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No.34800の一覧
[0] Muv-Luv after Revenge tragedy[ani](2012/08/25 20:05)
[1] 1[ani](2012/08/25 20:15)
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[8] 8[ani](2013/08/03 14:25)
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[34800] 6
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/15 11:03
 中津川憲兵中尉が康永大尉から聞き取りをする間、有藤が暇を潰せたのは偶然の出来事のお陰だった。
 この基地に勤務する、かつての顔見知りと偶然出くわしたのだ。
 その顔見知りは、有藤とは関係がそう悪くなかった元同僚――つまり、技術屋であった。
 彼の口から、国連向けの武御雷の改修に携わっている、という話がはじまり、有藤は廊下の壁に背を持たれかけさせながら聞き手となった。
 ……機密保持観点からすれば、それこそ憲兵がすっ飛んできてもおかしくない内容の。

 武御雷を受領する予定の国連軍部隊は、高い練度を持つ精鋭だった。
 既に何度も来日している、という。

 彼らの特徴は、自分達の個人技量の高さに自信を持つ反面、それを過信する事がない、ということだ。
 操縦性や人間工学への配慮にも、厳しい目を向けている。
 また機体個々だけを見るのではなく、部隊全体の装備とした場合どうであるか、も真剣に討議する。
 将来、消耗して未熟練兵を部隊に入れなければならないケースさえ、考慮していた。

 総じて、日本帝国軍人と比べてリアリストであり、また戦争のプロであった。

 斯衛軍の武御雷は、武御雷を使用する側が一方的に高い技量と支援体制をもっていた場合は、桁外れに強いが。
 対等練度及び支援条件の仮想敵との戦闘をシミュレートした場合、部隊内での性能不揃い、根本的整備性の悪さが仇となりほぼ完敗している。

「サムラーイは弱い者苛めは得意だが、同じドヒョウに立った相手は苦手か」

 と、国連側の担当者を落胆させていた。

「俺達に必要なのは、恵まれた状況じゃないと力を発揮できない工芸品じゃない。
過酷な戦場で命を預けられる、兵器だ」

 とは、模擬戦で斯衛軍を叩きのめした、国連軍ベテラン衛士の苦言だ。

 国連軍部隊が真っ先に要求したのは、衛士の出身身分に応じた性能差と塗装の撤廃である。
 搭乗衛士の身分が高いと示す機体が出てくると、士気が上がる――という話も、一笑に付された。
 そんな馬鹿な話があるか、どうせそれは願望を事実とする『ダイホンエイハッピョー』というやつだろう、と。
 さらに、

「日本帝国には、その制度に反対する自由が実質的に無い。
多くの将兵は、表向き周囲にあわせつつも、内心は嘆いているのだろう」

「仮にそれが本当だとしても、斯衛軍の身分のお高い御方の数は? 武御雷の生産・整備性の悪さで、出撃頻度はどの程度取れる?
全体の戦況からすれば、極小の戦域の話でしかない。かけるコストに到底見合わない」

「国……いや、人類挙げての大戦争の最中に、特定身分だけを優遇するとは。
私も祖国に帰れば貴族といわれる身分だが、同じ部隊の仲間を差し置いて高級機に乗るのは恥と思える」

 と、国連衛士達に立て続けに言われれば、反論に窮する。
 兵の一体感を重んじ、個人戦果記録さえ避ける(挙げた戦果は、支援要員を含めた部隊全体の協力の結果と捉える)国家出身者もいる中、帝国の流儀は異常としか見られなかった。

 日本帝国そのものに対する苛烈な批判、とも取れる発言がなされているが、それは必死さの裏返し。
 国連軍・武御雷装備予定部隊の仮想敵は、

『祖国の興廃は、G元素確保の有無にあり』

 と、覚悟を決めて来る各国の精鋭達。
 直接対人戦に雪崩れ込む恐れはもとより、彼らに先んじてBETAを蹴散らしG元素を確保するという高難度ミッションが予想される。
 その成否如何によっては、国家間戦争が勃発するかもしれない。

 背負う事になるのは、世界そのものといっていい重みだ。

 虚飾を排除した、実戦一点張りの意見が出るのは、当然の事であった。
 斯衛軍用の武御雷をほぼそのまま回される可能性は、徹底的に潰しておきたいのだ。

 これらのネガティヴな反応は、却って帝国側担当者達を発奮させた。
(昨今の事情から、担当者は帝国からみると傍流だ。これが国粋主義者が主体だったら、喧嘩別れになっていたかもしれない)
 伝統と権威による押さえがなければ、言われるまでも無く改善したい、と思っていた部分ばかりだからだ。

