<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.31075の一覧
[0] Muv-Luv Bitter Tears ~Right of Death~ 【オリ主モノ】[紫 武人](2012/09/03 01:16)
[1] プロローグ[紫 武人](2012/01/03 23:34)
[2] 新鋭編 第1話 帰郷 前編[紫 武人](2012/01/07 00:20)
[3] 新鋭編 第2話 帰郷 後編[紫 武人](2012/01/09 23:19)
[4] 新鋭編 第3話 同期生 前編[紫 武人](2012/01/15 01:53)
[5] 新鋭編 第4話 同期生 後編[紫 武人](2012/01/18 00:51)
[8] 新鋭編 第5話 優等生とおちこぼれ[紫 武人](2012/08/29 22:54)
[9] 新鋭編 第6話 不協和音[紫 武人](2012/09/16 19:36)
[10] 新鋭編 第7話 新世代機[紫 武人](2012/09/09 22:29)
[11] 新鋭編 第8話 演習を前に[紫 武人](2012/09/18 22:48)
[12] 新鋭編 第9話 歩み寄る影[紫 武人](2012/09/30 17:23)
[13] 新鋭編 第10話 巣立ちを前に①[紫 武人](2012/09/30 17:22)
[14] お詫びと打ち切りのお知らせ[紫 武人](2014/12/25 23:55)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[31075] 新鋭編 第3話 同期生 前編
Name: 紫 武人◆7b555161 ID:b4a0012a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/15 01:53


 1990年 3月31日日本帝国横浜 白陵基地 日本帝国軍士官学校

 軍用車が勢いよく駆け上がる坂道。その周囲は住宅地で囲まれ、とても軍事基地がある場所には思えなかった。

「ここが諸君らの所属先になる。まあ、候補生といっても、軍人には変わりない。この基地所属の部隊が、君達の原隊になるわけだ」

 外木場少佐が、紫色に変色した右顔を向けながら口を開く。
 本人の言では、光線級に半身を焼かれたためだと言うが、光線級BETAの照射を受けて生きていられると言うことの方が、信じがたい。
 そんなことを考えていると、車は正門の前でゆっくりと止まる。

「よし、後でまた会おう。教導課程が大きく変わって戸惑う面はあるとは思うが、その辺りは慣れだ」

「ま、お前達が戦術機に乗れることを祈っているよ。特に、そこの小僧君」

「じ、自分でありますか?」

 言葉の意味はよく分からなかったが、とにかく応援されていると思い、慶一は車両から降りる。
 外は、地元とは比べものにならないほど暖かかったが、何となく空気に汚さを感じる。

 山育ちの人間は、都会の空気に馴染むまで時間がかかるものなのかも知れなかった。

「相馬原幼年学校より参りました。蒼木慶一であります」

 基地内部の中庭にある受付にて、大声でそう言うと、担当の士官から適宜荷物が渡されていく。
 迷彩模様の戦闘服、濃緑無地の作業服、濃緑色の常用制服、その他諸々であるが、慶一は最後に渡された黒地に派手な装飾を施された礼服に視線を落とす。
 はっきりと見覚えのあるそれであったが、なぜ自分にこれを渡すのか、意味が分からなかった。

「すいません。こちらは…………」
「ん? ……ああ、説明するより見た方が速かろう。部隊分けを見に行ってみろ」
「はっ!! 了解しました」

 慶一の問い掛けに、担当官は意味深な表情を浮かべた。
 しかし、明確な答えは返ってこず、慶一は素直に部隊表の貼られている兵舎玄関前へと足を向ける。

 他の4人も同様の疑問を持ったのか、口に出さずに慶一の後に続く。

「えーと……、第一区隊か。見つけやすいのは分かりやすいが……」
「固まっているわね」
「そうだな」

 慶一の言に、麗佳と竜一が頷く。楓と隆哉も同様であるが、楓はなんとなくうれしそうな様子に見えた。

(まあ、勝手が分からないところに放り込まれるよりはいいだろ)

 そんなことを考えながら、慶一は改めて張り出された区隊へと目を向ける。
 区隊の人数は一〇名。大半が男女五名ずつに区分けされている。
 元々、男子の特権に近かった士官学校であったが、近年は様相が異なってきている。
 BETAという正体不明の敵種との戦いにおいて、直接干戈を交える『衛士』と呼ばれる人間は、消耗する一方である。
 適性がすべてのこの衛士。そこに男女の隔ては存在していない。

