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No.31075の一覧
[0] Muv-Luv Bitter Tears ~Right of Death~ 【オリ主モノ】[紫 武人](2012/09/03 01:16)
[1] プロローグ[紫 武人](2012/01/03 23:34)
[2] 新鋭編 第1話 帰郷 前編[紫 武人](2012/01/07 00:20)
[3] 新鋭編 第2話 帰郷 後編[紫 武人](2012/01/09 23:19)
[4] 新鋭編 第3話 同期生 前編[紫 武人](2012/01/15 01:53)
[5] 新鋭編 第4話 同期生 後編[紫 武人](2012/01/18 00:51)
[8] 新鋭編 第5話 優等生とおちこぼれ[紫 武人](2012/08/29 22:54)
[9] 新鋭編 第6話 不協和音[紫 武人](2012/09/16 19:36)
[10] 新鋭編 第7話 新世代機[紫 武人](2012/09/09 22:29)
[11] 新鋭編 第8話 演習を前に[紫 武人](2012/09/18 22:48)
[12] 新鋭編 第9話 歩み寄る影[紫 武人](2012/09/30 17:23)
[13] 新鋭編 第10話 巣立ちを前に①[紫 武人](2012/09/30 17:22)
[14] お詫びと打ち切りのお知らせ[紫 武人](2014/12/25 23:55)
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[31075] 新鋭編 第5話 優等生とおちこぼれ
Name: 紫 武人◆1d05be52 ID:dad7f851 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/29 22:54

 西暦1990年 6月10日 横浜泊陵基地 帝国軍士官学校戦術機甲科

 網膜に投影された画面にて蠢く影。

 それが自身の元へと接近し、それを飲み込もうとする刹那に切り裂かれる影。そして、景色が一気に動き、視界が八方へと揺れ動く。
 一瞬、吐き気に似た何かがこみ上げてくるが、歯を食いしばってそれを封ずると、再び影の元へと自身の身が飛び込んでいく。
 短い跳躍の中で地面を見ていた身体が、強引に引き起こされ、大きく捻られる。
 影達の背後へと回り込んだ自身の目の前で四散する影。

 一瞬の静寂。

 ふっと、ため息をつきかけた瞬間、自身のからが引き倒され、再び先ほどの影達が自身の元へとまとわりついてくる様子がはっきりと見て取れた。
 それまでの動きで、疲弊しきっていた精神が一気に覚醒し、慶一は自身がこれまで経験したことの無いような叫び声を上げていた。


 ◇◆◇


「うう…………、気持ち悪い」

 シミュレータから解放された瞬間に全身を襲う虚脱感と吐き気。
 慶一はそれを何とか押さえ込みつつも、眼前にいくつかの光が瞬き始める様子を感じつつ、通路に並べられてベンチへと身体を預けた。
 士官学校への入校から2ヶ月余、先日、基礎訓練を終え、戦伎演習にも何とか合格を果たした慶一達、第一区隊は、隊内の不協和音を感じさせながらも、本格的な教導課程へと駒を進めていた。
 バラバラ状態でありながら、戦伎演習に合格できたことを吉とするべきなのか凶とするべきなのか、今の慶一には判断のしようもなかったのだが……。

「け、慶一君、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。うう…………」

 同区隊の栗原楓が、ぐったりとする慶一にタオルを差し出してくる。
 それを受け取り、顔を拭うが、そんな動作だけでも顔から血の気が引いているのが慶一にはよく分かった。
 手に人間の肌を触っている実感が伝わってこないのである。

「そんなにすごかったんですか?」
「ああ、シミュレータは、経験があるから余計にな……」

 そんな慶一の様子を見ていた楓も、自身のことのように顔を青ざめている。
 一般中学出身の彼女にとって、シミュレーター自体、入学選考の時以来のことであろう。
 それでも、教導のそれに比べればよほど簡易なはずである。