 元々武御雷は高いポテンシャルを持ちながら、城内省からの軍事的に害悪な要求に振り回された戦術機だ。
 帝国の貴重な戦時リソースを食い散らかした『贅沢品』であった。
 いくつかの活躍は見せたものの、開発者達からすると

『無駄な仕様がなければ、より多くの場面に投入でき、より優れた活躍ができた』

 という感想しか持てない。
 この意味では、時代錯誤から解放された『国連向け武御雷開発』というのは、一種のリターンマッチである。
 基本コンセプトとしては、パーツを汎用量産機と共有させる部分を作り・生産性や整備性の向上を図るというもの。

 同時に、帝国軍や斯衛軍においては上層部に理解されにくく、開発の優先順位が落とされた技術を発展・投入するチャンスでもあった。
 国連からも、予算や技術がおおっぴらに貰える。

 武御雷に限った話ではないが、帝国軍機は空力制御など衛士の操作量を増やす概念を、積極的に投入している。
 それによって上がる操縦難度は、衛士の慣れに依存するか、時間と手間をかけた機動データ蓄積で軽減するのが現状だ。

 が、アメリカは、最古の第二世代機であるF-14 トムキャット投入の時点で、ジャンプユニット可変翼の自動制御を、既に実用化している。
 衛士に空力制御技能がなくても、機体が勝手に最適な位置を調節し続けてくれるのだ。

 職人肌の日本衛士は、軟弱な……と思うかもしれないが。
 どちらが兵器として優位かは、言うまでもない。自動補助を否定するのなら、戦術機をまともに歩かせる事も無理だ。

 一般的に言われる、

『帝国衛士は簡単に米国機を乗りこなせるが、米国衛士は帝国機を乗りこなすのに時間がかかる』

 というのは、一見すれば帝国衛士の技量が上、という印象を与えるが。
 実は兵器としての操作性や完成度において、帝国機が劣っている事を意味している。
 帝国軍の悪癖である高望みが過ぎる性能要求と現実の技術的限界の差を、衛士の負担によって埋めようとする。
 その増加した衛士の負担を軽減するシステムの発展が、ついてこれていない表れだ。

 他にも、自滅的な操作を防ぐケアフリー・ハンドリングや、悪化したバランスをボタン一つで立て直す混乱時回復機能といった点で、欧州機と比べても未熟だった。

 日本戦術機の弱点であるソフト面や操縦補助のネガを潰せば、ハード面において一般量産機とのパーツ共有を進めて妥協しても、総合収支として性能はさほど低下しない。
 いや、実用兵器として見た場合、斯衛仕様の武御雷を超える可能性は高い。

 康永大尉らが操縦する『キメラ』のデータ取りも、改造を円滑にするための参考資料にしている、という。

 以上の話を長々と聞かされて有藤は、溜息をついた。
 現役で戦術機を弄りまくれる連中が羨ましい、という思いもあるが……。

 1998年以前の段階で、将兵の資質や平均練度に過信を持たない方針が帝国で確立していれば……と悔やまずにはいられない。

 本土防衛戦において新米や訓練未了衛士さえ第一線に投入、そのために多くの犠牲を出した時期を思い出したのだ。
 一般帝国軍訓練校に比べて、贅沢に機材や推進剤を使えた斯衛訓練校出身者ですら、戦場に慣れぬ兵の末路はほぼ戦死。

 アメリカ軍機の特性を色濃く残した改修機に乗りなれた衛士は、急場で宛がわれた国産機との特性差に慣れる前に、本来の実力を発揮できずやられたケースも多い。
 完全な後知恵になるが、ソフト面にも相応に力を入れるか……せめて練習機・吹雪と実戦機・不知火の登場・普及順序が逆になっていれば……。

 試98式さえソフトウェア面からの操縦補助、という部分においては不満足なものでしかなかった。

(……そういえば、新技術実験に面白い案を出した奴がいたな……。
衛士を戦術機に適応させるのではなく、戦術機のほうを衛士に近づけよう、だったか?
概念としては、既存の間接思考制御に近いから、決して無茶な案じゃありませんってねじ込んできて……)

 総じて士気が低い帝国のソフトウェア技術者としては、珍しくアグレッシヴなかつての同僚を思い出そうとした。

 元々、試98式は実験機的な使い道も含んでいた機体だから、新しい試みに挑戦する素地はあった。
 窓際の溜まり場だったからこそ、帝国では異端とされるアイデアも続出した……さすがに全てを消化できるメドは立たなかったが。
 当時の事情に対する苛立ちをぶちまけ、その打開策を自由に検討できる数少ない場が、試98式の開発チームだった。

 さて自分がトバされた後、どうなったのやら。

 テロに使われた未確認戦術機が試98式ベースのマシンなら、オプション装備のみならず機体本体に関わる新技術案も確保・実用化させているかもしれない。
 未だに信じられない最新機相手の戦果も、その産物か?