「で、この衣服の意味は?」
「分からん」

 部隊分けに視線を向け続けるが、一向に答えは見えない。
 頭の切れる隆哉から疑問を向けられても、答えられるはずもなかった。

「とりあえず、部屋の方へ行ってみない?」
「そうするか。こんなところでしゃべってたら、後々、うるさそうだし」
「それじゃあ、ん?」
「どうした? ――――あれは……」

 麗佳の提案に頷いた慶一は、竜一の声に顔を向ける。

 視線の向いた先には、色とりどりの礼服に身を包んだ一団が、兵舎を目指して歩いてくる様子が見て取れる。
 その先頭には、深く包み込むような青色の礼服を纏った美しい少女が、胸を張りながら歩いている。

 青色。即ち、帝国武家の頂点に立つ五摂家の縁者と言うことになる。

 しかし、慶一が抱いた印象は、その類のモノではなかった。

(似ている…………)
 
 先頭を歩く少女の姿に、慶一はそう思った。
 あの、中学の弓道場で見た、女性の姿。入校に辺り、綺麗に忘れたつもりであったが、そう簡単にいく話ではなかったらしい。
 特に、斯衛の少女があの女性と同一人物のはずがないのであるが、慶一の年代では、冷静にそれらの判断をするのは難しかった。


「あれが斯衛か。生で見るのは初めてだな」
「でも、思っていたほどじゃ無さそうだね」
「そりゃあ、候補生だからな。自分と同年代じゃ、凄みも感じやしないよ」
「実力者に年齢は関係ない」
「たしかに、そうかも知れませんね」

 少女の姿が印象に残ったのか、慶一を除く4人は次々に口を開く。

 田舎者故の怖い者知らずと言うべきか、周りの候補生達が遠慮がちに道を空ける中、5人は意に返すことなく外階段の上から斯衛達を見下ろしていた。
 元々、武家は都市部への影響力は大きいが、田舎では皇帝を始めとする帝室への崇拝の念が強い。

 どこに違いがあると言われればそれまでであるが、慶一達にとっては普段目にすることのない生の武家よりも、定期的な行幸で全国を回る帝室への尊敬の方が強かった。
 そして、一団が近づくにつれて場所を譲ろうとした5人の耳に、気の強そうな少女の声が届く。

「そこの者達、待て」
「ん?」

 少女の声に視線を向けると、橙色の礼服に身を包んだ吊り目がちの少女を先頭に、赤、橙、白、黒の斯衛達が、青服の少女を取り囲むようにこちらを睨んでいる。

「なんですか?」

 その様子に、慶一は若干気圧され気味に成りながら口を開く。

「…………先ほどの態度はなんだ?」
「……………えっ??」

 吊り目の少女の言に、慶一は気の抜けた返事を返してしまうが、それがなんとも間抜けに見えたのか、黒服の斯衛達が数名吹き出す。
 吊り目の少女は、その者達を睨み付けると、さらに口を開いた。

「月奈様を上段から見下ろすとは、如何なる事だと聞いておる」
「如何なると言われてもなあ」
「いっぱいいるなあとしか思っていなかったしねえ」
「後は、いい女だなと思ったな」
「ちょ、反町君っ!!」

 自体を察したのか、適当にごまかそうとする竜一と麗佳の努力は、本能的に権力を嫌う男の一言によって、脆くも崩れ去る。楓が咎め立てをしてところで、手遅れであった。

「き、貴様っ!!」
「無礼なっ!!」

 一気に色めきだつ斯衛達。しかし、隆哉はそれに怯むことなくさらに口を開く。

「一応、褒めたつもりなんだがな。それで、刀に手をかけてどうする? 斬るか?」

 そう言って、隆哉は制服の上着を開き、中のワイシャツを露わにすると両手を開く。
 突然の分けの分からない行動に、斯衛達は一瞬混乱するが、すぐに事情を察し、自分達の過ちを理解する。

 刀に手をかけたのはいいが、ここは基地内部。

 武家というある種の特権階級であっても、戯れ言に色めきだって殺傷沙汰に及んだとなればただではすまない。
 最悪切腹という可能性もあるのだ。
 とはいえ、堂々と斯衛達をからかっている隆哉の立場もまずい。士官候補生である以上、対等と言うことを主張したかったのかも知れないが、未だ入校式も済ませていない状況である。
 摂家縁者に対する振る舞いではなかった。

