「……と、いう経緯で派兵各国の意見調整がつかず……東アジア奪還作戦の第三段階移行については、国連常任理事会でも合意に達しませんでした」
夕日が窓から差し込む首相官邸執務室に、外務大臣の事務的な報告が流れる。
それを受けるのは、初老の男。日本帝国首相・岸部春明だった。
首相のみが座れる椅子に身を委ねた姿は、どこかくたびれた雰囲気を感じさせる。
「わかった。国連大使には、引き続き情報収集を密にするよう訓令を出す。ご苦労、下がってよろしい」
一礼して大臣が随員とともに退室すると、首相は胸郭に溜めていた息をついた。
たった一人となった広い部屋に、独白がこだまする。
「また延期か。どうしても、ハイヴ攻略後のG元素の取り扱いで揉めるな――」
G元素は、憎きBETA由来の物であるという点を感情的にクリアできれば、人類にとって魔法の物質だ。
アサバスカに落着したBETAのユニットを確保したアメリカは、G弾やXG-70という超兵器を生み出した。
BETA大戦において本土を喪失した国家からすると、このG元素を確保できるかどうかで国際的な立場や、領土を取り戻した後の復興プランが全く変わってしまう。
(自国でG元素を活用する技術がない場合でも、他国に高値で売りつけてしまえばいい)
どのような手段を使ってでもG元素を入手したいはずだ。
国際条約上は、G元素は国連が管理・その恩恵は人類全体に公平分配する建前になっているが……。
これが実に怪しい。
BETA大戦を契機に肥大化した国連は、内部にいくつもの派閥を抱え――そしてその派閥は、特定国と深い関係にある。
一例を挙げれば、在日国連軍は日本帝国にG元素転用兵器の技術、あるいは戦術機OSの革命児であるXM3を優先提供していた。
このG元素転用兵器技術には、G元素そのものも含まれていたのではないか、と疑われている。
国連軍が、紛争防止のためのG元素確保をさせる部隊に、日本帝国製戦術機を採用しようとしているのも、
『国連の親日派閥と、日本帝国の癒着のさらなる進展』
という疑惑を濃くしていた。
特に、BETA襲来前の時代に日本軍の攻撃あるいは支配を受けた国々が多く所属し……かつ国連への不信を動機として成立した大東亜連合は、懸念を事ある毎に示している。
公式上は唯一のG元素保有国・アメリカへの世界の妬みと警戒は、言うまでもない。
慌てた国連は、ガス抜きのためにXM3(及び、OS稼動に必須の高性能演算装置)をライセンス料ほぼゼロで各国へ提供したので、今のところは沈静化しつつあるが……。
いくつかの国は、未だに『我が主権領土内のハイヴにある鹵獲物資は、我が国の物』という主張を捨てておらず、予断を許さない。
中でもソ連は、プロミネンス計画参加での技術発展とXM3による梃入れにより、単独でハイヴを落とせるだけの戦力を備えていると噂されている。
実力で確保に出る恐れは、十分あった。
G元素争奪紛争防止に必要なのは、
『武御雷ではなく、対人戦において圧倒的抑止力を誇るF-22 ラプター……最低でもF-15SE』
という意見が国連軍の実働部隊から上がっているのが現状だ。
日本政府としても、国際的な動静に神経質にならざるを得ない。
結果、大陸奪還作戦はスケジュール遅れを繰り返す状態となっている。
「鹵獲物資の皮算用での取り合い、か。
勝っているがゆえの贅沢な悩み……といえば、それまでだが……」
首相を見た人間は、まずその干し柿のような顔よりも足に目をやってしまう。
彼の右足は、本来あるべき肉と骨を失っていた。
体質の問題で、義足さえつけていない。
本土防衛戦の頃、BETAに足を食いちぎられた経験があるのだ。
実は、これが政治家としての首相の大きな強味となっている。
12・5事件以来、ますます軍人達は政治家や官僚を軽んじ、何かあるとすぐに威圧するようになった。
特に、クーデターに参加しながら微罪で釈放され、原隊復帰した軍人達やそのシンパは、
『政威大将軍殿下がクーデター事件終結後の演説でおっしゃられたように、日本人の美徳の体現者は我等である』