「ふん、だらしがないぞ蒼木」
「――――返す言葉もない」

 慶一と一緒に適性検査を行っていた斉御司月奈が、慶一と楓の側へと歩み寄り、眉間に皺を寄せながら口を開く。
 区隊の班長であり、戦術機教導をカリキュラムに導入している中央幼年学校の卒業生である。今ぐらいの機動ではまったく動じるところはない。とでも言いたいような立ち振る舞いである。

「まったく……、栗原も私の隊にいる以上、情けない顔をするな」
「す、すいません」

(……………………八つ当たりをするなよな)

 顔を青ざめている楓に対してもきつく苦言を呈す月奈に対し、慶一は若干の苛立ちを感じた。
 以前であれば、自分達の落ち度を反省するところであったが、隊内の不協和音を栗原より告げられ、さらに自身でも感じるようになって以来、今のような上から目線での言動が少し腹立たしく感じるようになっていたのだ。

(そう言う態度が反発を呼ぶんだろ。その結果が最低評価じゃねえか)

 そんなことを考えていた慶一であったが、その様子を見ていた風吹斗真がニヤニヤしながら月奈の元へと歩み寄ってくる。

そして…………。

「ひあっっ!?!?」

 突然、月奈の背中に人差し指をはわせる。
 すると、月奈は、驚きの声を上げて身体を硬直させた後、崩れるようにその場に座り込んだ。

「はっはっはっは、姫、強がりは身体に毒ですよ。虚勢を張りたいのは分かりますけどね」
「ううう…………貴様ぁ…………」

 その様子に笑顔を浮かべる斗真に対し、月奈は脱力したままの怨嗟の年のこもった声を上げる。しかし、そのやり取りは慶一と楓にとっては疑問であった。

「あの…………、強がりというと……」
「見たまんまのことだよ。俺らが実機の教習をやっていても、それは歩行レベルの話。実戦機動なんて未体験だし、慶一がそんな調子で姫がピンピンしているわけがないさ」
「ふ、風吹…………っ!!」
「ようし、良く耐えたっ!! 次、風吹斗真候補生、白木愛美候補生っ!!」
「おっと、姫、たまには力を抜くことも必要ですよ~。それじゃあ、俺の番なので行って来ます」

 未だに力の入らない月奈の睨みは、斯衛軍唯一と言っても良い軟派男にはまったく効力を持たないようであった。
 ちょうどそんな時、六星貴人と登坂杏の両名が検査を終えたため、斗真はこれ幸いとその場から立ち去っていった。

 態度は問題かも知れないが、斯衛として最低限の役目は果たしているようである。主君に当たる人間にセクハラを働くのはどうかとは思うが。


 ◇◆◇◆◇◆◇
 

「うう…………っ。ば、馬鹿な…………」
「イタズラに声を上げるな。うっとうしい」
「ぐったりしながら言っても迫力無いぞ~」

 夕食の席である。
 午後に行われた衛士適性検査は、全員合格という結果であったが、その後の訓練など手に付かない状態であった。
 普段、距離走やサーキットを全力行った後にも平然としているメンツばかりであったが、未経験の事態には中々対処できないようであった。

 普段であれば、自由に食事を取る区隊の面々が、全員揃っている点も動く気力を感じないためでもあった。
 斉御司、六星、風吹といった中央幼年学校組の同様の有様である。

「あ、あの~、みんな、ごはん持ってきたけど……、食べれる?」
「杏、気遣いなんて無用だよ。一つも私たちの食事量に難癖を付けてくるんだから、食べられないわけ無いじゃん」

