一週間に及ぶ帝都での特殊任務も完了し、武は207Bのみんなと横浜基地へと戻る道中であった。そんな中、武は今回の帝都でのことを振り返っていた。 さすがは大将二人に月詠大尉と言うべきか。突貫作業で行われた武御雷のXM3換装作業。そのあとの演習でめきめきと力をつけていった。最終日にはあの相手三人に3回に一回は一本とられるようになってしまった。武が‘殺す気’でかかればまだ勝負はわからないだろうが、現状とはしてはまずまずな成績だ。さすがは武御雷という機体だ。前のOSでは三人の速さに機体がついていけなかったし、武御雷の性能も十分に引き出せなかった。だがあんなものしかなかったため、それを不満に思わなかった。まあ、これで帝国の戦力増強という目的は達したわけだ。 また横浜基地へは、武の申請で斯衛から第19独立警護小隊と篁中尉の五人が派遣されることとなった。当然武御雷も運び込まれてくる。A-01部隊の訓練相手として来てもらうのだが、彼女たち自身にもためになることだろう。今見たところA-01のほうが長いことXM3に触れていたこともあり、一日の長があるが、すぐに機体性能がものをいうようになるだろう。それに工夫して勝つため部隊間の連携の強化が必要になる。それは斯衛の五人も同じ。お互いを研磨していけばいい。自分のレベルは無理でも、なんとか四対一では、不知火弐型に搭乗した自分を60%以上の勝率で勝てるようにはなってほしい。 そして、彼女たちには207B部隊の相手も務めてもらいたい。「まあ、もうすぐ207Bじゃなくなるわけだが……」 武はフッ、と笑って、後部座席を見た。輸送車の後部座席には最終日の14戦連続で演習を行った207Bの少女たちが眠りこけていた。ちなみに武はその倍の数をこなしているわけだが、彼女たちとは基礎体力の部分で違いすぎる。慣れない対部隊戦闘で疲れ切った彼女たちをほほえましく思いながら見た。委員長と彩峰がそれぞれにもたれかかって眠っている姿なんてこれから先見ることなんてないかもしれない貴重なシーンだ。今ここにカメラがないのが悔やまれる。しかたないので、脳内フォルダに保存した。 アーリャはというと、冥夜の膝枕でぐっすり眠っていた。彼女は別段疲れているはずはないのだが、そこらへんはお子様ということなのだろうか。ずっと座っていると車の振動が心地よく感じてきたのかもしれない。時々寝言で「タケルの……バカー」というのは……聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。 当の冥夜はそのアーリャの髪をなでるような形で腕を置き眠っていた。元の世界の電車の中で、こんな親子を見たことあるなと武は懐かしい記憶を掘り出した。 しばらくそれらの光景をしっかりと目に焼き付けた武は、改めて正面を向いて、首にかかっている鎖を引っ張りだした。そこにかかっているのはドッグタグと‘二つ’の銀の指輪。形も大きさも全く同じのそれ。内側に「煌武院悠陽」と彫られている。一つは武とともに未来からついてきた煌武院の指輪。そしてもう一つは、『白銀……これをそなたに……。これまでのそなたの行いで私はそなたを信頼に足る人物と判断いたしました。これから先、そなたに危機迫る時、わが帝国は全力をもってそなたの力になりましょう』 そういって最終日、「ある要件」で再び帝都に忍び込んでいた武に渡された銀の指輪。あるものを渡すつもりが、こちらがどえらいものをもらってしまった。これによって武は国連軍所属でありながら、帝国軍にも干渉できる地位を得たことになる。 武はその恐れ多い指輪を数秒見つめてすぐにしまった。 窓の外に視線を移して、「通信機……使ってくれるかな―?」と呟いた。 武の口にした通信機というのは最終日、武が悠陽に渡したものだ。それなりの大きさがあり、さすがにあれをかついで帝都城に侵入するのは苦労した。しっかりと映像付きで送れるもので、アーリャによる完璧な防御壁を構築した回線を利用し、傍受されることもない。指輪を受け取ったその日、武はこれを渡すために悠陽の元を訪れていたのだ。『適当に政威大将軍の責務に疲れたらいつでもいいんで連絡してください……オレでも愚痴を聞くことぐらいはできますんで……』 そう言って部屋の隅にもので隠すように通信機を設置した。そのときの悠陽の顔と言ったらなかったな、と武は今一度思い出して小さく笑った。信じられないものを見たという顔つきで、顔を赤くしてたどたどしく通信機に触れる姿。『し、白銀! いつでもいいというのは本当ですね!?』と武が去るまで何度も確認していた。 まだ二十歳にも満たぬ少女が、その責務を忘れ、一人の少女として語り合うことができる相手がいてもいいと思う。重責に押しつぶされぬように……そう想いをこめて武はあの通信機を渡した。 まあ、彼女は強いと思うのだが、と一度大きく息を吐いた。 そして武ははるか南の横浜基地の方向を見た。