という態度を憚ることはない。
将軍の権威と暴力をバックに、自分達の要望をひたすら通そうとする。
そんなのぼせた連中でも、首相に
「この体の一部までも、私は既に御国に捧げているのだ。
その私を売国奴だの国賊だのと言うからには、当然腕の一・二本は失っているのだろうな?」
と、静かに凄まれては、羞恥心を回復させ引き下がるしかない。
体の不自由な事を武器としている、という陰口も叩かれているが、直接言われれば「その通り」と答えただろう。
本当は、首相などやりたくなかったし、今もやめたいと思っている。
前首相の榊是親とは政治的に対立する立場にあったが、それでも殺してしまえと思った事などない。
だから、クーデターを起こした将兵を内心では蛇蝎の如く嫌っていたし、彼等を庇ったも同然の将軍も嫌悪していた。
針の筵をわかって現職を引き受けたのは、増長する軍や武家の横暴に抗せる気力と能力を兼ね備えた政治家が、他にいなかったからだ。
12・5事件の後、軍を恐れて多くの政治家や官僚が辞職・退官した。断腸の思いで、日本を出た者達も少なからずいる。
そこまでいかなくても、武家や軍人のイエスマンになり身を守ろうとする者達が目立つ。
地道な政治・外交の功績は正当に認められず、命は簡単に奪われ犯人はろくに罰せられない、となればそうなるのは当然だ。
このままでは、日本帝国は内部問題で自滅してしまう……という危機感が、感情に勝った。
純軍事問題はともかく、武家や軍人に経済や外交が回せるはずもないのだから。
聖域であった斯衛軍専用機制度に踏み込み、有形無形の妨害も跳ね返して武御雷の国連軍輸出への道を切り開いたのは、岸部首相の政策の一つに過ぎない。
単なる国連協調路線ではなく、武力を握った者達の我侭を許さぬ、というメッセージでもあった。
内政においては、国家財政を好転させ国民の生活水準を回復させるために、打てるだけの手を打った。
国連難民高等弁務官事務所と密に連携を取り、在日難民にも活発な支援を行って、軍事力に拠らない日本の国際イメージアップも図った。
幸い、復興景気という追い風が吹いてくれた。
そしてそろそろ日本復興のメドがついたとして、退陣するつもりである。
表明はすでに出しており、年始の国会で後継首相選出が行われれば、晴れてお役御免となることは決定事項のはずだった。
慰留する声はあったが、それを謝絶。
昨年の、次期主力戦術機選定にまつわるドタバタ劇が、最後に残った気力を削いでいた。
勝手にF-15SEJ 月虹採用を既成事実化しようとする国防省。
それを不知火弐型採用にひっくり返す独裁者の如き将軍。
結局、軍部と将軍の綱引きで国家の重大事が決まる有り様では、やっていられない。
特権階級・武家と軍人がのさばる、日本の前近代的軍事国家化を阻止しようとする首相の努力を、あざ笑われたような思いさえした。
身を守る術がない者は、表向き武家や軍部をバンザイしつつ陰で泣くしかない第二次世界大戦期の悪夢再び、というわけだ。
事実、次期主力選定で国内のパワーバランスが再確認されたためか、首相を軽視する雰囲気がぶり返した。
先日起こった京都爆撃事件への対処も、軍主導で進められている。ろくな情報さえ上がってこない。
首相の役目は、国防省の軍官僚が書いた作文をしぶしぶ代読するぐらいだ。
もう、我慢の限界だ。
日本に対する義務は十分に果たしたのだから、後はゆっくり余生を……。
それが岸部の内心。
しかしお飾り化しようが、首相は首相である。
正式に辞職し仕事を引き継ぐまで、やらなければならない仕事は山積していた。
「やれやれ……」
机の上に山積みになった書類に目を通し、判子をつく作業をはじめようとした時、慌しく扉が叩かれる。
「失礼します! 首相、一大事です!」
先ほど退室したばかりの外務大臣が、血相を変えて飛び込んできた。
「何事かね?」
眉をひそめる岸部に、外務大臣は日頃の礼節も忘れてまくし立てる。
「せ、戦艦・紀伊がシージャックされました! 中部太平洋公海上で、謎の戦術機……いや、戦術機といっていいのかわかりませんが!