 テーブルに突っ伏す面々に対し、カートを押してきた登坂杏と神村美奈子が口を開く。
 先ほどまでは疲れを見せていたが、今は普段と変わらぬ様子であった。

「――――お、お前らはなんで平然としているんだよ」
「さあ? 別に箱の中で揺すられていただけでしょ? はい、これ」
「――――へ?」

 涼しい顔でそう言った神村が身を起こした慶一の前に食事を並べるが、その様子に思わず目をまるくする。

 並べられたトレイには、山盛りのカレーライスが並べられていた。

「こ、これを食えと??」
「ど、どういうことだ?」
「よりによってこんな時かよ…………」

 普段であれば喜んで食べ始める面々であったが、未だに胃の中がこねくり回されているような状態である。こんな時の大盛りは大きなお世話であった。

「なんでも、月城大尉達の支持らしいよ。さあ、食べた食べた」

 普段から小食気味なことに苦言を呈されている神村が、口元に笑みを浮かべながら全員にそう促す。
 彼女自身は通常量より少し多めなぐらいであるため、何とか食べきることは可能のようであったが、慶一達のそれは全部食べれば逆流は必死の量であった。

「そう言えば、今日は昼食も多かった気が…………」

 楓のそんな呟きは、目の前に現れた小山を見つめる面々には、さらなる絶望を女等するだけであった。

 ◇◆◇

「まったく、ひどい目にあった」

 テキストに目を通し、重要箇所を書き取りながら、慶一はそんなことを呟くと、対に座る神村が顔を上げる。

「いつまでもグチグチ言わないでよ。この状況はこれでいいの?」
「悪かったな。ああ、これは背後に回って撹乱でいいはずだ」
「ありがと、でもさ、なんでみんなあんな状態になったの? 単に箱で揺すられていただけなのに」

 慶一の簡単な説明に頷いた神村は、食事の際の言葉を再び口にする。

「普段だったら、お前と登坂が真っ先にダウンするところだろうけどな」
「何よ、蒼木までお姫様みたいなことを言って。今回は逆になったんだからでかい顔はさせないよ」
「すまんすまん。とはいえ、お前はなんで大丈夫だったのかが知りたいんだが? あれだけ揺られて、敵に密集されたら気分悪くなるだろ」
「揺れはそんなでもなかったし、敵の接近なんてただの映像でしょ? よく分からないな」
「ふーん、まあ、適性の差なのかもな。ん? おいおい、緊急時の機器の操作にぐらい印しとけよ」
「緊急事態になんかなったらまず助からないって言われたでしょ。――――でも、適性か。たしかに、合格できた時は何でだろうとは思ったんだけど…………」

 慶一の言を、面倒くさそうに聞き流した神村は、そう言って左の手の甲を撫でる。そこには、やや大きめの切り傷が刻み込まれていた。

「その傷、どうしたんだ?」
「これ? ひ・み・つ」
「何でだよ!」
「別に。自分で考えれば? それより、続き続き」

 そう言って、神村は再びテキストに目を落とす。

 学術が苦手なモノに対しての一対一の自主学習の時間を設けるというのは、月奈の発案であったが、今となっては全員が学習に追いつけてもいる。初めと比べれば大きな進歩でもあった。

(評価演習では、足を引っ張る場面もあったが…………、それでも始めに比べれば急激に成長しているよな。俺らも未熟とは言え、下に見ていた面はあったけど)

 慶一は、同窓の成長に安心する半面、どことなく焦りを感じるような気がしていた。
 先ほどの検査結果が適性の差によるとすれば、今後の教導が有利に進むのは神村達である。

 そうなれば、それまでの自分の優位は消えていく。
 つまらない意地ではあったが、それはそれで面白くなかった。

(部隊内の軋轢も考えなきゃならないんだけど…………、うーむ、そんな余裕もなくなりそうだな)

「ぼーっとしてどうしたの?」
「あ? いやいや、なんでもない」

 そんなことを考えていた慶一の様子に、神村はジト目を向けてくる。
 端から見れば勉強をサボっているようにしか見えないのだから当然と言えば当然であったが。

「ふーん、どうでもいいけどさ、蒼木って妙に私たちとお姫様達の関係を気にしていない?」
「うぇっ!?」

 突然の指摘に頓狂な声を上げた慶一を、神村は馬鹿を見るような目で見つめ、ため息をつくと、再び口を開く。

「はあ、…………あのさ、私や杏が、お姫様やお坊ちゃまを避けているのが気にはなるんだろうけどさ、露骨に気にしすぎ。あの人達だって、嫌われているのは分かっているんだし、改善しようとしたって無駄だよ」
「斉御司と六星のことだよな? でもさ、それじゃあなんのためのチームなんだ?」
「別に、任官するまでの関係でしょ? あの人達なんて、どうせコネで出世していくんだから、仲良くしたって仕方がないし」
「おいおい、そんな言い方はないだろう?」
「何よ。蒼木だって、私たちのことを足手まといだって思っているクセに」