「あいつが……ついに……!」 改めて口にすると、70km/hは出しているはずの車の速度が遅く感じられる。一分でも一秒でも早く横浜基地にたどり着いてほしい。運転手に叫びそうになるのをなんとか理性で押しとどめた。代わりに指がコツコツと落ち着きなく窓を叩き始める。だれの目から見ても急いているのは明白であった。 だが結果その音で207Bやアーリャを起こすことになってしまい、申し訳ない気分になる武だった。◇ 一時間後。武たちを乗せた輸送車はようやく横浜基地へとたどり着いた。 全員揃って車から降りると同時、出迎えたのはピアティフ中尉。武に近づき、顔をよせ耳打ち。そのあとすぐ、武はアーリャを連れて早足で基地内へと向かい始めた。 その背に冥夜は声をかけた。「タケル、どこへ?」「大切な人を待たせてある」 そう口にした武。その武の表情を見て、冥夜は妙な胸騒ぎを感じるのだった。◇ カツカツカツカツと武の軍靴が廊下の床をいつもより早めに叩いていた。そのすぐあとを小柄な体ながらも多少駆け足になって追いかけるアーリャ。いつもならアーリャの速度に合わせる武だったが、今の武にはそんなことを考える余裕はなかった。 途中自室に寄る。そしてアーリャを廊下に待たせ、武は机の引き出しから‘ある物’を取り出した。 そしてすぐさま部屋を出て、一路ある部屋をめざし、再び早足で歩き始める。 地下23階。夕呼の部屋ではなく、武はこの区画にある一室にまっすぐ向かった。この区画までこられるのはこの横浜基地でも10人に満たない。それだけの最高機密エリア。 そしてその一角。ある部屋の中へと武はアーリャとともに踏み込んだ。「来たわね」 部屋に入ってまず目についたのが、夕呼と霞。そして部屋の空間の大半を占める巨大な機械だった。円筒形の透明な筒が中央にあり、その周囲を囲むように用途不明の機器がごった返していた。「……」 そして彼女たち以外にもう一人――その円筒形の筒の中にいる少女。 ――鑑 純夏がこちらをじっと見つめていた。「すみ……か……」 言葉がのどにひっかかってうまく出てこない。言いたいことはたくさんあったのに、いざ彼女を目の前にすると、そんなものはすべて吹き飛んでしまった。‘あのような状態’でも武のことを忘れずに、その強い想いが武をこの世界へと引き寄せた。武を『因果導体』としたその張本人。その少女がついに00Unitとしての肉体を得た。「――ころ……す」「……!」 純夏が口を開いた。だがそれは目の前の少女の口から出たとは思えないほど不吉な言葉。しかし純夏はそれしか言葉を知らないように何度もそれをその唇から紡ぎだした。「殺す……殺す……殺す」「やっぱりアンタの言ったとおり……ただ会わせただけじゃダメみたいね」 それを見て夕呼はため息交じりに口にした。「今あるのはBETAへの憎しみ、怒り……いつもはただの人形みたいな無表情、無感動」 『BETA』。その言葉を聞いた瞬間、様子が激変した。「うあぁ!!」 筒の内側から強化ガラスをその手で叩く。肩腕は頭痛でもあるのか頭に当て、もう片方で幾度も強化ガラスを叩きつける。その様は狂気の一言で、「BETA!!! 殺す! 殺す! 殺してやる! ――皆殺しにしてやる!!!」 その姿を悲しげな表情で見る武。「うぅっ!」 突如武の隣にいたアーリャまでもが頭を押さえてうずくまった。「アーリャ……『心を読むな』」 あらかじめ組み込んである外部音声によるリーディング処理の強制終了。アーリャが純夏に対するリーディングから解放される。やはり勝手にリーディングをしていたようだ。 アーリャは不用意に現状の純夏のリーディングを行うべきではない。今彼女の心の内にあるのはBETAに対する果てのない憎しみのみ。そのような負の感情にあてられては、アーリャ自身も‘目の前の純夏のような状態’に逆戻りしてしまう可能性がある。 そして、部屋に純夏の怨嗟の声と強化ガラスを叩く音だけが響く中、夕呼が口を開いた。「それじゃ……始めましょうか」 武に背中を向け、夕呼が向いた先にあるのは制御盤。この部屋全体を占める巨大な機械を動かすためのものである。 夕呼の隣にいた霞が武に小走りに近づいてきた。目の前まで来て武を見上げる瞳。隣にいたアーリャも同じように武を見上げていた。「白銀さん……純夏さんを……」「ああ……わかってるよ」 武は二人の頭に手を乗せた。「お前たちも……頼むぞ?」 その言葉と一度なでることで二人はコクンと頷いて、それぞれが部屋の左右に移動した。純夏のいる筒を挟むように移動した二人は、改めて純夏に向き直った。「プロジェクション……開始!」 夕呼のその言葉で霞とアーリャの二人がかりでの純夏に対するプロジェクション。プロジェクションする内容は二人が武あるいは純夏からリーディングした『白銀武と鑑純夏の思い出』。 そしてその二人と同時に夕呼も制御盤を操作して、巨大な機械に火を入れた。 