「ふん、どうやら勘違いをしている者がおるようだな」

 緊張に包まれ、静まりかえる周囲にひどく冷静な声が響き渡る。
 青服に身を包んだ少女が、軍刀を手に隆哉の前へと歩みを進め、ゆったりとした動作で刀を抜き放つ。

「ほう、様になっているな」

 その様子に、隆哉は相変わらずの涼しい表情のまま口を開く。
 どこにそれほどの余裕があるのか分からないが、青くなる4人を尻目に月奈と呼ばれた少女と相対している。

「名を聞いておこう」
「反町隆哉。ついでに、このごついのは、蒼木慶一。細身のヤツは黒木竜一。でかい女は紅條麗佳。大人しい眼鏡の子は栗原楓だな」
「お、おい、隆哉っ!!」
「ふむ」

 名を問われ、自身に加えて他の4人のものまで丁寧に答える隆哉に、慶一はあきれながら声をかけるが、月奈は僅かに考えるような態度で、5人に目を向けた。

「どうしたんです? 斉御司家ご息女である御方が、この得体の知れない男一人、斬ることが出来…………ぐふっっ!?」

 と、さらに余計なことを口走ろうとしていた隆哉が、腹の中の空気を吐き出しながら膝をつく。

 一瞬の出来事に、目を見開いた慶一を始めとする者達であったが、いつの間にか月奈の前に赤の礼服を纏った少女が立っている。
 背格好や腰の辺りで結われた黒髪は、月奈と似通っているが、彼女の顔は、惣面と呼ばれる面にて覆われている。

 しかし、僅かに見えている切れ長の目元は、先ほどの吊り目の少女のような強がりを含んだ視線と異なり、思わず身震いをさせられそうなほど鋭い光を放っていた。

「崋山院。何のつもりだ?」

 突然の乱入者に対し、月奈と呼ばれた少女は、刀を鞘へと戻しながら、不機嫌そうに口を開く。

「はっ……。下賤の者の挑発に乗るなど、斯衛にとって恥ずべき事と考えます」
「ほう? では、我が斉御司の名を愚弄したことは、いかがいたす?」
「それは私が、身をもって知らしめました。これ以上の、制裁は不要かと思われます」
「ふん…………っっ!!」

 そう言って、月奈は口元に笑みを浮かべる。しかし、口元だけでその目はまったく笑ってはおらず、今となっては隆哉ではなく、崋山院に対してゴミを見るかのような視線を向けている。そして……。

「――――――っ!!」

 一瞬のうちに、今度は崋山院の身が横へと飛ぶ。月奈が刀を収めた鞘を持って、惣面で覆われた崋山院の頬を殴打したのだ。
 不意打ちではあったが、何とか受け身を取り、膝をつく崋山院に対し、月奈が再び口を開く。

「なれば下賤どうしで仲良くしていろ。皆、行くぞ」

 吐き捨てるかのようにそう言った月奈は、慶一達や崋山院に目を向けることもなく、兵舎の中へと入っていく。後に続く、斯衛達の視線は、どれも鋭いものであったが。

「おい、大丈夫か?」

 斯衛達が去っていくのを見届けた慶一は、膝をついたままの崋山院の元へと駆け寄る。

「すまぬ」

 一言そう言うと、差し出された慶一の手を取り、立ち上がる崋山院であったが、顔を覆う惣面は右半分が粉砕されている。これを付けていなければ、さっそく医務行きであったかも知れなかった。

「いや~、早速姫さんを怒らせちまったな~。崋山院」

 と、立ち上がった崋山院に対し、たった一人その場に残っていた黒の斯衛服を纏った男が若干小馬鹿にするような口調で声をかける。

「いつものことだ。それより、なぜ貴様がここにいるのだ?」
「いや、旧友との再会と言いますか……」

 そう言って、黒服の男は慶一達への視線を向ける。
 意味深な笑みを浮かべているが、慶一は旧友という言葉に違和感を覚えた。少なくとも、斯衛と関わったことなど生まれて初めてであった。

「そんな顔しているって事は、忘れちまったのか~? 薄情な奴等だな」

 慶一の内情を察したのか、黒服の男はそう言って苦笑していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 中庭での騒ぎは、士官学校事務局にも当然のように届いていた。

 しかし、基地関係者が誰一人として止めに入る様子はなく、当事者以外の候補生や受付係の下士官達の神経を圧迫することになっていた。

「さて、これでよかったのかね?」

 基地5階に設置された校長室。
 そこのガラス越しに見えたもめ事に対し、本学の校長を務める将官が、その重々しい声色を響かせながら、室内に立つ士官達に目を向ける。
 やや小柄ながら、他を畏怖させる貫禄に包まれた体躯は、群青色の制服に包まれている。
 言うまでもなく、帝国海軍の制服であった。