人型の兵器に艦上に乗り込まれていると!」
「……!?」
不自由な体を揺らし、首相は絶句した。
が、すぐに冷静さを回復すると、外務大臣に静かに問う。
「なぜ、外務大臣の君がその報告をもってくる? 軍艦に起こった問題なら、国防省の管轄だろう?」
真っ先に飛び込んでくるのは、国防大臣あたりでなければならないはず。
どうせ面子を重視し、ろくな情報をもってこようとはしないはずだが、それでも一報は国防筋から来るべきだ。
「たまたま現場を通りがかったオーストラリア船籍の貨物船から、大使館経由で目撃情報が入ったのです!」
「っ!?」
日本最大の戦艦がジャックされた、というのは大問題だが。それが国際社会に漏れる、というのもまた大問題である。
京都爆撃テロは、まだ内政問題の範囲と強弁できたが、今回は外国の動向も気にしなければならない。
「君は、外務省のスタッフを総動員して情報収集に当たってくれ。
オーストラリア大使館には、情報の無秩序な拡散を防ぐよう要請を」
「はっ!」
震える声を抑えつつ岸部が指示を出すと、外務大臣は足音高く部屋を駆け出していった。
それを見送る暇も惜しみ、首相の手が専用回線に伸びる。
『内閣の一員としての執務より、幹部軍人や軍需産業関係者との会合を優先している』
と評判の国防大臣を、呼びつけるために。
嫌な予感は、以前からしていたのだ。
悪化の一途を辿る戦局。
上層部対立の空気が伝染し、ぎくしゃくする国連軍や大東亜連合軍との軋轢。
その板ばさみで混乱する命令系統。
最大の不安要素は、帝国軍の現地司令部だった。
彩峰萩閣中将をトップとする司令部の会議での発言は、国連軍やアメリカ軍への批判がほとんどを占めていた。
――ついていけない。
それが、光州作戦のために新たに編成された司令部に対する、帝国陸軍大尉・康永幸人の正直な気持ちだった。
人間には、自分にはどうにもならない話というのが存在する。
一衛士の立場では、上層部に嫌味の一つも伝える事ができないように。
だから、考えても仕方の無い事は意識から一時締め出し、目の前の自分が左右しうる問題に集中する――。
そうやって生き残ってきたのが、現場のプロというものだ。
だから、そんな『現場意識』と全く逆の雰囲気を持つ司令部の指揮能力に、懸念を抱くなというほうが無理だった。
「だが……それにしたってここまで無能だとは……!」
胸に湧き上がる黒い思いを罵倒とともに吐き捨てながら、康永は乗機・不知火を操り戦場を駆ける。
砲撃のしすぎで熱限界を超えはじめた突撃砲を酷使し、目の前に迫る要撃級に向けて、トリガーを絞った。
操縦席に、反動が連続して響く。
36ミリ砲弾で腹を抉られ数歩動いた後、地に倒れる敵を確認し、額に浮く汗を拭う。
国連軍司令部壊滅、の悲報が走り防衛ラインが全線に渡って崩壊したのは、六時間前。
異星生命体の津波の中に、無数の軍人と民間人が飲み込まれていった。
それ以来、ぶっ続けの戦闘だ。
体力集中力ともに、限界に来ている。機体のほうも、激しい機動を行うたびに異音を発していた。
「おい、ここはもう限界だ。俺達が殿軍を務めるから、釜山(朝鮮半島南端)まで後退しろ!」
すぐ傍で戦っていた、骨太のシルエットを持つ戦術機(正確には、攻撃機)から、通信が入った。
混戦の中でなし崩しに合同することになった、アメリカ軍からだ。
「しかし、この事態を招いたのは我が軍のミスだ。せめて――」
康永は、かすれた声で返事をする。
戦線崩壊の原因は、友軍との連携を不十分にしたままの帝国軍の突然の兵力配置転換だった。
その結果、国連軍の側面が無防備となり、そこにBETAの浸透を食らった。
難民支援に同調した日本帝国軍に感謝した大東亜連合軍こそ、いい面の皮だったのかもしれない。
国連軍を蹂躙したBETAを留める術は誰にも無く、大東亜連合軍や彼らが救おうとした難民にも甚大な被害を及ぼしている。
今、こうしている間にも損失は拡大している。
「馬鹿野郎! お前は帝国軍の司令官で、的外れな移動命令をだした張本人か!? 違うだろ!