その二つの行動によって様子に変化が現れる純夏。強化ガラスを叩いていた腕がぴたりと止まり、目を見開く。そして頭を押さえてしゃがみこんだ。「うぅ! うあぁっ!! いやぁっ!」 猛烈な痛みでも襲っているかのように頭を振り回す純夏。 そして彼女を囲む強化ガラスの周辺の空間が歪み始めた。「つながり始めたわよ、白銀!」 この装置を簡単に説明すると、大量の電気を使って、この部屋、厳密に言えば純夏のいる周囲を『虚数空間』へと限りなく近づける装置だ。『二回目』の世界で武を元の世界に送った装置の応用と言えなくもない。 そして今回その装置と二人のESP能力者を使って行う実験というのが――この世界の純夏と元の世界の純夏の‘記憶の同一化現象’を引き起こすことである。 『二回目』の実験で虚数空間へと流出した元の世界の鑑純夏の記憶。それを『因果導体』である武が寄せ付ける。それにより、鑑純夏を元の人格に――夕呼にしてみれば00Unitとして使えるようにするのだ。 成功のカギを握るのは武、そして武と純夏の絆。その実験がついに始まった。◇「うっ!うぅ……あああぁ!!」 痛い。痛い。痛い。頭が痛い。『タケルちゃーん』 誰!?入ってこないで!頭が痛い!『タケルちゃん、朝だよー?』 タケルちゃん。タケルちゃん。私にはタケルちゃんがいた。違う。タケルちゃんはもう生きてないんだ。だって私の目の前でBETAに―――BETA! 殺してやる! 殺しつくしてやる! 皆殺しに、『わたしとタケルちゃんが一緒にいなかったときなんて、ほとんどないんだよ』「やめて! やめてよぉ!」 そう……私たちはいつも一緒だった。でも彼はもういない。『タケルちゃんのこと忘れたら、半分はわたしじゃなくなっちゃうよ……』 そうだからもう私は‘私’ではない。だからもうやめて。こんなものを見せるのはやめて! 私はBETAを……BETAだけを!「――純夏」 目の前から声。私は今にも頭が割れそうな頭痛をこらえてなんとか顔をあげた。え? この声……「ほら……プレゼントだ」「あ……あ……」 そう言って‘彼’が差し出した木彫りの人形。「サンタ……ウサ、ギ……」 私……これ、知って……、『――タケルちゃんといて、タケルちゃんとの思い出があって、はじめてわたしなんだから』「あ、あ……あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」◇「純夏!」 純夏がひときわ大きな叫び声をあげた。しだいに尻すぼみになっていく叫び声。そしていきなり糸の切れたあやつり人形のようにスッと力が抜け、純夏の体が倒れこんだ。「先生!」 すぐに夕呼に強化ガラスの筒をあけるように指示する。そしてその中から倒れた純夏を連れ出し、背中に手を当て上半身だけを起こすような形で固定した。「純夏さん!」霞が慌てて駆け寄ってきた。だが、武はそれを手で制した。「!」 武の中にはある確信があった。あのサンタうさぎを見たときの純夏の反応。「純夏……ほら、起きろ……」 ペチペチと頬を軽く叩いた。起きるまで数度軽く叩く。「……っ」 意外にも純夏はすぐに起きた。アーリャと夕呼も近づいてくる。純夏は状況を理解しようとしているのか、数度瞬きをした。未だ光の宿らない瞳。そして、みんなが見守る中、純夏がその第一声を口にした。「――BETA……殺さなきゃ」「! ……そんな、失敗!?」 夕呼が苦悶の表情で言った。だが、武には分かっていた。これは‘寝起き’のようなものだ。まだ鑑純夏として完全に覚醒していない。ここにいるのはあの鑑純夏なのだ。「こら何を寝ぼけてんだ……お前にそんな言葉似合わないだろうが」 ――ボカッ。 頭を叩いた。「し、白銀さん……」 霞が困惑の声を出すが武は無視した。「私は……BETAを」「まだ言うか」 ――ボカッ。「BETA――」 ――ボカッ。「ベ――」 ――ボカッ。「……」 ――ボカッ。「――たい……」「ん?なんだって?」 ――ボカッ。「――い……い」「ん?」 ――ボカッ。「――痛い!って言ってるの、タケルちゃん!!!」 ――ヒュンッ……パシッ! 突如襲ってきた純夏の右手。だが、武はそれをなんなく受け止めた。そして得意げな笑みを浮かべ、「ふ……甘い甘い。今の完璧な修業を重ねたオレには、いかにお前のドリルミルキィパンチと言え―――」「――ファントムッ!!!!」「ぐぼはぁっ!!!!!」 きりもみ回転四回半。武は壁に叩きつけられた。「ひ……左なんて聞いてな……っ!」「もう!頭叩きまくって!馬鹿になったらどうするの!?」 先ほどとは打って変わった雰囲気の純夏が立ち上がり怒り露わにして、横たわる武に近づいてきた。そのあまりに豹変ぶりに夕呼はあっけにとられる。霞とアーリャもリーディングで元の純夏を知っていたとはいえ、実際に目にすると言葉がでなかった。「お前は馬鹿だろ!しかも今のお前は人類の科学の粋を結集した、もっとも贅沢な馬鹿だ!」