「今は、世間知らずの少年、少女。多少の時間は必要なものと思われます」
「北條中尉。貴官に問うたわけではないのだがな」
「たしかに、正式入校は明日になるわけだが……、五軍統合の象徴足るべき候補生達があの様子では、いささか問題があるのではないか?」

 北條と呼ばれた男が、抑揚の薄い声で問い返すと、校長は不機嫌な様子を見せる風もなく、士官の越権を嗜める。そして、校長の傍らに立つ少々の海軍士官が口を開く。
 少壮であるが、若白髪のため実年齢よりも上に見えるものの、冷静さを感じさせる言動はその外見を裏切ってはいない。


 ――――五軍統合の象徴。

 BETAの東進が予想される昨今、指揮系統の明確な統一化が叫ばれて久しいが、長年、予算などを巡っての対立関係にあった陸海、皇帝と将軍という二重権力の代理抗争を繰り返した斯衛と紫衛。冷戦の高まりを気に創設され独自の路線を貫く航空宇宙。
 特に、紫衛と呼ばれる得体の知れぬ組織の存在が、各軍の抗争に拍車をかける結果となり、BETAの接近が間近となる昨今でも統合路線はとれずじまいであった。

 とはいえ、それは上層部の話である。

 現場単位では、世界中に派兵された各軍の部隊は緻密に連携し、一昨年に行われた欧州反抗の際には、前線で孤立した陸軍部隊を海軍巡洋艦艦隊が精密射撃で突破口を開いたことや光線級と撃ち合う戦艦部隊の援護のために、機甲部隊が光線級に奇襲をかけたこともあった。

 一の実績は、百の論に勝る。

 結果として現場の声の反映と縄張りの確保という相反する関係の妥協点が、暫定的統合専科としての戦術機甲科の統合であった。

 しかし、妥協の結果は拙速な組織編成を産む。

 せっかくの統合組織も、主導した人間は成り上がりと後ろ指を指される若手士官とその取り巻きであり、人材採用からの流れは杜撰の一言で片づけられていた。
 海軍士官の言動も、それらの不備の影響を懸念してのものであった。

「多少、裸の王様でいる時間も必要だと思います。特に、曰く付きの御仁ですからね」
「むう…………」
「では、明日の入校式の準備がありますので、失礼いたします」

 そう言って、北條中尉とその上官に当たる士官は校長室を出て行く。

「ふう…………、欧州ではキレ者という印象があったが」

 その後ろ姿が、扉の向こうに消えるのを待ち、豊かな口ひげを蓄えた士官が口を開く。

「小沢さん、なぜ引き受けたのです?」

 髭の士官は、周囲が旧知の者ばかりになったため、遥かに階級の高い校長に対し、長年の親しみのこもった呼び方をする。
 咎め立てがないのは、小沢と呼ばれた校長もまた、この士官を深く信頼しているからであった。

「井口くん、そして、田所くん、懸念は分かるがな、必要なことだ」
「それは分かっておるつもりです。ですが、今回の件はどうしても上層部を勘ぐりたくなりますな」
「抜擢ならば、海兵の校長職があるでしょう。新設の、それもいつまで持つか分からぬ教育機関では、派閥色のない人間への当てつけ以外にありますまい」

 田所と呼ばれた若白髪の士官と井口と呼ばれた口ひげの士官が次々に口を開くと、それに追従するように、他の士官達も口を開く。
 彼らは皆、衛士として任官する候補生達に艦艇との連携を指導する立場にあるが、それらのノウハウもまだまだ揃っているとは思えなかった。

「安倍君はどう思う?」

 次々に意見を口にする士官達の中、一人沈黙を続けている士官に対し、小沢は問い掛ける。
 安倍と呼ばれた士官は、中佐の身でありながら、先の欧州反抗に巡洋艦艦長を特例として拝命し、果敢な指揮で見事にその期待に応えた。

 田所とは、江田島時代からの同期で、互いの動と静のよき相棒として活躍している。
 普段であれば、真っ先に発言をしていてもおかしくない性分であるが、妬みや愚痴とは無縁の男であるため、今回の件では沈黙を保つということも十分に考えられていた。

「はっ。提督を始め、皆の懸念は分かりますが、ここは上層部の思惑など無視すべきかと思います」
「ほう? なぜかね?」

 小沢は、安倍があまり口にすることのない、上層部への批判めいた言動を行ったことに若干の驚きを感じながらも、先を促す。

「はい。先年は、欧州において反抗の拠点を得ることは敵いました。しかし、ある種の予言めいた話であるとはいえ、BETAの東進が発生するとなれば、主戦場は大陸。陸の戦力、特に戦術機の存在は何分のも勝るものでありましょう。そして、今日この場に集う若者達も」
「その通りだな。田所くん、井口くん、わざわざ、言いたくもないことを言わせてしまってすまんな」