それに、もうぼろぼろのお前らじゃ時間稼ぎの能力がまずない! 無駄死にだ!」
「……足手まといになるなら、見捨ててくれて――」
次の瞬間、ポップアップ画面内の米国衛士の形相が、仁王の如く厳しくなった。
黙れ! と大声で怒鳴りつけられ、康永は思わず息を止める。
「いいか、合衆国軍海兵隊……特にA-10乗りはな、絶対に友軍を見捨てたりしねえ!
欧州や中東での、地獄の釜の底みてぇな負け戦でさえそうだった! アジアでも同じ仕事をやるだけだ!」
誇りと実績と気迫に支えられた激しい言葉に、康永は気圧され――その正しさを認めた。
康永の不知火を押しのけるようにして、A-10の群れが前進していく。
彼らの機体だって、日本軍部隊よりマシとはいえ消耗している……。
「――すまん、感謝する……」
本土に戻ったら、絶対に司令部を告発してやる……自分の軍人としてのキャリアも終わるだろうが、かまうものか!
最悪でも、抱き合い心中に持ち込んでやるぞ――
そう決意しながら、康永は消耗著しい部下達をまとめ、後退にかかった。
「…………」
嫌な夢を見た。
過去の凄惨な記憶の再現。
寝覚めは、最悪だ。
誰かが心配そうに自分の顔を覗き込んでいる、と気づいた康永は、仮眠室の寝床からゆっくりと体を起こす。
今は1998年ではなく、2005年。場所も朝鮮半島ではなく、日本本土の基地。
あの時と比べると、肉体は老けた。年齢が三十代といえば、現役衛士を引いても不思議ではないぐらいだ。
変っていないのは、自分の階級章だけ。
「大尉、大丈夫ですか?」
傍にいたのは、まだ少女といっていいあどけなさを残す倉野鈴奈少尉だった。
実験部隊とは名ばかりの窓際である康永小隊に、どういうわけか衛士訓練校卒業直後に配属された部下。
「ああ。すまんな……模擬戦開始の時間か?」
「いいえ。お客様が。
ある事件調査をしているという憲兵隊の中尉と、そのオブザーバーだという元技官がお会いしたい、と」
「ふむ……? 至急か?」
「いえ、そこまでは言っていませんでした」
スケジュールと時計を確認すると、予定されていた任務の時間が迫っていた。
「――なら、少し待って貰おう。模擬戦が終わった後、会う事にする」
気遣わしげな部下の顔に、大尉は笑って見せる。
「心配ない、私は憲兵のお世話になるような真似をした覚えはないからな」
嘘、だった。
歴戦の勇士であり、日本帝国戦術機部隊の中でも現役兵最古参に属する康永の階級が、実に七年も昇進していない理由。
それを知らない部下ではない。
しかし、倉野少尉はこくりと素直にうなずいた。
中々、戦闘記録閲覧の許可が下りない事に時間の無駄を感じた中津川は、まず有藤の心当たりを調べるため東京郊外の基地に足を伸ばしていた。
有藤も同行している。
――二人の元には、まだ試98式タイプMによるシージャック事件の情報は届いていない。
「……あれが有藤予備役技術大尉に開発衛士候補を紹介したという、康永大尉の乗る機体ですか」
面会を先延ばしにされた代償として、演習場を一望できる管制塔での模擬戦見学が許されたのは、憲兵隊の心証を良くしたい司令官の意向だろうか?