「なにー!?量子電導脳だよ!?なんかこう……その……すごいんだよ!?」「その表現の仕方がすでに馬鹿だ!」「た、武ちゃんなんてあのバルジャーノンぐらいしかとりえないじゃん!」「ふはは、今のオレはあの頃の小僧ではないのだ!」「なにわけわかんないこと言ってるの!?」「はいはい。痴話ゲンカなら後にしてくれる?」 ようやく立ち直った夕呼が間に割って入る。そしてジロジロと純夏のことを見た。「こ、香月先生~? あれ……博士?」「……すごいわ。本当にしっかりとこっちの記憶と向こうの記憶が混ざり合ってる……! そうよね、別世界といっても元は鑑純夏なんだからそこに……ああ、だめ。こんなところじゃ詳しいことわからないわ。来なさい、鑑!」「ちょ、ちょっと」 純夏の手を引いて部屋を出て行こうとする。「タ、タケルちゃ~~ん」 最後にその言葉を残して、純夏は部屋から連れ出されてしまった。そのあとを追って霞も部屋を出て行った。 アーリャと二人きりになった部屋の中で武は、「アーリャ……ごめん。少し……一人にしてくれ」 さっき純夏と言い合っていた武はどこへいったのか。そこにいたのは顔を伏せ、なんとか声をしぼりだした弱々しい武であった。その姿をみたアーリャ。一度何かを言いかけたが、結局は何も言わずに部屋を出て行った。 パタパタという廊下を走るアーリャの足音が聞こえなくなってから、武は壁に背を預け、崩れるようにして座り込んだ。そして目を押さえるようにして両手を顔にあてた。(よ、良かった……さすがにあいつらの前で泣くのはみっともなさすぎるからな……) そしてさっきの純夏の顔を思い出した。「純夏……よかった……本当に、よかった……」 武にとってある意味「平和の象徴」でもあった純夏。その彼女をふたたび見ることができた。はっきりいって00Unitなんて関係ない。ただ彼女にまた会えたことが嬉しかった。 一度は逃げ帰った世界で見た純夏の身に起こった惨事。二回目の世界の最後に武には何も言わずにいなくなってしまった純夏。「今度こそ……守り抜いてやる」 武はすべての世界の『武』に誓った。◇「タ、タケルちゃん」 二時間後。夕呼から解放された純夏が武の部屋を訪れた。だがその様子はどこか変で、開いた扉の外から様子を窺うようにこちらを見ていた。「純夏……」「さ、さっきのはあのね……タケルちゃんがあんなことするから私もちょっとカッとしたっていうか……本当はね―――」 すべてを言い終わる前に純夏の腕を引き、一気に引きよせその身を強く抱きしめた。「タ、タケルちゃん!?」「久しぶり……純夏」「あ……」 硬くなっていた体からスーッと力が抜けていった。「うん、うん……タケルちゃん、会いたかった……会いたかったよぉ」 純夏も武の背に手をまわした。彼女は一体どれだけ武に会いたいと願い続けてきたことだろう。何度も「タケルちゃん」と口にしながら涙を流す。震える体、嗚咽まじりの声。 再会を喜び合う二人。部屋の片隅にいたアーリャも、今だけはその二人を黙って見ていた。◇ ~数分後~「む~」 なんかだんだんとムカムカしてきた。距離近く、再会を喜びあい、さまざまなことを話す武と純夏。二人はベッドに隣同士で座って、仲のよい恋人よろしくウフフアハハで話し合っていた。二人ともアーリャのことなんて眼中にない。「は・な・れ・る!」 その二人の間に割って入った。純夏を押して、その間に身を割り込ませる。「お、おい、アーリャ」 困惑する武なんて無視して片手で純夏を押して、自分の位置を確保。「タケルちゃん……この娘は?」 いきなりの小さな子供の乱入に純夏は驚く。そのアーリャは先ほどまで純夏がいたポジションで武に抱き突き、その状態で首だけを動かして純夏の方を見ていた。 ――バチッ! 目があった瞬間、火花が散った(ような気がした)。「ああ、この娘はな―――」 武の簡単な説明。純夏と同じ00Unitであり、今は武が親あるいは兄がわりで世話をみている娘だと説明した。最後に仲良くしてやってくれという言葉も付け加える。 だが、純夏は今の彼女の態度から直感的に判断した。彼女はライバルだ。「よろしく、アーリャちゃん。私は『タケルちゃんの幼馴染』の鑑純夏」「っ!……私は『タケルといつも一緒に寝てる』アーリャ」「ええー!?どういうことタケルちゃん!?」 先に牽制するつもりがカウンターをくらってしまった。「言っただろ?オレが面倒見てるってだから別段一緒に寝るのも―――」「ダ、ダメだよー!タケルちゃん、女の子の立場から言わせてもらうとこの年頃の女の子はそろそろお父さんとかと一緒に寝るのが恥ずかしく―――」「そんなことない、タケル」 ――バチバチバチッ! 睨みあう二人。世界最高峰レベルの頭脳を持つ二人のなんとも低レベルな戦いであった。 武はそんな二人を仲の良い姉妹みたいだなーとなんとも見当違いなことを思いながら微笑ましく見ていた。