 今までの自分達の態度からか、足手まといを卑下しているのかは分からなかったが、やはり神村達からすれば、隊としての一体感等は考えていないようであった。

「そりゃあ、最低限のことも出来なかったんだから仕方ないだろ。俺から見たら努力の跡もろくに見えなかったんだし」
「ずぶの素人を捕まえて? そりゃあ、初めは何も出来なかったけど、今はついて行けてもいるじゃない」
「まあな。だから、さっきは少し反省していた。すまなかったな」
「あ、うん…………。あのさ、蒼木って変なヤツって言われない?」
「は? なんでだよ?」
「いや、自覚していないならそれでいいけど、…………反町もぽいし、地域がら?」

 と、突然謝罪の言葉を口にした慶一の態度に戸惑った神村は、直接的に失礼な質問を慶一に浴びせる。
 しかし、それに怒りもしない慶一に、神村は額を抑えつつ、小声で何かを呟き始める。

「こら、小声で何言ってんだ」
「あ、な、なんでもないよ。気にしないで。ま、まあ、謝ってもくれたし、これからは蒼木や楓の言うことぐらいは聞くようにするわよ」
「いや、俺は命令する立場じゃないが……」
「お姫様達のお怒りを沈めるのは大抵蒼木でしょ。風吹と反町は煽るだけだし」
「昴や白木もいるぞ」
「あの二人は怖いからいや」
「なんつー言い草だ」

 神村のあんまりな言動に思わず笑いがこぼれた慶一であったが、神村とこう言った会話をする機会を持てたことは良かったのかも知れない。
 それまでは、何かにつけて反発し合う場面にしか立ち会うことが少なく、慶一自身も失敗などを嗜めたり咎めたりすることの方が多かったのだ。

「ところでな、今の隊の状況はどう思う?」
「何、突然?」
「良い状況じゃないってことは、察しているだろ?」

 慶一はそう言って、神村と視線を合わせる。訓練にも慣れてきたとはいえ、彼女は軍経験は2ヶ月強。少なくとも2年の積み立て分がある慶一に睨まれれば、簡単に視線を逸らすことはできない。

「…………結局、私らのせいにしたいの? あの結果も」
「だったら、こんな話を振るかっ」

 神村の返答に吐き捨てるように言った慶一であったが、正直なところ、戦伎演習の結果に関しては思い出したくもない。
 いくら隊の結束に問題あるとしても、合格部隊中最下位という結果に終わるなどとは思っても見なかったのだ。

「ごめん、――――正直さ、私だって自分の未熟さを恥じる部分はあるよ? でも、大尉達から怒られる場面は減ってきたし、評価演習だってお姫様が余計な命令を出さなければ上手く行ったと思うよ?」
「お前らの主張を無視して増やした休息と迂回か? 俺は正解だと思ったけどな」
「その結果が、時間ギリギリで、無人機銃に特攻する羽目になったんでしょ? 反町が規格外だったから上手くいっただけよ? あれ」

 たしかに神村の言うとおりかも知れないと慶一は思った。機銃の射程内に飛び込み、礫で銃座を破壊するなど、常人の技ではない。普通ならば蜂の巣だ。
 ただ、反町隆哉という人間の常識外れっぷりを普段から見ている慶一としては、あり得ないことではないと無意識の内に納得もしていたのだが。