 自分の設計思想の正しさが、自国の損害という形で証明されてしまう。
 この複雑な胸中は、余人にはわかるまい……。

 有藤は、おしゃべりに相槌を打ちながらも、胸中のしこりを持て余していた。

「あの……憲兵隊の方、ですよね?」

 不意に、有藤に硬い女の声がかかった。
 反射的に視線を向けると、若い女性士官が立っていた。

「憲兵隊じゃない、なりゆきで協力するハメになった民間人だ」

 答えつつも、有藤は無意識に身を強張らせた。
 女性士官は、幼げといっていい顔立ちに似合わぬ、厳しい眼光を放っている。
 有藤の元同僚は、それまでのおしゃべりの勢いを一気に霧散させ、

「……そ、それじゃ私はこれで」

 と、そそくさと立ち去る。
 見捨てられた有藤に、女性士官は一歩詰め寄った。

「私は、倉野鈴奈帝国陸軍少尉……康永大尉の部下です」

「……そ、そうか」

 なぜ、こんな敵意じみたものを向けられたのかわからない有藤は、意味もなく拳を握り締めながらうなずいた。

「憲兵隊は、いつまで大尉を苛めるんですか?
そんなに、武家の機嫌を取るのが大事なんですか?」

「はぁ!?」

 いきなり叩きつけられた言葉に、有藤はぎょっとした。
 民間人だときちんと伝えたはずなのに、まったく意に介していない。
 人の話を聞かない娘なのか、それとも……。

「……待て、いつまで、といったな?
それに――武家?」

 ここでようやく有藤は、康永の階級が七年も変っていないことに気付いた。

 基本的に年功序列を基礎に昇進が決まる帝国軍においては、異例だ。
 よほどの事でもない限り、軍内キャリアの範囲内で階級が順繰りで上がっていくのが通例。
 純然たる腕と知識がまず問題とされ、ベテラン下士官が将校を怒鳴りつける事も珍しくない技術部門と違い、実戦部隊において階級ひとつ違いは人間の価値そのものに通じる。

 有藤は、気後れを押さえ込んで質問を返す。

「一体、何があったんだ?
オレは元技術士官だったが、その武家を含む軍の連中と喧嘩して1998年にトバされて以来、康永大尉とは会ってなかったんだ」

 疑問をぶつけられ、ようやく倉野の顔から気迫が消え……代わりに、困惑が取って代わる。

「ほ、本当ですか? 京都防衛戦での『あの件』を知らないんですね?」

「…………」

 今度は、京都防衛戦……やはり、1998年の出来事だ。
 また影を見せた過去の亡霊の気配を感じ、有藤はぶるりと身を震わせた。





 岐阜基地・戦術機甲開発実験団が使用するハンガーは、時ならぬ喧騒に包まれていた。
 冷気とともに朝靄が忍び寄る中、無数の将兵達が動き回っている。
 その一角の戦術機用ハンガーには、日本帝国機とは明らかに設計思想を異にする鋼鉄の巨人達が、無数に並んでいた。
 巨人――戦術機の足元で、防寒コートを着込んだ衛士が首を傾げる。

「……今更、実弾装備で帝都防衛命令ってどいうことだ?」

 ここは端的にいって、次期主力戦術機選定における不採用機の溜まり場だ。

 国防省が本命としながら、最後の段階で跳ねられたF-15SEJ 月虹。
 欧州連合が、一個中隊分無償提供という気合の入ったセールスを仕掛けて来たにもかかわらず、当て馬にもならなかったEF-2000 タイフーン。

 いずれも世界水準でみて一線級の性能を持つものの、帝国ではついに陽の目を見る事がなかった機体達。
 不採用決定後は、それぞれの製造元に返還する話も出たが、結局はここの技術研究部隊に送られた。
 この種の不採用機は、必要なパーツの調達が絶望的であるから、前線に押し付けられても迷惑なだけである。