◇ ◇ ◇ その日、冥夜はなぜか妙に落ち着かぬ気持ちで朝を迎えた。 一週間ほど前、訓練生としては異例の帝都での特殊任務にあたった冥夜たち207B訓練小隊。国の一線で活躍する衛士たちの多くと演習を行うことができ、自分たちにとっては大変有意義なものとなった。 そしてこの基地に帰ってからの一週間はそれらの経験を踏まえての訓練が行われた。 だが、昨日の最後のミーティングで自分達207Bは、明日……今となっては今日だが、9時に講堂に集合せよという旨を武から伝えられた。自分たち戦術機主体の衛士たちは講堂での訓練など滅多にしない。しかも制服指定までされたのだ。まず間違いなく訓練ではないだろう。講堂と言えば、冥夜は入隊宣誓の時にその場に並んで以来、それ以外の理由で訪れたことは一度もない場所であった。 いったい講堂で何をするというのか。 9時に講堂に集合ということで、いつもより遅い時間にPXに訪れた。時間が少しずれただけなのにずいぶんとさびしい場所となっていた。「御剣」 そんな中、トレイを手にした榊と珠瀬がいた。「おはよう」「ああ、おはよう」 朝の挨拶をかわすと、自分も朝食を取りに向かった。 京塚曹長から朝食を受け取ると、榊たちが座っている自分たちのPXでの定位置へと向かった。そして三人そろって朝食を食べ始める。「彩峰と鎧衣はどうした?」「あの二人ならもう食べてるみたいよ」 やはりこのような日には全員で朝食をとるのは難しいようだ。「榊は今日の呼び出しが何事なのか聞いているか?」 207Bの隊長である彼女ならあるいは、と思ったが、「いいえ、私も今日のことは何も知らないの」 自分の食事を進めながら榊は答えた。さて、これでいよいよわからなくなってきた。わざわざ九時に講堂集合する意味は何なのか。あそこで行うことなどそう多くは思い浮かばない。「此度の呼び出し……妙に気持ちが落ち着かぬのだ」「行ってみればわかるよ。きっと……だから早く食べよ」 珠瀬のその言葉にうなずいて、朝食に取りかかった。◇「彩峰、鎧衣」 講堂につくと、すでに中には二人がいた。「あ!みんなー」 こっちに気づいた鎧衣が近寄ってくる。冥夜はぐるりと行動を見まわした。9時数分前だというのに、この広い講堂には自分たちの姿しかない。自分たちをここに集めた武の姿もなかった。「早いな、二人とも」「うん、なんか今日の呼び出し……妙に落ち着かなくって」「そなたもか」「何の集まりだろうね……」彩峰も近寄ってきた。そして五人全員で頭を悩ませるのだが、一向に今日の集まりの目的がわからなかった。 そのとき、講堂の重い扉が開いた。「白銀、今日はこんなところでいったい――っ!? 気をつけー!」 榊が何かに気づいたように慌てて号礼をかけた。その声で反射的に姿勢を正す207小隊。「小隊整列!」 そう大きな声で命令したのは、以前の彼女たちの教官、神宮司まりも大尉であった。なぜ彼女が、と思う前に、その後ろから2人、男性がこの講堂へと足を踏み入れてきた。(基地司令!?) その片方の男性には見覚えがあった。ありすぎた。この基地の司令であるラダビノッド准将だ。なぜ、司令がこのようなところに。今回の自分たちの呼び出しと関係があるのか。いや、ここまできたら関係なしとは思えない。もう一人は見覚えがない。階級は大尉のようだが、一体彼は何者なのか。 そんな彼女たちの前を通って、ラダビノッド准将は正面の舞台へと上がった。そしてそこで改めて207B小隊に向かい合う司令。白髪のオールバック。キリッとした顔つきの幾戦の猛者がそこにいた。自分たちも移動し、彼とそれぞれ向かい合うよう横一列に並んだ。「ラダビノッド司令官に対し――敬礼ッ!」 まりものその声で敬礼を決める。「――休め!」 その声で構えをといた。次に舞台横に立った国連軍大尉の男性が講堂中に響く大きな声でこう言った。「――突然ではあるが、ただ今より、国連太平洋方面第11軍、横浜基地衛士訓練学校、第207訓練小隊解隊式を執り行う」「「「「「!?」」」」」(解隊式っ!?そんな……ということは!)「――基地司令訓示!」「気をつけぇ!」 ――ザッ。「楽にしたまえ……」 ようやく口を開いた基地司令。「訓練課程終了、晴れて任官というめでたい日だ。本来であれば、諸君の門出を盛大に祝ってやりたいところではあるが、正式な過程を終了していない……何分急なこと。このように略式であることを許してほしい」 やっと……やっと来た。「諸君も急なことで驚いたと思う。しかし、人類は今滅亡の危機に直面しており、世界は力と勇気ある若者を欲している。そんな中、訓練でも優秀な成績を収め、あの人類反撃の糸口となるやもしれぬXM3の開発部隊としての功績を高く評価されたため、今日の任官と相成ったわけだ」 涼宮たち207Aに遅れること数か月。やっと自分たちも日本の、世界のためにBETAと闘うことができる。