 安倍の言に、小沢は力強く頷く。

 彼としても、対BETA戦における主力兵器、戦術機を操る人間達の育成の重要性が見えないわけではない。田所、井口の両名も同様である。

 そして、自分達の責務を改めて胸に刻む。

 それには、安倍のように芯の通った男の言動が不可欠であったのだ。

「海の人間が、陸の人間を育てる。簡単な話ではないかも知れませんね」

 若手の士官の一人が口を開くと、他の者達も次々に口を開いていく。

「しかし、外の人間だからこそ出来ることはある。そして、井口中佐や田所中佐の言動も分かります。目的を見失うわけではありませんが、上の連中に一泡吹かせるのも面白い」

 そんな様子をこの中では、年長の四名はほくそ笑みながら見つめる。

 そして、それを狙い通りに焚きつけた男は、慣れないことに戸惑っていた心境を胸にしまい込みながら、未来を担う若者達に意識を向けた。

(本来ならば、不遇のままその生を終える若者達だが……、一人でも二人でも良い。その一人が、二人が未来を変える可能性を持っているのだ)


 そう思った男の脳裏には、超兵器とともに散っていった一人の乙女の姿が思い浮かんでいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「まさか、お前がなあ……」
「斯衛になっているとは思わなかったか?」
「まあな」

 慶一の言に、黒服の男は苦笑する。

 黒服の男の名は、風吹斗真(ふぶき とうま)。

 慶一達とは、中学一年までの幼なじみで、慶一達が幼年学校へ進むのと同時期に、転校していた。

「理由が中央幼年学校への合格とわな」

 竜一がしみじみと口を開く。斗真の言によると、祖父のすすめで受けた試験に合格してしまったからだという。

 中央幼年学校は、旧制の幼年学校と同じく、200人定員のうち、150は埋まっているため、一般倍率は各県にある幼年学校の比ではない。
 そして、田舎の中学校であっても、お世辞にも成績優秀とは言い難かった斗真がそこに合格していたというのは、今でも信じられないことであった。

「ま、俺が真面目にやれば楽なもんだ。隆哉だって似たようなもんだろ?」
「俺の方が、上手さ」
「うわっ。相変わらずのクールっぷり。それで、しゃべらない癖に女を落としているのか?」
「抱かれたがっているヤツはすぐに分かる。だろう?」
「おう、さすがだっ!!」

 と、分けの分からない言動の末に、固く互いの手を握りしめる両名。
 二人とも、見事に整った容姿であるため、絵にはなっているが、言動からは変人としてしか見ることは出来なかった。

「いい加減にせよ」
「あいっててて、分かった分かった」
「うむ……二度目か」

 さすがに頭に来たのか、つかつかと二人に近づいた崋山院が、両名の耳を思いきり引っ張る。さきほど、斉御司月奈の前で見せた大人しい態度とは異なり、大分気の強い女のようである。

「まったく。それより、皆、改めてよろしく頼む。先ほどは嫌な思いをさせたが、皆、必死なのだ。許してやってくれ」
「い、いや、こちらこそ、何も分かっていなくて」
「謝る気は無いけどね」

 崋山院の言に、慶一と麗佳が答えると、壊れた惣面越しに崋山院は僅かに微笑んだように見えた。そうしていると、顔の大半が見えないというのに、先ほどの斉御司と変わらぬほど美しく見える。

「そうだな。では、黒木、紅條。貴官等は、私と同区隊だ。長く世話になる」
「あ、そう言えばそうだったな」
「ふーん、なんだかんだで頼りになりそうだし、よろしくっ!!」

 先ほどの言動はどこえやら、竜一の言を掻き消すような元気声で麗佳は崋山院の手を握りしめる。
 それには、冷静に見える崋山院も苦笑していた。

「それから、蒼木、栗原。そこの問題児二人もそうだが、一応な…………」
「ああ。分かっているよ」
「心配しないで下さい。とは、言えませんけど」

 そう言って、慶一はゆっくりと分隊に宛がわれた部屋の扉を開ける。
 すると、静まりかえった室内から、感情を押し殺したような声が耳に届いた。

「ようやく来たか……」

 その、歓迎とは遥かに離れた声の主は、先ほどと同様に深い青色の衣服に身を包み、凛とした雰囲気を隠すことのない美しい少女であった。


 ある意味、波乱に包まれた一日であったが、その波乱はまだまだ続きそうだと、慶一は思った。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.056828022003174