「つまり、お前らの実力を過小評価した結果、隊の危機を招いた。そう言いたいわけか?」
「別にそういうわけじゃ……、ただ、もう少し信用してほしいわよ」
「そうか…………」


 信用してほしい。

 この言葉は、慶一自身にもずしりと突き刺さる。実際、慶一も彼女のことを、信用しているわけではない。実力が劣る以上、当然ではあったが、評価する部分すらも受け入れていなかったという点は、否定できないのであった。

「蒼木はどうなん? お姫様、いや斉御司や六星のこと。はっきり言うけど、あの人達隊の仲間を見下しているわよ? そんな人達の指揮でこれからの教導とかをやっていける?」
「それが軍てもんだろ」
「自分より実力で劣る人間に? 杏や楓と話す機会があるけど、反町と風吹、それに蒼木だって彼女達より実力上だよ?」
「それはない」

 さらに言葉をつなぐ神村の言を、慶一はきっぱりと否定する。

 少なくとも、現時点で名前の出た四人に勝っている点など、年齢以上に見える外見ぐらいだと思っている。何より、隆哉に勝てたことなど、冬のスケートとスキー以外には何も無い。

「あっそ。そう思うなら別にいいけどね。無駄に気を遣うんだったら、自分に自信を持った方がいいんじゃないの? 少なくとも、私は隊長二人よりあんたの方が信用できると思うよ?」

 神村はそう言うと、おもむろにテキストを閉じる。

 慶一が口を開きかけると、ちょうど自由時間の終了を告げるラッパが鳴り始めたところであった。


◇◆◇◆◇◆◇


「やはり、第一から第五までは、素晴らしい適性を誇っているな」

 手渡された分厚い報告書に目を通し終えた小沢由三郎少将は、そう言いながら顔を上げる。その先には、片腕とも言える海軍士官と本年度の士官候補生の教導責任者である陸軍士官とその部下達が立っている。

「元々、編成を固めておりましたので。しかし、脱落者が出なくて良かったですよ」

 小沢の言に蒼木と呼ばれた男がそう応える。
 彼、蒼木柊一中佐は、蒼木慶一の実兄である。年齢は、今年二十四になる若手と呼べる年齢であるが、すでに中佐の地位を拝命している。
 平時であればあり得ない人事であったが、最終戦争の様相を見せる世情、赤の斯衛縁者を妻に持つ縁故、世界中への派兵経験と実績、それらが合わさって異例の地位にある。

「うむ。それで、蒼木君。実機の調達は済んでいるのかね? 貴官達にすべて任せておいたが、未だに報告が上がっておらんが?」
「はい。技術廠の方に確認は取れました。北條」
「はっ…………」

 蒼木の言に、彼の副官を務める男が数枚の書類を小沢の元へと差し出す。

「これは?」
「はい。先の戦いの後、採用された新世代機の練習機です」
「し、新型かね?」
「ええ」
「…………私は、海しか知らぬ身であるが…………、練習機ですら新型を揃える必要があるというのかね?」

 再び書類に目を通した小沢は、そこに載せられた図面と仕様書を一読し、驚きの声を上げる。

 彼の口から出た疑問は、事情を知らぬ者からすれば当然の物でもあった。

「新世代機は、現状、軍の主力をになう撃震、瑞鶴とは根本的な思想が異なる物であります。練習機の段階である程度慣れておかねば、実戦では使い物になれません」
「――――むう…………、殿下の肝いりとはいえ…………、中佐、私はあくまでも一介の軍人として、この職務に就いている。そして、その立場上、候補生達を政治の道具とすることを許すことは出来ん」
「分かっております。閣下。ですが、すべてはBETAに勝利するためであります」