「またこれは諸君の戦術機教官……白銀武少佐たっての懇願で実現したものである」「「「「「!」」」」」(タケルがっ!?)「若者たちよ、失敗を恐れず己の最善を尽くせ。どんな苦境に陥ろうとも、最後の勝利を信じ努力を惜しむな。勝利を信じあきらめぬ心、それこそが君たち若者が持つ唯一にして最大の武器なのだ」 ラダビノッド指令が今までの経験から得た訓示を話してくれる。「……人類は今、未曽有の窮地に立たされている。戦況は厳しい。だからこそ、必勝の信念を曲げてはならない。諦めたらそこで終わってしまうのだ」 だが私は失礼にもその話が耳から入っても頭の中まではほとんど入ってこなかった。それほど今日の任官という出来事は大きすぎるものだった。 この訓練学校に入ってから……いやそのずっと前から願い続けてきた、自分の戦いがようやくできるのだ。一度は総戦技演習不合格とつまずいたこともあった。だが、今日この日まで、仲間たちとともに行ってきたことが報われる。「――手のひらを見たまえ」 ラダビノッド司令のその言葉で自分の手を見つめた。「その手で何を掴む?」 人類の勝利を。「その手で何を守る?」 この星、この国の民、日本という国を。「―――拳を握りたまえ」 グッと強く握った。「その拳で何を拓く?」 勝利への道を。「その拳で何を倒す?」 人類の敵、BETAを。「それらを常に心のうちに秘め、諸君らが人類反撃の先鋒となることを切に願う……以上である」「――気を付けェッ!」 ――ザッ。「ラダビノッド司令官に対し―――敬礼ッ!」「引き続き、衛士徽章(きしょう)授与を行う」 そしてラダビノッド司令官直々に手渡される衛士徽章。冥夜もそれを受け取った。バッジなのだから軽いはずなのだが、冥夜にはそれがとても重く感じられた。 そして全員にいきわたると、「――衛士徽章授与を終了する」「……頑張りたまえ」 最後にそう言葉をかけていただいた。「――気をつけぇ!」 ――ザッ!「ラダビノッド司令官に対し――敬礼っ!」 最後に敬礼を決めた。「以上を以て、国連太平洋方面第11軍、横浜基地衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊解隊式を終わる」「207衛士訓練小隊――解散ッ!」「「「「「ありがとうございましたっ!!!」」」」」 大きな、今までで最も大きな感謝をこめてそう口にした。 そして、司令や神宮司大尉は早々に講堂を出て行った。あとに残されたのは自分たち207B訓練部隊……いや‘元’207B訓練部隊のみだった。「私たち……私たち……とうとう……」 最初に口を開いたのは珠瀬だった。その声は震えてかすれている。「そうよ……国連軍の衛士に……なったのよ……!」 榊が自分の発言を一言一言噛みしめるようにして続けた。「……皆……よく耐えたな……」 冥夜の口からもその言葉が自然とでていた。耐えたという言葉は何も訓練だけではない。「冥夜さんだって……みんな頑張ったよ!ねえ?」 鎧衣がそう言ってくれる。「そうですよ……みんなで……みんなで力を合わせたから……」「……そうだね」 彩峰も笑顔を浮かべていた。「みんな……ありがとう……」 榊の「ありがとう」。それは先ほど司令や神宮司大尉に向けたものと同等かそれ以上の気持ちが込められているように感じた。 そしてそれを皮切りにみんながみんなに感謝の意を伝えた。今まで苦楽を共にした仲間たち、本当に今まで―――「私からも言わせてほしい……そなた達に心よりの感謝を……」◇ 冥夜たちが喜びあう中、講堂のすぐ外で武とまりもがいた。抱き合い涙を流しながら喜びあう彼女たちの姿を入口の隙間から見ていた。「あの娘たちがこんなにスムーズに任官できるなんて……白銀、あなたどんな手を使ったの?」「企業秘密ですよ、まりもちゃん」「なによ……企業って……ふふ」 追及はせず、優しく微笑むまりも。口調までもいつもの軍人のものではない。やはり彼女も元教え子たちの任官は嬉しいらしい。途中からは武が受け継いだとはいえ、彼女たちはまりもの教え子だ。彼女たちの挫折を見てきている分、その喜びは格別なのかもしれない。鬼軍曹と呼ばれたこともあったが、誰よりも訓練生を愛していた女性。立派な教官である。 207Bの任官について委員長、彩峰、たま、美琴の四人はそれほど難しいものでもない。やはり一番のネックとなるのが城内省から忌み子として扱われる冥夜の存在だ。 人類に多大な戦力をもたらすXM3開発部隊として、任官に関しての功績は十分に確保できた。あとは政治的な問題をクリアすればよかった。 そして今回それをクリアするのに、武と夕呼はアメリカを利用させてもらった。 先日、帝都でアーリャが発見した数多くのアメリカのスパイ。その情報は後日、夕呼から帝国へともたらされた。帝国も彼らを捕え、厳密な調査を行えばそれがアメリカの手の者だと容易に判断できるだろう。そして、こちらが提供した情報をもとに、米国スパイの大量摘発が行われた。