 何度か、大陸の前線で実戦試験を行った後は、早々に日本本土へ引き上げられていた。

「例のテロ事件の影響でしょうかね? 昨日、太平洋上でやりあって、また負けたそうですよ」

 整備兵が帽子に手をやって、呟くように言う。

 月虹は限定的ながらステルス機能を備えており、被探知リスクの低さは不知火の比ではない。

 また、二機種とも基本能力は秀逸である。
 「ケチったステルスだけが売りの機体」と誤解されがちな月虹だが、その性能は純正第三世代機と比べても、遜色ない。
 通例として第二世代機からの改修機は、どれだけ上手く強化されても準第三世代または2・5世代機扱いされるのが普通だが。
 この機体は、第三世代機に分類されるほどだ。

 タイフーンは、F-22に次ぐとされる高性能に加えて多任務を一機種でこなす、いわゆるマルチロール機としての機能を合わせ持つ。
 多くの国で主力として使われているだけに、実働データの蓄積という点では第三世代機中、トップを行く。

 テロ事件がややこしい事になれば、お鉢が回ってくる可能性はあった。

「……ふん、普段は威張っている癖に、何をやっているんだ烈士様やお武家様達は」

 悪意ある言葉を誰かが吐き捨てたが、咎める者はいなかった。

 この部隊は、装備が不採用機なら衛士や整備兵らもまた、非主流だ。
 より詳しく言えば、あの12・5事件の折にクーデターに同調せず、鎮圧に回った兵が中核。

 法と正義に則り戦ったのは自分達の側であるにもかかわらず、最終的に称揚され力を持ったのは、クーデターを起こした連中だ。
 クーデター鎮圧のために犠牲になった兵は何だったのか? その恨みは、今でも色褪せずに残っていた。
 いや、クーデター参加者が花形部隊に戻り、栄達しているのを見れば、憎しみは増大していく。
 さらに、クーデター参加者の庇護者というべき政威大将軍やその取り巻きにも、面白い感情が抱けるはずない。

「――連中がだらしない、だけで済まされる話でもないらしい」

 たむろする兵達に、恰幅の良い中年男が歩み寄ってきた。
 兵隊が、一斉に姿勢を正して敬礼する。
 北里重次(きたざとしげつぐ)・帝国陸軍大佐。
 この部隊の指揮官だ。
 12・5事件の折、クーデター参加将兵が反乱軍認定されなかった事……また、事件後に破格の恩赦を得た事に、

『いくら将軍殿下とはいえ、恣意的に法律を左右されては困る。
我が日本帝国は法治国家であり、摂家や武家の私物ではない。
また、国防省が殿下の過ちを諌めもせずやすやすと軍法を曲げるのは忠義ではなく、奸臣の所業だ』

 と、(実際にはもっと言葉を選んでだが)苦言を呈したためにこの部隊に左遷された。
 才走った人物ではないが、帝国軍高級士官には珍しい骨太の気質と公正さで、部隊員からの人望は厚かった。

「圧倒的なキルレシオを、テロリスト側につけられているそうだ。
もしかすると、旧東側が関係しているのかも知れん」

「……一時期噂になった、例のエスパー兵士でありますか?」

 北里の言葉に、衛士達はそろって顔を引き締める。

「最悪の可能性は、考慮したほうが良い」

 装甲や距離といった障害を無視し、相手の意思あるいは気配を読む超人兵士。
 感覚のみならず対Gなどの肉体機能も、普通に生まれた人間には望めないレベルになるよう、遺伝子改造を施されている『化け物』。

 倫理的におぞましく、常識的には信じられない存在が敵に回る、という想像は快いものではなかった。

 仮に『超人』が敵だった場合、どんな対策が取れるというのか?
 人間の心を読み取られるのなら、ステルスさえ無力だろう。

「確実に、とは言えんがいくらかの対策は技官達に検討させてある。
諸君らは、任務に邁進してくれたまえ……くれぐれも、短慮は起こさないように」

 北里が一番言いたかったことは、最後に付け加えられた言葉であると皆が理解した。

 東京近辺に移動すれば、斯衛軍やクーデター参加部隊と嫌でも接触してしまう。
 もしトラブルが起こった場合、悪者にされるのは『また』こちらだ。
 退役するまで……いや、退役してからも砂を噛む思いをする、という確信を押し殺しながら、兵達はしぶしぶうなずいた。





 目が眩む思い、とはこのことだ。
 岸部首相は、執務室の椅子に体重を預けたまま、内心で吐き捨てた。
 口は開かない。
 開けば、目の前の国防大臣や、今更顔をだした国防省や城内省からの使者達に、腹に溜まった不満と怒りをぶちまけてしまうからだ。

 紀伊シージャック事件への対処は失敗。
 送り出した総計一個大隊の戦術機部隊は、壊滅。
 テロリストに、衛士ごと拿捕された機体さえあるという。
 支援役の艦隊もほうほうの体で後退し、残ったのは帝国の不名誉と相変わらず占拠された姿を公海に晒す戦艦。