中津川と、おまけの有藤はオペレーターの声が飛び交う部屋の端っこで並んで椅子に腰かけていた。
巨大な窓の外は、廃墟が広がっている。
軍が買い取り、市街戦用演習に使っている敷地は、あえて往時の戦いの爪痕を残したままにしているのだ。
崩れたビル、ぐしゃぐしゃになった家屋は、見ているだけで殺伐の気を胸に忍ばせてくる。
双眼鏡を手にした二人の視線の先には、二機の戦術機が瓦礫の中に立っている。
大まかなシルエットは、最古の戦術機F-4 ファントムに似ているが……。装甲面には角ばりが多く、どこか禍々しさを帯びている。
「ああ、そうらしい……ところで、中津川中尉」
「?」
「その予備役技術大尉、というのは長すぎる。有藤でいい」
「しかし……」
「元々、形ばかりの肩書きだった。オレにとって意味はないんだよ」
飛び級で帝大に入学・卒業し技術畑に入った有藤は、この時代の人間としては珍しく、申し訳程度の軍事訓練しか受けていない。
軍人気質とは無縁であったから、いちいち階級で呼ばれることに、うんざりしていた。
「わかりました。では、有藤さん……。
この模擬戦には、どんな意味が?」
呼び方を妥協した中津川の目が、不審そうに細められる。
「見た目は旧式じみているが、中身は別だ。
外装も、かなり弄ってある。近くでみたら、ファントムとは違う印象を持つはずだ。
駆動部の可動のなめらかさ、センサーの安定した発光パターンは新型に類するモン……外国製だなありゃあ。それも複数国の規格。
正規の戦術機じゃあないのは確かだ」
「……そこまでわかるのですか」
「これでも元プロだからな。昔、国連軍へ話を聞きに行った際、聞いた事がある」
有藤は、軽く口元を緩めて解説を始める。
独自に戦術機を開発・生産し、実戦部隊へ供給する能力のない国(世界中のほとんどの国がこれに入る)は、とにかく手に入る機体を買いあさる傾向にある。
旧西側・東側の戦術機を一つの部隊で運用する例さえ、珍しくなかったのが大方の軍の実情だ。
だが、異なった機種の混在は実戦でも兵站上も好ましくない。
そこで試されたのが、間に合わせ処置としての異機種間によるパーツ融通だ。
製造国の違う機体でのパーツ交換は、本来はまったく規格が違うから論外の行為のはずなのだが。
こと戦術機に限っては、大元はアメリカ規格だ。無謀な改修が通じる余地がある。
独自開発の一歩手前ぐらいには技術がある国だと、間に合わせ品を組み合わせて独自戦術機を作ってしまうケースさえあった。
開発国家群は、こういった改修は違法でありかつ保証外である、として否定的だが。
一機でも多くの稼動戦術機を要する現実の前では、黙認せざるを得ない。
公式記録からは実質的に抹消されているものの、多くの戦場を支えていたのは、そういった『異端戦術機』達だった。
以上を説明してから、有藤は付け加えた。
「帝国軍としても、データは欲しい所だ。
兵站が伸びきる大陸戦の趨勢によっちゃ、自分らも現場急造の兵器を使わなきゃならなくなる。
どこまで外国製パーツで改造していいかのガイドラインを作成するのは、無駄じゃない。
……それに本当にレアケースだが、違法改修の結果、一部の性能がオリジナルを超える機体が生まれる事があるんだ。
情報集めのために、どっかの前線国家から買い取ったんだろう」
「……」
「見るべきところがない単なる間に合わせ改悪機なら、帝国軍がテストする意味がないからな。
十中八九、間違いない」
「そういう……ものですか?」
戦術機には常識レベルでの知識しかない中津川にとっては、ぴんと来ない話なのだろう。
しきりに首をかしげている。
「ああいう機体を作る奴は、固定観念に囚われないから……かもしれん。
戦術機分野は、光線属種のために存在意義が疑われ縮小・解体した空軍の受け皿になっているのが相場だ。
そのせいで新概念人型兵器には不要な、航空機的慣習があちこちに残っているからな」
自省を篭めた有藤の呟きの語尾に、腹に響くような轟音が重なった。
仮想敵を務める戦術機の編隊も、飛行して演習場に突入したのだ。
それを見やりながら、有藤は思い出したように付け加える。
「確か、オリジナルを超える奴には大体、『キメラ』ってコードネームがつけられてたな。
前線将兵だけの隠語みたいなものだが」