これにより、夕呼は帝国に対して恩を売ることに成功する。 だが、その中で武と夕呼はわざとアメリカのスパイ2人をこちらで捕らえた。だが、帝国にはその二人は逃げたという情報を与える。それと同時、その二人が‘日本帝国国務全権代行政威大将軍煌武院悠陽にそっくりな少女を見た’という情報をアメリカに持ち帰ったということを密かに流す。もちろんXM3装備評価演習のため帝都に訪れていた冥夜のことだ。それはすぐに城内省上層部にも届いた。米国諜報機関に冥夜の存在が漏れた可能性がある。これは大いに城内省上層部を悩ませた。殿下の重んずる体制となっている今、米国に冥夜の存在が知られては、何かの謀に担ぎだされるのではないかと恐れているのだ。夕呼からの情報によるとかなりの慌てぶりだったらしい。 そして数日間の協議のすえ、彼らが出した結果が今回の任官と相成るわけだ。また、そこには00Unitが完成したということ大きく関係している。 もちろん、その二人のスパイはこちらが捕らえているので、冥夜の情報がアメリカに漏れたなどということはない。冥夜に危険が及ぶことはまずない。「……あの娘たちがくるわよ」 まりものその言葉で入口から少し距離をとった。それと同時、両側に大きく開く入口。そこから先程任官を終えたばかりの新任が出てきた。「「「「「!」」」」」 こちらを見つけるやいなや、驚いた表情を浮かべる全員。だが、すぐにその瞳の端に涙を浮かべた。「どうぞ……神宮司大尉から」 そう言って武は数歩下がった。こちらに一度目くばせしたまりもだったが、すぐに彼女たちのほうを向いて、先頭にいた委員長に向かって敬礼して、「おめでとう、榊『少尉』」「神宮司教官……長い間、大変お世話になりましたっ!」「実際は後を継いだ白銀のほうが功績が多いのだろうがな」「いえ……神宮司教官の練成があったからこそです。……この御恩……一生忘れませんっ!」 そして委員長を皮切りに全員がそれぞれの言葉でまりもに礼を告げた。そして最後に涙で声になってないようなたまが礼を告げて、全員で敬礼をした。 そして次に彼女たちが向き合うのが武だ。武はそんな彼女たちに笑いかけて、「よく頑張ったな、お前ら」「白銀……少佐」 ここでいつものように「白銀」や「タケル」と呼ばなかったのは彼女たちなりのけじめかもしれない。「白銀少佐……あ、あなたには本当にお世話に……!」「此度の任官も……少佐のおかげです」 大きく頭を下げる委員長と冥夜。二人とも涙は流すまいと必死に顔をゆがめていた。「し、し、白銀少佐にはっ……いっいろいろなっ……ことを……」「本当に……っ……ありがとうございました!」 こちらは涙を隠さずにボロボロと泣きながら礼を伝えるたまと美琴。「少佐……本当にお世話になりました……」 言葉短く、そのあとはじっと無言で見つめてくる彩峰。最後にそのほほを一筋の涙が流れた。「これからの配属先はわかりませんが……その先でも少佐に教わったことは決して忘れません!」「私もです」「わ、私もそうです!」「ボク―――自分もです!」「……私も、忘れません」 そう普通なら任官した少尉たちは日本各地、あるいは世界各地への国連軍基地へと配属される。しかも衛士という人員損耗が激しいポジションだ。同じ部隊の者ともこれが今生の別れとなることも多い。そう、‘普通’なら……。「ああ……元気でな、お前たち」 だが、武は‘あの事実’を伝えずに、最後にそう締めくくった。 そしてその一言で今まで我慢していた冥夜たちすらも涙を流した。武はそんな彼女たちを見て、自分も同じように涙を流―――すのではなく、自分の遥か後ろにいるビデオカメラをもったアーリャと霞を見てニヤリと笑った。◇ ◇ ◇「――以上で国連軍C軍軍装の受領についての説明を終わるぞ」 数時間後。武と元207Bの面々は第七ブリーフィングルームへと集まっていた。任官後の手続きや必要事項についていろいろと伝えるためである。 このころには彼女たちも全員涙を流すことなどなく、正規兵として恥ずかしくない態度をとって真面目に聞いていた。「白い強化装備も今日で見納めだね……」 その鎧衣の一言で彼女たちの話題は訓練時の強化装備の話へ。冥夜も強化装備着始めのころの自分をおもいだしてつい笑ってしまった。(あれに慣らされてしまえば、大抵のことは恥ずかしくないだろうな)前面がほぼ透明という恥ずかしすぎる格好であったが、いまではもうなにも感じなくなってしまった。慣れとは恐ろしいものだと笑い合った。「――じゃあ、次に配属部隊について話をするぞ」 だが、その武の一言で自分たちの空気も一変した。「「「「「……」」」」」 とたんに口を閉ざし、一言一句漏らさぬように武の言葉に集中する自分たち。今後自分達は国連軍の正規兵として実戦部隊に組み込まれ多様な地域でのあらゆる作戦に従事することとなるのだ。長年の付き合いである元207Bのみんなともこれでお別れかもしれない。