き突っ込むも、一輝は苦笑しながら答えていた。
しかし肉体年齢が特定できる理屈がわからず、神野などはつい聞いてしまっていた。
「ええ。脳波測定をご存知でしょうか。脳波は年齢と共に変化するのである程度の推測が可能になります。また自分の体にある火傷や切り傷の数などで20から22歳の頃の体と判断しています。まあ、若く鯖を読むより多く鯖を読んだほうが謙虚かなと思ったんですが変でしたか?」
こうしてしばらく話した後、一輝は話を纏めることにした。
「どうでしょう。私達が並行世界の未来情報を持っているということに納得していただけましたでしょうか」
「うむ。これだけの証拠が見せられては適わんな。横浜から頻繁に妙な新技術が流れてくると思っておったらこういうからくりであったか」
「そうですね。私たちには無い発想をベースにした開発は君達の協力があったと言うことか」
「種明かしをするとしたらそうですね。これで納得していただけましたか? 鎧衣課長」
一輝はそう言うと自分の右後の壁を向いた。
するとそこから
「ほう。私の気配に気付くとは中々鋭いな。何時ごろから気付いていたのだね?」
と言いながら鎧衣課長が出てきた。
「な、何であんたがあんなところに居るんだよ!?」
「何、これでも諜報屋だ。気配を殺して隙を窺うことなど朝飯前なのだよ。まあ私の役割はいざというときの殿下の護衛と考えてくれたまえ」
武の突っ込みに軽く返すと鎧衣は一輝を見据えた。
「ああ。最初は気付きませんでしたよ。でも武や私がゲームガイにiPa●を出した時だけは驚いたのか気配に乱れが生じましたね。それで気付けました。で、鎧衣課長は私らの話を信じていただけましたか?」
「そうだな。ここは並行世界から来たことは認めるとしよう。だがどうやって未来から来たということを証明するのだ?」
「確かにそうじゃな。今までの証拠は並行世界の証拠にはなっても未来情報の証拠にはならんぞ」
鎧衣と紅蓮の言にこの場にいる一輝以外の面々が肯くも、一輝は落ち着き払って
「何を今更。私が第4計画を通じて散々証明してきたではないですか」
と言ってのけた。
「例えば明星作戦。香月博士から連絡が来ませんでしたか? 『研究の結果横浜ハイヴはフェイズ4相当の深さがある可能性が高い』とか『不測の事態に備えて直ぐに後退できる準備をして置け』とか『殿はA-01が担当するから早くG弾の危険域から離れろ』という内容の通信が入っていたはずですよね」
「ああ。確かにあった」
神野は明星作戦に斯衛軍の指揮官として参加していたので良く覚えていた。
「あれ、ほとんど私の指示なんです。俺の知っている歴史ではまず横浜ハイヴがフェイズ4相当の深さであることが判明し、混乱が広がります。そしてそこにアメリカ軍が日本に無断でG弾を投下したことで混乱が広がり、一時的に戦線が崩壊しかけます。これを防ぐために警戒情報を流しておきました」
「偶々G弾の投下情報を得ていたために出せた指示と考えることも出来るのではないかね?」
「流石は鎧衣課長ですね。こちらの痛いところを付いてくる。ではヴェルホヤンスクとエヴェンスクへの侵攻に対する早期警戒命令ではどうですか?」
「通常不可能なBETAの未来予測を可能にしたのは君達の持つ未来情報と言うわけか。中々面白い話だが、公式発表では香月博士の研究成果となっているからな。信頼度は低いと言わざるを得ないな」
一輝は数々の過去の行動から様々な証拠を出すが、鎧衣はあくまで跡付けの証拠でしかない、言い換えれば『後出しじゃんけん』でしかないと言っているのだ。
武も何度か反論しようと考え発言したが、一輝を援護することは出来なかった。
そもそも今話題になっている出来事は自分が流入する以前のことであり、報告書などから得た表向きな知識しかなかったからである。
「ではこうしようか。今度起こるであろう事象を予測したら俺達を認めるってのはどうですか?」
「そうだな。それが妥当であろう。殿下、榊首相。この提案を受けてはいかがでしょうか?」
一輝はイライラしているのか焦っているのか一人称が『私』から『俺』になり、口調も少し素の口調になっていた。
この提案に対し、鎧衣は自分で判断せずに悠陽と榊首相に判断を仰いだ。
「そうですね。武様に南武殿の言葉に偽りがないと信じていますが、鎧衣の言もまた事実。私は鎧衣の意見に賛成します」
「私も同感です。過去の情報はいくらでも解釈できるが未来に関してはしようが無い」
悠陽と榊首相は肯くと、一輝は語りだした。
「そうですね。ただし、注意事項を一つ。未来情報を知り、その内容が自分にとって都合が悪いからといって迂闊に未来を変えると、歴史の修正力というものが働きます。つまりは歴史を変えたことで何か不測の事態が起こる可能性があるのです。この結果を受け入れる覚悟はあなた方にありますか?」
一輝は今までの笑顔から一転して険しい表情で会議室内のメンバーの顔を見回した。
「いいでしょう。世界のために歴史を変えることが罪になるのであれば、これ以降の罪はこの私、煌武院 悠陽が引き受けます…と言いたい所です。しかし私はこの場で覚悟できるとなど言い切ることは出来ません」
少し考えた後、悠陽は一輝の言葉に答え、その内容に場の空気が一瞬凍ったかの様に思えた。
一輝はじっと悠陽の顔を見据え、続く言葉を待った。
しかし悠陽は怯むことなくしっかりと一輝を見据え、意志の力を目線と言葉にこめて続きを話し出した。
「なぜなら南武殿、あなたが今までどのような覚悟で歴史を改竄してきたのか、その結果何が起こったのか私は何も知りません。今ここで『覚悟がある』と宣言してもそれは無知な小娘の戯言であり、意味もありません。なので申し訳ありませんがそなたの言う覚悟は出来ません。ですが、もし歴史を変えることでこの国の民を、世界を救えると言うのであれば私は助けたい。ですので南武殿、武様、そして香月博士の背負う罪の一部でもいい、私にも背負わせてください」
悠陽の決意をこめた瞳に、一輝は別の世界の悠陽を幻視した。
クーデター事件により一国の指導者として覚悟を決めた悠陽。
滅び行く祖国を、そして民を守るために自らの避難よりも非戦闘員の避難を優先させ、己も武御雷に乗り前線で兵を鼓舞し続けた悠陽。
一輝は悠陽が様々な世界で見てきた覚悟を決めた悠陽の顔になったことを見ると、満足したのか表情を少し崩した後、再び険しい表情に戻ると頭を下げた。
「殿下。貴方の覚悟を確かに受け取りました。殿下を試すなどという不敬な行いをしたこと、深くお詫び申し上げます」
一輝は悠陽から『覚悟がある』と言う言葉を聞きたかったのではない。
彼女の覚悟を見たかったのだ。
一輝はここで彼女が簡単に『覚悟がある』などと言ってきたら激怒していただろう。
これから行うことはそんな軽い覚悟で済む話ではないと。
だが彼女は言った。
覚悟は無いが、その罪を背負って見せると。
これは相応の覚悟が無くては言えない言葉。
「南部殿、頭を上げてください。貴方は何も詫びる必要などありません」
「お許し頂きありがとうございます」
一輝は悠陽の言葉に顔を上げた。
「それでは殿下の覚悟を信じて最も近い未来情報を一つ出します。2001年の2月、BETAが新潟に侵攻を仕掛けてきます」
一輝の言葉に会議室の空気は一気にぴんと張った糸のような緊張感に包まれた。