 事後承認を重ねるやり口はともかく、国防大臣らが甘かった、とは思わない。
 テロリスト側の戦闘力が異常なのはわかる。
 だが、そもそも戦術機を強行させたという選択自体が拙劣であった、と今更に実行した国防大臣側から聞かされては、感情が高ぶる。
 あっさりと非を認めたのは、所詮は首相の不興を蒙っても自分達の身は安全、という奢り以外の何物でもない。

 とっとと首相にお小言を頂き、帝都城に向かいたい、という気分がありありと見えていた。
 政威大将軍殿下が、いつもの如く軍人に対して寛恕を示せば、それで責任追及は立ち消えになるのがパターンだ。

 クーデターを起こし、同じ軍人を含めた国家要人を虐殺(彼らに言わせれば、誅殺)しても微罪で済んでいるのだから、この程度で罰せられるはずもない――
 軍部全体の意識は、そういうことだ。

 岸部は年甲斐もなく血を沸き立たせ、『信賞必罰』という国家統治の基本を忘れた帝都城の実質的主を怒鳴りつけにいくか、と本気で検討した。
 斯衛の近侍に切り殺されるかもしれないが、かまうものか……。

 数十年前、皇帝や将軍が、当時の日本帝国軍法に反する行為をやった軍人を甘やかした結果、どうなったか。
 いつの間にか主客が転倒し、皇帝・将軍は軍の不法行為を理不尽に正当化する道具となった。
 そして日本全体は、

『自国の軍一つ統制できない、三流国。
しかも統制できない軍事力が、対外侵略に向かう迷惑な国家』

 として孤立した挙句、屈辱的な降伏という結末だ。
 その過程で、本来散らなくてよい命がいくつ失われた?
 戦後は戦後で、敗戦の後始末に奔走した者達の苦労に甘え責任逃れに汲々とし、馬鹿げた国粋主義を蔓延させた。
 二度と他国には負けんぞ、という意気込みは結構だが、負債を他者に押し付けていきがる姿は、道化以上のものではない。

 12・5事件をきっかけに、歴史の失敗を繰り返しました――では、日本人は進歩しない愚民でしかない、という事。

 本来必要ない流血を撒き散らし、責任も取らないのが日本人の徳義と言い張るのなら、そんなもの犬にでも食わせてしまえ!

「……まずは、作戦のために命を落とした兵達に、お悔やみを申し上げる。
御遺族には、私からも手紙を書こう……痛ましい事だ」

 首相が冷静さを辛うじて回復して発した第一声に、国防大臣らは怪訝そうな顔になった。
 かまわず、さらに、

「今後の対応については、関係部署と連絡を密にし、最善を尽くしてくれたまえ。
何より、テロリストの手に落ちた衛士や、紀伊乗員の安全を第一に考える事が、私の望みだ」

 と、付け加える。

 無力な首相が怒った所で、何の意味もない。将軍や武家、軍人を弾劾する力をもっていない。
 だから、物分りのいいお飾りを演じぬく事にした。
 どうせ引退なのだ。花道の円満辞職が、引責辞任になるだけ……以前思った事を繰り返す。
 ならば軍に、戦死した兵も本来は国家が守るべき国民である事、そして人質となった者達の存在を思い出してもらうのを優先すべき。
 政治家としての打算と現場の兵士達への思いで怒りを中和しながら、首相は気を抜いた軍人らの顔を眺めやった。

 しかし、国防大臣が反応を示す前に、扉が慌しく開かれた。

「失礼します! 首相、緊急事態です!」

 入室許可を得る事なく乱入してくる、という非礼を働いたのは、首相の数少ない味方である秘書官だった。
 咎める視線を跳ね飛ばし、大声で叫ぶ。

「テロリスト達が、日本全土に向けて犯行声明を発表すると!」

「――何!?」

 自身が片足であることさえ一瞬忘却し、立ち上がろうとしてよろめいた岸部は、慌てて机に手を突いた。





「……血を流して見せねば、勘付く者達も出る――とはいえ、少々犠牲が大きすぎではないか?」

「はっ。誠に申し訳有りませぬ、まさか彼奴等の戦力がこれほど向上しているとは」

「だが、もっけの幸いともとれる。これで、我等に疑いを持つ者はおるまいよ」

「日本を真の姿に戻す、尊い礎である。彼の者達も、冥府で満足していよう」

「次の手、既に根回しは済んでおります。所詮は卑しい者共、利を食らわせればあっさりと……」

「――よろしい。大願成就の日は近い……」


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