それに……武にもう会えないかもしれない。(それが……なにより悲しいな……) だが、そんな冥夜の考えも次の武の言葉で吹き飛ぶこととなる。「――お前たちは全員この基地の同じ部隊に配属されることとなっている」「「「「「!?」」」」」 ど、どういうことだ。武はさっき私たちに「元気でな」とそう言ったではないか。それは私たちが全員他の基地に配属されるからではなかったのか。「いや~さっきはスマン。俺もお前たちの配属先なんて知らなくてさ~アハハ」 ニヤニヤしながら武は答えた。 う、嘘だ!100%嘘だ!少佐で私たちの教官でもあった武が私たちの行く先をしらないはずがない。知っていて、あのような態度を先ほどとったのだ。「「「「「~~~~っ」」」」」 全員先ほどの自分の痴態を思い出して顔を真っ赤にした。そして武につかみかかる。「か、返せ! 私の涙を!」「無理だよ~ん」 ガクガクブルブルと首を揺さぶられても当の本人はそんなものどこ吹く風。くっ!こうなったら武の記憶が風化するのを待つしかないではないか。……そうだ。所詮、一度見ただけのこと。そのようなもの衛士の多忙な日に追われる内にすぐ忘れ―――『白銀少佐……あ、あなたには本当にお世話に……!』『此度の任官も……少佐のおかげです』「「「「「!?」」」」」 突如、正面の巨大スクリーンに先ほどの冥夜と榊の姿が大きく写った。「いやはやよく撮れてるなー」 いつのまにやらリモコン片手の武。椅子に座って堂々とその映像を眺めていた。「教官としてはお前たちの晴れの門出を映像に記録する義務があると思って、しっかり撮っておいたぜ!」 どうよ? という感じでこちらに問いかける武。だが、彼女たちは怒りと恥ずかしさで体が震えていた。「タ……タ~ケ~ル~~~」―――ガシッ。「へ? あ、ちょっと……」「今すぐ消せええええええええええええええええ!!!!」「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」◇「――というわけで彼女たちが今日からこの部隊配属となります」 四時。ブリーフィングルームに集められたA-01部隊は新たに配属される新任五名を白銀から紹介されていた。「……それはわかったけど……なんであんたはそんなにボロボロなの?」 速瀬が疑問に思うのも無理はない。目の前の白銀は満身創痍。軍服はところどころ破れ、顔には引っ掻き傷のようなもの、青あざとだれがどうみてもボロボロな状態だった。「恥ずかしがりやの新任に――いっ!」 白銀が新任のうちの一人……榊、だったかに足を踏まれていた。どうやら彼は私たちだけではなく、彼女たちともよろしくやっていたようだ。「ようこそ新任たち。A-01部隊へ」「「「「「はっ!」」」」」 伊隅大尉の言葉に敬礼をしっかりと決める新任五人。茜たちとほぼ同じ時期の訓練部隊だったらしいので紹介が必要なのは自分たち先任だろう。 そして新任、先任合わせた全員の自己紹介を簡単に済ませた。どうやら彼女たちが白銀が鍛えていた部隊らしい。それならばその腕も楽しみというものだ。速瀬は今から新任たちとの模擬戦に気持ちを高揚させた。「そして今日はもう一人紹介するやつがいます」 もう一人? それはおかしいのではないか。このA-01部隊は、全員この基地の訓練学校を卒業したもので構成されている。現在最後の訓練部隊だったのが目の前にいる新任五人。それは事前に目を通していた書類からも知っている。そこに六人目の名前がなかったのは確かだ。 見ると、新任五人も首をかしげていた。彼女たちも知らない者らしい。「おーい、入ってこーい」 白銀が廊下に向けて言った。すると、廊下へと続くドアが勢いよく開き、「おっそ~~~~~い!!いつまで私を外に待たせとく気だったの、タケルちゃん!?」 勢いよく少女が飛び込んできた。腰まで届く長い髪を首の後辺りで大きなリボンでくくっている。その少女は入ってきたとたん白銀に食ってかかる。さきほどの新任紹介から自分たち全員の自己紹介の時間を合わせるとかなりの時間廊下でまたされていたことになる。怒るのも無理はないかもしれない。「あーあーわかったから、早く挨拶しろ」「なんだよー」 ブーブーと口を膨らませながら文句を垂れる少女。だがすぐにこちらに向き直り、少々不格好な敬礼を決めながら、「今日からこの部隊配属になります、鑑純夏少尉ですっ!よろしくお願いします!」 つづく※おそらく今までで一番の難産話。純夏を元の人格に戻す過程をめちゃくちゃ悩んだ。実際5回ぐらい書き直した。だが、あまり長く話をとるわけにもいかず(書きこんだらおそらく3話は純夏オンリーになる)、またBETAとかの鬱な話もこのLast Loopのコンセプト的にはあってないと思ったので今回のようなライトな形にしました。鬱は本編だけで十分だと思うんで……このssではもっと楽しいオルタにします。