 ◇◆◇


 小沢学長への報告を終えた蒼木は、腹心とも言える月城美緒大尉、常磐詩織大尉とともに、自身の執務室へと戻ると、脱力するように椅子に身を任せた。


「中佐、北條は一緒じゃないんですか?」

 月城は、部屋の外に他人の気配がないことを確認した後、普段通りの口調で話し始める。

「ヤツは人と馴れ合わんよ。気にするだけ無駄だ」

 先ほどまで傍らにいた影のような副官の姿がないことに、蒼木はどうでもいいことだとも言わんばかりに言い捨てる。
 先の欧州遠征の頃からそうであったが、根本的にこの上官と副官は肌が合わないようであった。

「しかし、こんなに急いで大丈夫ですか? 私の隊は未だに分裂したままで、弟さんも苦労しているみたいですよ?」
「そこまで面倒見切れるか。ジジイどもの横やりが面倒くさいからまとめてやったんだし。あいつが何とかする」
「ふふ、中佐も身内だけは信用されるのですね」

 月城の砕けた物言いに対し、常磐の口調は淑やかな物である。

「あいつは実績が証明している。そして、あの斉御司も六星も、このまま埋もれさせるには惜しい」
「今のままだと埋もれる前に掘り出せそうにないですけどね。私は手を抜く気はありませんし、あのまま大陸で一緒に戦うなんて冗談じゃないですよ」
「だが、自分達で乗り越えねばならんよ。いっそ、今のまま大陸へ行って二,三人死ねばいい薬になる」
「…………中佐、弟さんがその中に入るかも知れないんですよ?」
「そうなったら仕方がないさ」

 蒼木は、若干声を落とす月城に対し、そう言って肩をすくめる。
 月城としては、この二ヶ月の間面倒を見てきた者達である。生意気であったり、落胆させられる場面はあるが、あっさり死なせたくはない。
 蒼木としても心情は同じであったが、身内に対して甘い顔は当然出来ないし、全員が無事のまま済むとも思っていないからこその発言であった。

「それで、七年も早くして大丈夫なのですか? 不知火の件でも相当無理をしていると思いますが?」

 多少、不穏な空気が室内を包んだためか、常磐がその美貌に微笑を浮かべながら両者の間に割ってはいる。口調は柔らかいが、続きを話させないという意思はよく分かる。

「さあな。俺はそっちの方は素人だし、白銀さん達が殿下の後援を受けて動いているんだろ」

 蒼木は再び肩をすくめながら常磐の問いに答える。
 ごまかしているようにしか見えないが、これは本音である。軍内部の政治抗争に近いことならばある程度の手を打つように努めるが、こと戦術機に関しては政治経済、さらにはメーカーも絡む問題になっている。

 素人が絡んだところでろくな結果にならないことは目に見えているのだ。

 今は、本来ならば四年後に採用される新世代機の配備が目前に迫り、七年かかる高等練習機が候補生達の元へ届けられる。
 これ以上の結果を求める気にはならないのであった。

「アメさん辺りも不審に思っているんじゃないですか? 何だかんだで頼りになる連中だし、あまりへそを曲げられても後々困る気がしますけど」
「だから、俺は知らん。ジジイどもの相手で精一杯だし、下手なことをやって事態を混乱させたくはない。舅殿にも釘を刺されているしな」
「私といたしましては、皇帝陛下が御心をお乱しになられなければそれでよいのですが」
「それは当然だ。…………だが、摂政殿下は何かに焦っているように感じる。あの方がそれを感じ取らぬはずはないが」
「気持ちは分かりますよ。あと一〇年もある。ではなく、あと一〇年しかないんですから」
「…………不便な物だな。記憶というのは」

 月城の言に、蒼木は自嘲気味にそう応える。

 未来を知り得ること。それは、この場に居る三人、そして、世界中に存在するある者達が共有する唯一のこと。


 しかし、それは決してプラスに働く要素ではないのである。

 先を知るからこそ、変化に対する恐怖は常に存在し、それが破滅へと繋がっていく危険性を皆が皆、本能で感じ取っている。

 破滅を知る人間達にとって、記憶というのは決して優しい存在ではなかったのだ。






◇あとがき◇

久しぶりなので、上手くできているかは分かりませんがどうでしょうか? 感想などをお待ちしています。


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